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2007年6月 5日 (火)

悲しい別れ(1)

大学の寮の仲間で定期的に集まって飲み会をやっている話は何度か

ブログに書いた。

寮にいたのは40年以上前。まさに青春を共に過ごした仲間たち。

そのうちのひとりM君の奥さんから昨日朝突然お電話をいただいた。

『あっ、これは』と即座に思った。

案の定、M君の訃報の知らせであった。

『ご連絡が遅くなり申し訳ありません。主人が土曜日に亡くなりました。

皆様にお伝えいただけないでしょうか』との涙声でのお電話だった。

『患っていた食道ガンで3月に再入院しました。5月31日容態が急変し

2日に逝ってしまいました』とのお話だった。

1月にやった寮仲間の会合の朝、M君から電話があった。

『退院2週間なんだけどみんなに会いたいので行くよ』と言っていたが、

体調がままならなかったようで、結局不参加だった。

2年くらい前に仲間のメーリングリストを作った。

メーリングリストがあってとてもよかった。訃報の知らせからはじまり、

多くの仲間がM君への哀悼のことばを寄せた。国内のあちこちから

だけでなく、タイ、アメリカからも。

本人の許可なくそのひとつを紹介する。

  ~~~~~  ~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~  

  四国 高松より合掌。

  メールをみて どうしたんや なんでや その感慨しかなくすぐ

  メールを切りました。

  2時間たった今 ようやく追悼の文を書く気になりました。

  昨年の6月16日、勝手気ままに上京した私に新橋での飲み会に

  来ていただいた7名。

  その中に 小首を傾げた彼の笑顔もありました。その時の写真を

  みました。

  元気そうだったのに。 学籍番号 XXXXXXX。

  1寮7室で1年半暮らしました。迷惑のかけっぱなしで あったような

  気がいたします。

  しかし彼はおこらなかった、決して。 やさしいのです、彼は。

  優しすぎたんやな。 その分、他人に気を使いすぎたんやろな。

  冬の体育の授業、どてら を着て、つっかけ履いてサッカーをする

  君の姿が今でも目に浮かびます。 ボールはけれず,つっかけ

  だけが空中に。

  そういえば、入寮のその日にすぐ 当時はやりのハイボールスタンド

  にもいきましたな。

                              もう一度合掌

   ~~~~~  ~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~  

珍しいくらい飄々としていて、他人に対し細かな気遣いをする男だった。

こうしてブログを書いていても、彼の屈託ない笑顔が目に浮かぶ。

M君とは4年間の大学生活のうち、教養課程時代1年半姫路で一緒に

寮生活し、専門課程では神戸で1年半位同じ下宿に住んだ仲だった。

お通夜は今夕6時から。葬儀は明日10時から横浜の斎場で行われる。

『Mくんのお嬢さんが、大学の寮で一緒だった人でご無理が言える方が

いれば葬儀への参列と精進落しにご一緒して欲しいと希望されている』

との話が伝わってきた。

今夕と明日、M君と悲しい最後の別れをしてこようと思っている。

  

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