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2008年2月

2008年2月29日 (金)

発足5周年記念食事会

シニアITアドバイザー(SITA:サイタ)についてはブログで何度か書いたことがある。

初心者にパソコンを指導するシニアの技術スキル、指導スキルを審査し認定する

試験制度である。

2000年11月にスタートし、これまでに全国で1級・2級・3級合計でおよそ7千人の

シニアの方々がチャレンジされた。

退職前の2000年4月に配属された部署で、これが最後の職場になるであろう、

であれば最後に何か会社に残して辞めたいと思い、はじめたのがサイタだった。

はじめた手前、自分でもチャレンジしなければと思い、苦手な実技操作試験の対策

講座を受けに行き、1ヶ月以上勉強し、退職半年前にやっと何とか有資格者の仲間

入りができた。

02年あたりから資格を取得された方々が全国各地でグループをつくりはじめた。

関東・関西を中心に15のグループができた。

その中で最初にできたグループ”さいたネット”の役員の方から、『発足から5年を

迎えたのを記念して5周年の食事会を行うので、ぜひ参加して昔話をして欲しい』

との連絡をいただき、横浜 関内で

開催された催しに参加した。Photo

遠くは栃木県の小山はじめ東京    

千葉・埼玉から総勢30名の

皆さんが参加。うち1/3が女性。

4~5年ぶりにお会いする

懐かしい方も少なくなかった。

昔話で大いに盛り上がった。

さいたネットは、発足当初から和気あいあいをモットーに和やかな雰囲気がウリの

グループであり、その雰囲気はまったく変わっていない。

そのため会員が減ることなく、5年たった現在もメンバーは55名。

定期的に勉強会を開催していて、先月の勉強会「PCインターフェイス・周辺機器の

活用」が20回目だったとのこと。

美味しい中華料理をいただきながら、わいわい歓談し予定の2時間半があっという

間に過ぎた。

『10周年記念を是非やろう!』とのかけ声でお開きになった。

終わったあと昔馴染み7人でお茶を飲みに行き、こちらも盛り上がり、大いに旧交を

あたためた一日であった。

2008年2月27日 (水)

この店、気に入った

面倒くささが先に立って、我が家は外食するのは月に数度。

昨夜は小雨もようで寒かったが、『出かけようか』とふたりの意見が一致。

出かけた先は駅のそばにあるビルの上のレストラン街。

カミサンが『ここがいい』と見つけた店は、Living. Dinerというイタリアン風のカジュアル

レストラン。

ボクはこういう感じの店より、ワンパターンではあるが焼肉や中華の方がいいんだがと

思いながら入った。

お客は若い層、特におしゃべりしながらゆっくり食事を楽しむ女性客が多かった。

あとでお店をネットで検索してみたら、ホームページでなくブログが出てきた。

渋谷と中目黒、それに横須賀にあるようだ。

ペア・セットメニューをオーダーした。

サラダ、スープandオントリー、パスタandピザ、肉or魚。

   Salada   Soup_2

   Pasta_2   Main

雰囲気、料理の味、サービス、いずれも満足 full

どうかなぁと思った量もメインのとろけるようなビーフシチューを食べ終わると満腹。

セットメニューのため、これだけ食べてひとり2千円と大変リーゾナブル。

ふたりで、『焼肉や中華でなくてよかった。また来よう』

2008年2月25日 (月)

アクセス件数、5万件に!

ブログの累計アクセス件数が5万件になった。

カミサンに勧められてブログをはじめたのは、定年退職し1年3ヶ月後の05年9月。

2年半弱で5万件、はじめたときは想像もしなかった数 sign03

定年退職者が日々を綴るのだから、そもそもこんなに長く続くとも思っていなかった。

1万件になったのは、スタートして1年後の06年9月。

それから5ヵ月後の07年2月に2万件となり、そして4ヵ月後の6月に3万件に。

それから8ヵ月で、3万件から5万件になった。

スタートした1年目に比べると、最近は3倍の方々に見ていただいている勘定になる。

はじめた時は、当然のことながらボクのブログの存在を知っていたのはカミサンと

娘だけ。

それが今は1日平均すると80人以上の方々に見ていただいていることになる。

(先頭の数字にカーソルを当てるとアクセス数のグラフが表示される)

うれしい限りである。それとともに、書くことに大いに励みとなる shine

定年退職者が毎日身の回りで起きていること、日々感じたこと、感動・感激したことを

書いているブログをこんなに多くの方たちに見ていただいていると考えただけで

感激である。

これほど見ていただける方が増えたのは、検索エンジンのおかげであろう。

孫娘のミサキはブログの中で育っているし、旅行記は出来ているし、ブログネタを

考えることそのものが頭の体操になっているし、ブログの効用は大きい。

ほかに、ブログをはじめたことにより得た収穫は、ブログを通してできた新しい交友

関係である。

定年後は名刺に書く連絡先は当然自宅となる。それに加えてブログアドレスが書ける

ことはうれしいし、自己紹介代わりにもなる。

これからも出来る限り長く続けたいと思っていますので、今後ともお付き合いよろしく

お願いいたします。wink

2008年2月23日 (土)

住居建替えプラン(その3)

11月15日のブログで住居建て替えプランのことを書いた。

あらためてポイントを書くと、

我が家はテラスハウスと呼ばれる連棟式の戸建て住宅。住んでほぼ30年。

テラスハウスの全戸数は89戸で、7つのブロックに分かれている。

我が家のブロックは13戸構成。

20メートルくらいの道をはさんだ先は海で、眺めはいいものの潮風をもろに受ける

ため、当然塩害がある。

居住者がかかえる共通の悩みは、家屋の老朽化、価値の下落、居住者の高年齢化、

それに連棟式故の悩みであるブロック全戸で一斉建替えする合意取り付けの難しさ。

『何とかしなきゃねぇ』と、みんなで言いながら久しい。

近所3軒の方たちと4人で去年後半から話し合いを続けてきた。

ポイントは、

  ※ 89戸のほとんどが先々に対する不安を持っているはずだから、地区全体の

    管理組合に窮状を話し、管理組合にも協力してもらいテラスハウス再開発の

    勉強会を立ち上げる。

  ※ 先々、勉強会のメンバーの中から有志を募り、建替え検討委員会を組織し、

    ブロック毎に今後の進め方を検討していく。

昨夕、当地区全500戸の管理組合の会長・理事長にも入ってもらい、あわせて

集合住宅の建替え支援を生業とするNPOに参画してもらい、『テラスハウスの

将来を考える勉強会』の第一回を開催した。

勉強会の開催にあたり進め方についてNPO法人”都市住宅とまちづくり研究会”と

じっくり話し合い、資料を準備した。

また、89戸のうち家を横須賀米軍基地のアメリカ人に貸しているお宅が12戸あり

現在の居住地を調べ勉強会の案内を送った。

昨夜の勉強会には予想を上回る        Benkyokai 

46戸が参加した。

現居住者の60%の出席率で、

居住者の関心の高さが確認できた。

初回であるため、『テラスハウスの

建築形態と法的規制について』との

テーマで概括的な話を中心に行った。

今後考えられる方策を3つ提示し、これからの勉強会でひとつづつ議論していく

こととした。

説明終了後の質疑応答も大いに盛り上がり、4人で企画した勉強会は成功裏に

終わった。

次回の勉強会を3月26日に予定していることを告知して散会した。

勉強会は4回予定しており、4回目に意見交換を行い、今後の進め方について

合意形成ができれば大成功である。

ただ、89戸にはそれぞれの家庭の事情、考え方、思いが89通りあるわけで、

容易に合意形成ができるとは思っていない。

焦らずじっくり時間をかけて話し合い、徐々に全体の考えがまとまっていけばと

思っている。

2008年2月22日 (金)

NPO定例会

町田市を中心に活動するNPO法人 アクティブSITAの月例会に出席した。

当会では毎月勉強会をセットにした定例会をやっているが、横須賀から町田までは

遠く、平均すると参加は3ヶ月で2度くらい。

今回の参加者は2名の見学者含めて16名。

最近立て続けに新しい会員が入り、総員33名となった。

意識、見識の高い人たちが集まっていて、会の結束は強く、まとまりもよく、着実に

活動実績が上がっている。

冒頭、政府のIT戦略本部が発表した「地域活性化緊急プログラム」が話題となった。

国は20年・21年度2年間で3300億円の予算を確保しているとのこと。

IT指導者の不足、中小企業支援技術者の不足等に対し、当会も対応を検討すべき

との意見が述べられた。

他の話題としては、当会の最重要顧客である町田商工会議所に、来年度に向けた

企画書を提出し、積極的に営業活動を行っていることが報告された。

商工会議所は、出張講座、夜間(業務終了後)の講座、経営者対策等、かゆいところ

に手の届くような講座の開催を希望しているとのこと。

休憩をはさんで勉強会が行われた。

講師は、国内最大手の半導体製造装置メーカに現在も勤務されているKさん。

テーマは『ITを支える半導体 ~産業構造と先端技術~』

日進月歩の中、年15%の成長を続けながら、はげしい価格競争に明け暮れる

ギャンブル的ビジネスの現状と、半導体利用の変化や技術的、経済的限界など、

IT産業の未来予想まで含め、豊富な資料を駆使した講演はわかりやすく、かつ、

大変興味深いものであった。

今や自動車価格のうち、25%が半導体コストであると聞いてビックリ。

夕方6時から8時過ぎまで、今回もホットな議論が続いた。

2008年2月21日 (木)

ハローワークに求人募集

以前よりパソコン教室キュリオステーション”横須賀教室では良いアルバイト講師が

欲しいなぁと講師のIさんと話していた。

一度ハローワークに行って相談してみようということになり、先週ハローワークへ

行ってきた。

ハローワークは定年退職直後、失業保険の手続きで毎月行っていた。

失業保険をもらうためには求職活動を続けていることが必要である。

そのため毎月ハローワークに行って、求職用端末を使い職探しの活動をすることが

必要であった。

その経験から、求める職はどのようにして探せばよいかは十分に理解できていた。

今回は求職でなく求人である。

窓口で求人係から説明を聞いた。

  ・求人票を書きチェックを受け問題なければ、ハローワークが速やかにデーター

   ベースに登録する。

  ・登録情報は神奈川県全域のハローワークで検索できる。

  ・登録には費用はかからない。

  ・登録期間は3ヶ月後の月末まで。求人が決まらなければ再申請できる。

  ・性別/年齢の希望は書けない。

求人票の記入情報の中にはキュリオステーションの本部でなければ書けない項目が

あったため、講師のIさんが本部に話し本部が登録手続きをしてくれた。

どのハローワークでも、全国すべての地域の求人募集情報の入力ができるそうだ。

テニスの帰り、横須賀のハローワークに寄って登録されているかどうか確認した。

一昨日本部が渋谷のハローワークで登録した横須賀教室の求人募集が確認できた。

『求める人材は、明るく笑顔で元気に応対できる人』と書かれていた。

問い合わせがあればキュリオステーション本部経由で教室にくることになる。

面接はすべてIさんが行う。

午後教室に行って、『良い人が応募してくるのを楽しみに待とうね』とIさんと話した。

2008年2月19日 (火)

アメリカからの便り

アメリカのアリゾナ在住の懐かしい方から手紙が届いた。

ボクよりたしか2歳上で、元大手商社に勤めていたMさん。

アメリカ人の奥さんとアリゾナに移り住んで10年以上になるのでは。

Mさんと初めて会ったのは1974年だから、もう30年以上前のこと。

ボクは74年から3年間、元いた会社のオーストラリアの現地法人に出向した。

当時会社は海外ビジネスに長けていなかったため、商社にお願いし色々支援を

してもらっていた。

そのとき現地法人に席を置いて、さまざまな指導をして下さったのがMさんだった。

当時からもちろん英語はペラペラ。

ネアカで豪放磊落な性格、商社マンらしい長けたビジネス感覚とさばき方・・・

教えられたことはたくさんある。

アメリカに移り住んでからはもちろんのこと、それ以前も会う機会はほとんど

なかった。しかし、若いころに知り合い、公私にわたりお付き合いしていたため、

いくら間隔が空いてもツーと言われればカーの仲である。

Mさんは1年前にアメリカの市民権を取得されたとのこと。

手紙の用件は、『サラリーマン生活を顧みて自分史的なものを書き始めた。

ついては、記憶が不確かな以下の点について教えて欲しい』とのことだった、

ボクにとっても30数年前のこと。思い出しながらメールでお答えした。

その中のひとつに、『当時販売していた小型の事務用コンピューターのメモリー

容量は今のパソコンと比べればどれくらいになるだろうか』との質問があった。

思い出してみると、当時販売していたコンピューターのメモリーは16キロバイト。

先日買った我が家のパソコンのメモリーは512メガバイト。メガバイトはキロバイト

の千倍。ということはメモリー容量は3万2千分の1。あらためてビックリ。

この小型コンピューターですら、接続機器を含めると大きな部屋が必要で、また

部屋には空調が必須であった。まさに隔世の感!

手紙にはMさんがいた会社のOB会の会報へのMさんの投稿文が添付されていた。

タイトルは『世界が注目する2008年の米大統領選、アメリカは地政学の変化に

対応しうるか ~有権者の視点・論点~』

大変興味深い内容であった。

冒頭の部分だけを紹介すると、

  『従来は、国家戦略を論じる中で、政権の姿や候補者の顔が見えていたが、

   今回は候補者の個性(女性、黒人、どの宗派出身か等)が前面に出てしまって

   いるためまともな政治論争がされていない。ましてや外交政策については

   論争抜きで、各候補は”内向きな色彩の強い政策”を論争している』

手紙の結びは『9月に一時帰国の予定なので、皆さんで集まって会食しましょう』

久しぶりにお会いできそうで楽しみである。

2008年2月17日 (日)

カミサンの誕生日祝い

娘のダンナから夫婦のケータイにメールが届き、『お母さんの誕生日なので、おヒマ

だったらみんなで誕生日会をしましょう』とうれしい知らせ。

もちろんヒマなので、即『ありがとうございます。よろしくお願いします!』と返事 good

昨夜6時、予約してくれた横浜の伊勢佐木長者町ワシントンホテルの中にある

まる家という豚しゃぶともつ鍋の

店で待ち合わせ。                 Rimg0086  

カミサンは彼らに渡すものを買いたい

と言い、先に出かけた。

4日ぶりにまたまた孫娘のミサキに

会えるとルンルン気分で出かけた。

ワシントンホテルは伊勢佐木モールの

すぐそば。まる家は18階で眺め抜群。

豚しゃぶにするか、もつ鍋にするかしばし議論。豚しゃぶで決まり。

お酒がずらり並び、ダンナはごきげん。

毎月8日のまる家の日にはお替わりしゃぶ肉1皿800円とのこと。これはお得。

Rimg0077 Rimg0085

ミサキはこの誕生会のため朝から

かなりハイテンションだったそうだ。         Rimg0080

ミサキがハッピーバースデイを歌って

くれて、カミサンへプレゼント。

メガネをかけたカミサンとその上に

描いてあるのはバースデイケーキ birthday

ロウソクが3本立っている。

あとは、源 吉兆庵のお菓子と娘の

焼いたチョコクッキーのプレゼント。

カミサンからふたりへはチーズとコーヒー、ミサキへはドライフルーツ。

カミサンが中座したときダンナと娘から、『この間新聞に出てた。夫婦の間で大切な

ことは、①言うのが恥ずかしくためらいがあっても褒めること、②記念日には

プレゼントを渡すこと』と言われた。Rimg0088

うん、わかるんだけど。。。                   

『さあ帰ろう』と時計を見たら

8時半をまわっていた。

ホテルの前で写真を撮ろうとするが

ミサキははしゃいで走り回る。

ふたりにお礼を言い、楽しかった

余韻を感じながらホテルの前で地下鉄に乗った。

2008年2月16日 (土)

久しぶりのポスティング

暖かい陽ざしに誘われ、昨日久しぶりにパソコン教室キュリオステーション横須賀

教室のチラシのポスティングをしてきた。

以前はチラシだけをポスティングしていたが、講師のIさんがティッシュ作戦を考え

出してくれた。

通販でティッシュの大きな箱を買い、Iさんがティッシュに入れるPR紙を作った。

このティッシュにこれまでのチラシをホッチキスでとめたものを最近は使っている。

店長のNくんとIさんが、駅の近くの街頭でこれまでに相当数手渡したが反応は

イマイチ。

ボクもやったことがある。

渡す相手は主に中高年の女性。サラリーマン風の男性は今やその多くが会社で

パソコンを使っているはずだから渡す対象外。若い人たちも多くがパソコン経験者

だろうからと考え、これまた対象外と自分で決めている。

『ティッシュどうぞ。パソコン教室です』と言いながら渡す。中には『え、パソコン教室』

とか、『場所どこですか?』と尋ねる人もいた。しかし結果はなかなか問合せまでに

至らない。

このような中、昨日やったポスティングは我が家の近所の戸建住宅。

これまであちこちでポスティングしたが、たぶんこの地区はやったことがないはず。

ポカポカ陽気の中、心地よく、と言っても、我が家にあったチラシは70枚くらい

だったので、あっという間に終わった。

ポストに入れようとしたら既に他のチラシがいろいろ入っているのが見えた。

『このチラシは他とは違う。目につくPR紙の入ったティッシュ付きだから』と思う

ものの、我が家のことを考えると、毎日毎日入るチラシはほとんど見ないまま

資源ゴミに入れ捨ててしまう。

たった70枚。まあ問合せはゼロだろう。Bridge 

途中、かなり出来上がった横浜・横須賀

高速道路の延伸工事で造られている

橋脚が見えた。

これが完成すれば、我が家から横浜の

娘宅までたぶん30分程度で行けるはず。

昨日は夜、2月3日のブログに書いた

メリーランド州立大学開放講座「アメリカの暮らし」の第2回目の講義に出席した。

第1回目の出席者はほぼ定員いっぱいの50名くらいだったが昨夜は6~7割位。

昨夜のテーマは1950年代のアメリカの暮らし。第1回目は1940年代の戦時中の

話が中心であったが、昨夜は戦後のベビーブーマー時代。

アメリカのベビーブーマーは日本の団塊世代とまさに同じ年代で、1946年から

64年ころまでに生まれた人たち。

1950年代は戦後の好景気時代。家庭には洗濯機・テレビなど新しい電気製品が

入りはじめ、これらはぜいたく品から日用品になったきたと先生は話していた。

当時、家は4千ドル程度で買えたそうだ。

ベビーブーマー時代だから当然子だくさん。ピークの1950年後半には、ひとくみの

夫婦から産まれる子供の平均数は3.7人だったとのこと。

休憩をはさんだ後半の授業では、大統領選の質問を皮切りに、選挙の話で盛り

上がった。

昨夜も2時間集中したため、終わったときにはかなり疲れた。shock

2008年2月14日 (木)

今年初めて娘宅へ(2)

翌朝起きたら裏の公園は雪で真白 (右の写真の遠景はみなとみらい)

Rimg0037 Rimg0038

ミサキがいるので、目が覚めたら気分ウキウキ。

ミサキは7時過ぎには起きてくる。

寝起きは機嫌よくないものの、すぐに行動開始。

ミサキには6人(?)のお友だちがいる。 Rimg0021                 

シマジロウ、妹のハナチャン、パパが

アリゾナで買ってきたゾナちゃん、

ヒツジのメーメーちゃん、犬のブラウン

ちゃん、それにサクラちゃん。heart04

見ていたら、最近はどうもお友だち

ではなく、自分は彼らの母親だったり、

先生だったりという関係になっているようだ。

ゴハンをつくってあげたり、本を読んであげたり、絵本を見せたりと、かいがいしく

動いていた。

Rimg0065 Rimg0035_2

そのほか、幼稚園ごっこやママのお手伝い、女の子のふるまいを感じる。

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昼前、娘の故障したパソコンを持って、みんなでヤマダ電機に行った。

さすが横浜、横須賀のヤマダ電機と比べ大きさ、それにお客の入りが違う。

パソコンはメーカに送って調べるのに2週間くらいかかるということで、ミサキの

寝たあと娘の楽しみのパソコンはしばらくおあずけ。娘はガッカリ。

お昼はママ友と時々行く上永谷の味庵という店に連れて行ってくれた。

アジアンテイストの店ということでなかなか美味しかった。

Rimg0059 Rimg0055

食事のあと、ケーキが美味しい店だと言って、味庵の前にあったSTRASBOURG

という店に寄った。

和三盆のロールケーキを買って帰り、ミサキも手伝って作ったホイップクリームを

かけて、みんなで楽しんだ。

Rimg0062 Rimg0068

数日早かったが、ボクにとってはハッピーバレンタインデイになった。

2008年2月13日 (水)

今年初めて娘宅へ(1)

土曜日夕方、ほぼ40日ぶりに横浜の娘宅に行って3泊してきた。

車で行けば40分の距離なのに、年末以来のご無沙汰だった。

3週間前熱海でノートパソコンが突然ストップエラーという表示が出たまま動かなく

なった。横須賀に帰ってPCデポに持って行ったらハードディスクが壊れたのだろうと

言われ、修理するには4万円くらいかかりそうだとのことだった。

既に4年以上使ったパソコンなので買い替えることにした。

VISTAがイヤで、今や店頭にはほとんどないXPパソコンにしようとしたため、

限られたモデルから選ぶことになり、無線LAN内蔵でないパソコンになってしまった。

そのため、無線LANカードを購入した。我が家はカミサンとボクそれぞれ2階と1階で

別々にパソコンを使っているためボクのノートパソコンは無線LAN機能が必須である。

この新しいノートパソコンを持って娘宅に行った。

娘宅でもダンナと娘のパソコンは無線LANで接続されている。

我が家では問題なかった新しいパソコンが娘宅の親機ルータに認識されず、結局

ネット接続ができなかった。

おまけに娘のパソコンがタイミング悪く壊れていて、ダンナのパソコンは仕事でも

使っているため使うのは憚り、結局パソコンなしの4日間となった。

そのため、メールを見ることもブログをアップすることもできなかった。

前置きが長くなってしまった。

孫娘のミサキは朝からずっと我々が行くのを待っていたそうだ。

ミサキは3歳3か月。40日間会わないと成長したことがはっきりわかる。

おしゃべりが進み感受性豊かになり、さすが女の子と感じることが多くなってきた。

次の子の出産が来月末予定のため、娘のおなかは大きくなっていた。

玄関にお雛様の飾り付けがしてあり、去年カミサンがミサキに作った吊るし雛も

飾ってあった。

    Rimg0044   Rimg0047 

着いたらすぐミサキが『ジイジとナナチャンRimg0028

(カミサンの愛称)にプレゼント』と言って   

準備していたものを渡してくれた。

ボクには『ジイジは新聞が好きだから』と

言って、写真の右の紙(よく見たら生協の

納品書)を、カミサンには左の切った紙を

貼った広告紙がプレゼント。Rimg0049

上にあるのはプレゼントを入れた袋。                 

すべてひとりで用意したらしい。

それを聞いてふたりで感激。happy01

ベランダから見えた夕焼けの富士山が

最高だった。

ミサキは寝る前、『朝起きた時いる?』と

何度も聞いてきた。

2008年2月 8日 (金)

映画『母べえ』

評判の映画、『母べえ』を観に行った。

山田洋次監督、主演吉永小百合、とてもすばらしい映画だった。

久しぶりにジーンと心にしみる作品だった。

定年後、結構たくさんの映画を観てきたが、その中で文句なしにベスト。

日本が戦争に向かって突き進んでいた暗い時代を背景に、どんな困難を目の

前にしても、常に娘たちに精一杯の愛情を注ぐ母であり、獄中の夫を尊敬し信じ

続ける妻を吉永小百合が演じた。

常識的には、今の吉永小百合の歳で小学生の母親は演じられない。

それを見事に、というか見終わったあと、あの母(かあ)べえは吉永小百合以外じゃ

ダメだと思った。

戦時下の市井の人たちの大変な生活を見るにつけ、月並みではあるが、恵まれた

平時に生きている幸せをあらためて痛切に感じた。

後半は涙が止まらなかった。

2時間10分の上映時間はあっという間に過ぎた。

終演後はしばらく席を立つ人がいなかった。

昨夜聴いていたラジオで、いま行われているベルリン国際映画祭で「母べえ」が

優秀作品にノミネートされたと言っていた。

家族で、特に親子で、ぜひとも多くの人に観てもらいたい映画である。

2008年2月 6日 (水)

ニュージーランドの旅(28:おわりに)

定年する前から定年したらゼッタイ行きたいと思っていたニュージーランドだったが

いざ定年するとなかなか腰が上がらず、3年半経ってやっと実現した。

行くならツアーじゃなく旅程を自分で立てて、しかも多くの人たちと出会える旅に

したいと考えていた。そのため泊まるのはBed&Breakfastだと決めていた。

時期は1月~2月の真夏はきっとニュージーランドの人たちが動き、どこも混雑する

だろうからその前がよかろうと思い、11月~12月に決めた。

出発したのは11月25日、帰ってきたのは12月10日。

泊まったB&Bは10ヵ所。レンタカーで走った距離は1750キロ。

ほぼ日本の半分の距離を走ったことになる。

りたかった南北の島を結ぶフェリーにも乗り、海岸沿いと山岳地帯を走る列車も

楽しんだ。

道中ずっと好天に恵まれ、トラブルもなく、ふたりとも体調を崩すことなく旅が続け

られたことには、ホントに感謝している。

泊まった10ヶ所のうち、夫婦でつけた気に入った街ランキングは、

   1位:ネーピア(北島)

   2位:ワナカ(南島)

   3位:タウランガ(北島)

今までのどの旅行よりも我々夫婦の記憶に末永く残る旅になることは間違いない。

お世話になった10ヶ所のB&Bの写真をもう一度、それに最後に、旅行中900枚

くらい撮った写真の中でベストの1枚を付けておきたい。

旅行記を書きはじめたのは12月11日。

ほぼ2ヶ月、思っていた倍くらいの28回になってしまった。

こんなに長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました。

       【11月26日 Parnell Inn (Auckland)  Ray&Heather】

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    【11月27日 Littleheath Homestay (Tauranga)  Peter&Malita】  

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       【11月28日 Innes Cottage (Rotorua)  Chris&Gill 】

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   【11月29日 A room with a view Bed&Breakfast (Napier)  Robert】   

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【11月30日~1日 Finnimore House Bed&Breakfast (Wellington) Willie&Kathleen】

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   【12月2日~4日 Chestnuts On Holly (Christchurch)  Sue&Andre】

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  【12月5日 Whataroa Country Homestay (Whataroa) Bruce&Stellamaris】

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   【12月6日 Riverside Bed&Breakfast (Wanaka)  Norman&Lesley】

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      【12月7日~8日 Blue Gum Lodge (Queenstown)  Ian&Diane】

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        【12月9日 Newmarket Cottage (Auckland)  Mike&Yoko】

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最後にベストショットを1枚。

12月7日、クインーンズタウンのB&Bのイアンとダイアンに勧められて行った

Lookoutからの眺め。とにかく見事であった。

カミサンはこの写真を年賀状にプリントした。

         2007decnz_275last_2   

                                        ※ クリックで拡大 

 

    

2008年2月 5日 (火)

ニュージーランドの旅(27:オークランド)

クイーンズタウンを3時10分に発った飛行機は5時45分オークランドに着いた。

オークランドは小雨のためか、クイーンズタウンに比べ肌寒かった。

タクシーに比べ割安の乗合いのシャトルバスで最後の宿Newmarket Cottageへ。

Newmarket Cottageはカミサンが見つけた宿でYokoさんという日本人女性が

やっているB&B。

YokoさんとMikeに出迎えられる。

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家の裏は広く、中を小川が流れていた。

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お茶をいただきながら、夫婦の会話が英語なのでそれに合わせ、4人でしばらく

おしゃべりをした。

Yokoさんは看護士としてオークランドに来ていたときMikeと知り合ったそうだ。

B&BはYokoさんの仕事で、お客は日本人が中心とのこと。

Mikeは日本の大手の光学会社に長い間勤めている敏腕の営業マン。

夕食は近くに美味しくて安いベトナムレストランがあるということで、Mikeが車で

連れて行ってくれた。

たしかに美味しかった。こういう食事を食べるとホットする。

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翌朝はYokoさんのつくってくれた

日本食をいただいた。                2007decnz_506

久しぶりに飲んだ味噌汁は

最高だった。

食事のあと、出勤前のMikeが

飛行場まで送ってくれた。

道すがらMikeがいろんな話を

してくれた。

会社のこと、仕事のこと、趣味のこと、これからやりたいこと・・・

ゴルフが大変上手く、ハンディは7でNZのアマの中上位5%に入るだろうとのこと。

釣りも趣味で、釣った大きな鱒の剥製が家に飾ってあった。

サラリーマンを辞めたら日本人相手に不動産業をやりたいと言っていた。

『それはいいんじゃないの、Yokoが力になってくれるし。日本では、ベビーブーマー

時代に産まれた人たちがここ数年で一斉に退職し、お金に不自由しない人たちが

少なくない。そういう人たちはきっとNZに魅力を感じるんじゃないの。仕事を始める

ことを決めたら教えて』と話した。

Mikeにお礼を言って別れ、空港で娘宅にワインをお土産に買った。

飛行機は9時15分に出発。成田には夕方4時半に着いた。

15日間の楽しかった旅は終わった。

最後は、ニュージーランドの旅(28:おわりに)。

2008年2月 3日 (日)

生涯学習センター講座初めての受講

金曜日の夜、7時から9時まで開催された横須賀市生涯学習センター主催の講座に

初めて参加した。

平素はほとんど見ることのない市報をたまたま見て知った講座であった。

講座名は、メリーランド州立大学開放講座「アメリカの暮らし」。

応募の往復はがきを出したら受講決定通知が送られてきた。

2週間おきに開催される全5回講座。

講師はメリーランド州立大学アジア部教授のジャック・コンウエイさん。

講座案内には『講義はすべて英語。受講者は英検準1級程度の語学力のある人。

定員は抽選50名。受講料は無料』と書いてあった。

金曜日の第1回目は”Living in America in the 1940s”

2回目は1950年代、10年おきに最後は1980年代。

講師のコンウエイさんは1941年生まれとのことで66歳。

参加者はざっと数えて定員いっぱいの50名。男女比はいくぶん男性が多いか

という感じ。

早口で、難しい内容・表現が多く、なかなか理解できなかった。

英検準1級は10数年前に受け落ちた経験があるが、準1級よりずっと難しいと

思った。

ボクにとっては聴き慣れたオーストラリア英語(NZ含む)の方がアメリカ英語より

ずっと理解しやすい。

15分の休憩をはさみ2時間、とても集中力が続かなかった。

集中できたのは最初の30分くらい。

集中できているときは半分くらい理解できたが、徐々にダメになってきて、後半は

ただ聞いているという感じだった。

1941年のパールハーバー襲撃からはじまり、戦時下のアメリカの一般家庭の

様子が話の中心だった。

石炭はじめ燃料・物資が戦争に向けられたこと、耐乏生活を余儀なくされたこと、

日本はじめ敵国には憎しみを持てと教え込まれたこと等々、日本と比べ物資的には

ずっと恵まれていたとはいえ、基本的には日本の戦時下の意識・生活ぶりとそんな

に違いはなかったようである。

定年後はほとんど縁のない集中持続したため、2時間の講義が終わったときには

ぐったり疲れた。

せっかく応募したのだから、あと4回休まないで参加しなければと思っている。

2008年2月 2日 (土)

成年後見制度セミナー

成年後見制度って、ご存知ですか?

成年後見制度精神上の障害(痴呆、知的障害、精神障害など)により判断能力が

十分でない方が不利益を被らないように家庭裁判所に申立てをして、その方を援助

してくれる人を付けてもらう制度のことである。

介護保険制度と車の両輪として、2000年にスタートした成年後見制度だが、あまり

利用されていないのが実情である。

10年近く前からお付き合いのある(財)シニアルネサンス財団事務局長の河合和

さんから久しぶりにメールをいただいた。

   『成年後見制度に関する事業に邁進して6年目を迎えました。ビデオの制作に

   始まり、47都道府県における研修会の開催、相談会の開催、3年前からは、

   利用を促進するためのマンパワー(市民後見人)の養成へと歩を進めてまいり

   ました。そして、2月2日(土)には、今までの集大成として、シンポジウム

   「成年後見制度 ~さいごまで安心できるシニアライフのために~」を開催する

   こととなりました。つきましては、是非ともご来場いただきますよう、謹んで

   ご案内申し上げます』

河合さんが成年後見制度普及のパイオニアとして活躍されていることは知って

いたものの、ここしばらく交流がなかったため近況については知らなかった。

『河合さんが今までの集大成として開催するシンポジウム』ということであれば、

是非とも参加したいと思い、メールをいただいたあとすぐ参加する旨返信した。

そのシンポジウムが今日午後開催され、カミサンと一緒に参加した。

一言で言って、すばらしいシンポジウムであった。

冒頭、かつて東京地検特捜部検事で16年前に退官された後、さわやか福祉財団

を設立され、以来福祉、市民活動の第一人者としてご活躍の堀田 力さんが基調

講演で成年後見制度の概括的なお話をされた。

そのあと、堀田さんがコーディネーターとなり、二段組でパネルディスカッションが

行なわれた。

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ひとつ目は、成年後見の現場を支えてこられている方々を中心としたパネル、

ふたつ目は、主に法曹、法務専門家の方々を中心としたパネル。

1時からはじまり終わったのは4時半、終始話に引き込まれ3時間半があっと

いう間に過ぎた。

認知症の高齢者だけでも170万人、知的障害、精神障害の方々を加えると、

その数は500万人近くになるとのこと。

その方々の主には財産管理、加えて心情介護が成年後見人の役目である。

未だ成年後見人の数は12万人。そのうち8割は親族後見人。

パネリストの皆さんの第1番目の主張は、

  特にこれからますます増えていくことが予測される成年後見が必要になってくる

  痴呆高齢者が尊厳ある晩年を過ごすことができるために、何としても後見人の

  数を増やしていく必要がある。そのためには弁護士、司法書士、税理士等の

  専門職後見人だけではなく、どうしても市民後見人が必要になってくる。

  後見人はひとりで活動するにはあまりにも負担が大きいため、NPO法人が

  その職務として推進していくことが強く求められる。  

第2番目の主張は、

  現行の成年後見制度は法的側面からみてまだまだ不備が多い。

  現行法の下では、判断能力に著しく問題のある方の弱みにつけ込んで悪事を

  働く余地が残されている。この問題について法的な手立てが必要である。

参加者の数は主催者の予測を大きく上回ったようで配布されたパンフレットの数が

足らず、またふたつのパネルディスカッションの間に参加者から集めた質問も

あまりに数が多く、時間内にさばききれなかったようである。

河合さんが今までの集大成として開催されたシンポジウムは大成功であった。

ただひとつちょっと残念だったのは高校の仲間で成年後見制度の草分け的存在で

かつ第一人者である、弁護士の中山二基子さんが参加していなかったことである。

中山さんのことは河合さんから何度も聞いたことがあったし、また同期会で本人

からも成年後見についてはたびたび話を聞いたことがある。

最近、成年後見制度がマスメディアで取り上げられる機会も増えてきた。

成年後見制度がもっともっと広く認知されることが必要であること、ならびに市民が

後見活動に参加することが求められていることがよくわかった。

2008年2月 1日 (金)

ニュージランドの旅(26:クイーンズタウン②)

14日目。明日はいよいよNZ最後の日。

朝早く目が覚めたのでシャワーを浴びて、近所を散歩。

ワカティブ湖の朝靄がとってもいい感じだった。

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ここでもルピナスの花がきれいに咲いていた。旅行中は天気だけでなく、花の

時期にも大変恵まれた。

鳥のさえずりが聞こえる気持ちいい朝、家のベランダでパソコンをやってる人が

いた。こういうの最高!

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午後のフライトでオークランドに移動するため、もう一度クイーンズタウンの街を

ゆっくり歩くことにした。

食事のあとテニスの試合に行くダイアンの車に乗せてもらい街の中心まで送って

もらう。

70歳のダイアンはこれで3日続けてテニスの試合。元気さにビックリ。

『ガンバって!』と言い、ダイアンと別れる。

9時過ぎだったが、ほとんど誰も歩いていない。

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先ず、開店したばかりのスーパーマーケットへ。

カミサンは娘ほかに買いたがっていたマヌカの化粧品やハニーカムを見つけ、

大喜び。

ブラブラするには荷物が邪魔なので預かってもらいたいと頼む。あまり例がない

のか最初は渋っていたがOKしてくれ、身軽な格好で湖畔へ。

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浜辺を歩いていたら数人の若者が

浜を走って海に飛び込んでいた。          2007decnz_474_2 

そのうちのひとりが腹に刺青を

していた。

『なんと書いてあるか見せて』と

言ったら『なんと書いてあるか教えて』

と尋ねられた。

”永恒的幸福”と書いてあった。

『ずっとシアワセに』という意味だと

言ったら喜んででいた。        2007decnz_481 

土産物屋があり、娘のダンナと孫娘に

ちょっとした土産を買った。

すぐそばにこんな感じの看板の店が

あった。

”成城石井”の石の字に似てると

ふたりで笑った。

このあとまたネットカフェへ。この日初めて日本語入力のできることを発見。

Windowsで日本語が選択できるのだ。便利!これがあれば旅行にパソコン持って

いく必要ない。

バスに乗ってB&Bに戻った。前日と同じ運転手。

我々以外誰も乗っていなく、日本から来たということで話がはずんだ。

『日本人の彼女がいたんだけど失恋した。もう一度会いたい』と話していた。

『バスにはシニア割引はないの?』とからかったら、『ないない、日本人は金持ち

なんだから、ちゃんと払ってよ』

空港まではイアンが車で送ってくれた。   2007decnz_486  

昨夜も迎えに来てもらったし、もちろん

お礼をした。

フライトは3時10分発。

オークランドには5時45分に着いた。

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