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2009年3月

2009年3月30日 (月)

妹孫の誕生日祝い

熱海では天気がさえない日が続いた。

雨が降った日は外に出られず、朝から晩まで家で孫ふたりに付き合わされて疲れた。

姉孫ミサキは絵を描いたり、ひとり遊びをしてくれるのでいいが、1歳になったばかりの

妹孫のユナの動きにはついていけない。

子供向け番組のある朝はふたりでテレビをじっと観ていてくれたので助かった。

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カミサンがミサキ向けにパソコンの

子供用ゲームをネットで検索し探した。 Rimg0078

ミサキが特に喜んでやったのはミフィと

シルバニアファミリー。ユナも一緒に

そばで見ていた。

子供は早い。何度かやっているうちに

ドラッグ&ドロップができるようになり

ひとりで楽しんでいた。

今回初めてトランプにも挑戦し、ババヌキができるようになった。

ただ、ミサキがジョーカーを引いたら大変。表情ですぐわかるだけでなく、引いてもらえ

ないとそのうち泣き出す。4歳半、こんなものだろう。

パパは仕事で来るのが翌日になるため、25日夜、ユナの1歳の誕生日祝いをやる

ことにした。

娘が”ユナ”の字形のクッキー付きのバースデイケーキを焼いて、カミサンがお子さま

プレートを用意。

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ミサキからユナへは、バースデイカード(左)と紙オムツほかのプレゼント(笑)。

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カミサンからのプレゼントは、いろいろ子供向けの曲が入った”タイコのうた”。

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誕生したときに比べると、当然とは言え著しい育ちぶりで、感謝感 full

因みに↓はミサキの1歳の誕生日に撮った写真。

Misaki

2009年3月29日 (日)

孫たちとお出かけ

熱海にいる間、何度か孫たちと車で出かけた。 Rimg0044

以前愛犬チェリーがいたころは熱海に来れば

必ず行っていた姫ノ沢公園へ久しぶりに行った。

ちょうどモクレンが満開。

白いモクレンと赤いツバキのコントラストが

とてもいい感じだった。

姫ノ沢公園は相模湾を見下ろす場所にあり

風光明媚でアスレチック施設もある大変広い自然公園。

持ってきたおにぎりを食べて園内をぶらぶら歩いた。

姉孫ミサキは以前は触ろうともしなかったアスレチック遊戯で遊べるようになっていた。

公園のあとは熱函道路を10分くらい走って、娘が見つけた丹那にある焼きたてパンと

カフェの店Marieへ寄った。とても感じのいい店。

曇っていて残念ながら見えなかったが目の前に富士山が見える絶好のロケーション。

裏の広々した庭でしばらく孫たちと戯れていた。

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Rimg0047 Lunch

Marieの近くにはGrimmというソーセージの美味しい店があり、こちらもお勧め。

子供を連れて丹那に来たらということで、近くの酪農王国オラッチェにも寄った。

ミサキは以前は怖くて近づけなかった山羊に草をやれるようになっていた。

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帰り道、地元農家が産直野菜を販売している店に寄って新鮮な野菜を買い込み、

夜はカミサンと娘合作の野菜いっぱいの料理が食卓に並んだ。

2009年3月25日 (水)

政治不信の極み

何故小沢は潔く辞任しないのか。

昨夜の続投表明会見で、『国民がどういう受け止め方をするか、それでもって身の

処し方を決めたい』との趣旨の発言をした。

政権奪取の争いの渦中にいる党の党首にこんなあいまいな言い方は到底許されない。

政治家としての良心、倫理感、道義的責任を考えると、当然党首の職は辞するべきだ。

合わせて、これまで小沢を擁護してきた執行部全員、総退陣して、清新な顔ぶれで

早急に出直すことこそが、国民の望むところである。時間をかければかけるほど傷は

どんどん深くなる。

西松建設のダミーであることがはっきりした政治団体の正体を小沢が知らなかった

はずがない。また巨額な献金をした団体が、何が狙いで長い間貢いできたかを小沢は

知らなかったはずがない、と国民誰もが思っている。

小沢は「古い自民党」そのままの土建政治にどっぷり漬かっていたことが白日の下に

さらされた以上、当然党首を辞して、新しい態勢のもと、民主党はあらためて自民党と

ガチンコ対決することこそ、国民の望むところである。

小沢の政治責任にほとんど触れようとしなかった民主党の議員たちも情けない。

先月実施した意識調査では何と9割の人が「政治に不満」「政治が国民の意思を反映

していない」「今の政治は社会の将来像や道すじを示していない」と答えた。

9割とは衝撃的な数字である。

民主党は早急に態勢をたて直し、『民主党の目指す政治はこうである』との姿を明確に

示し、自民党と真っ向勝負することを切望する。

それとともに、一刻も早く衆議院を解散し、民意のパワーがつぎ込める選挙が行われる

ことを切に願う。

政治不信をいくぶんかでも払拭するには、これしか道はない。

2009年3月24日 (火)

姉孫春休み&妹孫1歳誕生日

姉孫のミサキが幼稚園の春休みに入ったので、みんなで熱海に来た。

たまたまこの日から横浜横須賀道路が我が家の近くまで延び、家から3分くらいで

新しいインターチェンジに乗れ、横浜の娘宅まで40分くらいで行けるようになった。

4時ころ娘宅に寄り、3人をRimg0030

ピックアップし、車が渋滞しそうだった  

ため、遅い時間に熱海に出発した。

仕事のパパは、26日妹孫ユナの

1歳の誕生日に合流の予定。

1ヶ月ぶりに会ったユナは一層

成長していた。                   Rimg0005

ユナが立てるのは時間の問題。

翌朝は娘が焼いてきたパンの朝食。

最近パン焼き機を新しく買ったようで

毎日のようにミサキも一緒に焼いて

いるそう。

相変わらずユナの食欲はすごい。

ミサキは大好きなレストランごっこ。ユナも仲間に入れてもらっていた。

今回初めてメニューをつくって、それを持ってオーダーを取りにきた。

メニューには『いちごかぶどうかもものじうす(ジュース)かれもんのじうすか』

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レストランごっこのあとはプールへ。

ユナが初めてプールデビュー。Rimg0038

ミサキは9ヶ月間スイミングスクールに

通っているおかげで水を怖がらなくなり

潜ったり飛び込みができるように

なっていて、進歩に驚いた。

なかなか上がろうとしなく、1時間近く

遊んでいた。

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2009年3月21日 (土)

大学の寮の仲間の来日

シカゴに住む大学の寮の仲間のTくんから、1ヶ月少々帰国するとのメールをもらった。

メールには、4月に予定している寮の仲間の集まりに参加することに加えて、郷里の

宮崎に帰る途中、もしもボクのオフクロが元気で会える状態だったら、倉敷に途中下車

して寄りたいとのうれしい知らせが書いてあった。

『オフクロは元気なので是非とも倉敷に寄って。大変喜ぶことと思う。弟のカミサンと

妹に連絡し迎えに出るように伝えておくので、よろしく』と返事した。

Tくんと初めて会ったのは1962年。もう45年以上前の話だ。

教養課程の1年半を過ごした姫路で、同じ寮で寝起きした仲間のひとり。

大学の休みに宮崎に帰省する途中、何度か倉敷に立ち寄ってくれた。オフクロや弟、

妹はその時Tくんを知った。

就職したあとは大阪と東京で会う機会はほとんどなかった。

Tくんは定年退職したあと、夫婦で念願のアメリカへ移り住んだ。

接点はたった数年であったが、青春時代をともに過ごし同じ釜の飯を食った寮仲間の

結束は強い。

木曜日、Tくんは東京に住む娘さん宅の6歳の男の子を連れて、ご夫婦で昼前倉敷に

寄ってくれた。

オフクロは大感激。数十年ぶりで会った妹からも大変うれしかったとのメールが届いた。

弟のカミサンが3月20日付けのブログにそのときの模様を書いてくれている。

2009年3月18日 (水)

いろいろあった熱海の一日

月曜日夕方横須賀に戻ってきた。

日曜日は珍しく熱海でいろいろあった。

11時、先日の市議会定例会で質疑を傍聴した市議会議員の橋本一実さんに会った。

久しぶりにさまざまなテーマについて意見交換をした。

財政問題、議員手当削減、総合政策推進室、市役所の分庁舎化、JR熱海駅前広場の

再開発・・・

定例会で議員と市当局のやりとりがもっとエキサイティングなものにならないだろうかに

ついても話した。

市議会そのものの活性化、議員の住民代表機能についても意見交換をした。

橋本さんにはお昼を食べながら2時間以上お付き合いいただき、大変興味のある

ディスカッションができたとともに、あらためて信頼できる方であるとの意を強くした。

橋本さんから、3時に静岡県選出の民主党衆議院議員の渡辺周さんが来熱し市内の

数ヶ所で街宣活動をすると聞き、参加することにした。

渡辺さんは48歳、衆議院議員4期目。民主党の副幹事長で、党の若手キィマンの

ひとりである。最近はテレビほかメディアに登場する機会も多い。これまでに熱海で

3度お会いした。

食事のあと一度家に帰り、街宣活動に参加するため、また3時に出かけて行った。

場所を移動しながら5ヶ所で街宣活動を行った。

写真一番上が渡辺さん、3番目が橋本さん 

Syusan

渡辺さんは小沢問題を詫びるとともに、民主党が政権を取ったときの意気込みを

力強く語られた。

ボクは道行く人にチラシを渡すお手伝いをした。

場所を変えながら2時間近く回った。途中車の中で渡辺さんからいろいろ話を聞いた。

帰宅して、もともと日曜日の夕方横須賀に帰る予定にしていたが、マンションの

知り合いのおふたりから誘われ、夜食事に行った。

行った店は和食処「おかげさま

この店は2度目だが、美味しく値段もリーゾナブル。マスターも感じがよくお勧めの店。

新タケノコが食べられるのではとみんなで期待して行ったが、残念ながら入荷して

いなかった。

9時近くまで店にいて、マンションに帰ったあとも、部屋でワイワイやって、そのまま

熱海に泊まった。

2009年3月16日 (月)

マンション理事会

土曜日、熱海のマンションの理事会が行われた。

今回の一番の収穫は、地デジ電波の受信アンテナを設置する業者が決まったこと。

候補業者の責任者の方に理事会に参加してもらい、再度説明を聞き疑問点を確認し、

いくぶんかの値引きと5月のゴールデンウイーク前の工事完了を了承してもらうことを

条件に発注を決めた。

アナログ放送では当然のように受信していた東京電波が地デジに移行すると静岡県の

熱海は、国の指針で静岡電波の受信となる。

それに伴い静岡局番組となり、CMも静岡版。一番痛いのは東京12チャンネルが

観えなくなること。

85戸の居住者の現行のテレビ受信形態は5パターン。デジタル対応テレビ、アナログ

テレビ(BSなし、デジタルBS付き、アナログBS付き)、アナログテレビでコンバーター

付きでNHKBSやWOWOWを視聴。

5パターンそれぞれについて工事前、工事後現行のCATV業者との契約解除まで、

契約解除後、アナログ放送終了後に分けて、放送毎の視聴の可否、必要な対応と

費用を表にまとめることにした。

最初は理解できなかった地デジ対策であったが、最近やっと理解できるようになった。

地デジ問題以外にも議題はいろいろある。

多額の管理・保守費用がかかっている機械式駐車場の今後の扱い。現在の3段式の

機械駐車場を取り壊し、平置きにすることで理事会の意見はまとまってきた。

今後の役員選出を輪番制にしていくことも方向は固まってきた。

そのほか、前回の理事会で決めた温泉の温度、エントランスホールの全面禁煙は

特に居住者から異論が出ることなく受け入れられている。

バーベキュー設備の新設、ロビーに居住者の絵画を展示、趣味グループつくりに

ついては継続テーマとなった。

課題はそれなりに進捗し、また4年前に大規模修繕も終えたし、当面大きな問題は

なさそうである。

2009年3月14日 (土)

熱海市議会定例会傍聴

土曜日に熱海のマンションの理事会があるため、水曜日の夜熱海に来た。

木曜日午前、3月定例議会で応援している民主党・市民クラブが質問するということを

聞いたため、マンションの理事会に先立って熱海に来た。

これまでにも5度くらい熱海の市議会定例会は傍聴したことがある。

市議会を傍聴するなんて、現役時代は考えもしなかったことである。

3月定例会の初日は2日でこの日、齊藤市長の平成21年度施政方針表明がある

ことは知っていたが、他に予定があったため傍聴できなかった。

以前にも書いたが、不在の間の熱海新聞をマンションの管理人にお願いし、取り置き

してもらっている。3日の新聞に市長の施政方針が掲載されていた。その要旨は、

『厳しい財政状況の中、観光立市熱海にとって将来の発展の基礎となる施策をしっかり

と芽吹かせる』。重点課題として『①緊急経済対策事業の展開、②行財政改革への

取り組み、③熱海発展の芽を育てる』の三つが挙げられていた。

新聞を読んで腹立たしく感じたことがあった。

市長が、縦割り組織の中の総合調整、民間のスピード感で対応、都市間競争の厳しい

観光振興、人口減と税収、高齢化対策などを推進していくため、「総合政策推進室」を

新設し、市長の特命事項を担当するため、民間人ふたりを参与として置こうとした。

この案に対し、参与の人件費を疑問視する声が上がり、結局予算化にこぎつけられ

なかったとのことである。役所の人間とは違った視点でものがみえる民間人を役所が

雇い入れることは、大阪府はじめあちこちの役所で今や常識になっている。そのために

必要なわずかな費用に目くじらを立てる見識に大いに疑問を感じる。

市長の施政方針表明を受けて、木曜日は民主党・市民クラブの4名の議員が質問に

立った。

9時半からはじまった質疑の傍聴者はざっと数えて35名。傍聴者席はほぼ満席。

トップバッターはエースの橋本一実議員。

市長施政方針と平成21年度予算に関して」、「熱海市教育振興審議会条例に

ついて」、「防災対策について」、「議員報酬の8%減額提案」など、今回も幅広い

テーマに対し、提案ならびに市当局に質した。

毎回感じることであるが、市当局の返答は作文の読み上げで、パンチの効いた共感を

覚える回答は少ない。あらかじめ質問を提出することが議会運営ルールで決められて

いるのかもしれないが、事前提出しない質問も一部認め市当局とガチンコのやりとりが

あれば、もっとエキサイティングで議会の活性化にもつながると毎回思う。

2番目に質問に立った金森和道議員から提案のあった「熱海映画祭」、もしこれが実現

すれば観光活性化に間違いなく貢献しそうだ。夕張、湯布院などに続き「熱海映画祭」

なかなか魅力的な話である。

最後に質問に立ったのは市民クラブの山田治雄議員。山田さんの議員歴は大変長く、

33年。お歳は80歳。全く年齢を感じさせない。お元気であるばかりでなく、見識の  

深さ・幅、特に弱者への目配りには驚くばかり。地方議員の範たる方である。

この日も幅広い視野から鋭く質問された。

20分の休憩をはさみ、9時半から始まった質疑が終わったのは12時40分。

2009年3月13日 (金)

ルーヴル美術館展

先月カミサンの誕生日、娘から上野国立西洋美術館で開催されているルーヴル

美術館展のペアチケットをもらった。

上野まで行くのであれば、以前からカミサンが行きたいと言っていた築地でお昼を

食べようということになった。

築地に行くのは久しぶり。家を出るのが遅れ、着いたらちょうどランチタイムで人気の

店には行列ができていた。

どの店が良いかわからないまま、待ち時間は30分くらいではとのことで行列に並んだ。

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メニューのバリエーションがたくさんあって、ボクは中トロ・ナカオチ丼にした。

丼ぶりだからつくるのは早そうだし、客が食べるのも早いため回転がよく、思ったより

待ち時間は短かった。

築地市場は業者相手なので、一般客相手の市場とはだいぶ違う。1時になれば

大半の店は閉まる。同じ市場でも、一般客向け市場である金沢の近江市場や那覇の

牧志公設市場などの方がずっとなじみやすい。

食事をしたあと上野へ。Rimg0718

上野公園も久しぶり。

既に早咲きの桜が咲いていた。

上野公園おなじみの大道芸も

いくつか出ていた。

左の白く塗った芸人はたしか以前

横浜野毛の大道芸イベントで見た。

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ルーヴル美術館展は国立西洋美術館開設50周年記念とのこと。

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17世紀のヨーロッパ絵画71点が展示されていた。うち約60点は日本初公開。

さらに30点あまりは初めてルーヴル美術館を出る作品とのこと。

レンブラント、フェルメール、ルーベンス、ラ・トゥール、ベラスケスなどルーヴルを

代表する画家たちのすばらしい作品ばかり。

17世紀と言えば、300数十年前。江戸の初期。どの絵を見てもそんなに長い時間が

経っているとはとても思えない。

71点の中で一番好きだったのは、上の写真左の案内に使われているラ・トゥールの

右にろうそくを持つイエス、左に作業している父ヨセフを描いた「大工ヨセフ」。

昨年人気を博したフェルメール展で多くの人がその名を知ったフェルメールの作品は

上の写真右の案内に使われている「レースを編む女」だけだった。

作品を紹介する音声ガイドを500円で借りた。昨年観たピカソ展でも思ったが

500円の価値は十分にある。

展示されている絵と観客の距離は70~80センチほどで、手を伸ばせば届く距離。

刃物を持って切りつけるような気違いが出てこなければいいがと、ふっと思った。

2時間以上かけて十分に楽しんだ。

2009年3月11日 (水)

横須賀市議会議員面談

以前から注目していた横須賀市議会議員の一柳洋さんに初めてお会いした。

定期的に送られてくる活動報告を読んで、一柳さんは権威におもねることなく、市民の

生活に密着した問題に、市民の目線で鋭く切り込むタイプの方であるとの印象を持ち、

一度お会いしたいと思っていた。

一柳さんは5期、20年以上市議会議員を務められていて、活動の中心テーマは

医療/税/海・環境である。

一昨日午後、市役所の市議会事務局を訪ねた。

これだけ長く地方議員を務めるとマンネリする人も多く、正副議長を狙う猟官活動を

する議員も珍しくない中、是々非々を信条とし、市民派議員に徹していることにひかれ

これまで応援してきた。

特に、何ごとにも優柔不断さを感じる市長に対し、全くへつらうことなく是々非々で

あたっていく姿勢に頼もしさを感じていた。

ブログでも思うところをズバリと書かれていて共感を覚えながら読んでいる。

特に一柳さんの鋭い追及に共感を覚えたのは美術館問題である。

この問題は先週朝日新聞湘南版でも取り上げられた。

画家の故谷内六郎氏の作品が横須賀美術館に寄贈されたことをめぐり、市が谷内氏

の遺族に毎月支払っているアドバイス料を違法な支出とし、返還請求している問題で

ある。市が谷内氏の長女に支払っているアドバイザー料は月額23万円弱、これまで

支払った総額は約3千万円。契約は最長25年と定められていて、満期まで支払えば

計約7千万円になる。

長女は報酬に見合う業務は行っていなく、アドバイザー報酬はあくまでも名目で、

実質は作品譲渡の対価であり、違法な取り引きであると主張し、住民が行った監査

請求は先月退けられた。

そこで、住民2人が蒲谷市長を相手取り、先週住民訴訟を横浜地裁に起こした。

当美術館問題は以前からずっと注視していた。裁判は是非とも傍聴したい。

その他、一柳さんのやられている活動として、ご自分がガンを体験されたことから、

市民がガンに対する悩み心配事を医師、看護師、がん体験者を交えて定期的に

相談できる「やすらぎの会」を運営されている。

1月10日のブログで、”命”をテーマに活動を続けられている日野市の市議会議員

Sさんのことを書いた。

一柳さんの活動と相通じるところがあるのでないかと思い、Sさんに一柳さんにお会い

したことをメールで伝えた。

一柳さんとは初対面にもかかわらず話が盛り上がり、1時間以上話しこんだ。

2009年3月 9日 (月)

映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

この映画も観たかった作品だった。

先日観た「チェンジリング」同様、3時間の上映時間があっという間に過ぎた。

第一次世界大戦から21世紀に至るまでのニューオリンズを舞台に、80歳で生まれ

徐々に若返っていくという男、ベンジャミン・バトンの数奇な運命が描かれた映画。

時間の流れを止められず誰とも違う数奇な人生を歩まなくてはならないベンジャミンは

愛する人との出会いと別れを経験し、人生の喜びや死の悲しみを知りながら、時間を

刻んでいく。

荒唐無稽の話だと言ってしまえない深みがあり、人生のさまざまな機微に触れる作品。

日本人ではなかなか作れない映画である。

ボクは観たいと思う映画を見つけるには、新聞に書いてある評を読んで、あわせて

Goo映画というサイトでユーザーがつけた評点をチェックすることにしている。

因みに「ベンジャミン・バトン」はGooユーザー評価は78点、ネットの評判は5点満点の

4.5点だった。

先日観た「チャンジリング」はGooユーザー評価86点、ネットの評判4.6点。

同じくいま上映中の「オーストラリア」という映画も観に行こうと思い、Gooを調べたら

ユーザー評価44点のため、観るのを止めた。

「ベンジャミン・バトン」のオフィシャルサイトは↓

http://wwws.warnerbros.co.jp/benjaminbutton/

ただ、これから観にいく人はサイトは見ない方がよさそう。

2009年3月 6日 (金)

西松建設違法政治献金

このところ連日のトップニュースは、西松建設の小沢への違法献金事件。

ニュースを聞いて先ず思ったのは、所属政党は変わろうとも、ロッキード事件の田中

角栄、佐川急便事件の金丸信、リクルート事件の竹下登の流れをくむ小沢一郎は、

やっぱり依然として、政治と金の問題にまみれていたのだということである。

小沢は強気の発言をしているが、国策捜査をにおわす発言をした以上、検察は自らの

威信と意地をかけて徹底捜査することは間違いない。

今後、西松サイドの逮捕者がどんどん吐くことになるだろうから、早晩小沢は代表辞任

に追い込まれることになるであろう。

小沢、それに現民主党執行部が総退陣すれば自民党は一層脅威を感じるはずである。

ポスト小沢は岡田克也元代表が有力と新聞は報じている。小沢や手垢のついた感じの

現執行部よりずっと清新さがあり、信頼できそうである。

今のままだと自民党は小沢に留まって欲しいと思っていることだろうし民主党は麻生に

留まって欲しいと思っているはずだ。何ともお粗末な限りである。

小沢の秘書の逮捕を受けて、自民党の二階や森などが金を返しはじめた。

特に、二階はこれまでいろいろな贈収賄事件で名前が取りざたされてきた。

皆、口をそろえて『ふたつの政治団体が西松とかかわりがあることは知らなかった』と

言っている。明らかにウソだ。献金を受けた人間が献金元がどこの誰だか知らなかった

なんてあり得ない。連中は、誰がどれだけ出したかしか興味がないはずである。

検察にはこのウソを是非とも暴いてもらい、違法な献金であったことを認識していた

ことを明らかにし、小沢だけでなく、関係した者全員を巻き込んだ”西松疑獄”に発展

させてもらいたい。

天下国家を思い、憂いている政治家なんてまったくいない。皆自分の選挙と金のこと

しか考えていない。最悪、最低の情けない政治家たちにこの国を託しているのかと

思うと、まったく情けなくなる。

それにつけても思い出すのは『篤姫』で有名になった薩摩藩の28代藩主、島津斉彬の

ことである。

斉彬が生涯を通し貫いた信念は、『思い邪(よこしま)無し』

斉彬は『国中の者が豊かに暮らすことができれば、人は自然にまとまる』の考えのもと

産業を興し、社会基盤を整備しながら日本を強く豊かにしていくことに奮励、尽力する

ことに生涯を捧げた。

このような立派な人は、もう永遠にこの国には出てこないのであろうか。

2009年3月 5日 (木)

刑事裁判傍聴(2)

2月25日のブログ「刑事裁判傍聴」で書いた交通事故遺族の方から「判決が言い

渡されました」のタイトルで一昨日メールをいただいた。

どうしても外せない先約があり、残念ながら今回は傍聴できなかった。

前回欠席した被告の本人尋問があり、おそらく次回に判決言い渡しだろうと思って

いたら、裁判員制度に向けて刑事裁判の審理迅速化のためか、休廷し小休止したあと

被告の控訴棄却、ならびに1年6か月の実刑判決が言い渡されたとのこと。

傍聴し、ご家族・お友だちと一緒に喜びを味わいたかった。

     ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~

※ 以下いただいたメール。

今日控訴審で被告人尋問の後に休廷し判決まで言い渡されました。

「控訴を棄却する」

そして裁判長は被害者のXXに過失は認められない、過失はない、とハッキリ言って

くれました。

被害者の命が奪われたのは、被告人の暴走行為がすべてだという内容を述べて

くださいました。

まだ最高裁に上告するかわかりませんが、

今まで応援してくださいましてありがとうございました。

     ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~

※ 以下お送りした返信。

最高にうれしいお知らせ、ありがとうございました!

今日はどうしても傍聴に行けなかったので、どうなったことかと案じていました。

よかった!!

お母さんのこれまでの血の滲むような頑張りが報われました。

よかった!ホントに!

たとえ上告しても棄却されることは、わかり切っています。

事実を争うのは二審までで、最高裁は事実を争う場ではありません。

どうぞ今夜はゆっくりお休みください。

2009年3月 3日 (火)

最近の諸々

最近の話題をいくつか。

しばらく前になるが、我が家の裏の道でまた事故があった。

真っ直ぐな海岸沿いの片側2車線の快適にとばせる道のため、スピードを出す車が

少なくない。これまでに我が家の裏近くで起きた事故だけで、おそらく7~8回は見た。

今回は、電柱を積んでいたトレーラーに軽自動車がぶつかった事故だった。

軽自動車の破損は激しかったが、運転手は意識があったそうだ。

Jiko1 Jiko2

7か月ぶりにかかりつけの歯医者に検診に行った。

歯肉の炎症、歯周ポケットの深さ、むし歯を調べてもらい、結果はあまり芳しくなった。

一番気になる歯周病の原因となる歯周ポケットの深さが4mm以上ある歯が7か月前

に比べ少々増えていた。むし歯も2本見つかり治療することになった。

ボクは以前から、”80 20”(80歳になったとき自分の歯が20本残っていること)を

何とかクリアしたいと思っている。先生に聞くと『28本の歯(親知らず4本を除き)のうち

25本が残っているので、ちゃんと手入れをすれば、たぶん大丈夫でしょう』と言われた。

何とか”80 20”をクリアするため、歯磨きの仕方をあらためて教わり、以前より入念に

朝晩の歯磨きをすることにした。

歯医者の帰り道、近くの家できれいに咲いている花を見つけた。

左はしだれ梅、右はミモザ。どちらもまさに今が盛り。

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話題の最後は、運営しているパソコン教室に先週行ったときの話。

借りている教室の入っているビルを管理している不動産会社の会長のYさんは

先月90歳になられた。

5年前のオープン当初から通われていて、今もほぼ毎日元気に通ってこられている。

常に新しいことを覚えたいとの意欲をお持ちのすごい方である。

以前作られた自分史をより詳細なものにするため手を加えていて、『覚えたことをすぐ

忘れてしまって』と言われていた。思わず、『みんな同じですよ』と答えた。

ボクはたとえ90歳まで生きられたとしても、パソコンの新しい技術を習得しようなんて

とても思わないことだろう。会うたびに最敬礼したくなる方である。

このとき女性のAさんも来られていた。

この人もすごい。78歳でほぼ毎日通って来られている。

5年前、38年間住んでいたロスアンジェルスを引き払い、日本に帰ってこられた。

ロスでは女性3人でパーティ用の料理をつくるケータリングサービスをやっていたそうで

とにかく話が面白い。

こんな風に加齢していけたらいいなぁ、と思わせるおふたりである。

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