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2006年12月

2006年12月31日 (日)

『熱海で宝探し!』

今日は大晦日。

と言っても、夫婦ふたりの正月。お客さんが来るわけでもなく、元旦朝から

スーパーは開くし、カミサンは昔ほどオセチにリキ入れず、淡々とした大晦日。

大晦日にこんなノーテンキなブログはどうかと思いつつ、『熱海で宝探し!』

一昨日熱海駅に着いたら、即カミサンが『宝探しのチケット買いたい』と駅の旅行

代理店へ。千円でチケット買って、『明日行こう!わたし楽しみにしてたの』と。

熱海で宝探し!は、今月16日から1月14日までのイベント。

熱海市役所のホームページでも紹介されていて、斉藤市長も積極的。

宝探しは購入した宝の地図をもとに、熱海市内にそれぞれバラバラに隠されている

埋蔵金に関する4つのヒントを集める。集めたヒントから宝箱のありかを推理して、

実際にその場所を探しあてる。

もらったパンフレットに書かれた手がかり地図を見ながら1番目のヒントが隠された

場所へ。あったあった、下の写真にある黒いボックス、これにヒントが書いてある。

そのあと、2番目→3番目→4番目と進む。

ただ、ボクよりカミサンの方がずっとひらめきがよく、終始カミサンにリードしてもらう。

途中、同じパンフレットを持って『ここだ、ここだ』と言いながら歩いているカップルに

出会う。みんな若い。

   Takarasagashi_001_1  Takarasagashi_011

Takarasagashi_005 Takarasagashi_019

さあ、ヒントは4つ集まった。ここからが大変。

集めたヒントから宝箱のありかを推理して、実際にその場所に行くのが次のステップ。

正解の場所には宝箱が置いてあり、そこにキィワードが書いてあってそのキィワードと

4つのヒントを報告用紙に書いて観光協会に持って行く、これが手順。

ヒントから宝箱のありかを推理するのが大変だった。カミサンとふたりで悩んで、

いろいろ意見を言い合うが、わからない。

そのうち『えー、こうじゃない』、『あー、そうかも』と、ひらめいた時の感激、うれしかった!

『そうだとすると、ここじゃないかな?』ということで目当ての場所に行く。あったー!!

(ブログを見ていただいている方でチャレンジする方がいらっしゃるかもしれないので、

宝箱のありかの写真は出しません)

興奮しながらキィワードを書いた。           

ちょうどふたりともお腹がすいていて、中華料理屋へ。   Takarasagashi_020

遅昼を食べて、キィワードを持って観光協会へ。    

埋蔵金の一部の金箔をもらう。

記念写真を撮って、ボードに張ってくれた。

写真を見たら若い人たちばかり。

きっと最高齢カップルでは。

おもしろかった。格好のアタマの体操になった。

そのあと昨日のブログで紹介した『熱海まちづくり研究会』の

唯一の女性メンバーのTさん宅のコーヒショップ藍花に行った。

熱海駅から歩いて2分。とても素敵なお店で美味しいコーヒをいただいた。

隣に工房とギャラリーがあり、珈琲関連用品の他、陶芸やキルト・アクセサリーの

飾りつけ・展示も素敵だった。美人のTさんがお店にいて、しばしおしゃべり。

小春びよりの中、4時間以上歩き、今日も万歩計は14,000歩。

Moa_027 Moa_028

Takarasagashi_002 Takarasagashi_004

今夜は紅白をみて、終わったらすぐ近くの来宮神社に初詣に行く予定。

今年もブログにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

どうぞ皆さま良いお年をお迎えください。

2006年12月30日 (土)

最近の熱海のホットな話題

こちらで越年するため、昨日午後カミサンと熱海に来た。今回も1ヶ月以上ぶりだ。

最近の熱海のホットな話題を紹介したい。

ブログで何度か書いたが、9月に熱海では4選を目指した現職の69歳の前市長を

43歳の斉藤 栄市長が破り、地縁・血縁のしがらみだらけの熱海に、これまで

熱海とは無縁だった若い革新市長が誕生した。その差わずか62票の極僅差の

勝利だった。前市長を破ったとき、ボクは斉藤市長の誕生は天啓だと思った。

今月5日、斉藤市長は熱海財政危機宣言を発表した。

それに対し、市議会が20日、宣言の撤回を求める決議を採択した。

『財政が非常事態という宣言は、夕張市の破綻と重ね合わされ、観光面で

プラスはひとつもない』と市内の観光関連団体が猛反発。

市議会でも『逆宣伝だ』と批判の声が相次いだ。

市長は宣言で、極めて近い将来、財政再建団体に転落することは必至と指摘。

市財政のための会議を立ち上げ、5年後の健全財政を目指すため、市民に協力を

求める内容になっている。

これに対し、市議会は、市長の一方的な宣言が全国を”独り歩き”していると非難。

『財政危機宣言』の波紋は大きく広がり、斉藤市長は苦境に立たされることになった。

しかし、斉藤市長は宣言は撤回しない方針を貫いている。

ここにきて、斉藤市長に追い風になると思われる記事が、発売中の週刊文春

新年特大号に出た。

あの小泉前首相の懐刀で、是々非々の直言居士、猪瀬 直樹さんの執筆記事

『隠れ借金7兆円で夕張化する町』

地方自治体の借金財政の現状がつぶさに5ページにわたって書かれている。

そのうち、はじめ2ページに熱海が取り上げられている。

記事の内容は明らかに斉藤市長に好意的である。

曰く、

  『借金だらけになると、行政サービスが低下し、ゴミ収集の回数が減ったりすれば

  それこそ、熱海のイメージが悪化する』

  『熱海市長の宣言は、住民に”逃げる権利”を行使される前に、”監視する責任”を

  求めた、と理解したほうがよい。このまま放っておけば、借金苦で熱海市全体が

  沈没する、いやそれどころか”借金列島”日本が沈没する』

  『10年前に132億円あった基金(積立金)はほぼ使い果たして、19億円しか

  残高がない。にもかかわらず危機感がなかった。公務員数を数えればわかる。

  人口4万人規模なのに、市役所の職員が630人もいる。人口千人あたりの

  職員数がじつに15人。全市町村平均は8人なので、2倍近い。ゆるゆるの

  世界ができあがっていた』

このような”外圧”は市長を後押しするには最高である。

市議会議員はもちろんのこと、財政危機宣言に文句を言っている温泉・観光関係者も

きっと読んでいることだろう。

できるだけ多くの熱海市民にも読んでもらい、市長の考えていること、やろうとしている

ことが自分たちにとって必要なことなのだと認識してもらいたい。

論者があの猪瀬直樹氏であることが何と言ってもいい。

間違いなく斉藤市長の改革推進を後押しするすばらしい応援メッセージである。

同時に、猪瀬氏が言う”ゆるゆるの世界”をつくりあげた3期務めた前市長に対し

大いに憤りをおぼえる。

9月の市長選のこと、斉藤市長を応援し支えていきたいこと、市議会で市長の

施政方針演説を傍聴したことなど、ブログに書いてきた。

ブログを読んでいただいたことが縁となり、新たに知り合いになった方も少なくない。

ネットでの交流とともに、何人かの方々とは実際お会いした。

その中で、20歳台後半の若い人たちのグループ熱海まちづくり研究会にも

参加することになった。

『熱海まちづくり研究会』ではブログを立ち上げ、メーリングリストで活発に意見交換が

行われている。

年が明けたら、したためている提言を持って、一度斉藤市長に会いに行きたいと

思っている。

2006年12月28日 (木)

『ウエッブ進化論』

11月15日のブログ、『NPO月例会』で、ウエッブ進化論』(梅田望夫著 ちくま新書

2006年2月刊)が一読の価値ありと薦められたと書いた。

なかなかおもしろい本だった。知らなかったこと、興味あることをいろいろ知った。

副題は『本当の大変化はこれから始まる』 まさにそれを予感させる内容だった。

筆者が特に強調しているのは、グーグルのすごさ。

グーグルは『増殖する地球上の厖大な情報をすべて整理し尽す』という理念のもと、

98年に創業されたベンチャー。出来てまだたった8年なのに、05年にはその時価

総額が10兆円を超えたとのこと。今や世界中の才能がグーグル入社希望の列を

作っているという”化け物”会社になっている。

グーグルは『すべての言語におけるすべての言葉の組み合わせに対して、それらに

最も適した情報の取り出しを可能にする検索エンジンを無償で提供している会社』

日々刻々と更新される世界中のネット上の情報を自動的に取り込み、情報の意味や

重要性、情報同士の関係などを解析し続けるため、グーグルの30万台もの

コンピューターが365日、24時間動き続けている。

たった8年で、グーグルはマイクロソフトが脅威を感じる存在になっている。

本の中あちこちでネットの『こちら側』と『あちら側』との表現が出てくる。

いまやネットの『こちら側』から『あちら側』へのパワーシフトが起きつつあり、

その中でグーグルの存在意義が出てきている。

『こちら側』とはインターネットの利用者の世界。マイクロソフトのソフトは『こちら側』で

動作する。

それに対し『あちら側』とは、インターネット空間に浮かぶ巨大な情報発電所とも

言うべきバーチャルな世界。いったんその巨大な情報発電所に付加価値を創造する

システムを作りこめば、ネットを介して均質なサービスをグローバルに提供できる。

グーグルはまさに『あちら側』に仕掛けを構築した。その仕掛けのもとで、例えば

最近話題になっている無料の電子メールサービス『Gメール』は動作し、Gメールの

ユーザは過去の電子メールの内容を高速検索できる。ユーザひとりずつに1ギガ

バイトという巨大ストレージをネットの『あちら側』に無償で用意する。一生分の

メールが保存できるとさえ言われている。そのメールサービスがすべてタダとは。

Gメール側では、コンピュータがメールの本文を分析する。利用者がメールを読む時

内容に関連した広告が画面に表示される。それがグーグルの収益に結びつく。

今年グーグルが提供を始めた『グーグル・アース(Google Earth)』を使ってみたが

これもスゴイ。

無料でダウンロードできるグーグル・アースを使えば世界中の衛星写真を3次元の

立体映像で見ることができる。グーグルアースについては別の機会に紹介する。

本の中ではグーグル以外にウエッブ進化論がいろいろ紹介されている。

下記の記述が何度も出てきた。

『インターネットの真の意味は、”不特定多数無限大”の人々とのつながりを持つ

ためのコストがほぼゼロになったということである』

まさに言い当てている。

1冊の本の紹介を限られた文量ですることは所詮できない。

興味のある方は『ウエッブ進化論』を読まれては。

2006年12月27日 (水)

10,000Mプロムナード

昨日は一日中大雨、夜はカミナリ。この時期珍しい酷い一日だった。

打って変わって今日は絶好の小春びより。

好天に誘われ、カミサンと通称10,000メートル プロムナードを歩くことにした。

10,000メートル プロムナードはJR横須賀駅から観音崎まで。我が家はちょうど

中間地点。一気に10,000メートルを歩くのは自信がないため、今日は

プロムナードのスタート地点のJR横須賀駅まで上りを歩き、下りの観音崎までは

後日に残すことにした。

先ず、我が家の裏からスタート。

Sanpo_001 Sanpo_002

途中、プロムナードの表示を見て、歩行者道を歩く。

Sanpo_012 Sanpo_009

Sanpo_013  Sanpo_011

ショッピングセンター、子ども向けプレイランドを見ながら、プレイランドは、

孫娘のミサキがもう遊べるんじゃないかなと、カミサンと話しながら歩く。

Sanpo_007 Sanpo_010

戦艦三笠と東郷平八郎の像がある三笠公園に寄る。この公園に来たのは久しぶり。

碑には『皇国の興廃この一戦にあり』、東郷平八郎の有名なことばが書かれている。

ここから東京湾内唯一の島、猿島に行く渡船が出ている。

Sanpo_015 Sanpo_016

三笠公園から歩いて5分くらいのところに横須賀市民が『ベース』と呼ぶ米軍横須賀

基地がある。

Sanpo_018 Sanpo_017

歩き疲れ、お腹もすいてきたので、行きつけのタイレストラン サワディへ。

ここは水曜日はビュッフェスタイルのランチ。シェフがタイ人で料理は美味しい。

お店の雰囲気もアジアンテイスト。今日もまた腹いっぱい食べてしまった。

Sanpo_020 Sanpo_019

食事が終わってプロムナードのスタート地点まで歩く。

JR横須賀駅のそばの海沿いにヴェルニー公園という公園があり、ここがスタート

ポイント。

自衛隊の潜水艦、アメリカの軍艦が停泊していた。クリスマス休暇のためなのか

停泊中の軍艦は多く、街中にも多くのアメリカ人がいた。ヴェルニー公園は初めて

きたがスペースに余裕のあり、人もあまりいなく、とても雰囲気のいい場所である。

Sanpo_025 Sanpo_028

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少々疲れてしばらくベンチに座って海を見ていた。

『さあ、最後はどぶいた通りを通って帰ろう』と、歩き出す。

どぶいた通りは米兵相手の店が多い場所として知られている。かつては多くあった

酒を飲ませる店は今はもうほとんどないようだ。

肖像画を描く店、ジャンパー専門店、いかにも、どぶいたらしい。

Sanpo_031 Sanpo_033

Sanpo_034 Sanpo_035

どぶいた通りを抜けたあと電車に乗って帰った。

家を出て4時間、万歩計を見たら17,000歩。 とにかく疲れた。

帰ってすぐ風呂に入り、午睡した。

 

2006年12月25日 (月)

やったー、できたぁ~!

毎年この時期になると、やらなければ、やらなければと思いながら、先送りしてしまう

年賀状つくり。今日やっと手をつけ、何とかできあがった。

最近は表も裏もパソコンなので、『書いた』ではなく『できた』になる。

定年退職者なんだから、時間はふんだんにあるはずなのに、何故もっと早くやらないの

だろうかと、我ながら思う。

11月後半から、今年こそ早くやろうと思いながら、『まだまだ時間がある』→『来週は

ゼッタイやろう』、次は『明日中に必ずやろう』と決めてもやらず、今日はとうとう意を

決してやることにした。

筆ぐるめを使っているが、1年に1回しか使わないため毎年忘れてしまっていて、

ついつい余計な時間がかかる。印刷の失敗も必ず出る。

今年も合計6時間以上かかった。

4年くらい前まではプリントごっこでやっていた。そのころはパソコン以上に時間が

かかった。

今年は裏書はデジカメで撮った写真にしようと思い、娘と孫娘のミサキに付き合って

もらって先月横浜の港が見える公園のそばのバラ園で撮った写真を使うことにした。

元いた会社でかつてお世話になり今は会長になっている方や、元副社長だった方に

送る年賀状がカミサンと孫が一緒の写真付き年賀状でいいだろうかと気には

なったが、『いいや、定年退職した身だから』と割り切り、写真付きの年賀状に以下を

書いて全員に送ることにした。

   定年退職し2年半がたちました。NPO活動、週数回のテニスなど、

   仲間との交流を通し、ブログ『定年バンザイ』生活を楽しんでいます。

   『華麗に加齢』をモットーに、今年も充実した年にしたいと思っています。

   健やかな良き一年になりますよう、祈念申し上げます。

これで明日は投函できる。

毎年年賀状の束をポストに入れたら、『やれやれ、これで大仕事が終わった!』

という気持ちになる。

毎年、来年こそはもっと早くやろうと思うんだが・・・・

2006年12月24日 (日)

クリスマス イルミネーション

今夜はクリスマスイブ。

カップルにとっては1年で一番エキサイティングな夜。しかも今年は日曜日。

我が家の近所では毎年12月になるとすてきなイルミネーションの飾り付けをする

家が増えてきた。

Hilton_008 Hilton_009

Hilton_011 Hilton_010

昼間パソコン教室に寄った。

こちらもクリスマスの雰囲気。

  Xmas0   Xmas1  

壁には全国66ヶ所にオープンしているXmas4

パソコン教室キュリオステーション

写真が掲載してあった。

来年中には100ヶ所になるのでは

ないだろうか。

今年も1年間、店長のN君と講師の

Iさんには大変お世話になった。

本当にありがとうございました。

2006年12月22日 (金)

ミクシィ仲間から

以下はマイミクのTさんのミクシィへの書き込みとTさんとのその後のやりとり。

説明不要なのでそのまま掲載。

    ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

 忘年会の席で、「なぜ男性は女性に長時間おこられるのか?」 という話題になった。

 「私は1分」「長くて1時間」と女性陣からいろいろな意見が出たが、たぶん自己申告

  より長く怒っていることだろう。

 一方、男性陣は総じて長時間怒られたことがあると判明。

 早々に謝ると「謝れば済むと思ってるんでしょ」と怒られ、 時間をおいて謝ると

 「悪いと思ってないくせに」と怒られ、話題を変えようとすると「話を逸らすな」と

 怒られ、おしぼりをいじり始めると「ちゃんと話を聞け」と怒られ、話の矛盾点を

 指摘して火に油を注ぐ。

 怒りの原因は日頃の男性の行いにあるのだろうし、 脳の違いがこのような

 修羅場を招くらしいが、怒りを即座に静めるよい方法はないのだろうか。

※ ボクからTさんへ

 わかるなぁ~、この話。

 もうひとつ付け加えると、怒りの発散は1回で終わらない。 ことあるごとに、

 同じことを言う。

 我が家の場合、数十年前のことが何度出てきたことか。

 このくだり、「早々に謝ると・・・火に油を注ぐ」、よくできてるなぁ~

 たしかに男と女の脳の違いは大いにあり。

 怒りを即座に静める方法を書いた本があったら1万円でも買うなぁ。

※ Tさんからボクへ

 男女脳を研究している黒川伊保子さんのお話は面白いですよ。

 「女脳は言語脳が発達しているので言葉で納得したいのです。

 だからどんどん追求が激しくなり、説得力を増すために、過去から未来、直接

 関係ない事まで、自在に話を操ります。男脳にとっては、三歳児が縄跳びの

 二重交差飛びを見せられているようなもの。 理解を超えて寝るしかなくなって

 しまいます」

 寝たらもっと怒られますよね(涙)。

※ ボクからTさんへ

 いやー、これもまったく同感!

 特に、”どんどん追求が激しくなり、説得力を増すために、過去から未来、

 直接関係ない事まで、自在に話を操ります”

 まるで我が家の夫婦のやりとりを覗かれているよう。

 おもしろいのでボクのグログに書かせてもらいます。

 

2006年12月21日 (木)

お悔やみ

一昨日三鷹よりの帰り、町田にお悔やみに寄った。

6~7年前から知り合いのご夫婦で、先月ご主人がガンで41歳で亡くなった。

ご夫婦には子どもがいなく、38歳の奥さんがひとり遺された。

都合でお通夜、告別式に行けなかったため、お悔やみにお邪魔した。

ご主人の闘病がいかに大変であったか、壮絶であった最期の様子含めいろいろ

お話してくださった。

また、入院中家族がガンで闘病されている多くの方に会い励まされ、ガン家族の会に

入り、ガンにまつわる本もたくさん読み、出来ることはすべてご主人のためにやって

あげる生活がずっと続いたことを話してくださった。

『ガンに罹りやすい人はどんな人かわかりますか?私は多くの人から話を聞き、また

夫をみていてわかったような気がします』

『3つあるんじゃないかと思います。ひとつ目は、めちゃめちゃ細かな性格の人。

夫は例えばパジャマを着るとき袖は必ず左から通していました。メガネを置く時はツルを

ず右を上にしてたたんで置いていました。二つ目は、白血球の数が少ない人です。

三つ目は、常温の低い人です。これはあくまで私の考えることですが』

ボクは3つのいずれも該当しない。

ただ、今や死亡する人の1/3はガンで亡くなっている。

『何も食べる気にならなくて、昨日は1度食べましたが、今日は何も食べていません』

ということで、無理やり連れて近所のレストランに食事に行った。

『何でもいいから食べること。それに落ち着いたら仕事をはじめること』をアドバイスし、

大丈夫だろうかと心配ではあったが、送ってもらった駅で別れた。

あとでメールが届いた。

『夕ご飯、一緒に食べてくださったこと、本当に有り難かったです。

またいつか笑ってお会いできる日を楽しみにしています』

そう、きっと笑って会える日がくるヨ。それまでガンバッテ!

   ~~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~

今朝のNHKのテレビニュースで、『川口の保育園児交通死亡事故の起きた道路が

生活道にもかかわらず制限速度が時速60キロであることを問題視し、川口市長が

警察庁ほかに道路交通法改正の要請をし、実現することになった』ことを報じていた。

ニュースをみて、ご遺族の福地さんに早速メールを送った。

福地様

今朝のNHKニュースをみました。

川口市の岡村市長から警察庁ほかへの要請を受け、小鳩保育園周辺1キロ範囲の

道路が時速30キロ制限になることが決まったそうですね。

福地さんがインタビューで話されていたとおり、これを契機に早急に全国の生活道の

時速制限を30キロとし、2度と同様の事故が起きないようにして欲しいと切に

願います。

福地さんはじめご遺族の皆様が立ち上がられ、それに市が呼応した結果達成できた

大きな快挙です。

2006年12月20日 (水)

さすが三鷹は進んでる

先日、葛飾のIさん宅で忘年会をしたとき三鷹市の市民活動が話題になった。

三鷹市のNPOをはじめとした市民活動は、その先進性では日本のトップレベルだと

言われている。

三鷹で活動している人たちをいろいろ知っていると話したら、ぜひ勉強に行きたい

ということになって、昨日葛飾の人たちと一緒に行ってきた。

三鷹の窓口になっていただいたのは、先月和光市で一緒に講演会の講師をやった

山根 明さん。山根さんはNPO シニアSOHO普及サロン・三鷹で幅広い活動を

されている。

お邪魔した場所は、三鷹産業プラザ。

三鷹産業プラザは平成10年に建てられ、株式会社まちづくり三鷹を中心に、

行政・民間・市民が連携し運営維持管理されている。

活動の中心は、起業、ボランティア、コミュニティビジネスなどSOHO(Small Office

Home Office)をベースとした事業。

業プラザはSOHO活動を支援するために相談・指導・サポート・パソコン指導を行う

地域センター。 

Helpdesk    Keijitate      

飾で活動していく上でヒントになる話しが    Yamanesan_1

山根さんからいろいろ出た。              

いかに思いを形にするか、シニアが望むこと、

セミナーの集客、企画書つくり、キャッチコピー、

団塊世代の地元回帰・・・・

地下1階は、コミュニティビジネスサロンに

なっている。

起業者がSmall Officeとして使えるレンタルデスクが10席あった。10月にできたそうで

あるが既に数席は使われていた。

Rentaldesk    Newspapertate  

途中、山根さんがすばらしい方を紹介して

くださった。Maedasan

SOHO CITYみたか推進協議会会長の          

前田隆正さん。前田さんは”地域起業の達人”

言われている方で、10月に”身の丈起業塾

(光文社)という本を出され売れ行き好調

とのこと。

たまたま前日、”身の丈起業塾”の出版を

祝う会が催されたそうである。

前田さんは、起業実務を身につけるためのSOHOベンチャーカレッジ』を開設、

田塾と言われ、塾長としてこれまでに136人の卒業生を輩出したそうである。

”Japan Venture Awards 2006"起業支援家部門で経済産業大臣賞を受賞された。

10人くらいの大学生が『SOHOベンチャーカレッジ』に入り、面白いビジネスがいろいろ

企画され、その一部は事業化が進んでいるそうである。

面白そうだなぁと思ったのは、”IPテレビ電話(スカイプ)を用いた韓国語講座”、それに

”SNS型会員制リサイクルショップ”

前田さんは73歳、山根さんは71歳、おふたりとも若く、こんな風に歳が重ねられたら

いいなぁと思った。

2006年12月19日 (火)

カミサンに誘われて

横浜のパンパシフィックホテルでヒルトン グランドバケーション・クラブの説明会が

あるから行こうとカミサンに誘われ行った。もともと娘が横浜であったハワイのイベントで

聞いてきた話で、この説明会に参加すれば1万円の商品券がもらえるということに

つられてふたりで参加した。

11月28日のブログに、伊豆高原の会員制リゾートマンションに体験宿泊したことを

書いた。ヒルトン グランドバケーション・クラブは海外版の会員制タイムシェア

コンドミニアムである。

ビデオを観たあと、個別に説明を聞くスタイルは伊豆高原と同じであった。

こちらも伊豆高原同様ポイント制で、購入したポイントを使って世界中に41ヶ所ある

ヒルトン グランドバケーション・クラブ直営のコンドミニアムおよび提携した2千以上の

コンドミニアムが使えるとのこと。伊豆高原で聞いた話よりずっと魅力を感じた。

終わったあと娘夫婦と待ち合わせして横浜中華街へ食事に行った。

みなとみらい地区はクリスマスの飾りつけ一色。

撮った写真がみんな手振れしていて残念である。

1年間孫娘ミサキの面倒をみたお礼ということで、娘夫婦にご馳走になった。

美味しい食事をいただき、5人でワイワイ楽しんだ。

ミサキは赤ちゃん顔からちょっと子ども顔になってきた感じである。

Hilton_006 Hilton_005

2006年12月17日 (日)

コメントとトラックバック

ここ数日、ブログに多くのコメントとトラックバックをいただいた。

ブログを書いている者としては大変うれしく、また大いに励みになる。

いただいたコメントとトラックバックをご紹介する。

既にコメント、トラックバックをご覧いただいている方は読み飛ばしてください。

 ◇  川口市の保育園児死亡交通事故について

    1.12月3日のブログで書いた書名活動に参加してお会いした亡くなった園児

     福地悠月ちゃんのお父さん福地禎明さんから (12月15日)

   http://tak05.cocolog-nifty.com/banzai/2006/12/post_26b9.html#c11080319

   2.福地さんから、『川口市から市として署名に協力したいので、30万人分の

     署名用紙を送って欲しいとの依頼があった』 (12月14日) 

   3.一緒に署名活動に参加した小栗さんがご自分のブログに以下書かれている。
   
    『川口市の岡村市長が、事故現場の法定速度が時速60キロだったことに触れ、

    「道路法令が通行人の安全に役立っていない。国に改善を求める」と報じ

    られた。このことで、具体的な行動をとられたかを市の担当者に確認したところ、

    岡村市長が10月25日に、警察庁長官、内閣特命大臣、全国市長会、

    埼玉県警本部長宛に要望書を出されたことがわかった』

   4.京都の今井 好子さんから (12月17日)

   http://tak05.cocolog-nifty.com/banzai/2006/12/post_7065.html#c11100307

 ◇  映画『硫黄島からの手紙』

   1.一市民さんから (12月16日)

   http://tak05.cocolog-nifty.com/banzai/2006/12/post_b33a.html#c11084736

   2.十勝川温泉 笹井ホテルさんから (12月16日 トラックバック) 

   http://sasaihotel.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_e602.html 

 ◇ 最近どうも気になる。。。

   1.石川さんから (12月16日)

   http://tak05.cocolog-nifty.com/banzai/2006/12/post_bd1d.html#c11094922

2006年12月16日 (土)

最近どうも気になる。。。

昨日のブログで、防衛庁の省昇格に関連して安倍内閣の政策に対し不安を抱くと

書いた。

防衛庁の省昇格および昨日成立した改正教育基本法いずれも、新聞が書いて

いる通り、安倍首相自らの掲げる『戦後体制からの脱却』を目指したものである。

ただ、『誰もできなかったことを成し遂げ、歴史に名を残す宰相になる』という

首相の野心がどうも見え隠れする。

それとともに、『大企業優遇の減税ばらまき』、『無所属議員の復党』は、来年予定

されている参議院選挙、統一地方選挙で勝つため一辺倒の施策と言われている。

選挙に勝つことは、たしかに『歴史に名を残す宰相になる』ための必須条件である。

やっていることがわかりやすいと言えばわかりやすいが、あまりにも自ら (だけでは

なかろうが)の利に向けて、なりふり構わず動くトップにこの国の将来を託していいの

だろうかと、最近不安を感じる。

そもそもこのような突っ走りを許しているのは、民主党がテイタラクであるからと

言い切ってよい。

拮抗する力が作用しない限り、何ごともバランスをとりながら進んでいかない。

加えて最近怒りをおぼえるのは、先月だったか安倍首相が任命した政府税制

調査会長 本間正明氏の常軌を逸した行動である。

都内の一等地にある国家公務員宿舎に安い家賃で入居し、しかもそこに親しい

女性を住まわせていたことが報道されている。

税金の取り方を議論する立場にある政府税制調査会長がとんでもない!

絶対に許せない!

もともと大阪大学の教授だった本間氏はいつの間にか偉くなり、財政諮問会議の

民間委員になり、挙句の果てこのありさま。

即刻クビにすることはもちろんのこと、世の中をなめきった態度に対しおとしまいを

つけさせる意味で、公の場で謝罪をさせたい。

任命権者の安倍首相の責任も問われてしかるべきであろうが、残念ながらテイタラクな

民主党には難しかろう。

おもしろくない話をダラダラ書いて申し訳ありませんでした。

2006年12月15日 (金)

映画『硫黄島からの手紙』

11月17日のブログで映画、『父親たちの星条旗』のことを書いた。

『父親たちの星条旗』はアメリカ側の視点でとらえた硫黄島の戦い。

『硫黄島からの手紙』は同じクリント・イーストウッド監督作品で日本側の視点から

とらえた全編日本語の映画。

すばらしい映画であった。最近みた映画の中では文句なくベストである。

終戦から60年以上たった今、すごい反戦映画ができたものであるとの印象を持った。

両作品とも戦争のむなしさと戦争には英雄はいないということを、ひたすら訴えている。

硫黄島からの手紙』は全米映画批評会議の最優秀作品賞に選ばれたそうで、

米国でも注目を集めていることがよくわかる。

『硫黄島からの手紙』は硫黄島守備隊の総指揮官 栗林忠道中将を中心に、作品の

ほとんどが最前線を描いている。

日本人が撮ったらもっとセンチメンタルになったかもしれないが、イーストウッド監督は

徹底して即物的に描いている。

殺すか殺されるしかないという戦争の実態、その即物的な残酷さを醒めた目で凝視

している。日本兵たちの集団自決シーン、米兵による捕虜虐殺シーン、はしゃいで

船から転落した仲間を見捨てる米兵・・・

多くの日本映画に見られるように涙を感傷として流さず、悲しみを別の感情に向かわせる。

許せないという怒りへ。

硫黄島の戦闘は終戦半年前の45年2月。敗戦濃い中、太平洋戦争最大の激戦と

言われた。2万3千の日本兵に対し、15万に近い圧倒的な米兵力と豊富な兵器。

5日で終わるだろうと言われた戦闘は36日におよぶ歴史的な激戦となった。

日本兵の生存者は10人と言われている。米兵も3万人近くが死傷した。

全編、戦争の不条理さと悲惨さ、それに人間としての兵士が表現されている。

栗林忠道中将を演じた渡辺 謙には国際スターの風格を感じた。

後半は涙が止まらなかった。戦争で亡くなった多くの若者を想って出てきた涙だった。

終わったあとしばらく席を立てなかった。

『硫黄島からの手紙』をみたあと読もうと思って買った栗林中将について書いた本

散るぞ悲しき』(著者 梯久美子、新潮社)を読みはじめよう。栗林中将が家族と

やりとりした多くの手紙が紹介されている。

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余談であるが、奇しくも今日防衛庁の省昇格が国会で決まった。

これにより、海外派遣は自衛隊にとって本来任務となる。

安倍首相は集団的自衛権の解釈変更や、自衛隊の海外派遣を容易にする恒久法

制定に積極的である。

専守防衛のあり様、はては核武装の必要性についてまで云々されはじめている。

徐々に軍備が拡大したり、自衛隊が暴走したりすることはないのだろうか。

戦争の虚しさ、悲惨さ、不条理さをこれでもかこれでもかと見せつけられた同じ日に、

先々に大きな不安をおぼえるニュースを聞き、この国は本当に絶対に2度と同じ過ちを

繰り返えすことはないのだろうかと、そこはかとない不安を感じるのはボクだけ

だろうか。。。

2006年12月14日 (木)

忘年会

昨日のブログでマイクロソフトに一緒に打ち合わせに行ったと書いたNPOユニコム

かつしかのIさん宅に忘年会で招待された。

ボク以外に、『葛飾区市民活動支援センター』の女性ふたりが参加した。

葛飾区市民活動支援センターは、NPOの中間支援組織と呼ばれる葛飾区の

外郭団体で、今年5月にできたセンターである。

Iさんのお宅にはこれまで数度呼ばれたことがある。ただ、横須賀から葛飾は遠い。

Iさんは調理師の免許を持っていて用意していただく料理がいつも大変美味である。

昨夜もみんなですばらしいご馳走をいただいた。

ユニコムかつしかの状況、NPO中間支援組織の運営の難しさ等々、NPOにまつわる

話で盛り上がり、『わたしはこう思う。こうすべきだ』と議論伯仲、大変おもしろかった。

支援センターのIさんはかつてNHKのテレビ番組のディレクターをやっていて、95年の

セルビア・クロアチア紛争時、現地に数週間滞在し取材したそうである。そのときの

話をしてくれたが、スゴイ迫力があった。フリーになってから世界あちこちでやった

取材活動の話も面白かった。

昨日のブログに書いたフューチャリンクネットワークの地域ポータルサイトについて、

今後葛飾でどのように取り組んでゆくか、こちらも議論が大いに盛り上がった。

美味しい料理をいただき楽しい会話ができた、とてもいい忘年会だった。

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12月3日のブログ、『ネットで知り合った人たちと過ごした1日』で書いた川口の

保育園児交通事故の遺族の福地さんからブログに以下のうれしいコメントが

書き込まれた。

  こんばんは。朗報があります。

  川口市の御協力を得て30万人分の署名書の準備中です。

  どれだけ回収できるかわかりませんが。

  ちなみに、手元にあるのは約2万人分です。

  明日、さいたま地検の説明会があります。手元の署名書も持っていきます。

  出来ましたら、花房様の言葉を伝えたいです。

  頑張ってきます。

2006年12月13日 (水)

マイクロソフトとの打ち合わせ

7月15日のブログに、フューチャーリンクネットワーク社の地域ポータルサイト

まいぷれのことを書いた。

ヤフーやグーグルでは検索が難しい生活に密着した地元の情報を求める人たち、

例えば、子育てをしているお母さん、介護している人、習い事をしたい人・・・

『まいぷれ』は、そういう人たちに役立つ地域情報ポータルサイトである。

『まいぷれ』のホームページの先頭には、こう書いてある。

『ちょっとがんばれば自転車でまわれちゃう。そんな小さなまちの情報をお届けします』

マイクロソフトは、フューチャーリンクネットワークの思い(と言うか、創業者の石井社長の

思い)に共感し、支援を続けている。

『まいぷれ』のことをボクに紹介してくださったのは、SITA(シニアITアドバイザ:サイタ)の

交流会で基調講演をお願いし以来知り合いになったマイクロソフトの市場開発部の

M部長である。

会員ではあるものの遠方であるため、ほとんど活動に参加できていない

NPO法人ユニコムかつしか』が何かフューチャーリンクネットワークと連携できるのでは

ないかと思い、ユニコムかつしかにフューチャーリンクネットワークと『まいぷれ』を

紹介した。

昨日、フューチャーリンクネットワーク・マイクロソフト・ユニコムかつしかの3者で初めて

意見交換の打ち合わせを持った。

以前からお会いしたかったフューチャーリンクネットワークの石井社長に初めてお会いし、

いっぺんに石井社長の持つ想い・情熱・エネルギー・行動力に魅せられた。

地域情報ポータルサイトをつくり、維持してゆくには、大変な人手と労力が必要である。

石井さんは何度も、『愚直にやっています』と言われた。まったくその通りだと思う。

30名の社員でよくぞここまでとの思いが痛切にした。

行政が支援し、制作・維持しているポータルサイト(まいぷれ)も出てきている。

その代表が川崎市宮前区のまいぷれ官と民の情報がうまく融合したポータルサイトに

なっていて、住民に重宝され広く利用されているそうだ。

今やどこの市区役所でもホームページは持っている。ただ、役所の部署毎の縦割り

情報が多岐にわたるため、ひとつのホームページには収まり切れていないのが

実情である。

役所情報が一元化され、それに民間情報が付加された地域ポータルサイトは住民の

望むところである。『まいぷれ』はまさにそれを目指している。

石井社長は会社を興して6年。

まだまだ発展途上でいろいろ大変な状況のようであり、華やかなITベンチャー企業の

仲間入りはもうしばらく先になりそうである。

明らかに社会に役立つことを愚直にやられている。

こういう方、こういう会社には是非とも成功して欲しい。

他のSITAグループにも声をかけ、連携の可能性を探ることを石井社長に約束した。

2006年12月11日 (月)

生命のメッセージ展 in早稲田大学 2006

11月24日のブログ、『生命(いのち)のメッセージ展』について、以下紹介した

  『生命のメッセージ展』は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を

  絶たれた人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを

  訴えることを趣旨に、全国各地で行われている展示活動である。 

  2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木共子

  さん鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てられた

  最愛の息子零くんを交通事故で亡くされた。

  無免許・無車検・スピード違反の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて

  悪質な事故であった。

  零くんは1年浪人し、早稲田大学に入学した。初めての授業を翌日に

  控えた日、友人と2人で歩道を歩いていたところへ飲酒運転の車が

  突っ込んできた痛ましい事故だった。

  悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により

  理不尽・不条理に命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年に

  『生命のメッセージ展』スタートした。

昨日カミサンと一緒に早稲田大学で開催されていた『生命のメッセージ展』に

行ってきた。

『生命のメッセージ展』は今回が40回目。早稲田大学での開催は3回目。

息子零君がいなくなったあと、鈴木共子さんは猛勉強し、零君が入った

早稲田大学にみごと合格。いまや4回生。

昨日は『生命のメッセージ展 in 早稲田大学 2006』の6日目で最終日。

3時から、鈴木さんをモデルに作られた映画、0(ゼロ)からの風

塩屋 俊監督との座談会があった。

Atami_002_2 Atami_004_2

塩屋監督と鈴木さんの出会い、監督が『0(ゼロからの風』をつくるに至った思い、

鈴木共子さん役の田中好子さん、零君役の杉浦太陽さんの演技ぶり、撮影裏話

など、監督と鈴木さんの対談とメイキング映像が放映された。

トヨタ、ホンダ、松下、富士通など企業と個人の寄付で制作費用のすべてを

まかなうそうで、これまでに寄付だけでつくられた映画はなかったとのこと。

Atami_008 Atami_005_2

座談会が終わったあとメッセージ展を見て回った。

亡くなった方の人型の足元に愛用していた靴が置かれ、写真とともに亡くなった

方の紹介と遭遇した事故について記してある。何度見ても胸がつまる。

Atami_012_4 Atami_015_2

2001年3月に『生命のメッセージ展』が始まったときにはたった10センチの

赤い糸だった毛糸が、『生命のメッセージ展』に来た多くの人たちがつないで

いって、今や左下の写真のような大きな毛糸たまになった。

     Atami_011_3       Atami_013_3 

最後にエンディングセレモニーがあった。Atami_016

今回の『生命のメッセージ展 in 早稲田大学          

2006』の運営に携わった学生たちが全員

挨拶した。メッセージ展に関わって得られた

思いが語られ、多くの感動的な話が聞けた。

早稲田大学のメッセージ展を見たのは

今回が2度目である。学生たちが心を込めて準備し運営した様子がひしひしと

伝わってきた。

来年5月以降2年間かけて、映画『0(ゼロ)からの風』は全国各地で上映される。

お近くで上映される折には、ご覧になってはいかがだろうか。

2006年12月 9日 (土)

倉敷にて(2)

昨日は妹夫婦がオフクロと一緒に車で3ヶ所の墓参りに連れて行ってくれた。

先ず、倉敷の北10キロくらいのところにあるOhaka1

オフクロの両親の墓。                                         

参ったのはたぶん50年近くぶりだと思う。

墓石に書いてある記録から、母親は昭和

16年、父親は昭和30年に亡くなっている。

父親のことは覚えている。

途中食事をしたあと、岡山の北30キロくらいの

ところにあるオヤジの先祖墓に行った。                      Ohaka2 

こちらも小学生のころ何度か来て以来なので

やはり50年ぶりだった。

山の中の大変な田舎で当時は岡山駅から

バスに延々と乗り、降りて山の中を1時間

以上歩いた記憶がある。

当時は墓参りが家族旅行だった。

覚えていたバス停の名前を妹と一緒に探し出し感激した。

先祖は250年以上前の文政時代から                Yashiki 

この土地の地主だったそうである。

50年前に行っていたとき既に屋敷は

朽ち果てていた。今はもう古井戸と祠しか

残っていなかった。

墓守をしていただいているお宅にご挨拶に

寄った。

山深い山村は今やもうすべてが70歳以上の世帯となり、21戸あった家は今は12戸に

なってしまったと話されていた。

ただ、山村にも舗装された道がつき、近くにはゴルフ場ができていた。

倉敷に戻り、弟宅の近くにあるオヤジの墓に参った。

墓地にあるモミジが見事に紅葉していた。

久しぶりの墓参りで心が洗われる思いがした。

Ohaka3    Ohaka4_1

2006年12月 8日 (金)

倉敷にて(1)

水曜日から3泊4日で郷里の倉敷に帰省している。

水曜日昼前に岡山空港に着き、バスで倉敷駅へ。倉敷駅にはいつものように弟の

カミサンが迎えに来てくれていて、ふたりで美観地区をブラブラ歩きお昼を食べた。

暖かい小春びよりでとても気持ちがよかった。

倉敷が最も倉敷らしいのは美観地区と呼ばれる一角である。

その名のとおり美観地区はいつ来てもその落ち着いた雰囲気に魅了される。

Ohara3 Mingeikan

Ohara1 Ohara2

食事は、倉敷では由緒ある旅館くらしき(下左の写真の柳越しに見える家)でランチを

食べた。

Ohara4 Syokuji_3

食事後、実家に行った。8ヶ月ぶりに会う86歳のオフクロは元気だった。

オフクロが散歩したいというので、卒業した中学校までふたりで1キロ近くの道を

ブラブラ歩いて行った。

考えてみると中学校に入学したのはちょうど50年前。

図書館と校庭はほとんど変わってなかった。

校門を入ったところに校訓が書いてあった。今でも覚えている。『強く、正しく、朗らかに』

懐かしい思いで校内を見てまわった。

Higashi1 Higashi2

Ground Higashi3

2006年12月 7日 (木)

1ヶ月ぶりに娘宅へ

火曜日から今日午後までブログのプロバイダーのメンテナンスのため

書き込みができなかった。

火曜日夕方から1ヶ月ぶりに横浜の娘宅に行った。

この1ヶ月の間に2歳2ヶ月の孫娘ミサキは成長していてビックリ。

1ヶ月前に比べ言葉がずっと増え、また言葉がつながり文になってきた。

オウム返しができたり、会話のまねごとのようなこともできるようになっていた。

観察力や集中力も増してきたような気がする。ひとり遊びもできるようになっていた。

ミサキと戯れる他愛もない時間は最高に幸せを感じる。

娘宅はクリスマスの飾りつけをしていた。

  Deco1_1   Deco2_1  

泊まった翌日の朝、ミサキはマンションの『ちびっこクラブ』に参加し、

お友だちと遊んできた。

娘が元会社の仲間のママ友や近所のママ友とKodomotati_1_1

頻繁に交流しているため、ミサキは                       

同じくらいの子たちと遊ぶ機会が多い。              

先週は蘇州に住む友だちのところへミサキを

連れて5泊で遊びに行き、上海・蘇州の旅を

楽しんできたようだ。

こういう機会があれば、子どもは一層成長

するのだろう。

娘宅に2泊し、昨日朝のフライトで、母親孝行と母親の面倒を

みてくれている弟・妹夫婦をねぎらうため郷里の倉敷に帰省した。

2006年12月 3日 (日)

ネットで知り合った人たちと過ごした1日

昨日は署名活動で川口市に出かけた。

何故出かけることになったかを先ず説明する。

ブログに熱海市長選挙のことを何度か書いたことにより、いろいろな方と

ネット上で知り合いになった。そのうちのおひとりは千葉商科大学

政策情報学部教授の小栗幸夫さんである。ボクのブログに小栗さんが

コメントを書いてくださったことがきっかけだった。

小栗さんは、熱海市長になった斉藤さんとは地域振興を通し昔からの

知り合いで、選挙の折には斉藤市長のブログに応援メッセージを書かれた

仲である。

小栗さんはスピードリミットが設定できる車、ソフトQカーを開発され、

その普及に尽力されている。 『ソフトカー・ダイアリー』というブログを通し

ソフトQカーのPR活動を続けられている。

1週間少々前、小栗さんのブログを見た方が書き込みをされた。

その方は、9月に川口市で起きた、保育園の園児の列に車が突っ込み

園児4人が亡くなった事故の遺族のおひとりである福地禎明さんである。

福地さんが東川口駅前で署名活動をする旨、小栗さんのブログに

書き込みをされたのを見て、昨日小栗さんと一緒に川口の署名活動に

参加した。

小栗さんにお会いするのは初めて。もちろん福地さんも初めて。

6時半に家を出て、2時間以上かけこれまた初めての場所、東川口に

行った。昨日はJリーグの優勝を決める最終戦が2時から埼玉スタジアム

であるということでスタジアムへの乗り換え駅である東川口駅は朝から

人がごった返していた。

小栗さんはソフトQカーで来られた。

Softcaro    Softcar2 

亡くなった4人の園児の写真が飾られ、新聞記事がテーブルに置かれ

園児たちのお父さんお母さんの呼びかけで、9時過ぎに署名活動は

はじまった。

Syomei2     Syomei1_1

Fukuchi  Youshi

お母さんの『ランドセルを楽しみにしていました』、『かわいい4人の女の子

たちでした』の呼びかけには、胸がジーンときた。

新聞・テレビ、マスメディア関係者も多くいた。

ボクも途中から署名のお願いに参加した。多くの方々が足を止め話を

聞いてくださった。

署名の趣旨は、『4人が亡くなった大変な事故なのに、加害者の処分は

あまりにも軽い。何としても法律を変えたい』との訴え。

署名をお願いした多くの方々が同意してくださって、『その通りです。

頑張ってください』と言われ、署名に応じてくださった。小学生、中学生、

子供を連れたお母さん、若いカップル、チャ髪の子、お年寄り・・・

近くの交番に延長申請し、署名は4時前まで続いた。

途中、福地さんにお願いして事故現場に連れて行っていただいた。

テレビで何度も見た場所だった。

活動に参加して本当によかった。

帰るときは心が洗われる気持ちになった。

今日もお父さんお母さんたちは別の場所で署名活動をされている。

子供さんたちが戻ってくることはないけれど、活動が社会を少しでも

動かしていくきっかけになればと、心から願ってやまない。

2006年12月 1日 (金)

五木寛之氏 講演会

今日からはや師走。

1日、1週間、1ヶ月の経つことが、なんと早いことか。歳のせいとは

思いたくないが。。。

野村證券の担当のHさんから連絡をもらい、『ノムラ資産管理フェア』に

参加の申込みをした。いろんな講演が書いてあったが、資産管理とは

直接関係ない五木 寛之さんの講演会に申込み、招待状が2枚届いた。

やることがあってボクは一昨日夜熱海から横須賀に戻ってきた。

カミサンは『もうちょっといる』と言って、熱海に残った。

そのため、講演会は女友だちのNさんを誘った。

11時銀座三越で待ち合わせ。

どこでお昼を食べようかとブラブラ歩き、結局イタリアレストランにする。

講演会は4時からで、その前に展示会を見るとしても時間はたっぷりある。

ワイワイいろいろ話し2時前までレストランにいた。

会場の有楽町国際フォーラムまで歩き、展示会場を1時間以上見て歩く。

五木 寛之さんの講演の演題は『こころの風景』

大きなホールは満席。おそらく500人は入っていただろう。

シニアが大半。男性が圧倒的に多い。

最近の殺伐としたご時勢の心にまつわる話が中心であった。

極めて慣れた話しぶりであったが、残念ながら期待したほどの内容では

なかった。

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