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2007年1月

2007年1月31日 (水)

熱海にて(4)

熱海市の齊藤市長に提案するため面談時間をもらったことを28日のブログに書いた。

今日3時、市役所の市長室で市長に会った。

面談の予定時間は15分であったが、提案以外いろいろ話していたら30分になった。

話していて誠実さがじわっと伝わってくる方で、ますますファンになった。

冒頭、『熱海のことを思い、興味ある具体的な提案を考えていただき、ありがとう

ございました』との謝辞が述べられ恐縮した。

4つの提案の中、①人口5万人タウン復活作戦、②観光戦略室特別顧問の登用の

2つを中心に議論した。

書いたことを今日即アクションに結びつけられるとは、もちろん思ってもいなかった。

初めての面談で、和やかな雰囲気のなか楽しくしっかり30分話せたことで十分満足した。

発言の端々に市長職の大変さがいろいろ出てきて、初対面のボクにそんな感じで話して

くださったことに対し、より親しみを覚えた。

庁内対応、議会対応、業界対応、選挙対応、マスコミ対応、組合対応・・・

本当に激務である。

『自分として一番やりたいことはあちこち行って熱海を売り込む”営業”です』と言われて

いたのが印象的だった。

終わったあと思わず『体あってのモノダネですから、くれぐれもお気をつけください』と言い

握手して別れた。

市長との面談前に1時間、終わったあと30分、齊藤市長を全面的に支援されている

民主党橋本一実市議と提案書の中身および4月の市議選ほかいろいろ話した。

29日のブログで橋本市議の市政報告会を聴きに行ったことを書いた。

橋本市議から報告会の翌日電話をいただき、お会いしたのは今日が2度目だった。

橋本市議から具体的な良い提案であるとのお褒めの言葉をいただいた。

橋本市議は齊藤市長の側近であるため今後のフォローをお願いしたいと依頼したら、

快く引き受けてくださった。

数ヶ月前から考えていた市長への提案がやっと実現し、終わったあと心地よい気持ちで

帰路についた。

2007年1月30日 (火)

熱海にて(3)

10月11日のブログで熱海市の新市庁舎建て替えの話を書いた。

新市庁舎を建てることは前市長時代に既に決まっていて、コンペに参加する業者、

1次審査、2次審査の段取りも決まっていたそうである。

齊藤新市長は、就任早々の昨年9月、『市民から広く意見を聞く機会を設けたいので、

審査のスケジュールを延期する』ことを決めた。

その後、市長は公約通り、11月に熱海市で初めてのタウンミーティングを7ヶ所で行い、

市民の意見・要望を聞き、それをもとに2次審査に臨むという手順を決めた。

本日、建設設計コンペに残った3社を対象に2次審査が行われ、その傍聴に行った。

朝10時にスタートし、3社のプレゼンテーションと12名の審査員による質疑応答が

午前中行われた。

午後は3社が壇上にあがり総合質疑、その後審査員による採点、最後に結果発表、

すべてが終わったのは4時半だった。

途中居眠りした時間もあったが、最後まで傍聴した。

Shichousya_003_1 Shichousya_005_1

提案の評価ポイントは、①建設手順の有効性 ②必須事項の遵守と企画性 ③行政

機関としての機能性 ④観光地としての意識度 ⑤防災拠点としての機能性 ⑥市民

参加の手法・・・など10項目の問いかけに、いかに対応するかについて各社がプレゼン

テーションを行った。

各社の提示した建設費はおおよそ35~40億円のようである。

審査委員長である齊藤市長をはじめ12名の審査員が10項目の評価ポイントにつけた

点数を集計し採点が行われた。

採点のやり方は、準備されたExcelの採点表に各社が獲得した点数を全員の見守る中

壇上で入力し、それを壇上のスクリーンに映し出すという、公正を期した採点方法が

とられた。

結果、A社(類設計室)が他の2社にかなりの差をつけてコンペを制した。

10項目中9項目で1位であったので悠々勝ったと言っていい。

最後に齊藤市長から、『本日のプレゼンテーションの内容をベースに市民参加のもと、

基本設計を行うことになる。市民参加型の新しい公共建築のモデルにしたい。

市役所と市民が2人3脚で、類設計室とともに、熱海の特性・地域性を活かした

すばらしい庁舎が出来上がることを期待する』との挨拶があった。

初めての経験で大変おもしろかった。

終わったあとあらためて庁舎を見て回った。

およそ50年前につくられた建物で外観、内部とも明らかに限界を感じる庁舎である。

これでは職員の士気は盛り上がらないであろうし、”再生熱海”の顔にもなり得ない。

財政事情が極めて逼迫した熱海ではあるが、何とか建設費を捻出し、自信を持って

次世代に継承できる立派な庁舎を造ってもらいたいと、あらためて思った。

   Shichousya_007  Shichousya_006  

 

2007年1月29日 (月)

熱海にて(2)

昨夜、民主党熱海市会議員 橋本かずみ氏の市政報告会を聴きに行った。

地元選出の民主党衆議院議員 渡辺周氏の国政報告会も兼ねた会合であった。

齊藤熱海市長も参加されると聞いていたので、昨日のブログに書いた提案書を渡す

いい機会でもあるし、応援しようと思っている橋本市議の話を聞くチャンスでもあると

思い参加した。

市政・国政報告会ではあるが、主催者側の狙いは、4月の統一地方選挙の市議会議員

選挙に向けての助走会合であった。

場所は昨日のブログで書いた起雲閣。参加者は約100人。

橋本一実議員は、熱海市で唯一の民主党議員。

橋本議員は、昨年9月の齊藤市長誕生後、市議会の民主党・市民クラブ所属の

山田治雄議員とともに、市議会で齊藤市長の支援を続けている。

現在の熱海市議会の定数は21名。21名の中、明に齊藤市長を支援している議員は、

橋本議員と山田議員だけ。14名いる自民党会派は反齊藤勢力。

齊藤市長の市政運営がいかに大変かがわかる。それ故、一般市民の支援が必須である。

冒頭、齊藤市長の挨拶があった。

Shiseihoukokukai_001 Shiseihoukokukai_006

市長としては特定会派の支持を明確には打ち出せないため、それを感じる挨拶であった。

ただ、もちろん会場にいた全員が齊藤市長はもとより、橋本議員、山田議員の応援者

である。

山田議員、橋本議員の話はいずれも                  Shiseihoukokukai_008  

大変好感の持てる内容であった。

『4月の市議選では自分たちへの支援に加え、

齊藤市政を確固たるものにするために立候補が

予定されている数名の民主党の新人も応援して

欲しい。何としても新人含め全員が当選し、

現在2名の齊藤市長支援勢力を増やして

ゆかねばならない』との訴えであった。

最後に立候補予定のふたりが挨拶に立った。

人口4万1千人の熱海では当選のために必要な票は5~600くらいだそうだ。

新人含め民主党候補者全員に当選して欲しいが、各人にどのようなかたちで票を

割り振る戦略で臨むかについては、今後の民主党熱海支部の対応は容易ではない。

他に話題になったことは、何と言っても昨年12月に齊藤市長が出した『財政危機宣言』

12月30日のブログで書いたが、当宣言に対し、地元の経済・観光関係者が苦情を呈し、

『熱海は夕張の二の舞になるのでは』と、全国的に話題となった。

これ以上の官民の対立は熱海の再生に大きなマイナスであるとの判断で、齊藤市長は

25日に、名称を『財政危機宣言』から『財政再建スタート宣言』に改めることを発表した。

これで官民の対立には一応終止符が打たれることであろう。

このことについては、橋本議員の1月26日のブログに的確にまとめられている。

今後多くの自治体が『財政危機宣言』を出すことであろう。

大英断のもと、全国の自治体に先駆け宣言を出した齊藤市長は、先々大いに評価される

ものと思う。

2007年1月28日 (日)

熱海にて(1)

一昨日夜熱海に来た。今回は4日までいる予定。

滞在中、熱海市と齊藤市長関連で、今回はいろいろ予定が入っている。

何度もブログに書いたが、去年9月新しく熱海市長になった齊藤市長を応援する活動に

いろいろ参加している。

それとともに、沈滞した熱海を元気にするため、一市民の立場で市長に提案する機会が

持てればと、以前から思っていた。

年明け市長にメールを送りその旨お願いしたら、「是非よろしく」との返事があり、

31日に市長に会うことになった。

提案書には、市長が年頭所感で述べたことを受けて、以下の4つを書いた。

 1. 人口5万人タウン復活作戦

 2. 観光戦略室特別顧問の登用

 3. 韓国つながりの強化

 4. もったいない運動

2と3は、先日ブログに書いた異業種交流会で議論したことである。

市長面談前であるため、詳しい内容についてはここでは差し控えさせていただく。

面談前に市役所内のいろんな話を聞きたいと思い、昨日市役所関係者の女性の

Sさんにお会いした。

お会いした場所は起雲閣の前の甘味処、福屋さん。    

Kiunkaku Fukuya

福屋のご主人のHさんは齊藤市長の支援組織のキィマンで、Sさんは役所内で齊藤市長を

応援している方である。

抹茶と草団子をいただきながら、カミサンも一緒に、おふたりから知らなかったお話を

いろいろお聞きし、ますます齊藤市長を応援したいという気持ちが高まってきた。

10時半から1時まで初対面のおふたりと     Natural

大いに盛り上がった。

そのあと行きつけのカフェ ベーカリー

ナチュラルで美味しいランチセットを食べ、

海岸をブラブラしながら帰ってきた。

2007年1月26日 (金)

大学の仲間の飲み会

半年ぶりに大学時代の寮仲間の飲み会をやった。

寮の名前であった白陵寮と寮歌に出てきた惜春をとって、会の名前は白陵惜春会。

場所は有楽町の帝劇ビルの下にある大学のクラブ。

便利がいい場所で、お世話をしてくださる女性が数名いて、いろいろ無理も言え、

何と言っても気楽に使えるとてもいい場所である。

昨夜は10名が集まった。久しぶりにしてはちょっと寂しい数だった。

M君から朝電話があり、『退院2週間なんだけどみんなに会いたいので行くよ』と言って

いたが、体調がすぐれず結局不参加。

M君のこともあり、最初の話題は病気と健康。

この歳になると大体どこかに問題がある。ガンということばも出はじめた。

健康・病気の次は株の話でしばらく盛り上がった。

かつて自分のいた会社の株、あそこの株がいい、銀行株はなぜ上がらないのだろう・・・

たしかに株の話はシニアが集まれば定番の話題である。テニスコートでもしばしば

株の話で盛り上がる。

そのあとは政治の話。

45年近く前の寮時代の話はもちろん色々出るものの、会社の話題はもうほとんど

出なくなった。

気心の知れた長い付き合いの仲間なので、何の気兼ねも遠慮もなく毎回大いに

盛り上がる。

『惜春会をもっと頻繁にやろう』ということで衆議一決。

これまで年に2回くらいだったのが一気に春夏秋冬1回づつやるということになった。

1月、4月、7月、10月の第3火曜日に集まれる者が集まってやろうということで

その場で早速部屋を予約した。

6時からはじめ、終わったら9時、今回もあっという間の3時間であった。

自動車運転過失致死傷罪

今朝の新聞各紙は、『自動車運転過失致死傷罪』を新設する刑法改正案が

まとまり、今通常国会に提出されるとのニュースを報じている。

ブログで何度か書いたが、昨年9月に起きた川口市の小鳩保育園園児4人が

亡くなった悲惨な事故がきっかけになったのではないかと思う。

12月初め、遺族のおひとりの福地さんが刑法改正に向けた署名活動を

行うということを知り、川口で行われた署名活動に参加した。

福地さんとはそれ以来ネットで交流を続けている。

最愛の園児を亡くされた福地さんたちの想いが通じ、法務省が動き、改正が

至難の基本法である刑法が改正されることとなった。

これで、極めて悪質な事故の加害者に対しては従来の『危険運転致死傷罪』、

加えて、飲酒運転による人身事故および脇見運転・前方不注意事故に対しては

今後、『自動車運転過失致死傷罪』が適用されることになる。

併せて、現在、警察庁が悪質運転加害者の厳罰化を目的とした道路交通法

改正案の提出を準備中である。

これらの法改正が悪質運転事故の抑制になることを切に願うばかりである。

以下は今朝の朝日新聞ニュース。

  ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

酒気帯び事故、最高で懲役10年 法務省が刑法改正案

法務省は、交通事故に適用されてきた従来の業務上過失致死傷罪(最高で懲役・

禁固5年)とは別に、最高刑が懲役・禁固7年の「自動車運転過失致死傷罪」を

新設する刑法改正案をまとめた。

今国会に提出する。成立すれば、飲酒運転中の悪質な人身事故には今後、

原則としてこちらの罪が適用されることになる。

警察庁が提出予定の道交法改正案とあわせると、酒気帯び運転中の交通死傷

事故の最高刑は現行法下での懲役6年から懲役10年に、酒酔い運転の場合は

懲役7年から懲役10年6カ月に、それぞれ引き上げられることになる。

悪質な交通事故に関しては「アルコールの影響などで正常な運転が困難な状態」や

「故意の信号無視」などが立証される場合については、01年に危険運転致死傷罪

(現在は死亡時懲役20年以下、負傷時同15年以下)が導入されたが、適用条件が

厳しく、業務上過失致死傷罪との「格差」を問題視する声が出ていた。

2007年1月24日 (水)

娘の誕生日会

娘のダンナから、娘の誕生日会をやるので来ないかと誘いのメールが届き、

横浜の娘宅にカミサンと一晩泊まりで出かけた。

誕生日会は去年も呼ばれたが、今年はダンナがリキを入れて準備していた。

食事は京都の和久傳という店からの取り寄せ鍋。

それに、いただきものとのことだったが富山の氷見の寒ぶりとしめさば。

取り寄せ鍋は白味噌仕立ての京野菜づくしの鍋だった。

どれも食べたことのないものばかりで舌づつみを打ちながら楽しんだ。

Nabe1 Nabe2

デザートはフルーツケーキ。

趣向を凝らし、孫娘のミサキがおもちゃの手押し車に入れてハピーバースデイを

歌いながら運んできてくれた。

    Cake1   Cake2

カミサンからは娘夫婦がよく利用する近くの温泉、満天の湯の回数券をプレゼント。

これはなかなかいいアイディアでふたりは喜んでいた。

ちょうど2歳3ヶ月になったミサキは我々が話していることがよくわかるように

なっている。

おしゃべりもよくできるようになってきていて、ビックリするようなことや

『えー、そんなことが言えるようになったの』というようなことを時々しゃべる。

食べていて『おいしー』とミサキが言ったとき、冗談で、『おいしいーじゃなく、

ウメーって言うんだよ。あとはヤベー、コエー』と言ったら、すぐ娘にたしなめられ、

それを聞いていたミサキが、『だれも言ってないよ。言っちゃダメなの』と言い、

全員大笑い。

1ヶ月に1~2度しか会わないので、会うたびに成長を感じ、どんどん面白くなって

きている。

この夜は興奮して11時まで起きていた。

2007年1月21日 (日)

異業種交流会参加

ブログが縁で、熱海市長選挙をきっかけに交流をはじめた方からお誘いを受け、

昨日異業種交流会に参加した。

熱海の齊藤市長もこの会のメンバーである。

会合のあった場所は南青山。

横須賀の田舎に住む者には平素縁のない場所である。

青山に南がつくだけでよけいに魅力的に感じる。

この会は20年以上続いていると聞き、先ずはビックリ。

異業種交流会はあちこちでやられていることだろうが、20年以上続いている会は

珍しいのではなかろうか。

2時から5時まで、自己紹介、講演、質問と意見交換があり、場所をかえて懇親

2次会という流れだった。

初めての参加で、知っている方(と言っても、一度ちらりとお会いし今回誘って

いただいた方)以外は知らない人たちばかりで、定年退職者にはあまり縁が

ないのではと思いながら参加したが、大変面白く、楽しめた。

参加者は30歳中ころ~40歳中ころと思われる人たちが中心。

ざっと数えて45人くらい。驚いたのは女性の比率の高いこと。6割くらいは女性だった。

もうひとつ驚いたのは、会合がはじまって1時間以上経っても遅れて参加する人の

多かったこと。皆さん働き盛りの人たちばかりで土曜日であるものの仕事をしていて、

おそらくそれを切り上げて駆けつけてこられたのであろう。

自己紹介で聞いた職種もさまざまだった。講演が金融関連の話であったため比率から

言えば、金融関係者が多かったが、マスメディア、商社、IT関連、弁護士、医師等々

さまざまな分野の第一線で活躍しているたちの集まりであった。

昨日の講演は、会のメンバーのおひとりの日本銀行の方がスピーカで、演題は

『銀行経営とリスク管理 ~日本の金融機関は世界に通用するか~』

案内メールには、『金融機関のリスク管理とビジネスモデルの変遷についてお話を

いただき、今後日本の金融機関が進むべき方向性について議論する』と書かれて

あった。

銀行経営の要諦はまさにリスク管理であること、金融工学を用いた計量的なリスク

管理、銀行経営における新しいビジネスモデル等々大変興味深い話であった。

質問では、まさに折りしも世間を賑わしている日銀の金利政策に話題が集中し、

司会者が『金利の話以外にご質問は?』と発言するほどホットなやりとりになった。

講演会が終わったあとは場所を移して2次会。

5名くらいの女性の皆さんと名刺交換したが、皆さん大企業の課長職。

お話をお聞きし、ミドルマネージメントとして活躍されている様子がよく伝わってきた。

いろんな方と知り合ったことに加え、もうひとつ大きな収穫があった。

後日またブログで紹介させていただくが、今月31日に熱海の齊藤市長に面談し、

常々考えていることを提案させていただくために時間をもらった。

提案の初稿資料はつくって、昨夜の会にお誘いいただいた熱海つながりの方には

既に送って、昨夜お会いしたときに意見交換をしたいと思っていた。

2次会の席で数人の方と議論し、とてもいいご意見、アドバイスをいただいた。

提案に反映させていただこうと思っている。

ということで、大変楽しい有意義な会合に参加でき、機会があればまたぜひ参加

したいと思った。

2007年1月19日 (金)

『芋たこなんきん』

『芋たこなんきん』のタイトルを見て、あっ、あの話だと思う人は、ブログをみて

いただいている方の中で、たぶん半分以下の人ではなかろうか。

『芋たこなんきん』は、現在放映中の朝のNHK連続テレビ小説のタイトルである。

定年後毎朝の楽しみになっている朝の連続テレビ小説は、『わかば』、『ファイト』、

『風のハルカ』、『純情きらり』、『芋たこなんきん』とずっとみてきた。

『芋たこなんきん』は大阪が舞台。原作は田辺 聖子。

『芋たこなんきん』ということばは、大阪には古くからあることばだそうで、女性の

好きな代表的な食べ物を表していて、たしか言い出しは井原西鶴とのこと。

去年の9月からはじまった『芋たこなんきん』は途中回想シーンが1週間以上続き、

いくぶん中だるみしたが、ここにきてまた話が展開しはじめ、面白くなってきた。

ネット百科事典ウイッキペディアによると、『芋たこなんきん』は3月末で終わり、

4月からは盛岡市を舞台にした『どんど晴れ』というプログラムがはじまるそうである。

最後の顛末を考えながら、『芋たこなんきん』を毎朝楽しんでいる。

2007年1月17日 (水)

あれから12年

12年前の1月17日、朝5時46分、あの大惨事、阪神淡路大震災は起きた。

今年は、亡くなった6434名の方々の13回忌である。

朝からテレビで特集番組が繰り返し放映されている。

今朝は冷たい雨の中での慰霊祭となった。

毎年のことだが、涙が止まらなかった。

神戸は大学時代を過ごした思い出の地。40年以上前のことだ。

神戸で最初に下宿したのはJR六甲道駅の近くだった。

仲間4人と2部屋の1軒屋を借りて住んでいた。

1軒となりが大家さんのYさん宅だった。

賄い付きの下宿で、朝晩食事をYさん宅に行って食べていた。

4人とも不規則な怠惰な生活をしていて、おばさんにはホントにお世話になった。

おばさんは文句ひとつ言わず、ずっとお世話してくださった。

六甲道駅周辺は、震災で最も甚大な被害を受けた地区であった。

Yさん宅も崩壊したが、幸いなことにご家族は全員無事だった。

震災から2年後に下宿していた仲間3人でお見舞いに伺った。

かつての建て込んでいた家並みは跡形もなく、あちこちに更地ができていた。

去年の4月、寮で一緒に過ごした仲間25人が神戸に集まった帰り道、

一昨年事故で亡くなられたYさんのご主人にお線香を上げるため、下宿仲間と

ふたりで再度お邪魔した。

ご主人は、震災復興のため地元のリーダとして大変ご尽力された。

復興の証に、『神戸 風の郷』という公園を造ることが夢であったそうだ。

その『神戸 風の郷公園』は昨年4月に開園した。ご主人は開園を見ることなく

亡くなられたとお話を聞き、胸が痛んだ。

ちょうど2人の娘さんたちが実家に帰って来ていて、ラッキーなことに娘さんたちにも

会えた。下宿していた当時、娘さんたちは、小学校低学年と幼稚園。

今や50歳と48歳と聞き、ビックリ! おふたりとも大学生の子供さんたちがいて、

子供さんたちがちょうど当時の我々とほぼ同じ年齢。

昔話に大いに盛り上がった。

Yさん宅の数軒隣に下宿していた3人の神戸大学の学生たちが震災で亡くなった

ことを、この時はじめて聞いた。

つぶれた家の下敷きとなり、燃え盛る火の中、周りの人たちは手を貸すことができず

亡くなっていったことを、Yさんは話してくださった。

そういえば、去年の震災の日の朝日新聞に、亡くなった学生たちの話が大きく

取り上げられていた記憶があり、そのことをおばさんに話したら、おばさんは

『そう、朝日新聞に出ていたのはあの学生さんたちのことだったのよ』

大変な数の命がこのような最期をとげたのかと思うと。。。

夕刊にこう書いてあった。

『震災を”6千人が死んだひとつの事件”と考えるのは死者を冒涜していないか。

ひとりが死んだ事件が6千件あり、6千通りの死があるはずだ。ひとり一人の

命を見つめるべきではないか』

あらためて尊い命を落とされた皆様のご冥福を心よりお祈りする。

2007年1月15日 (月)

テニスクラブ年次総会

昨日の日曜日、テニスクラブの年次総会が行われた。

10時から、毎月恒例のテニスコートの掃除を全員で行った。

掃除が終わったあと、コートのそばにある菖蒲園を数人で散策した。

菖蒲園はできて20年近くになる。以前一度カミサンとシーズンに来たことがあるが、

人が多くあまりいい印象が残っていなかった。

昨日はシーズンオフで花は何も咲いていなかったが、園内は広くゆったりした造りで、

菖蒲だけでなく藤の木がたくさん植えてあり、すばらしい施設であることをあらためて

認識した。もう一度ゆっくり来てみようと思いながら散策した。

総会は菖蒲園の会議室で行われた。             Tennis_2

クラブができて今年は25周年。

できて間がない時期に入ったので、みんなと

一緒にこのクラブで25年近く楽しんでいる

ことになる。

18年度の決算報告、19年度予算案および

事業計画案の説明があり、問題なく承認された。

会員総数は123名、ジュニア会員が8名いるものの、多くがシニア。

ビッグニュースは、小学生のマキちゃんが12歳以下の全国選抜神奈川大会予選で

みごと優勝したこと。マキちゃんに聞くと、400人くらいいる中で足きりがあり、今回は

5戦を勝ち抜き優勝したとのこと。クラブからお祝いが渡された。

総会が終わったあとお弁当が出て、和気藹々のなか昼食会。

最後に、25周年を記念して作られたクラブ名の入ったポロシャツとスウェットシャツが

全員に配られ、総会は終了。

2007年1月14日 (日)

新しい年、エンジン全開

昨日、アメリカから来たK君に会ったあと、久しぶりにフランチャイズ パソコン教室

キュリオステーションの石川社長に会うため、FC本部のある下北沢の事務所を

訪ねた。

新年早々、石川社長のエンジンは全開、新しい企画・プランが目白押し。

教室は開設ベースで既に全国69店舗、契約ベースで89とのこと。

目標は契約ベースで今年中に150。初めて聞く大きな目標だ。

1教室の在籍生徒数(過去の在籍者含め)を300人として、150教室ということは

4万5千人のデータベースがあることになる。全員がパソコンを使えるのだから

地元密着でいろんなことができる。

加えて、すべての教室が商店街にあるので、近隣の商店、それに街全体を相手に、

パソコン教室にとどまることなく、石川社長がキュリオステーションをはじめられた

当初の想いである地域のデジタルステーションがいよいよ実現できる機は熟してきた。

また、デジタルステーションを支えていく仕掛け・仕組みもどんどん出来てきている。

3ヶ月に1度発行され、1回の全国配布部数が100万部のホームページ誘導型

フリーペーパ@motteco(アットマーク モッテコ)は1月号から冊子となり、さらに

3月号から完全リニューアルし、『これであたなもメジャーデビュー』のタイトル通り、

ウエッブ本(モッテコ本)の紹介を中心に構成していくとのこと。

自費出版は通常数百万円の費用がかかり、なおかつなかなか人に見てもらえない

のが実情。

『モッテコ本』」は誰にでも廉価でウエッブ出版ができ、さらにリアルな本にすることも

可能。その上、広告宣伝までしてくれる画期的なウエッブ出版システム。

これは大いに期待できる。

併せて、4月にはキュリオステーションに一層弾みをつけるため新しいフリーペーパー

『デジタルニュース・キュリオステーション』が創刊される予定。

幹部スタッフも年末に優秀な若い人たち3人を抜擢し、権限を委譲しチャレンジングな

大きな目標に向けて邁進できる態勢ができたようである。

会社の分社化もほぼ決まり、株式の上場も視野に入ったようで、石川社長の言われる

勝負の年のスタートを感じながら話を聞いた。

業容が拡大し、きっと大きく飛躍する年になることだろう。

2007年1月13日 (土)

15年ぶりの再会

20年くらい前一緒に仕事をし、今はアメリカに住むK君が出張で来日し、15年ぶり

会った。

20数年前、K君は会社を休職し自費でアメリカ  ミシガン大学でMBA(経営大学院)

資格を取得した。ボクよりちょうど10歳年下。

K君はMBA取得後、日本に帰ってきて一時期同じ職場で海外事業を担当した。

その後、アメリカの現地法人に出向し、MBA資格を活かし財務関係に携わった。

どうしてもアメリカの現地企業でビジネスをやりたいとの強い希望で、会社を退職し

当時低迷していたホテルに入り、ホテルの再建に大いに力を発揮した。

プライベート面では、アメリカ人の奥さんと結婚し、今は女の子3人の良き父親である。

結婚と同時に家もサンディエゴに建てた。

ホテル事業のあとはベンチャーキャピタル系企業で人脈をつくり、現在はその人脈、

ノウハウを活かし、ベンチャーキャピタルのコンサルタントをやっているという経歴の

持ち主である。

15年ぶりの再会で(しかも当時数年間一緒に仕事しただけで)あったが、お互いに

まったく経過した年月を感じることなく、気がついたら3時間近く話していた。

仕事のこと、家族のこと、昔一緒にやった仕事・当時の仲間のこと、アメリカと日本

住む場所は違うが生き方、考え方・・・話題は尽きることなく、盛り上がった。

話の端々で、K君のすばらしいダンナぶり、父親ぶり、ステキな家族をうかがい

知ることができる話をいろいろ聞いた。

15年以上前、結婚直後、奥さんを連れて日本に来た折に、職場に訪ねてきてくれて

3人で食事をしたことがあった。

可愛い美人の奥さんで今回もらった写真に写っている3人の娘さん達もみんな可愛い。

ただ、仕事は大変厳しいようだ。

アメリカでベンチャーキャピタル事業を個人のコンサルタントとしてやっているので

あるから、厳しさは容易に想像できる。

ホテルの幹部として勤めていたとき、『奥さんと一緒にサンディエゴに来たら、

スイートの部屋に破格の料金で泊めて、グランドキャニオンほか案内するから』と

何度も言われながら、結局行かなかった。今から思えば残念である。

今回も『ぜひサンディエゴに来たら』とお誘いを受けた。今度こそぜひお邪魔しよう。

これだけ頑張っているんだから、是非いいことがあるようにと心から願いながら別れた。

2007年1月12日 (金)

ハードディスク・ドライブ(HDD)

毎日お世話になっているパソコンの記憶装置、『ハードディスク・ドライブ(HDD)』

ついて新聞に面白い数字が出ていた。

HDDは、IBMが大型コンピュータの記憶装置として開発し、去年は50周年にあたる

そうだ。当初、格納できる情報量は、5MG(新聞約4日分)だったものが、今では、

なんと新聞1800年分の750GB。

超小型ディスクは携帯電話にも組み込まれていて、小さな携帯電話の中で

高速回転している。

ディスクは、パソコン用なら最大毎分7200回で高速回転し、円盤すれすれの

位置をヘッドが動き、情報を読み書きする。

磁極を小さくして記録密度を上げ、小さい磁極を読み書きするために、ヘッドと

ディスクの距離をいかに縮めるかが、HDD技術の勝負のポイント。 

今や、その距離は、10万分の1ミリ。

ここからが興味ある話。

1ミリ角のヘッドをジャンボ機の大きさとすれば、ジャンボ機が地上0.6ミリの高さを

飛ぶ計算になるほど、ヘッドとディスクの距離は縮まったきているとのこと。

大変な技術である。

いま使っているこの小さなノートパソコンの中で、そんなスゴイことが起きているんだと

思うと、オドロキを超えて感動をおぼえる。

2007年1月10日 (水)

横須賀は寒い

一昨日、12日ぶりに横須賀に戻ってきた。

熱海に比べ、特に朝夕が寒い。

マンションと戸建ての違い、それに寒ければいつでも温泉に入れる違いが大きい。

戻ってきて一番の仕事は年賀状のチェック。

定年退職したら会社の連中との年賀状のやりとりは徐々に減らしていこうと思って

いたが、なかなか難しい。

出す数を減らそうと思いながらも、ついつい1年に1度の挨拶だからという気になり、

あまり減っていない。また、届けば申し訳なく思い返事を出す。

ということで、松の内も明けた8日に『年末年始家を空けていたためご返事が遅れ』

言い訳を書いて、今年初めていただいた方含め10人くらいの方々に返事を出した。

あとはパソコンに登録した住所録を更新すれば年賀状はすべて終わり。

さて、熱海では年末年始マンションで多くの顔なじみの方々にお会いしお話をした。

80歳を超えた女性のWさんが年末体調を崩し救急車で運ばれそのまま入院された。

Wさんからは、女性たちで時々やっているマージャンに一度ぜひと言われていたのに

しばらくは難しそうである。

71歳の男性のHさんは相変わらずお元気。いぜんとして現役で活躍されている。

お勤めの大手の車メーカが海外工場を建設する折には、今でも陣頭指揮を取って

おられる。辞めたいと社長に5度言われたそうだが、もう少しもう少しと言われここまで

きてしまったと言われていた。

インドがいかに大変な国であるか、ブラジルに造った工場のある場所のすばらしさ、

いま取り組んでいるベトナムの工場のこと等々、『大変ではあるが、仕事は本当に

面白い』と、目を輝かせながら話してくださった。

碁を何度かやったことがあり、去年心臓のバイパス手術をされた68歳のTさんは

すっかり元気になられていてホットした。

マンションに住んで11年。古くから知り合いの皆さんは高齢になられたものの、

今年も変わらず交流を続けていければうれしい。

2007年1月 8日 (月)

道路交通法改正試案

昨年末、警察庁より『道路交通法改正試案』が出された。

警察庁は飲酒運転を中心とした悪質・危険運転者対策等の試案に対しパブリック

コメントを求めている。

http://www.npa.go.jp/comment/kouki2/20061229.pdf

試案に対しご意見のある方は警察庁へコメントをお送りください。

  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~

昨年9月、川口市の小鳩保育園の園児の列に車が突っ込み園児4人が亡くなる

という大変悲惨な事故については、ブログで何度か書いた。

ブログを通し、遺族のおひとりの福地禎明さんと知り合い、12月初め東川口駅前で

行われた署名活動に参加した。

以来、福地さんと交流を続けている。

福地さんのお嬢さん悠月ちゃんたちの亡くなった事故の加害者は飲酒運転で

ないため、福地さんたちは検察庁から『危険運転致死罪の適用は難しい』と

ずっと言われ続けられてきた。

そのような中、福地さんたち遺族の皆様は署名活動を続け、検察庁へ繰り返し

繰り返し上申を続けてこられた。

福地さんたちの行動がひとつの引き金となり、12月31日の日経新聞に以下の

記事が掲載された。

  「危険運転致死傷罪」が適用できない交通事故について、法務省は刑法に

  新たな規定を設ける方針を固めた。

  「業務上過失致死傷罪」を適用していた脇見運転、速度超過などドライバーに

  重い過失がある人身事故を対象とし、罰則を引き上げる。

  2月に法制審議会に諮問し、2007年通常国会への刑法改正案の提出を

  目指す。

このニュースを知り、福地さんたちと一緒に大喜びした。

飲酒運転やひき逃げに対し厳しい罰則が話題になる中、小鳩保育園児の

事故のように脇見運転、速度超過の加害者に対しても厳しい処罰が課せられて、

当然である。

その意味で今回の刑法改正には大変大きな意味がある。

法改正とは関係ないが、警察庁に以下の意見を送った。

-----------------------------------------------------------

 昨年9月、川口市の小鳩保育園4児死亡事故の起きた道路が生活道にも

かかわらず制限速度が時速60キロであることを問題視し、川口市の岡村市長が

警察庁ほかに道路交通法の改正を要請した結果、保育園周辺1キロ範囲の

道路が時速30キロ制限となりました。

 生活道と言えども速度制限の標識がない道路は、全国一律時速60キロ制限で

あることを知り、愕然としました。

 悲惨な事故が繰り返されることがないよう、早急に道路交通法を改正し、全国の

生活道の速度規制が実現されることを切望します。

2007年1月 7日 (日)

齊藤市長年頭所感

ちょっと遅れたが、熱海新聞に出ていた齊藤市長の年頭所感と市役所仕事始め式

での訓示のポイントを紹介。

ブログで何度も書いたが、齊藤市長は9月就任後、所信表明、タウンミーティング、

新庁舎建設等で自分の意見を表明してきた。先月市長の行った『財政危機宣言』は

あちこちで話題となり、波紋を広げた。

そのような中での新年の挨拶である。

  ・財政再建は、平成23年度の単年度黒字化を目標に取り組んでいく。そのため

   その間は緊縮財政でいくのは仕方ない。次の5年に向けて通らなければならない

   試練である。

  ・次の5年間は、『観光振興』、『人口増』、『民間活力の活用』、『新産業創出』、

   『雇用増』、『長期滞在型保養地つくり』を中心に取り組んでいきたい。

  ・財政再建の道筋は夏までにつくる。どの事業を凍結、延期するのかを決め、

   補助金もきちんと整理したい。

  ・『観光戦略室』は、財政再建と同じく、熱海の観光についてもう一度総括し、

   新しい目標とプランをつくっていきたい。

  ・19年度は、歩いて楽しい街づくりの商店街の活性化、イベントを中心とした

   観光振興、新たな行政需要を掘り起こす行政コンビニに取り組んでいく。 

  ・市制70周年の今年を『熱海再生元年』と位置づけ、先々振り返ったときに、

   熱海復活がはじまった年だったと言われるような年にしたい。

市長就任前は熱海と縁のなかった齊藤市長であるが、地域振興に対し卓越した

経験・ノウハウを活かし、血縁・地縁・しがらみの根強いこれまでの熱海市政に

清新な風を送り込みはじめている。

さまざまな人たちが熱海再生を願っている。

先日ブログで書いた20歳代後半の人たちが中心となり、昨年秋にできた

熱海まちづくり研究会』もそのひとつである。

グループではブログを立ち上げ、メーリングリストを通し、活発な議論がたたかわ

されている。

何かが形になっていく予感がする。

2007年1月 6日 (土)

熱海諸々

3が日明けの熱海を散策した。

我が家の近所の名門旅館 水口園は Atami14_018_1

とうとう廃業した。通りがかりの人が

有料老人ホームになるのではと話していた。

これまた我が家の近くで熱海の象徴的な

ホテルのひとつであった西熱海ホテルも

廃業した。海岸沿いの大月ホテルも

オーナーが代わり歴史のあった大月ホテルは

なくなった。寂しい限りである。

好天気のサンビーチは気持ちがよかった。

Atami2 Atami3

ビーチのあとお昼は、中華料理の壱番に行った。

壱番は熱海で一番人気のあるチャイニーズレストラン。何を食べても美味しい。

Atami14_009 Atami14_014

Atami1_2

帰り道、街中7ヶ所にある熱海七湯の            

ひとつ、小沢の湯の前の店で卵を買って

小沢の湯でゆでた。

まさに温泉卵が出来上がった。

2007年1月 4日 (木)

さあ、今年のはじまり

今日から仕事はじめ。

と言っても、定年退職者には無縁の話。とは言え、やはり気になる。

年末年始の日巡りがあまりよくなく、帰省した人たちはあわただしい往復で

大変だったことだろう。テレビで2日の夜既に帰省がはじまったことを報じていた。

駅で子どもと孫を見送るジイジ・バアバの姿をみて、休みがもっと長ければ

いいのになぁと思った。

日巡りが一番いいのは、元旦が水曜日の年で、9連休になる。

自分の現役時代を考えてみると、正月明けは休みが取りにくかった。

休暇を取ったあと出勤し、『あけましておめでとうございます』を言うのは、

どうも気まずかった。

そのため、帰省しても初出の日に合わせ帰宅し、出勤したものだ。

かつては、初出日は着物姿の女性が多く、新年という感じがした。

仕事もお昼まで。午後は麻雀、これが初日のスタートだった。

そんな初出日は今は昔。

今は先ずは、全員メールチェックでスタートという初日であろう。

あけましておめでとうございます』の挨拶と言えば、退職したら言う機会が

極端に少なくなるということに気がついた。

今年、三が日で、『あけましておめでとうございます』を言った人は、10人少々。

元旦の朝起きたときカミサンに言い、あとはマンションの知り合いに言っただけ。

考えてみると、新年の挨拶をしていたのは、ほとんど会社の人たちだったのだ。

ということで、新しい年が本格的にスタートした。

2007年1月 3日 (水)

箱根大学駅伝

毎年楽しみにしている箱根大学駅伝を今年も2日間観た。

昨日は午後出かけたため、順天堂大の逆転劇のあった往路最後の5区は見逃した。

3年連続で5区の箱根の山を走った今や顔なじみの順天堂の今井が今年も

4人抜き。今井は区間新記録で走り、4分差があった1位の東海大学を抜き往路

1位で昨日の初日を終えた。

結局今日の復路も終わってしまえば順天堂が制し、順大は大差をつけて総合優勝。

最後の10区は区間新記録を出して、優勝に花を添えた。

来年のシード権が取れる10位までと、11位以下とでは大変な差がある。

11位以下の学校は、来年は予選会から勝ち上がってゆかねばならない。

今年の復路後半のシード権争いは特に熾烈だった。昨年わずか10秒差で11位に

終わった城西大は、今年は一時シード権が取れる位置にいたが、最後は残念ながら

また11位、来年は再度予選会からとなる。

駅伝は厳しい。絶対にタスキをつないでゆかなければ、仲間全員の1年間の努力が

無になってしまう。走る前どの選手も完走できるだろうかと、きっと大変不安なことで

あろう。

今年も2日間、12時間のドラマは終わった。

   ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~

午後、横浜から娘が今日から仕事のダンナをおいて、孫娘ミサキを連れて熱海に来た。

ルンルン気分で最寄駅に迎えに行った。

娘によれば熱海に来るのは5月以来だそうだ。

数日間いるそうでしばらく楽しめる。

    Ekimisaki2_3  Ekimisaki

2007年1月 2日 (火)

初春獅子舞

MOA美術館の能楽堂で行われる3が日恒例の初春獅子舞を観に行った。

お正月とあって熱海は温泉街らしい賑わい。

熱海新聞によると、年末年始の宿泊客は昨年を7%近く上回ったとのこと。

MOA美術館も新年の趣き。

Moa_001 Moa_002  

カミサンが去年秋MOA美術館友の会に入会し、招待券4枚をもらっていたので、

ボクも入場料なしで入れた。

能楽堂もお正月らしい雰囲気。

正式な獅子舞を観るのははじめて。舞台は横浜の獅子保存会の皆さん。

白い狐、ひょっとこ、獅子舞の順で、30分の演技はすばらしかった。

特に、獅子舞の所作は何ともいえない巧みがにじみ出ていた。

Moa_008 Moa_010

Moa_014 Moa_018

MOAではいま佐賀・鍋島藩の”将軍家への献上 鍋島”を展示中である。

こちらもすばらしかった。

美術館から熱海の街をのぞむ風景は大好きだ。ちょうど初島から戻ってくる船が見えた。

Moa_023 Moa_026

新年らしい雰囲気にひたれた一日であった。

2007年1月 1日 (月)

新しい年のはじまり

新年明けましておめでとうございます。

昨夜は、いつも途中で寝てしまう紅白歌合戦を最後までみた。

終わってすぐカミサンに誘われ、我が家から歩いて10分足らずのところにある

来宮神社にカウントダウン初詣に出かけた。

年越しの初詣に行くのはいつ以来だろう。

来宮神社は伊豆山神社と並び、熱海では由緒ある神社。

横須賀の家の近くには神社がないため、今では来宮さまが我が家の氏神様。

当然のことながら参拝者でごったがえしていた。

Shinnen_029 Shinnen_030

良い一年であったことへの感謝とお礼、それに新しい年も変わらぬ1年であることを祈願。

振る舞われていたお神酒をいただく。

厄年をチェック。今年は我々も娘夫婦も厄年から外れている。

冷えた体を温めるため帰って温泉に入る。カミサンが『明日朝は海岸まで行って

初日の出を拝みたいので起こして』 

たしかに予報では晴れ。初日の出が期待できそうだ。

6時ころ目が覚め、カミサンを起こすが初詣のあとテレビ、パソコンで遅くまで

起きていたようで『私は行かないから、写真撮ってきて』 おいおい約束が違うじゃない。

久しぶりに初日の出が見えるとワクワクし、15分くらい歩いて海岸へ。

大勢の人たちが期待した初日の出は雲の帯にさえぎられて、残念ながら水平線を

昇るところを見ることはできなかった。

Shinnen_033 Shinnen_041

お屠蘇と雑煮で新年を祝った。Shinnen_049

こうして、新しい年がはじまった。       

お正月に『おめでとうございます』が言える

幸せを実感しながら、今年も1年過ごして

いきたい。

新しい年が皆さまにとりまして健やかな

良い1年になりますように。

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