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2006年10月

2006年10月31日 (火)

シカゴマラソン完走!

大学時代の仲間 T君が40人くらいがメンバーの寮の仲間のメーリングリストに

『シカゴマラソン完走』との書き込みをしてくれた。

T君は現役時代にアメリカに長い間駐在していた縁で、定年と同時に夫婦で

アメリカに移住した。

駐在時にやっていた延長で、学校でアメリカの子どもたちに日本語を教えている。

今回は同じく寮の仲間のO君もわざわざマラソンに参加するためアメリカに行き、

O君も見事に完走した。

T君はシカゴマラソンには毎年のように参加しているためか、報告はたんたんと書いて

いるが、両君ともスゴイ快挙である。

以下、T君の許可は得てないが完走報告を紹介させてもらう。

     ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  

去る10月22日、今年もシカゴマラソンを走りました。

タイムは4時間11分14秒、昨年より20秒あまりよかったのですが、

20秒は全体の0.1%、いわば誤差の範囲ですから、同タイムみたいな

ものですね。

1歳の老化を考えれば先ずは満足すべき結果でしょうか

順位は4万人中の14000位、60歳以上の男女540人中、

84位でした。

今年は練習の過程で腰痛が出、レース直前までの2ヶ月近くをカイロに

通いながら練習しました。練習量が充分でなかったのでちょっと心配

でしたが、何とか完走できました。

ということは、来年はもっといい記録で走れるのではないでしょうか。

何歳まで走れるか頑張ってみたいと思います。

当日の天気は曇りで、スタート時が2℃、ゴール時も7℃までしか

上がらず、ランナーの中には足をつらせている者が例年より多く

いましたが、もっと大変だったのは観衆で、そのうちの一人、私の

家内は、足は凍えるわ、肩はこるわ、で、ぶーぶー言っておりました。

 今年のマラソンには、大学時代からの友人O君が日本からやってきて

 一緒に走りました。彼は私より5分以上速い4時間5分37秒で走り

 きりました。前を行く美人ランナーの尻に引っ張られたそうです。

 この歳になって同年齢の友人と走れるというのもいいものです。

 来年は彼に勝ちたいものです。

 テレビで見た方もいると思いますが、今年1位だったケニヤの選手は、

 テープを切るために両手をあげたとたん、足を滑らせて後ろ向きに

 転倒し頭を強打、すぐ、病院に運び込まれました。

 幸い、怪我もたいしたことなく、彼の足がゴールラインを越えていた

 ため、数千万円の賞金も手に入りましたが、あと2,30センチ手前

 だったら失格になるところでした。彼の足を滑らせた宣伝のマットは

 そのあとすぐ取り外されたそうです。

以上、先ずは完走のご報告まで。

2006年10月29日 (日)

セミナー『成功する会社・失敗する会社』

フランチャイズ パソコンスクール『キュリオステーション』の石川社長のセミナーに

参加した。

講演の演題は『成功する会社・失敗する会社』Seminar

石川さんは独自のアイディアで会社を急成長   

させていて、成功する会社を生み出す自らの

実践話ということで大いに期待し参加した。

参加者は13名(うち女性5名)。

自営業、起業を目指す人、何かやりたいと

思っている人・・・ 30歳台の人たちが中心で私が最年長。

場所は新宿住友不動産ビル会議室。時間は土曜日の18時半~21時。

石川さんの手がける事業はいずれも好調である。

 ・パソコンスクール『キュリオステーションは全国85店舗のフランチャイズ契約を

  締結。

 ・昨年12月創刊し、毎号全国で100万部発行している日本初のデジタルフリー

    ペーパ@mottecoは、先月第3号が発刊され各方面から注目を集めている。

 ・今年3月に開校した『ハワイ キャリアアップスクール』の運営は順調に推

    している。

これらの事業の立ち上げと運営実践を通しての話であったため、説得力があった。

印象に残った主なポイントは、

 ・素直な気持ちを持ち続けること

 ・成長を望まない人には何も期待できない

 ・「営業」とは感動を与えること。またその感動を持続させること

 ・「パワー(やる気)」は出し惜しみしないこと。今日のパワーは今日つかえ

 ・パワーを「予知力」につなげること。予知力を養うためにはトレーニングが必要

 ・必要条件でなく「絶対条件」を追い求めること

  人間が生きてゆく絶対条件は、「幸せ」

  商売はすべて「幸せ」を与えることを目指せ

 ・人の「幸せ」は、以下の7要素が、年代に合わせバランスよく整っていること

   *経済面での豊かさ

   *健康

   *社会生活の充実(いい仲間、いい仕事)

   *安定した家庭生活

   *教養面の充実(経験、体験)

   *精神面の鍛錬(問題を問題としない強さ)

   *娯楽面の充実(趣味、レジャー)

終わってからみんなで2次会、そのあと流れ3次会に行った。

こちらも大いに盛り上がった。

2006年10月28日 (土)

ローカルな話

我が家から歩いて10分くらいのところに信楽寺  Oryou_001

というお寺がある。

坂本龍馬の妻おりょうの墓があることで知られた

お寺であるが行ったことはなかった。

新聞に、龍馬とおりょうさんの等身大の木造

座像がこのたび完成し、信楽寺でお披露目

されていると書いてあり、見に行ってきた。

お寺の裏の墓地におりょうさんのお墓があり、紹介してあった。

Oryou_003_1  Oryou_002_1 

等身大木造は、おりょうさんの没後100周年に        Oryou_006_1

あたる今年に合わせ、龍馬の愛好家でつくる      

『よこすか龍馬会』の呼びかけで作製された

そうである。

これが幕末の志士 龍馬を支えたおりょうさん

なんだと感慨深い思いで見た。

2006年10月26日 (木)

初めてのIKEA

娘宅2日目。

ずっと行きたいと思っていた、9月15日にオープンしたIKEA横浜港北行ってきた。

娘宅からは車で20分。

開店から1ヶ月間で、何と集客100万人。その後も平日ですら1日3万人とのこと。

平日の夕方に近い午後だったが、駐車場の空きを探すのに苦労した。

IKEAはスエーデンの家具メーカで、世界33カ国に220店舗を持っている。

30年前にオーストラリアに駐在したとき既にIKEAはシドニーにあった。

日本では今年5月にやっと船橋に1号店がオープンし、港北は2号店である。

何故IKEAの日本上陸がこんなに遅れたのかわからない。

オーストラリアでのIKEAのイメージは高級家具ショップであったが、IKEA JAPANは

あらゆる家具から生活雑貨まで揃えた大ショッピンセンターという感じである。

とにかく展示スペース、駐車場が広い。

お客は若い人が多い。  Nakamurataku2_005_1

マンションの住民が多いという地域の住宅事情に

合わせ、住居の間取りを再現した形の部屋を多く

展示していることがお客に受けているそうである。

例えば右の展示のように『この部屋の家具全部

XXX円』というショールームがいくつもあった。

小物、雑貨は安い。

中国・タイ・ベトナム・インドネシア製が多い。

全世界共通なのだろう、各商品にはスエーデン語の名前がついている。

Nakamurataku2_010 Nakamurataku2_012

IKEAの商品陳列の一番のポイントは、家具類は陳列場所からレジに持って行く

のではなく、陳列場所に書いてある商品のある棚番号をメモしセルフサービス

エリア(下の写真)に行って商品を取り出しレジで支払いをする。

家具の組み立ては買ったあとすべて自分で行う。

Nakamurataku2_017 Nakamurataku2_015

今後のIKEAの出店計画はわからないが、IKEAが出店した地域の家具店・ホーム

センターは大変な打撃を被ることは間違いない。

2006年10月24日 (火)

孫娘の誕生日

娘から、『ミサキの2歳の誕生日祝いをするので来ない』と連絡があり、昨夕から横浜の

娘宅に来ている。前回娘宅に来たのは1ヶ月以上前である。

ミサキが生まれたのは、ちょうど新潟中越地震の日。私は定年退職後引き受けた

JICAの仕事で2ヶ月間カンボジャに行っていて、帰国の1週間前だった。

6時ころ着いて玄関に入ると下駄箱の上に娘が秋らしい飾りつけ(左)をしていた。

部屋に入ると創作物(右)が飾ってあった。聞くとミサキも手伝い、娘のダンナが作った

とのこと。ダンボールの箱を使って、右に大きなローソク、真ん中に2歳の2の数字と

みんなの顔が書いてある。ダンナはこういうものを作るのが得意である。

 Genkan   Nakamurataku_001_2  

トイレに入るとぶら下げてあるカレンダーにシールがNakamurataku_009_2

たくさん張ってあった。                                  

娘に聞くと、ミサキがトイレでうまくおしっこやウンチが

できたときに張るそうである。

結構たくさんシールが張ってあり、1日に3つ

ついている日もあった。

料理はふたりで用意してくれたそうだ。Nakamurataku_031

ダンナはそもそも料理をつくるのが好きで上手い。

特に最近行きつけの和料理店のマスターの料理

教室に通っていて、一層腕が上がったようである。

食後、ケーキが出てきた。

娘の作ったシフォンケーキ。

甘みも適当で栗が入っていて美味だった。大きなケーキで2日続けて愉しんだ。

Nakamurataku_003  Nakamurataku_034  

プレゼントは娘夫婦からは、ダンナの手作りアルバム、それに食卓のイスとハシ。

            Nakamurataku_047

Nakamurataku_051 Nakamurataku_043

我々夫婦からは、お絵かきパッド、銀行でもらった携帯ストラップとひつじの縫いぐるみ。

            Nakamurataku_026

Nakamurataku_028  Nakamurataku_053

2006年10月23日 (月)

高校の仲間との会合

埼玉県和光市で『和光まちづくりNPOセンター』の理事長をやっている高校の仲間の

T君から以下の主旨のメールをいただいた。

『埼玉県福祉部の助成事業の一環として、自分たちのNPOで、高齢者を対象として、

市内小学校のパソコン教室を借用して、インターネット・メール講習会を計画している。

講習会のサポータとして、シニア、現役、大学・高校のボランティアにお願いする

ことにして、11月19日(日)午後、講師サポータ養成講座it.doc を和光市公民館で

開く予定である。ここでは、技術的なことよりは、ボランティア経験者からボランティア

活動の実例、経験談を紹介してもらうことに重点を置きたいと考えている。これによって

地域デビュー・交流の場をつくろうというものである。

ついては、この分野でいろいろ活動している貴兄の協力を希望する』

パソコン初心者指導ということですぐ思いついたのは、シニアITアドバイザーとして

三鷹市を中心に幅広い活動をされているYさんである。

早速Yさんにメールを送り、同行しT君に会っていただきたいとのお願いをしたら

快諾してくださった。

一昨日3人で新宿で会った。

71歳とはとても思えないYさんの幅広い活躍ぶりにT君ともども驚いた。

19日のセミナーでは、Yさんから『地域ITリーダーのための講師の心得』を1時間

お話していただくことになった。

併せて、私が『シニアITアドバイバ(SITA:サイタ)試験制度』をつくった思い、SITAの

これからについてお話させていただくことになった。

このように高校の仲間と一緒に同じ思いで活動ができることは大変うれしい。

2006年10月21日 (土)

初めての経験 - 能楽堂

シニアITアドバイザの仲間に誘われて能楽堂で行われた舞の舞台を見に行った。

これまで経験したことのない世界を初めて体験した。

能楽堂は表参道駅から徒歩3分の場所。

道路をはさんで斜向かいに高級ブランド店のCartierやPRADAのすばらしいビルが

並んでいて、こんなところに能楽堂があることに先ずはビックリ。

6時半開場、7時開演であったが、6時40分ころ行ったら既に正面席はほとんど空きが

ないくらいの入りであった。

演目は今年度芸術祭参加公演、『吉村桂充舞の会 月によせて

観客の多くは女性、外人客もちらほら。

『月の傾城(ケイセイ)』、『融(トオル)』と呼ばれるふたつの地唄舞が演じられた。

すべてが初めてで、残念ながら内容を理解するには程遠く、ものめずらしく観ている

うちに終わったという感じであった。

舞台が終わったあと、みんなで食事に行った。

招待していただいた方から、吉村桂充さんのこと、演じられた舞のこと、地唄舞のこと、

能楽堂で鑑賞するマナーなどについて、いろいろ興味深い話を聞いた。

まったく縁のない世界であったが雰囲気は十分に楽しめた。

2006年10月19日 (木)

盛り上がった会食

知り合いの女性2人と横浜で食事をした。

一度3人でと言いながら、なかなか日程が決まらなかった。

お店は横浜駅ビルにある加賀料理『大志満』ですんなり決まった。

2人に会うのは久しぶり。それぞれの近況話から。

ひとりは、最近勤めている会社が合併したことに伴い、事務所が移転し仕事の環境も

変わり、忙しく大変とのこと。

もうひとりは、5年間単身赴任していたダンナさんが9月に帰ってきて、こちらもまた

色々あってとのこと。

さまざまな話で盛り上がった。

夫婦のあり方、死者の霊を感じた話、アムウエイの商品とディストリビュータシステム、

仕事、健康、パソコン・・・

気がついたら10時半。

4時間近く話し込んでいたことになる。

3人とも、『時にはいいねぇ。また是非ね』と言いながら別れた。

2006年10月18日 (水)

映画 『ブラック・ダリア』

評を見て面白そうだったのでアメリカ映画 『ブラック・ダリア』を観に行った。

評は、『アメリカの退廃と暴力をあぶり出す暗黒小説とその描写で知られる原作者と

監督の組み合わせが興をそそる。加えてキャストも豪華』との書き出し。

『戦後間もない1947年、ロスを震撼させた猟奇殺人事件で米犯罪史上最も有名な

迷宮入り事件を、黒々と不気味に手が込んだ物語に仕組んだ』と書かれると、

ついつい観たくなる。

観た印象は、期待したほどではなかった。

『ブラック・ダリア』は、この1年で観た7本目の映画である。

観終わったあと、感動し余韻に浸り、しばらく席を立つことをためらうほどの映画には

残念ながら、この1年出会えなかった。

ただ、通ったおかげで、ふたり無料で観られるポイントがたまった。

カミサンと一緒に行こうと思うものの、ふたりが観たいと意見が合う映画はなかなか

出てきそうにない。

2006年10月17日 (火)

値段いろいろ

我が家のプリンターをそろそろ買いかえたいと思い、いろいろ探しはじめた。

娘が結婚前にプレゼントしてくれたものだから、もう4年くらい使っていることになる。

写真付きでパソコンで作った今年の年賀状の印刷具合はちょっと不満足だった。

ただ、そんなに印刷するものもないため、そのまま使ってきた。あと2ヶ月したら

年賀状の時期でもあり、買いかえることにした。

近所にあるヤマダ電機とPC Depotを見に行った。

キャノンとエプソンのどちらにしようかと思ったが、今の機種がエプソンのため

ついついエプソンに目が行った。スキャナーは別にあるので(と言っても全く使って

ないが)、スキャナー機能の付いた複合機は不要。あと希望は、デジカメの写真を

デジカメのメモリーカードから直接取り込んで印刷できること。

自ずと機種は決まった。あとは値段。

ヤマダ電機とPC Depot両方でチェック。ヤマダ電機がポイント10%付く分安いことが

わかった。 

ちょうど娘夫婦の結婚記念日祝いにデジカメをプレゼントしようと思っていたので、

デジカメも一緒に買おうと思い、娘にも相談。

娘から、『価格.comを調べてみたら。プレゼントしてもらえるんだったら、フラッシュ

3連写ができ人気のあるカシオをお願いしたいんだけど。価格.comを調べたら

今だとPC-Successが一番安いみたい。ヤマダに行くんだったら、ついでにカシオの

値段もチェックしてきて』

初めて価格.comサイトを検索。

いやー、よくできている。

使っている人からは、『いまさら何を』と言われそうだが、たくさんの商品ジャンルと

たくさんのメーカが掲載されていて、最安から2位~5位の安値を付けている販売店が

並んでいる。購入はもちろんすべてネット。

娘の指定したデジカメの価格.comの最安値とヤマダ電機の値段差は、ヤマダ電機の

20%のポイントを除くと、PC-Successの方が何と1万2千円も安い!

逆に買おうと思っていたエプソンのプリンターは、ヤマダ電機の10%のポイントを

引けば、価格.Comの最安値よりヤマダ電機の方が安い。

結局デジカメはPC-Successで、プリンターはヤマダ電機で買うことにした。

これからは価格.Comを使わない手はない。

スペックの比較もできるし、特に子育て中でゆっくり外出することが難しい娘のような

人にはピッタリである。

価格.Comのすばらしさに認識をあらたにした。

2006年10月15日 (日)

テニスコートで携帯から

テニスコートで携帯から

9時からクラブの秋の大会。
小学生から70歳まで33人参加。
クジを引いて、5チームに分かれ、1人3〜4ゲームやるチーム対抗戦。
幹事が苦労して決めた組み合わせで対戦中。
現在3分の2終了。

2006年10月13日 (金)

心地よい陽気に誘われて

このところ秋晴れの気持ちいい日が続く。

海沿いの我が家の近くは散歩するには格好の場所であるが、あまり散歩することは

ない。『久しぶりに歩こうか』と、夫婦で意見が合った。

先ず裏の遊歩道を歩く。ほとんど人がいない。

そのままどんどん歩いて、我が家から20分くらいのところにある釣公園に立ち寄った。

Kinjyo_011 Kinjyo_007

釣公園の沖に見えるのは東京湾で唯一の島、猿島である。

あまり釣れてなかったが、ひとりすごい上手い人がいて、同じ場所に投げ込んで

ほとんど毎回アジが釣れていた。しばらく見ていたが、周りの人と違うなあと思う

ところがいろいろあった。

夕食の食材を買いにスーパー行くことにした。  Kinjyo_006

途中、最近では珍しいサーカスのテントを

見つけた。娯楽の少なかった昔はサーカスは

最高の娯楽だった。小学校のころ何度か

学校から行った記憶がある。

今は楽しむことが多すぎて、サーカスは         

昔のような人気はないようである。             Kinjyo_003

そのあとスーパーAVEに行った。

このスーパーはスゴイ。

平日の午後なのに、この混み方である。

このスーパーはチラシを一切入れない。

その分、商品価格を低く抑えているとのことである。

小さかったスーパーが今では横須賀市内に大きな店舗を5~6店持つまでになった。

大手のスーパーに比べ、何か地域に密着した商売をしているという感じがする。

のんびり過ごした秋の午後であった。

2006年10月11日 (水)

熱海市議会傍聴

熱海の斉藤新市長の施政方針演説を傍聴したことを書いたブログがきっかけとなり、

いろいろなコメントやご意見メールをいただき、新しい知り合いができた。

そのうちのおひとりから、『施政方針を受けて、10日と11日の9月定例市議会で

各会派から一般質問が出され、斉藤市長が答弁する予定』との連絡をいただいた。

残念ながら、昨日は懇親旅行で傍聴できなかったが、今日は10時からの本会議を

傍聴した。斉藤市長にとっては、就任後初の一般質問対応であった。

今朝の傍聴者は、先日の施政方針のときの3分の1くらいで15名程度だった。

一般質問初日の昨日は、新市長との対決姿勢を強めている前市長のシンパであった

最大会派の自民党議員団が質問に立った。

今朝の熱海新聞によれば、厳しい切り込んだ質問を色々したとのことである。

新聞の書き方では、厳しい質問にも市長は自説をきっちりと述べたとのこと。

昨日のやりとりが聞けなかったのは大変残念である。

今朝の質問者は公明党議員であった。少子化対策・高齢者福祉・障害者福祉に対し

さまざまな質問・指摘をし、細部については市の幹部が答弁した。

質問に対し正面から答えない市の幹部に対し、厳しい突っ込みや追加質問をした

公明党議員はなかなか迫力があった。

そのほか、観光施策・厳しい財政状況・職員給与削減問題・カジノ構想などについて

質疑が行われた。

昨日初日の質疑のポイントのひとつは、 新市庁舎の建設についてであった。

現市庁舎はほぼ50年前に建てられたもので、たしかに相当老朽化は進んでいる。

Atami_001_1    Atami_011

新市庁舎を建てることは前市長時代に既に決まっていて、コンペに参加する業者、

一次審査、二次審査の段取りも決まっていたそうである。斉藤新市長は、市民から

広く意見を聞く機会を設けるため、審査のスケジュールを延期する旨、就任早々

決めた。

熱海新聞によれば、昨日の自民党議員の質問に対し、斉藤市長は、『二次審査の

スケジュールについては、地域の人たちから意見が出る可能性があるため、

ここでは言えない』と、これまで同様、言及を避けたとのこと。

市長の発言として、新聞はこうも書いている。

『花博の総括はあらためて行う。同時に、2010年に予定されている”花の都”づくりは

内容・性格について見直す。また個別の事業はさまざまな角度から個々に検討する』

花博とは、昨年市民の反対を押し切って、市長中心に開催し、結果集客に失敗し

多額の負債を残したイベントである。前市長の失政の象徴と言われている。

傍聴したあと、市庁舎建設について、市民がいつのタイミングでどのような形で

意見が言えるかを確認するため、市庁舎建設準備室に寄って話を聞いた。

スケジュールは未定であるが、地区説明会に参加することにより、またインターネットを

通しコメントを述べることにより、市民が意見を表明するチャンスはあるとのことであった

全体的な印象として、最大会派の自民党議員団ほか前市長のシンパを向うに回し、

斉藤市長にはこれからも厳しい状況が続くことであろう。

頼りになるいい参謀がつくことを切に願う。

施政方針で市長が言われた、『しがらみを断ち切り、是々非々で対応し、先入観の

ない新鮮な目で市政のすべてを見直す』ことで、ぜひとも難局に立ち向かって

いただきたい。

新しい視点での市政運営に対しては、市民は間違いなく応援するし、ついていく

はずである。

2006年10月10日 (火)

懇親旅行

この時期恒例のNPO法人アクティブSITAの1泊懇親旅行に今年も参加した。

総勢19名。秋晴れの2日間の箱根、どこもすばらしかった。

ベストシーズンということもあるが、沈滞した熱海と比べると箱根は人も車もいっぱい。

初日のメインはハイキング。

ハイキングの前に芦の湯フラワーセンターに寄った。

こじんまりしたフラワーセンターであったが、3棟の温室を回廊で連結した施設で、

球根ベコニア、カトレア、コチョウラン、シンピジュームなどの洋ランの他、熱帯観葉

植物や熱帯果樹などが楽しめた。

061009_2 061009_1

フラワーセンターのあとはハイキング。

鷹巣山から浅間山を歩き、宮ノ下温泉まで、3時間の道程。 

富士山を臨み、今がまさにシーズンのススキの草原を通る道は快適であった。

途中、弁当を広げお昼。携帯ガスコンロで煎れてもらったコーヒーは最高だった。

061009fuji 061009coffee

ただ、下山は足元の悪い道が続き、みんな閉口した。

宿は去年も泊まった同じ保養所。広くて食事も美味しく今年も文句なしだった。

食事のあとは全員同じ部屋に集まり、差し入れのワイン、焼酎、ブランデーで大いに

盛り上がった。

2日目は9時半スタート、10人でゴルフ。

私はゴルフはちょうど4年ぶり。

物置の奥にしまっていたクラブを4年ぶりに出してきてやったが、案の定スコアは

ガタガタ。ただ、富士山を見ながら秋晴れの中、気持ちよくプレーができた。

幹事の皆さんには、いたれりつくせりの準備とお世話になり、気のおけない仲間と

一緒に楽しんだ2日間であった。

2006年10月 8日 (日)

突然の訃報

今朝、10年くらい前に大変お世話になった横浜のIさんの奥さんから電話を

いただいた。

ご主人が2週間前に亡くなったとの知らせであった。

午後、早速カミサンとお悔やみにお邪魔した。

Iさんはまだ45歳、子どもさんが中学3年生をあたまに3人いらっしゃる。

肺がんとのことであった。

『6ヶ月前に告知され、主人はすべて知っていました。手術をすることもできず、

抗がん剤も受けつけずでした。ただ、亡くなる前々日まで意識がはっきりしていて、

病院で子どもたちとの会話を楽しんでいました』

すばらしい笑顔のIさんの遺影が一層涙をさそった。

3年くらい前、ご家族そろって我が家を訪ねてくださった。

子煩悩なお父さん、明るいお母さんと子どもたち、すばらしいご家族であるとの印象を

強く持った。

このような素敵なかわいい子どもさんたちを遺して逝かれたIさんの無念さを思うと・・・

子供さんたちが一人前になるには、まだまだ時間がかかる。

Iさんご家族に幸多かれと祈りながら、お宅をあとにした。

2006年10月 7日 (土)

セミナー『金利・為替の今後の展望』

野村證券の担当のHさんから、『エコノミストのセミナーですからきっと面白いですよ』と

連絡をもらい、昨日大雨の中セミナーに参加した。

定年後、横須賀支店の開催するセミナーはこれまでに10回近く参加したが、今回の

セミナーは一番面白かった。

講師は野村證券 金融経済研究所のエコノミストのOさん。

通常のセミナーの講師は、支店の役職者か当該商品を扱う営業担当の人で、

エコノミストのセミナーに参加したのは今回がはじめてである。

配布された資料のタイトルは、『国際資本移動情勢と為替見通し』という難しい名前で

あったが、易しく解りやすい説明で、しかも商品に言及した売り込みもなく、大変好感の

持てるセミナーであった。

ドル円相場が話の中心であったが、対ユーロ、対オセアニア通貨(オーストラリアドル、

ニュージランドドル)についても説明があった。

ドル円相場のこの数10年間の推移については、認識を新たにした。

70年代の10年間は、1ドルが360円~175円の振れ幅があり、80年代ですら、

278円~120円の幅で振れた。90年代には1ドル79円まで円高が進み、振れ幅は

上下80円あった。その間、基調はずっと円高であった。

それが00年代に入って以降の振れ幅は33円で収まっている。

たしかに最近は1日に1円以上上下したらニュースになり、数円値幅が動くと日銀が

為替介入する。70~80年代は為替相場の上下で、今の比ではない大バクチが

打てたのであろう。

野村證券としては、この先も10~20年のスパンで、ドル円相場はかつてのように

大きく振れることはないと予測している。

また2000年以降、為替相場に大きな振れがないこと、国内の金利が極めて低い

水準で推移していることから、今後も個人投資家のドル通貨への投資は続くものと

みている。

円に対し堅調なユーロ、上昇基調のオーストラリアドル、ニュージランドドルについても

今後の見通しの説明があった。

メリハリのきいた講師の話しぶり、経験に裏打ちされた自信・・・、聞かせるセミナーで

あった。また知識の整理もでき、雨の中出かけて行った価値があった。

帰ってみたら裏の海は大荒れだった。

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2006年10月 5日 (木)

娘夫婦からのプレゼント(その2)

9月26日のブログ『娘夫婦からのプレゼント』で観音崎京急ホテルのランチバイキング

&SPAチケットをもらったことを書いた。昨日夕方カミサンと一緒にSPAに行ってきた。

ホテルは新しくないが、隣接する”SPASSO”は、去年の6月にできたばかりで、

『都心から1時間たらずのくつろぎと癒しのリゾート&スパ』とPRするだけあって、

なかなかすばらしい施設である。

一番良かったのは露天風呂。

暮れなずむ海を見ながら、心地よい風に吹かれ入った露天風呂は最高だった。

大きなサウナ、それにマイナス10度にキープされたクーリングルームもよかった。

カミサンの勧めでヒーリングルームという岩盤浴を初めて体験した。

温められた石のベッドに横たわり、石から出る遠赤外線効果で体の芯から発汗する

低温サウナ。7種類用意された石の中、天然ラジウムを放出するという北投石を

選んだ。音と変化する淡い光の中の25分間、たしかに心身ともにリラックスできた。

となりのサラリーマン風の男性はスタートして間もなく、いびきをかきはじめた。

5時に入り、7時半まで2時間半、飽きることなく楽しんだ。

平日料金1400円。ヒーリングルームはプラス600円。

我が家から車で10分の場所にこんな施設があることを知り、クセになりそうである。

2006年10月 4日 (水)

熱海市長、施政方針演説(その2)

9月29日のブログ、『熱海市長、施政方針演説』をご覧になって、いろいろな方から

メール、コメント、トラックバックをいただいた。この場を借りてお礼を申し上げます。

そのうちのふたつをご紹介したい。

ひとつ目は、所信表明の翌々日、下記のメールをいただいた。

    ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~  ~~~~~~

はじめまして。9月29日の斉藤市長の所信表明の傍聴席でタックさん(注:私の

ブログ筆者名)の右隣で「普段の傍聴席は・・・」「市議会の定数は21で・・・」と

お話をしたものです。

大人の社会科見学のつもりで訪れた斉藤事務所で、私心無しに熱海を変えよう

という後援会の方々に心打たれて何度か熱海に通って選挙の手伝いをしました。

所信表明当日の午後3時過ぎには熱海市のサイトに全文が掲載されていましたね。

早さに市の変化を感じます。

所信表明を受けての本会議での一般質問が10月10日と11日に行われるそうです。

私は行けそうにありませんが、ご都合が付けば傍聴されてはいかがでしょうか。

傍聴者の方々の反応が市長を支えます。

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施政方針のことを書いたブログの中で『となりに座った人が「平素の議会は傍聴者は

ほとんどいません」と言われた』と書いた。この方に名前を名乗ったわけでもないし、

ましてやブログをやっていると言ったわけでない。それなのにこのメールをいただいた。

この方は、選挙直後に私のブログをお知りになったそうだ。

10日は先約があってダメだが、11日はもう一度傍聴に行ってみようと思っている。

ふたつ目は、『熱海市長の信ずるところとのタイトルで今朝トラックバックがついた。

所信表明に対して、ブログの中でしっかりご自分の意見を述べられている。

このようにも書かれている。

『これからの時代、市がなんでもやる時代ではありません。パブリック(公)を担う

主体としての市民がどれだけ自分たちの街を自分たちで創り上げていくかが

重要だと思います。行政はその一部として機能する形になることが理想であり、

現在の行政の役割としてはいかに市民を動機づけるかにあるのではないかと

思っています』

まさしくその通りだと思う。

おふたりとも熱海市民ではないようである。

そのような方が、熱海を憂い、熱海の再生を願う想いはすばらしい。

また、自分の考え・思いが発信でき、共有できるネット・ブログもすばらしい。

現在開催されている9月定例議会は20日間で終了する予定である。

新市長にとって初の議会が終われば、市長も少しは落ち着かれることだろう。

提言をまとめて、一度市長に会いに行きたいと思っている。

2006年10月 3日 (火)

韓国の今昔

10年来の知り合いの女性のNさんと久しぶりに会った。

ダンナさんの仕事の関係で1年間ソウルに行っていて、帰ってきたとのメールをもらい、

横浜中華街でお昼をご一緒した。

最近のソウルの状況を聞けることを楽しみに出かけた。

私はソウルには1978~9年頻繁に出張した。2年間でおそらく30回を超える回数

行ったと思う。

韓国唯一の電力会社の大型コンピュータシステムの構築にSEとして携わった。

30年近く前のことで、当時の韓国は北朝鮮と一触即発に近い状況にあった。

戒厳令下で夜中の12時以降の外出は許されなかった。月に何度か灯火管制が

敷かれ、民防衛と呼ばれる訓練が行われ、夕方5時になると国歌が流れ国旗を仰ぐ

等々、北朝鮮の脅威をあおるとともに、国の防衛に向けて国民を同じ方向に向かせ、

耐えさせることを徹底的に行った時代であった。

駐在員だった先輩から、政治の話は韓国人としないようにとアドバイスを受けた。

当時出張しても楽しめること、楽しめる場所はあまりなかった。

その韓国が30年足らずの間にスゴイ国になってきたことはもちろん知っていたが、

今日Nさんからいろいろ話を聞き、すばらしい国に発展した韓国をあらためて認識した。

あらゆるものが完備した外国人専用の長期滞在型ホテル、安い物価、礼節を重んじる

人たち、優秀な若者たち・・・ Nさんはすっかり韓国が好きになり、日本に帰りたく

なかったと話していた。

家族のあり様・考え方、子供のしつけ・教育は日本より優れていると、彼女は感じた

そうである。

儒教の教えが根強く残っていて、また韓国には教会、カトリック信者が多い。

韓国人は日本人より精神的な拠りどころがずっとしっかりしているのではと以前から

思っていた。

韓国の成長に大きな弾みがついたのは1988年のソウルオリンピックであった。

成長とともに韓国民が自信を持ってきて、そのことが好循環に結びついたと考える。

経済の成長、政治の安定、スポーツの振興(サッカー・ゴルフ・野球)・・・国を挙げての

頑張り、それが成長・飛躍・安定・自信に結びついていったのだと思う。

今や韓国は国際社会でも着々と地歩を固めている。今まさに話題になっている次期

国連事務総長に、潘外交通商相がほぼ間違いなく選出されるようである。

30年前に実体験したあの韓国と比べることは所詮ナンセンスであるが、Nさんの

話を聞き、久しぶりに韓国の今昔を思った。

それにしてもいろんな話で盛り上がり、4時間近くワイワイ話していた。

2006年10月 2日 (月)

『出口のない海』

以前から観たいと思っていた映画、出口のない海を観に行った。

人間が魚雷に乗り込んで操縦して自爆攻撃した回天特攻隊の切ない青春の物語

である。

神風特攻隊や戦艦大和に比べてほとんど知られていなかった回天は、ひとり乗りで

操縦が非常に難しく、よく故障し、一度発進したら内側からは脱出することは困難

だったそうだ。

太平洋戦争の最末期に大学生から海軍に志願した学徒兵がこの兵器に乗り込んで

訓練を受けた。その訓練の過程がよく描かれているのが、これまでの特攻隊映画に

ない特長だそうで、観る者は、出口のない状態で爆弾の一部になってしまう恐怖を

想像する。

主演の市川海老蔵の明るく爽やかな好青年ぶりがとても良かった。

お互いに好意を寄せている女性との別れ、緊迫した中での父との淡々とした会話、

戦友との別れ・・・ 胸にジーンとくる場面が何度もあった。

特攻隊を悲壮さで美化せず、しかし死んでいった若者たちに対して敬意をもって

とむらう鎮魂の作品と言える。

竹内まりやの主題歌、『返信』もすばらしい。

現役時代は映画なんて5年に1度くらいしか観なかったが、『出口のない海』は今年

観た6作目の映画である。6作の中では上位に位置する作品であった。

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