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2006年11月

2006年11月29日 (水)

紅葉を追って

会員制リゾートマンションに1泊したあと、伊豆の紅葉巡りをした。

先ず、伊豆高原から海沿いを南へ下り、河津七滝(ななだる)に寄った。

滝は昔から大好きである。

一番奥にあった釜滝(上の写真2枚)はあちこちから眺めた。

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今年の秋は暖かかったせいか、11月末なのに、どこも紅葉はイマイチだった。

Atami_029 Atami_052

河津七滝のあとは、以前から一度行きたいと思っていた天城トンネルへ寄った。

天城トンネルは旧と新ふたつあるが、もちろん由緒ある旧トンネルへ。

旧天城トンネルは伊豆の踊り子はもちろんのこと、天城越えで有名な場所。

天城越えは石川さゆりが歌ったことで一層知名度が上がったが、もともと伊豆の踊り

それに、少年と娼婦が天城峠を旅しているとき起きた殺人事件を長い間追い続けた

老刑事を描いた松本清張の小説、『天城越え』で知られている。

トンネルは100年前に作られ、石造りのトンネルとしては我が国最長のもので、いかに

建造が大変であったかと偲びながら通った。

霧が立ち込め天城トンネルの雰囲気が一層出ていた。

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帰路、まさに伊豆を思わせるワサビ田を見に行った。

これまた伊豆の踊り子に出てくる浄蓮の滝に            Atami_053_1

寄りたかったが暗くなってしまい、残念ながら

見ることができなかった。

途中、修善寺の近くから伊豆スカイラインに

乗ったが、これが大失敗。

相当高い峠をずっと通ってゆく有料道路で

霧が出て、センターラインがやっと見える状態で

20キロ以上ノロノロ運転で走った。

走っている車はほとんどなく、このような天気の日は霧が激しいということを知っている

人は多いのであろう。であれば、料金所でその旨言うべきだと怒りをおぼえた。

そのせいで熱海に着いたら8時近くになってしまった。

2006年11月27日 (月)

マンション年次総会

昨日熱海のマンションの年次総会があった。

昨年までは3年間理事をやっていたが、今年は開放されて楽な気持ちで参加した。

85戸の区分所有者のうち、25名が出席し、例年以上の出席率であった。

懸案だった大規模修繕工事が昨年無事終わり、今年の総会は大きな問題・課題は

なかったものの、いくぶん紛糾したテーマもあり、3時間近くかかった。

建って15年、経年劣化で補修、取替え箇所が増えてきた。

ボランティアで1年間やってきた理事会に対し、厳しい注文をつける良識を疑いたくなる

ような人が今年もいた。

そのような中、経費節減に向けた提案もいろいろ出て、これまで当たり前でやってきた

ことの中で、いくつかとり止めが決まったことは大いに評価できる。

毎年理事会が最も頭を悩ます来年度の新理事も何とか決まり、総会は無事終了した。

2006年11月25日 (土)

定年後増える夫婦の時間

10日間ほど、ボクは横須賀、カミサンは熱海で、”別居”生活が続いたが、一昨夜

熱海に戻ってきた。雨の中、2時間ひとりで運転してきた。運転がそもそも好きじゃ

ないので、2時間ひとりで運転しているとイヤになってくる。

夜10時半ころ着いた。ドアを開けると、カミサンはテレビを観ながら、『お久しぶり』。

ボクは10日間不自由したこともあったし、少々さみしかったこともあったが、カミサンは

ハピーに悠々と過ごしていたようだ。

数日前の新聞に、『定年後増える夫婦の時間』とのタイトルの囲み記事が載っていた。

11月22日は、”いい夫婦の日”だったそうで、この日に合わせて生命保険関連団体が

40~50歳代の既婚男女516人に調査した結果が出ていた。

夫の定年退職で夫婦の時間が増えることを喜ばない割合は、妻が夫の約2倍という

結果が出たとのこと。各設問への回答は総じて『妻が現実的でシビア、夫は賢母幻想に

すがっている』傾向だったようだ。

『生まれ変わっても今の相手と結婚したい』と肯定したのは、夫41%に対し妻は26%。

逆に『相手に先立たれた時、人生の楽しみが見つけられるか』では、見つけられる妻は

65%もいたが、夫は45%。

『夫婦は同じ墓に入るべきか』では、肯定は夫が49%で妻は34%。

調査結果の詳細は、こちら

テニスコートやSITAの集まりなどシニアの男女の集まる場所に出かける機会が多い。

『ダンナが定年してずっと家にいるのがうっとうしい』という話を聞くのは珍しくない。

我が家もしかり。

ダンナが第2の勤めから引退し、いよいよ「毎日が日曜日」になった夫婦の奥さんの

投書が新聞に出ていたことがある。

『ある程度、覚悟はしていたが、それまで調子よく流れていた自分の”川”の中に、突然

”亭主岩”が出現した感じ。一日の流れが乱れ、勝手の違うこと甚だしい』

以前ブログに以下のようなことを書いたことがある。

定年する前に考えていた『定年したあと大切なこと』は、ふたつ。

ひとつは、できる限りカミサンと一緒にいる時間(接点)を減らし、お互いに干渉しない。

ふたつめ、料理ができるようになれば、間違いなく点数が稼げる。

『お互いに干渉しない』は、満足できるレベルには、まだお互いほど遠い。

料理のレパートリーもまだまだ。『今夜はこれを作りたいからこれとこれを買おう』という

発想から、『冷蔵庫の中をのぞいて見て、そうか、よし、今夜はこれを作ろう』と、なれる

ことが目標だが。。。

最近、世の中でしばしば取り沙汰されている団塊世代が一斉退職する2007年は

もうすぐ。多くのお宅で、亭主VS女房の新しいバトルが起きることだろう。

2006年11月24日 (金)

生命のメッセージ展

9月16日のブログで、『生命(いのち)のメッセージ展』について以下の主旨のことを

書いた。

  『生命のメッセージ展』は、交通事故や犯罪等により理不尽・不条理に命を

  絶たれた人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを

  訴えることを趣旨に、全国各地で展示活動が行われている。 

  2001年にこの活動をはじめたのは、座間市在住の造形作家の鈴木共子さん

  である。鈴木さんは、2000年4月、母ひとり子ひとりの中で育てられた最愛の

  息子零くんを交通事故で亡くされた。

  無免許・無車検・スピード違反の酔っ払い運転の加害者が起こした極めて

  悪質な事故であった。

  零くんは1年浪人し、みごと早稲田大学に入学した。初めての授業を翌日に

  控えた日、友人と2人で歩道を歩いていたところへ飲酒運転の車が

  突っ込んできた痛ましい事故だった。

  悲しみのどん底の中、鈴木さんは立ち上がり、交通事故や犯罪等により

  理不尽・不条理に命を絶たれた全国の被害者に呼びかけ、2001年に

  『生命のメッセージ展』スタートした。

鈴木さんから昨夜電話をいただいた。

鈴木さんと知り合ったのは、息子さんの零君を事故で亡くされた直後の2000年だから

もう6年のお付き合いになる。

最近の『生命のメッセージ展』の活動、鈴木さんをモデルに作られた映画

『0(ゼロ)からの風』ほか、1時間近く話した。

10月中ころ撮影が開始された『0(ゼロ)からの風』は、3週間で撮り上がったそうで

ある。女優田中好子さんが鈴木さん役を演じ、関西を中心に撮影は行われたとのこと。

映画は早稲田大学創立125周年記念事業の一環として、トヨタ自動車、本田技研工業、

KDDI、富士通、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険、松下電器産業等が

サポーターになり作られた。

来年3月の早稲田大学での試写会を皮切りに、5月から2年間かけて全国の施設で

上映が予定されている。『ゼロからの風』の紹介はこちら

鈴木さんは『卒論も出し何とか卒業できそうです。卒業後はアート・造形活動を続けて

いくつもりです。今回の映画つくりに立会い、ものづくりのすばらしさを見て、ものづくりも

やりたいと思うようになりました。映画の最後では、私の夢である”生命のメッセージ展

ミュージアム”が完成します。夢が実現すればいいなあと思ってます』

『メッセージ展は犯罪被害者のグリーフワーク(Grief work)としてずっと続けていきたい

と思います。来週28日から平塚で、12月5日から早稲田で、それぞれ6日間開催します

ので、またお出でください』

今まさに、飲酒運転による交通事故が大きな社会問題となっている。

一度、『生命のメッセージ展』にお出かけになってみては。

2006年11月23日 (木)

薄型テレビ

一昨日の朝日新聞に『薄型テレビ 歳末出血戦』との見出しで大きな記事が出ていた。

今や1インチ5千円台となり、年末商戦では昨年同期より25~30%安くなるとみられ、

各メーカは”繁忙貧乏”で大変になりそうとのこと。

我が家のテレビが写らなくなり、パソコンでテレビを見始めて、もう1年半以上になる。

すばらしい映像で観たいとの欲はあまりなく、パソコンで観ることにもそんなに不便を

感じない。ということで、パソコンテレビ状態がずっと続いている。

新聞によると、売れ筋の37インチの平均価格はサッカーワールドカップ以降の7月に

急落。プラズマは10月に20万円の大台を割り、液晶も11月以降22万円台に。

薄型テレビの一般世帯普及率は今年3月末時点で19.8%。

『今年の年末商戦は、メーカがシェア優先、採算度外視で値下げしている。年末商戦で

底を打つとみる家電量販店もある』とのこと。

我が家もパソコンテレビから薄型に切り替える時期のようである。

ただ、プラズマか液晶か、迷うところ。

2006年11月21日 (火)

最近の株価

このところ嫌気がさすような株価の動きだ。

日米とも今年の株価の底値は7月18日だったそうだ。

それから4ヶ月。

アメリカは連日高値更新。日本のこのところの株価はもたもたした動き。

株価を決める大きな要因は、企業業績と需給(売買数)である。

それとともに、”人の心理”が大きな要因になると常々思っている。

”人の心理”のベースとなるのは、”人の考え方と性向”である。

最近の日米の株価の動きを見ていて、特にそのことを感じる。

アメリカの多くの投資家は『今日最高値を更新したから、明日はもっと高い値をつける』

と考えるのではなかろうか。それに対し日本の投資家の多くは『今日高値を更新

したら、明日は下がるのでないか』と考えるのではなかろうか。

アメリカ人に比べ日本人は、一般的に何かにつけて保守的で安全サイドに動く傾向に

あると言えるのではなかろうか。

アメリカ人と日本人の株価に対する心理の違いは、よく言われる、狩猟民族と

農耕民族の違いに起因しているのではなかろうかと思ったりもする。

ただ、最近の日米の株価の動きは長い目で見れば一過性で起きている現象であって、

当然動きは逆転することだってあるわけで、そもそもなんて言えないのかとも思う。

そのような中、昨日野村證券横須賀支店で、『当面の投資環境と参考銘柄』との

テーマでセミナーがあると連絡をもらい、今まさに格好の話だと思い参加した。

同じような思いを持っている人が多いのであろう、昨日は満席の盛況であった。

話のポイントは、

 ・企業業績は依然として好調である。企業予測によると、設備投資は06年9.6%、

  07年5.4%の伸張。上期の中間決算集計は、経常利益の上昇率は14.8%。

  ただ通期予測は各企業慎重で5.2%(下期だけだと3%のマイナス)

      ※ 今朝の新聞に、『慎重すぎるほどの企業の見通しに、外国人投資家から

      失望感が広がっている(大手証券)』と書かれていた。 

 ・一方、GDPの60%を占める個人消費は、06年の当初予測は1.7%伸張で

  あったが見直され、現在は1.0%。07年についても当初予測2.4%に対し

  1.9%に下方修正。

 ・ある野村證券のアナリストのコメントは、『もちろん景気が底割れしたわけではなく

  何も変わっていない。ただ、景気は軽い踊場局面を経て、上昇は来年の後半か』

  とのこと。

 ・年初言われていた景気の主役、前半企業・後半個人という図式は少々厳しいと

  言わざるを得ない。またアメリカの景気動向には依然として不安感が伴う。

 ・そのような中、外国人投資家は、05~06年で2ヶ月を除きずっと買い越しである。

  一方、国内個人投資家は、同じ期間で5ヶ月を除きずっと売り越しである。特に、

  8~10月の売り越し額は2.3兆円。

 ・最近の投資の傾向は、 ”買えない理由”を考える方向に流れがちで、結果

  商い数・商い高が伸びない。

最後の2点は、まさに冒頭に書いた”日本人の考え方・性向”に起因しているのでは

ないかと思う。

証券会社のセミナーであるから、最後に参考銘柄の話があった。

以下の参考銘柄について補足説明があった。

住友化学、信越化学、住友金属鉱山、コマツ、住友重機械工業、東芝、カシオ計算機、

キャノン、NTTデータ、大和ハウス、東日本旅客鉄道、ディスコ

2006年11月20日 (月)

2日続けて

10月23日のブログ『高校の仲間との会合』で、埼玉県和光市で

和光まちづくりNPOセンター』の理事長をやっている高校の仲間のT君から、

セミナーの講師を依頼されたことを書いた。

そのセミナーが昨日開催され、2日続けてのセミナー参加となった。

和光まちづくりNPOセンターが年末に計画している高齢者向けパソコン教室で、

補助講師を務める人たち向けの養成講座it.docが趣旨のセミナーであった。

場所は和光市中央公民館。Wako

20名の方々が 参加された。

パソコン初心者指導ということでは、

第一人者であるYさんにも参加を

お願いした。

YさんはシニアITアドバイザー(SITA)として

三鷹市を中心に幅広い活動をされていて、

71歳とはとても思えない大変前向きでアクティブな方である

自ら実践されているパソコン初心者指導を通し体得された経験・ノウハウを集大成した

『地域ITリーダーのための講師の心得』を1時間お話していただいた。

併せて、私が一昨日浦和のセミナーで事例紹介した『シニアITアドバイザ試験制度』

について話した。

Yさんの講演については、終わった後の意見交換の場で、多くの方から

『大変参考になった』とのコメントがあった。

参加者はシニアが中心であったが、中に5人、和光高校のITクラブの生徒がいた。

クラブの部長から『これから部活方針を考えていく上でも参考にさせていただきます』

との発言があった。

年末に計画されている高齢者向けパソコン講習会では、生徒たちも補助講師として

ボランティアで参加するそうである。

このように地域で異世代が交流できることはすばらしいことである。

終わってからYさんとお茶を飲みながら1時間以上いろんな話をした。

これまでまったく縁のなかった和光市で、高校の仲間の呼びかけでこのような機会を

持てたことに対し、大いによろこびを感じた。

2006年11月19日 (日)

ICT埼玉地域セミナー

埼玉県を中心に活動する『彩SITA』と総務省共催の『ICT埼玉地域セミナー』

saitama_seminar.pdfで事例発表をした。

           ICT:Information & Communications Technology(情報通信技術)

場所は、さいたま共済会館。参加者は約100名。 

Saitama0 Saitama1

私のテーマは、退職前の2000年に立ち上げたSenior IT Adviser(SITA:サイタ)に

ついて、立ち上げた思い、現況、SITAのこれからを用意したパワーポイント資料を使って

30分間話した。

セミナーは、彩SITAのメンバーが総力を挙げて準備・運営され、まさに手作りの

すばらしいイベントであった。

『子供とネットの危うさ』について、何とかしなければならない大きな社会問題であると

あらためて強く認識した。                  Saitama3

終わって懇親会があり、いろいろな仕事・

活動をされている方々と多くの新しい

出会いがあった。

職種もさまざま。自治体関係、NPO、

IT関連企業、シンクタンク、,コンサルタント、

大学教授・・・

中でも驚いたのは、30年近く前、会社で交流のあったNさんと出会ったことだった。

Nさんから、『SITA試験に挑戦し合格したこと、昨年定年退職し、あらたにソフト開発

会社に勤め、その会社の子会社の社長もしている』との話を聞いた。

定年し2年半たった今、このような機会が与えられたことに大いに感謝するとともに、

多くの方々と新たに知り合うことができ、大変有意義な一日であった。

2006年11月17日 (金)

映画『父親たちの星条旗』

カミサンはまだ熱海から帰ってこない。

横須賀と熱海でお互い好きにやっている。

昨日、以前から観たいと思っていた映画、『父親たちの星条旗』を観に行った。

『荒野の用心棒』、『ダーティハリー』に主演し、その後監督として製作した映画

『許されざる者』、『ミリオンダラーベイビー』でアカデミー賞を受賞した

クリント・イーストウッド監督の作品である。

映画の解説を引用すると、

『ウィスコンシン州で葬儀社を営むひとりの老人が、長い人生に別れを告げ、

最期の時を迎えようとしている。彼の名前は、ジョン・“ドク”・ブラッドリー。

1945年、海軍の衛生兵として硫黄島の    Ioujima 

戦いに赴き、激戦を戦い、そこで撮られた

1枚の写真によってアメリカ中から“英雄”と

讃えられた男。

しかし彼は、その後の人生の中で硫黄島に

ついて家族にひと言も語ろうとせず、

アメリカ中に知れ渡った写真についても、ひたすら沈黙を押し通した。

硫黄島で何があったのか。父は何故沈黙を続けたのか。

父親の人生を知るために、彼の息子が硫黄島の真実をたどり始める』

この写真は、社会科の教科書にも出ていた日本でも有名な写真。

写真の実態は、アメリカが戦費を集めるため、また国民の意識を鼓舞するため、

アメリカの勝利の象徴として国が宣伝に使ったものと言われている。

硫黄島戦記によると、日米双方が戦略的重要拠点と位置づけていた硫黄島

(現小笠原村)には、戦争末期昭和20年2月、米軍が熾烈な艦砲射撃や空爆を加え、

日本軍がそれに応戦し、凄惨な戦場となった。

たまたまイーストウッド監督は今日本に来ていて、昨夜のNHKのクローズアップ現代に

出演していた。

番組の中で以下のような話をしていた。

  『戦争を美化したり鼓舞する映画をつくるつもりはまったくなかった。

   祖国に多くの愛する人たちを残し、戦況について正しい情報を与えられることなく、

   多くの仲間が亡くなっていく中、強固な意志を持って戦い続けなければならない、

   それが戦争である』

  『アメリカ人から見た硫黄島だけでなく、日本人から見た硫黄島も映画に

   したかった。”硫黄島からの手紙”はハリウッドでは初めて、すべて日本語で撮影

   した。一方からだけだと、戦争の真実は見えてこない』

クリント・イーストウッド監督は76歳とのこと。すばらしい方との印象を強くした。

”硫黄島からの手紙”は来月封切予定。

もう一度、硫黄島を観に行ってこよう。

  

2006年11月15日 (水)

NPO月例会

町田市を中心に活動している『NPO法人 アクティブSITA』の月例会に参加した。

                                                   ※ SITA(Senior IT Adviser:サイタ)

毎月第2火曜日の夜6時から行なわれている。

第1回の月例会が開催されたのは平成15年の11月だから、ちょうど3年になる。

3年間休会はまったくなく、幹事持ち回りで毎月開催されている。

メンバーの参加率も高く、毎回誰かが講師になって勉強会がずっと続いている。

スゴイことである。

長期にわたり、これだけ高いモチベーションを維持しているNPOは珍しい。

昨夜は特に内容が豊富で、活発な議論となり終わったら9時前だった。

アクティブSITAの活動の中心は、

① 地域のITリテラシー向上事業 ② 行政・企業・各種団体との協働事業

町田商工会議所との連携が深く、商工会議所の会員(地元商店・企業)向けホーム

ページ制作事業の説明があった。

商工会議所が費用の一部を負担し、比較的廉価でアクティブSITAが請負い、制作した

ホームページは会員から評判がよく、今後も継続して受託が期待できるとのこと。

ふたつ目の事業説明は、NPO法人『特養ホームを良くする市民の会』と一緒に行った

『有料老人ホームに関するアンケート調査結果の冊子化支援事業』について。

東京都と神奈川県の150を超える有料老人ホームで取られたアンケートの調査結果の

膨大なデータを書籍にまとめ上げた作業報告であった。

『有料老人ホームの賢い選び方』の観点から、医療機関との連携状況、職員の体制、

情報開示の程度等、多岐にわたる調査情報が網羅された立派な書籍として完成し、

書店で1400円で販売されている。

当事業でのアクティブSITAの収入はほんのわずかである。まさに地域のために役立ち

たいとの思いで行われたボランティア事業である。

実施した事業以外に、『こんなことに関心ありますか』とのタイトルで2件発表があった。

1件目は、2001年から大和市で視覚障害の方々にボランティアでパソコン指導を

行っている方から『音声ソフトについて』説明していただいた。(音声読み上げソフト、

メールソフト、ホームページ閲覧ソフト、ニュース読み上げソフト)

勉強することは途方もなく大変であるが、目の不自由な方にとってパソコンがどれほど

すばらしいものであるかが、おぼろげながらわかった。

最後に『ネットとパソコンの話題』とのタイトルで、最近話題のマイクロソフト vs グーグル

問題をわかりやすく説明していただいた。

Web2.0、Gmail、Googleの画像検索・・・ 最近耳にするいろんな話が出た。

会社に行かなくなって、新しいことを耳にしたり勉強する機会は少なくなった。

『ウエッブ進化論』(梅田望夫著、ちくま新書、2006年2月刊)がお勧めとのことで、

早速買ってこようと思っている。

おかげで大変充実した3時間が過ごせた。

2006年11月14日 (火)

ポスティング

今日も秋晴れの好天気で、このところちょっと運動不足でもあったので、久しぶりに

パソコン教室のチラシのポスティングをしてきた。

どうせ撒くなら行ったことのない場所で、眺めのよい住宅街と思い、我が家から車で

10分足らずの戸建て住宅地区を選んだ。

高台にあり、かつて子供が通っていた小学校の近くであるものの、ゆっくり歩いた

ことのない場所で、思っていた以上に眺め、環境、家並みのすばらしい街であった。

遠方にのぞむ海には、猿島、房総半島が見え、緑も豊かな地域である。

Syasin1 Syasin2

ただアップダウンが多く、300枚ポスティングするのに2時間以上かかった。

集合住宅の3倍近くかかったことになる。

門扉まで行くのに階段を上がらなければならない家も多かった。

万歩計をつけてくればよかったと思った。

おそらく3キロ以上は歩いたのではなかろうか。

ラジオを聴きながら、街と家を観察しながら汗をかきかき歩くのはとても気持ちがいい。

ただ、300枚撒いたくらいでは成果の方は期待できない。

確率の悪いことをセンミツ(千に三つ)と言うが、これまでのポスティングの経験では

千枚のチラシで3件の問い合わせは期待できない。

成果期待でなく、快適な気持ちで快適な運動ができたことで十分に満足である。

この地区だけでもまだ相当の数の家がある。

天気の良い日にはまたやろう。

2006年11月12日 (日)

来客続く

熱海市長選挙を通しネットで知り合い、お会いしたこともないFさんが一昨日わざわざ

東京から訪ねて来られた。

斉藤新市長のことを何度か書いたブログを見てコメントをいただき、数度メールの

やりとりをした。

Fさんから、『ぜひ一度お会いして意見交換をしたい』との連絡があり訪ねて来られた。

Fさんは、慶応大学大学院政策・メディア研究科で学び、高円寺に事務所を持ち、

建築設計やまちづくりプロジェクトに携わっている方である。

28歳のFさんを中心に同年代のメンバー6人で、『熱海まちづくり研究会』を組織し、

熱海の良さのひとつである海をテーマに、熱海の街の活性化に寄与できる企画を

つくりたいとの思いで活動をしているグループである。

8月に2日間、熱海サンビーチに来た261名の人たちに、海辺利用に関する

アンケートを実施したそうである。

サンビーチをまちづくりのための空間的資源ととらえ、その新しい活用法と仕組みに

ついてまとめた報告書を熱海市観光文化部に提出するとともに、委員会で発表する

予定とのこと。

沈滞した熱海を何とかしたいとの熱い思い持った人たちがここにもいると思いながら

Fさんの話を聞いた。

斉藤市長が誕生したのは千載一遇のチャンスであり、周りからいろんな形で応援して

いかないと熱海は変わらないということで意見が一致した。

市長選挙をきっかけに熱海への思いを何度かブログに書いた。

読まれた方から色々な形でご意見やコメントをいただいた。

その多くが熱海市民でない方からだった。

熱海の沈滞を多くの人たちが憂い、何とかしなければと思っている証と言えよう。

2006年11月10日 (金)

B型女3人

一昨日夕方、夫婦共通の友だちの女性ふたりが我が家に泊まりに来た。

カミサンは典型的なB型、ふたりもB型、3人のB型オンナと2日間付き合った。

ふたりとも40歳台。

ひとりのNさんは以前ブログでも紹介したが、1年間ダンナの赴任でソウルに滞在。

日本に帰りたくないほどソウルの生活をエンジョイしたようだが、8月に帰国。

もうひとりのOさんは国の教育給付金でパソコンを数ヶ月間勉強し、うまく仕事が

見つかり、先々月就職。

ということで、ふたりの歓迎会を我が家でやることになった。

一昨夜の食事からはじまり、いろんな話題が飛び交い、あとから考えてみたら

記憶に残る話はあまりないくらい飛び飛び話で賑やかに盛り上がった。

12時過ぎたので『温泉に入って寝よう』とお開きにしたが、風呂から出たふたりは

3時ころまで話していたようである。

翌朝ふたりは6時過ぎに起き、今回の旅の彼らのメインイベントである御殿場

アウトレット行きに入れ込んでいた。

我々夫婦も一緒に車で御殿場に出かけた。

最高の秋晴れで、道中見た富士山と芦ノ湖はホントに素晴らしかった。

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御殿場プレミアムアウトレットは日本一の規模のアウトレットだそうだ。

アメリカのアウトレット専業ディベロッパーであるチェルシープロパティグループ、

三菱地所、双日の3社の合弁会社のチェルシージャパンが運営しているとのこと。

アウトレットは初めの体験。

東名高速がすぐそばを走っていて、平日にもかかわらず駐車場は結構混んでいて

当然ながら車の大半が県外ナンバー。

そもそもブランド品には興味ない我々夫婦は、ことさら買う物もなく私が薄手の

セーターを買っただけでブラブラして終わった。

Nさん、Oさんはアウトレットマニア。

『暗くなるまでいる』というので、途中で別れ、歩きつかれた我々は食事して帰路についた。

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2006年11月 8日 (水)

タウンミーティング

昨日鎌倉でテニス仲間のHさんの個展を見たあと熱海に来た。

夜7時から、9月の選挙で熱海市長に初当選した斉藤 栄市長の初めての試みである

タウンミーティングに参加した。

タウンミーティングは昨夜が第1回で、熱海市内各所で11月いっぱいかけて7回開催

される予定である。Atami_011_2

11月を、『新庁舎の建設について

ご意見をうかがう月間』と銘打ち、

タウンミーティングの主要テーマは現在検討が

進んでいる新庁舎の建設について市と市民の

意見交換であった。

現在の市庁舎は53年前に建てられたもので

老朽化が進んでいることはもちろんのこと

震度6前後で倒壊の恐れがあるそうだ。

とにかく今の庁舎は内部含めて酷い。

タウンミーティングの参加者はざっと数えて100人くらい。

前市長時代は行政と市民との対話や情報開示は限られていたため、市長と直接対話が

出来るタウンミーティングの盛況ぶりは住民が長く待望していた証左といえる。

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冒頭、市側から新庁舎建設の経緯と基本構想概略、および先月行われた設計コンペの

第1次審査結果の説明があった。

あわせて、建設する方法として以下の説明があった。

『約37億の建設費プラス年間3億円強の維持費は、逼迫している現在の市の財政では

捻出することができない。そのため民間の資金で建物を建て、熱海市がそれを借用し

家賃と修繕費等を負担し、市役所が庁舎の管理運営を行うリース方式を考えている』

説明後、多くの意見・質問が出た。

私も質問と意見を2度述べた。

質問は、『提示された数字で単純に計算したが坪単価は都内のオフィスビルの

坪単価に比べても高すぎるのでないか。他のどのような建設事例と比較しているのか』

市の担当幹部が回答したが、満足のゆくものではなかった。

意見として以下を述べた。

『建て替えには賛成である。あの酷い庁舎ではとても職員のモラルは上がらない。

せっかく待望の革新市長となり、沈滞し切った熱海が再生していくためには、

市のシンボルとなる庁舎も再生されるべきである。ただ、これだけ逼迫した財政の

中での建て替えだから華美は慎み、身の丈に合った庁舎にすることが極めて重要』

『あわせて、行政には熱海そのものを変える努力を必死になってやってもらいたい。

集中して取り組んで欲しいのは住民の数の復活。配布された資料では1980年から

20年間で熱海の人口は5万人から20%近い減の42,000人になっている。

これをもう一度5万人に戻すにはどうすればいいかに傾注しすべての施策を考えて

欲しい。熱海=温泉=シニアの呼び込みだけでは熱海は再生しない。例えばITを

からめた新しい事業を呼び込み、新しい雇用が創出でき、若者が住み着く熱海を

目指して欲しい』

市長と市民の直接対話を通してこれまでの市政の酷さが一層浮き彫りになり、

斉藤市長色が市民と市の職員の間に徐々に浸透していくものと確信する。

終わったあと市長に挨拶し、『ご提案したいことがありますので、どこかで時間を

いただけますか』と話したら、快諾してくださった。

熱海常住者ではないが、斉藤市長が進めてゆく熱海の改革に対し
大いに関心を持って

見守っていきたい。

2006年11月 7日 (火)

二人展

ちょうど1ヶ月振りに熱海に来ている。

3時ころ横須賀を出て、途中テニス仲間のHさんの絵の個展を見るため鎌倉に

立ち寄った。

今回の個展は、Hさんの中学校時代の友だちのガラス芸術が専門の方との

二人展である。

Hさんとは20年くらいのテニス仲間で、これまで数度、銀座で開いた個展を見に

行ったことがある。

当時は現役の銀行員でありながら毎年のように銀座で個展を開いていた。

今日聞いたらこれまでに30回くらいは個展を開いただろうとのことだった。

Hさんの絵は抽象画のため素人にはなかなか理解できない。

今日見た絵は以前の絵と違ったイメージを受け、『作風を変えたの?』と聞いたが

『そう見える?』と言うだけで、返事はなかった。

Horie_006 Horie_001

Hさんはテニスコートに赤いバンダナをしてきたり、今日は見たこともない赤い靴を

はいていたり、見るからに芸術家風である。

そう言えば、Hさんは小さいころからずっとバイオリンもやっていて、よくコンサートを

開いている。

およそ私は持ち合わせていない才能を持った特異な仲間である。

2006年11月 5日 (日)

娘宅にて

娘宅2日目。                       Misaki2sai_1

娘はパティシエを目指しケーキ教室に1年半             

くらい通い、趣味でケーキをつくり、知り合い

から希望されればつくっている。

近くのママトモからバースデイケーキの注文を

いただいたとのことで、今朝車でデリバリーに

付き合った。

午後、孫娘ミサキを連れて、みなとみらいに

出かけた。

赤レンガ倉庫のイベント広場で全国ふるさとフェアという催しをやっていた。

Misaki2sai_001 Misaki2sai_006

Misaki2sai_008 Misaki2sai_011 

2006年11月 4日 (土)

撮影会

娘からまたヘルプの電話があり、孫娘ミサキの子守りに横浜の娘宅へ来ている。

娘は夕方から学生時代にアルバイトしていたスポーツジムの友だちの結婚式の

2次会へ、ダンナは仕事。

秋晴れの好天気に誘われ、昼前カミサンと娘とミサキで、少々早いが年賀状の

写真撮影に出かけた。

去年初めてミサキを借りて、カミサンとミサキの3人で撮った写真を入れた

年賀状をつくった。こんな年賀状は現役時代はとてもつくれなかったし、思いも

よらなかった。

定年したのだからと割り切り、かつてお世話になった数人の会社の役員の

人たちにも出した。

現役時代、年賀状は毎年ぎりぎりになって書き始め、年末の休みに入って

出すことが多く、元旦に届かない年が珍しくなかった。

こんなに余裕を持って年賀状の準備ができるとは、これまた定年バンザイである。

写真を撮る前、お昼をどこで食べようかということで、私は横浜中華街、

カミサンと娘は元町と意見がわかれ、いつものことながら押し切られて元町へ。

元町をぶらぶら歩くがなかなか決まらない。私は1回の昼メシだからどこでも

いいと思うのだが、ふたりはじっくり時間をかけて店を選ぶ。これもいつものこと。

結局イタリアンレストランでランチセット。

お昼を食べたあとは今日のメインイベントの撮影会。          Satsueikai_1 

場所は行く前からカミサンが決めていて、港の見える丘公園の

ちょうど今が見ごろのバラ園。

3人で背景と構図をああだこうだと話し、何ヶ所かで撮る。

当然のことながら、娘の新しいデジカメは接写できれいに

バラが撮れ、噴水の飛沫までばっちり。

先日プリンターを買い換えたので今年の年賀状つくりは楽しみだ。

   Mizu_1 Bara

2006年11月 3日 (金)

味処 倉敷

昨夜は、高校の仲間2人と新宿の『瀬戸内料理 味処 倉敷』に行った。

この店は、郷里の倉敷青陵高校の2年後輩で、実家が倉敷随一の外科病院の息子の

Mさんご夫婦でやっている。

一緒に行った2人は、池袋で事務所を持って20年くらいになる公認会計士のS君と

大手スーパーを退職し悠々自適のY君。

10日ほど前にS君から、『秋祭りが終わったんで、もうバラ寿司はダメだろうけど、

倉敷の魚を食いに行こう』と連絡があった。

ふたりとは小学校から高校まで一緒だったのでもう50年来の仲間である。

年に1、2度しか会わないものの、会えば古い話から最近の話、仲間の消息、

昔の同級生マドンナ・・・ 次から次に出てくる。

気がつけば10時、まわりのお客はみんないなくなっていた。

この店の食材は岡山からの直送である。

久しぶりに倉敷の味を堪能した。

写真左上はママカリ。あまりに旨くてママ(ご飯)を借りにいったことからついた名前。

右はチンダイガイ。これは岡山以外では見たことも食べたこともない。

左下はイイダコ、右はハモ。いずれも瀬戸内の美味。

     Mamakari_1   Chindaigai

    Iidako    Hamo   

 『味処 倉敷』  新宿区西新宿1-13-8 KTビル 電話 3344-4727

  

2006年11月 1日 (水)

元会社の仲間との会食

元いた会社の仲間との会食が品川であった。

かつて海外事業を一緒にやった人たちで、年に数回集まってワイワイやる

気の置けない仲間たちである。全員まだ働いている。

仲間と言うにはおこがましい先輩のWさんがメンバーの中心である。

Wさんは前のニフティの社長で、今も日本インターネットプロバイダー協会の会長ほか

務められている。先月の情報処理月間には総務省から推薦されて栄えある

総務大臣賞を受賞された。

それぞれ担当した国や仕事、それにいくぶん年代の違いはあるものの、相当部分を

共通に経験してきたため、誰かが話題にすれば、『ああだった、こうだった。今は

こうなっている』とみんなで盛り上がる話にはこと欠かなかった。

また、『彼はいまXXXしてる』という話題も、社内の人間だけでなく、かつて一緒に

仕事をした多くの海外拠点のスタッフについても話が盛り上がった。

『これからも定期的に集まろう。次回はXXさんが一時帰国したときにしよう』

ということでお開きになった。

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