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2007年8月

2007年8月30日 (木)

いただきものふたつ

この時期ぴったりのものをふたつ続けて

いただいた。

Grapes

ケリーが住む隣の家の家主のYさんが

ナシとブドウ狩りに行ったのでということで

おすそ分けを届けてくださった。

何かとケリーの面倒をみていることを

気にされているようである。

畑でつくった野菜も何度もいただいた。

我々は愉しみながらケリーと付き合って

いるのだからとは言ってはいるのだが。

Yさんは不動産鑑定士。

不動産鑑定士は難関の資格でYさんは一念発起、早期退職し資格を取得された

そうだ。

先日話していたら、学部も同じ大学の先輩であることがわかり、一層親しみを

おぼえるようになった。

もうひとつのいただきものはPastelのPastel2

プリン。

こちらも恐縮したいただきもの。

先日我が家のそばの四つ角で

またまた交通事故があった。

この場所の事故は今年2回目、

通算すると6~7回起きている。

今回の事故は停まれの標識を無視して突っ走ってきた年配の女性の運転する

バイクがやはり女性の運転する小型車に突っ込んだ事故。

救急車で搬送はされたものの、バイクの女性のケガは大したことなく、よかった。

車を運転していた女性はとんだ災難。

停まることなく四つ角に突っ込んできたバイクを避けられず、運転していた女性は

事故直後は怖さでパニック状態。

救急車、警察が来たら、ちょっと落ち着いた。

聞いてみると夜勤の仕事に行く途中で、『あと30分しかない。どうしよう、どうしよう』

バイクは車のラジエター部分にぶつかったようで緑色の不凍液がこぼれていた。

周りのみんなが、『暑い中だから車は動かさない方がいい。オーバーヒートする』と

アドバイス。

グループホームで夜勤の介護の仕事だそうで、今からだと交代してもらえる人も

いないということで、気の毒なので仕事場まで車で送ることにした。

送る途中、保険屋への対応、相手のバイクの運転手への対応、我が家の前に

駐車した車のことなどを話していたら、だいぶ落ち着いてきた。

『車は明日朝動かしに行きますから』と心配していたので、『大丈夫、大丈夫、あそこは

駐車禁止場所じゃないから、ゆっくりでいいよ』と言い別れた。

翌日昼前彼女がPastelのプリンを持って我が家に訪ねて来た。

『困ったときはお互いさま。そんな気を遣ってもらうことはなかったのに。事故処理で

困ったことがあったら遠慮しないでまた声をかけて』と言い、恐縮しながらいただいた。

2007年8月29日 (水)

アクセス件数にびっくり!

一日遅れになったが、昨日のブログのアクセス件数が、一日で何と1000件を超し、

1019件!

平素が70件前後なので何と15倍!

70件でも自分ではスゴイ数だと思っているのに、信じられない!

こんな桁外れのアクセスは、ちょうど2年前ブログをスタートして以来もちろんはじめて。

アクセス件数は、ブログの先頭に書かれた数字にマウスを当てていただけば、グラフで

表示される。

遅ればせながら、ブログのプロバイダーのニフティが提供するアクセス解析を調べて

みた。アクセス数が急上昇したのは昨日午後2時で、夜の9時ころまで続いている。

いろいろ調べてみた。

検索されたのは、一昨日書いた皆既月食の記事。

月食当日でなく、前日の書き込みだったことがアクセス数の急上昇に結びついた

ようだ。

月食当日の昨日は、月食について全国のたくさんの人たちが話題として取り上げた

はずである。

細かく調べてみると、

  1.ページ毎のアクセス数では、”明日の皆既月食は。。。”が80%以上。

  2.どこからアクセスされたかを示すリンク元ページサイトでは、

         http://www.nifty.comからが70%以上。

  3.検索サイト(yahoo,google)からのアクセス数は12件で、検索ワードの中に

    皆既月食はゼロ。

ということは、昨日午後2時ころ、ニフティのホームページのどこかに書かれた皆既月食

記事の中で、”定年バンザイ”が紹介されたのでないかと思われる。

昨日のことなので、もうニフティのサイトには履歴が残っていない。

もしお気づきの方がいらっしゃれば、このブログにコメントを書いていただけば大変

うれしい。

また、これをきっかけに今回ニフティから検索していただいた方が”定年バンザイ”の

読者になっていただければ、これまたうれしい。

2007年8月27日 (月)

明日の皆既月食は。。。

新聞・テレビで報道されているので明日の皆既月食のことをご存知の方は多いと思う。

ただ、明日から天気は下り坂、夕方は関東地方は雲りとのことで、どうなるか。

6年ぶりで、しかも夕方から夜にかけてということで絶好の時間帯なんだけど。

月食は、太陽-地球-月が一直線に並んで、月が地球の影に入ることで暗くなり、

欠けたように見える。

日食に比べると月食の迫力はイマイチである。

小学校のとき、昼間あった皆既日食をみんなでススをつけたガラスで校庭で見たのを

今でもはっきり覚えている。

明日の皆既食は、18時52分に始まり、約1時間半続くそうだ。

ピークは19時37分とのこと。

明日もし雲の切れ間から見えたら、となりのケリーに教えてあげよう。

2007年8月26日 (日)

異業種交流会(1)

ブログが縁で、熱海市長選挙をきっかけに交流をはじめた方からお誘いを受け、

異業種交流会に参加したことは、1月21日のブログに書いた。

熱海の齊藤市長もこの会のメンバーである。

会合は毎月開催されているが、参加したのは昨日が2回目。

今回はテーマが大変興味があったこと、それにメンバーの皆さんにお会いしたく

久しぶりに参加した。

会合があった場所は前回と同じ南青山。

この会は何と20年以上続いている。

2時から5時まで、講演、質疑と意見交換があった。

今回も参加者は30歳台後半~40歳台と思われる人たちが中心。

ざっと数えて50人弱。男女比は半々くらい。

それぞれの分野の第一線で活躍している人たちの集まりで、今回も定年退職者は

きっとボクひとりであったことだろう。

昨日の講演テーマは

  ”COOL JAPAN”は、日本の国力になる!

    ~クリエイティビティをビックビジネスにせよ~

講演者はデジタルハリウッド大学 学長 杉山知之氏。

デジタルハリウッド大学のウリは、『最新デジタル技術の習得と徹底した英語教育で

世界に通じる人材を育成』 

企業としてのデジタルハリウッド(通称デジハリ)は13年前に設立されたが、大学は

05年4月開学でまだ2年少々。

6年くらい前、同じ職場にいた女性がウエッブ・デザイナーになりたいと言って、

当時はまだ専門学校だったデジハリの夜間コースに通っていたのを覚えている。

デジタルハリウッド大学のサイトには、こう書いてある。

『日本が誇るコンテンツは、”COOL JAPAN”(日本はカッコイイ)と世界で大人気を

博しています。しかし、これらのコンテンツを世界に広げていくには、ビジネス契約や

翻訳のための英語力も必要です。新しい日本のコンテンツを創る、そしてデジタル化

して世界に発信する。デジタルハリウッド大学は、そのすべての技術と知識、そして

デジタルビジネスを学ぶ、デジタルコンテンツに特化した4年制大学』

今回の講演の案内メールには、こう書いてあった。

  世界の多くの国で、車、IT・AV機器、アニメ、寿司、ラーメンなど日本発の製品や

  コンテンツが、「クール/かっこいい」と感じる子供、若者が増加。その結果

  拡がった「クール/かっこいい物を産み出す国・日本はという認識」が「クール・

  ジャパン」です。

  70年代の日本の若者にとって「ロックの本場」が「ロンドン」だったように、2000

  年代のイギリスの若者にとって「アニメの本場」は「Tokyo」であり「Akihabara」です。

  日本政府も「クール・ジャパン」というソフトパワーを国益に活かすべくさまざまな

  活動を行っています。

  「クール・ジャパン」は、コンテンツ産業だけでなく、製造業やサービス業にとっても

  「日本ブランド」の強化という意味では機会であり、同時に、欧米の模倣を越えて

  本当に「日本独自の価値」を提供できるかどうかという挑戦でもあります。

  10年以上にわたって、クリエーターを育成していらっしゃた「デジタルハリウッド

  (デジハリ)」の杉山知之学校長に、「クール・ジャパン」の現状、背景、日本の

  コンテンツの他国にない独自の特徴、ビジネスとしての側面等々についてお話を

  伺います。

長くなるので、続きは異業種交流会(2)で。

異業種交流会(2)

杉山知之さんは、クール・ジャパンという言葉が生まれる前の1994年にベンチャー

として起業され、産学協同の学校ベンチャーという形で、デジタルコンテンツ

クリエーターを育成してこられた。

すでに4万人近い卒業生を送り出してきた『デジハリ』は文字通り、『クール ・

ジャパン』を人材面から支えてきた企業である。

講演、『”COOL JAPAN”は、日本の国力になる!』での杉山さんの視点は、

1) 工業製品とセットだから「クール・ジャパン」が普遍価値化できた。

  アニメや寿司などのコンテンツや文化の魅力だけでなく、AV機器や自動車の

  ような工業製品と並行したため、「ジャパン」が現代性をもち、普遍価値として

  浸透できた。

2) デジタルによるコンテンツ産業、産業全体の統合は大きな機会。

  デジタル化により、コンテンツ産業があらゆる産業を横串にして、デジタル

  コミュニケーションが基盤となる社会を創る。

3) コンテンツ産業にみられるクリエイティビティが21世紀の日本の牽引力。

  権利や課金の制度、資金と人材の育成など、民間の力だけでなく、国の

  「コンテンツ産業政策」が重要。

     【参考】
 杉山知之氏 プロフィール

            デジタルハリウッド大学 学長・デジタルハリウッド 学校長

            工学博士。

            1954年東京都生まれ。87年よりMITメディア・ラボ客員研究員

            として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員。

            94年10月 デジタルハリウッド設立。

            代表著書 「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)

                「クリエイター.スピリットとは何か?」(ちくまプリマー新書)

とにかく面白い話だった。

コンテンツ産業の規模は現在13.7兆円で、そのうちデジタルコンテンツ市場はまだ

2.9兆円でGDPの2% (米国6%、英国4%)。

官民が協調していけば、第2の産業になる可能性を持った分野。

杉山さんの話の締めは『そのような中、デジタルハリウッド大学および大学院は

ネット業界とコンテンツ業界をまたがって複合的なサービスやコンテンツを生み

出せる人材を育成していく』 Sugiyamasan_3

1時間の講演が終わったあと、活発な質疑が

2時間行われた。             

終了後、現在杉山さんと一緒にあるプロジェクトを

やっている知り合いの女性に杉山さんを紹介して

もらった。

久しぶりに現役の人たちの中で、心地よい刺激を

受けた。

2007年8月25日 (土)

どんど晴れ

定年後毎朝の楽しみになっているNHK朝の連続テレビ小説のことは、ブログで

何度か書いた。『どんど晴れ』はいま放映されているテレビ小説。

3年前定年退職した3ヵ月後、JICA(国際協力機構)の仕事で2ヶ月間カンボジャに

出張した。そのとき初めて連続テレビ小説をみた。

以来、『わかば』、『ファイト』、『風のハルカ』、『純情きらり』、『芋たこなんきん』、

それに、『どんど晴れ』とずっとみてきた。

8時15分から15分間だから、現役時代はまったくテレビには無縁の時間帯。

今は7時のNHKニュースからはじまり、連続テレビ小説まで、これが毎朝の日課に

なっている。

4月に始まった『どんど晴れ』は、間もなく終り。

民話のふるさと岩手の老舗旅館が舞台。

『どんどはれ』は、めでたしめでたしの意味で、民話の最後に使われる言葉とのこと。

ヒロイン夏見を演じた比嘉愛未さんは役回りにぴったりで、女将修業の中、持ち前の

明るさと負けん気で困難を乗り越え、人との出会いを通し成長し、最後は若女将に

なって、『どんどはれ』というストーリー。

人気のある番組で、ビデオリサーチ調査では、中~後半の視聴率は20%前後を

ずっと維持していたよう。

『どんど晴れ』でも最後に中心人物のひとりが亡くなった。

『純情きらり』、『芋たこなんきん』もそうだった。

今回は『どんどはれ』なので、ちょっと蛇足のような気がした。

9月から始まる、『どんど晴れ』の次の番組は、福井を舞台にした『ちりとてちん』

次も面白い話であることを期待する。

2007年8月23日 (木)

うん、たしかにあの1球は。。。

昨日の夏の高校野球決勝戦、佐賀北VS広陵戦は最初から最後まで観た。

応援していた佐賀北の8回の劇的な逆転満塁ホームランには、信じられない思いで

感動を覚えた。

昨年の早実VS駒大苫小牧戦同様、球史に残るゲームになることだろう。

ただ、広陵4点リードの8回裏1死満塁、カウント1-3から、野村投手の投げた1球に

対しては、観た瞬間思わず、『入ってる!』と声を上げた。

外角低めに決まったこん身の一球だった。

しかし球審の判定はボール。押し出し四球で1点を与え、続く3番副島の逆転満塁弾に

つながった。

全試合観ていて、あの球審のストライク・ボールの判定には疑問を感じたことが何度も

あった。とにかく判定が安定していなく、明らかにバラつきがあった。

こういう球審に決勝戦の球審はやらせるべきじゃないと、ボクも観ながら感じた。

さっき見たネット配信ニュースもあの一球のことを伝えている。

http://sports.nifty.com/cs/headline/details/bb-ns-p-bb-tp5-070823-0002/1.htm

高校野球では判定に対し抗議することはもちろん許されない。

ただ、劇的な顛末につながった一球であったため、これまた球史に語り継がれる一球に

なることは間違いない。

NPO月例会(1)

町田地区を中心に活動しているシニアITアドバイザ(SITA:サイタ)のグループ

NPO法人アクティブSITAの定例会が一昨日夕方開催され参加した。

定例会は毎月行われているが横須賀から町田は遠いため、毎月の参加は難しい。

今回は勉強会のテーマが面白そうだったこともあり参加した。

冒頭、新規に入会した2名の会員紹介があった。ふたりとも50歳代ということで

『若い方々に入会していただきよかった』との紹介。50歳台で若いとは笑っちゃうが。

2人の加入で会員は32名となった。

そのあと30分で1ヶ月間の活動報告。それに毎年秋恒例の1泊旅行の案内。

今年は10月8日~9日に箱根最高峰の神山登山。

最後は1時間半かけて勉強会。

テーマは、”FONとBWA”。タイトルを見ただけでは何の話かわからなかった。

FONはスペインのITベンチャーがはじめた公衆無線LANシステムのこと。

1980円でFONルータを買ってFONコミュニティに加入すればタダで世界中のFON

ユーザと無線LAN交信ができるというものFONマップも既に作られている。

さしずめSkype電話のデータ通信版か。

我が家は2年くらい前に、カミサンとパソコンを別々に使えるよう2台のパソコンを

無線LANで接続した。2階のデスクトップをカミサンが使い、1階でノートをボクが使い

それぞれが勝手に使えるようにした。

それに加えて、無線LAN内蔵のノートを外に持ち出し使えればいいなあと思っていた。

今年初めプロバイダーのニフティから”公衆無線LAN 無料おためしキャンペーン”の

案内メールが届き、ぜひ試してみたいと思い、ノートパソコンを持ってソフトバンク

テレコムの提供するBBモバイルポイントのある近くのマクドナルドに使いに行った。

このことは2月25日のブログ、『マックでネット』に書いた。

パソコンに公衆無線LAN用の設定が必要だったようで、ボクの技術力ではダメで結局

マックでは使えなかった。

その時BBモバイルポイントはマックだけでなく全国のJRの主要駅にアクセスポイントが

あることを知った。ただ、使用料は1分8円で安くはない。

FONはまさにBBモバイルポイントのような公衆無線LAN対抗で、しかもタダで使える上に

多くの人たちが集まる場所ではなく、アクセスポイントを個人が主に住宅街に設置する

点がユニークである。

質疑の時間に、『フリースポットは既に全国に相当数のアクセスポイントがあり、タダで

使える』との話があった。

フリースポットのサイトを見てみると、旅館・ホテル、カフェ・レストラン、公共施設・・・

さまざまな場所で公衆無線LANが使えることがわかった。

長くなるのであとは『NPO月例会(2)』で。

NPO月例会(2)

勉強会のテーマ”FONとBWA”のもうひとつのBWAについて、以下聞いた話を紹介。

BWAはブロードバンド・ワイヤレス・アクセスのこと。

FON同様BWAも、家の中と同じように外に出ても、高速のインターネット接続ができる

システムの構築を目指している。ただFONと違い、BWAは世界中の通信事業者が

本格的に取り組み、しのぎを削りながら開発しているサービスである。

BWAの本命はWiMAXと呼ばれるシステム。

無線LANの通信可能範囲がアクセスポイントから数10メートル程度であるのに対し、

WiMAXでは10キロまで広がる。

ケータイ用のMobile WiMAXのサービスが始まれば、ケータイを使って安い定額制で

高速インターネットアクセスが可能となる。数年先には実用化されるとのこと。

BWA用に設けられる新しい帯域を巡り通信事業者間の争奪戦がホットになっている

こと等、エキサイティングな面白い話がいろいろ聞けた。

退職してからはこのような話を聞く機会はないので、大変新鮮であった。

勉強会が終わったあとは場所をかえて懇親会。

懇親会でも興味のある話がいろいろ出た。

先ず、マイクロソフトがVistaを広めるためにやっている特例措置と思われる

パートナープログラム Action Pack イニシアチブ制度が話題になった。

パートナー(主に小規模事業者か)と契約を結び、極めて廉価でVistaを提供する

プログラムである。

そのほか興味を引いた話題はトランプゲームのコントラクトブリッジ

コントラクトブリッジはオーストラリアに駐在していた時オーストラリア人から何度も

話を聞いたことがあった。夫婦でやっていた人たちも多かった。

定年したら夫婦で始めたいことのひとつにしておこうと思いながら手をつけていない。

話してくださったKさんはアクティブSITAでは最高齢の75歳。奥さんが72歳で

ふたりで3年くらい前に始めたとのこと。

週に数回やっていて1回行けば10ゲームくらいを2時間かけてやるそうだ。

記憶力と推理力の勝負とのことで、2時間思い切り集中するそうだ。

頭のトレーニングには最高とのこと。

話を聞いていてやってみようかなぁと思いはじめた。

8時にはじまった懇親会が終わったのは10時半。

みんな他の人たちは家まで比較的近い。

横須賀までは1時間半かかった。家に着いたら12時過ぎていた。

面白いこと、興味のある話がいっぱい聞けた楽しい夜だった。

2007年8月21日 (火)

隣のケリーからHelp!の電話

4月14日のブログ、『新しい隣の住人』で隣に新しく横須賀基地に勤めるアメリカ人の

若い女性のケリーと赤ちゃんのグレイシーが住むことになったことを書いた。

一昨日の夕方ケリーから我が家に、『すぐ来てー!』と電話がかかってきた。

ひとり住まいの女性なのでカミサンと一緒に隣に行ったら、玄関のところにいたケリーが

『2階に上がって!』

2階に上がるとグレイシーの寝ている部屋を指差して、ハエたたきを渡し『カベを見て!』

見るとゴキブリが1匹。カミサンが叩き落す。

落ちたゴキブリを見て、ケリーは『キャアー』と言って逃げ出した。

『ティシューペーパーはない?』と聞き、渡してくれたティシュペーパーにゴキブリを

包むとやっとケリーは落ち着き、すぐグレイシーを抱き上げた。

実はしばらく前にゴキブリではなくクモ騒動があった。

このときは、我が家でなく反対隣のSさんに助けを求め、退治してもらった。

Sさんから、『ケリーに、日本にはこんな大きさじゃなく50センチ以上のクモがいるから

気をつけた方がいいよと、冗談を言ったらケリーはビックリしていた』と聞いていた。

ケリーはクモに続きゴキブリでもさんざんな目に遭ったことになる。

昨日昼、庭にケリーがいるので、『今日は仕事休みなの?』と聞いたら、『そう今日は

私の誕生日だから休んだの』

『もうゴキブリは出てこない?』と聞いたら、『大丈夫』

帰ってカミサンに『今日はケリーの誕生日らしい』と話したら、『何か誕生日祝いして

あげよう。ジョーがいないのだから』

ダンナのジョーは2ヶ月くらい前から米軍の艦船に乗り演習に出ている。

9月には帰ってくるとのこと。

ジョーがいない中でのクモとゴキブリ騒動だったので、ケリーにはかわいそうだった。

『誕生日祝いは何かちょっとしたものでいい』ということで、10ヶ月になったグレイシーも

飲めるアップルジュースと桃にハッピーバースデイカードをつけて、カミサンが持って

行った。カミサンはネットで探しプリントしたクモの写真と説明文を、『基地にいる日本人

訳してもらって』と言って渡してきた。

ケリーは25歳になったそうである。

子育てしながら日本に住み、米軍施設とは言え日本で働き、若いケリーは間違いなく

いい経験をしている。

ハッピーバースデイカードには、『またゴキブリや巨大クモが出るかもしれないので

困ったときはいつでも連絡して!』と書いておいた。

2007年8月20日 (月)

週が明けて

先週1週間で約1500円、9%近く下げた日経平均株価は、週が明けた今日は

458円高で引けた。

米国が公定歩合を引き下げたことで、先週金曜日の米国株価が大幅反発したことを

受けての今日の国内株価の反発であり、当然の展開と言える。

ただ、常に慎重な動きをする国内投資家がこの程度のことで持続的な反発基調に

転換するような行動を取るとはとても思えない。

野村證券のセミナーで聞いたことがある。

『日本の投資家は常に悪い材料を探している』 極めて言いえて妙である。

しばらくは低調な株価基調が続くことは間違いない。

17日金曜日の終値は1万5200円。7月につけた最高値は1万8200円。

この3千円の下げ幅を取り戻せるとしても、取り戻すには、最低でも数ヶ月はかかる

のではなかろうか。

今日は1ドル=114円に戻したとは言え、17日に一時1ドル=111円台にまで

上昇した円相場が、株価上昇の足かせの1つになったことは間違いない。

7月には1ドルは120円を超えていたので、円・ドル為替もこの1ヶ月で10円以上

振れたことになる。

トヨタは1円円高ドル安になれば、年間営業利益が350億円減るとのことだ。

当たり前のことながら、米国に端を発した今回の株価騒動は一瞬のうちに世界中に

拡散した。

また、米国の低所得者向け住宅ローンショックをきっかっけにした信用不安は構造的

問題として世界中に連鎖した。住宅ローンの債権を証券化した金融商品を金融機関

とりわけファンドが世界中で扱っていて、金の巡り方は複雑に入り組んでいる。

振り返って自分のことを考えてみると、今回もまた株の基本は『利益確保』であるとの

教訓を得た。

『利益目標を定め、その目標に達したらとにかく売って利益を確保する。その金で先々

(今回のように)安くなったところでまた買う』

言うは易し。この単純なことができない。

『上がれば、もっと上がると思い売らない。上がった株が下がってくれば、今度こそ

上がったら必ず売ろうと思うが、再び上がってもまた売らない』

これを何度繰り返してきたことか。

この単純なことさえちゃんと出来れば、株は必ず勝てると確信するのだが。。。

2007年8月18日 (土)

夏祭りでライブ

横浜・天王町に娘夫婦行きつけの『とがし』という和食処がある。

我々夫婦も一緒に何度も行ったことがあり、マスターとママとは顔なじみ。

娘のダンナは『とがし』には呑み仲間がたくさんいて、その中何人かと『無精髭』

という名のバンドを組んでいる。ダンナはギターとボーカル。

自分で作詞作曲した曲を自分たちの結婚式の2次会で演奏したり、去年我々と

一緒に行った沖縄で知り合いのライブハウスで飛び入り演奏し好評を博したことも

あった。先月も新橋でライブをやったそうだ。

夕方、天王町商店街でお祭りがあり、『無精髭』が路上ライブに参加するということで

カミサンと一緒に見に行った。

500メートル以上ある商店街を歩行者    Tennocho_005 

天国にして、5組くらいのグループが

各所でライブ演奏していた。

歌っているのは『とがし』のマスター。

ダンナはギター演奏。

今夜は20~30年前の青春テーマ

ソングが中心であった。

数十曲演奏した。楽器にまったく縁がないボクには、とっても羨ましく思えた。

『とがし』では生ビールとおつまみを店の前で売っていて大変好評。

Tennocho_009 Tennocho_010 

娘は『とがし』の多くのお客さんと顔なじみで、ミサキは『ミーチャン、ミーチャン』と

呼ばれ、人気者。

『とがし』から100メートルくらいのところに

パソコン教室キュリオステーション      Tennocho_015 

天王町店があるのを発見!

以前から天王町にあるとは聞いていたが

『とがし』のこんな近くにあったとは。

場所的にはとてもいい。

立ち寄って店長に挨拶した。

6時にはじまったお祭りは8時半に終了。

終わったあと、ダンナとバンド仲間は『とがし』で打ち上げ。

『泊まっていったら』と娘に誘われたが、カミサンが『帰りたい』ということで、

横須賀に帰ってきた。

2007年8月16日 (木)

この夏初めて海へ

我が家の裏は海で、車で15分の範囲内に海水浴場が4つある。

そのひとつで、バイクで行けば5分の場所に、広くはないが人が少なくきれいな

浜がある。

一昨年までは毎夏10回近くこの浜に泳ぎに       Hasirimizu_003 

行っていたが、去年は数度しか行かなかった。

今日、今年初めて行った。

夕方だったせいもあり浜には誰もいなかった。

最近雨が降っていないためか海の水は

とてもきれいだった。

右側に小さな山があり、その下は岩場になって

いる。

シュノーケルで潜ったら、この岩場の近くでいろんな魚を見ることができる。

一番よく見かけるのはべラ、ときどきフグ。それに砂地ではキス、コチ、カニ。

あとは小魚の群れ、たぶんタナゴだろう。今日は珍しく小さなエイを一匹見た。

写真の真ん中あたりに見えるのは千葉の君津の工業地帯。

10年以上前はこの浜の近くにアサリがとれる場所があり、シュノーケルで

2メートルくらい潜って毎回大きなアサリをたくさんとった。

息子と一緒に何度かタコを突きに行ったこともあったが、こちらはダメだった。

歳を重ねたせいか、今はもうやる気にならない。

今朝は暑い中テニスに行って疲れ、午後昼寝。

夕方1時間近く泳ぎ、健康的に過ごした一日だった。

まだまだ酷暑は続く。

暑さ凌ぎにぜひまた行こう。

2007年8月15日 (水)

クリストファ来訪

8月3日のブログで、30年来のオーストラリア人の友人のアニタが息子のクリストファを

連れて、熱海に訪ねてきてくれたことを書いた。

中学1年生のクリストファが夏休みで時間を持て余しているようだと聞き、横須賀に

遊びに来て、横浜・八景島のシーパラダイスへ行こうと誘った。

昨日クリストファがひとりで訪ねてきた。

カミサンと一緒に、11時に金沢八景駅で待ち合わせし、シーパラダイスへ。

夏休みでしかもお盆、予想通り大変な混雑。

それにしてもクリストファの日本語力はスゴイ。

微妙な話をするとき、『こういう言い方わかる?』と何度も聞いたが『はい、わかります』

とにかく好奇心が旺盛。特に日本の場所・土地の名前を驚くくらいよく知っている。

駐車場から会場までは結構あった。

暑い中歩いてそれだけでぐったり。   Chris_soto

並んで切符を買って、先ずはひと休み。

クリストファはシーパラダイスのことは

知っていて、『ここは白いイルカが有名。

乗り物は興味ないです』

ということで、先ずはアクアミュージアムの

水族館へ。

水族館の中は子供連れでいっぱい。               

大きな立派な水族館。アシカ、イルカ、セイウチ、白熊、たくさんの魚が泳ぐ大きな

水槽、熱帯魚・・・ 特にペンギンがかわいかった。

ただ、人いきれのため途中で、もういいという気分になった。

フードコートで簡単な食事をし、お目当ての

海の動物たちのショーを見るためChris_punfu

アクアスタジアムへ。仕方ないことだが、        

こちらも入場するには待ち行列。

3時からのショーに入れた。

ざっと見て1000人以上の人。

1日に何度もショーをやる動物たちは

ちょっとかわいそう。

我々はいい加減にしか読まなかったパンフレットをクリストファはじっくり読んで色々

教えてくれた。

Iruka1 Jump 

クリストファが楽しみにしていた2頭のシロイルカもショーに参加。

ショーを見たあとドルフィンファンタジー(写真右)に行ったが、こちらも人がいっぱいで

がっかり。

  Siroiruka2         Chris_tate 

7月末にオープンしたもうひとつの施設があったが、3人とも疲れたため行くのを

諦めた。

車で我が家まで帰り休んだ。

泊まっていったらと誘ったが、明日用事があるということで、駅ビルで食事し

クリストファを電車に乗せて一日が終った。

夜アニタからメールと電話があり、クリストファは大変楽しんだようだとのこと。

近くにこんなすばらしい施設があることをあらためて知った。

きっとミサキは喜ぶだろう、一度連れて行こうとカミサンと話した。

2007年8月13日 (月)

我が家のお盆

今日からお盆。

お盆休み初日の今日既に車のUターンがはじまり、明日がピークとのこと。

信じられない!

帰省したお盆休みくらい出来るだけゆっくり休めばいいと思うのだが、現役の人たちが

いかに厳しいスケジュールで働いているかの証左だろう。

もちろん戻るとき渋滞にはまりたくないという気持ちが早いUターンを促すのだろうが。

帰省時もパソコンを持ち帰り、実家で仕事という人もきっと珍しくないのだろう。

我が家のお盆は、今年はお坊さんに相談したいことがあったため、7月に来てもらい

お経をあげていただいた。

その前、6月には郷里の倉敷で息子の十三回忌法要を行った。

そんなことで、今年は8月のお盆は何も予定がない。

そのような中、息子のかつての上司で当時支店長だったHさんから今朝お電話を

いただき、4時に我が家に来てくださった。

息子がいなくなって12年、しかもたった2ヶ月足らずお世話になっただけなのに

いまだに命日やお盆に寄ってくださる。

今日も暑い中電車に乗って来てくださった。ありがたいことである。

1時間近く、お互いの近況と家族の状況、それに息子のことを話した。

また、今夜は息子の高校の仲間からメールが届き『今年も3年13組の中年(?)

男女6人で、もしご都合がよければ9月16日にお邪魔させていただきます』との

うれしい連絡があった。

みんな今年35歳、中年まじかだ。

去年は名古屋に嫁いだ女性がわざわざ来てくれて、大感激した。

今年も我が家での”同期会”はきっと大いに盛り上がることだろう。

夜、迎え火を焚いた。

迎え火を焚きながら今年も夜空の星を見上げた。

2007年8月12日 (日)

またまた娘に頼まれ

娘から電話があり、孫娘のミサキとお友だちのリュウセイくんの面倒をみてくれないかと

頼まれた。

娘はミサキがプレ幼稚園に行ってる時間に合わせてママ友何人かと一緒に料理

教室に通っている。今は幼稚園が休みのため、母親たちは子供を幼稚園に預けて

教室に行くことができない。

だけど教室に行きたいので、一緒に料理教室に通っているお友だちの子供さんの

リュウセイくんも一緒に面倒をみてもらえないかということで、金曜日の朝

横浜駅で待ち合わせし、カミサンと一緒にふたりを預かった。

ミサキの方がリュウセイくんより3ヶ月上。リュウセイくんは人なつっこく、とても可愛い。

10時前の待ち合わせのため、子供たちを遊ばせるのに一番楽なデパートの開店前で

しばらく駅前をブラブラ。ふたりはマンホールの蓋に興味を持って、蓋を探しながら

走り回っていた。

開店と同時に高島屋のおもちゃ売り場へ直行。

行くと正面にふたりの大好きな大きなアンパンマンがいた。

スピーカーマイクがついていて、アンパンマンに触ったら、『こんにちは、ぼく

アンパンマン』と声が出る。ふたりはそれに答えて、『こんにちは、わたしミサキ』

『こんにちは、ぼくリュウセイ』と何度も遊んでいた。

そばにあった電車もアンパンマン電車。

Nakamura_003 Nakamura_005_2

高島屋のおもちゃ売り場には楽しいものがいっぱいある。

レゴでしばらく遊び、そのあとはプレイグラウンド、それからディズニーコーナーへ。

Nakamura_002 Nakamura_009 

結局ふたりは1時間半くらい遊んでいた。

高島屋さまさまである。Nakamura_010

お昼は以前行ったことがあるジョイナス

地下の『柿安・蓮の食卓』へ。              

柿安はお昼は人気のビュッフェ。

12時前だったので待たされることなく

入れた。

大人1600円、3歳以下の子供は200円。

ふたりはしっかり200円どころでなく食べていた。

ボクはまたまたいっぱい食べ、夜は少々後悔しながら娘宅でご馳走になった。

翌土曜日は酷暑。             Nakamura_015 

娘がクーラボックスを出してきて水を入れ    

ミサキににわか仕立てのプールを作った。

ミサキは喜び、出たり入ったりしながら

遊んでいた。

ミサキは新しい遊びを披露してくれた。

洗濯カゴに入ってオフロごっこ、

台の上に乗ってカラオケごっこ。

Nakamura_012_2 Nakamura_024

夕方、ベイスターズVSタイガース戦を観るために横浜スタジアムに出かけた。

一晩泊まったのはそのためだった。

スタジアムに行く前、中華街で食事して行くと言ったら、娘も一緒に行きたいと言い、

これが結果的に大失敗。

遊び疲れたミサキがなかなか起きてこない。やっと起きたミサキを連れて4時ころ

家を出る。相鉄線で横浜まで行き、石川町へ。

中華街に着いてもカミサンと娘はなかなか食べる店を決めない。

やっとオカユの有名な店に入り、食べ終わったらちょうど試合開始の6時。

きっといい席はないだろうなぁと思いながら行ったが、大甘だった。

『本日の席は完売しました。阪神戦はいつも人気があり前売り券を持ってないときは

もっと早くこないと難しいです』と言われ、ガックリ。

仕方ないので、まだ中華街をブラブラしているはずの娘のケータイに電話をかけ、

スタジアムの外にある子供用の遊び場でミサキを遊ばせたらと誘う。

ミサキは喜んで1時間近く遊んだが、目の前でやっている肝心のベイスターズ戦を

観ることができなく、あきらめ切れなかった。

今朝の新聞を見て、残念さがぶり返した。

昨夜は延長12回、堂上の3ランホームランで横浜がサヨナラ勝ちした。

こんな興奮する試合は1年のうちそんなにないのに。。。

2007年8月10日 (金)

ふたつの会合

先日熱海に息子と一緒に訪ねてきてくれたオーストラリア人のアニタと一緒に、

下北沢にあるパソコン教室キュリオステーションの本部に社長の石川さんを訪ねた。

8月3日のブログ『30年来の知り合い来訪(1』で書いたように、アニタは19年前に

日本で興した会社を他社に譲渡し、年末にシドニーに帰国することになっている。

帰国したあとアニタが日本とうまく連携を取りながらやれるビジネスを考えていく上で

海外経験とアイディア豊富な石川社長にぜひ一度会わせたく、昨日石川さんを訪ねた。

1時間近くお互いのやっていることを話し、意見交換した。先々何か東京とシドニーで

連携したビジネスがやれるかもしれないとの感触を参加した4人は持った。

この先はアニタが聞いた話をもとにオーストラリアの状況と可能性を色々調べる

ことになった。

石川さんとの話が終わったあと、アニタは会社に戻り、ボクは渋谷で昔の知り合いに

10年ぶりに会った。

イーエルダーという著名なNPOを創設し、現在理事長の鈴木 政孝さんである。

ボクは97年から3年間、通産省の外郭団体に出向し通産省と一緒に、当時はまだ

珍しいテーマであった、『ITを活用した高齢者の社会参加』を進めた。

鈴木さんはその団体にIBMから出向していたボクの前任者だった。

団体では3ヶ月間鈴木さんと一緒に仕事をした。

昨日お会いしたのはそれ以来であるから、ちょうど10年ぶりだった。

鈴木さんは定年退職後、同じテーマをずっと追い続け、そのためにNPO法人である

イーエルダーを立ち上げた。

イーエルダーは高齢者だけでなく障害者がITを活用し社会参加ができるよう色々な

仕事おこしを行っている事業型NPOである。

その活動はあちこちで注目されていて、鈴木さんはテレビ、新聞でしばしば取り上げ

られ、また、全国あちこちで講演活動をされている。

10年前の話はもちろんのこと、当時の共通の知り合いの話で盛り上がった。

それだけでなく、ボクがシニアITアドバイザ(SITA:サイタ)認定制度を富士通で

立ち上げたことから、鈴木さんと一緒に仕事をした以降ボクが知り合った人たちと

鈴木さんも交流があることがわかり、こちらも大いに盛り上がった。

鈴木さんが今一番力を入れているテーマは、

『NPOが変える、広げる。情報バリアフリーの世界』

情報弱者である高齢者・障害者が容易にアクセスできるホームページを

総務省・企業・NPOコンソーシアムが一体となって実現していこうとしている

プロジェクトである。

鈴木さんは今年67歳。

夢を形にしていこうとする熱い想い、馬力、エネルギー、行動力、説得力… 

スゴイ人であることをあらためて感じた。

事務所で2時間、食事をしながら2時間、鈴木さんの熱い想いを聞きながら、

もうひとり参加した富士通の若い人を交え、3人で熱っぽく語り合いながら、

楽しい時間を過ごした。

2007年8月 8日 (水)

一度行ってみたかった

午後所用があって横浜の上大岡に出かけた。

熱海に行ってたこともあり、電車に乗るのは20日ぶりくらい。

上大岡は我が家からだと京浜急行線で20分少々。

めったに降りない駅でせっかくの機会なので、用事が終わったあと、パソコン教室

キュリオステーション大岡教室に寄ることにした。

ネットに掲載された地図がいくぶんわかりにくく、この道のはずだと思いながら行くが

見当たらない。

もう一度戻り今度見つからなかったら帰った方がいいかなと思いながら、暑い中では

あったが再度探した。

よかった、見つかった!

どうしても行きたかったのは、上大岡教室の店長のNくんは元横須賀教室の生徒で

上大岡で頑張っていると聞いていたので、以前から一度訪ねたかった。

Nくんは横須賀教室でパソコンを勉強し、マイクロソフトの資格を取り、正社員として

雇われ、今年初めから上大岡店を任されている。

横須賀店の店長のNくん、講師のIさんがNくんを指導し鍛えた。

上大岡配属後も仕事が終わったあと夜遅く横須賀教室に寄って、Nくん、Iさんの

指導を受けていた。

そのNくん、立派にやっていた。

Kamioooka01 Kamiooka 

行ったときは生徒さんは4人。

質問ほかてきぱきとさばいていた。

集客、広告等も含め、店舗の運営にまつわるすべてをひとりでやらなければ

ならないので大変であるが、ガンバッテ、Nくん!

2007年8月 7日 (火)

娘夫婦来訪

手紙や荷物ほか気になり、日曜日の夜熱海から帰ってきた。

日曜日の昼前、娘夫婦が1日泊まりで熱海に来たのでちょうど入れ違いになった。

2家族が熱海で会うのはいつ以来だろう。Misaki_001

ちょうどお昼どきだったのでカミサンと娘が            

食事を用意し、5人でワイワイ食べた。

食後、孫娘のミサキはスイカを4切れくらい

食べ、完全にメタボ状態。

食事の後ミサキは楽しみにしていたプールへ。

最初は、浮き輪と腕に浮きをつけ重装備で

恐々であったが、そのうち腕の浮きだけで立ち泳ぎのような感じで浮くことが

できるようになった。水をそんなに怖がらなくなったようで、スイミング教室で順序

立てて教えてもらえば、泳ぎを覚えるのではないかという感じがした。

Misaki_004 Misaki_008 

Atami_002 Atami_005 

夕方ぶらぶら散歩し、夜はミサキは甚平を

着せてもらい花火へ。                       Jinbe_2

熱海の花火は7月、8月だけで7回もある。  

海岸で見る頭上に上がる花火は大迫力。

ミサキは初めてラムネを買ってもらっていた。

飲んだあと、ビーダマを宝ものにすると

言ってしっかり握りしめていた。

熱海の花火のフィナーレは毎回、大空中ナイアガラ。

何度見ても見事だ。

いつも思うことだが、花火の写真は難しく、うまく撮れない。

Anita_011 Anita_012 

横須賀へ戻ってきてからは完全に夏模様。

1週間以上家を空けていたので、庭の野菜は日照りでさんざん。

ミニトマトだけは大丈夫でかなりの数がとれたが、キュウリやゴーヤはみじめ。

庭は一日中セミの鳴き声でにぎやか。特にサルスベリの木に集中。

今の時期はアブラゼミ。日がたつにつれ鳴くセミが代わってくる。

そう言えば、子供たちが昔、「今年もチェリー(当時いた愛犬)のカルシウム補給の

時期がきた」とよく言っていた。

チェリーが庭で飛ぶセミに飛びついてパックリ食べていたのを思い出す。

明日からは高校野球もはじまる。

いよいよ夏真盛り。

2007年8月 5日 (日)

最近の熱海の情勢を聞きに

最近の熱海の情勢を聞くため、一昨日久しぶりに福島屋旅館の

オーナーの松尾さんに会いに行った。

ときどきメールはいただくものの松尾さんにお会いするのは4月の

市議選以来。

昨年9月の市長選はじめ、熱海地区の民主党の選挙参謀的な

方である。

先ずは、先日の参議院議員選挙で、民主党のしんば賀津也さんが

大勝したことで盛り上がる。

82万票獲得し、2位の自民党候補に大差をつけ勝利。

82万票って、スゴイ! 人口が相当違う神奈川県ですらトップ当選

した民主党の牧山さんの票が100万ちょっとだったことを考えると、

神奈川県に比べ人口が少なく、選挙地域が広い静岡県でこれだけの

数の信任を得たのは大変なことである。

しんば賀津也さんは2期目で40歳と若い。

最高に良い風が吹き始めた民主党で6年間の任期中、是非とも

いい仕事をしてもらいたい。

熱海の齊藤市長もバックは民主党である。

熱海新聞やブログ等から、熱海は問題が山積し大変であることは

十分承知している。

松尾さんも、『市長は、今が正念場』と言われていた。

齊藤市長は就任から間もなく1年。

ぼつぼつ具体的な実績・成果が求められる時期であろう。

国政の場で民主党が勝ったことはもちろんプラスに作用することで

あろうが、地方政治にはもっと即物的なことが求められる。

それをいかに創り出していくかが、当然キィとなる。

松尾さんが言われていた、前市長もやってなかった市内の各地区に

出かけて行って、町内会(たしか50以上ある)や老人会の皆さんと

会合を持つことは有効なのではないかとボクも思った。

齊藤市長がはじめた地区毎のタウンミーティングや市長とのランチ会

に加えてそのような会合があれば、市民がより市政に近づく一助に

なるのではなかろうか。

松尾さんと話していたら、地元選出の民主党衆議院議員の渡辺 周

さんと市会議員の橋本 一実さんが来られた。

渡辺さんは集会、演説会等で何度もお会いしたことがあったが、

これまでご挨拶したことがなく、いい機会にお会いできた。

本さんは地元民主党ピカイチの市議で、地道な活動が多くの支持者

から評価されている。先々市議を超えて偉くなって欲しい方である。

橋本さんのブログ(8月4日)に『参議院選挙後行われた民主党

静岡県連幹事会で渡辺 周静岡県連会長から参議院選挙に

ついての御礼と今後について話しがあった』と書かれている。

渡辺さんから、『比例代表制度はがまだまだ定着していない

ようである。

今回の選挙で静岡県で政党名でなく候補者個人名を書いた

人の割合は民主党18%、自民党35%であった』とのこと。

熱海でも地方区、比例区の投票方法に混乱があり無効票が

結構多かったと松尾さんも言われていた。

松尾さんと話したその他の話題は4月の市議会選挙後の民主党

議員の活躍ぶり。

初出馬で見事2位当選した金森さんはこれまで通り毎朝商売の

牛乳配達をやりながら、議会で頑張っているとのこと。

齊藤市長が今年度から始めたふたつの重要会議、『行財政改革

会議』と『観光戦略会議』についても松尾さんと話した。

『行財政改革会議』では歳出入の徹底的見直しが行われはじめ

具体的な数字目標が提示され、目指すところがだんだん明確に

なってきたのではないかということでふたりの意見は一致。

『観光戦略会議』については本質的な議論に集中し、『何としても

これとこれはやる』という明解な結果を出して欲しいとのボクの

意見に対し、松尾さんも同意

結局1時間半くらいお邪魔していた。

いいタイミングで松尾さんを訪ね、渡辺さん、それに久しぶりに

橋本さんにもお会いでき、とても良かった。

2007年8月 4日 (土)

30年来の知り合い来訪(2)

アニタと話している間、クリストファはずっと漫画、『三丁目の夕日』を

読んでいた。

3冊全部読んでしまった。『おもしろかった。話はほとんどわかった』

読んでいる途中、クリストファに日本語で話しかけてもすぐ反応した。

大したものだ。

2時前、車でMOA美術館に出かけた。

この夏の催しは『華麗なるアール・ヌーヴォー、アール・デコの

世界』 1900年代初期のヨーロッパのガラス工芸品展。

それと毎年この時期MOA美術館がやっている薪能が18時から

行われる予定であったが夕立が降り急遽中止となった。

カミサンが去年秋にMOAの会員になったため、彼女は1年間

入館料無料。それにプラス4枚の招待券がついていたので、

全員タダで入館できた。

2時過ぎていたため即美術館のレストランへ。

食事しながら、クリストファは通っている三田にあるインター

ナショナルスクールの話をいろいろしてくれた。

学校の指導のやり方で感銘を受けた点が多々あった。

Caring(思いやり)の心を徹底的に教え込むようである。

クリストファの学年は26人の少人数であることもあり、

きめ細かな行き届いた指導がなされていて、それに考えさせ、

創造させ・それを発表させる指導が徹底していると感じた。

科学・社会問題・医療など決められたジャンル毎に自分で

テーマを決め、調べて勉強し結果をパワーポイントで発表させる。

親にも全生徒の発表内容がDVDで配られるとのこと。

同学年の現在の日本の教育がどのように行われているかは

わからないが、指導方法に大変魅力を感じた。

とにかくクリストファの日本語力はスゴイ!

公文の日本語講座に通っているそうで、学校では古典を勉強

していて、蜻蛉日記の作者は藤原道綱母であるとか、枕草子の

話もしていた。

その他、『えー、そんな日本語表現を知ってるの!』というような難しい

日本語表現が会話の中で何度も出てきた。

山手線の駅の名前を順番にすべて言える。これを10年近く前に

聞いたときは信じられない

くらいビックリした。

クリストファ本人もオーストラリアより日本が好きだと言っていた。

『将来は日本とオーストラリア両方で活躍できるような仕事を

したい』と話していた。

先々がとても楽しみな子に成長し、夫婦で大変感激するとともに

うれしくなった。

食事のあと、カミサンがクリストファに是非見せたいと言って、

豊臣秀吉の造った黄金の茶室を             Anita_004

再現した部屋と能楽堂を見た。

そのあと、メインの催しであるアール・

ヌーヴォー、アール・デコのガラス

工芸品を見て回った。

アニタもクリストファも大変興味を持った

ようでアニタは、『全部じっくり見れなかったので、もし時間が

あればもう1回来てもいい』と言っていた。

野外での薪能は残念ながら中止。

Anita_007 Anita_009

マンションに戻ってきて、またおしゃべり。

クリストファの学校がはじめるのが8月20日ころで、毎日ヒマしてるとの

ことで再来週ひとりで横須賀に遊びに来ることになった。

『泊まっていったら』と何度も言ったが、明日仕事があるので帰ると言い

9時ころ近くのファミレスのジョナサンで遅い夕食を食べ、熱海駅まで

送って行った。

きっと三田の家に着いたのは12時過ぎていたことだろう。

2007年8月 3日 (金)

30年来の知り合い来訪(1)

昨日オーストラリア人のアニタ・バーンズと息子のクリストファが訪ねてきてくれた。

アニタは1977年にキャンベラの大学を卒業し、富士通オーストラリアに入社。

ボクは同じ年に3年間の駐在を終え日本に帰ってきた。

彼女とはそれ以来の付き合いなのでもう      Anita_002 

30年になる。

クリストファは12歳、今年からインター

ナショナルスクールの中学1年生。

彼らは三田に住んでいる。

アニタは19年前に日本でDecision Japan

という会社を興した。

最初は、当時まだ日本で馴染みの薄かったユニックスを中心としたIT情報を掲載した

ニュースレターの配信事業からはじめた。その後、Decision Japanは構造計算関連他

海外のソフトを日本で販売・サポートすることが事業の中心になった。

オーストラリアとはいろんな違いのある日本で、20年間ビジネスをガンバッテきた

アニタを心から敬服する。

彼女はクリストファのこれからを考え、年末にシドニーに戻ることを決めた。

そのため、現在の事業をそのまま継続・発展させることを条件に、彼女は5月1日

付けでDecision Japanの事業を他社に譲渡することを決めた。

アニタには数年前に会ったが、クリストファに会ったのは10年ぶり。

10年くらい前、やはり熱海に訪ねてきてくれてそのときの写真が残っている。

今や、12歳とはとても思えない成長ぶり。

ふたりが前日泊まった旅館に迎えに行き、11時に我が家に来た。

予想通り、クリストファの日本語はすばらしい。

このことは、『30年来の知り合い来訪(2)』で書く。

カミサンも一緒に、アニタといろんな話をした。

日本語で話せるから楽でいい。

Decision Japanの事業、シドニーに戻ってからのこと、クリストファのこれから・・・

富士通オーストラリアの共通の仲間の話では、いつものことながら盛り上がった。

彼らのその後の消息、その家族、当時の仲間のガールフレンド・ボーイフレンド・・・

20~30年前の話だから、やはり彼らの今の様子を知りたい。

当然リタイアした人たちも多いはずだ。

アニタはシドニーに帰ったらコンタクトしてみたいと言っていた。

同窓会ができたら最高である。そのときは是非とも参加したい。

お昼も食べないで話していたら2時前になったので、もともと行こうと言っていた

MOA美術館に出かけた。

このあとは、『30年来の知り合い来訪(2)』で。

2007年8月 2日 (木)

『代議士秘書』

今回持ってきた本のうち、小泉前首相の政策担当秘書官 飯島勲が書いた

『代議士秘書』(講談社文庫)を読んだ。

タイミング的には小泉さんが首相になって間もなくの時期、01年に書かれた本で、

発刊直後に買って読んだ。

最近の政治のドタバタ劇を見るにつけ、もう一度読んでみようと思い今回持ってきた。

実は飯島さんには10年少々前に一度会ったことがある。

小中高の仲間のN君が、かつて飯島さんと同じ福田赳夫の秘書仲間で、所用があり

N君に同行してもらい議員会館の小泉事務所を訪ねたことがある。

ずいぶん前の話だが、そのときのことを鮮明に覚えている。

部屋の様子、それに入口に小泉さんのお姉さんが座り、奥の小泉さんの執務室の

前に飯島さんが陣取っていたこと、飯島さんの風貌、話しっぷり・・・

そんなことがあり、この本は発刊を知った直後に買った。

政治・選挙の裏話、議員センセイ、議員秘書の実態、永田町の素顔、大臣への道・・

副題”永田町、笑っちゃうけどホントの話”通り、おもしろおかしく書かれている。

飯島さんは1972年小泉さんの初当選とともに、その秘書となった。元自民党

秘書会副会長で、永年秘書衆議院議長表彰を受けた。

本の紹介文には、『代議士の出世は秘書次第。選挙では獅子奮迅の活躍、

わが先生が当選すれば陳情を巧みにさばく。予算の分捕り、就職あっせん・・・ 

永田町には政・官・民の底なしの欲望が渦を巻く。自民党の顔、小泉純一郎と

ともに30年、辣腕を謳われる男が明かす、面白うてやがて哀しきニッポン政治』

昨日安倍首相がやっと農水相の赤城を更迭した。一斉に遅きに失したとの意見。

『代議士秘書』の中に以下の記述があった。

『永田町では”健康診断”と呼ばれる仕組みがあって、首相の指示で組閣リストに

挙がった政治家の身辺調査が密かにすみやかに行われた。ただこの慣習はなぜか

宮沢内閣のころからなくなったような感じである』

以前テレビ番組で小泉さんはこの”健康診断”を徹底的に行っていたと報じていた。

安倍首相は明らかに”健康診断”への取り組みが甘く、また問題発生時の対応に

厳しさがないため、閣僚の許されない不祥事が連続し起きたことは間違いない。

赤城問題については、更迭したから、また政治資金規正法案を再度改正するから

ということで決して幕引きすることがないよう、赤城を刑事訴追し、次の衆議院選挙で

県民が決着をつけることを切に願う。

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