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2007年4月

2007年4月29日 (日)

横浜ベイスターズ VS 中日ドラゴンズ

今年初めて横浜スタジアムに横浜ベイスターズのゲームを観に行った。

昨日の中日ドラゴンズとの3連戦の初戦を辛勝したことを新聞で見て、

今日の第2戦がデイゲームであることを知り、どうしても行きたくなった。

ベイスターズが調子のいい今のうちに行っておかないと調子が落ちて

きたら、去年のように行く気がしなくなる。

カミサンを誘ったが夕方荷物が届くことになっていて行けないという

ことで、ひとりで行くことにする。

スタジアムに電話して聞いたら内野指定席はまだ十分にあるとのことで

試合開始の30分前に行けばいいと思い、それに合わせ出かけた。

これが甘かった。ベイスターズが調子がいい上にゴールデンウイークの

最中、しかも好天、球場に着いたらチケット売り場は長蛇の列。

列に並んでいる人に聞いてみると、3塁側中日の切符売り場の列。

これはダメだと思い、1塁側のチケット売り場へ。いやー、当然3塁側より

列はずっと長い。

結局列に並んで待つこと40分、     Yakyu1_2

やっと切符が手に入った。

内野指定席で残っていたのはB席のみ。

チケットは前もってプレーガイドで買って

おかなければとつくづく思う。

席はバックネット裏中央の高い場所。

全体が見渡せてそんなに悪い席では

なかった。おそらく客の入りは8~9割。強ければお客は観に来る。

遅れて入ったので既に1回の表裏は両チーム0点で終わっていた。

3回の表、福留のツーランホームランで中日が2点先取。

しかし、今のベイスターズは強い。その裏3点取って逆転。

結局7対4でベイスターズが快勝。

若い4番打者の村田が大活躍。3打点をたたき出した。

村田を筆頭に、若い吉村も2打点の活躍、ピッチャーの牛田も好投し

勝利投手。

3人とも間違いなくこれからのベイスターズを引っ張っていってくれる

ことだろう。

村田、牛田のヒーロインタビューを見て球場を後にした。

4時間近く楽しんだことになる。

これで中日を抜いて2位に浮上。

このままの調子をぜひ維持し、今年は長い間楽しませて欲しい。

せっかく横浜まで来たので孫娘のミサキに会えないかと思い、ゲーム

観戦中、帰りに寄っていいかどうか尋ねるメールを娘に送った。

『4時過ぎだといいかも』とのあいまいな返事。

球場を出たあと電話したら『お友だちが帰ったから、どうぞ』ということで

娘宅に寄る。ダンナが出張中とのことで泊めてもらうことにした。

今日は最近娘が自宅ではじめたケーキ教室の日だったとのこと。

朝10時半から近くの友だち3人が子連れで来て、4時半ころまで

ワイワイやっていたそう。

3人づつ2グループのママ友が子どもを連れてケーキつくりを習いに

来てくれているとのこと。親子みんなで楽しくやっているそうだ。

家に着いたときミサキはテレビでチビマル子ちゃんを観ていてボクには

見向きもしなかった。             Misaki_1

テレビを見終わったらドレスを見てくれと言って 

着てきた。

来月ハワイである結婚式に出るとき用に最近

カミサンが買ってやったそうだ。

女の子だ、見せてくれたあとも脱がないと言い、

しばらく部屋の中を走り回っていた。

映画『ハンニバル・ライジング』

タイトルを見て、何の映画かと思った人が多いのでは。

『羊たちの沈黙』という映画はご存知だろうか?

羊たちの沈黙は16年前1991年につくられたアメリカ映画で、この年のアカデミー賞

5部門を受賞した。

見終わったあと強烈な印象の残った映画で、今でもラストシーンを鮮明に覚えている。

原題は『The Silence of the Lambs』、羊たちの沈黙そのもの。内容からして、何故その

ような名前を付けたのだろうか。

天才精神科医でありながら社会病質者のハンニバル・レクター博士を主役にした映画で

『羊たちの沈黙』の10年後の01年に2作目の『ハンニバル』翌02年に『レッドドラゴン』

がつくられた。

3作ともレクター博士を演じるのは、アンソニー・ホプキンス。

『ハンニバル』も観たので、今回のハンニバル・ライジングで3作観たことになる。

ライジングとは誕生の意で、レクター博士に秘められた謎解きが4作目『ハンニバル

ライジング』のポイント。

『羊たちの沈黙』の印象があまりにも強烈で『ハンニバル・ライジング』も同じように期待

したが、主役がレクター博士のイメージが染み付いたアンソニー・ポプキンスでなく

当然、若いアクターであったこともあり、期待したほどでもなかった。

16年かけて4作目が出たことになる。第1作の『羊たちの沈黙』が出来たとき既にこの

路線はつくられていたのであろう。

まさにアメリカ人がつくった、アメリカ人好みの映画という感じである。

それにしても、シニア料金千円で平日の午後、ポップコーンを食べながら映画を観る、

まさに、定年バンザイである。

2007年4月28日 (土)

セミナー『新年度の株式展望、銘柄の選択』

野村證券横須賀支店の開催するセミナーに参加した。

『特別株式投資セミナー』と銘打って、『新年度の株式展望、銘柄の選択』との演題。

ついつい聞いてみたくなるタイトル。同じような思いを持って参加したとおぼしきシニアで

会場はほぼ満席の盛況。

講師は何度か話を聞いたことがある投資情報部のFさん。

Fさんがこれまでセミナーで度々参考銘柄として話していたJR東日本は1万円近くまで

上がった。1年以上前は半値以下だった。素直に話を聞いておけばよかったんだ。

ただ、Fさんが同時に名前を上げていたみずほファイナンシャルグループはその後

さえない。

新年度の株式展望ということで、セミナーは最近の投資環境全般の説明からスタート。

先ず、2月末のチャイナショック前後の日米欧の株価の動きのレビュー。

2月27日の上海市場の暴落前日の26日には日経平均は7年ぶりの高値である

18,300円をつけていたんだ。

株価って一瞬で動くんだということだけでなく、大きなハプニングがあったらその前の

ことは記憶から飛んでしまうということをあらためて感じた。

Fさんの話では、

 ・株価が下がる要因は、①景気後退、②金利上昇、③金融引締めの3つ

 ・急激に株価が下がっても、金利が下がる傾向にあれば大丈夫

 ・株安、金利高、円高が同時に進行したら要注意

次の言葉がよく言い当てていた。

 『株式市場の本質は、常に心配事を探すこと』

これは特に日本人の性向・特質で、国内の株式市場の動向をまさに言い当てている。

その点、アメリカ人は日本人よりずっと行け行けドンドンという気がする。

ニューヨークダウはついに13,000ドル台に突入し、いぜん上がる気配。

2ヶ月足らず前のあのチャインショックは何だったんだろうと思わせる先行きへの

強気の見方が続き、ダウ平均は史上最高値の更新を続けている。

日本では、というか日本人はこれほど積極姿勢はとり続けられなく、ついつい心配事を

探し、結果株価は一進一退を繰り返す。

ただ、日本株の売買ではこのような話もあった。

昨年12月から2月末の上海市場の暴落前の3ヶ月弱の間、外国人の売買高は

約4兆円の買い越し、その間個人投資家の売買高は約3兆円の売り越し。

それに対し、上海市場暴落後の2週間では外国人投資家は6,500億円の売り越し、

個人投資家は1.1兆円の買い越し、とのことだった。

当面の銘柄の考え方として、配布された資料に以下が書かれていた。

  ”日本の企業業績については、07、08年度も増益基調を維持する見込みである。

   06年度に業績拡大の牽引役であった商社や鉄鋼・非鉄セクターに代わり、

   07年度は電機・精密、自動車など、加工セクターが増益を牽引することが鮮明に

   なると予想される。よって銘柄選定に関しては、加工セクターに注目する見方を

   継続していく”

2007年4月26日 (木)

1週間ぶりの横須賀

昨日夕方横須賀に戻ってきた。

やはり生活の拠点である横須賀の方が色々やることがあり、仲間もいて落ち着く。

テニス、パソコン教室、NPO活動・・・

観に行きたい映画もある、東京に出かけて行って人にも会いたい、好調の間に

横浜ベイスターズの試合も観に行きたい、野村證券の面白そうなセミナーも聞きに

行きたい・・・

数週間ぶりにパソコン教室に顔を出した。

店長のN君は、富山に新しくオープンした教室の立ち上げ支援のため、1週間

富山に行っていた。その間、講師のⅠさんが頑張ってくれた。

生徒のひとりのSさんが近くで絵の個展を開いていると聞き、行ったが遅すぎて

ギャラリーは閉まっていた。

熱海から帰る前の日、何度かブログにコメントを書き込んで下さったcopaさんに

お会いした。

copaさんは熱海では大変老舗のお店を経営されている方である。

PTA会長、民生委員ほか地域でさまざまな活動をされている。

今回の市議選で当選した橋本さん、金森さんもよくご存知である。

商売の合間をぬって出てきていただき、齊藤市長を支援されている方含め3人で

色々意見交換をした。

今回選挙後の議会の党派結成の成り行き予測、親齊藤市長派と反齊藤市長派の

動向予測、それに熱海が活性化していく上で必要な施策・・・

アイディアを出す人はたくさんいるが、アイディアに留まることなく、実際に企画し

実践にびつけていくことがとにかく必要であるということで3人の意見が一致した。

2007年4月24日 (火)

1ヶ月ぶりに

熱海市議選も終わり、明日は横須賀に帰るつもり。

横須賀が主居住地であるため、いろんな意味で横須賀の方が落ち着く。

今回は木曜日に来たので今日で熱海は6日目。

しばらく会っていない孫娘のミサキに会いたくて、木曜日は熱海に来る前横浜の

娘宅に寄った。

今回も1ヶ月近く振りに会ったが、2歳半になるミサキは会うたびに成長を感じる。

しばらく前からプレ幼稚園に行きはじめたためか、今回は特に変わったなぁと思った。

それに娘があちこち連れ回していることも、ミサキの成長には良い影響を与えている

のであろう。

今回は先ず、会ったときの表情が違った。

うれしいという表情が、以前よりずっとうまく出せるようになっていた。

それに最近の出来事や興味のあることをそれなりに説明できるようになっている。

プレ幼稚園でやっていること、最近行った横浜アンパンマンミュージアムのことを

話してくれた。

大笑いしたのは、出かける時、『ケータイ忘れないで』、『カギ忘れないで』と言われた

こと。いずれもいつも親が言ってることを聞いているのだ。

みんなで焼肉を食べに行ったが、以前はほとんど食べなかった肉を、『お肉、お肉』と

求めるようになってきていた。

これからも加速度的に成長を続けていくことであろう。

          Misaki2_3       Misaki1_6

Misaki4_2  Misaki3_3

2007年4月23日 (月)

金森さん、みごと初当選!

熱海市会議員選挙の結果は0時前に確定した。Catv

10時過ぎに金森事務所に行き、支持者の    

皆さんと結果を待った。

開票状況は地元のケーブルテレビで

放映された。

11時過ぎ、金森さんの当選が確定。

全員一斉にバンザイ!Shicho

齊藤市長が早速ご夫妻でお祝いに         

駆けつけ祝福。

ダルマに目が入り、祝当選の為書き

(この言葉も今回初めて知った)が壁に

貼られた。

    

Daruma   Tousen_2

結果がスゴイ!

26人中、何と2位当選!

激戦の中、新人で1670票集めた。当選ラインは700票なので、それをはるかに

上回る支持が寄せられた。

大変な快挙である。

草の根の手つくり選挙を支えたボランティアの人たちの大変な頑張りが結集された

結果であることはもちろんのことであるが、加えて金森さんの人となりが成した結果

であると確信する。

今回立候補した親齊藤市長派の4人の民主党系議員は見事全員が当選した。

今後、親齊藤派議員が一丸となって市長をサポートし、熱海再生に向けて齊藤市政に

弾みがつくことは間違いない。

その中で金森さんは必ずやいい仕事をしてくれるものと確信する。

2007年4月22日 (日)

熱海市会議員選挙

木曜日の夜から熱海に来ている。

今回熱海に来たのは、15日に告示され本日投票の熱海市議選の応援とお手伝い。

熱海の再生を期待し、応援している齊藤市長が今後の市政運営をよりやり易くする

ためには、今回の市議会議員選挙で親齊藤議員、すなわち民主党系議員を増やす

ことが必須である。

今回初めて民主党から立候補した金森和道さんの選挙応援とお手伝いのため、連日

金森事務所に通った。

選対責任者の指示のもとボランティアの人たちは動いてきた。

まさに全員参加による草の根の手づくり選挙であった。

Senkyo1

投票は先ほど午後8時で締め切られた。

昨日は夕方熱海の中心のスーパマーケットの傍で各候補者は割り当てられた

30分間を使い最後の訴えを行った。

4人の民主党候補者は齊藤市長とともに道行く人たちに熱く訴えかけた。

齊藤市長の演説はすばらしかった。

昨年9月市長に選ばれたあと、議会の大勢である反齊藤勢力の中での市政運営が

いかに大変であったか、また自らの信念に基く熱海再生構想の推進がいかに阻まれて

きたかが話された。

聴衆から共鳴する大きな拍手が何度も起こった。

Shicho1 Shicho2

市長の挨拶の締めの言葉は『皆さんにお願いがあります。明日の選挙ではこれまでの

しがらみにとらわれることなく、熱海の改革に力を注ぐ気概のある人を是非選んで

下さい

昨夕7時過ぎ、金森さんの街宣活動に同行し、最後の挨拶を聞いた。

金森さんの立候補表明の挨拶を初めて聞いたのは1月28日。

話し方に慣れてなく内容もまだまだという感じで、正直なところ心もとなかった。

あれから3ヶ月弱、今夕の最後の演説は大変すばらしかった。

齊藤市長を支援しながら熱海の再生を期す心意気がひしひしと伝わってきた

この人は必ずや市民の目線で市政に携われる人であると強く確信した。

何としても受かって欲しい。

昨夜選挙戦タイムリミットの8時前、事務所前の駐車場で打ち上げ式が行われた。

金森さんを議会に送り込むため、皆で一致団結しここまでやってこれたとの思いが

ボランティアの人たち全員の胸に去来したことは間違いない。

感動的な打ち上げ式であった。

あとは今夜の開票結果を待つだけである。

結果は0時前に判明するとのことである。

2007年4月20日 (金)

新しい発見と出会い

3月21日のブログで葛飾区市民活動支援センターのことを書いた

当センターの運営を請け負う親組織の日本労働者協同組合連合会(通称 労協)が

新しい事業として高齢者向け介護予防事業を葛飾区で新たにはじめることになった。

介護予防は、高齢者が要介護状態になることを予防するため、健康でいきいきした

生活を送ることができることを目指した活動である。

労協が葛飾区の要請を受け、地元の敬老館を使ってお年寄り向けに介護予防事業を

始めるにあたり、お披露目のイベントを行うので見に来て欲しいと言われ参加した。

このような施設を訪ねるのも、またこのようなプログラムに参加するのも初めてで、

大いに興味を持って参加した。

Katsushika0 Katsushika1

介護予防なんて考えたこともなかったテーマで、それをわかりやすく説明した講演は

大変興味のある内容であった。

当然、認知症が話題として取り上げられた。

認知症予防のひとつとして、『昨日の新聞の一面の記事を思い出すこと』、『昨日の

日記をかっちり書くこと』の勧めが話された。これは認知症に縁がない人にとっても

容易なことではない。

音楽に合わせて全員で行った介護予防体操、たしかに弱くなりがちな体の部位をうまく

使うに有効な体操であった。

参加者は約40人であったが、40人ではもったいないと思わせる内容のプログラム

だった。

イベント終了後、主催者である労協の皆さんから、組織の目指すところ、活動内容に

ついてじっくり話を聞いた。

労協が提唱し目標とすることは、『協同労働を目指す協同組合』。

『地域に必要な仕事を創り出し、多様なネットワークの中で仕事をこなしていくこと』。

地域に必要な仕事は、まさにさまざま。

子育て支援、障害者就労支援、介護予防、高齢者いきがい作り、引きこもり若者支援

高齢者配食サービス、健康活き活きまちづくり・・・

労協が目指すところは、実践のために地域福祉事業所をどんどん増やしていくこと。

社会の第1セクターである行政、第2セクターである民間がカバーできないすき間を

埋めていく活動、まさに『第3セクター』のあるべき姿と言える。

労協のメンバーの皆さん一様に、自分たちの持つ熱い想いとパッション、それに夢を

目を輝かせながら語ってくださった。

労協本部の責任者のTさんはまだ32歳。長い間いた大企業にはいないタイプの

若者である。

まさに世の中が求め必要とする極めて重要な社会の課題に正面から取り組んでいる。

彼らの地道な活動を心から応援したい。

2007年4月19日 (木)

2日続けての飲み会

元会社の連中と3ヶ月おきにやっている飲み会が品川であった。

リタイアし間もなく3年。

リタイアする前に決めたことのひとつは、辞めたら会社の連中とは極力付き合わない。

社友会と言う会社全体のOB会には入ったものの、最後に勤めた関連会社のOB会の

参加は誘われたが断った。

会社が終われば、会社との関係は終わり、これがボクの主義。

新しい出会い・仲間、プライベートなグループつくり、リタイアイ後はまさに第2の人生を

創っていこうと思った。

そういう中で、唯一会社の仲間のこの飲み会には参加している。

もと海外を一緒にやった仲間たちで8人くらいが定期的に集まりワイワイやっている。

ボクを除いては全員まだ現役。さすが40歳台はいない。

ニフティの前社長のWさんを中心としたまったく気の置けないグループである。

みんな現役だから当然会社の話はバンバン出る。話題に参加するのは、とっても

心地がよい。

IT関連の会社のため、ITベンチャー企業の話が昨夜は飛び交った。

DNA、インデックス、イーアクセス、ユーチュブ・・・。こういう話は大好き!

以前に比べ、昔みんなでやった海外事業の話題は最近ちょっと減ってきた。

次は7月と言いながら、9時半ころお開きになった。

この集まりもずっと続きそうである。

2007年4月17日 (火)

大学の仲間の飲み会

大学時代の寮の仲間の集まり『惜春会』を有楽町の帝劇ビル地階にある大学の

クラブで行った。

前回1月の集まりで、年2回でなくもっと頻繁にやろうと衆議一決した。

一気に春夏秋冬1回づつやることになり、今夜はその第1回目であった。

寮にいたのはもう45年近く前のことで、ほとんどの仲間がこの数年の間にリタイアした。

1年先輩と1年後輩を含む38人のメーリングリストを3年くらい前に作りやりとりして

いる。日々あまり活発な書き込みはないものの、このような集まりをやる際には大変

便利である。

また、時々書き込まれる仲間の近況報告、元気な楽しい話を読むのはとてもうれしい。

今夜集まったのは7名、ちょっと寂しい数だった。

そのような中、タイから先輩のTさんがかけつけて下さったのはうれしかった。

今朝O君から我が家に電話があった。

前回1月の会合でO君は『血液の流れがおかしくなっていて近々脳の手術をすることに

なっているので次回の惜春会は出られないだろう』と話していた。

今朝の電話はうれしい電話だった。

『3日に手術し、手術は無事終わり今日退院することになった。今夜ぜひみんなに

その旨伝えて欲しい。次回の惜春会には必ず参加するので』とのことだった。

また、先日先輩のUさんからも前立腺ガンの手術が無事終わり、次回の惜春会には

参加し状況を話したいとのメールが届いた。

今夜参加した先輩のOさんも7年前厳しいガンを見事に克服され、毎回元気に会に

参加されている。

前回術後のため参加できないとの連絡があったM君もガンの手術を受けた。

Uさんのメールを見て、退職後シカゴに移り住んで5年になるT君がメーリングリストに

以下の書き込みをしてくれた。

  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~

我々は十分”癌適齢期”になっているわけですから、おたがい、その兆候を見逃さず、

かつ、定期健診を受けて、早期発見に努めましょう。

周知の通り、癌が検診で見つかるほどに、つまり1cm程度に大きくなるには、

少なくとも5,6年はかかっているのだそうですから、もうすでに作っている人は早く

見つけなければどうしようもありません。

癌に対する人間の免疫力は、ストレスの強い生活を続けるとぐんと低下するそうですが、

5,6年前にそういう生活を強いられていた人は多いのではないでしょうか。

当分の間、充分気をつけましょうぞ。

癌細胞というのはしょっちゅう出来たり消えたりしているもんだそうで、免疫力の高い

ときは自然に殺されている由。その免疫力を高めるのは笑いのある生活ということ

ですので、今後は明るい生活を心がけて、癌は免疫に殺してもらいましょう。

  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~

今夜は健康・病気の話はほとんどなく、いろんな楽しい話題が次々に出た。

最近観て良かった映画の話で盛り上がった。

アメリカの元副大統領アル ゴアの『不都合な真実』、ロバート ケネディをモデルとした

『ボビー』、それに野球にまつわる日本映画『バッテリー』、今週末封切られる20年近く

前に大ブレークした『羊たちの沈黙』の4作目の『ハンニバル ライジング』

ほかに盛り上がった話題は、男の料理の話、毎回定番の株の話・・・

歳を重ねるにつれ、昔からの仲間との交流は一層楽しくなる。

きっとこの集まりも長く続くことだろう。

2007年4月16日 (月)

テニスクラブのチーム対抗試合

昨日は春・秋恒例のテニスクラブの試合だった。個人戦ではなくチーム対抗戦。

昨年秋の大会で所属したチームが優勝したので今回は世話役になった。

とは言え、前もっての準備は同じチームだったYさんに全面的にお任せ。

今回の参加者は37人、くじ引きで5チームに分かれた。

各チームは7~8人で男性6人、女性2人という感じ。

ゲームは全チーム総当り戦で男子ダブルスと男女ミックスを各自3~4ゲームやる。

いろんな要素がからみ、組み合わせ作りは簡単ではない。

ボクがやった唯一の世話役の仕事は、ゲームの合間にSさんと一緒に近くのスーパー

行って賞品の買出しをしてきたこと。

個人的には3ゲームやって1勝2敗。チームの成績は5チーム中4位。

このところクラブからひとり当たり2千円の補助が出るため、4位でもテニスボール4缶を

賞品にもらった。

優勝は小学生のマキちゃんが所属するチーム。マキちゃんが今回もポイントゲッターに

なったよう。何せ彼女は神奈川県の年齢別対抗戦のシングルで1位、ダブルスで2位

とのことでスゴイ。

プレーを見ていたら、ますます力強く巧くなってきているのがよくわかる。

もっともっと伸びることは間違いない。将来がスゴイ楽しみである。

朝9時半からはじまり、終わったら2時半。

ワイワイ楽しく過ごした5時間であった。

2007年4月14日 (土)

新しい隣の住人

我が家の隣はこの数年間持ち主が住むことなく空き家であった。

そのためずっと無用心さを感じていた。

持ち主がついに手放し横浜の不動産屋が購入、全面的にリフォームし売りに出した。

相場より安いと思われる値だったため、あっという間に売れた。

買った人は当面自分が住むのでなく横須賀の米軍基地(通称ベース)のアメリカ人に

貸すために買ったようである。

借りたアメリカ人家族が昨日移り住んできた。家族といっても若い女性と赤ちゃん。

不動産屋の話だとシングルマザーのようで、彼が別にアメリカにいて、いずれこちらに

来るようである。彼女はベースに勤めているとのこと。

不動産屋の紹介で彼女に会った。

立ち話程度で終わったが、彼女の名前はケリー、赤ちゃんは女の子で6ヶ月とのこと。

ベースの中には住居がたくさんあり、大半の人たちはベースの中に住んでいる。

ただ、この近所には結構多くのベースで働くアメリカ人が住んでいて、ケリーもベースの

中でなく日本人居住地に住みたい理由が何かあったのだろう。

挨拶にきたときケリーからGODIVAのチョコレートをもらった。

小さな赤ちゃんをかかえ、言葉の通じない知らない土地での彼女の暮らしがはじまる。

30年以上前、駐在で我々がシドニーで暮らしたときそうであったように、きっとこれから

ケリーは色々なことで困ったり、トラブルが起きることであろう。

『何か困ったことがあったら、遠慮なく我が家の玄関のベルを押して』とケリーに伝えた。

久しぶりに英語を話す機会ができるのはうれしい。またいろいろ楽しいお付き合いが

できそうな予感がする。

2007年4月13日 (金)

熱海市観光戦略室

熱海市役所が公募した観光戦略室の市民委員に応募した。

熱海新聞によれば、3月末に締め切られた公募には44人が応募したとのこと。

男女の内訳は男性35人、女性9人。年齢別では60歳台が16人と最も多く、最高齢は

87歳、最年少は20歳。

応募は『今後の観光熱海のあり方について』をテーマに1200文字程度の論文提出。

市長を含め4人の審査員が書類審査を行なった結果、10人が一次選考を通過した。

ボクも無事一次審査は通り、昨日午後、市役所で二次選考の面接を受けた。

面接を受けるのは82年に課長試験を受けて以来である。元いた会社の当時の課長

昇格試験は大変厳しく、NHKテレビの特集番組で取り上げられたほどであった。

比べることはまったくナンセンスであるが、昨日の面接ではリラックスした雰囲気の中

平素思っていることをしっかり話した。面接官は齊藤市長含め4人。

ボクの提案のポイントは、”若者向け熱海ブランド”つくり。

若い人たちにとって熱海を魅力的にしていくためには、観光のみならず熱海で就労する

若い人たちを増やしていくことが重要である。そのために、若い人向けに新しい産業

セクターを誘致していくことを提案。具体的には、ITベンチャー企業、ゲームソフト企業。

これらの企業で働く人たちは都会の喧騒の中、神経をすり減らしながら日夜の激務に

えている。温泉があり気候温暖で風光明媚、しかも首都圏から至近距離にある

熱海は、このような若い人たちが働くには最適な地である。ネットを使えば、今やソフト

開発は距離を問わない。

若い人が増えてくることによって、さらに若い人たちが集まってくる。このことは当然

熱海の観光振興に結びつく。

このような主旨で提案はまとめた。

最終的に選考される市民委員は3名である。結果はもちろんどうなるかわからない。

もし選考されれば、観光戦略室の他のメンバー(行政関係者、経済・観光団体)の

皆さんと一緒に、1年間の任期中にさまざまな議論ができ、新しい施策が打ち出せる

のでないかと期待する。

面接が終わったあとそのまま横須賀に帰ってきた。

2007年4月11日 (水)

市政記念日

昨日4月10日は熱海市の市政記念日だった。

今年は70周年記念の年ということで、市内の7ヶ所の施設が無料開放された。

2時ころ出て、2ヶ所の施設に行ってきた。

先ずは以前から行きたかった『池田満寿夫・佐藤陽子 創作の家

池田満寿夫さんは版画家、陶芸家、それに何と言っても池田さんの名を広く知らしめた

のは、1977年芥川賞を受賞した小説『エーゲ海に捧ぐ』。

残念なことに、池田さんは97年3月、63歳の若さで急逝された。

佐藤陽子さんはヴァイオリニスト・声楽家として有名。9歳にしてその才能認められ

モスクワ国立音楽院付属音楽学校に入学。現在は演奏活動のほかエッセイスト

しても活躍されている。(暗い中携帯で撮った写真のため写りが不鮮明)

Futari Egekai

『池田満寿夫・佐藤陽子 創作の家』は熱海駅から徒歩10分くらいの高台にある。

池田さんが亡くなるまでおふたりが住まいとして使われていた場所で池田さんの

アトリエ、佐藤さんのレッスン室が残されていて、往時のおふたりの生活と創作が

偲ばれた。

次の施設、マリンスパあたみに行く前に駅に立寄り、以前ブログにも書いたことがある

観光案内所(コンシェルジェ)に寄ってみた。スペースも広くなり、知りたかったことを      

係の女性に尋ねてたが、以前よりずっと応対がてきぱきしており、的を得た回答も

得られた。駅前の足湯は人がいっぱいで大人気のようである。

マリンスパあたみに行く途中おなかがすいたため肉まん・あんまんの店春吉に寄って

鳥手羽先焼きも一緒に買って、海岸に行って食べた。

Ashiyu_1 Haruyoshi

マリンスパあたみは海のそばにあるプールとMarinespa

ジャグジーバスのある施設。            

最近クロールで25メートルは比較的楽に

泳げるようになった。以前は息が上がり

半分が精一杯だった。休みながら1時間少々

かけて600メートル泳いだ。巧い人の泳ぎは

本当にきれいでゆったりしている。

自分ではわからないが、ボクの泳ぎはきっとまだまだ余裕がない泳ぎなんだろう。

泳いだ後はたくさんあるジャグジーバスとサウナでゆっくりし、結局トータル2時間

くらいいた。

終わったあと3階にある『ボディデザイン研究所』に寄った。

『ボディデザイン研究所』については、3月5日のブログで紹介した温泉療法の普及を

中心に活動しているNPO『エイミック』代表の内田先生に教わった。

ボディデザイン研究所を運営している株式会社リボンプロジェクト(reborn project)の

女性社長の高橋さんがいて、懇切丁寧にいろいろ教えて下さった。

ボディデザイン研究所、rebornいずれも名前がいい。いかにも女性の命名を感じさせる。

大変興味のある測定をしてもらった。脂肪量と筋肉量が15秒くらいで測定でき、しかも

年齢・体型が同じ人たちの標準値との比較ができる。

ボクの測定結果は両足の筋肉が少々不足している以外は標準値より良好との診断で

あった。この測定は時々受けにきた方がよさそうである。

また、カウンセリングも受けられるとのことで、カミサンにも是非勧めてみよう。

帰り道、市会議員の橋本事務所に寄った。

支持者が10人くらい集まっていて後援会便りのチラシを折ったあと、いよいよ5日後に

迫った告示に向けた準備作業について打ち合わせが行われていた。

いよいよ戦闘開始という雰囲気が満ち溢れていた。

我が家に帰ったら8時半。疲れ切って、さすが夜はぐっすり眠れた。

2007年4月10日 (火)

遠来のお客さん

20年来のオーストラリア人の友だち夫婦が、数日前熱海に訪ねてきてくれた。

Youngsok Songさんと奥さんのToshikoさん。

名前からわかるように、もともと奥さんは日本人、ダンナは韓国人。

ふたりはオーストラリアに住んで30年以上になる。

Youngsokさんはボクよりひとつ下で、4年くらい前にリタイアした。

彼は東大より難しいとされるソウル大学出身、Toshikoさんは九州大学の博士課程。

とにかく頭のいい夫婦である。

Youngsokさんは私のいた会社のオーストラリアの現地法人に1980年に入社。

いろいろ難しいコンピュータシステムの開発に携わってきた。

Toshikoさんは硫黄化合物やチタンが専門で、長い間シドニー大学で教鞭をとって

いたが数年前にリタイア。

リタイア後は悠々と生活しながら、ふたりで世界中を旅している。

今回も台湾に寄ったあと日本に来て奥さんの郷里の広島・尾道から名古屋・甲府を

経由し熱海に来てくれた。熱海のあとは東京に行き、元の会社の連中に会い、

その後は1週間近くかけて東北地方を回る予定で、トータル4週間近い旅程。

オーストラリアで現地の人は新幹線・特急に自由に乗れるパスが4~5万円で買える。

Youngsok,Toshikoさん夫婦にはオーストラリア出張時に大変お世話になった。

年に何回も出張するそのたびに、日本食が食べたいだろうとの配慮で、朝ホテルに

迎えに来てくれてお宅で朝食をいただき会社に行ったことが何度もあった。

逆にYoungsokさんが日本に来たときは我が家に寄ってくれた。熱海も今回が3回目

だと言っていた。

次回は我々がシドニーに行くと約束した。

シドニーに行けば、Youngsok,Toshikoさん宅だけでなく、しばらく交流が途絶えている

ものの、家族ぐるみで付き合ってきた数人のオーストラリア人の仲間のお宅にも

お邪魔できる。

旧交をあたためる旅を今年こそ実現したい。

2007年4月 9日 (月)

いよいよ臨戦態勢

今日は一日中、都知事選をはじめ統一地方選前半戦の結果を報じていた。

選挙前気になっていたのは民主党の動向、とりわけ県議・市議選のなりゆき。

結果は、44道府県議選と15政令市議選で、民主党は地方に加え、都市部でも基盤を

拡大した。自民党は44道府県議選で1212議席にとどまり、議席占有率は47・6%と

過去最低を更新。民主党は375議席を獲得し、前回の230議席から大幅に増え、議席

占有率は14・7%に伸びた。

明らかに、多くの有権者が自民党中心の現体制への対抗軸を求めた結果である。

熱海市市議会議員選挙は、15日告示、22日が投票日。

市の財政再建の流れから全党派が議員定数の削減に合意し、これまで21名だった

定数が19名に削減された。

新人7名が立候補予定で現職の19名と合わせ、候補者は26名。

7名が落選するということは、4分の1以上が落選の憂き目をみることになる。

現在、議会で齊藤市長の支援を公言しているのは民主党・市民クラブのふたりの

議員のみ。大半が反齊藤派。

熱海の再建を期待し応援している齊藤市長が今後の市政運営をよりやり易くする

ためには、今回の市議会議員選挙で親齊藤議員、すなわち民主党系議員を増やす

ことが必須である。

その意味で今回の市議選はこれからの熱海の方向を決める極めて重要な選挙である。

今回、民主党系の新人候補は2名が立候補予定。

そのうちのひとり、金森和道さんの応援とお手伝いのため、金森事務所にここ数日間

何度かお邪魔した。

Tsujisan_003 Tsujisan_005

金森さんの演説を最初聞いたときは緊張しているなぁと感じたが、どんどん慣れてきて

スローガンどうり、この人は市民の目線に立った市政ができる人だと確信が持てるように

なってきた。人柄の良さからだろう、支援者の輪もどんどん広がってきている。

22日の結果が楽しみである。

統一地方選前半戦の結果は熱海市議選にも少なからず影響を与えることだろう。

金曜日の夜、金森事務所に寄ったあと、支援者の女性ふたりと食事をした。

奇しくもふたりともボクが元いた会社に勤めていて、選挙戦の話、市長の話に加えて、

最近の会社の状況がいろいろ聞け、大いに盛り上がった。

2007年4月 7日 (土)

桜(その3)

熱海の伊豆山神社に桜を見に行った。

伊豆山神社は大好きな神社で、伊豆山の桜は熱海で最も好きな桜。

伊豆山神社は源頼朝、徳川家にゆかりのある大変由緒ある神社。

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Izusanjinjya_005 Izusanjinjya_001

境内の桜だけでなく、神社の下に続く坂道のIzusanjinjya_008

参道の桜がすばらしい。                     

天気の巡り合わせのいい日は、桜の先に

見える海と桜とのコントラストが絶妙である。

ただ、ちょっと時期が遅かったようで

残念であった。

午後、カミサンと一緒に珍しい方にお会いした。

アニメ脚本家・推理冒険作家・マンガ原作者・旅行評論家・エッセイストの辻 真先さん。

辻さんの名刺には、『日本推理作家協会』、『日本脚本家連盟』と書かれていた。

辻さんをご紹介していただいたのは、ブログで何度か紹介した超有名なロングセラー

ゲームソフト『桃太郎電鉄』の作者のさくまあきらさん。

辻さんは70歳過ぎとはとてもお見受けできない。                  Tsujisan_002_1

もちろん今も現役でご活躍中である。              

辻さんが脚本を書かれたアニメ作品を見た

ことのない日本人はまずいないだろう。

『鉄腕アトム』、『宇宙戦艦ヤマト』、

『ジャングル大帝』、『リボンの騎士』・・・

昭和29年にNHKに入社され手掛けられた

テレビ番組は『バス通り裏』、『お笑い三人組』・・・

小説では最近復刻した『どろろ』の原作者、『日本海・豪雪列車殺人号』ほか

推理小説・・・

それに旅行評論家、エッセイストとして大変幅広い分野でご活躍されている

ホームページはご自分で維持管理されている。

30数年前に購入された我が家の近くの熱海のマンションを仕事場として使われて

いて、東京から時々来られている。お忙しい中マンション居住者の委員長をされて

いるとのこと。先日、居住者皆さんを引率してバス旅行をされたそうで、行き先は

このあいだ日帰り旅行で行った身延。当然、この話でも盛り上がった。

著作を2冊いただいた。カミサンが                             Tsujisan_002_2

『スミマセン、サインしていただけますか』

辻さんは快くサラサラっとサインして

くださった。

大変広いジャンルのとても面白いお話を

ふたりで楽しんだ。

気がついたら2時間。

カミサンが、『また機会があったら、ぜひお話をお聞かせください』。

『お忙しい先生に長時間お付き合いいただきまして、ありがとうございました』と、お礼を

言いお別れした。

2007年4月 5日 (木)

身延下部温泉

月曜日の夜、カミサンと1ヶ月ぶりに熱海に来た。

火曜日は友だちのNさんが東京から訪ねてきた。青春18切符は彼女から教わった。

JR10周年記念で発行された青春18切符は5枚綴り(8千円)で普通電車1日乗り

放題。4月10日が使用期限で、最後の切符を使って身延線の下部温泉に日帰りの

旅をしようとNさんに誘われ、昨日行ってきた。Shimobe_012_3

最寄りの来宮駅を10時前に乗り、熱海で        

東海道線に乗換え、富士まで行き、富士で

身延線に乗換え、2時間半かけて下部温泉へ。

時間を気にしなくていい定年退職者には青春

18切符は格好。(地図をクリックすると拡大)

途中、車中から沿線に咲くたくさんの桜を見た。

下部温泉駅に着いたら12時過ぎ。

Shimobe_024_2 Shimobe_025_2

先ずは腹ごしらえ。Nさんのお勧めの駅前の鉄板レストラン”藤川”でステーキランチ。

そのあとはNさんのガイドで砂金採りが体験できる金山博物館へ。

Shimobe_016_2 Shimobe_019_1

下部温泉は武田信玄の隠し湯とのことで、

立ち寄り温泉に行くことにした。          Shimobe_022_2

帰りの電車の本数が少ないためあまり

時間がない。そのため近場の町立の

下部温泉会館に寄った。

風呂の窓の傍に咲く桜の花びらが風に

吹かれて浴槽に舞い込んできた。

駅まで戻り帰りの電車に乗り、3つ目の駅の

身延で降りる。青春18切符は乗降はもちろん            Shimobe_030_2 

自由。身延線はシニアに人気の線のようで、          

お客は中高年の女性グループが多かった。

身延山久遠寺行きのバスを待つ間、

駅前の富士川畔に咲く枝垂れ桜を見た。

他の桜はもう既に花が散っている中、

1本だけすばらしい花をつけていた。

身延山久遠寺は日蓮宗の総本山。

初めてお参りしたがさすが総本山、特に本堂はすばらしい。

五重塔が来年秋完成予定で復元中だった。

境内の桜はすべて大きな立派な枝垂れ桜。ただ残念ながら、大好きな枝垂れ桜は

ほとんど花は終わっていた。

Shimobe_034 Shimobe_040 

参道の石段は降りるとき数えたら280段。一段一段が結構高く上りは息が上がった。

      Shimobe_036_1     Shimobe_039_1

6時過ぎ身延駅で電車に乗り、熱海に着いたら8時過ぎ、そのまま東京に帰るNさんを

送り、普通電車の長い旅は終わった。

2007年4月 1日 (日)

桜(その2)

近所の桜を見てまわった。

毎年桜を見るたびに思うのは、いくぶんかの日にちのずれはあるものの、毎年ぴったり

ほぼ同じ日に、大木全体の小枝の先までびっしりと花が咲くことに対し、自然の営みの

すごさを感じる。

先ず、最も近場は、我が家から歩いて数分の公園の桜。

この公園は亡くなった愛犬のチェリーの散歩場所だったがチェリーがいなくなってからは

あまり足を運ぶことがなくなった。

Sakura2_003 Sakura2_008

そのあとは海岸の遊歩道を歩いて20分くらいのところにある水源地へ。

ここは桜の時期だけ海のそばの庭を開放する。

Sakura2_011 Sakura2_018

明日夜から熱海に行くため、不在者投票にSakura2_020_1

行ってきた。                                 

その途中にあるちょっとした桜並木。

染井吉野だけでなく、大好きな枝垂桜も

見たかったが、残っていれば、枝垂桜は

熱海で見よう。

テニスコートでは今年も"清水桜”が                 Sakura

満開の花をつけた。

”清水桜”はテニス仲間の清水さんが

10年以上前にコートの傍に植樹してくれて

毎年みんなが楽しんでいる。

すばらしいことである。

今日は午後、3月15日のブログに書いた

住居建て替えの初めての意見交換会を行った。

当然ブロック13戸の状況、考え方は千差万別で、様々な意見が出た。

放置していても当面問題ないとの考え方が支配的であるため、今後徐々に意見集約が

できるかどうかの見通しはまだ立ちそうにない。

ただ、打ち合わせを継続して行っていくことには全員異論なく次回の日取りも決まった。

今回を機にこれまで正面切って触れてこなかった話題が家族内、家族間で議論される

ことにはなるであろう。

その意味からは今回の意見交換は意義があった。

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