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2007年7月

2007年7月31日 (火)

マンションの知り合い

時々しか来ていないとは言うものの、住んで10年以上になる熱海のマンションには

知り合いが結構多い。

マンションの管理組合の役員を3年間やったおかげで知り合った人も少なくない。

同じ時期に管理組合の理事長をやったKさん。

87戸のうち半分以上が非常住者であるため全体の意見をまとめていくのが難しい中

大規模修繕の実施にこぎつけたKさんの力量はなかなかのものだった。

Kさんは東京で経営している会社が忙しいのであろう、めったに来てないようで、

ここ半年以上会っていない。

72歳のHさんもスゴイ。今も著名な車のメーカの関係会社に勤めていて、海外で

新たに工場を作る際、陣頭指揮を取っている。

ベトナム・中国・ブラジル・インド等で工場を立ち上げた話を何度も聞いたことがある。

そのほか、ひとりで住んでいた80歳近い女性のWさんは今年の初め体調を崩され

屋を売却し、東京の息子さんのところに移って行った。

仲間の女性たちと一緒に一度マージャンをやろうと言いながら結局実現しなかった。

熱海で生まれ育った女性のNさんには4月の市会議員選挙で応援していた候補者の

PRで大変お世話になった。

若い家族ももちろんいる。最初会ったころは赤ちゃんでいつも温泉の風呂で泣いて

いたYさんところの男の子は小学校2年生になり、下の子も幼稚園。

一昨日、同じ横須賀に住んでいて時々来ているTさんに風呂で会った。

お互いに時間があるので、久しぶりに碁をやろうということになった。

Tさんとはこれまで3度やったことがある。

これまでの3度は2目置いてやり善戦したので、今回は対でいいのではと言われ

2局打ってもらった。

結果は1勝1敗。

2時間集中し、平素使ってない脳の一部を使ったような感じで大いに愉しめた。

2007年7月29日 (日)

選挙結果の大勢判明

参議院選挙の大勢が判明した。

予想通り、民主党が大躍進、野党が参議院の議席の過半数をかなり超えそうである。

特に勝敗のキィとなる29の1人区のうち、当確が出た選挙区20の勝敗は自民の

3勝17敗。(21時30分現在)

小沢民主党に勝たせることがベストとは思わないが、二大政党が拮抗しないと世の中

変わらないし、ますます政治に刺激と活力がなくなったくるため、結果は是とすべき

ではなかろうか。

今回の惨敗で自民党が真摯に反省し、出直しを決意することが、世の中が良くなって

いく道筋である。

ボクは熱海に来る前、横須賀で期日前投票をし、どうしてもこの人にと思う意中の人に

一票を投じてきた。

地方区も比例代表も女性である。

男じゃ世の中変わらないという確信に近いものがある。

今回の惨敗を受け安倍首相にやって欲しいことは、あのどうしようもない、とんでもない

農水大臣の赤城の頸を即刻切ることである。

これほど酷い、程度の低い大臣はこれまでいなかったのでは

就任以来、仕事はほとんどやってないのではなかろうか。

松岡ももちろん酷かったがいなくなったので仕方ない。

たとえ安倍首相が引責辞任するとしても、せめてもの置き土産にとにかく赤城の頸を

切って欲しい。そうすれば国民はいくぶんかは納得する。

今回の結果で政局は大きく混迷し、しばらくは経済、特に株価は低迷することだろう

アメリカに端を発した世界一斉株安現象に一層拍車をかけることになるであろうが、

世の中が変わっていく上で、所詮は一過性の出来事である。

あとは、国民の信を問う衆議院の解散をいつ行うかがキィとなる。

その結果ではじめて日本の政治が変わるかどうかが本当の意味で決まる。

2007年7月28日 (土)

今月2度目の熱海

一昨日木曜日の夜、車で熱海に来た。

7月初めにアメリカから小林ファミリーが訪ねてきたとき以来だから、今月は珍しく

2度目となる。

今夜はこの夏2回目の花火で、夏休みでもあり、来ている人が多いようである。

今回は8月2日にお客さんが来る以外とりたてて予定がないため、ゆっくりしようと思い

いろいろ本を持ってきた。

その多くはカミサンが初めて行ったブックオフで買ってきたもの。

宮部みゆきの『R.P.G』、西村京太郎の『熱海・湯河原殺人事件』、それにボク用に

買ってきてくれた、『頻出英単語・熟語3500』、いずれも105円。

これ以外にも単行本を何冊か買ってきていたが持ってきていない。

ボクが自分で持ってきたのは、小泉前首相の政策担当秘書官 飯島 勲の

『代議士秘書』

それにニコリの『数独』と、西岸良平の漫画、『三丁目の夕日』3冊。

こうしてあらためて挙げてみると教養本なんて1冊もなく、恥かしいくらいお気楽な

本ばかり。

英単語・熟語3500は1日に5ページ、数独はミドルクラスを1日1問挑戦している。

数独についてはご存知の方も多いと思うが、また別の機会で紹介したい。

本以外に、カミサンはブックオフでプレーステーション2用の『ぷよぷよ』というゲーム

ソフトを買ってきていて、それも持ってきている。

10年以上前一時期、夫婦でゲームソフトにはまり、会社から帰ってきたあと毎晩の

ように夜遅くまでカミサンと対戦していた。

いままた還暦過ぎた夫婦がゲームソフトに興じるとはどうかと思うが。。。

そんなことで、現役の方には申し訳ないが、今回はノーテンキに過ごす熱海に

なりそうだ。

2007年7月27日 (金)

暑さ撃退 ひんやりグッズ

今日も朝から本格的な夏到来を思わせる強い日差し。

関東は今日も真夏日。東京は33℃、今年一番の暑さになるそうだ。

関東の梅雨明け宣言はないものの、明らかに梅雨は明けた雰囲気。

今朝のNHKニュース、おはよう日本、”まちかど情報室”で、『暑さ撃退 ひんやり

グッズ』を3つ紹介していた。

5月に放送したとき問合せが多かったため再放送とのこと。

http://www.nhk.or.jp/machikado/info/details070727.html

値段はひとつめの『氷点下40度の冷却ガスが出るスプレー』、クールビズスプレーは

2千円。一瞬で汗が引くそうだ。

ふたつめの『水を含ませて使う首や頭に巻く鉢巻き状の製品』は940円。

スポーツ、アウトドアにぴったりとのこと。

三つ目の『敷布団の上に敷いて使うジェルパッド』は15,000円。

寝るときクーラが必要ないくらい快適とのこと。

これから少なくとも1ヶ月は続く猛暑、暑さ負けしないよう乗り切っていきたい。

2007年7月26日 (木)

価格.com

以前プリンターの買い替え時に価格.comサイトを利用し、その効用のすばらしさに

ついてブログに書いたことがある。

朝日新聞の日曜版の”ぶらりネット”に価格.comのクチコミ情報が紹介してあった。

価格.comにはたくさんのジャンルの商品が掲載されている。

これから新たに何か買おうと思われている方、一度サイトをのぞいてみては。

価格.comのクチコミ情報を参考に商品を選んだのち、安い店を探すという方法は

悪くないようである。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

価格比較サイト”価格.com”で、最安値ランキングと並ぶ売りものが商品の口コミ情報。

購入前の相談や、買った人の感想などが商品ごとに書き込まれている。

1日約3千件、累積で600万件にのぼる。

最近では一眼レフのデジカメに関する質問や議論がとりわけ活発とか。

年齢の比較的高いファンが中心で、製品の使い方にこだわる人が多いらしい。

1機種の書き込みが1万件を超えることも珍しくない。

『使ってみて初めてわかる長所や短所がある。まず口コミを参考に商品を選んでから

安い店を探してもらえば』と価格.comの広報担当者は話す。

サイト利用者の3人に2人は、口コミ情報に目を通すという。

京都市在住の男性(62歳)は、パソコン関連の分野を中心に、「BRD」の名前で口コミ

欄に寄せられた質問に答えている。この男性の書き込みは5年で2万7千件を超え、

現在1位。コンピュータ関連企業に30年ほど勤め、今は年金生活。見返りがあるわけ

ではないが、『知識と経験を生かし、人の役に立てるのがうれしい』と話す。

このような筆者は他にも複数いて、どのジャンルで何件書き込んでいるか、各筆者の

得意分野も一目でわかる。

一般の人が無料のユーザ登録すると、特定の筆者が書き込んだときメールで知らせて

もらうこともできる。

05年には製品を使った人がデザインや性能を5点満点で評価する”ユーザレビュー”

を開始。昨年秋からは価格を登録している小売業者について、対応の良し悪しも

利用者に評価してもらっている。

口コミ情報は商品に批判的な内容でもそのまま載せている。

ただ、中傷や個人情報が書き込まれる場合があり、監視チームがすべての内容に

目を通す。削除対象になるのは1日1件程度だそうだ。

2007年7月24日 (火)

川口保育園児 交通死亡事故

昨年9月に起きた川口の保育園児4人が亡くなった交通事故については、ブログに

何度も書いた。

遺族のおひとりの福地さんとは、昨年12月の署名活動に参加したことをきっかけに

交流を続けている。

今夜のNHKのニュースで、福地さんたち4人の遺族の皆さんが、悪質極まりない

運転の結果重大な事故を引き起こし懲役5年の刑で服役中の加害者井沢英行と

事故を起こした車を所有していた井沢の父親の運送会社を相手取り、総額約2億

5000万円の損害賠償訴訟を提訴したと報じていた。

ニュースをみたあと福地さんに電話した。

福地さんは、『井沢はもとより、井沢の父親も事故後逃げ回っている。父親であると

ともに従業員として井沢を雇っていた以上当然責任があるわけで、その姿勢がとても

許せなく、井沢とともに訴えた』と言われていた。

まったくその通りである。

以下は提訴を報じた昨日の新聞記事。

    ~~~~~~  ~~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~

       死亡園児の遺族賠償請求へ 車与えた会社の責任追及

 埼玉県川口市で昨年9月、保育園児らの列に車が突っ込み21人が死傷した事故で

死亡した園児4人の遺族は24日にも、運転していた井沢英行受刑者(38)=業務上

過失致死傷罪で懲役5年確定=と事故を起こした車を所有していた運送会社を相手に

慰謝料など総額約2億5000万円の損害賠償を求める訴訟をさいたま地裁に起こす。

 遺族の1人は「交通ルールを守らない人間に車を与え、悪質運転を放置した会社の

責任を追及したい」と話している。

 3月のさいたま地裁の刑事判決によると、事故は昨年9月25日、川口市の市道で

発生。井沢受刑者は助手席のカセットプレーヤーを操作しながら時速50-55キロで

走行、公園に向かう園児らに突っ込んだ。

 判決は、事故以前も交通違反を繰り返していた同受刑者に対し「運転者としての

適性に全く欠けている」と指摘した。

2007年7月22日 (日)

生命(いのち)のメッセージ展(1)

生命のメッセージ展および主宰されている鈴木共子さんのことは、これまでに

何度かブログに書いた。

  『生命のメッセージ展』は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を

  絶たれた人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを

  訴えることを趣旨に、全国各地で行われている活動である。 

  2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木共子

  さん鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てられた最愛の

  息子零くんを交通事故で亡くされた。

  無免許・無車検・スピード違反の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて

  悪質な事故であった。

  零くんは1年浪人し早稲田大学に入学した。初めての授業を翌日に控えた

  友人と2人で歩道を歩いていたところへ飲酒運転の車が突っ込んできた大変

  痛ましい事故だった。

  悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により

  理不尽・不条理に命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年に

  『生命のメッセージ展』は始まった。

  また鈴木さんは猛勉強され、息子零くんが入学したものの通うことが

  できなかった早稲田大学を受験し、3回目の挑戦で見事合格。

  今年の春卒業された。

このような鈴木さんをモデルに0(ゼロ)からの風』という映画がつくられ現在全国で

巡回上映されている。

今年は早稲田大学創立125周年記念の年で、『0(ゼロ)からの風』はそれを記念し

トヨタ自動車はじめたくさんの企業が支援し製作された。

これまでに『生命のメッセージ展』は全国40ヶ所以上で開催された。

小泉首相時代に国会および議員会館で2度開催されたこともある。

昨日その『生命のメッセージ展』が丸の内のオフィス街で開催された。

『生命のメッセージ展』の活動の趣旨に賛同し、『0(ゼロ)からの風』製作上映に

協賛した明治安田生命が場所を2日間提供し、全面的に開催に協力。

こうして、『生命のメッセージ展』が日本のビジネスの中心地である丸の内で開催

されることとなった。

鈴木さんが01年にこの活動をはじめる前、企画を見せられ個人的に相談を受けた。

6年間でこんなすばらしいすごい活動に発展し、ただただ感無量である。

Message1 Message2

          ~以下、生命のメッセージ展(2)へ続く~     

生命(いのち)のメッセージ展(2)

昨日は全体会と称し、総会に相当      Message3_1

する会合があった。

明治安田生命が提供してくれた

丸の内の超一等地の展示会場、

会議室、いずれもすばらしかった。

全体会では冒頭鈴木さんから挨拶と

活動報告があった。

挨拶は、最近鈴木さんからいただいた下記メールに書かれた主旨のお話であった。

  「被害者支援」「生命の教育」等々様々な側面があるメッセージ展ですが

  そうした大義より何より生きたくても生きることの出来なかったものたちを

  生かし続けたいというのが私の願いです。

  亡き我が子に対する母の思いから始まった「生命のメッセージ展」です。

  だから「生命のメッセージ展」は究極には母性そのものだと私は思っています。

  そこには難しいことは何もなくただ愛があるだけ・・・です。

  メッセンジャーとなった彼らをいろいろなところに連れて行きたい

  日本全国、世界へ・・・

  いろいろな人との出会いをしてほしい・・・

  いろいろな体験をさせたい・・・

  そして彼らの生きる場をつくりたい・・・

  たったひとりの息子を喪い、ひとり遺されてしまった私ですがそんな夢を持てる

  幸せを思っています。

その後、数人の新しいメンバーの自己紹介があった。

そのうちのおひとり、30歳台半ばころの男児を連れたお母さんは沖縄から参加

されていて、路上でご主人が暴漢に襲われ亡くなったとのこと。

『生命のメッセージ展』の趣旨に賛同され、沖縄でもぜひ開催したいとの思いで

今回参加されていた。

鈴木共子さんは挨拶の最後でこのように言われた。

『夢は叶うためにあります。私の夢は”生命のメッセージ展”のミュージアムを造る

ことです。その前にメッセージ展を是非ニューヨークのグランドゼロでやりたいと

思っています』

以前よりご本人から聞いていた夢であるが、力強く皆さんの前で話されるのを聞き

『共子さんは必ずやるな』との思いを強くした。

共子さんを知ったのは、2000年4月零くんを事故で亡くされた直後であった。

長く間続いた共子さんのどん底の時期を含めて知っている者として、本当に

感無量である。

2007年7月21日 (土)

お悔やみ

一昨日のブログにも書いた大学の仲間M君のお悔やみのため、横浜のご自宅を

お訪ねした。

ちょうど四十九日の時期であり、先日行った大学の寮の集まりの様子をお伝えする

こともありお邪魔させていただいた。

最寄り駅からご自宅までの道に少々戸惑い、約束の10時半を少し遅れた。

M君の急逝からまだ1ヶ月半少々。

容態が急に悪化し最期を迎えたこともあり、奥さんはいまだにご主人がいなくなった

ことに思いがいかずという心境のようであった。

発病に至るまでの過程、闘病生活、それにガンにまつわるお話を色々して下さった。

5年前に今の家に越してきて、定年退職後、若い人たちと一緒に地域で自治体を

立ち上げ初代の自治会長としての仕事に情熱を燃やしていたこと、同じく退職後

有楽町にある大学のクラブの運営のお手伝いを楽しんでやっていたことなど

最近のM君の話からはじまり、彼がよく奥さんに話していた40年以上前の寮生活と

仲間たちとの交わり、家庭の中でのM君、とにかく人との交わりが好きだったこと

などなど・・・・

途中用意していただいていたお蕎麦をいただきながら、結局2時間半近くお邪魔

していた。

帰り道、M君もこの同じ道を通り、同じ風景を見ながら駅までの往復をしていたんだ

なぁと思いながら駅までの道を歩いた。

2007年7月19日 (木)

大学の仲間の飲み会

一昨日、今年3回目の大学の寮の仲間の会合”惜春会”があった。

今回は6月2日に食道ガンで亡くなったM君の思い出をみんなで話そうということで、

大変うれしいことにシカゴからT君もかけつけてくれた。今回の参加者は13名。

全員集まったところで亡くなったM君、それに既に鬼籍に入ったT君とO君の3人に

黙祷を捧げた。

しばしみんなでM君の思い出話をした。

そのあと、メーリングリストで体験談を話すと書いたふたりが、数ヶ月前にやった

手術の話をしてくれた。

ひとりは前立腺ガンで手術、もうひとりは脳の血液の流れが問題で放置していたら

大事になる可能性があるということで開頭手術。今はふたりともすこぶる元気。

ふたりとも自覚症状はなく、たまたま受けた検査で発見されたとのこと。

もうひとり、7年前に大腸ガンの手術をした先輩も今では完全に復調し毎回参加。

病気の話題にからんでシカゴから来たT君がアメリカの医療の話をしてくれた。

彼が数年前に尿管結石で病院に運ばれた折、免責条件があるとは言え健康保険に

入っていたにもかかわらず払った金が3500ドル。40万円近くである。

医者が診てくれた時間はたった5分間、病院にいた時間は2時間とのことを聞き、

全員ビックリ!

8時間かかったO君がやった開頭手術をアメリカでしたとしたら数千万円かかるのでは

とのこと。

『日本の医療保険の仕組みはいいなぁ。アメリカは”自己責任、At your own risk”の

国だからなぁ』ということで、日米の比較話でしばし盛り上がる。

健康・病気以外でもいろいろな話題が飛び交った。

毎回会合をやる場所は有楽町の帝劇の下の大学のクラブ。

ボクは参加したことがないが、このクラブで毎週火曜日に”火曜会”という会合が

催されている。参加者は毎回5~8人くらいでほとんどが我々より上の人たち。

最近は惜春会のメンバーもふたりが参加している。

毎回1時間、経済・世相・文化などが話題に取り上げられるそうである。

この会がなんと3950回続いているとのこと。単純に計算して70年間以上である。

大先輩からずっと脈々と続けられている大変な会合であることをあらためて知った。

最後は6月に退任・退職した3人が話し、お開きとなった。

6時から9時半まで時間の経つのをまったく感じさせない今回も楽しい会合であった。

     

大満足!

プロ野球は昨日で前半戦が終了した。

我が横浜ベイスターズは昨夜も勝った!

またまた浜の番長、三浦が好投。これで31イニング連続無失点。

貯金は5。巨人とのゲーム差はわずか1.5。首位中日とのゲーム差も2.5。

ムリだろうなぁと思いながら6月20日のブログに書いた”オールスター戦までに

貯金5、巨人とのゲーム差を4くらいに縮めてくれれば後半楽しめるんだが”は

見事にクリアし、おつりがきた。

ちょっと出来すぎの感はあるが、これで後半戦も楽しめそうだ。

大矢監督、ありがとう。

シーズン終了まで、この調子でよろしく!

2007年7月18日 (水)

町内会夏祭り(2)

台風4号の影響で延期になっていた町内会の夏祭りが一昨日行われた。

当日は午後お坊さんのHさんに来てもらいお盆のお経をあげてもらった。

Hさんとは10年以上のお付き合いで、例年8月の旧盆にきていただくのだが、

今年は7月にお願いした。

お盆と夜のお祭りのため、娘がミサキを連れて昼ころ来た。

お祭りは、たこ焼き店担当の16人が4時に町内会館に集まり、先ず機材と食材を

リヤカーで町内会館まで運んだ。

さあ、準備開始。

さすが女性陣は手際よい。設営、機材配備、食材準備…

5時前にはお客さんが来ることだろうと、たこ焼きを焼きはじめる。

Matsuri_002 Matsuri_001_1

粉とタマゴをボールでかき混ぜる人、入れ      Matsuri_006        

替わりながら6人の焼き手、焼きあがった

たこ焼きにトッピングする人、売り場に立つ

人… 時間とともにローテーションが

ばっちりできるようになってきた。

店長のボクは渉外と接客係。

盆踊りの舞台の準備も整ってきた。

時間とともにお客さんがどんどん来店。行列が途切れることなく、全員てんてこ舞い。

Matsuri_008 Matsuri_010

そのうち娘がミサキを連れてきた。           Takoyaki3

500円ダマを握ってひとつ買ってくれた。

『おいしかったら、また買うね』と言ってたが

たこ焼きのあとはとなりの焼き鳥を買って

もらったそうだ。

そのうち小雨がぱらつき始めた。

予定では9時までやることになっていたが

雨それに粉とタマゴがなくなり7時半に閉店

終わって売上げを集計したら、2時間半で56,500円。

パック数にして262パック。1パック8個入りだから2100個焼いたことになる。

例年4時間近くで250パックだそうで今年は大盛況だった。てんてこ舞いしたはずだ。

みんなで『おもしろかったねぇ』と言いながら、労をねぎらい今年のお役目は終わった。

2007年7月16日 (月)

我が家に赤ちゃんが!

4月14日のブログで我が家のとなりに横須賀米軍基地(ベース)に勤めるアメリカ人

家族が住むことになったことを書いた。

若い夫婦の名前はジョーとケリー、9ヶ月の女の子はグレイシー。

方ケリーがあわてて我が家に来て、『さっき急にボスから連絡があって仕事で

出かけなければいけなくなった。ジョーは演習で3ヶ月間船に乗っていて留守。

申し訳ないけど今夜10時ころまでグレイシーをみてもらえないか』とのこと。

ケリーにはいつも、『なにか困ったことがあったら言って』と話しているので、ひとつ

返事で、『あー、いいよ。どうぞどうぞ』と引き受けることにした。

ケリーがミルク、おもちゃ、おむつなど持って     Melon_019  

『10時までには帰れると思うのでよろしく』

と言って出かけていった。

カミサンもボクも思いがけないことで少々興奮

グレイシーは9ヶ月にしては大きく重い。

ケリーが置いていった人形のオモチャが

グレイシーによく似ているのには笑えた。

ケリーは仕事中は毎日ベースの保育施設に         Melon_026 

預けているせいか、ほとんど人見知り

しないし、ママがバイバイするときも

泣くことはなかった。

4時間以上預かったがまったく問題

なかった。

おなかがすいたようだということでカミサンが

ミルクをつくってやるとグイグイ飲み始めた。

つかまり立ちもできる。

Melon_027 Melon_028 

娘が我が家に置いている孫娘のミサキのオモチャをいろいろ出してやった。

あとでオモチャの写った写真を携帯で娘に送ったら、『オモチャを見たミサキが不安

そうで笑えた』と返事があった。

電気を消して暗くしてやったらそのうち寝はじめた。

ケリーママは10時前に帰ってきて、ぐっすり寝ていたグレイシーを抱いて帰って

いった。

『ぜんぜん問題ないからいつでも預かるよ』と言ったら、ケリーはにっこりし、

『ジョーがいないときはまた頼むかも』と言いながら帰った。

2007年7月14日 (土)

灯ろう夜市

パソコン教室キュリオステーション横須賀中央店のある上町商店街が毎年この時期に

行っている灯ろう夜市に今年も参加した。

昨夕は小雨模様だったため行こうかどうしようか迷っていたら、講師のIさんから、

『今日はこのあいだとは違う浴衣を着てきてるんで、もし時間があれば』とのメールが

携帯に届いたので、これは行かなきゃと思い行ってきた。

この催しは京都の灯ろう祭りを参考に3年前からはじまった。

ダンボールに絵を切り貼りした手作りで、箱の中にロウソクを立てている。

商店街に一斉に並べ、6時半に点灯。

約300個のほのかな明かりが幻想的な空間を演出していた。

Melon_035 Melon_037

我がキュリオステーションも店の角に灯ろうを出して、店長のNくんと講師のIさんが

道行く人たちに声をかけチラシを配っていた。

Melon_034 Melon_036

後半はお店の前に出したテーブルを

囲んで談笑。                   Melon_039_1  

そのうちとなりの大家さんのS薬局の

奥さんほか近所の人たちが立ち寄って

くださった。

中には『前からこの教室興味があったんです

パンフレットありますか』と、うれしい女性の

立ち寄りもあった。

イベントが終わる9時になったらどのお店も灯ろうを片付けはじめ催しは終った。

帰ってナイターの結果を見たら、なんと横浜ベイスターズが連夜のサヨナラ勝ち!

浜の番長、三浦が好調ヤクルトを相手に延長10回を2安打完封!

これで首位巨人とのゲーム差は3.5に。貯金も4になった。

6月20日のブログ、”ついに借金ゼロ!”で書いた、『この調子で行って、オールスター

までに貯金5、巨人とのゲーム差を4くらいに縮めてくれれば後半楽しめるんだが』が

いよいよ現実になってきた。

大矢監督、ますますよろしく!

2007年7月13日 (金)

これもまた毎年夏の恒例

台風の接近で天気のすぐれない中、毎年この時期恒例のお中元に贈る三浦メロンの

買出しに行ってきた。

我が家から片道25キロくらい、三浦半島の先端城ヶ島に近いところにある知り合いの

園まで毎年バイクで行くことにしている。

ファックスすれば済む話だが、年に1回Kさん一家に会うのを楽しみに出かける。

天気が良ければ海沿いを走るツーリングは最高であるが、今日は生憎の天候だった。

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途中、浦賀の街を抜けていった。Melon_004

渡船があり、陸路を行けばぐるりと回らないと   

ダメなところを150円払えば5分くらいで向う

岸まで運んでくれる。

船が向こう岸にいれば乗る人がボタンを

押すと向こう岸から来てくれるシステムに

なっていて、のどかな渡船である。

毎年のことだが、この時期K農園は出荷作業で大忙し。

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今年はメロンの収穫が例年より1週間くらい早いそうだ。

長い間の知り合いのおばさんのほか、おばさんのお母さん、息子さんとお嫁さん、

一家総出でてんてこ舞いの忙しい中、息子さんがいろいろ教えてくれた。

メロンは2月に温室で種を植えて育て、4月に畑に移し、7月に収穫するそうだ。

スイカも同じような育て方らしい。半年足らずでメロンもスイカも育つんだ。

スイカ、メロンが終わったあとは三浦大根。毎年1万本以上出荷するそう。

珍種のスイカと大きなスイカを見せてもらった。

大きなスイカは15キロ。今年できた最高は18キロとのこと。

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知り合いと親戚7軒にメロンを送ってもらうよう頼んだ。

『息子さんが跡を継いで3代目になってくれるから安心だね』と言ったら『いま中学生の

孫がその跡を継ぐから4代目まで決まってる』とのこと。すばらしいことだ。

今日もまたお土産にメロンを3ついただいた。

帰り際に、『1年に1回、来年の夏と言わないで、大根の時期にまた来て、お孫さんに

大根採りの体験をさせたらいいのに』と言われた。

2007年7月12日 (木)

娘に誘われて

一昨日娘から電話があって、『新しくできたララポート横浜に行かない』と誘われた。

ららぽーと横浜より、孫娘のミサキに会えるのを楽しみにカミサンと一緒に横浜の

娘宅へ。

10時に行く予定が我が家のいつものパターン、着いたら11時半。

『ミサキがずっと待ってたのに』と文句を言われ、即車でララポート横浜へ。

場所は20分足らずの横浜線鴨居駅近く。

いやー、とにかくでかい!

元NECの横浜工場の跡地。我が家のカーナビでは当然NEC横浜工場のまま。

娘は最近ママ友何人かで来たそうだ。

たしかに若い人たち好みのつくりでお店も若者向き。店の名前はほとんど横文字。

外国に来ているような雰囲気。

ベビーカーを押した家族連れや女性グループの比率がやけに高かった。

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先ずは腹ごしらえということで、沼津魚がし鮨という寿司屋へ。

ビックリ!寿司のオーダーは指し棒でタッチパネルから。

ランチメニューの値段は千円少々。味もボリュームも満足。

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ミサキもしっかり食べていた。

ミサキの履いている靴がえらい大きい。娘に聞いたら来年も履けるように大きいのを

買ったとのこと。

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食事が終わったあとはウインドショッピング。

カミサンと娘はこれが目的。ボクはほとんど興味なし。

椅子に座って待っていたら居眠りしそうになった。

そのあと甘味店へ。ここだけはシニアの女性でいっぱいだった。

ミサキは3人から分けてもらい、ここでもいっぱい食べていた。

そのあとはベビーカーでぐっすり。

Raraport_037 Raraport_038_1

夜はダンナも帰ってきて、娘の手料理をみんなで食べて横須賀に戻ってきた。

帰り際、ミサキは『帰らないで』と泣きべそ。

以前はなかったことで、成長した証なんだろう。

2007年7月11日 (水)

町内会夏祭り(1)

今週の土曜日、日曜日は町内会の夏祭り。

盆踊りと出店を中心に、近くの公園のグランドで毎年この時期に開催される。

現役時代はせいぜい1日ちょろっと見に行く程度だった。

今年は地区のブロック委員が回ってきて、おまけに先日あった夏祭り準備会で

たこ焼き店の店長をやることになった。

出店は各地区ごとに受け持ち、たこ焼き以外に夏祭り定番のやきそば、やきとり、

かき氷、それにフライドポテト。

西武不動産が東京湾の一角を埋め立てて造ったこの街に住んでほぼ30年になるが、

夏祭りで役を引き受けるのは初めて。

我が家のある1丁目町内会の世帯数は476。そのうち米軍横須賀基地に勤務する

アメリカ人世帯が54あり、1割以上が外人世帯の街である。

アメリカ人も夏祭りを楽しみにしている。Matsuri_001

昨日、集まれる人が集まり、たこ焼き

つくりの練習をした。

11時に町内会館に12~3人が集まり

8つのたこ焼きプレートを使ってワイワイ

言いながら結局300個くらいを焼いた。

だんだん要領がわかってきて、火の加減、

丸くする要領、くるくる回し方、焼き加減などみんな上手くなってきた。

例年たこ焼き8個入りのパックが2日間で500個くらい売れるそうである。

ということは4千個、1日3時間半くらいで2千個焼くことになる。大変な数だ。

立ちっぱなしの作業で相当の重労働になりそうである。

参加した人たちは近くの人たちばかりで門札で名前は知っていた人が多かったが

大半の人が会うのは初めてであった。

お祭りの2日間には、この倍の延べ25名くらいの人たちがたこ焼きコーナーに

参加する予定。

近所の人たちと知り合う、とてもいい機会になりそうである。

2007年7月 9日 (月)

懐かしい思い出

何年かぶりにカミサンが思い出深い錫のマグカップを出してきた。

1990年に富士通オーストラリアの大切なCup_001_1

お客様のオーストラリア最大手のビール会社       

Carlton United Breweryの情報処理部門の

長であったGeff Doberからもらったマグカップ

である。

Carlton United BreweryはIBMからリプレイス

した富士通および富士通オーストラリアに

とって大変重要なお客様であった。

当時毎年オーストラリアの重要顧客を日本に呼んでユーザ会をやっていた。

Geffはユーザ会に参加するため何度も日本に来た。我が家にも招き、そのとき撮った

写真が残っている。

どういうわけかGeffとは馬が合い、来るたびにワイワイやった。

Carlton United Breweryのあるメルボルンに来いと何度も言われたが、当時シドニー

には頻繁に出張で行っていたものの、メルボルンに行くチャンスはなかなかなかった。

90年にやっとメルボルンに行く機会があり、Geffを訪ねてCarlton United Breweryを

訪問した。Geff自ら工場案内をしてくれて夜は自宅に招待してもらった。

自宅にお邪魔したときプレゼントにもらったのが、この錫のマグカップである。

それにはこう書いてある。

  ”Presented to Tak Hanafusa on 23 May 1990 when he visited Fujitsu's best

      customer ・・・ at last!”

大感激であった。

それから数年後(であったと思う)、Geffから、夫婦で日本に行くとの連絡があった。

今度は我々夫婦がDober夫婦をもてなす番である。カミサンとどうもてなそうかと

話した。

時期が秋だったので箱根に連れて行こうということになり、1日休みを取って車で

箱根に行った。彫刻の森美術館、成川美術館に行ったことを覚えている。

夕方、そのころちょうど娘がバイトで働いていた横浜の八景島シーパラダイスに行き

娘も交えてシーパラダイスで食事をした。

食事をしたとき、Geffからショックな話が飛び出した。

『実はCarlton United Breweryを辞めることにした。辞める前に、女房に日本を

見せたくて今回の旅を決めた』とのことだった。

翌日会社に行って話したら、富士通シンパのGeffが辞めたらどうなるだろうかと

みんな心配した。

その後Geffとは連絡をとっていないので、どうしているかわからない。

思い出深いマグカップを見るたびにGeffのことが懐かしく思い出される。

2007年7月 7日 (土)

七夕一色

今朝パソコン教室の講師のIさんからメールが届き、『今日教室で七夕の催しをします。

来た生徒さんに袋に詰めたお菓子を配ります。勿論、キュリオ・ステーションニュースと

一緒にです。私は浴衣を着る予定・・・』

即、『夕方、浴衣姿見に行きます』と返事。

教室は七夕一色。

生徒さんが短冊に書いた願いごとが笹竹にいっぱいぶら下がっていた。

Iさんも浴衣姿でパソコン指導。

Tanabata Tanabata2

今日も88歳のYさんが来られていた。

この方はとにかくスゴイ。ほぼ毎日通って来られている。

お会いしたらいつも最敬礼する。

Yさん曰く、『数年前はそうじゃなかったが、最近は覚えたことをすぐ忘れる』

Iさんが、『Yさんは常に新しいことを知りたいと言われ、ネタを探すのが大変』と

言っていた。

ボクがYさんの歳になったら、新しいことに挑戦したり、覚えたりする意欲や気力は

間違いなく失せていることと思う。

店長のN君から、『土曜日に83歳のIさんの奥さんから電話があって、Iさんが脳出血で

倒れて入院したため、たぶんもうパソコン教室には行けないだろうから退会にして

欲しいとの連絡があった』とのこと。

Iさんもお元気で、教室でやったランチ会や飲み会のイベントにはご夫婦でたびたび

参加してくださった。

すぐお見舞いのカードを買ってきて、『早くご快癒されますこと願っています』と書いて、

退会届と一緒にIさんに送ってもらうよう頼んだ。

そんな七夕の一日だった。

2007年7月 6日 (金)

ポスティング

先週は毎日気持ちのよい日が続き、また時間の余裕があったのでパソコン教室

キュリオステーションのチラシのポスティングを3回やった。

ラジオを聴きながら、Tシャツ・短パンに万歩計をつけ、清々しい陽気の中でやる

ポスティングはなかなか快適である。

新しい発見もいろいろある。こんなところにこんな建物や施設があるんだと知ることも

少なくない。

3回で600枚くらい撒いた。

集合住宅は1ヶ所にあるポストに入れればいいので戸建てに比べるとずっと効率が

いい。戸建ては1時間に100枚のペースが精一杯。

横須賀は坂が多いし、ポストまで行くのに階段を登らないといけない家も結構多い。

これまで相当やってきたポスティングでいろいろ学習した。

パソコンにはちょっと縁がなさそうな家は大体わかる。

小さな子供がいそうな家、明らかにお年寄り世帯と思われる家には入れないように

している。若い世帯が住んでいる雰囲気の家も難しい。若い人の多くはパソコンは

既に出来ることだろうから。

それより何より撒く地域が一番のポイントとなる。

店長がこれまであまり撒いてない地区、バス路線あるいは想定できる買い物ルート

などを考え、この地域の人たちはこういう風な行動をとるのでないかと推測し、撒く

場所を決めている。

ただ、色々考えても所詮、チラシを見て問合せのある確率は極めて低い。

今回の600枚も今のところ反応はないようだ。

人はあまりにもチラシに麻痺してしまっている。

現に我が家のポストに毎日入るチラシは見ることなく、そのまま読み終わった新聞と

一緒に資源ゴミ行き。このように毎日全国で捨てられているチラシは膨大な量である。

ただ、そういうことを考えないで、撒いているときは、この家は有望そうだ、問合せが

くるかもしれないなと思いながらやっていて、結構楽しい。

運動にもなるし、時間に余裕のある定年退職者には悪くない仕事(?)である。

2007年7月 5日 (木)

我が家の近所で傷害事件

昨夜熱海から横須賀に帰ってきた。

既にテレビ、夕刊で報じられているのでご存知の方も多いことだろうが、今朝我が家の

近所で、横須賀米軍基地の19歳の米兵が女性ふたりを刺す事件が起きた。

事件現場は我が家から歩いて7~8分の場所。

テニスコートにいた今朝11時前後、娘のダンナと娘から別々に、『横須賀の馬堀で

人が刺されたみたいだが、大丈夫?』のメールが携帯に届いたことで事件を知った。

カミサンは今朝は病院に行ったはずなので、『ふたりとも大丈夫』との返事を送って

すぐテニスを切り上げて帰った。

被害者は16歳と26歳の女性。幸い、ふたりとも命に別状なくよかった。

逃げた米兵は昼ころ横須賀の中心街で取り押さえられた。

テレビによれば、事件のあった部屋は米軍関係者が借りていて、日本人の女の子が

絶えず出入りしていたそう。

今回のふたりは、テレビではたしか杉並と綾瀬の子と言っていた。

米軍が早速、『調査の上、今後厳しい対応をとっていく』とのコメントを出したとのこと。

今回の事件は日本人女性にも問題があると思うが、沖縄などと同様、ここ横須賀も

潜在的に基地問題を抱えていることをあらためて認識させられた事件であった。

2007年7月 3日 (火)

小林ファミリー来訪

昨日午後2ヶ月半ぶりに熱海に来た。

部屋にはまだ4月のカレンダーがかかっていた。

久しぶりに来たのは、アメリカから日本に来ている小林ファミリーを迎えるため。

小林くんはボクよりちょうど10歳若く、昔会社でボクの下にいた。

小林くんは会社を休職し、ミシガン大学にMBA留学した。卒業したあとアメリカの

現地法人に出向。その後会社を辞め、現在は日米の企業間の技術連携に関連した

コンサルタントをやっている。Kobayashi_011

アメリカ人の奥さんキャサリンと結婚し、  

サンディエゴに居をかまえ、3人の女の子の

良き父親として、公私とも充実した生活を

送っている。これまでの米国での活動実績が

認められ2年前にアメリカの市民権を取った。

長女のネオミは高校2年生、次女のマリコはKobayashi_003

中学2年生、3女のハナは小学校5年生。            

今回初めて可愛い3人娘に会った。

3人とも日本語はできない。

彼らは我が家に来てすぐプレイステーションを

見つけファイナルファンタジーにはまっていた。

徐々にみんなリラックスしワイワイ、ゴロゴロ。

昨夜はベランダでバーベキュー。育ち盛りの3人の食欲はすごい。

みんなで一緒に買いに行った食材はきれいに片付いた。

今朝はキャサリンと子供たちが朝食を用意してくれた。

朝食後、1階にあるフィットネスルームでみんなで2時間以上卓球やルームランナーで

遊んだ。

Kobayashi_009 Kobayashi_005  

終わったあと部屋でまたワイワイ。

彼らは大津に4泊し、京都、比叡山を回ったあと熱海に来た。

アメリカでひとり230ドルで1週間新幹線を含め全JR列車に乗れるチケットを買って

きていた。

旅の話がいろいろ出た。

秋に行こうと思っていたニュージランドは小林くんたちがハネームーンで行ったとの

ことで、推奨コースを詳細にアドバイスしてもらった。

あわせて、小林夫婦からサンディエゴへ招待を受けた。

さまざまな花が一斉に咲く3月末~4月初めがベストシーズンとのこと。

今度はぜひ我々が彼らを訪ねたい。

今夜は小林くんのお母さんの住む川崎に泊まるということで、新幹線に乗るため

熱海駅まで送った。

別れ際、3女のハナが、『タック(ボクの名前)がサンディエゴに来るまで、どれくらい

待てばいいの?』と大変うれしい質問をしてくれ、駅の構内で見えなくなるまで手を

振って別れを惜しんでくれた。

小林一家も我々夫婦もすばらしい思い出ができた2日間だった。

2007年7月 2日 (月)

毎年この時期恒例

この数日間バタバタしていてブログに手が回らなかった。

土曜日の夕方~深夜は毎年この時期恒例になっている我が家での飲み会。

12年前に亡くなった息子の同期入社の仲間が12年間ずっとこの時期来てくれる。

息子はたった3ヶ月の会社勤めで終わったが、そのとき一緒に過ごした仲間たちで、

娘も我々夫婦も彼らのことは知りすぎるくらい知っている。

今年は女性ひとり含め同期入社の5人とShinkin_001

もうひとり、横須賀で酒屋を営む仲間の

Mくんの6人が集まってくれた。

6時前に来て、娘もミサキを連れて8時半ころ

ジョイン。

みんなが帰ったのは1時。これでも以前に

比べれば終わる時間は早くなった。

みんな36歳になり、会社でも責任あるポジションについている。女性のTさんも係長に

なった。

ただ、男の子(とはもう言えない歳だが)たちはひとりを除きまだ独身。

そのため、今年もまた毎年同じ話題、男と女の話で大いに盛り上がった。

もう最近は息子の話はあまり出なくなってきた。

とても破天荒で常に仲間の輪の中心にいた子だったので、以前は我々の知らない

話が出るは出るはという時期がしばらく続いた。

以前は食事と飲み物みんな我が家で用意していたが、最近は飲み物と寿司、それに

果物、ケーキをみんなで持ってきてくれる。

それでもカミサンはみんなに食べさせようと毎年頑張って準備する。

みんな酒が強い。缶ビール2ダース、ワイン、それに酒屋のMくんが大変珍しい酒を

1升瓶で持ってきたが、すべてきれいになくなった。

帰るとき、息子に手を合わせ、いろいろ頼んでいたようで、これも毎年のこととなった。

このあと今年もまたどこかで息子の高校の仲間が集まってくれるのではないかと思う。

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