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2008年8月28日 (木)

伊藤さんのペシャワール会志望書

『アフガニスタンの子供たちが食べ物に困らないように、砂漠化する農地を何とか

したい』。

現地の人たちの中にとけこみ汗を流してきたNGO職員伊藤さんの悲報は昨日・今日の

トップニュース。

テレビ、新聞で伊藤さんの熱い思いと行動を知り、涙が出た。

伊藤さんが危険な中、突貫工事でやり遂げようとしていた用水路工事、伊藤さんと

一緒にやってきたアフガニスタンの人達が必ずややり遂げてくれ、米やサツマイモ等の

作物がアフガニスタンの子供たちの飢えをしのいでくれる日がきっと来ることだろう。

伊藤さんのご冥福を心からお祈りしたい。

以下は、ペシャワール会が27日、公表した伊藤和也さんの志望書の全文。

     ~~~~~   ~~~~~   ~~~~~   ~~~~~     

               ワーカー志望の動機              

                                         伊藤和也

私がワーカーを志望した動機は、アフガニスタンに行き、私ができることをやりたい、

そう思ったからです。

私が、アフガニスタンという国を知ったのは、2001年の9・11同時多発テロに対する

アメリカの報復爆撃によってです。

その時まで、周辺国であるパキスタンやイランといった国は知っているのに、アフガ

ニスタンという国を全く知りませんでした。

「アフガニスタンは、忘れさられた国である」

この言葉は私がペシャワール会を知る前から入会している「カレーズの会」の理事長

であり、アフガニスタン人でもある医師のレシャード・カレッド先生が言われたことです。

今ならうなずけます。

私がなぜアフガニスタンに関心を持つようになったのか。

それは、アフガニスタンの復興に関係するニュースが流れている時に見た農業支援

という言葉からです。

このこと以降、アフガニスタンに対しての興味を持ち、「風の学校」の設立者である

中田正一先生の番組、偶然新聞で見つけたカレーズの会の活動、そして、カレーズの

会の活動に参加している時に見せてもらったペシャワール会の会報とその活動を

テーマにしたマンガ、それらを通して現地にいきたい気持ちが、強くなりました。

私は、関心がないことには、まったくと言っていいほど反応しない性格です。

反応したとしても、すぐに忘れてしまうか、流してしまいます。その反面、関心を持った

ことはとことんやってみたい、やらなければ気がすまないといった面があり、今回は、

後者です。

私の現在の力量を判断すると、語学は、はっきりいってダメです。農業の分野に

関しても、経験・知識ともに不足していることは否定できません。ただ私は、現地の

人たちと一緒に成長していきたいと考えています。

私が目指していること、アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことを

お手伝いしたいということです。これは2年や3年で出来ることではありません。

子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることが

できるよう、力になれればと考えています。

甘い考えかもしれないし、行ったとしても現地の厳しい環境に耐えられるのかどうかも

わかりません。

しかし、現地に行かなければ、何も始まらない。

そう考えて、今回、日本人ワーカーを希望しました。

2003・6・15

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