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2007年11月

2007年11月24日 (土)

明日から旅行

明日から2週間カミサンとニュージランドへ行ってきます。

ニュージランドは定年したら絶対行きたいとずっと思っていたところ。

プランを立てなかったため延び延びになってしまい、やっと実現することに

なった。

9日のブログ、『アメリカから来た友人との昼食』で書いたように友人の

小林くんが奥さんのキャサリンとハニームーンで行ったルートを参考に

旅程を決めた。

結局全部の予約をネットでやり、恥ずかしながら、実はやっと出発前日の

今日の昼前に旅程ができあがった。

海外旅行をネットで予約するのは初めてだったので大変だった。

いろいろ調べ予約するのに、ネットだけで通算10時間以上かかった。

定年退職者でないととても出来ないこと (笑)

いまどき当たり前のこととはいえ、宿・レンタカー・列車・フェリー全部が

ネットで予約できることに大感激。

利用したサイトはニュージランド政府観光局

このサイトがなかったら今回の手づくり旅行はとても組めなかった。

ニュージーランドは日本より4時間早いため、夜予約しておくと朝起きたら

OKかNGがわかるという毎日が1週間以上続いた。

カミサンから早く早くとせかされていたのにずっと空返事していて、もっと早く

準備すべきであったと反省している。

ただ、今回の準備作業を通していろんなことを勉強した。

また、たまたまネット検索中に知り合ったウエリントンの旅行会社の日本人

の方からいただいたアドバイス、それに浜松町にあるニュージランド政府

光局に行って教えてもらったこと、いずれも大変参考になった。

たくさんのすばらしい出会いができればと思い宿はすべて日本で言う民宿、

B&B(Bed&Breakfast)にした。値段もホテルに比べ安い。

ざっと計算してレンタカーで走る距離は1600~1700キロ。

泊まる宿はちょうど10ヶ所。

定年前から念願だった自然の宝庫いっぱいのニューランドの旅、大いに

楽しんできたいと思っている。

旅を存分に楽しむため、今回はパソコンを持たないで行くことにした。

2週間もメールのチェックをしないことなんて、この20年以上ないと思う。

そのため、ブログは2週間休ませてもらいます。

帰ってきたらゆっくり報告します。

2007年11月23日 (金)

ミシュランガイド(その2)

一昨日のブログ、『ミシュランガイド』で書いたAさんにブログで紹介したことを

メールで知らせたら、早速返事が届いた。

彼女は現在パリに住んでいる。

通っているパリのル・コルドンブルーの料理初級クラスが先週終わり、無事

修了書をもらったとのこと。来年は中級クラスを受けるそうだ。

学校のシェフはジョエル・ロブションの下で働いていたシェフもいてシェフたちは

非常にプロフェッショナルでとてもいい感じとのこと。

フランスでの日々がブログに紹介されている。http://etalors.exblog.jp/

ボクにはとても考えられないフランスでの生活ぶりに感嘆するばかり。

スゴイ!のひとこと。

   ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~

今朝我が家の裏でこの時期恒例のよこすかシーサイドマラソンが行われた。

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毎年見るたびに練習して来年こそは5キロに出たいとカミサンに言ってきたが

練習することなく有言不実行で、毎年カミサンから『もう言わない方がいい』と

言われ続けてきた。どうも実現は心もとない。

2007年11月21日 (水)

ミシュランガイド

昨日の新聞・テレビで『ミシュランガイド』の東京版に掲載するレストランが

決まったと報じていた。

ミシュランガイド』はフランスのタイヤメーカー、ミシュランがレストランを

星の数で格付けするシステムでこれまで欧米21ヶ国で行ってきた格付けを

アジアで初めて東京で行い該当レストランを発表したとのニュース。

最高ランクの三ツ星に日本料理屋5店とフランス料理屋3店が選ばれた。

フランスレストランのうち、『ジョエル・ロブション』の名前を見て、『えー、あの

ジョエル・ロブションだ!』と思った。

ジョエル・ロブションに行ったことがあるからではない。

ジョエル・ロブションの名前は元会社で一緒に仕事をしていた女性のAさん

から聞いてことがあるからだ。

そのことはたしかブログに書いたと思い、バックナンバーを探してみた。

2006年6月1日に書いていた。

Aさんはスゴイ人と交流があるんだなぁとあらためて思った。

以下、6月1日のブログのジョエル・ロブションに関連したところだけを

転載する。

     ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

Aさんは英語・フランス語が堪能で、3年くらい前に会社を辞めて愛知万博で

5ヶ国語のウエッブサイトの開発・維持管理および5ヶ国語のメーリング

リストの運営に携わった。

万博終了後は、世界的に有名なスエーデンの家具メーカで、4月に船橋に

日本の第1号店をオープンしたことで話題となっているIKEA Japanに入った。

Aさんは選ばれた4人とともに、船橋店オープンのため、6週間アメリカで

IKEAビジネスについてみっちり研修を受けてきた。

Aさんから、『相談したいことがあるので会いたい』とのメールがあり、横浜で

食事をした。いろいろ面白い話をしてくれたので紹介する。

先ず、会ってすぐ、『最近すごいエキサイティングなことがあったので、先ず

それから聞いて!』

私は聞いたことがなかった人だが、大変著名なフランス人シェフのジョエル・

ロブションさんと知り合いになり、恵比寿のシャトーにあるロブションさんの

レストランでご馳走になったそうだ。

Aさんの話では、三国シェフ(この人の名前は知っているが)などはロブション

さんの前では緊張してしゃべれなくなるくらい超カリスマシェフとのこと。

ロブションさんは年に2度くらいしか日本には来ないらしいが、Aさんは

フランスにいろいろ関わり合いを持っている関係で、ロブションさんとは

フランス映画祭のプライベートパーティで最初に出会ったそうである。

フランスにいたときテレビの料理番組でロブションさんをよく観ていたので、

すぐわかって話しかけたそうだ。それが縁でロブションさんが来日した先日

恵比寿に招待されたとのこと。

ロブションさんは正式な料理をつくるときは、18種類の料理を用意する

そうである。

恵比寿でも食前酒からはじまり18種類の料理をいただき大感激だったと

大変興奮しながら話してくれた。

2007年11月20日 (火)

臨時株主総会

芝公園のプリンス パークタワー東京で開催された三越の臨時株主総会に

出席した。

カミサンが母親より相続した株のため、カミサンが株主である。

ボクは出席を拒否されるかもしれないと思ったが、他に所用があったため

無駄足にはならないと思いカミサンと一緒に行った。結果的には出席は

認められた。

ザ・プリンスパークタワー東京には初めて行った。東京タワーのすぐそば。

失脚した西武のオーナー、堤義明が大変な思い入れで手がけた最後の

プリンスホテルだったが、完成したときは既に失脚していたはず。

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三越は来年4月に伊勢丹と合併し、

三越伊勢丹ホールディングスになる  071120mitsui_002 

ことが既に内定している。株主に諮り

正式なものにするという、いわば

儀式的な臨時総会であった。

10時から2時間弱。合併に至る経緯、

合併により期待できる効果、

合併後の戦略、株式移転比率等が

石塚社長より説明された。

ボクももちろんだが、参加者の最大の関心事は合併比率。伊勢丹株1に

対し三越株は0.34。

この株式移転比率を中心に3分の2以上の時間は質疑応答に費やされた。

大老舗の三越がこのような合併比率を受けざるを得なかったことに対する

株主の怒りは相当なものだった。

経営姿勢、株価の低迷、社長の説明した今後の見通しへの不信感・・・

強烈な口調の質問もあり、石塚社長は苦しい弁明に終始した。

『1:0.34は現状の株価(伊勢丹1500円:三越500円)をもとに決まった

ものである』と社長は説明。

ボクも質問した。『0.34になってしまうということは、合併後、三越伊勢丹

ホールディングスの株価が1500円になってはじめて原状回復。合併により

シナジー効果が期待できるのであれば株価にも反映するはず。合併1年後の

三越伊勢丹ホールディングスの株価はどれくらいを目標に考えているのか』

社長から納得できる返事はなかった。

横浜、新宿、地方都市のあちこちで三越の店舗が閉鎖されていることに

ついても何人かの人が鋭く指摘した。

出席者から『今日同じ時間に何故伊勢丹の臨時株主総会を開催するのか。

自分は両方の株を持っている。株主軽視ではないか』という厳しい指摘も

あった。たしかに日を変えて行えば両方に参加した人から、より厳しい意見が

出るため同一日時開催にしたのであろう。合併会社の臨時株主総会の通例

なのかもしれない。三越を押し付けられたということで、伊勢丹の総会の方が

より紛糾したのではなかろうかとカミサンと意見が一致した。

石塚社長が約束したことを何としても果たし、三越には是非ともこの屈辱的な

合併比率の無念を晴らしてもらいたい。

2007年11月18日 (日)

マンション年次総会

マンションの年次総会に出席するため、金曜日の夜から2泊で熱海に

行ってきた。

総会は本日1時から1階のフロントフロアで行われた。

出席者は25名くらい。全戸は80戸くらいだから約3分の1の出席。

毎年の総会の手順通り、今年度の事業報告及び管理費等収支報告、

来年度の事業計画及び管理費等収支予算案の説明が行われ、特に

問題なく承認された。

2年前に大規模修繕を行ったため、修繕・保守についても大きな問題は

なかった。

自由討議では管理人の仕事の範囲について、地デジ対応、保守・修繕の

あり方などについて活発な意見交換が行われた。

熱海地区は地デジ対応計画が依然としてはっきりせず、理事会で熱海

テレビを呼んで質疑応答を行ったようであるが、未だ釈然としない。

出席者の中にこの分野に詳しい方がいることがわかり、その人にリード

役になってもらい、マンション全体ならびに各戸が取るべき対応を明確に

することが決まった。

最後の議案は来年度の管理組合の役員選任。

次年度の役員選びには毎年理事会が苦労する。

常住者が半分以下であること、居住者の高齢化、維持・管理に関心の

低い非常住者が見受けられることなどから、次年度の役員選びには毎年

役員が腐心する。

ボクは大規模修繕の計画つくりから完成の時期、3年間役員をやった。

おかげで一連のプロセスに関わることができたことで色々新しいことを

経験し、またマンション内に知り合いが増えた。

今年も理事長のMさんは来年度の役員の人選に大変頭を悩ませ、数度

電話をいただき、『もう一度やって欲しい』と懇願された。

加えて、居住者のひとりで現理事の旅館の若女将のSさんからも半年

くらい前に、『わたしももう1年やるので一緒にやって』と頼まれていた。

ということで、本日の総会で、他の5人の役員の皆さんともども新年度の

理事をやることが決まった。

2007年11月16日 (金)

映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』

カミサンと『ALWAYS 続・三丁目の夕日』を観に行った。

カミサンが一緒に映画を観に行こうというのは珍しい。

ポイントがたまっていて、夫婦タダで入れた。

一昨日は水曜日で映画はレディスデイ、女性は千円。

きっと混むと思い初めて前売り券を買っておいた。案の定、9割くらいの入り

原作は、シリーズ総発行部数1400万を記録する西岸良平のコミック

『三丁目の夕日』

1作目を観たのはほぼ2年前。

1作目は、建設中の東京タワーが少しずつ空へ伸びていく昭和33年。

2作目は昭和34年、既に東京タワーは完成している。

東京オリンピックの開催が決定し日本が高度成長期に入った時期である。

昭和34年と言えば、ボクは中学3年生。

2作目でも、夕日町三丁目で慎ましくも笑顔の絶えない日々を送る人々の

姿が微笑ましく描かれていて、随所で『そう、そう、そうだった』と、うなずき

ながら観た。

舗装されていない生活道と家並み、商店と看板、走る車がまばらな道路、

都電、オート三輪、手回し脱水洗濯機、荷台の大きな自転車・・・

続だから、当然話は1作目の続き。

1作目に出てきた人たちがそのまま登場。

作家の茶川、淳之介、ヒロミ、鈴木オートの家族・・・

2作目も、かつて日本に確かにあった時代を振り返り、優しい人たちの

心に触れ、素直に感動できる人情作品だった。

役者がより役にはまっている感じがして、2作目の方がよかった。

泣かせる場面も2作目の方が多かった。

あの終わり方だと、続々ができてもおかしくない。続々・・、期待。

感性に訴え、共感を覚えるということでは、やはり日本映画だ。

2007年11月15日 (木)

住居建て替えプラン(その2)

3月15日のブログで住居建て替えプランのことを書いた。

我が家はテラスハウスと呼ばれる連棟式の戸建て住宅。住んでほぼ30年。

テラスハウスの全戸数は89戸で、7つのブロックに分かれている。

我が家のブロックは13戸構成。

20メートルくらいの道をはさんだ先は海で、眺めはいいものの潮風をもろに

受けるため、当然塩害がある。

居住者がかかえる共通の悩みは、家屋の老朽化、価値の下落、居住者の

高年齢化、それに連棟式故の悩みである、ブロック全戸で一斉建替えする

合意取り付けの難しさ。

『何とかしなきゃねぇ』と、みんなで言いながら久しい。

横須賀で30年以上中堅の建築業をやっている会社のオーナー社長である

隣のSさんとふたりで何度も議論した。

ふたりで議論しまとめたアイディアは、

  ※ 更地にし、現行の建築協定を変更しマンションに建替える。

  ※ 13分割した各戸の所有する土地と、マンションの最上階の1室を

    等価交換することを条件に建設を請け負うデベロッパーを探す。

        最上階以外の部屋はデベロッパーが一般向けに販売する。

   ※ 充分な耐震対策を施し、住民の発意とデザインによるハイクラスの

    建物・部屋に仕立て、自信を持って次の世代に引き継げるものを

    つくりあげる。

  ※ 進めるにあたって89戸全戸の合意を取り付ける。

Sさんが某大手デベロッパーに話を持って行ったら、即乗ってきた。

その後、ブロック内で6回意見交換のミーティングを行ったが、結局上記の

案でまとめることはできなかった。

難色を示した人の意見の多くは、今現在問題を感じていない、そういう中で

いきなりマンションにするということには賛同できないということだった。

結果、これではとても全体89戸に話を広げていくことはできそうにないという

感触をSさんもボクも持った。

ただ、そのような中で代案が出てきて、多くの人たちがその代案に賛意を

示した。

代案のポイントは、

  ※ 89戸のほとんどが先々に対する不安を持っているはずだから、地区

    全体の管理組合に窮状を話し、管理組合に入ってもらいテラスハウス

    地区再開発勉強会を立ち上げる。

  ※ 勉強会のメンバーの中から有志を募り、委員会を組織し、建築協定

    改廃に向けた作業に入る。

  ※ 各ブロックの再開発はブロック毎の自由な計画にするか、総合開発に

    するかを検討する。

先日、当地区500戸弱の管理組合の会長・理事長・副理事長に集まって

もらい、3人の発起人で代案の説明を行った。

役員の皆さんは、テラスハウスの窮状、再開発勉強会の開催、建築協定の

改廃の必要性に対し思いのほか理解を示し、管理組合として支援することを

約束してくれた。

ただ、この先進めて行くとしたら難問山積である。

相当な覚悟が必要であるが、何とか前に進め、最終的には当初考えた

等価交換方式によるマンション建設に結びつけていければと思っている。

2007年11月13日 (火)

ケリーとグレイシー

昨日の午後、玄関のベルが鳴ったので出てみたら1歳になったばかりの

グレイシーを抱いた隣のケリー。

ケリーのことは何度かブログに書いた。米軍横須賀基地(ベース)に勤める

25歳の女性。4月から隣に住んでいる。

ケリーは『このゴミいつ出せばいい?』と言いながら、紙をいっぱいつめた

大きなビニールの袋を持っていた。『アメリカのお母さんがたくさん色々な

ものを送ってくれて、これは箱の中に入っていたつめものの紙。これと同じ

袋があと2個ある』とのこと。

カミサンを呼んで、ふたりで、さてこれは燃せるゴミの日に出せばよいか

資源ゴミかと話す。ビニール袋に入れたまま、たぶん燃せるゴミでいいだろう

ということで、ケリーに、『燃せるゴミに出して、もしダメだったら持って帰って

預かって資源ゴミに出すよ』と話した。ケリーは即、『燃せるゴミだと明日だ』

よくわかってる!

今朝確認したらゴミの袋はなくなっていた。やはり燃せるゴミでよかったんだ。

横須賀のゴミは6分別。燃せるゴミ、容器・包装プラスティック、缶・ビン・

ペットボトル、新聞雑誌・衣類の資源ごみ、不燃ゴミ、それに粗大ゴミ。

もちろん出す曜日はすべて違う。中には隔週のものもある。

この地区にはベースに勤めるアメリカ人が多いので町内会が英語版の

ゴミ分別案内を用意している。

ただこんなに複雑なので、来たころケリーは完全にお手上げだった。

ゴミがグチャグチャのまま裏に積み上げられていた。たまってどうしようも

なくなったらベースに持って行っていた。

それが大変な変わりようだ。今では分別をほとんど理解しルールを守って

いるようだ。『もうひとつわからないものがある』と言ってスキンケア用の

スプレー缶を持ってきた。『缶と一部がプラスティックなので、いつ出せば

いいか?』。これも悩むところ。預かって不燃ゴミに出すことにした。

これだけ意識が高くなってきたケリーはスゴイ。アメリカの家ではどんな

ゴミもすべて一緒に出せたそうだ。

郵便物の話も面白かった。

あるとき市役所に返信するハガキを持ってきて『これを出しておいて欲しい』

と言われたことがある。

『ポストのある場所知らないの?』と聞くと、『知らない。郵便はアメリカに出す

ものばかりで、すべてベースで出していて、国内の郵便物はこれが初めて』

『アメリカの家では、出す郵便物は配達に来た人が持って行ってくれる』

とのこと。

これだとゴミも郵便物も仕組みがわからなくて当たり前だ。

グレイシーは大きくなり、よちよち歩きができるようになった。

10月6日が誕生日で1歳になったとのこと。

4月に日本に来てから半年以上経ったんだ。

抱っこしたくて手を差し伸べたら抱いてという仕草をし、何の抵抗もなく

腕の中に飛び込んできた。かわいい!

ベースで保育園に預けているので人見知りしないのだろう。

アメリカのお母さんから届いた荷物の中に小さな四輪車が入っていたそうで

玄関先に置いてあった。

グレイシーにはちょっと早いが、ジイジ・バアバの思いは万国共通だ。

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2007年11月12日 (月)

またまた大物

月曜日と木曜日は他の予定と重ならない限り、午前中テニスに行くことに

している。

今朝も行く準備をして2階のダイニングから海を見たら、釣り人の竿が

ものすごくしなっているのが見え、明らかに何か大きな魚がかかっている。

すぐ飛び出して海辺に。

釣り人は大奮闘中。もう5分以上この状態だと言っていた。

5人くらいの人が集まってきた。

釣れた魚は徐々に岸に近づいてきて、全体が見えてきた。

いやー、これはデカイ!

竿が折れないだろうかと思うほどしなり、魚は引っ張り逃げ回る。

やっと魚が岸のそばまで近づいてきたがとても

この大きさだと上げられそうにない。Suzuki_3

見ていたひとりが岸についている鉄製の階段を降り、

魚の口の中に指を突っ込み引っ張り上げた。

釣ったひとが、『フッコだ!』と言ったら、

引っ張り上げた人が『これだけ大きかったら

フッコじゃなくスズキだ』

スズキは出世魚で名前が変わる。

準備がいい人がいるものだ。引っ張り上げた人が

巻尺を持っていて計ったら70センチちょっと。

よくぞ上がったものだ。

みんなが、『魚拓、魚拓!』

釣り上げるまで興奮しながら見ていたため、結局上がったところの

さえないケータイの写真しか撮れていない。

上がるまでの奮闘中の写真をデジカメで撮ればよかった。

この間はイナダ(こちらも出世魚でブリの子)、今日はスズキ、裏の海は

このところ大豊漁。

釣りをまたちょっとやってみたくなった。

2007年11月11日 (日)

防衛大学開校記念祭

毎年この時期、防衛大学(正式には防衛大学校)で開校記念祭が行われる。

開校記念祭は一般の大学で行われる071111bodai_003

大学祭と同じ。

防衛大学は我が家から車で10分、 

海の見える高台にある。  

開校記念祭は以前はよく行ったが、

このところ長い間行ってなく、久しぶり。

正門、校舎ほか全面的に建て替えられ

大学全体が一新された感じ。

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開校記念祭のハイライトは棒倒し。

広いグラウンドで4組(さすが防大、4大隊)が闘い雌雄を決する。

一大隊100人くらいの学生が、棒を守る陣営と攻める陣営に分かれる。

棒のてっぺんにひとりが登り、他の学生が棒の周りを守る。

ひと勝負は1分半から2分。

対戦前のアナウンスによれば、学生たちはこの短い勝負のため半年間

くらいかけて訓練し準備するとのこと。

左は青を攻める赤、右は青の攻勢でたまらず倒された赤の棒。

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棒倒しが終わったあと、「親孝行フェア」という展示をやっていて興味を引く

タイトルだったので見に行った。

紹介文にはこう書いてあった。

『故郷を遠く離れて生活する防大生がふだんは照れくさくて言葉にできない

親や旧友への感謝の思いを綴りました』

全寮制でなかなか郷里に帰れないのかもしれない。たしかに父や母と

おぼしき人と話しながら歩いていた制服姿の学生をあちこちで見た。

日本人でない学生、それに女子学生の書いたものもあった。

今や防大は女子にはもちろんのこと外国人にも門戸が開かれているのだ。

読んでジーンとくる感謝の思いが少なくなかった。

 ※ 拡大するためにはクリック

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2007年11月10日 (土)

『アクティブシニア推進計画』記者発表会

小林くんとの会食が終わったあと、マイクロソフト(MS)の『アクティブ

シニア推進計画』記者発表会の会場に移った。

ニューオータニは何度も来ているが広くて目的の場所に行くのが大変。

ホテル全体がひとつの街のような感じがする。

アクティブシニア推進計画については10月16日のブログ『マイクロソフト

との意見交換』でMSの秋本取締役にお会いし話を聞いたことを書いた。

記者発表会についてはシニアITアドバイザの山根さんからご連絡を

いただいた。山根さんはアクティブシニア推進計画を進めるにあたり

MSが任命したアドバイザリボードのメンバーのひとりである。

会場には多くのメディア関係者が集まっていた。

発表内容は日経プレスリリースに早速取り上げられている。

古くから知り合いのシニアネット関係の皆さんに久しぶりにお会いでき

大変うれしかった。

中でも中村克己さんにお会いでき感激。  071109new_otani_003_5 

ハンドルネームの変蝠林(へんぷくりん)

広く知られた方。

変蝠林さんに初めてお会いしたのは

8年くらい前。

写真の左は娘さんの小池達子さん。

ハンドルネームはあんみつ姫。

あんみつ姫さんはシニアの全国ネットメロウ倶楽部の会長。

『メロウ倶楽部』の サイトアクセス数はスゴイ! 累計で111万件を

超えている。 

変蝠林さんに思わず、『いやー、お会いできてうれしいです。お若い!』

と言ったら、あんみつ姫さんが『90歳になりました』 信じられない!

あんみつ姫さんが『この間韓国でシニアネットの交流会があってみんなで

行ってきました。父のパスポートが期限切れになっていて申請をしました。

10年パスポートにしたいということで10年のパスポートをもらったんですよ』

思わず、『変蝠林みたいに歳とりたい!』071109new_otani_004

久しぶりにお会いしたが、皆さんホントに   

お元気でお若く、いいお顔をされている。

真ん中の大林さんは山根さんともども

アドバイザリボードメンバーに選ばれた。

大林さんは、10数年前からいちえ会

というシニアにパソコンを指導する会を

主宰されている。『いちえ会』の卒業生はすごい数である。

右端の鈴木さんは元IBMの広報でならした方。鈴木さんにも一時期大変

お世話になった。071109new_otani_005

記者発表会では、冒頭米国MSの   

CEOスティーブ バルマーの挨拶、

日本MSの社長ダレン ヒューストンの

挨拶があり、日本MSの眞柄専務から

今回発表の『アクティブシニア推進計画』

の説明があった。

そのあと、山根さん、大林さんと同じくアドバイザリボードメンバーに選ばれた

ジャパネットたかたの社長の高田明さん、かつて関西のお笑い芸人だった

若井ぼんさんの挨拶があった。

発表会終了後写真撮影があり、そのときカミサンはスティーブ バルマーと

握手したといってえらい感激していた。

終わった後はシニアネットの皆さんとマイクロソフトの関係者が入った懇親会。

右の写真の真ん中は若井ぼんさん、右は先日お会いしたアクティブシニア

推進計画責任者のMSの秋本執行役員。

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多くの古くからの知り合いの皆さんと旧交が温められた一日であった。

2007年11月 9日 (金)

アメリカから来た友人との昼食

7月3日のブログ、『小林ファミリー来訪』でアメリカに住む小林一家が

我が家を訪ねてきてくれたことを書いた。

1週間くらい前小林くんから、『出張で東京に行くのでもし時間があれば

会いたい』とのメールが届いた。

小林くんはボクよりちょうど10歳若く、昔会社でボクの下にいた。

彼は会社を休職し、自費でミシガン大学にMBA留学した。卒業したあと

アメリカの現地法人に出向。その後会社を辞め、現在は日米の企業間の

技術提携に関連したコンサルタントをやっている。

アメリカ人の奥さんキャサリンと結婚。サンディエゴに居をかまえ、3人の

女の子の良き父親として、公私ともども充実した生活を送っている。

これまでの米国での活動実績が認められ2年前にアメリカの市民権を取った。

今日午後、カミサンと一緒に小林くんが泊まっているホテルニューオータニに

出かけて行った

ニューオータニの中でゆっくりお昼を食べ、いろいろ話した。

先ず、今回の日本出張の目的であるふたつの案件について話を聞いた。

ひとつはバイオ関連で日本の企業から米国の企業へ、もうひとつは

細菌関連で、こちらは逆にアメリカ企業から日本企業へ技術・ノウハウ・

製品の提供、販売権の委譲を行っていく仲介役をコンサルタントとして

小林くんが担当している。

細菌関連のビジネスは仕掛けてから4年かかったとのこと。

どちらの案件も日本側の企業は誰もが知っている大手企業である。

よくぞこんな難しいことをしかも英語でと言ったら、『家族を食わせていく

ためには必死に勉強しますよ』と話していた。

今回小林くんには相談したいことがあった。

実は今月25日から2週間カミサンとニュージランドに旅行する予定である。

ニュージランドは定年したら絶対行きたいとずっと思っていたところである。

小林くんが奥さんのキャサリンと15年以上前にハニームーンで3週間

行ったことがあると聞いていて、彼らが行ったルートを参考に旅程を決め

つつある。

メールでいろいろ情報をもらっていたが、ちょうどいいタイミングで会うことが

できたので、推奨ポイント、推奨宿などを中心にいろいろ教えてもらった。

それに来年春サンディエゴに是非来たらとの招待を今回も受けた。

ニュージランドに行けば貯まるマイレージをプラスすれば、航空運賃は

夫婦タダで行けそうなのでお邪魔することを決めた。

行けばサンディエゴ近辺だけでなくメキシコまで案内してくれるそうだ。

ありがたく招待を受けることにした。

3時前に小林くんとの楽しい話を終え、極めてラッキーなことに3時から

同じニューオータニで開催中のマイクロソフトの『アクティブシニア推進

計画』の記者発表会に招待されていたので、そちらに移動し参加した。

『アクティブシニア推進計画』記者発表会の模様は次のブログで紹介する。

2007年11月 7日 (水)

論告求刑通りの判決を切望!

10月5日のブログ、『絶対、許せない!』で書いた幼児3人を死亡させた

福岡市の飲酒運転追突事故の被告に対する論告求刑公判が昨日行われた。

以下は読売新聞九州版記事。

何としても、懲役25年の判決が下されることを切望する。

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    「厳罰は国民的要請」厳しい言葉にうつむく今林被告

「法が許す限りの最高刑をもって臨むほかない」「厳重処罰は国民的要請」

6日、福岡地裁で開かれた福岡市の飲酒運転追突事故の論告求刑公判。

検察側は、飲酒運転を含む悪質な交通事故が後を絶たない現状を挙げ、

幼児3人の命を奪った元同市職員今林大(ふとし)被告(23)に懲役25年を

求刑した。

最愛の我が子を失った悲痛な遺族の心情を代弁する検察官の言葉に、

被告はうつむいたまま、じっと耳を傾けていた。
 
法廷に立った検察官は2時間以上にわたって身ぶり手ぶりを交え、論告を

行った。

被告が事故後、知人に身代わりを依頼し飲酒を隠そうと水を飲んでいる間

「大上哲央さん(34)と妻かおりさん(30)は3人を暗い海の中で必死に探し

回っていた」と述べ、「卑劣の極みとしか言いようがない」と訴えた。

「自分だけが助かろうとした犯人に子どもたちや私たちが被った苦しみや

悲しみ、憎しみに相当する刑罰を」「懲役25年が下されることを確信し、

1年でも短ければ私が犯人を殺します」。

傍聴席に姿を見せなかった大上夫妻に代わって調書を読み上げた。

その上で、遺族のいない傍聴席を見渡し「遺族の悲しみと憎しみに相当する

最大限の厳重処罰が実現されることなくして真の被害者保護はあり得ない」

ときっぱりと言い、裁判官席に視線を送った。

被告席に座った今林被告は筆記用具を手にすることなく視線を落としたまま

だった。

「表面上は謝罪しているが、不自然不合理な弁解を弄(ろう)し事故の実態を

直視しようとすらしていない」。

繰り返される厳しい言葉にも表情を変えることなく、傍聴席に頭を下げて法廷を

後にした。

中核市サミット

我が町横須賀は今年市制100周年の記念の年。

記念事業として、横須賀市もグループの一員である中核市のサミットが

昨日開催され参加した。

配布された資料で初めて知ったが中核市は全国に35市ある。

中核市になる要件は人口30万人以上。神奈川県では人口42万人の

横須賀市と人口70万人の相模原市の2市のみ。

中核市の上位に位置するのは政令指定都市。

政令指定都市は人口50万人以上で全国に17市ある。

元内閣官房副長官の石原信雄さんの基調講演に惹かれ参加した。

ボクは相当の役人嫌いであるが、石原さんには昔から魅力を感じていた。

自治省事務次官を務めたあと、役人の最高位と言われている内閣官房

副長官として、歴代7人の総理補佐をしたことで知られている。

石原さんは、10年前に中核市市長会ができたときから市長会の相談役を

務めているとのこと。

演題は、『国会情勢とこれからの自治行政』 

たった30分の講演だった。石原さんは経歴から逆算すると今年77歳。

せめて1時間は話を聞きたかったがやむ得ないだろう。

最近の混迷する政局からはじまり、地方への権限委譲、地方の財政事情、

税のありようなど今日的なテーマが講演の中心であった。

2007年11月 5日 (月)

久しぶりに娘来訪

娘から『パパが仕事でわたしも時間が空いたのでミサキを連れて2泊で

横須賀に行きたいんだけど』と、一昨日電話があった。

ミサキに会えるぞ! ひとつ返事で、『いいよ、いいよ、どうぞ、どうぞ』

昨日は絶好の秋晴れ。

久しぶりにみんなで我が家の裏の海岸を歩いた。

去年護岸工事が終わり出来上がった1600メートルの遊歩道は散歩には

格好の場所。ただ、どういうわけか我が家はめったに歩かない。

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日曜日なのに人はほとんど歩いていない。

見通しの良い日は、左の写真の中央のマンションあたりに富士山がバッチリ

見えるのだが。

ミサキは気持ち良さそうに走り回っていた。

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ちょこちょこ釣り人がいた。

釣れることはないのだろうと思って071104misaki_007

見ていたら、びっくり!

大きなイナダが上がった。

竿のしなり方がすごかった。

釣った人に聞くと、2時間でアジも

結構釣れたとクーラーボックスを

開いて見せてくれた。

えー、こんなに大きなアジも釣れるのかと、こちらもびっくり。

    Sakana_2       071104misaki_014 

我が家にも竿ほか釣り道具は一式あり、やっていた時期もある。

ただ性格なのか釣りはどうも長続きしない。

釣を見たあと、ミサキがきっと喜ぶ    071104misaki_023_2      

遊具が揃った公園があるので行こうと

カミサンが言い、公園まで歩いた。

住宅街の遊歩道を通り公園へ。

ミサキは長い道が歩けるようになり

ベビーカーを持たずに来ても

大丈夫だった。071104misaki_030

この公園に来るのも久しぶり。               

横浜・横須賀高速道路が我が家から

車で数分のこの場所まで延伸される。

インターチェンジの工事がかなり

進んでいた。

このインターチェンジが出来れば

横浜の娘宅まで30分ちょっとで行けるようになる。

カミサンの予想通りミサキはこの公園の遊具にはまった。

ちょっと前まではとても出来なかったことも出来るようになっていた。

どの遊具も何度も何度も繰り返し遊び、なかなか帰ろうとしなかった。

071104misaki_028  071104misaki_032

2007年11月 3日 (土)

映画『グッド・シェパード』

アメリカ映画、『グッド・シェパード』は封切前から期待していた映画だった。

内容を紹介したキャッチコピーに惹かれた。

『特権階級によって作られたCIAの歴史の裏側を描く』

『CIAと家族。2つのファミリーに引き裂かれる男と女。アメリカ衝撃の素顔を

描く激動の超大作』

ロバート・デ・ニーロ監督作品。原題は”THE GOOD SHEPHERD”

GOOD SHEPHERDは新約聖書のキリストの言葉の引用だそうで、

『私は良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる』という意味

とのこと。

ひとりの諜報員の波乱に満ちた人生を追いながら、CIA(中央情報局)が

巨大な情報機関に成長していく過程を描いている。

CIA諜報員のエドワードはさまざまな過酷な試練に直面していく。

任務のために家族を犠牲にして生きてきたエドワードはCIAの最大の汚点と

言われた1961年キューバ侵攻のピッグス湾事件の失敗の原因を究明する

過程で、国を守るか家族を守るかの選択を迫られる。

インテリジェンス(情報活動)とは何かを知る素材を提供してくれる作品である。

ただ、バックグラウンドについて知識がないためいくぶん難解な部分があった。

メンタリティに共感するという点では日本映画の方が当然ずっとわかりやすい。

2007年11月 1日 (木)

カルチャーに浸った一日

お誘いを受け東京に出かけて行った。

お昼は丸の内の自然食ビュッフェ”野の葡萄”で。

最近この手の店が増えてきた。どの店もお客のほとんどは女性。

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食事のあとは以前から一度行ってみたかった皇居参観へ。

1時間ちょっとのツアーで、平日の10時と1時半の2回やっている。

事前申込みが必要。071029koukyo_008

1時半、個人・団体でかなりの数の

人たちが皇居桔梗門に集まった。        

写真の一番手前はメルボルンから

来た夫婦だった。ダンナがリタイアし

ヒマしてるので日本に来てあちこち

旅行中とのこと。

既に1ヶ月滞在していて明日帰る予定だと話していた。

おしゃべりのおばちゃんだったが、ダンナとはほとんど会話なし。

シニアの夫婦は万国共通なんだと妙なところで納得。

マイクで説明を聞きながら、馴染みのある名前の場所を歩いた。

上左は富士見櫓、右は伏見櫓。下左は蓮池濠、右は宮内庁庁舎。

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下左は一般参賀の行われる長和殿。右は新閣僚の写真撮影で使われる

豊明殿。

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少々疲れたので、ゆったりお茶してぶらぶら歩いて日本橋の三井タワーへ。

三井タワーは三井不動産が2年前に建てた39階のすばらしいビル。

30階より上はマンダリンホテルが入っている。

1階にある三井記念美術館のアトリウムで月1回行われているコンサートを

聴いた。

071029koukyo_022 Concert

チェロとハープのコラボレーション。

ハープの演奏を聴くのは初めて。ゆったりした気分で1時間愉しんだ。

チェロ奏者の新倉瞳さんは松嶋菜々子に似た超美人だった。

ケータイで撮った写真なので顔が見えなくて、スミマセン。

カルチャーの香りに浸れた一日だった。

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