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2009年6月

2009年6月30日 (火)

ジャカランダのその後

熱帯、亜熱帯に咲く世界3大花木のひとつで、藤紫色の花がとってもきれいな

ジャカランダのことはブログに何度か書いた。

ジャカランダの名前を聞いたことがある方はほとんどいないであろう。

我々夫婦はジャカランダが大好きで、最初にジャカランダを見たのは、1970年代

シドニーに駐在した時。

日本ではごく限られた場所でしか見ることができないジャカランダが我が家の近くの

神奈川歯科大のキャンパスにも植えられている。

去年3月、神奈川歯科大に行った折に、ジャカランダに詳しいW先生に偶然お会いし、

種をいただいたがうまく発芽しなかった。4ヶ月後の7月、発芽しなかったことを

W先生に報告に行ったら今度は種ではなく発芽した苗をふたつ下さったことを

ブログに書いた。

下の左は去年7月にいただいた苗。右は3ヶ月後の10月。

Jakaranda Rimg0068

先日W先生からお電話をいただき『今年も大学のジャカランダが咲いたので観にきて

ください』とお誘いを受けた。Rimg0089

夫婦で『大学のジャカランダを

観に行こう』と言ってた矢先

だったので、お邪魔することにした。

行く以上成長した我が家の

ジャカランダをW先生にぜひ観て

もらいたく2鉢持って行った。

上の右の写真から8カ月経ち、立派に成長した。先生も大変喜んでくださった。

大学のジャカランダはほぼ満開。少々散り始めていた。

Rimg0079 Rimg0080 

日本のジャカランダは花と葉っぱの

出方が海外のものとは違う。Rimg0356_2 

去年の5月行ったカルフォルニアで

観たジャカランダ、それに35年前駐在した

シドニーで観たジャカランダ、どちらもまさに

桜同様、花が葉っぱを覆う感じで紫一色

それはそれは見事だった。

右は去年の5月カルフォルニアで観た

ジャカランダ。

W先生育てられている苗も見せてもらった。

左の写真の1本は幹も太くなり、我が家のものより少々大きく育っている。

Rimg0087 Rimg0086 

ジャカランダは花だけでなく、葉っぱがとても涼やかな感じで、まさに夏にぴったり。

W先生から『ぼつぼつ一回り大きい鉢に植え替えた方がいいのでは』とアドバイスを

受けた。我が家でも話していたことなので早速やろう。

先生から『先日ジャカランダを観るために熱海まで行ってきました』と。

たしかに熱海には街路樹として20数本のジャカランダが植えられていて、年々

花の咲き具合が良くなってきている。ここしばらく熱海に行っていないので様子が

わからない。ネットで見てみると、1週間ちょっと前の様子が写真に出ていた。

大きな木になるジャカランダである。とても我が家の庭に2本は植えられない。

W先生に『人の背丈くらいまでに育ったら大学に移植させてもらいたい』とお願いした。

お昼は、夫婦で前から一度行こう

行こうと言いながら、毎回表を通ったらRimg0075

お客が行列をつくっていて入ったことの

なかったてんぷら屋”岩松に寄った。

表の看板に”早い””安い””うまい”と

書いてあった。

この店の特徴は丼にてんぷらをうず高く

盛るところがポイントで、注文したあなご丼、

海鮮丼、900円と700円とたしかに安く、十分愉しめた。

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2009年6月29日 (月)

市長選、残念な結果に終わった

横須賀市長選のこと、それに応援している呉東正彦さんのことは2度ブログに書いた。

投票は昨日行われ、即日開票の結果、呉東さんは他の2候補に届かず敗れ、極めて

残念である。

当選したのは、6年間務めた横須賀市議を辞職し挑戦した吉田雄人氏(33歳)。

68,000票獲得。

多くの市民がその市政運営を疑問視してきた前市長、蒲谷氏は4,500票差で

一期務めただけで敗退。

横須賀市長は36年間官僚の天下りポジションだった。ここ3代は自治省OBが続いた。

市民の関心が高く、雨天ではあったが投票率は45%。前回を5ポイント上回った。

呉東さんの獲得票数は23,000票。思いのほか大差がついた。

残念ながら呉東さんは結果を出すことが出来なかったが『天下り市長はもうたくさん!』

と訴え、”チェンジ”を旗印にして「人づくりの福祉環境の整備」を訴え選挙戦にのぞんだ

吉田氏は、よどんだ様々な慣例・慣習・悪弊の改革にきっと果敢に挑戦し風穴を開けて

くれることだろう。

呉東さんは市民が担ぎ出した人だった。

ボクは国政含め特定の党派にこだわっているわけではなく、国も地方も政治には

常に対抗軸が必要で、力を拮抗させながら切磋琢磨していかないと、世の中は変わら

ないし、良くならないと確信している。

ボクが呉東さんの話を初めて聞いたのは、勧められて参加した6月4日の集会

話を聞いて、この人は任せられると直感した。

6月11日に開催された大集会には1,000人を超す人たちが集まり、市民の大きな

ムーブメントを肌で感じた。

その後も出来る支援をしたいと思い、近くのコミュニティセンターで開催されたミニ

集会に参加し意見を述べたり、駅頭でのチラシ配りのお手伝い、出陣式への参加、

近所のポスティング、ささやかながらカンパもさせてもらった

呉東さんの問いかけ・訴え、施策はまさに今の時代必要なことばかりだった。それらを

市民と一緒になってマニフェストに作り上げていく過程も理想的なプロセスだった。

ただ残念なことは活動が始まった時期が少々遅すぎたのではないかということである。

吉田新市長が地道にやっていた活動は、数年前既に息子の仲間から聞いていた。

ただ、呉東さんと一緒にマニフェストを作ったたくさんの市民の期待と希望の多くは

吉田さん、ならびに吉田さんを応援した人たちと間違いなく共有できるはずである。

より大きな輪で吉田新市長を支え、市民が安全・安心、心豊かに暮らせる街を

是非ともつくって欲しい。

最後に呉東さん、それに呉東さんと一緒にマニフェストを作った多くの市民の皆さん、

ホントにお疲れさまでした。

2009年6月28日 (日)

ヨーロッパの旅(14:アムステルダムから遠出②)

しばらく中断していたヨーロッパの旅の報告を再開。

アムステルダムから遠出①で書いた  Rimg0239

ハーグのあと、電車で15分、画家

フェルメールが生涯を過ごした街、

デルフトに行った。デルフトはぜひ

行きたかった街だった。

ここも立派な駅だった。街の中心部

へは駅から歩いて15分くらい。

細い運河が張り巡らされ、緑の多いしっとりしたたたずまいの街だった。

ゴシックやルネッサンス様式の家々が続き、絵になる景色が街角のあちこちで

見られた。心が癒される感じの街だった。

運河畔にランドマーク的な建物の教会があった。このとき既に4時前。

ぶらぶら歩きフェルメールセンター(写真右)にも寄った。

Rimg0242 Rimg0245

そのあとどうしても行きたかった場所があった。

デルフトに行く前に寄ったハーグのマウリッツハイス美術館で観たフェルメールの

「デルフトの眺望」(1660年頃)が描かれた場所と言われている東門に行きたかった。

地図でよくわからなかったため途中何人かに聞き、やっとたどり着いた。

東門は左で、実際の絵「デルフトの眺望」は右。

Rimg0250_3 Vermeer13

東門からデルフト駅まで戻り、電車に

乗って次の訪問地ロッテルダム駅  Rimg0251_3

までは15分。

ロッテルダムのことは(4:出会い③)

書いた。

ロッテルダムはオランダ第2の都市。

時間さえあれば、もっとあちこち行きた

かったのだが、ロッテルダムに着いとき

既に6時前。Rimg0262

出会ったおばさんに紹介してもらって

行った港の近くをぶらぶらしただけで、

駅に戻り、アムステルダムに帰る電車に

乗った。

ロッテルダムからアムステルダムまでは

1時間。

一日歩き疲れて電車に乗ると寝てしまった。

ホテルに戻り、万歩計を見ると、この日歩いた歩数は19,000歩だった。

2009年6月27日 (土)

株主総会(その2)

木曜日、3年続けてJFEの株主総会に出席した。場所は今年も帝国ホテル。  

JFEは02年に川崎製鉄と日本鋼管が合併してできた会社。

今年も數土社長の明解で力強く、自信に満ちた説明を聞き、すばらしい会社である

との印象をあらためて強く持った。

合併前は川崎製鉄、日本鋼管ともに業績はあまり芳しくなく、財務状態も脆弱で無配の

続いた時期があった。その2企業がここまですばらしい業績の会社に生まれ変われる

ものかと思いながら今年も數土社長の話を聞いた。まれにみる合併の好例と言える。

不況の影響を受け20年度の業績は厳しいとはいうものの、売上は10%超の伸び、

純利益はほぼ2,000億円。製造業の中で有数の高収益企業である。

『企業の社会的責任(CSR)は、持続的成長を通し、納税と雇用の義務を果たすこと

である』との社長の話は、今更ながら、まさにその通りだと思った。

數土社長の話は続く。

リーマンショックをきっかけにふたつのシナリオを作った。①経済環境の低迷が続く

場合、②経済環境が好転する場合。いずれのシナリオも共通で最も重要な課題は

10年先を見据えた技術開発である。これからもオンリーワン、ナンバーワン製品の

開発に邁進していく。

対処すべき課題の説明のあと、会場からさまざまな質問が出た。

數土社長はひとつひとつの質問に対し、真摯に丁寧に、冗談も織り込みながら

答えられた。いくつかの回答に対しては会場からエールを送る拍手があった。

コーポレイト・ガバナンスにもすばらしさを感じた。

質問はおそらく20個を超えたことだろう。12時前になり、これで打ち切りかと思ったら

數土社長は『あとふたつお受けします』と言われ、最後まで丁寧に答えられた。

厳しい経済環境の中、昨日は株主総会のピーク日で、多くの総会が紛糾したと

新聞が報じていた。

そのような中、JFEの総会は出席者の多くが満足のいくものであった。

年1度の株主総会は、現場を離れて長いボクには大変いい刺激になる。

2009年6月26日 (金)

久しぶりに娘宅へ

富士通の株主総会のあと、久しぶりに横浜の娘宅へ行き2泊した。

孫たちに会うのはゴールデンウイーク以来。

ちょうど姉孫のミサキが幼稚園から帰って   Rimg0053

きたところだった。

会うやいなや、ウチワをくれた。幼稚園で

父の日プレゼントの裏に、じいじ向けにも

書いてくれたウチワだった。

娘からは手作りのお菓子のマカロン。

娘はパティシエを目指して結婚前1年半Rimg0028

くらいお菓子教室に通っていた。

お友だちや知り合いからオーダーを

もらって家でお菓子つくりをしている。

最近マカロン50個の大型注文をもらい

この日ボクがもらったマカロンは

失敗作だったようだ。ただ味は文句なし。

娘からの父の日のプレゼントはこれだけではなかった。ミサキが袋を持ってきてくれて

開けたらステキなシャツのプレゼントが入っていた。

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久しぶりに会った妹孫のユナ(1歳3カ月)の成長が著しかった。

スタスタ歩けて、話しかけるとよく理解できるようになっていた。

また、言える言葉もずっと増えていた。パパ・ママはもちろんのことジイジ・バアバも

言えるようになっていた。「あった」、「おいしい」や「アンパン(マン)」・・・も喋っていた。

ミサキは通っているスイミングのクラスが、くらげからきんぎょになったと教えてくれた。

『きんぎょクラスはどんな形でもいいから5m泳がせる』と娘が話していた。

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ミサキが幼稚園と家で作った新しい作品を見せてくれた。

トイレに右の写真のような張り紙がしてあった。男女共通で使えるトイレのことらしい。

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2日目の夜は相鉄線の天王町駅近くにある、アリラン亭に韓国料理を食べに行った。

子供たちはサービスで付いたデザートの果物とアイスクリームに大喜び。

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2009年6月24日 (水)

株主総会

月曜日、今年もかつて勤めていた会社(富士通)の株主総会に出席した。(日経新聞に

よれば出席者は過去最多の1400名超とのこと)

定年前は行ったことがなかった株主総会だが、定年後は毎年出席しており、今年が

5回目。

昨日、一昨日とブログのアクセス件数がいつもの倍くらい。(ブログの先頭の数字に

マウスをあててもらうと1週間の検索数がグラフで表示される)

何故だろうと思い、検索ワードを調べてみると、トップは”富士通 株主総会”。

たしかにブログをはじめて以来、毎年06年07年08年株主総会に出た印象を

書いてきた。

検索エンジンまたはボクのブログにある「サイト内検索」から検索がかかったことと思う。

富士通は去年社長が交代した。野副社長になって初めての株主総会だった。

前社長の黒川さんとは同じ職場だった時期があったが、野副さんは一緒に仕事を

したことはない。ただ、野副さんも海外に関係していためもちろん知っていた。

野副さんの「対処すべき課題」への説明、それに会場からの質問への対応を聞き、

思っていた以上に好印象を受けた。質問への回答に対しては何度か拍手が起きた。

このご時世、業績は厳しい。20年度連結純利益は1,123億円の赤字。

事業形態が違うので、相対比較するようなものではないが、同業他社(日立、東芝、

ソニー、NEC)の赤字幅ははるかに大きい。

当然なことながら、野副さんの話の中心は、苦境を乗り越え、次なる展開に向けての

考え方、取り組んでいる施策についてであった。

 ※ 「選択と集中」のためにハードディスクビジネスから撤退、事業売却。半導体事業

   分社化・・・。富士通のビジネス構造をよりシンプルにし、より強い体質の会社に。

 ※ システムインテグレーション事業をビジネスの中心核に。そのためにITの提供を

   超えて、お客様の経営改善に結びつくシステムの構築をお客様と一体となって

   一層深耕していく。それを実行していくため、豊富な経験と実力を持つフィールド

   イノベーターの数を増やし質を向上させていくことに注力している。お客様の

   かけがえない真のビジネスパートナーになれるよう。このことはもちろん国内

   だけの話ではなく、同じ考え方でグローバルに展開している。プロダクトは当然

   その基本になる。

   この一元的な方向に向かって役員、社員がいかに集中できるかが成否のカギ。

   体質を強化し、2010年度の黒字化に向けて邁進する。

意見が明快で説明に自信を感じた。

ただ、去年の総会で説明のあった『平成19年6月から始まった新しい3ヵ年中期計画の

最終年度、平成21年度目標は、①営業利益率 5%超、②海外売上率40%』について

まったく言及がなかったことが不満だった。

株主総会は年に1度。話したこと、約束したことがどうなったか翌年の総会で総括する

ことが極めて重要。『100年に1度のハプニングであったため』では許されない。

今回具体的な数値はあまり示されなかったものの、来年の総会では去年話したことは

こうなった、こうなっているとの総括を是非とも期待する。

新しく社外取締役に選任された衆議院議員で三重県知事であった北川正恭さんが

経験を活かし、いかに力を発揮してくれるか大いに関心のあるところである。

終了し会場を出たところで昔職場が一緒でリタイアした女性のTさんにばったり会った。

待ち合わせしていたカミサンもほぼ同じタイミングで会場に着き、3人で食事に行った。

Tさんとカミサンは何度か会ったことがあり食事しながらお互いの近況、昔話、それに

Tさんとボクはかつての職場の仲間の近況など話し、1時間半近く3人でワイワイ盛り

上がった。

Tさんと別れ、我々は久しぶりに横浜の娘宅へ行った。

2009年6月23日 (火)

ヨーロッパの旅(13:アムステルダムから遠出①)

エダムに行った翌日、アムステルダム中央駅から電車に乗って遠出した。

この日も行きたかった街は3ヶ所。

カミサンは前日夜、『疲れたので明日はお休み。ひとりで行ってきて。わたしは部屋で

ゆっくりして、この近くをブラブラするから』、と。『色々いいとこへ行くんで一緒に行った

方がいいと思うけど』と言ったが、カミサンの意思は変らず。

前日の反省からこの日は早めに10時Rimg0238_2 

ころホテルを出た。  

アムステルダム中央駅から電車で50分の

ハーグ(オランダ語ではデン・ハーグ)へ。

ハーグにはふたつ駅があり、乗った電車は

ハーグ中央駅には停まらず、次のハーグ

HS駅で降りた。

先ず行きたかったのは、フェルメールの絵が展示されているマウリッツハイス美術館。

駅の案内所で聞いたらトラムに乗ってXXX駅で降りるように言われたものの、降りる

駅の名前をメモしなかったため、結局いつものパターンでトラムの運転手に、『そばに

立っているのでマウリッツハイス美術館の最寄駅に着いたら教えて』と頼んだ。

駅を降りたあとは美術館が見つからない。聞いて見つけた美術館の入り口(写真左)

わかり難かった。ただあとで気がついたが、トラムの反対側から行けば右のような

感じですぐわかったはず。

Rimg0225 Rimg0232 

フェルメールとレンブラントの著名な作品が展示されていて、どうしても行きたかった

美術館だった。特にフェルメールの代表作”真珠の耳飾の少女”と”デルフトの眺望”を

見ることができ感激した。レンブラントの”自画像”や”デュルブ博士の解剖学講義”も

じっくり見ることができた。

美術館のあとは、となりにあった  Rimg0230 

ビネンホフと呼ばれる国会議事堂や

主要な中央官庁が入っている場所を

ちょっとのぞいてみた。

首都アムステルダムに対して、

ハーグは政治の中心地である。

ビネンホフのあと、これも行きたかった

国際司法裁判所へ行くことにした。

ガイドブックに書いてあるのはオランダ語だけ。Vredespaleis、読み方もわからない。

行き方を聞くのが大変だった。何とか

乗るトラムの番号がわかりたどり着いた。Rimg0235 

国際司法裁判所の所長はたしか今年の

初め、皇太子妃雅子さんのお父さんの

小和田さんが就任されたはずだと思い、

そのことを守衛の人に聞いてみた。

返事はつれなかった。『よくわからない。

知りたいのであればインターネットで

検索すればわかる』、と。『そんなことはわかってる』と言いたかったが、『ありがとう』と

返事した。

裁判所のあと、これも念願だったフェルメールが生涯を過ごした街、デルフトに行った。

これについては、”14:アムステルダムから遠出②)”で。

2009年6月21日 (日)

ヨーロッパの旅(12:アムステルダム郊外)

旅行の前ガイドブックを見て、アムステルダム郊外で行ってみたいと思っていた場所が

何ヶ所かあった。

その内の1ヶ所、アムステルダムの Rimg0107

北にある3つの街にバスで行った。

3ヶ所に行くのだから早めに出れば

いいのに、この日も出たのは11時過ぎ。

アムステルダム中央駅からバスに乗り、

オランダらしい田園風景を走ること40分、

最初の街エダムに着いた。

エダムはチーズの街として知られている。エダムのチーズはエダマーと呼ばれ、

リンゴのようにゴロンとした形が特徴。

エダムはとってもきれいな小さな水郷の街(村?)だった。

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Rimg0195 Rimg0178 

ブラブラ歩いていたらガイドブックに出ていたチーズ計量所を見つけた。今はチーズの

販売所になっている。

気さくな愛想のよい店主がいろいろ説明してくれた。『写真を撮らせて』と言ったら

即『あぁ、いいよ』。計量に使われた道具ほか店内には昔を偲ばせるものがいろいろ

飾ってあった。お土産と我が家用にいくつかチーズを買った。

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Rimg0186 Rimg0192

夫婦でエダムが気に入り、少々

長居をしてしまった。          Rimg0204

次の目的地のフォーレンダム行きの

バスに乗るためバス停に行ったら

もう4時。

フォーレンダムまではバスで10分少々。

フォーレンダムは大きな湖の側の港町。

漁港でシーフード、中でもウナギの燻製は

絶品とガイドブックに書いてあったので楽しみにしていたが遅すぎて店は閉まっていた。

もうひとつガイドブックに書いてあった Rimg0198

ファーレンダムからマルケンという

島に渡る観光船にも乗ろうと思っていた。

観光船の乗り場に行ったら、ちょうど

最終便が出るところで慌てて乗った。

ただ、最終便だったため、残念ながら

マルケン島(写真右)には降りられず、

そのまま船はファーレンダムに引き返した。

そのあとバスでアムステルダムに戻った。

この日の夜は、『チャイニーズが食べたい』ということで、ふたりの意見が一致し、

アムステルダム中央駅の近くにある中華街へ行った。有名な飾り窓地区のすぐそば

だった。

たくさんあった店の中で混んでいた   Rimg0324

店を選び、入った南記というこの店は

当たりだった。

特にふたりともお粥が気に入り、

数日後また行ってお粥を食べた

思い出深い店である。

2009年6月18日 (木)

ヨーロッパの旅(11:アムステルダムぶらぶら)

アムステルダムでは毎日ホテルの近くの停留所からトラムに乗って市内をあちこち

回った。ただ、毎朝ホテルでゆっくりしていたので、出かける時間は大体11時。

アムステルダム中央駅まではトラムで20分。写真左の駅舎は工事中だった。

赤レンガの堂々たる駅舎は東京駅のモデルになったとのこと。

トラムに毎日乗っていると、この先を右に曲がるなんてだんだんわかってきた。

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ホテルの朝食はビュッフェスタイルなのでついつい多めに食べてしまう。そのため

2時ころまでお腹がすかない。お昼は駅の中の店やベンディグマシンを利用した。

写真左はマヨネーズたっぷりのポテトチップス、右はベンディングマシン。

これは安くて手軽に利用できた。

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花を見たくなり、運河のそばのシンゲルの花市を見に行った。

Rimg0127 Rimg0130

球根は検疫済みの印を押してないと日本には持ち込めない。税関で取り上げられる

こと覚悟で球根を何個か買い持ち帰った。幸いなことに荷物チェックはひっかから

なかった。もちろんマズイことだが。

花屋の前に大変面白い店があった。Rimg0347

この時期クリスマスの飾り付けほか

さまざまなクリスマス商品を売っていた。

表に看板がかかっていた。

曰く『It's only 226days till Chiristmas

(クリスマスまであとたった226日)』

このあとアムステルダム中央駅まで戻り、

運河のクルージングボートに乗った。

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水上生活者が多く、アムステルダムで3,000人以上いるとのことだった。

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2009年6月17日 (水)

ヨーロッパの旅(10:泊まったホテル②)

6泊したアムステルダムのホテルでは、3日間、朝7時ころからひとりで近くを散歩した。

7~8分くらい歩いたところに大きなきれいな公園があった。鳥たちが遊ぶ池のそばを

さっそうと自転車に乗って通勤する人たちに会った。東京の通勤地獄と比べ、何と

うらやましいのだろうと思った。

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ギルドハウスと呼ばれる家が並んでいる通りがいくつもあった。上屋の模様が家紋の

ようでどの家にも特徴があった。壁の最上屋にはフックがついていた。スキポール

空港から乗ったホテル行きのシャトルバスの運転手が説明してくれた。このフックは

各家の階段が狭かったりラセン状になっているため、引越しのとき荷物を運び入れる

ことが難しく、外から家具や荷物を吊り上げるためのフックだそうだ。

Rimg0323 Rimg0147 

ホテルの南側も歩いた。20分くらいのところにアムステルダム南駅があり、途中の

並木も家々もすばらしかった。

Rimg0334 Rimg0332 

ブリュシェルで6泊したホテルは、アムステルダムと違いショッピング街の近くにある

ホテルだった。

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ホテルの前をトラムが通っていて、すぐ近くにはGODIVAとPAULの店があった。

Rimg0423 Rimg0616 

ホテルには朝食がついていて毎朝レストラン(写真下左)で食べた。アムステルダムの

レストランよりメニューが豊富で楽しめた。ただ、朝も昼もパンを食べていたら飽きて

きたため、夜近くの桂林というチャイニーズレストラン(下右)に行き、中華料理を食べ

ホッとした。

Rimg0526 Rimg0619 

このホテルにはパソコンが使えるビジネスセンターがあった。マイクロソフトの機能を

使って日本語が入力できる設定をやろうとしたがフロントがやらせてくれなかった。

またキィボードのとおりに文字が出てこなくて困った。QとAやWとZが逆だったり

アルファベット以外も文字配列通りに文字が出なくて苦労した。お客の航空会社の

パイロットが来たので聞いたら『ここのパソコンはいつもおかしい。きっと使った人が

キーボードの配列をフランス語設定にしているのではないか』と言っていた。

ただ、何はともあれ、無料でパソコンが使えたのはよかった。

ブリュシェルのあとはパリに

移動して4泊した。このホテルはCimg1721_2

パリの土地勘がまったくない中、

ネットで取った。結果的には静かな

場所にあり、フロントは英語が通じ、

文句なかった。帰国したあとメールで

アンケートが送られてきたので

満足したと回答しておいた。

フロントの係は毎日のように替わった。そのうちひとりの女性がKyokoさんという

我々夫婦の共通の知り合いに雰囲気が似ていて、そのことを話し「Kyoko san」と

呼ぶようにしたら喜んでいた。

ホテルの前からエッフェル塔が見えた。歩けば20分少々で行けるとのことだったが

メトロに乗って行った。歩いて行けばよかったかな。

ホテルの前の道はあまり人通りがなく、メトロの駅も3分くらいと近く、落ち着ける場所

でよかった。

        Cimg1440      Cimg1439 

聞いていたようにパリのホテルのエレベーターは小さい。スーツケースをひとつ

積んでひとり乗ったらいっぱい。

このホテルでもレストランの朝食がついていた。

Cimg1719 Cimg1722_3  

部屋で持参したパソコンをWiFiネットに接続しようと試みた。120分12ユーロを

ネットでクレジットカードで払おうとしたら、「スキミングされる危険性がある」との

メッセージが出てきたためやめた。

3ヶ国で3ヶ所のホテルに泊まり、それぞれ特徴があり楽しめた。

2009年6月15日 (月)

ヨーロッパの旅(9:泊まったホテル①)

会員になっているヒルトンのポイントを使って最初に泊まったアムステルダムの

ホテルは最高だった。街の中心から

離れた閑静な住宅街の一角にあり、  Rimg0137

周りの雰囲気がすばらしかった

ホテルの裏が運河で9階の部屋

からのながめはとても良かった。

場所はアムステルダム中央駅から

トラムで20分くらいのApollolaanという

ところ。ホテルは停留所から歩いて

5分くらい。

停留所を降りてホテルまでの並木道には大きな立派な家が並び、高級住宅街。

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部屋の窓から運河越しに遠方まですばらしいながめが臨めた。

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停留所に行く途中の運河沿いの道では水鳥が遊んでいて、この道を歩くのが毎日の

楽しみだった。

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ホテルのスタッフ、特にコンセルジュのサービスには十分満足した。

知りたいことには的確に答えてくれ、いろいろな情報を提供してくれた。

帰国した後ホテルからアンケートメールが届き、以下の主旨のことを書いて返信した。

『施設、周囲の環境、スタッフのサービス、すべてに満足。ただしひとつ要望したい。

持参したパソコンを使って、部屋で無料でネットが使えるようにして欲しい。

日本だと、たとえ地方の小さなホテルに泊まっても、部屋で無料でパソコンを有線・

無線LANで使える。

ヒルトンは有料で、しかも利用料は安くなかった(12時間27ユーロ)。

顧客への基本サービスの一環として、無料で使えるようにすべきである』

ブリュッセル、パリ含め、泊まったホテルについての続きは10:泊まったホテル②で。

2009年6月14日 (日)

市長選(その2)

6月5日のブログで横須賀市長選のこと、それに新人候補の弁護士 呉東正彦さんの

ことを書いた。

木曜日の夜、文化会館で開催された呉東さんの集会に参加した。

文化会館の大ホールは大変広い。参加者はその広いホールを完全に埋め尽くした。

千人以上が集まったとのこと。

”市民の力で変わる横須賀”大集会と銘打って、告示直前の決起大会であった。

呉東さんの師匠であり、多重債務者救済活動で知られている弁護士の宇都宮健児

さんも応援に駆けつけた。

プログラムの冒頭で、呉東さんと市民が一緒につくったマニフェストの制作に関わった

女性から活動の想い、経緯が話された。

市民側で『こういう人を市長にしたい』との考えをまとめ、それを政策の形にし、

『これを実行してくれる人は呉東さんしかいない』との結論に達し、呉東さんを担ぎ

出したとのこと。4月21日に出来上がった初版マニフェストは市内全駅で配布中。

『市長になってもマニフェストが単なる行動計画にならないよう、市役所・議会・市民・

民間企業・商店・・・市民全員が一丸となって横須賀を変えていきたい』

『その実現のため、3代続いた役人OB市長とは決別し、市民の目線に立てる市民の

弁護士を市長にしよう』と、熱い想いが語られたのが印象的だった。

(先日初めて横須賀市議会を傍聴した。6月定例議会で議員の質問に市長が答弁

した。聞いていた通り答弁には主体性がなく、無気力で温かさをまったく感じなかった)

マニュフェスト発表のあと、地域のグループ別の活動報告があった。11グループの

発表者とメンバーが壇上に並び、それぞれのグループが想いを述べた。メンバーの

男女比、年齢層もいい感じだった。地方政治がこういうムーブメントになっていけば

最高だと思いながら皆さんの発表を聞いた。

そのあと呉東さん登壇。続いて宇都宮さんも壇上に。おふたりが対談形式で進めた。

冒頭、宇都宮さんは『よくぞ市長選の出馬を決意された』と。宇都宮さんから呉東さん

の紹介があった。宇都宮さんはずっとクレジットやサラ金で困っている貧しい人たちを

中心に支援してきたため事務所の運営は厳しく入所してくれる弁護士がいない中、

呉東さんは最初に事務所に入ってくれた弁護士だったそうだ。宇都宮さんのもとで

8年間修業を積み、まさに宇都宮さんの一番弟子。その後横須賀に戻り、15年間

弁護士活動を続け、横須賀でも生活の厳しい人たち、貧しい人たちを支援・弁護する

ケースが多いとのこと。

宇都宮さんから呉東さんの熱血漢、正義感あふれるエピソードがいろいろ紹介された。

宇都宮さんは年末年始、年越し派遣村の名誉村長を務め、派遣村の実態をいろいろ

話された。弱者を支援する機能(生活保護、雇用支援、自殺防止・・・)を組織として

持っている行政は貧困に対しさまざまな手が打てるはずである。セーフティネット都市を

目指そうとしている呉東さんには大いに期待していると宇都宮さんから発言があった。

最後は呉東さんの決意表明。

15年間横須賀で弁護士活動をしてきて最近特に市民の生活の大変さを痛感。我慢の

限界を感じる。一方市長選に向けた準備をする中で大変な数の市民と知り合い、何と

しても街を良くしていこうとするたくさんの人たちに出会った。皆さん元気で、市民力を

体感した。皆さんと一緒に工夫し知恵を出し、みんなで汗をかいていけば横須賀は

必ず変わると確信した。活動を通して、『選挙は明日への夢に向けて、人がつながり、

心がひとつになっていくことである』と痛感した。市民の傘になる市政をみんなで一緒に

作っていきたい。

締めの前に呉東さんを応援する参議院議員の方が挨拶された。

『原子力空母の母港化反対を訴えるため、呉東さんと一緒にワシントンに行った。

そのとき、呉東さんは問題意識を持ったら、ひたすら追いかけ、粘り強く自分が

納得するまで行動する人であることを知った。市長になってもマニフェスト作成過程を

通して現場で見てきたこと、経験したこと、考えたことを必ず実行すると確信する』

千人を超す参加者の熱い想いがひとつになって2時間の集会は終った。

現役時代は気持ちの余裕がなかったため、地元の政治の話にはほとんど興味がなく、

せいぜい投票に行くくらいだった。この夜は、これまで味わったことのなかった余韻を

感じながら帰路についた。

2009年6月13日 (土)

ヨーロッパの旅(8:公共交通機関)

オランダ・ベルギー・フランス、それぞれの国の間、それに国内の移動は電車・地下鉄

バスを利用した。

左下の写真の一番上はアムステルダムで買った"I amsterdam"と呼ばれるカード。

市内の交通機関と主なる美術館・博物館、運河のクルーズなどが無料で利用できる

カード。しっかり使ったものの、アムステルダム市外で乗った電車・バスでは使えず、

利用価値はまあまあだった。写真右の一番下はベルギーの国鉄の65歳以上のシニア

割引きチケット(ウイークデイのみ)。国鉄を利用して1時間以上かかるところへ4日間

遠出した。1日往復5ユーロ(約700円)。 これはお得だった。

Rimg0005 Rimg0002

アムステルダム市内は毎日トラム(写真下左)を利用した。路線が地図に書いてあり

とてもわかりやすかった。市外への移動は電車とバスを使った。

写真下右は地方の移動に使ったベルギーの国鉄。ブリュッセルの地下鉄はわかり

にくく何度か逆方向に乗ってしまった。

Rimg0023 Rimg0533 

下はパリのメトロ。系統だっていてとてもわかりやすかった。駅の表示も大きく

パリのメトロはすぐ慣れて使いやすかった。

Cimg1472 Cimg1474

国の間の移動には特急電車のタリスを使った。

写真左はアムステルダムからブリュッセル行き、右はブリュッセルからパリ行き。

アムステルダムからブリュッセルは2時間半、運賃は51ユーロ(約7千円)。

ブリュッセルからパリは1時間20分、運賃は86ユーロ(約1万2千円)。

Rimg0359 Cimg1433  

はタリス車内。移動中屋外で高速ネットワーク接続が可能なWiFiが車内で使える。

WiFiはホテルでも使えた。先日新聞にKDDIがワイマックスの有料サービスを7月より

はじめると書いてあった。この分野、ヨーロッパの方が少々進んでいるようだ。

Rimg0363 Rimg0362 

ついでに、交通機関ではなく自転車の話。

オランダでは自転車が大変多いことは

先日のブログに書いた。Rimg0103_2

アムステルダムで泊まったホテルで   

自転車が借りられるとネットで見て

いたので自転車に乗ってあちこちに

行くことを楽しみにしていた。

ところがホテルで借りようとしたら

サドルの位置が高く、危なそうなので

借りるのをやめた。残念だった。

オランダ人は聞きしにまさるほど背の高い人が多かった。

2009年6月11日 (木)

アメリカからのうれしい報せ(その2)

5月31日のブログ「アメリカからのうれしい報せ」で、昔の職場仲間の小林くんの

快挙を紹介した。

小林くんはミシガン大学でMBAを取得し、奥さんのキャサリンと結婚、アメリカの

市民権をとって、南カルフォルニアのカールスバッドに居を構え、3人のお嬢さんに

囲まれ公私充実した日々を過ごしている。

地道に長い間やってきた日米の企業の技術橋渡しを行うコンサルタントとして、先月

見事に大きな仕事がまとめあげた。

3人のお嬢さんのうち、長女のナオミから先日カードの入った手紙が送られてきた。

『6月12日、午後4時に通っているLa Costa Canyon High Schoolを卒業』と書かれた

ナオミの写真付きのカードであった。

ボクたち夫婦にも送ってきてくれたことが大変うれしかった。

Rimg0020 Rimg0021

早速カードを買ってきて、ナオミに返事を書いて送った。

『ホントにおめでとう!我々夫婦は最上級のお祝いのことばを送りたい。またとっても

きれいな女性に成長しうれしい。高校を終えたあとは大学に行くことが決まっている

ことと思う。そうなると家族と離れることになり、これまでの人生でなかった経験を

することになる。将来の夢に向かって頑張って、夢を叶えて!

PS この手紙が6月12日、午後4時までに手元に届くことを願ってる』

小林くんからお礼のメールが届いた。

『ついこの間、花房さんを訪ねて新橋の富士通の事務所にお邪魔(91年)したと

思っておりましたら、もう高校卒業となりました』

そうだった、日本に出張で来たとき、結婚間がないキャサリンと一緒にナオミを連れて

事務所に来てくれて、4人で中華料理を食べに行った。あれが91年だったのか。

カードには3枚の写真が貼ってあった。一番左の写真は生後6か月で事務所に来て

くれたときの写真だそうだ。

真ん中の2枚目の写真はミシガンという名の入ったTシャツを着ている5歳の写真。

ナオミはお父さんが行った名門ミシガン大学の合格が既に決まっている。

ミシガン大学は小林くんが会社を休職し、自費でMBAを取った大学である。

小林くんはメールの中で『5歳近辺で早やくも大学(ミシガン)を決定』と書いている。

3枚目の写真は高校時代の写真で、部活でBand/Drum Major(先頭で指揮する

リーダー)だったときの写真とのこと。

小林くんのメールは続く。

『大学の選択は、父親が無理やり押し付けたものではなく、小さな時から度々、訪問し

辛いことも楽しいこともあり、将来の自分の場所と思えるようになった』

『学費の安いカルフォルニア州やテキサス州の大学も受かり、奨学金も提示された

のですが、本人は全く行く気配がなく、親泣かせでした』

『ミシガン大学は自動車不況の真っ只中のミシガン州の公立大学ですので、州外の

生徒は州内の生徒の倍の学費です。でもここでもアメリカ的で補助金獲得をすると

相当の額が差し引かれます』

メールの結びは『長女の大学の入学が決ったので、次は二女の行き先を真剣に

探りだすこと。その次はしばらく先になるが三女も待っている』

小林くん本人の仕事は今や確たるものになり、それに子供たちはひとりひとりが

着実にステップアップしており、家族は順風満帆のように思える。

2009年6月 9日 (火)

ヨーロッパの旅(7:オランダのチューリップ②)

ライデン駅を出たバスは30分で

キューケンホフ公園に着いた。 20095_039

公園は結構な人だった。

キューケンホフのあとは別の

バスに乗ってハーレムという街に

行く予定だったので、公園の係員に

バスの乗り場を聞いた。

旅行中、道を聞いて同じようなことが

何度もあった。聞いたほとんどの人は『わからない』とは言わない。だが、教えてくれた

内容が間違っていたことは何度もあった。海外はどこも大体こんな感じで、その点

日本人は真面目だ。この時も教えられたハーレム行きのバス停は全然違っていた。

そのことはあとで。

公園内はまさに百花繚乱。チューリップにまじってあちこちにシャクナゲが見事な花を

つけていた。

Rimg0049 Rimg0041 

チューリップは期待していた通りホントにきれいだった。

Rimg0081 Rimg0058 

Rimg0076 Rimg0063 

今年は、オランダ人がニューヨークのマンハッタン島に上陸し、ニュー

アムステルダム(現在のニューヨーク)の街を興して400年の節目の年

とのこと。ニューヨークの礎はオランダ人によって建設された。

400年記念の催しがキューケンホフでも行われていた。

因みにニューヨークのハールムはキューケンホフのあと行った街、ハーレム

から移住してた移民たちがつけた名前だそうだ。

Rimg0074 Rimg0085 

2時間近くかけて公園を見たあと、前述した公園の係員が教えてくれた

バス停に行ったがハーレム行きのバスの案内はない。

さて困ったと思っていたら、母親と息子が通ったので聞いた。『ハーレム

行きのバスはここには停まらない。我々もハーレムに帰るので一緒に

行こう』と言って連れて行ってくれた。イタリアのミラノから旅行で来ていた

親子で、ハーレムに泊まっているとのこと。ミラノからだと家を出て3時間で

ホテルに着くそうだ。国内旅行の感覚。ハーレムは静かで良い街だと

話していた。

住宅街を歩くこと20分、やっとバス停に着いた。自分たちだけだととても

探せない場所だった。ハーレムまではバスで30分かかった。

バス代ははっきり覚えていないが、ベルギー含め、物価は全体的に高いと

思う中、両国とも公共交通料金は安かった。

ハーレム駅にもたくさんの自転車が停められていた。アムステルダム

空港から乗ったホテルシャトルバスの運転手が言っていた。

『モスキート(蚊)のようにあちこちから自転車が飛び出してくる。歩行者と

衝突する事故が少なくないので注意するように』

オランダはまさに自転車天国。

写真左はハーレム駅。駅舎がどの駅も独自性を出していた。

Rimg0086 Rimg0088 

駅から街の中心のグローテ・マルクト広場(同じ名前の中心広場は

あちこちの街にあった)まで歩いて10分ほど。途中ナチスによる

ユダヤ人迫害の歴史を展示した博物館があったが既に閉館していた。

観たかった施設だったので残念。もっともカミサンと一緒には入れない。

アムステルダムの「アンネ・フランクの家」には絶対行かないと旅行前

から言っていたくらいだから。

この日の夜はガイドブックに出ていたRimg0093_2

カフェをグローテ・マルクト広場の 

前で見つけ、食べることにした。

広場を行き交う人たちを眺めながら

ゆっくりいただいた。

8時半を過ぎていたが周りはこの

明るさだった。

Rimg0094 Rimg0095 

2009年6月 8日 (月)

ヨーロッパの旅(6:オランダのチューリップ①)

今回の旅行の目的のひとつは、オランダでチューリップを見ることだった。

ラッシュを避けゴールデンウイークが終わったら即出発し、着いたらすぐチューリップを

見に行こうと決めていた。

そのため8日に出発し、到着した日はアムステルダムに泊まり、翌9日、世界一と

言われている球根草花公園のキューケンホフにチューリップを見に行った。

キューケンホフ公園は今年は5月21日に閉園されるとホームページに書いてあり、

9日はチューリップを見るぎりぎりの時期だった。

当日朝、ホテルからトラム(路面電車)でアムステルダム中央駅まで行き、電車に30分

乗り、キューケンホフの先のライデンまで行った。(写真右、ライデン駅)

Rimg0024 Rimg0037 

ライデンは日本とゆかりの深い街で

長崎で外科医として過ごしたシーボルト Rimg0032 

は日本についての研究執筆活動を

ライデンで行ったとのこと。

行かなかったが街にはシーボルトの

博物館もある。ちょうどJapan Leiden

記念のイベントが行われていたのか

あちこちに表示がかかっていた。

街中を運河が流れ、風車が気持ちよく回っていた。

Rimg0035 Rimg0026

通り過ぎるとき、カミサンが興味あると言っていた駅の近くの店でお昼を食べた。

ニシンの塩漬けがウリの店のようだった。ホテルの朝食で出た燻製のニシンが

美味しくて気にいった。燻製のニシンをパンにはさんでと言ったら「えー」っという

顔をされた。カミサンは塩漬けのニシンをはさんだパンを注文していた。

20095_029 Rimg0036 

このあとライデン駅からバスに乗ってキューケンホフ公園へ行った。

キューケンホフ公園については、次の7:オランダのチューリップ②で。

2009年6月 5日 (金)

市長選

横須賀は今月28日が市長選。

2期目の現職と新人ふたりの男性候補者3人の争い。

新人は49歳の弁護士と33歳の市会議員。

現職はやる気と実行力が不足しているとの評価をあちこちで聞く。

結果、熾烈な争いになりそうである。

応援している市議会議員から案内をもらい、昨夜、新人候補の弁護士 呉東正彦さんの

集会に参加した。

呉東さんは多重債務者の救済で著名な弁護士、宇都宮健児さんの愛弟子で、長い間

地元で地道に弁護士活動を続けている。クレジット・サラ金被害者の救済を目的とした

会を立ち上げ、全国クレジットサラ金問題対策協議会から表彰を受けた経歴の持ち主。

呉東さんの話を聞いたのは昨夜が初めて。

話を聞き、呉東さんの紹介に書かれている「困っている人を助けるために活躍している

弁護士」との印象を受けた。

選挙前の話なのでもちろん割り引いて聞く必要があるもののこの人が市長になれば

少なくとも今よりはずっと市民の目線で市政が進められるはずであると思った。

”市民のマニフェスト”のタイトルで、約100回のミニ集会を経て、多くの市民とともに

作り上げてきたマニフェストの第1項は、『市内でお金を回す地域循環経済の実現』

以下、その要旨。

「新しいことをやるには金がない」と役所は言う。市民が入り市と一体になって双方で

知恵を絞り、汗をかき、実践し、それで金を回していく。街を元気にするためにできる

新しいことはたくさんある。市内各地でやったミニ集会を通し身をもって感じた。

ミニ集会の場に市当局の担当者を参加させ、彼らに宿題を与え、前に進めていくと

いう手順が必要である。

地域社会の課題である福祉、子育て、教育、高齢者、医療、介護・・・、この手法で

課題を解決するためのアプローチ、やり方、手段は編み出せる。

市民の目線に立って予算を組むという意識さえあれば、無駄を省くことにより、活動の

原資は、必ず捻出できる。活動で得た金が地域の中で回っていけば、必ずや市民の

元気は取り戻せる。言葉を換えれば『市民の手に市政を取り戻す』ことができる。

『市民の力で変わる横須賀』を目指し、選挙戦を戦っていく。

呉東さんの話のあと、会場(60人超の参加者)からいろいろな意見が出た。

ホームレスの支援活動をしている人、発達障害の人、老々介護・独居老人などの

仲間を見ている高齢者の方などが自らの苦境を話された。

1時間半の話を聞いて、帰り道自分なりに考えてみた。

結局キィは、『公僕である役所の人間にいかに心の通った地方行政を遂行させるか。

首長はそのためにリーダーシップをいかに取っていくか』

前例、慣例に流されることなく、マンネリに陥ることなく、ネアカで常に前向きに考え、

新しい形で新しい道を模索し実践できる、やる気と実行力を持ち合わせた人こそが

地方自治のリーダーに求められる資質であると自分なりに結論づけた。

人口42万人、中核市に指定されている横須賀市。

4年に1度のチャンス、舵取りをしっかり任せられる首長を是非とも選びたい。

PS 大変いいタイミングで今日の朝日新聞に呉東さんのマニフェストの参考になる

   話が紹介されていた。4月に当選した名古屋市長の河村さんが掲げた施策

   である。施策の要旨は、

     ① 「地域委員会計画」と称し、選挙で選ばれた委員が、市内各地域で

      各1億円程度の予算の使い道を決めるという、予算づくりを市民に委ねる

      試み。

     ② 河村氏曰く、『現場に近い方にお金が下りてきて、あとは住民が決める。

       今までの世の中と180度違う』 『ムダ遣いを省けばいくらでも財源は

       出てくる』

   まさに、呉東さんが提唱する、『市内でお金を回す地域循環経済の実現』と

   考え方はまったく同じ。

   

2009年6月 3日 (水)

ヨーロッパの旅(5:出会い④)

今回の出会いのクライマックスは、パリでAさん、それに結婚したばかりのフランス人の

ダンナのSBに会ったこと。

出発前ブログに書いたがAさんとは6年くらい前、定年退職直前に職場が一緒だった。

数ヶ月一緒に仕事をしただけだったが妙にウマがあった。海外経験豊富なAさんは

日本の会社に一度勤めてみたかったとのことで、入社はしたものの色々ややこしい

日本の会社には合わなかったようで、すぐ転職した。その後ちょこちょこ思い出した

ようにどちらかがメールを出し、食事をし毎回Aさんの頑張っている面白い話を聞いた。

日本女性ではこれまで会ったことのないほど多才で何でもでき行動力と能力のある人

Aさんは5月初めにSBと結婚し、南仏トゥーロンという港町に住んでいる。

東京のフランス大使館で配偶者ビザを取るため22日に日本に帰国する予定だった。

前日の21日ダンナとパリに行く予定とメールが入り、ラッキーなことにAさん夫婦と

パリで会うことができた。

また別の偶然も重なった。ボクがネットで取ったホテルはAさんがフランス料理を勉強

した有名な料理学校「コルドンブルー」のすぐ近くであることがわかった。

Aさんはコルドンブルーで初級・中級コースを終了した。当然すべてフランス語。彼女が

フランス語をはじめたのは4~5年前。今ではテレビは8割方理解できるそうで大した

ものである。

出発前Aさんからメールが届き、『泊まるホテルはコルドンブルーの近くで、学校時代の

お友だちの知り合いがホテルのすぐ近くでビストロタイプの美味しいレストランをやって

いるので21日のお昼はそちらでランチをしては。もしOKだったら予約しておきます。

夜は中華街に案内する予定で、ダンナも一緒に4人でパリの中華を楽しみましょう』

ということで、パリに着いた翌日21日、お昼は彼女が予約してくれたレストラン

”Je The... me”でお昼をいただいた。ホテルから信じられないほど近く歩いて3分足らず

だった。

Cimg1441 Cimg1453 

父親と息子がシェフの店で、食べた料理の美味しかったこと。

特にフォアグラと鴨料理は絶品だった。デザート、それにコーヒーも美味。

この店の味は今回の旅行でベストだった。

Cimg1456 Cimg1457 

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この日は約束通り夕方6時にAさん夫婦がホテルに来てくれ、中華街に出かけた。

途中メトロ(地下鉄)の切符の買い方、電車の乗り方を教わった。切符は乗り降り

自由の1日切符を3日分を買った。

中華街をブラブラしたあと入った店はダンナのSBが以前から前を通るたびに一度

入りたいと長い間思っていたというレストラン。

美麗都酒家というミシュラン認定の店だった。

Cimg1508 Cimg1509 

夜もまた鴨料理を食べた。旨かった。他の料理も美味。

SBはもちろんのこと、全員大満足。

Cimg1504 Cimg1505 

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駅への帰り道、カフェでお茶してワイワイおしゃべりし、Aさん夫婦と別れた。

以下は出会いではないが。

旅行に出かける前、庭の草木が気になったので水やりをとなりのSさんにお願いした。

ベルギーに移動したあとSさんからメールをいただいた。

 『旅を お楽しみ中と思いますが 天候は如何ですか?此方では菜種梅雨の様な

 感じで、結構 雨が降って居ます その為植物は元気で繁茂して居りますので 

 ご心配なく。では 残りの旅をお楽しみください』

ベルギーでは日本語でメールが送れなかったので、英語でお礼の返事を出したら

Sさんから返信があった。

 『You better enjoy with Okusan do stroll downtown Paris since human life is

 not so long . Have a nice day 』

Sさん口癖の『残された時間は長くない。楽しまないと!』と書かれていた。

2009年6月 1日 (月)

ヨーロッパの旅(4:出会い③)

あちこちで親切な方にお会いした。

オランダに着いて3日目。カミサンから『疲れたのでひとりで行ってきて』と言われ、

行きたかった3つの街に電車で出かけた。

この日は、オランダの政治行政の中心の街ハーグ、大好きな画家フェルメールが生活

した街デルフト、それに港町ロッテルダムの3ヶ所に行く予定で昼前にホテルを出た。

ハーグ、デルフトはあらかじめ訪ねる場所を決めていた。この2か所については後日

紹介。

大きな街であるロッテルダムはどこに行けばよいかよくわからずガイドブックに出ていた

海の近くに行くことにした。3か所目のロッテルダムの駅に着いたら6時過ぎていた。

ガイドブックによればトラムかメトロで行けるとのこと。途中の景色が見える路面電車の

トラムに駅前で乗った。降りる駅がわからないため乗るとき運転手に地名を言い、

そばに立っているので駅が来たら教えてとお願いした。教えてもらった駅で降りた

ものの近くに海はありそうにない。交差点の真ん中でどちらに向かって歩けばよいか

皆目検討がつかない。ちょうどそばを通っていたおばちゃんがいたので声をかけた。

ガイドブックに書いてある地名を見せて『ここに行きたいのだがこの近くだろうか』と

聞いた。おばちゃんはもともとベルギーの人でオランダにきて20年くらいになると言って

いた。英語はあまり得意そうではなかった。ボクが聞いた場所は歩くには遠い。ただ

海を見たいのであればこの近くに古いロッテルダムの港があるのでそちらに行ってはと

アドバイスされた。行く方向が同じなので近くまで一緒に行くからと言って、15分くらい

一緒に付き合ったくれた。道中ロッテルダムのこと、オランダとベルギーの違い、

家族の話、死ぬまでに日本に行ってみたいことなど話してくれた。『ロッテルダムの駅に

戻るにはあの停留所からトラムに乗るのよ』と心配だったのか何度も言い、別れ際には

ハグしてくれた。

おばちゃんと別れ、教えてもらって行った古い港はこんな感じ↓だった

Rimg0253 Rimg0257 

別の日、この日もカミサンとは別行動だった。

ブリュッセル駅から電車で1時間半かかる南地方の街に出かけた日のことだった。

古い城塞があり川下りができるふたつの街、ディナンとナミュール、いずれも大変

きれいな街のようで是非行きたい場所だった。紀行記は後日紹介するとして、この日も

親切な人に出会った。

ブリュッセル駅から乗った電車はナミュール経由のディナン行きだった。4人がけ

シートの前に座ったのは30歳代後半の男性。英語ができる人だった。

電車がディナンに行くことを確認したら、『途中のナミュールで車両が半分に分かれ、

ディナン行きと別の方向行きに分かれると車内アナウンスしていた。この車両が

ディナン行きかどうかわからない。自分はナミュールより前で降りる。この車両が

ディナンに行くかどうかはよく確認した方がいい』と言われた。

その後もこの人はボクのことを心配して紙に絵を描いて、電車がナミュールでディナン

行きと別方向行きになることを何度も説明してくれた。別れ際『車内放送をよく聞いて

必要だったらディナン行きの車両に移るように』と言い残して電車を降りた。車内放送

と言われてもわかるわけがない。その後車掌が車内を回ってきたので尋ねたらディナン

に行く車両だということでホッとした。心配してくどいくらいアドバイスしてくれた男性は

紙にベルギーの地図を描いて大きな街の場所や人口ほか色々教えてくれた。

ブルッセルの街中では日本人にも会った。娘からリクエストのあった指定ブランドの

チョコレート(ピエール・マルコリーニ、ビタメール)を買うためカミサンと一緒にブラブラ

歩いていたら、同じような年恰好のご夫婦とお嬢さんと思われる方が歩いていて声を

かけられた。広島在住の陶芸作家の木村芳郎さんと言われる方だった。前日から

すぐ近くのギャラリーで個展をやっていて時間があればのぞいてみてはと言われ、

拝見した。すばらしい青磁釉作品が展示されていた。前日のオープン前の内覧会には

パリほかから100人を超える人たちが集まり近くでやったパーティは大変盛り上がった

と言われていた。著名な作家の方のようで東京でもあちこちで個展を開かれている

そうである。

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このようにすてきな出会いがあるのが旅の楽しみである。

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