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2007年3月 4日 (日)

川口の園児死傷事故求刑

ブログで川口の小鳩保育園児死傷事故については何度か書いた。

一昨日、被告 井沢英行にする3回目の公判が行われ、検察は被告に対し、

懲役5年を求刑した。

この程度の処罰では、福地 禎明さんはじめ遺族の皆さまの悔しさは到底おさまる

はずもなく、納得できる結果ではない。

福地さんたち遺族の皆さまが主張されてきたことは、『無謀で危険な運転を繰り返し続け、

その結果今回の事故を起こした被告に対し課せられる処罰が、窃盗罪より軽いとは、

この国の法律はどうなっているのか。これでは事故抑止力がまったく効かない。

業務上過失致死傷罪にしか問えない現在の法律には大きな問題がある』

福地さんとは何度も電話で話した。

電話で福地さんは、『そのような中、検察官、裁判官には大変よくやっていただいている』

と何度も言われていた。

以下の毎日新聞の記事にはそのあたりのことがよく表現されている。

福地さんたちが動かれ主張されてきたことで、世の中はきっと変わっていくものと信じたい。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~~

川口の園児死傷事故:被告に最高刑懲役5年求刑 遺族改めて悔しさ /埼玉

川口市で06年9月、保育園児ら21人が死傷した交通事故で、業務上過失致死傷罪に

問われた井沢英行被告(38)の論告求刑公判が2日、さいたま地裁(中谷雄二郎裁判長)

であり、検察側は同罪では最高の懲役5年を求刑した。

公判後、4園児の遺族は「最高刑の5年を求刑し、検察官は最善を尽くしてくれた」

としながらも、「業務上過失致死傷罪にしか問えない現在の法律は大きな課題を

残している」と改めて悔しさをにじませた。

検察は論告で「事故は偶発的事情に起因したものではなく、無謀で危険な運転を

繰り返し続けた井沢被告の運転性癖によるもの。最高刑以外の科刑はありえない」

と主張。事故直後の現場の様子を読み上げる検事の声は震えていた。

一方の井沢被告は前回と同じ紺のジャケットにベージュのズボン姿。

終始うつむき加減で、時折目をつぶりながら論告を聞いた。

約1時間の公判後、死亡した福地悠月ちゃん(当時5歳)の父禎明さん(37)は

「求刑の8割、9割という判決が多いが、これ以上子どもたちの命を軽く見られるのは

耐えられない。刑の上限が7年の自動車運転過失致死傷罪が新設されようとしているが、

7年では悪質なドライバーは減らない。

もっと柔軟に危険運転致死傷罪を適用してほしい」と訴えた。【町田結子】

毎日新聞 3月3日朝刊

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コメント

今の世の中は「説得の法則」ばかりで
「納得の法則」がみえない。

もし、万が一自分が加害者になったら?
まず、被害者の納得できる刑を自分から
求めると思う。

過失?
たとえ過失だろうが、永遠に戻らない「命」を
奪った場合、僕なら「自責の念」だけで、
何十年でも服役できる。

被害者の方々に「納得」出来る事は一つもない。
失った命に値するものは何もない。
そして命を戻してあげる事もできない。
ならば自分に出来ることを全てする以外
方法がみつからない。

死んでくれというなら、それも一つの納得。
永久に刑務所にいろ、これも一つの納得。

第三者が説得しなければ、自責すらできない
人間にはなりたくない。

「納得のできない納得」

これが被害者の心情。

被害者の方々は沢山の妥協をして、
始めて「納得できない納得」を強いられる。

二重苦、三重苦を強いられる被害者の立場を
改善できる法律に一日でも、いや一秒でも早く
改善して欲しいものです。

ishikawaさん

すばらしいコメントありがとうございます。

>「納得のできない納得」
>これが被害者の心情。
>被害者の方々は沢山の妥協をして、
>始めて「納得できない納得」を強いられる。

まさにそのとおりです!

福地さんにもこのブログときどきのぞいていただいて
いるようです。
きっと福地さんも頷かれるコメントだと思います。

公判が始まり、様々な信じられない真実が暴かれました。
「納得の出来ない納得」は更に加速することとなり、もはや何処へ
行くのか分かりません。
一体どこまで耐えればいいのか・・・

被告は警察、検察、法律を完全になめきっています。

それでも「過失」にしか問えないこの法律は無意味だと思い知ら
されました。

福地さん

お忙しい中コメントありがとうございました。

>それでも「過失」にしか問えないこの法律は無意味だと思い知ら
>されました。

今朝の朝日新聞に姫路独協大学の二木雄策教授が、自動車運転過失
致死傷罪が創設されたことに対し、「許容できる事故はない」との論評を
書かれています。
二木先生はお嬢さんを交通事故で亡くされ、97年に「交通死」
(岩波新書)という本を書かれ、「交通死」は交通事故遺族の
バイブル的な存在になっています。
私は何度も二木先生にお会いしました。すばらしいお人柄です。

先生は論評の中で、以下のように書かれています。

 ・今回の法案の根底には、ある問題があるように思う。
 ・危険運転致死傷罪と、自動車運転過失致死傷罪が創設されれば、
  交通事故に対する刑罰は二つにわかれることになる。
  それは「許容できない事故」と「許容できる事故」を線引きすることに
  なるのではと懸念している。
 ・被害者の視点に立てば、飲酒をしていようが、少し脇見をした結果
  であろうが、許容できる交通事故はない。
 ・大多数がハンドルを握る社会で、人々は「潜在的な加害者」の目で
  「許容できる事故」の存在を認めてしまっているのではないか。
 ・許容できる事故という考えでは、自動車運転過失致死傷罪を創設
  しても事故をなくすことにならず、一本化した法制度にすべきだと
  思う。


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