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2008年10月

2008年10月31日 (金)

熱海から横浜へ

マンションの理事会に出たあと熱海に2泊した。

娘のダンナからケータイに届いた写真を見て、孫たちに会いたくなり、横須賀に帰る前

横浜の娘宅に寄って1泊することにした。

夕方、娘宅に着くと幼稚園のあと遊んで帰っていた姉孫のミサキが待っていてくれた。

我々は帰省していて今年は一緒に

お祝いできなかったミサキの4歳の  Rimg0143 

誕生日のプレゼントをカミサンが

送っていてミサキが見せてくれた。

以前ミサキにプレゼントしたら

大喜びし、外出するときは必ず

ぶらさげていたマイメロディバッグの

大きなものを帰省前に送っていた。

ミサキの作品が冷蔵庫に張ってあった。

左は10月23日のハッピーバースデイを描いたもの。

右は女の子のお友だちの家に遊びに行ったとき楽しかったようで、そのお友だちに

書いたお手紙だと教えてくれた。顔の左右についているのは束ねていた髪だそうだ。

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3週間ちょっとぶりに会った7か月になる妹孫のユナは、短い期間に成長していた。

とにかくよく食べる。ミルクはほとんど飲まないそうで娘の作った離乳食を毎食ペロリと

たいらげる。スプーンを持っていくと必ず口を開け、こんなに食べさせていいのだろうか

とさえ思った。

歯も2本がだいぶ大きくなっていて、つかまり立ちがちょっと出来るようになっていた。

  Rimg0144      Yuna 

ミサキはユナがかわいいようで、仲良し姉妹になりそうだ。

   Misakiyuna_2     Rimg0148 

翌朝ミサキは幼稚園へ。

お友だちの影響か、出かける前ママに、『髪を三つ編みにして』と頼んでいた。

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娘のつくってくれたお昼を食べて、10日ぶりに横須賀に帰ってきた。

2008年10月28日 (火)

倉敷から松山へ(2)

Tさんの隣の席が空いていたので座った。

Tさんは『神戸で、先日信州旅行に一緒に行った仲間と会い、これから松山に行き

今夜松山で中学校の同窓会に出席する。そのあとフェリーで大分に渡り長崎経由で

弟のいる五島に行って数泊する予定』とのことだった。

Tさんもまさに”定年バンザイ”をエンジョイされている。

おかげで3時間の道中、退屈することなく過ごせた。

松山に着いたら松山のTさんが車で迎えに来て下さっていて、3人でお昼を食べた。

食事のあと大学のTさんをホテルに送り、車で生命(いのち)のメッセージ展の会場

である松山市総合コミュニティセンターへ連れて行ってもらった。

会場に着くとすぐ松山での生命のメッセージ展の主宰者である女性のTさんに会えた。

生命のメッセージ展は、犯罪や交通事故など社会の不条理のため、無念にも生命を

断ち切られた人たちの生きた証をたどることが趣旨の展示会である。

2001年にスタートした生命のメッセージ展は今回の松山開催が56回目。

犯罪・事故に遭遇しかけがえのない家族を喪った人たちが全国各地で開催してきた

だけでなく、大学、小中学校、国会議事堂、刑務所でも何度も開催された。

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会場では、7年前の大阪池田小学校

事件の遺族のおひとりが講演された。     Rimg0126

命のメッセージ展の創始者である

鈴木共子さんにも久しぶりに

お会いできた。

鈴木さんから何度も聞いていた

彼女の長年の夢であった

”生命のミュージアム”いよいよ

実現することになったと、興奮しながら話してくださった。

夜は6時から懇親会が行われた。

懇親会のアレンジも松山会場の主宰者であるTさん。

Tさんは01年にお嬢さんを交通事故で亡くされた。

同じ年にサラリーマンだったご主人の糖尿病が進行し、ご主人は全盲になられた。

今回ご主人とゆっくりお話ができた。

そんな大変な中、ひとりで奔走し、県知事・松山市長ほかの推薦を受け、多くの公的

機関の後援を取り付けたTさんの頑張りに、心から敬服した。

懇親会で目のご不自由なご主人が主宰者として挨拶をされ感動的であった。

全国から駆けつけた人たちが集まり6時にはじまった懇親会は延々と10時前まで

続いた。またどこかの会場で再会することを皆さん期待し、散会となった。

翌朝は前日お会いしたTさんがホテルに寄って下さって空港まで送っていただいた。

空港で食事をしながら依頼されたモニターの話を詳しく聞いた。

11時に羽田に着いたあと、そのまま新幹線に乗って熱海に来た。

少々遅刻したがマンションの理事会に出席できた。

11月23日に開催される総会の準備状況を全員で確認した。

いろんなことのあった1週間であった。

2008年10月27日 (月)

倉敷から松山へ(1)

金曜日の夜は岡山の妹の家に泊めてもらい、土曜日の朝松山に向けて出発した。

松山に行く目的は、何度かブログに書いたことがある”生命のメッセージ展を見に

行くため。

今回の帰省と松山行きには、びっくりするくらい奇遇なことがいろいろあった。

先ず、帰省する日の朝妹より連絡が入り、伯母の死に立ち会えたこと。

それに帰省の2日前、松山に住む女性のTさんからメールをいただき、会えたこと。

Tさんから連絡があったのは、ほぼ4年振り。

Tさんのことは、去年6月19日のブログ”定年バンザイから3年目”に書いた。

ブログを引用すると、

  『松山のTさんから退職直前にセミナーの講師を頼まれ、12日に1泊とまりで

  松山に出張した。Tさんは地元で障害者や高齢者など情報弱者にITを広める

  活動をされていて大変アクティブな女性である。

  松山に行ったとき18日が最後の勤務の日であることをTさんに話した。

  退職の日、終業後みんなが集まってくれて挨拶し花束をもらった。

  ここで思わぬハプニング。松山のTさんから35本のバラの花束が届き、大感激。

  真っ赤なたくさんのバラを贈ってくださってボクだけでなく会社の女性たちも

  みんなビックリした』

退職してからお互いに連絡することはまったくなかったTさんから帰省する2日前に

メールが届いたのである。

メールに書かれていた用件は、ずっと続けている障害者や高齢者にITを広める

活動に関連した調査のモニターになって欲しいとのことだった。

『偶然にも、土曜日に松山に行くのでそのときお会いしましょう』と返信した。

3つ目の奇遇、これにも大変驚いた。

土曜日の朝、妹が最寄りの駅   Rimg0122_2

まで送ってくれた。

岡山から高松に行く宇野線の

小さな早島という駅まで車で

連れて行ってくれた。

早島で普通電車に乗り、児島

という駅で松山に行く特急電車に

乗り換えた。

電車に乗り車内を歩いていたら、後ろから肩をたたかれ名前を呼ばれた。

振り向くとびっくり、大学の1年先輩で同じ寮にいて、先日ブログにも書いた信州へ

一緒に旅行した13人の中のひとりのTさんだった。

Tさんは岡山から電車に乗っていて、児島駅のベンチのホームに座り電車を待って

いたボクを電車の中から見つけてくれたのだ。

長くなるので、この先は”倉敷から松山へ(2)”で。

2008年10月23日 (木)

帰省中

20日の月曜日から、半年ぶりに郷里の倉敷に帰省している。

もともとの帰省目的は、墓参りとオフクロ孝行、それにオフクロの面倒をみてもらって

いる弟夫婦と妹夫婦のねぎらいだった。

ところが帰省する日の朝、妹より『98歳の伯母さんが昨夜亡くなった』とのメールが

ケータイに入り、事態は急変した。

加えて伯母さんの面倒をずっとみてきた弟夫婦が鹿児島に旅行中で翌日帰宅の予定。

岡山空港から妹が指定したJRの駅まで行き、出迎えてくれた妹と一緒にそのまま

葬儀場へ寄り、通夜と告別式の打ち合わせをした。

伯母さんの連れ合いは20年くらい前に他界。伯母さんには子供がいないため、葬儀は

弟夫婦、妹夫婦それに我々夫婦の6人だけの親族葬で行うことにした。

翌日が友引であったため、通夜は22日に執り行った。

昨日22日の昼間は、今回の帰省のもうひとつの目的であったオフクロの家の掃除を

カミサンと一緒にやった。

オフクロの家は弟の家と2世帯住宅で、平素は弟のカミサンが面倒をみてくれている。

オフクロは88歳。少々ボケが始まったいて室内はかなり汚れている。以前から夫婦で

来て徹底的に掃除しようと話していた。

今回は特に気になっていた台所を5時間くらいかけて掃除した。

一応きれいにはなったものの、オフクロがこのままの状態で維持するものとはとても

思えない。

今日23日は10時から葬儀。

長い間懇意にしている住職に来てもらい、6人参列のこじんまりした葬儀であったため

気は楽。

先日の新聞に最近は家族葬、親族葬が増え、40%近くになったと書いてあった。

以前にもブログに書いたが、ボクも親族葬で葬送してもらい、後日お別れ会をやって

もらえば十分だ。

斎場のあとお寺へ行き、初七日。

四十九日の納骨日を決め、一時はどうなるものかと思っていた葬儀は滞りなく終える

ことができ、一同ホッとした。

泊っているホテルはビジネスイン倉敷

弟の家から近いため夫婦で来たときはここに泊まることが多い。

ビジネスホテルではあるが、ここはお勧めの宿。

今回も2日続けて105部屋が満室だった。美味しい朝食が付いていること、それに

駐車場が広いことが人気の秘密のようである。

明日はもう一度我が家の墓参りに行き、そのあとカミサンの実家へ墓参りの予定。

夜は妹宅に泊めてもらい、土曜日はもともと予定していた松山へ移動する。

2008年10月20日 (月)

アメリカからの来訪者

5月にアメリカ西海岸へ旅行したとき、連日付き合ってもらい大変お世話になった

小林くんが仕事で東京に来た。

仕事がすべて終わり帰国前日の土曜日、品川で会おうということになり、お昼を一緒に

食べた。

先ずは、双方の近況と家族の話をしばらくしたあと、今回の出張目的と仕事について

いろいろ話を聞いた。

小林くんのやっている仕事は、7月10日のブログAmerican Dreamで紹介した。

繰り返しになるが、小林くんはコンサルタントとして活躍していて、優れた技術の種を

持つアメリカのベンチャー企業とビジネスの種を探している日本の大手企業とを

橋渡しし、契約交渉、ビジネスの切り回しを行い両者をつないでいく仕事をやっている。

その第一弾である”リアルタイム細菌検知センサー”を計測機器メーカーである山武

既に販売を開始している。

瞬時に大気中の細菌の存在を確認する技術で、従来の寒天培養による確認法より

即時性と精度が断然よい技術ということで注目され、販売開始から半年足らずで

大学の研究所や製薬メーカーが購入した。

今回、小林くんはアメリカ側のベンチャー企業の社長、技師長ら3人と一緒に来日

しており、次の製品ならびに今後の提携・共同開発・出資などを中心に活発な議論が

行われたそうである。

小林くんがこのプロジェクトを手掛けて4年近くになる。

今回の5日間の討議で、日米両企業のお互いの理解と意識は一層深まり、着実に

プロジェクトは前進していて、小林くんの”American Dream”が形になりはじめている

ことが話を聞いていてよくわかった。

別れ際、お土産をいろいろもらった。Rimg0115

大きな袋に入ったピスタチオ。これは

5月にアメリカ行ったとき小林くんに

連れて行ってもらった会員制スーパーの

コストコで買いたいなぁと言いながらも

重くて持って帰るのをためらい、結局

買わなかったもの。

あとはスープクラッカー。これは小林くんが連れて行ってくれたレストランでカミサンが

飲んだスープに入っていて、カミサンが気に入り買いたかったもの。

それに奥さんのキャサリンから、”The Kobayashi Family”とハートマークのついた

チョコレートをいただいた。

是非またカールスバッドに来て欲しいと言われ、小林くん推奨のサンディエゴから

ロスアンジェルス経由でシアトルまで行く列車の旅の紹介パンフレットをもらった。

大いに興味がわき、行きたくなった。

11時に品川駅で会い、別れたのは3時、えんえんと話していたことになる。

2008年10月19日 (日)

英検試験

8月1日のブログで英語検定試験(英検)の準1級を受けることを決めたと書いた。

今朝、受験会場である近くの高校で1次試験を受けた。

9時半集合。試験開始は10時。

筆記試験が10時から11時半まで。そのあと30分間リスニング。

同じ教室で受ける受験者は、ざっと数えて25名。

中学生と思える子がひとり、あと大半は若い人。

若くないと思われる人はボク含め4人。どうもボクが最高齢のようだった。

1次試験の合格率は15%だから、この中で受かるのはせいぜい3~4人かと思い

ながら試験開始を待った。

試験はタフだった。2時間終わったら精根尽きはてた。

試験は4種類。4択から選んで穴埋めする問題が25問。長文読解が5問。

書かれたE-Mailを読んで100語以内で返信を書くライティング問題が1問。

最後がヒアリング。3パートに分かれていて、疲れた中でやったこともあり、また

問題も難しく、全体の試験の中で、ヒアリングのパート2と3が最も難解だった。

時間配分にも苦労した。筆記試験1時間半の中で1時間経ったところでどこまで

進んでいればよいか分からず、結局、時間不足で数問解き切れなかった。

英語力はもちろんだが、加えて集中力と馬力が要求されることがよくわかった。

やはり年齢はハンディになると実感した。

ただ、これだけ密度の濃い、オールラウンドの知識と力を求められる試験にパスした

としたら、かなりの英語力の持ち主だと言えるのではなかろうか。

合格するには点数70%くらい取らないとダメである。70%は取れていないだろう。

結果は11月10日までに通知され、もしも受かっていたら、11月16日が2次試験。

1次試験がこのタフさだったから、2次試験はもっと厳しいのだろう。

前回準1級を受けたのは、20年以上前。このときは1次試験であえなく不合格。

今回も難しいとは思うが、とにかく結果を待とう。

2008年10月18日 (土)

オーストラリア帰国送別会

信州旅行の帰り、原宿で途中下車した。

昔からの知り合いの富士通オーストラリアの仲間、ロジャー・マイルスの送別会をやる

ので参加しないかとのメールが5日ほど前に届いた。

ロジャーが東京の富士通で働いていることは知らなかった。

ロジャーに初めて会ったのは85年くらいだから、20年以上前。横須賀の我が家にも

2度来たことがある。

もう既に東京に来て2年とのこと。日本にいることを知っていたら我が家に呼んだのに

と思いながら、『ロジャーの送別会だったら、ぜひ参加したい』とメールに返信した。

送別会の場所は原宿駅から歩いて

2分のところにある、元富士通の  Rimg0108 

部長をやっていた女性のⅠさんの

運営するパソコン教室。

Ⅰさんが原宿でパソコン教室のある

カルチャーカフェをはじめたという

話は聞いていた。一度お邪魔したいと

思っていたので、好都合だった。

6時ころからばらばら集まりはじめ、ロジャーを含めて8人が揃った。

ボク以外は全員現役。

8人の共通項は海外事業担当。    Rimg0113 

うち6人がオーストラリア駐在経験者。

ロジャーに会ったのは10数年ぶり。

他の人たちに会うのも本当に久しぶり。

ロジャーは本来もっと長く東京に駐在

する予定だったそうだが、体調を崩した

ため、帰国することになったとのこと。

英語・日本語チャンポンで昔話が出るわ、出るわ。

仕事の話はほとんど出ず、特に盛り上がったのは昔の職場の仲間の話。

ボクがシドニーに駐在したのは74年から3年間。帰国してからも数10回出張した。

自分でも不思議なくらい当時の職場の仲間の名前がどんどん出てきた。

中でも大盛り上がりしたのは、アン・ハリスのこと。

アンは我々のいた部署の女性職員だった。当時は20歳過ぎ。

可愛くて性格がよく、我々のアイドルだった。

最近シドニーでは、年2回、昔の会社の連中が集まってOB会をやっているそうだ。

それに合わせてシドニーに行き、1度ぜひOB会に参加したい。

4年前、定年退職するとき思ったことは、40年間働いてきたのだから、もう働かない、

それと会社の連中との交流は最小限にとどめ、新しい仲間との交流をはじめたい、

このふたつだった。最後の職場となった会社のOB会も何度も勧められたが、結局

入らずじまいだった。

しかし、ロジャーの送別会を機に、かつての職場の仲間との交流の心地よさを

あらためて感じた。

送別会をアレンジしてくれたMくんの提案で『来年はじめ昔の仲間で是非集まろう』

ということになった。多くの懐かしい仲間に会えるのが楽しみになってきた。

6時にはじまった送別会、誰も『終わろう、帰ろう』と言うことなく、結局10時前に

お開きになった。

2008年10月17日 (金)

大学の仲間と信州へ

大学時代、寮で同じ釜の飯を食った仲間で定期的に飲み会をやっていることは何度か

ブログに書いた。

2年くらい前からどこか旅行に行こうという話が何度も出たが、誰も具体的に計画しない

ためそのままになっていた。今年に入りOくんが、関東・関西合同旅行ということで

頑張って企画・準備してくれて、1泊の信州旅行が実現した。

最高の秋日和の一昨日・昨日、13人の仲間で信州路の旅を愉しんだ。

遠くはタイから、それに関西方面から4名、関東組8名が3台の車と電車で水曜日12時

過ぎ、茅野駅で合流した。

ボクは4人で新宿駅で待ち合わせし、あずさで茅野へ。

お昼は茅野駅前で、新ソバを食べ、レンタカー2台を借りて、車5台で先ず近くの諏訪

大社へ。

諏訪大社は全国に1万有余ある諏訪神社の総本社とのこと。

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諏訪大社で有名なのは7年ごとに

行われる御柱祭。その勇壮さと規模は Rimg0085 

全国的に有名。

周囲3m、長さ17m、重さ12トンの

もみの巨木を諏訪大社氏子が総出で

山から切り出し、八ヶ岳の中腹から

数10キロ曳き、最後に上社・下社の

各社殿を囲むように四隅に建てられる。

諏訪大社の後、近くに別荘を持っている      Rimg0091 

Nさんの勧めでピラタス蓼科ロープウエイ

へ。標高2200m、紅葉まっさかり。

快晴の中、遠方に八ヶ岳、中央・南・北

アルプスが臨め、最高だった。

ロープウエイを降りたあと、高山植物が

見られる遊歩道を歩いた。

ロープウエイのあとは、白樺湖畔の宿、池の平ホテルへ。

温泉に入り、6時から宴会。

宴会の締めは、Oくんがコピーして持ってきてくれた紙を見ながら、Uさんのリードで

白陵寮寮歌と逍遥歌をみんなで歌った。

寮歌は45年くらい経った今でもほとんど覚えている。

あとは全員一部屋に集まり飲み直し。

そのあとマージャン。結局寝たのは1時半ころだった。

翌日は、ゴルフ、ドライブ、山歩きの3グループに分かれた。

食事後、ひとりで蓼科山に登るSさんを

7合目の登山口まで車で送ったあと    Rimg0105_2

6人でドライブ。

白樺湖の近くの車山から見た湖周辺の

風景は箱庭のようだった。

右に見える山はSさんの登った標高

2530mの蓼科山。

このあと美ヶ原へ。

食事したあと、茅野駅まで戻りレンタカーを返し、神戸から参加したTさんを見送り、

残った5人は3時過ぎのあずさに乗って帰路についた。

帰りの車中、早速来年の旅行の計画が話題となった。

毎年恒例になりそうである。

2008年10月15日 (水)

古い知り合い、アメリカから来訪

オーストラリアに駐在していたときだから、もう30年以上前の知り合いでアリゾナに

住むMさんから、久しぶりに日本に帰ってきたと連絡があり、昨夜横浜で食事をした。

ボクより4歳年上のMさんはかつて大手商社に勤めていて、奥さんがアメリカ人である

こともあり、定年退職後はアリゾナに居を移した。

まだ現役で翻訳会社の社長である駐在仲間のTさんも加わり、3人で楽しい時間を

過ごした。

若いとき同じ環境で過ごした仲間、まさに旧知の仲。

久しぶりに会ってもまったく昔と同じ。気の置けない会話が飛び交った。

Mさんは9月はじめに日本に来たとのことで、もう1ヶ月以上日本に滞在している。

郷里の九州からはじまり、あちこちで知り合いを訪ねる旅を続けてきて、週末には

アメリカに戻るとのこと。

それぞれの家族の近況からはじまり、30数年前の駐在時代の話・・・、次から次に

話は弾んだ。

特にアメリカの現況、選挙、金融危機の話では盛り上がった。

Mさんはもちろんアメリカの市民権を取っている。

市民権を持ったら、民主党支持か共和党支持か旗色を宣言しなければならない

そうである。Mさんは民主党支持。

人種偏見を受けながら続けてきたオバマのこれまでの活動と実績をいろいろ聞いた。

Mさんの意見は、今アメリカで最も対応が求められているのは教育問題。

オバマは自らの厳しい環境の中、奨学金を受けながらハーバード大学を卒業。その

バックグラウンドから彼は必ずやアメリカの教育をあるべき方向に導いていくはず、

と、Mさんは力説していた。

サブプライム問題についても、問題が起きたおおもとのアメリカの土壌、社会構造に

ついて、3人3様の考えを述べ合った。面白い議論になった。(これについてはボクの

意見をまた別の機会で書きたい) 

6時半から9時過ぎまで、久しぶりに旧交を温め、楽しい時間を過ごした。

2008年10月14日 (火)

おりょうさん

我が家から歩いて10分くらいのところに信楽寺というお寺がある。

坂本龍馬の妻おりょうさんの墓があることで地元では知られたお寺である。

おりょうさんの墓前祭が行われているとの案内があり見に行ってきた。

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右上の写真の紹介文によれば、おりょうさん、こと坂本龍子は明治39年この地で

亡くなったとのこと。

おりょうさんは寺田屋騒動で龍馬の危急を救った女性で、龍馬の死後おりょうさんの

生活は波乱万丈だったようだ。

今ちょうどNHKの大河ドラマ”篤姫”で龍馬と   Oryou

おりょうさんが登場しはじめた。

信楽寺にはおりょうさんの写真が付いた

案内板もあった。

さすが、おりょうさんは粋な女性。

先週あたりから登場しはじめた

テレビのおりょうさんもおりょうさん役に

ぴったりな粋な雰囲気の女性である。

”篤姫”は幕末の風雲急を告げる時代に

差しかかり、ますます面白くなってきた。

信楽寺のあと、血糖値を抑える薬をもらいに近所のいまにしクリニック”に寄った。

以前にもブログに書いたが、いまや今西先生は我々夫婦の主治医的存在。

クリニックは我が家から歩いて5分。最近はことあるごとにお世話になっている。

紹介していただき、夫婦で脳のMRIも撮ってもらった。

忘れっぱくなったボクの方がきっと良くないだろうと言っていたが、結果はカミサンの

方がいくぶん芳しくなかった。

インフルエンザの予防接種も申し込んできた。

4月にクリニックがオープンしたあと夫婦で別々に受診し、それぞれブログに書いた。

先生はネット検索し我々のブログを見つけてくださったようで、今日も夫婦のブログが

話題になった。

何かあったときに飛び込める、まさに駆け込みクリニックができてうれしい。

2008年10月12日 (日)

競合店対抗

9月19日のブログ”競合店現れる”で5年足らず前にはじめたフランチャイズパソコン

教室”キュリオステーション”に強力な競合店が現れたことを書いた。

エリアマネージャーのIさんとボク別々に競合店の偵察に行ったこともブログに書いた。

その後、Iさんと店長のNくんの3人で対抗策を議論した。

駅のそばに出来た競合店に対抗していくためには、魅力的な内容のチラシをつくり、

ポスティングと手渡しをやる以外ないとの結論となり、早速チラシの案をつくり本部に

送り、1万枚作成してもらった。

チラシをつくるにあたり決めたことは、①人目を引く思いきり派手なものにしよう、

②5周年記念キャンペーンを前面に出そう、③魅力的なキャンペーンの入学特典、

それにおためしイベントをやろう、④5年前の年末に開設したので今回をキャンペーン

第一弾とし、年明け第二弾を打とう。

で、できあがったチラシは、「chirashi.pdf」をダウンロード

12月に入ったら忙しくなり、とても新しいことを勉強しようという気にはならない。

そのため1万枚のチラシは、11月初めまでの1ヶ月間で撒き終えることにした。

ポスティングする地域と手渡す場所も決めた。

合同ポスティングと称し、神奈川県内の他店の店長が休みの日に何日か加勢に来て

くれそうだ、

ボクの分担は1500枚。

早速、昨日と今日、家の近くで900枚くらいポスティングをした。

集合住宅にも入れたので、かなり枚数がさばけた。

万歩計をつけて、ラジオを聞きながら、うっすら汗をかきかきやるポスティング、

なかなかいいものだ。近所とはいえ、気がつかなかった発見もいろいろある。

万歩計は、2日間で1万4千歩。

教室には、週に1・2度顔を出して、馴染みの生徒さんや店長と雑談するくらいで

何もやってなく、店長に任せぱなし。時にはポスティングくらい手伝わないと。

3人で決めた目標は、10月~12月で新規の生徒さん10名に入っていただくこと。

1万枚のチラシで10名ということは、1,000枚でひとり、確率はそんなものだろう。

さあ、どうなるか楽しみ。

2008年10月11日 (土)

ジャカランダのその後(続編)

熱帯、亜熱帯に咲く世界3大花木のひとつで、藤紫色の花がとってもきれいな

ジャカランダのことはブログに何度か書いた。

日本でごく限られた場所でしか見ることができないジャカランダが我が家の近くの

神奈川歯科大のキャンパスにも植えられている。

7月3日のブログ”ジャカランダのその後”では、3月に神奈川歯科大に行った折に、

ジャカランダに詳しいW先生に偶然お会いし、種をいただいたがうまく発芽しなかった

こと、発芽しなかったことをW先生に報告に行ったら、今度は種ではなく発芽した苗を

ふたつ下さったことを書いた。

あれから3ヶ月、いただいたふたつの苗は順調に育っている。(左は現在、右は7月)

Rimg0068 Jakaranda

先月沖縄に旅行したときは、心配で苗を隣のお宅に預け水やりをしていただいた。

生育状況をW先生に報告したく、写真を持って昨日大学を訪ねた。

あいにく先生は外出中で残念ながらお会いできなかった。

そのあと電話をいただいたが、今度はボクが不在でカミサンから伝言を聞いた。

先生が育てられている苗を見てきた。

だいぶ大きさが違う。右の1本は直接地面に植えてあり、水補給のポンプがつけられ

いた。

Rimg0075 Rimg0077

キャンパスには大きなジャカランダが数本ある。

左の木は樹齢26年とのこと。葉っぱが涼しげでいかにも南国の木という感じ。

それなりの大きさになるには7年くらいかかると先生は言われていた。

育っていくのを見るのは楽しみであるが、このような大木になったら我が家の庭では

ムリだ。ある程度の大きさになったら大学のキャンパスに置いてもらうのかと勝手に

考えているが、どうなることか。

     Rimg0071_3     Rimg0072_2 

昨日は夕方、息子の友だちのSくんが近くに仕事で来たのでと言って、久しぶりに

寄ってくれた。

Sくんのことも何度かブログに書いたことがある。

ミュージシャンになると一時期ガンバっていたが食っていくのは難しく、コンビニの店長

になった。その後コンピューター技術者になると一念発起、派遣で色々なプロジェクトを

経験し、がむしゃらに頑張り、独力で技術を高め、現在は主にLINUXの技術者として

独り立ちしている。

前回我が家に来てパソコンの問題を解決してくれたときに、『仲間と3人で会社を

立ち上げようと思っています』と話していた。

『その後どうなった?』と聞いたら、いろいろ話してくれた。

予定通り会社を興すそうで、『ストリーミングサーバーを立ち上げ、携帯用のe-learning

ソフトの開発をやっています。まだどこにもないe-learningのコンテンツをウリします』と

夢を熱っぽく語ってくれた。

『技術屋は自分の技術にのめり込んでしまいがち。売って金が入ってはじめてビジネス

なるんだから、作ったものをいかに告知し、知ってもらい使ってもらうかが、とにかく

ポイント』と話した。

夢を追っかけて、毎晩真夜中まで開発に没頭しているそうだ。

Dreams come true!  Sくんたちの夢がぜひとも形になって欲しい。

2008年10月 9日 (木)

ピカソ展

火曜日、六本木にある国立新美術館にピカソ展を観に行った。

朝日新聞のアスパラクラブから毎週メルマガが届き、いろんな応募記事が載っている。

大変興味があったのでピカソ展に応募したら、うれしいことにペアチケットが当たった。

火曜日は国立新美術館は休館日。休館日に合わせ、アスパラクラブの会員に開放

したようである。

我々の入館時間は2時から2時半まで。

カミサンがランチに行きたい店をネットで探し、俳優座近くのベトナムレストランで

お昼を食べ、東京ミッドタウンの近くの美術館に行った。

Rimg0065 Rimg0062

平日でもあり、多くがシニア。アスパラクラブの会員そのものがシニアが多いのだろう。

巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡”。

創造の軌跡はわかるような気がしたが、なぜ愛の軌跡なのだろうかと観る前に思った。

だんだん観ていくうちにわかってきた。これについてはのちほど。

展示されている作品は167点。すごい数である。

所蔵しているパリの国立ピカソ美術館が改修中で、その間主要作品を世界で巡回する

一環として日本での展示が叶ったとのこと。

音声ガイドを借りた。音声ガイドなしでは、到底楽しめなかった。

音声ガイドでは、23の作品について、作品の説明だけではなく、時代背景、ピカソの

想いや行動などが紹介されていて、作品の描かれたバックグラウンドが大変よく理解

できた。

1920年前半くらいまでは、青の時代に代表されるような写実的な作品が中心だった。

それが1925年頃から突如作風ががらりと変わり万人の知るピカソの絵になっていく。

それとともに、ピカソの生涯を彩り、その芸術に霊感を与えた愛する女性たちを描いた

絵が数多く展示してあった。エヴァからはじまりジャクリーヌまで6人くらいの女性が

描かれていて、これが”愛の軌跡”なのだと了解。

パブロ・ピカソは1973年、92歳で亡くなった。

展示してあった最後の作品は亡くなる前年の72年に描かれたものだった。

あらためてピカソに興味を持った。

ネットで検索していたら、ピカソ展にあわせ、俳優の紫俊夫、真野響子夫妻がピカソの

足跡をたどり旅する番組を見つけた。(10月11日14時からテレビ朝日)

面白そうなので観てみよう。

2008年10月 8日 (水)

緒形拳さん逝く

5日、俳優 緒形拳さんが71歳で急逝した。

緒形拳さんは大好きな役者だった。

テレビでその突然の訃報を何度も報じていた。

息子で俳優の直人さんが『最後までかっこいい、温かい男だった』と語ったことば、

臨終に立ち会った俳優津川雅彦さんが『亡くなる10分前には目を見開き、歌舞伎

役者のように、虚空をにらみつけていた。その10分間に執念と覚悟を感じた。

かっこいい立派な最期だった。最期まで闘って燃え尽きた。役者として見事だった』

と語ったことば、どちらも緒形拳さんをみごとに表している。

シャイで人付き合いが苦手な人だったようだ。

肝臓ガンで闘病中だったそうだが、絶対に外部に言うなと家族に口止めし、遺作と

なったテレビドラマの制作発表に亡くなる直前の30日にも出席したそうである。

そのあと、4日に入院し、5日に亡くなった。

最期まで役者魂を貫いた人だった。

8月3日のブログに書いた。

 ”緒形拳主演のNHKの「帽子」というドラマを観た。

 テレビのドラマを観ることはほとんどないが新聞の評を見て面白そうだったので観た。

 予想に違わず良かった。さすが緒形拳。”

「帽子」は10日午後10時からNHKで再放送されるそうだ。ぜひもう一度観よう。

遺作となったフジテレビ系の連続ドラマ「風のガーデン」も9日午後10時からスタート

するそうだ。こちらもぜひ観たい。

たまたま昨夜お通夜に行った。

20年くらい通っているテニスクラブの設立に尽力された方だった。72歳でやはりガン。

地元では名門の横須賀高校(小泉元首相も卒業生で一時話題になった)が今年創立

100周年で、今月予定されている100周年記念祭の実質的な責任者をやられていた

そうだ。さぞかし無念であったことだろう。

最近夫婦で何度か話したことがある。

『亡くなったらどちらも密葬にして、あとでお別れ会をしてもらいたい』

『お別れ会には仲間だけでなく、息子や娘の友だちにも来てもらいたい』

いいアイディアだと、ふたりで意見が一致した。

2008年10月 7日 (火)

孫娘の運動会

土曜日は姉孫ミサキの初めての幼稚園での運動会だった。

前日の金曜日夕方から娘宅へ。

ミサキの作品が飾ってあった。左は牧場公園に行ったとき売っていたパーツを買って

ミサキが自分で作ったそう。右は冷蔵庫に貼ってあったママの絵。描き方がだいぶ

変わってきた。

Rimg0718 Rimg0720

作品はミサキだけでなく、パパの

バンドの催しのポスターもあった。Rimg0737

夏恒例の横浜天王町の路上ライブの

チラシ。行きつけの和食処のマスター

ほかバンドのメンバーのライブで、

今年は見に行けなかった。

男4人のバンド”不精髭”は日経新聞

主催の大人のバンドに応募し、

1次審査は通過、間もなく関東地区の    Rimg0015 

2次審査があるそうだ。

ミサキは連日幼稚園で運動会の

練習だったようで、疲れ気味。

誰も気がつかないうちに、妹孫の

ユナとふたりでテレビを観ながら

寝てしまっていた。

翌朝はパパ・ママみんな、初めての運動会で入れ込んでいた。

娘は5時に起きてお弁当つくり。ミサキ含め全員6時起き。

ベランダから見たランドマーク方面の朝焼けがとても きれいだった。

Rimg0018 Rimg0019

出る前、みんなでミサキに、『頑張らなくていいよ』と何度も言ったが、そのたびに

『頑張る!』と答えていた。

運動会の会場は保土ヶ谷中学校。

Rimg0049 Rimg0030

入場行進からはじまり、年少組が参加したのは玉入れ、お遊戯ふたつ。

当日は暑く、まだ4歳前の年少組には大変だった。後半は完全に”燃焼”し尽くした

感じ。親の方はビデオ、カメラ撮影でこれまた大変。

Rimg0036 Rimg0040

Rimg0055 Rimg0045

妹孫のユナは暑さをもろともせず、バギーでぐっすり。起きてきて最近ちょっと出来る

ようになったお座り。

Rimg0038 Rimg0054

ミサキからたびたび名前を聞いていた、ひまわり組のお友だちのパパ・ママが

近くに座り、お弁当を食べた。Rimg0059

リュウセイくん、ダイチくん、タイガくん、リクくん、 

メイちゃん、何とか顔と名前が一致した。

最後は全員並んで園長先生のお話を

聞いて、”よくガンバリましたメダル”をもらった。

子供たちも親も、それに先生も大変だった

楽しい一大イベントは無事終了した。

2008年10月 4日 (土)

AIG保険(続編)

今朝の日経新聞トップニュース、『米AIG、アリコ売却へ』を見て、ビックリ!

9月18日のブログ”AIG保険”に書いたような展開になりつつあるようだ。

ブログでは『FRBが9兆円の公的資金を入れて救ったAIGは2年で9兆円を返すことが

救済条件となっている。そのため豊富な資金量を有する傘下の企業に手が入ること

なるのではないか。そうなると好業績、好財務基盤を持つアリコジャパンは売却・整理

の格好の対象にならないだろうか。そうなったとき、アリコジャパンは国内の契約者を

死守するだろうか』という主旨のことを書いた。

一応新聞には『売却されても保険契約は基本的に継続される見通し』と書かれている。

先月ブログを書く前に電話したアリコジャパンの担当のKさんは、『アリコジャパンは

AIG傘下の生保会社アメリカン・ライフ・インシュランスの日本支店という形を取って

いるため、AIGがアリコジャパンを切り離して売却することはできない』と言っていた。

新聞にもそのように書かれていているが、加えて『切り離して売却できないためAIGは

米国に本社を置くアリコを会社ごと売りに出す見通し』とも書かれている。

AIGはアリコジャパンだけでなく、AIGエジソン生命保険、AIGスター生命保険の3社を

まとめて売却することを決め、今後は損害保険事業に経営資源を集中させるそうだ。

AIG生保3社の保険料収入の合計額は2兆円を超え、日生など4大生保に次ぐ規模。

そのため、日生、東京海上やイギリス・ドイツの保険会社も買収に関心を示しており、

国内保険業界の大再編につながる可能性も出てきたとのこと。

アメリカ中心の話かと思っていた金融・保険・証券の激動は、日本のプレイヤーも

巻き込み大変な動きになってきた。

これだけ混沌としてくると、一般消費者は何を信じ、どう考え、どう動いていけばよいか

考えも及ばない。

2008年10月 2日 (木)

沖縄の旅(14:最終日)

最終日の9月8日、もう一度あの備瀬の海のきれいな魚たちを見たくなって、6時半に

起きて海に出かけた。

誰もいない海で、シュノーケルをつけ、ぷかぷか浮かんで1時間くらい楽しんだ。

海底にはサンゴ、たくさんのウニ、異様に大きいナマコ、その中を泳ぐ色とりどりの

魚たちを20種類以上見た。スズメダイ、ツノダシ、タチウオ・・・

11時にホテルをチェックアウトし、      Rimg0697     

カミサン所望の沖縄ソバを食べるため

渡久地のきしもと食堂へ。

2年前に娘夫婦と一緒に本部に来た時

ダンナがきしもと食堂に連れてきてくれた。

この日もお客がいっぱい。食べて外に

出たら表に行列ができていた。

Rimg0703_2 Rimg0705

きしもと食堂の近くをぶらぶら歩いた。

カミサンが行きたいと言っていた新垣ぜんざいはこの日は定休日。

前日、娘一家とやったバーベキュー用にパパが魚やサシミを買ってきてくれた魚屋を

見つけた。

Rimg0701 Rimg0700 

食事をしたあと、高速道路で一路那覇空港へ。

レンタカーを返したあと空港で娘一家と合流し、横須賀に帰ってきた。

たくさんの出会いがあり、沖縄のきれいな海と美味しい味を堪能し、琉球王国の

歴史・文化に触れることができた思い出深い11日間の旅だった。

今回も長い旅行記にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

2008年10月 1日 (水)

「破綻」「黄信号」自治体

今朝の新聞記事で、「自治体財政健全化法」に基づき判定された結果、全国の危険

自治体が明らかになったと報じられている。

財政危機が取りざたされている熱海市は何とか危険自治体からは外れた。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

     3市村が「破綻」、40市町村「黄信号」 総務省が試算

総務省は30日、自治体の財政の状況を測るために設けた基準を07年度決算に

適用すると、「破綻(はたん)」にあたるのは北海道夕張市、赤平市、長野県王滝村の

3市村、「黄信号」の状態にあるのは40市町村という試算を公表した。

自治体財政健全化法に基づき、08年度決算から「財政再生基準」以上で破綻に

あたる自治体は地方債の発行が制限され、予算の変更を国が勧告できるなど

「国管理」の色合いが強まる。「早期健全化基準」以上で黄信号の自治体には健全化

計画策定が義務づけられ、計画に基づいて歳出削減を進めることになる。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

総務省は新たに制定した「自治体財政健全化法」で、自治体の赤字や借金の重みを

測る指標に「連結」の考え方を導入した。これにより見えにくかった懐具合があぶり

出されることになる。

一般会計以外の病院、上下水道、宅地造成、交通などの分野で財務状況の悪化が

目立つ自治体は全国にたくさんある。

財政状態が悪化した自治体は危機脱出を図るため徹底した切り詰めを行い、結果

住民の負担増、行政サービスの低下につながっていくことだろう。

これからは居住する自治体により色々な意味で大きな差が出てくることになる。

危機を招いたほとんどのケースは放漫・無策・怠慢な自治体運営の結果と言える。

熱海もまさにそうである。歴代の首長の責任は極めて大きい。

現在の齊藤市長は就任してちょうど2年。

市長は就任早々から、最重要課題として財政再建に取り組んでいる。

マンションのロビーには朝日・日経・熱海新聞の3紙が置いてある。不在時の熱海

新聞の取り置きをフロントに頼んである。今回は2か月ぶりであったため、取り置き

された新聞の量は相当であった。財政再建と観光振興を中心にざっと目を通した。

19日の新聞に、9月市議会2日目の一般質問の中、「財政再建問題で市長答弁」

という記事があった。

議員から『市の財政再建はどのような状況になれば建て直しが達成されたと言えるか』

との質問があり、それに対して齊藤市長が以下の答弁をしている。

『平成19年度の決算における4つの指標は早期健全化基準以下だが、水道、温泉

事業会計で公営企業の資金不足比率が早期健全化基準を大きく上回っている。

下水道事業会計で、解消可能資金不足額を控除しないとすると、早期健全化団体に

該当する。公営企業会計の資金不足額を早急になくしていくことが、熱海市として

とっていくべき財政再建の道である』

『今後の予算編成については、基金の積み立てができるようにしていかなければ、

投資的事業に充当する基金を捻出することができない状況にある』

今回かろうじて全国40の黄信号自治体の仲間入りすることは免れたものの、

齊藤市長がこれまで議会や新聞で繰り返し発言されてきたとおり依然ボーダーライン

近くにいることには変わりない。

大好きな熱海、何としてもガンバってもらいたい。

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