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2009年4月

2009年4月30日 (木)

すばらしい報せに感激

今朝娘からメールが届き、『春の叙勲でお義父さんが瑞宝中綬章を授章することに

なった』との大変うれしい報せがあった。

早速昨日の新聞を見てみたら出ていた。

元運輸省航空局技術部長、お義父の経歴を初めて知った。我が国初の国産旅客機

YS11の開発に携わったとは聞いていた。

昨日の新聞で叙勲者の名前はざっと見た。卒業した大学の名誉教授が6名も授章して

いて、おーっと思ったが、お義父の名前は見落としていた。

ネットで検索してみると、瑞宝中綬章は「国家または公共に対し功労があり、公務等に

長年従事し、成績を挙げた者を授与対象とする」と書いてあった。

感激し、早速お義父に慶びのメールを送った。

叙勲は長い間の功績が評価された結果であり、これほど名誉なことはない。

栄えある勲章授与の伝達式は5月14日に皇居で行われるそうである。

2009年4月29日 (水)

娘宅へ

裁判を傍聴したあと、横浜の娘宅に寄って1泊した。

翌日娘が人間ドックの検診を受ける予定でダンナが出張なので来て欲しいとヘルプを

頼まれ、カミサンは1日前から行っていた。

孫たちに会うのはちょうど1ヶ月ぶり。1歳1ヶ月になる妹孫ユナの成長ぶりに驚いた。

1ヶ月前はつかまり立ちがやっとであったが、転びながらではあるもの、スタスタ歩き

はじめていた。話すこともかなりわかるようになっていた。

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着くとすぐ姉孫のミサキが『じーじ、

おめでとう』と言いながら、用意して  Rimg0255_2

いたお見舞いの手紙をくれた。

『じーじ はやくよくなってね 

なかむらみさき より』

ハートマークがいっぱいついていて

「より」は書く場所がなく一番上に

書いてあるのが愛嬌。

ふたりともテレビの子供向け番組が大好き。

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翌朝、娘は9時に出かけ病院へ。ミサキの幼稚園のバスが来るのは9時15分。

ユナをベビーカーに乗せて、カミサンと一緒にバスに乗る場所までミサキを連れて

行った。顔なじみのママたちに会ったら、『お父さん、もう良くなったんですか?』と。

娘がみんなに話していたんだ。

バスを見送ったあと、ぶらぶら近くの山道へ。

山道で会った年配の男性に道を聞いたら色々教えてくださって、『これからタケノコ

掘りに行くんだけど、もしよかったら一緒にどうですか』と誘われ、タケノコ掘りなんて

やったことがないので、『ぜひ、よろしく』とついていく。

タケノコ掘りのベテランで、ボクはなかなか見つけられない数センチ頭を出した

タケノコを見事に見つけ、スコップで掘り、根っこをのこぎりで切る手際の良さは見事

だった。30分くらいで9本採れた。そのうちボクが見つけたのは2本だけ。

『家に採ったタケノコがたくさんあるので全部持って行っていいよ』と言われ、お言葉に

甘え、9本すべていただいた。夜はカミサンのタケノコづくしの夕食を楽しんだ。

Photo Rimg0265_2

2009年4月28日 (火)

裁判傍聴

昨日朝熱海を出て、知り合いの交通事故の民事裁判を傍聴するため、東京地裁に

行った。

原告は、一昨年の6月、当時17歳の息子さんを亡くされたご両親。

息子さんが運転していたバイクにワゴン車がぶつかり、息子さんは亡くなった。

検察は加害者を不起訴処分とした。

ご両親は民事裁判で事故の真相を明らかにしようと頑張られている。

この事故処理には極めて不自然な点がある。

それは警察が作成した実況見分調書につけられた事故現場の見取図が2枚ある

ことである。1枚目は事故直後、2枚目は事故から3ヶ月後に作成されている。

そのため、事故を担当した警察官を証人として裁判所に召喚し、2枚の見取図が作成

されたいきさつを質そうという方向で審理は進みつつある。

違った見取図が2枚作成されることは極めて異例で、まったく納得できない。

ご両親を応援しながら、事故の真相が明らかにされていく過程を見届けたく、これからも

傍聴を続けていこうと思っている。

ボク以外に3人の人たちが傍聴に来ていた。たまたまそのうちのひとりの方とは面識が

あった。相談したいことがあると言われ、裁判が終わったあとお昼をご一緒した。

彼女は3年半前、お母さんを飲酒・ひき逃げの加害者に殺された。

事故から1ヶ月後加害者は捕まり、2年間刑務所に服役した。

その酷い加害者を相手に、弁護士はついているもののひとりで民事裁判を闘っている。

困っていること、悩んでいることが話の中でいろいろ出てきた。

平穏に暮らしていた人が、何故こんな酷い人間に苦しめられなければならないのか、

その不条理さに激しい怒りを覚えながら話を聞いた2時間だった。

2009年4月26日 (日)

地デジ移行

耳が落ち着いたので、1ヶ月ぶりに昨夜から2泊の予定で熱海に来た。

念願だったマンションの地デジアンテナの設置が完了し、今朝設置業者のNさんに来て

いただき、居住者向けに説明会を実施した。

説明会は一昨日も行い、希望者は2日のいずれかに参加してもらうよう案内を出した。

両日とも参加する予定であったが、一昨日は入院のためダメだった。

今朝の参加者は7名。一昨日は12名だったとのことで両日で居住者の1/4くらいの

方々が参加したことになる。

テレビ映像を流しながら、説明会は質疑を交え約1時間。

設置工事のあらまし、東京波から静岡波への移行、新しいチャネルについての説明の

あと、参加者の一番の関心事である所有するテレビの種別毎に必要な対応の説明を

聞いた。

我が家は2年くらい前に地デジ対応テレビを買ったのでチャネルの設定だけでOK。

購入したとき付いていたB-CASカードを差込み、郵便番号、居住都道府県などを入力

すれば設定情報を聞いてくるので順番に入力し、最後に初期スキャンが行われ、

地デジチャネルが登録されるという手順。

それに加えてBS放送受信のために地デジとBSを分岐させるセパレーター(1500円)

が必要。

地デジチャネル設定により、見違えるように鮮明な画面になった。

セパレーター経由できれいなBS画面も愉しめる。

時間はかかったが地デジアンテナを設置するという理事会の役目はこれで果たせ、

我が家の地デジへの移行も完了した。

2009年4月24日 (金)

退院報告

入院9日目の今朝、9本目のステロイド剤の点滴が終わり、午後無事退院できた。

まだいくぶん右耳の閉塞感は残っているものの聴力はかなり回復したようである。

ただ、しばらくは薬を続けることになりそう。

入院する前に医者から言われた。

『突発性難聴はアレルギーとか血流不足が原因と言う意見もあるがはっきりした原因は

いぜんとして不明。ただ処置方法は確立している。1クール9回のステロイド剤の点滴を

打つこと。ただ結果は人により、状態により違ってくる。完治に至らないケースもある。

重要なのは一日も早く処置をはじめること』

9日間の入院中いろいろ見聞き、体験した。

4人部屋のふたりはガンの術前、術後の方だった。看護婦さんたちの明るいふるまい、

患者への思いやり、きびきびした動きには癒され、すばらしさを感じた。

以前入院したのはいつだったろうかと考えたら、33年前の1976年だった。

場所はシドニー。駐在中、首にできた腫瘍を切除する手術を受けた。

英語が心もとない上、悪性ではないかと心配したことを久しぶりに思い出した。

今回の入院では朝3時間かけて点滴すれば、あとは3回食事をするだけ。就寝時間の

9時まで他に何もすることはない。

読めてなかった本をいろいろ持ち込み、じっくり読んだ。

中でも第2次大戦末期の昭和20年2~3月、硫黄島戦線総指揮官 栗林忠道中将の

ことを書いた「散るぞ悲しき」(梯久美子著、新潮社)には大変胸を打たれた。

1年半くらい前、クリント・イーストウッド監督の硫黄島を舞台にした映画2部作

「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」を観て、「散るぞ悲しき」を買った。

買いはしたが読んでなかった。栗林中将は「硫黄島からの手紙」のモデルである。

また、時間つぶしによかったのは、数字のパズルの数独。

数独はルールは簡単だが脳トレになり、時間つぶしにはぴったり。

考えても考えてもわからず、しばらくほっておいて、あらためてやったらパッとひらめき

全部が解けたという問題がいくつかあった。ギブアップした問題もふたつあった。

今回の入院は急に決まったため、予定していたことをいくつかキャンセルせざるを

得なかった。最も残念だったのは、ボクが幹事で3ヶ月に1度やっている大学の寮の

飲み会に参加できなかったこと。特に今回シカゴと高松からわざわざ参加してくれた

ふたりの仲間に会えなかったのが極めて残念であった。

土曜日にあった年3回開催の犯罪被害者ネットワークの実行委員会、それに日曜日

開催された年2回のテニスのチーム対抗戦、いずれも参加できなかった。

ただ、9日間の治療でとりあえず治まったことは何ごとにも替えられない。

2009年4月20日 (月)

入院中(ケータイより)

入院5日目。

1日1本のステロイド剤の点滴は予定の9本の半分を過ぎた。
入院時に比べれば右耳の閉塞感は少し治まってきたもののまだ気になる。

ただ今朝の検診の聴力検査では問題の右耳は良くなっていて左右あまり変わらなくなってきているとの診断。

ステロイド剤の点滴は血糖値を上げる。ボクは軽い糖尿病のため、定期検診での測定は大体110から160くらい。
点滴をやるたびに血糖値はぐっと上がる。昨日の午前中点滴が終わったあと測ったら240になっていた。昨夜は270まで上がった。150を超えたらインシュリンを打つ。今朝は90に下がっていた。

ほかは特に問題なし。

食事は量が少ないもののまずくはないし、毎日シャワーを浴び、持ってきた本を読み、テレビでニュースとナイターは欠かさず観ている。
消灯が9時なので夜中に眼が覚めてしばらく寝付けない。ただこんなことで文句は言えない。

4人部屋の中ふたりの人はガンのようである。
部屋の中ではもちろんケータイは禁止。ベランダで使っている。連絡は専らケータイ。カミサンに「なにか一品差し入れして」とか、お見舞いに行くと言う横浜の娘には「重病じゃない。小さい子供たち連れての見舞いは不要」と。

9回の点滴の1クールが終われば治ることを願ってもう少し入院生活続けます。

2009年4月16日 (木)

ブログしばらく休みます

実は急に今日午後から9日間入院することになりました。

右内耳の蝸牛のトラブルが原因の突発性難聴との診断。

1週間くらい前から飛行機に乗ったとき感じる気圧による耳閉感に似た感じがあり、

なかなか治らないので今朝病院に行ったら、入院して治療した方がいいだろうとの

ことで急遽入院することになった。

毎日ステロイドの点滴を9日間やれば治るであろうとの診断。

原因は不明なものの、加齢のためではない、また脳からきているトラブルではない

とのこと。

週末から来週にかけて予定していたことをバタバタと調整した。

病院では当然パソコンが使えないので、読もうと思い買って「積読」のままになっている

本をドサッと持って、間もなく病院に行きます。

ということで、ブログはしばらく休みます。

2009年4月14日 (火)

帰省(4)

チェックインしたホテルビジネスイン倉敷”は弟の家から車で5分くらい。夫婦で帰省

したときの常宿。値段がリーゾナブルで、美味しい朝食がついていて、パソコンの使用

環境も問題なく、倉敷駅から徒歩15分の好立地で、何と言ってもホテルの人たちが

顔なじみ。

この日もオーナーの奥さんがフロントに Rimg0219 

いて、しばしよもやま話。

部屋に入ってしばらくしたら桜もちの

差し入れがあった。

このホテルは毎回宿泊客がいっぱい。

大きな駐車場があるのも人気の

ひとつのようだ。オーナーがホテルの

敷地の地主さんとのことで、そのため広い駐車場が可能なのだろう。

この日も駐車していた車の多くが県外ナンバーだった。

ホテルから車で20分くらいのカミサンの実家に墓参りに行った。

カミサンの実家は倉敷の郊外にある旧家。敷地の裏に代々墓がある。

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昼は今回の帰省のメインであるオフクロの卆寿(90歳)の祝いを子供たち3夫婦で

やった。

場所はリーゾナブルな値段で美味しいものを食べられる店をたくさん知っている妹の

お勧めの倉敷らしいたたずまいの”しんすけ”という店だった。

夜はそれなりの値段だそうだが、ランチはこれで800円。ちょっと軽少な祝いの席に

なったが、1時間半くらいみんなでワイワイ盛り上がり、オフクロも喜んだ。

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食事が終わったあとみんなで車でお墓に行き、お参りしてオヤジに全員元気にやって

いることを報告した。

最後だったこの日の夜は、これまた妹に教えてもらったお好み焼きの店にオフクロを

連れて、カミサンと3人で行った。この店のお好み焼きも美味しかった。

半年振りの6日間の帰省を終え、日曜日午後のフライトで横須賀に帰ってきた。

2009年4月13日 (月)

帰省(3)

妹宅に泊まった翌日、オフクロも一緒に妹夫婦にドライブに連れて行ってもらった。

妹宅に泊まり翌日ドライブは帰省の定番になっている。

今回の行先は満開の桜見物。

先ず、岡山から東に20キロくらい走り、展望台のある道の駅のそばの桜の下でお昼を

食べた。いつも妹が弁当を作ってくれる。今回も春らしいちらし寿司を用意してくれた。

展望台は塩田だった場所が遠望できるすばらしいロケーションだった、

そのあと行った森林公園の桜も見事であった。

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翌日、昼前到着するフライトでカミサンが来て弟のカミサンに車を借りて迎えに行った。

そのあと、妹に勧められた備中国分寺にカミサンと一緒に行った。

以前妹に連れて行ってもらったことがあるが、吉備路にある備中国分寺もすばらしい。

奈良時代に建立、江戸後期に再興され、五重塔で知られた歴史のあるお寺。

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時期が最高だった。 境内の桜、それにお寺の外の桃がまさに咲き誇っていた。

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お昼は妹お勧めのお寺の裏にある店で食べた。周りの風景にマッチした店だった。

うどんとぜんざいを頼んだら小鉢がたくさん出てきて、これでふたりで千円少々とは驚き

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夕方、ホテルにチェックイン。このあとは、「帰省(4)」で。

2009年4月11日 (土)

帰省(2:桜を愉しむ)

桜が満開になるこの時期、毎年必ずというくらい雨が降り、風で花びらが散り、桜は

あっという間にダメになる。

ところが今年は大変ラッキー。好天気の春爛満の日が続き、うれしいことに連日桜が

愉しめる。散りはじめたとはいえ、今日、明日の週末は全国でたくさんの人たちが

満開の桜を愉しむことだろう。

倉敷には中国山地を源流にした水量豊かな高梁川と呼ばれる川があり、街中あちこち

小川や用水が流れている。小川や用水でしらさぎを見ることも珍しくない。

着いた日の午後、桜の名所で貯水池のある酒津へ、オフクロと弟のカミサン3人で

行った。

酒津には小学生のころよく泳ぎに行っていた。

もちろん整備はされているものの、酒津の風景は50年前と変わってない。

見事な桜、柳の新芽の緑を堪能しながら散策した。

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帰り道、弟の家の近くのお墓に寄った。

お墓でも桜がきれいだった。      Rimg0185

この夜はオフクロを連れて、

妹夫婦と一緒に岡山へ食事に行き、

そのまま妹宅に泊めてもらった。

いつものことながら、夜遅くまで

妹夫婦と3人で話しこんだ。

2009年4月 9日 (木)

帰省(1)

10月以来、半年ぶりに郷里の倉敷に帰省している。

オフクロが今年89歳になるので卆寿の祝いを弟夫婦・妹夫婦3夫婦でやることにした。

それに平素オフクロの面倒をみてもらっている弟・妹夫婦へのお礼とねぎらいを兼ねて

帰省した。

オフクロは記憶力が極端に落ちてきたものの、やる気はまだまだ衰えておらず、週に

2回のデイサービスに通うのを楽しみにしている。また足がダメになったら大変と毎日

近くを歩いているようだ。

弟夫婦が20年以上前に2世帯住宅をRimg0154 

建てて、隣に亡くなったオヤジと

オフクロが住み、以来ずっと面倒を

みてくれている。扉ひとつで行ききが

でき安心。特に、弟のカミサンには

20数年間ずっと世話になりっぱなし。

妹夫婦も車で20分くらいのところに

住んでいて心強い。

長男である我々夫婦は遠方に住んでいることをいいことに、おんぶにだっこの状態。

弟のカミサンと妹からオフクロの様子がメールで定期的に送られてきて、ボクはちょこ

ちょこオフクロに電話する、こんな状態がずっと続いている。

今回もそんな中での帰省である。

火曜日昼前、岡山空港に着いた。いつものように倉敷駅まで弟のカミサンが迎えに

来てくれた。岡山で開催されている全国都市緑化祭に出席される秋篠宮ご夫妻が

たまたま同じフライトで着かれ、飛行場で遭遇した。

家に寄り、オフクロをピックアップし、3人でお昼を食べに行った。

オフクロはデイサービスに行くのがとても楽しいらしく、様子をいろいろ話してくれた。

今回は日曜日に帰る予定。せいぜいオフクロ孝行をしないとと思っている。

2009年4月 6日 (月)

ポスティング

今日から新学期。朝テニスの帰り、小学校の前を通ったらピッカピカの1年生が入学式

を終え、みんなで並んで桜の下をお母さんと一緒に帰っていた。休みを取ったのだろう、

お父さんも一緒の家族も少なくなかった。

一生に一度の我が子のすばらしい日、当然だ。健やかに育って欲しいと思いながら

しばらく見ていた。

昨日は桜を見がてら、久しぶりにパソコン教室チラシのポスティングをした。

近所のお宅で新築記念に入口にShikiishi

こんな(→)敷石を造っていた。

すばらしいアイディア。いい思い出に

なることだろう。

きっとほのぼのしたご家族であろう。

満開の桜をあちこちで見ることができた。

水源地、公園、並木道、学校、神社…

桜を見るといつも思う。日本全国地域毎に、どの木もほぼ同じ日に満開となり、大きな

木のてっぺんの小枝についたつぼみまで一斉に開花するのは、自然の摂理とは言え、

不思議である。

Rimg0146 Rimg0138 

ポスティングはこれまでやったことがなく、場所そのものに興味がある地域を選んだ。

ポスティングに必携の万歩計とラジオ、それに店長のNくんが最近作ったチラシを

持って出かけた。

行ったことがない場所だったので、興味津々。

寄り道しながらだったので、250枚のチラシを配るのに2時間ちょっとかかった。

250枚程度だと、まず問合せはない。最近のポスティングのヒット率は極端に低い。

12月~2月、オープン5周年記念キャンペーンで店長のNくんがポスティングしたり

駅前で手渡したり、新聞に折り込んだチラシは2万枚以上。問合せはほとんど

なかった。

我が家でもポストに入ったチラシや新聞に折り込まれたチラシはほとんど見ないで

そのまま資源ゴミに直行。

リサイクルされるとはいえ、日本全国で制作~処分~再生にかかる費用は莫大。

2時間で9,400歩。満開の桜を堪能し、心地よい疲れを感じながら帰ってきた。

      ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~ 

昨日はボクの誕生日だった。

朝、娘のダンナから「おめでとう!」の Rimg0149 

ケータイメールが届いた。

夜、孫姉のミサキから『じぃじ、お誕生日

おめでとう』のうれしい電話があり、

『ファックス送るネ』と、アンパンマンを

書いたファックスが送られてきた。

この歳になっていまさらの思いは

あるものの、うれしかった。

2009年4月 4日 (土)

春の花たち

肌寒い日が続いているものの桜は満開。

我が家でも花たちが春の装い。   Ura

2階のダイニングの出窓に置いている

シンビジュームが今年も花をつけて

楽しませてくれている。

20年以上前に株分けした中の一鉢。

シクラメンも花は小さいが数年続けて

咲いてくれている。

庭では毎年この時期楽しませてくれるフリージアの黄色が鮮やか。

花が終わった梅は、今年はたくさん実をつけている。

Rimg0132 Rimg0135

去年の11月に買った菌を埋め込んだRimg0134

シイタケ木からうれしいことに初めて

シイタケがひとつ出てきた。テニスコートに

詳しい仲間がいて、水やりを絶やさないで

日陰に立てて置くようにと言われ、毎日

水をやっていたのに全く出てくる気配が

なかったので、うれしい。

あとが続けばいいが。Rimg0152

熱海に行く前、カミサンが畝つくりをして 

植えたジャガイモが芽を出していた。

我が家の庭では初めての試みなので

収穫につながればいいが。

春本番までいよいよカウントダウン。

2009年4月 3日 (金)

映画「ワルキューレ」

この映画も観たいと思っていた作品だった。(Goo評点78点)

舞台は、第二次世界大戦、ヒットラー制圧下のドイツ。

アフリカ戦線で左目を負傷したシュタウフェンベルク大佐は、“良心”と“忠誠心”の

葛藤に悩んだ末、祖国の平和のためにヒトラー暗殺を考えるようになる。やがて

画期的な暗殺計画≪ワルキューレ作戦≫を立案し、同志と着々と準備を進めていく。

そして、決行の1944年7月20日を迎えた。ヒトラーとその護衛たちを前に大佐たちは

計画を成功させられるのか…。

2時間ずっと緊迫した状況が続き、最後まで緊張の糸が途切れることのないドラマで

あった。

第二次世界大戦時に実際にあったヒトラー暗殺計画を題材に、トム・クルーズがその

計画の中心的人物であったシュタウフェンベルク大佐を演じた。

ヒトラーの独裁政権に屈する者と世界を変えようとする者、そして両者の裏で陰謀を

たくらむ者が、戦争の混乱の中で繰り広げる駆け引きが見事に描かれていた。

最初から最後まで緊迫状況が続き、ロマンスはおろか、登場した女性で記憶に残って

いるのは大佐の妻くらい。

当時、ヒットラー率いるドイツ軍は、連合国軍の猛攻で完全に窮地に追い込まれ、

このままヒットラーに委ねていれば、ドイツのみならず欧州全体が壊滅するとの強い

懸念が広がっていた。

そのような中、ヒットラー暗殺計画は何度も企てられた。ワルキューレ作戦は最後の

試みであったそうだ。作戦決行後、関わった200名は処刑。

9ヶ月後、ベルリンは崩壊、ヒットラーは自決。

独裁国家のなれの果てを垣間見た感じがした。

きっと北朝鮮でも、金正日暗殺計画、計画未遂、結果関係者の処刑は数知れず

行なわれていることだろうと思いながら観た。

2009年4月 1日 (水)

パパが来た

たわいもない家族の話が続き、申し訳ありません。

仕事のため、25日の妹孫ユナの誕生日に間に合わなかったパパが26日昼前車で

熱海に駆けつけた。当然、孫たちは大喜び。

お昼を食べて、パパが予約してくれた伊豆高原のホテルに向けて車2台で出発。

伊豆高原はすばらしい桜並木で有名。見ごろには1週間くらい早かったため、2分咲き

くらいで大変残念だった。

ホテルはヴィラージュ伊豆高原リゾートマンションのようなホテルだった。

Rimg0111 Rimg0110

ベランダから正面には伊豆大島が見え、2年半くらい前に体験宿泊したタイムシェア

ホテルがすぐ下に見えた。

Rimg0104 Rimg0105

夜は漁師めしという店で妹孫ユナの誕生日を全員で祝った。

翌朝チェックアウトしたあと姉孫ミサキが喜びそうな伊豆ぐらんぱる公園に出かけた。

パパと一緒に乗物に乗れて、ミサキは大喜び。

Rimg0114 Rimg0118 

ユナもハピー。

園内で遅いお昼を食べたあと Rimg0128_2 

みんな疲れ気味で、熱海に戻った。

娘一家は1泊し翌日朝、横浜に帰った。

ボクは孫旋風にやられたのか

珍しくダウンし、娘一家が帰った日は

一日中寝ていた。

今回1週間孫たちと寝起きを共にしたが

あらためて子育ての大変さがよくわかった。

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