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2006年8月

2006年8月31日 (木)

浜 美枝さん(その2)

半年前の2月19日のブログに女優 浜 美枝さんのことを書いた。

その浜 美枝さんの講演会があると誘われ参加した。

浜 美枝さんと言っても、今の若い人は知らないのではないだろうか。

生まれは私と同じ年。かつてショーン・コネリー主演のジェームスボンド映画の一作、

『007は二度死ぬ』でボンドガールに抜擢されるなど数々の映画に出演した女優である。

浜さんは、40歳で女優活動を辞め、『自然の中で子供を育てたい』との思いから、箱根に

合掌造りの家を建て、今は農業問題や食の安全をライフワークとされている。

農政ジャーナリストとして農政アメニティ審議会委員、食アメニティを考える会会長など

審議会委員を歴任されている。

浜 美枝さんには、8年前に一度お会いしたことがある。

シニアとITの関わりをテーマにしたシンポジウムを箱根で開催したことがあり、そのとき

基調講演をお願いし、快く引き受けてくださった。

今回の講演会の演題は、『美しい日本の暮らし』

1時間半、まったく飽きさせることなく、興味のある話が次々に出てきた。

女優をきっぱり辞めた動機・いきさつ、全国の農村を回り出会った人たちから受けた

感激・感動、14歳のときに知った柳 宗悦氏主宰の日本民芸運動に深く魅了され、

以来ずっと傾倒していること、全国の廃屋農家12戸を買取・移設し箱根に建てた

お宅のこと、中学を卒業しバスガイドになり働いて得た経験、家族・家庭のこと・・・ 

ボンドガールはおろか女優時代の話はほとんど出ることなく、『美しい日本の暮らし』が

熱っぽく語られた。 

女優のイメージをまったく感じさせない、確固たる信念を持ったすばらしい女性である

との印象をあらためて持ち、ますます浜 美枝ファンになった。

一度箱根のお宅を見せてもらいたいものだと思いはじめた。

2006年8月28日 (月)

この時期恒例の来客

元の会社の連中が遊びにくるため、金曜日の夜からまた熱海に来ている。

8月最後の花火に合わせ、3家族・9人(うち子供3人)が日曜日の昼前に来た。

この時期恒例になり、今回が4回目。

そのため、もう慣れたもので、来るとすぐ、『さあ、買出しに行こう。子供たちはプールに

行ったら』。買出しから帰ってきたら即、ベランダでバーベキュー開始。

 Bbq1  Bbq2

子供たちがプール、風呂からあがってきて、一気ににぎやかになる。

ひとりでゆっくり過ごしていたところに、突如台風が来襲した感じ。

そのうち、これも毎年の慣わしになったプレーステーションでゲーム『太鼓の達人』が

はじまる。

 Kodomo2  Kodomo1

最近の会社の出来事をいろいろ話してくれた。

聞いてはいたものの、一番うれしいニュースは、来訪者のひとりの女性のSさんが

みごと課長に昇進したこと。

最近の仕事、異動・退職、会社の業績、職場の雰囲気・・・ いろいろ話は盛り上がった。

夜はお目当ての花火。Hanabi

『このあたりがいいんじゃない』と、今やみんな

良い場所まで覚えている。

8月の熱海の花火は、今回が5回目で最後。

いつものとおりフィナーレは『大空中ナイアガラ』。

今年も『いやー、 スゴイ!』と、全員感激。

9時に花火が終わり、明日仕事のある2家族は、

『楽しみにしてますので、来年もよろしく!』と言いながら、それぞれ新幹線と車で帰った。

1家族は、明日は休暇を取っているということで、一晩泊まっていった。

2006年8月27日 (日)

ランチ会

パソコン教室キュリオステーション横須賀校で受講されている生徒さんたちから

『教室に来ていても、みんなとなかなか話す機会がない。みんなとパソコンのことほか

いろいろ話してみたい。ランチ会をやってはどうか』との要望があり、先月からランチ会を

はじめた。 「lunch2.doc」 

2回目の今回は14人の皆さまに参加していただいた。

前回参加された方のお奨めで、今回はホテルのバイキング。

このバイキングのウリは目の前であげてくれる天ぷらと、目の前でにぎってくれるお鮨。

初めて参加していただいた方、前回に引き続きご夫婦で参加された方、加えて今回は

うれしいことに、夏休み中の高校生の受講者が参加してくれた。

20人以上が座れる部屋を確保したおかげでスペースに余裕があり、前回以上に

リラックスムードで和気藹々、大いに盛り上がった。

11時半からはじまり、終わったのは2時。

パソコンの話はあまり出なかった。

家族の話、趣味の話、旅行の話 ・・・ 皆さん悠々自適に過ごされていて、そういう向きの

話題が飛び交っていた。

おふたりの男性がお互いに大正14年生まれであることを知り、戦争の話ほか昔話で

盛り上がっていた。

大正14年生まれといえば、今年81歳である。おふたりとも、とにかくお元気。

新しいことに挑戦される気概に感服しながら話を聞いた。

おひとりのWさんは、自分がパソコンを習い始めたあと娘さんにも勧め、今や親子で

勉強中。

Wさんは横須賀の老人クラブ連合会の役員として活動されているとともに、病院に

入院されているお年寄りの愚痴を聞くボランティア活動もされているとのこと。

『この歳になってもいろいろあって、入れた予定を忘れないよう、毎朝手帳を見てチェック

している』とのこと。こういう風に歳を取りたいものだと思わせる方である。

Wさんの奥さんがこれまたスゴイ。78歳で今もまだお仕事をされている。

初めて聞いたことばだが、コンピュータミシンで刺繍をやられていて、毎日朝9時から

夕方5時まで勤めているとのこと。他にできる人がいなくて、なかなか辞められない

そうだ

皆さんから、『来月もぜひやりましょうね』と言われ、散会となった。

      

2006年8月26日 (土)

ウエッブ2.0

最近ウエッブ2.0ということばをよく見かける。

会社にいたときと違い、新しい情報が会話から入ってくる機会はあまりない。

新しい情報とは、もちろんIT関連だけではなく、時流の情報という意味である。

定年後の情報源は、主には活字とテレビ・ラジオ。

働いていたときは、職場での会話、アフターファイブの会話から多くの情報が自然に

入ってきていた。また街で見かける情報、例えば、電車の中吊り広告から得ていた

情報なんかもかなりあった。

情報が入らなくなり寂しくなったとは、まったく思わない。得た情報を活用する機会が

減ったのだから、それでいいと思っている。

今回のタイトルのウエッブ2.0もその類の時流情報のひとつである。

ここでいうウエッブは、インターネットと同義のようである。であれば、何故インターネット

2.0と呼ばないのだろうか。きっとインターネットよりは、対象が狭義なのだろう。

進化して2.0になったのであれば、これまでのものはウエッブ1.0と呼んでいたので

あろうか。

ウエッブ2.0の特徴のひとつは、ネットを利用している人たち誰もが簡単に”参加”

でき、意見やコメントを自由に書けるメカニズム・機能が強化されたことのようである。

最近よく話題になるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)なんかは、まさに

ウエッブ2.0の申し子なんだろう。

SNSの代表格のmixi(ミクシ)はスタートし2年半で、500万人を超える数のメンバーに

なったとのこと。驚異的である。まさに時代の要請にぴったり合っているからなんだろう。

わたしも参加しているが、ホントによくできている。

8月10日のブログ、『これは役立つ!ウエッブサイト』で紹介した、旅行のクチコミサイト

フォートラベル』、無料百科事典の『ウィキペディア』は、いずれも”参加型”サイトで

ウエッブ2.0の範疇に入るのであろう。

ウエッブ2.0を活かしたITベンチャービジネスも勃興している。

ファウンダーは30~35歳くらいの人たちがほとんどのようで、ネット世界で、『こういう

ことができればいいなぁ』と多くの人たちが考えるニッチ(すき間)システムがどんどん

世の中に出てきている。

日本だけでなく、欧米はもちろんのこと、中国・韓国・インド等アジアを含めた世界的な

広がりで、若い優秀な人たちが大きな流れをつくっている。

2006年8月24日 (木)

セミナー参加

久しぶりに、野村證券横須賀支店主催のセミナーに参加した。

本社の投資信託部の課長が来て、投資信託について話すという案内をもらい、予定が

何もなかったこともあり、話を聞きに行った。

70名収容のセミナー会場はほぼ満席。平日の午後で、参加者はもちろん、ほとんど

シニア。女性が思いのほか多かった。皆さん真剣にメモを取っていた。

『今後の日本と環境認識』、『日本人のリスク』、『リスクをカバーする』の3部構成の話。

タイトルを見てすぐ、『リスクをカバーする』で、野村の投資信託商品を説明するな、

その前の2部は、その布石の話をするな、と思ったら、やっぱりその通りだった。

環境認識では、なるほどと思われる話や数字をいろいろ説明していた。

例えば、最近の世界的な資源価格(とりわけ原油価格)の上昇要因のひとつは、

石油が採掘され尽くし枯渇するのは40年後、天然ガスは60年後と言われている

ためであるとのこと。

そのような中で、アジア諸国が日本の高度成長期に相当する時期を迎えており、

石化燃料の需要は拡大の一途。(日本のエネルギー自給率は6%)

日本ではデフレ脱却が取りざたされているが、グローバルな視点で見れば、世界的な

規模でインフレが進んでいく。

一方で、1995年をピークに最強通貨であった円は、この10年で徐々に価値が低下

してきている。輸入依存度の高い日本は(例えば、食料自給率は40%)、円の価値が

低下していけば、輸入品の価額が上がり、国内物価の上昇につながる

の価値が高かった時期は円で資産を持つことでよかった。そのため、通貨分散の

意義は薄かった。しかし、今後は通貨を分散した財産保有や投資を考えていく

必要がある。

という前ぶりで、外貨債券・外国株式を組み込んだ、野村のふたつの投資信託の説明を

していた。うん、確かにそうなんだろうなと思いながら聞いた。

他にあらためて驚いた情報としては、日本の国債の格付けの低さ。

7ランク中、下から2番目。ポーランド・スロバキア・イスラエルと同格。

もうひとつは、高度成長やバブル崩壊後の財政赤字を支えてきた日本の貯蓄率が

急低下していること。直近の10年だけでも、8%くらい下がっている。

知らないうちに日本の国力がどんどん脆弱になってきているのでないかと危うさを感じた。

時々このようなセミナーに参加してマクロ的な話を聞くのは悪くない。

2006年8月22日 (火)

高校ミニ同期会

暑気払いを名目に、久しぶりに高校の仲間が集まった。

卒業したのは、岡山県立倉敷青陵高校。

在京の卒業生も多く、東京青陵会が組織されていて、卒業年次順送りで幹事になり、

毎年、東京青陵会の全体会合が行われている。

もう20年近く前になるだろうか、我々卒業年次が全体会合の幹事役になった。

それをきっかけに同期の仲間の連絡先が整備され、結束もでき、年に何回か

集まったり、旅行に行ったりしている。

まとめ役をやってもらっているH君から今回も連絡があり、定年退職している者も多い

ことから、夜でなく昼の集まりになった。

メールで届いた集合場所は、丸の内のOAZO(オアゾ)にある丸善。

OAZOって、初めて聞く名前。 こういうときは、ネットさまさま。

そうか、地下街を含む、元JR本社の跡地一帯の呼称なんだとわかる。

     Oazo_1       Soto

OAZOって、何の略だろうかと調べるがネットでは見つからず。

『オンとオフを演出する空間』という感じのキャッチコピーがビルの中に書いてあった。

仕事をするオンと、アフターファイブのオフ両方向けのスペースという意味のようだ。

久しぶりに行った丸の内の変わりようには、とにかくビックリ!

新丸ビルもかなり出来ていたし、まわりにも高いビルがニョキニョキ立ちつつある。

何と言っても一番驚いたのは、あの丸の内ホテルの変わりよう。

古いレンガ造りで、入り口が狭く、あまりパッとしなかった丸の内ホテルが見事に変身。

同期会は女性のMさん含め、集まったのは9人。    Naka 

食事はOAZOの上の”ねのひ”という店でビールで

乾杯し、いつものように、大いに盛り上がった。

”ねのひ”は3時に締め出され、全員話し足りない

風で、9人がお茶できる店を探すがどこも

いっぱい。

『そうだ、丸の内ホテルにあるんじゃないの』

ということで、丸の内ホテルで5時ころまでワイワイ。

東京駅に行くことはあっても、これまで元JR本社の地下道を歩くのは、丸の内線に

乗るときくらいだった。

久しぶりに仲間と旧交を温められたことはもちろんのこと、横須賀の田舎から出て

行って、いろいろ新しい発見ができ、まとめ役のHくんに大いに感謝した一日だった。

2006年8月21日 (月)

厳しい残暑

今朝も早くから暑い日差しが照りつけている。

8月も後半に入り、あきらかに残暑の時期であるが、猛暑真っただ中。

昼間だけでなく真夜中ですら酷暑が続く。 夜中にクーラがタイマーで切れたら、

暑くて目が覚め、クーラをつけ直す毎日。

一昨日午後、1週間いた熱海から横須賀に戻ってきた。 カミサンは、『もう数日

こちらに残る』と言い、予定がある私は今回もひとりで帰ってきた。

帰ってすぐ、暑さにやられていると思い、庭に  Yasai 

水撒きをした。1週間空けていたため、野菜が

収穫できるのではないかと楽しみにしていたが

右の写真のような感じでガッカリ。

今が盛りのはずのゴーヤは5~6センチ大の

ものがバラバラついてはいたものの、

思っていたほどではない。

地面でなくプランターに植えつけているためであろうか。

大葉だけはいっぱい葉が茂っていた。 カミサンがやっていた葉っぱと葉っぱの間に

ヤンニンジャをからませ、冷蔵庫で冷やし食べている。

    ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

昨日は、あまりにも暑かったので、自転車で15分くらいの場所にある近くの海に泳ぎに

行った。人があまりいないきれいな海で、毎年何度も行くが今年は初めて。

  Umi1   Umi2 

熱海では毎日プールで泳いだ。

定年後、市の施設で行われたシニア向け水泳教室に通って、最近やっとクロールが

無理なく続けて25m泳げるようになった。

プールでゆっくりときれいなフォームで泳ぐ人を見てあこがれ、教室に通った。

その域に達するにはもう少々時間がかかりそうである。

ただ、泳ぎは体を芯からリフレッシュさせ、爽快な気分になれ、最高である。

2006年8月20日 (日)

感動した!

夏の高校野球決勝戦、早稲田実業と駒大苫小牧の試合は感動的なゲームだった。

延長15回で決着がつかず引き分け、明日再試合、まさに球史に残る壮絶な闘いだった。

1時の試合開始から3時間40分、テレビの前にくぎ付けになり、まさに手に汗握る

好試合に、はらはら、どきどきの連続であった。

早実の斉藤投手、駒大苫小牧の田中投手の死力を尽くした力投、ホントに感動した。

ふたりともまだ18歳、よくぞここまで強い気持ちを持ち続けられるものである。

斉藤投手は3日間の連投だったが、最終回の15回には147キロの速球が何度も出た。

プロ野球のピッチャーでも147キロはそう易々とは投げられない。

8回の表、駒大苫小牧がホームランで1点入れて、もうダメかと思ったら、早実はその裏

みごとに同点に追いついた。

こういう試合を観ると、テイタラクな巨人のゲームなんて観たくもない。

心情的には、3連覇の駒大苫小牧より、勝てば夏の大会初優勝の早実を応援したい。

ただ、雌雄を決しさせるにはあまりにも忍びない。

今夜両投手にはしっかり休養をとってもらい、明日もう一度感動的な投げ合いをやって

もらいたい。

取材&新聞記事掲載

パソコン教室 キュリオステーション横須賀中央校では、多くの高齢者の皆さまが頑張って

パソコンを勉強されている。教室に行ったとき、ときどきご苦労話をお聞きする。

『頑張られている姿を取材してもらい、新聞記事に掲載してもらえば、きっと多くの

高齢者の皆さんの励みになるはずだ』と、以前から思っていた。

2週間ほど前に地元の神奈川新聞横須賀支社に電話し、思いと希望を伝えた。

電話した部署は、テニスの仲間が主宰したコンサートの関連で取材を受けたことがあると

聞いていた情報バザール編集部。 

電話に出てきた女性記者のOさんは丁寧に話を聞いて、取材を承諾してくださった。

電話した翌々日、Oさんは教室に来られた。

Oさんは、店長のN君から全体的な説明を受けたあと、ちょうど教室に勉強に来られて

いた最高齢の生徒さんの山崎さん(87歳)を取材された。

記者のOさんは、山崎さんのガンバリぶりに感銘を受けたようで、うなずきながら真剣に

メモを取っていた。

最後に店長のN君が、記者のOさんに、『受講者の皆さまに交流していただこうとの思いで

先月からランチ会をはじめました。今月は24日に予定しています』と、話した。

Oさんはランチ会にも興味を持ったようで、『ランチ会のことも記事に書きたいと思います。

記事を見た方がランチ会に参加したいと思われたら、参加できますか?』と聞かれ、

『大丈夫ですよ』と返事。

記事は、16日の『情報バザール』コーナーで、カラー写真付きで結構大きく取り上げ

られた「kanagawasimbun.GIF」

教室には、記事を見た方からの問合せ電話が多数かかってきている。

2006年8月18日 (金)

純情きらり

タイトル『純情きらり』を見て、何のことだろうと思われた方も結構多いことだろう

毎朝放映しているNHK朝の連続テレビ小説のタイトルである。

定年退職し、連続テレビ小説を観ることが日常化した。

2年前カンボジャに出張していた折、放映されていた『わかば』を観たのが最初であった。

8時15分~30分、現役時代は通勤電車に乗っていた時間帯で、もちろん連続テレビ

小説は観たことはなかった。 

最初に『わかば』を観て、妙に新鮮さを感じた。 以来、連続テレビ小説のファンになった。

『わかば』のあとは、『ファイト』、『風のハルカ』、それに今の『純情きらり』と続いている。

各プログラムは半年間放送され、4月に始まった『純情きらり』は9月末に終わるようで

ある。またそれぞれのプログラムには、”ご当地”があり、『純情きらり』の舞台は愛知県

岡崎市。

先日紹介した、ネット百科事典ウィキペディアで、『NHK朝の連続テレビ小説』を調べて

みた。 詳しく説明してあった。

それによると、連続テレビ小説は、45年前の1961年に始まり、第1作は獅子文六の

『娘と私』。 今の『純情きらり』は74作目とのこと。

一番有名なのは、やはり『おしん』か。(83年4月~84年3月)

91年から1年間、あの『君の名』も放映されたようだ。

『純情きらり』も他のプログラム同様、悲喜こもごもが続いているが、だんだん話は

収斂に向かったいる雰囲気である。 これから主役の女性に、どのように苦難を乗り

越えさせ、最後をどのような落としどころにするのか、原作者の想いを考えながら、

楽しんでいる。

2006年8月16日 (水)

甦れ!熱海

マンションの近くを散歩していて気がついたが、かつては熱海の著名な老舗旅館であった

『水口園』がついに倒産し、解体されはじめた。

池のある深い緑の中にいくつもの離れ座敷があり、とてもすばらしい旅館であった。

熱海全体に往時の賑わいはなく、倒産したり閉めた老舗旅館・ホテルが数多くある。

特に、お宮の松のあるサンビーチ沿いは惨憺たるありさまである。

思いつくだけでも、静観荘、フジヤホテル、つるやホテル、翠光園ホテル ・・・

いまや、若い人たちや家族連れの多くは、熱海を外して、箱根や伊豆に流れて

しまっている。 熱海に人を惹きつける魅力がないからである。

何故、熱海はここまで衰退したのか。

華やかだった昔の熱海の幻影から脱けきれず、旧き良き時代の熱海にあぐらをかいた

結果、街おこしが遅れた、あるいは街おこしをしているつもりが的を外している、熱海を

10年間見てきて、そんな気がする。

平日はもちろん、花火でもなければ、週末の夜の街も閑散としている。かつて熱海には

たくさんいたはずの宿のユカタを羽織りぶらつく人たちを、今はほとんど目にしない。

一方、昼間出会う人はお年寄りが多い。

パンフレットで紹介される熱海の見所は、熱海城、サンビーチ、起雲閣、MOA美術館、

錦ヶ浦、ハーブガーデン・・・・ どこも、リピーターを呼ぶにはイマイチである。

熱海に活気を取り戻すには、どうすればよいのだろう?

高齢者の割合の高い、4万2千人の街故、抜本的な改革は難しい。

カジノを誘致してはとの話が話題になって久しい。 ただ、そんな簡単に認可される

ものでもなかろうし、カジノ 一発勝負では起死回生にはつながらない。

私は、ソフトウエアやインターネット関連のITベンチャー企業の誘致がどうかと考える。

何と言っても温泉があり、海があり、気候は温暖、風光明媚な地である。

長時間労働で神経を使うソフトウエア開発者には、安らぎが必要で、その意味からは

ぴったりの場所と言える。

新幹線に乗れば、東京から50分の熱海は、許容できる距離圏内だし、ネットを使えば

ソフト開発は、遠隔地であってもまったく問題ない。

ソフトウエアやインターネット関連のITベンチャー企業が誘致されれば、街には若い人が

増える。 風光明媚を売りに、これまでは我々のような定年退職者を中心にマンション

の立地・誘致を進めてきた熱海だが、同じ風光明媚を売りにして、若い層が呼び込める

新しい企業セクターの誘致を考えるべき時期にきているのでないかと思う。

『立ち上がったばかりで、六本木ヒルズにはとても入れないITベンチャー企業は、熱海へ

どうぞ』というキャッチフレーズはどうだろう。

IT企業の誘致に必要なインフラの整備は、通信関係の設備程度で十分のはずである。

あとは誘致する企業の立ち上げに必要な資金の貸付支援、それに事務所の賃貸料

支援を行う企画をつくれば、乗ってくるITベンチャー事業者は少なくないはずである。

いずれも多額の予算は必要ないし、幸か不幸か、事務所用に貸し出せる空きビルや

空き部屋には困らないであろう。

誘致企業が利益を出せば、当然市には新たな事業税収入があるし、居をかまえた

個人からは住民税が入ってくる。

この企画は珍しい話ではない。全国あちこちで自治体やデベロッパーがやっている

『ビジネスパーク構想』のITベンチャー向け熱海版である。

熱海では、9月10日に市長選挙がある。

現職の川口市雄市長(69)が4選を目指し立候補している。スポーツ平和党前代表の

アントニオ猪木実兄が対抗馬に立ち話題を呼んでいる。現職が4選したのでは、

ゴーストタウン化したと言われて久しい熱海は何も変わらないのではないかと危惧する。

熱海が少しでも変わってゆくことを願って、『ガンバレ!熱海』

2006年8月15日 (火)

こだわり

7時のNHKニュースで、終戦の日の今朝、小泉首相が靖国神社を参拝したとの

ニュースを繰り返し繰り返し、何と1時間以上報じていた。

レバノン問題ほか重要なニュースがある中、なんなんだこれはとの思いで観た。

隣国からの指摘・非難、最近明らかになった昭和天皇の話、違憲判決等々、四面楚歌の

中での行動、到底意を同じくしたくない。

『こだわり』から『意思』を通したというよりむしろ、『意地』を貫いたという感じである。

個人的には、終戦の日に首相が参拝する確率は10~20%ではないかと思っていた

ため、よけいにショックであった。

戦争の犠牲になられた方々の英霊に対し、心安らかなれと祈る終戦の日が、このような

『こだわり』を通す行動で、物議を醸すことに対しては大いに疑問を感じる。

任期があと1ヶ月の首相故、大きな問題に発展することはないとは思うものの、

『意地』を貫いた行動に対する失望は消えない。

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『こだわり』を感じるということで、昨日届いたメールを紹介。

密なるお付き合いをさせていただいているフランチャイズパソコン教室、『キュリオ

ステーション』の石川社長から、下記のメールをいただいた。

しばらく連絡がないため体調を崩されたのかと心配して送ったメールへの返信である。

ご本人から了解をいただいていないが、紹介させていただく。

もちろん、同じ『こだわり』でも本質はまったく違うし、こちらの『こだわり』は、完全に

意を同じくできる。

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   先月25日ハワイから帰ってきてから、ほとんど会社に出社しない状態で、 

   必要最低限のことしかしない、って決めて動いていました。

   実はキュリオステーションをワンステージ高い所に持っていくために、

   日々の業務をしていると、どうしてもそちらに目がいってしまい、斬新な企画が

   浮かばなくなっていました。

   夢中で走っていると周りの景色が見えなくなる時があります。

   そんな事をフッと考えて、丁度お盆休みまでは中途半端な時間ということもあって、

   プチリタイアしてました。

   おかげさまで、すこぶる体調も良く新たなパワーと計画が出てきました。 

   貴重な2週間でした。

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こういう割り切りができ、パッと行動に移せる人には大変魅力を感じる。

メールが届いたあと電話もいただき、重要な仕事がいろいろ山積していることを知った。

今回の気分転換・充電は、きっと間違いなく、次のより大きな展開・発展にむすびついて

いくものと確信する。

2006年8月14日 (月)

お盆

昨日からお盆。

昨夜は迎え火を焚いた。迎え火を焚きながら、いつも思わず夜空を見上げる。

定年とともに、お盆=夏休みでなくなった。

我が家でも子供が小さかったころは、満員の電車に乗って実家の倉敷に帰ることが

例年この時期の慣わしだった。この慣わしとも無縁になって久しい。

お盆休みはスタートしたばかりなのに、今日午後から車のUターンラッシュが始まる

とのこと。渋滞にイヤケがさし、Uターンがだんだん早くなってきている傾向にあるのでは。

せっかくの1年に1度の里帰り、首を長くして待っている人たちも多いことだろうが、

一方で、多くの人たちが仕事を休むことができないのだろう。

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食事づくりにギブアップし、昨日午後、カミサンのいる熱海に戻ってきた。

ベランダの前の茂みから聞こえてくる蝉時雨は、まさに夏の風物詩。

お盆休みでマンションは子供連れが多そうである。

だいぶ治まってはきたものの、まだ痛みの残る右ひじが気になり、一昨日、病院の

整形外科に行ってきた。レントゲンを撮って骨には異常がないことを確認、診断はやはり

テニスひじとのことで、塗り薬をもらってきた。

接骨院に行かないで、いきなり整形外科に行けばよかったと反省。

佳境に入ってきた高校野球を観ながら、今回は土曜日までいようと思っている。

石垣島に旅行したことから、八重山商工を身近に感じ、応援に力が入る。

千葉経済大付属と対戦した初戦の粘りはすごかった。9回ツーアウトから気迫で2点の

ビハインドを追いつき、10回にみごと逆転。 あの試合は感動ものだった。

昨日2回戦にも勝ち、4万5千人の石垣島はきっと島を挙げて大変な盛り上がりであろう。

この先も勝ち進んでいって欲しい。

2006年8月13日 (日)

気が引けますが、またまた孫娘のことで

娘が横浜から孫娘のミサキを連れて我が家に来たり、我々が横浜に行ったりした折に

撮ったミサキのショットを紹介。

ミサキとの戯れは、我々にとっては最高の楽しみ。

先ず横須賀に来たときのショット。

 Hokuriku_085  Hokuriku_057_1

しばらく水遣りに興じていた。そのあと、ミニトマトとブルーベリーをとって食べていた。

そのうち、つっかけを脱がせ、挙句は服を脱がせと要求し、こんな格好になり、気持ち

良さそうに遊んでいた。

 Hokuriku_087_2 Hokuriku_094 

翌日、近所の公園に遊びに行った。

夏休みなので、近くのお宅に遊びに来ていた子どもたちに会う。

危なかしい走り方で、ミサキはお兄ちゃん・お姉ちゃんの後を追っかけていた。

とてもかわいい犬を連れてきていて、平素は怖くてなかなか近づけない犬を珍しく

撫でていた。 遊び疲れて、帰りはバギーでぐっすり。

 Hokuriku_003_1  Hokuriku_006_1

下の2枚のショットは娘宅にて。

右の写真は、置いてあった私のメガネを持ってきて、メガネと言えなくて『ミーミ、ミーミ』と

言う。最近買ってもらった自分のサングラスを渡して欲しいということのようだ。

     Nakamurataku_012_1     Bread_227

    ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 

昨日夜遅く、娘のブログを見て、びっくり!

水遊びに連れていったミサキがすべって後頭部を打って大泣きし、緊急病院に連れて

行ったとのこと。

骨には異常がなかったそうだが、痛がって歩けないとのこと。 夜遅かったので

電話するのは憚ったため、メールを送って寝た。

今朝電話し、出てきたダンナに様子を聞いたら、元気だが、痛がって歩きにくいようで、

念のために、幼児専門の病院に連れて行くとのこと。

大したことはないようで、ホットした。

ミサキが電話に出て、初めて、『ジージ、会いたい』と言ってくれて、(娘が解説してくれた

ので、そう言ったのだということがわかった)、大感激!

たわいもない話にお付き合いいただき、ありがとうございました

 

2006年8月11日 (金)

いやー、届いた!

6月10日のブログ、『沖縄の旅(その9:石垣島にて①)』で、カミサンに誘われて、石垣焼

窯元で陶芸体験をしたことを書いた。

私は、石垣焼独特のマリンブルーの皿つくりに、カミサンはシーサーつくりに挑戦した。

カミサンは2時間以上かけてファンキーなシーサーをつくった。

『窯で焼いたあと、大体2ヵ月後に自宅にお送りします』とのことであった。

昨日ふたつの作品が届いた。

自分で言うのもおかしいが、いずれもなかなかの出来栄え。

  060811_11412   060811_11512 

     ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  

今夜の食事はガンバッテ2品にチャレンジした。

ブリの煮付けとエビのチリソース煮。

 Buri    060811_21232 

魚の煮付けは以前にも金目鯛やカレイで経験したことがあるし、味付けはネットで

調べることができるので問題ない。

エビのチリソース煮は今回が初めてだった。

冷凍庫にエビがあることを確認し、食材を買いに行ったら、味の素のCookDoで豆板醤

入りの海老チリソース煮があるのを見つけ、美味しそうだったので買ってきた。

入れたエビの数とトマトの量が多すぎたためか、2人前と書いてあったが3人前くらい

できた。味は満足だった。

つくる料理は、傾向として分量が多くなりがちである。以前作ったケンチン汁は大きな鍋に

ふたつ分でき、何回も続けて食べるハメになった。

料理つくりを楽しむ男性はそんなに珍しくないことだろうが、私は楽しむまでの境地には

程遠い。面倒さが先に立ってしまう。

自分でつくってみると、カミサンのありがたさがよくわかる。

自炊は早々にギブアップし、明日の夜には熱海に戻ろうかと思っている。

2006年8月10日 (木)

これは役立つ!ウエッブサイト

お役立ちウエッブサイトをふたつ紹介。

ひとつめは、旅行のクチコミサイト『フォートラベル

特徴は参加型のサイトであること。

知らせたい人は経験談を投稿し、未経験者は知りたいことを問い合わせする。

登録されている旅行記7万冊以上、3万件以上のクチコミ情報、100万枚を超える

旅行写真。 知りたい人向けには、QA掲示板が完備している。

知らせたい人にも、知りたい人にも役立つサイトである。

旅行のガイドブックを補足する情報源として、一度使ってみては。

ふたつめは、無料百科事典の『ウィキペディア

こちらは既に使っている人も多いのでは。

日本語版の登録項目は、いまや24万件。ブリタニカ大百科事典の15万件を上回る。

月間700万人が利用し、毎日300件の新しい項目が増えている。

ウィキペディアを紹介した最近の新聞記事によると、

『ウィキペディアは常識破りの百科事典。編集部の部屋はなく、専門家に執筆を頼む

わけでもない。作業はすべてウエッブ上で進められる。誰かが新しい項目を作り、

不特定多数の自発的な”執筆者”たちが書き加えていく。スタイルを整えたり、間違いを

直したりもする。うそやいたずらも書き込めるが、別の人が気付けば修正できる』

記事は続く。

『項目の削除や保護ができるボランティアが約50人いる。執筆者の自薦や他薦をへて

ネット上の投票で選ばれ、落書きやいたずらを片づける掃除係のような”管理者”である。

ただ、ウィキペディアの質を保つのは、管理者ではなく、参加者全体である』

一度使ってみたら、きっとそのすばらしさを認識することだろう。

     ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~  

横須賀で予定があったため、一昨日熱海から帰ってきた。

カミサンはもうちょっと熱海に残るとのことで、しばらくは別居生活。

自炊にギブアップしたら、また熱海に行くか、カミサンが横須賀に戻ってくるかの二者択一

2006年8月 9日 (水)

笑える話(その2)

※ ある日、残業してたら、別の課の友人から『何児まで頑張るの?』と、メールが  

  送られてきた。だから『本当は4 人ほしいんだけど、もう27歳だからそんなに

  いっぱいは無理かなって思ってるんだ』と、答えてあげた。

※ ひとり息子がちゃんとお留守番ができているかどうか、おかあさんは公衆電話から

    他人のふりして家へ電話してみた。

  『もしもし、お母さんいる?』 息子『いらない!!』 

※ 入院中の友人を見舞いに行った。

  帰りがけ、『仕事のことは忘れて、ちゃんと養生しなさいよ』というつもりが、

  うっかり『ちゃんと往生しなさいよ』と言ってしまった。

※ 犬を連れて近所を散歩していた定年退職者が、自分より犬の方が有名である

  ことを知って、ガックリ。

  もうひとつ、定年退職者と犬にまつわる川柳。

  『定年後、犬もイヤがる5度目の散歩』

※ 息子の友だちから届いたジョーク。

  若い頃には誰しも一度や二度、危険を冒すものだ。

  私にとっての冒険の舞台はボーリング場であった。

  当時、芸名騒動の渦中にあった、加勢大周”(かせたいしゅう)の名をもじり、

  “汗体臭”(あせたいしゅう)の名でゲームを申し込む。

  それが私の冒険だった。

  シューズを借り、玉を選んでじっと待つ。

  待ち時間がやけに長い。

  その名にたがわず手のひらが汗ばむ。

  そして、ついにその時はやってきた。

  『汗体臭さま、汗体臭さま、○番レーンへどうぞ』

  場内アナウンスを聞き、達成感にひたるバカ一人。

2006年8月 7日 (月)

酷暑の一日

熱海3日目。

朝、新聞を読むため1階のロビーに行ったら、久しぶりに知り合いの女性のWさんに

会った。常住のWさんは最近のマンション事情をいろいろ話してくださった。

Wさんが、『ところで、マージャンやりますか? 私の部屋で月に1回くらいやってるん

ですが、最近4人集まらないことがよくあって、もしよかったら一緒にどうですか。みなさん

年配の女性で、三越のレディース・マージャンクラブで鍛えた人たちばかりですよ』

『そりゃ楽しそうですね。メンツが集まらなくて、もしその時こちらに来ていたら、声を

かけてください』と、返事した。

シニアの女性は、ホントに皆さんお元気だ。

元気なお年寄りということでは、夕方風呂で会った男性のMさんもお元気だ。

86歳とのこと、とても見えない。

毎朝、海岸沿いを1時間半歩かれているそうである。

話されることや思考が大変前向きで、これがきっと年齢を感じさせない秘訣なんだろう。

     ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

暑い中、昼すぎ、カミサンと食事に出かけた。

どこにしようかと何ヶ所かあがった候補の中、熱海の旅案内にも紹介されている

石川屋という店にオムライスを食べに行った。ここのオムライスは、美味しいことで

結構知られている。

石川屋のあと、美味しいパンで評判のナチュラルという店に寄って、サンドウイッチと

豆パンを買った。午後の遅い時間に、人気があるこれらのパンが残っているのは珍しい。

暑くてみんな外出を控えているためだろうか。

 Bread_001  Bread_004

暑い中わざわざ出かけたのは、食事だけでなくもう1ケ所行きたいところがあった。

それはメガネ屋。名古屋に本店があるキクチ眼鏡という店があり、私もカミサンも何度か

メガネやサングラスをつくったことがある。

いま使っているメガネはたぶん6~7年前につくったもので、遠近両用メガネでないため

字を読む時には、はずさないとダメで、ずっと不便を感じている。

そこで今日は遠近両用メガネをつくりに行った。

入念に検査してもらい、2年前の検査結果とほとんど変わっていないことがわかった。

ブレが少なく、視野の広いレンズに決めた。

あとはフレーム。店の人ふたりとカミサンの4人でかなり時間をかけて選んだ結果、

『これまでのものとは違う趣きで、イメージチェンジしては』という意見が勝って、これまで

とは雰囲気の違うフレームに決めた。

今日はこんな一日だった。

2006年8月 6日 (日)

ブログのアクセス解析

ブログのプロバイダーのニフティから数日前にメールが届き、私の使っている無料の

ブログでもアクセス解析ができるようになったとの連絡があった。

早速使ってみたが、大変興味あるさまざまな情報を得ることができることがわかった。

例えば、

 ・一定期間内(昨日・今日・過去1週間/1ヶ月/4ヶ月)の訪問者数とアクセス数。

 ・各記事ページのアクセス数。 人気ページのランク付け。

 ・読者はどこから?(リンク元ページサイトのみで、メールアドレスは示されない)

 ・検索ワード・フレーズ

 ・アクセスの時間帯 ・・・・

ブログの登録・更新に加えて、これら貴重な情報をすべて無料で提供してくれることは

大変ありがたい。

得られる情報を参考に、今後もっと多くの方々にブログを見ていただけるよう、工夫して

いきたい。

 ※  ご参考

   現在のブログのトップページに表示されたアクセス数にマウスを当てていただけば、

   過去1週間の日ごとのアクセス件数が表示される。

2006年8月 5日 (土)

ヒジ痛

北陸旅行から帰ってきた頃からだから、もう1週間以上、ヒジ痛に悩まされている。

右ヒジなので厄介である。実は3月に左ヒジに同じような痛みが続いたことがあった。

痛みは水曜日あたりがピークだった。昨日・今日はいくぶん落ち着いている。

どうかなあと思いながら、月曜日テニスに行ったが案の定痛くて、早々に引き上げた。

月曜日から近所の知り合いの整骨院に通いはじめた。

『パソコンのせいでしょうか? テニスヒジでしょうか?』と、先生に聞いたが、『原因はよく

わからない』との返事で、とても覚えられないような長い病名を言われた。

『冷やすのはよくないですが、この時期どこに行っても冷房ですからねぇ。痛さを恐れず

ヒジは使った方がいい。テニスは恐れずやっていいですよ。温めるのが一番いい』

と言われた。

そうか、それじゃしばらく行っていない熱海に行って温泉に浸かればよくなるかなと思い、

昨日夕方、再度接骨院に行って処置してもらい、夜遅く車で熱海に来た。

考えてみると、前回熱海に来たのは、たしかゴールデンウイークだったから、3ヶ月ぶり。

かけてあるカレンダーが5月だったので、3枚めくった。

昨夜は12時ころ着いてすぐ、それに今朝も温泉に入った。そう簡単に効能があるとは

とても思えないが。

今朝風呂に行ったら、昔から顔なじみの方がお父さんと一緒にきていて、お父さんの

体を洗ってあげていた。この人はとても優しい人で、奥さんがゆっくり風呂に入れるよう

2人の子供さんをいつも自分で風呂に入れている。初めて会ったころ赤ちゃんだった

上の子供さんはいまや小学生。下の子供さんは我が家の1歳9ヶ月の孫娘よりちょっと

大きいくらい。

お父さんの体を洗っている姿を見て、自分のオヤジにはとても同じことはしなかったなあ

と思った。『本当に優しい息子さんですネ』と声をかけたら、『そうなんですよ』と、お父さん

から返事があった。

まさに、夏、真っ盛り。

今朝ベランダの前の庭でうるさく鳴いていたセミの声が聞こえなくなり、暑い日ざしが

まぶしい。きっと海沿いの道は、今日・明日と大渋滞することだろう。

今夜、熱海は海上花火大会。

8月だけで5回ある熱海の花火は、とにかくスゴイ。

我が家から海岸まで歩いて7分くらい。頭上に上がる花火は圧巻である。

特に、毎回最後に打ち上げられる、”大空中ナイヤガラ”と呼ばれる、夜空を埋め尽くす

銀色の壮大な花火は感動ものである。

今夜は久しぶりに楽しめそうである。

2006年8月 3日 (木)

北陸の旅(6)

旅の4日目最終日もホテルの近郊を散策した。

金沢城公園を通り、先ず、石川県立伝統産業工芸館へ。

来場者はほとんどいなく、観ていたら館長らしき人がそばに来て、展示物ひとつひとつを

丁寧に説明して下さった。おかげでよく理解でき、大変ラッキーだった。

展示物は多岐に渡っていた。

加賀友禅、能登上布、九谷焼、輪島塗、山中漆器、茶の湯釜、金沢箔、和紙、桐工芸、

加賀象嵌、表具、竹細工、仏壇、太鼓、提灯、和傘・・・ よくもここまで広いジャンルを。

もともとは、前田利家公はじめ前田家の殿様がそれぞれの道の専門家を主に京都から

招聘し、金沢発で能登一帯に広めていったものである。ここでも前田利家公のすごさに

感じ入った。

工芸館のあと歩いて、ひがし茶屋街を訪ねた。江戸末期にできた遊郭街である。

地元のボランティの方に案内していただき、大変興味のある話をいろいろ聞いた。

左の写真は一番街と呼ばれる茶屋の中心街の入り口。ちゃんばら映画の舞台に

ぴったりの雰囲気の家並みである。

 Hokuriku_027  Hokuriku_018

下の左の写真は格子窓。窓のさんが台形になっていて、中からは見えるが外から中は

見えない形になっている。

右の写真は茶屋街ができたときの全体の見取り図。この見取り図には大変興味を持ち

じっくり見た。左端に時計屋 与兵衛と書いてあるのを見て、200年近く前にも時計屋が

あったのかと一瞬びっくりしたが、時計屋という屋号だったのだろう

 Hokuriku_019  Hokuriku_039_1

ひがし茶屋街を出たあと、歩いていたらHokuriku_017

右のような家を目にした。

まさに戦災に遭ってない街に残る家という

感じである。

このような建屋が多く残っていることが

金沢を一層魅力的な街にしている。

ホテルへ戻る帰り道、街中を走る、ふらっとバス

というどれだけ乗っても100円のバスに乗った。乗って金沢の中心街の位置関係が

よくわかった。金沢観光では、ふらっとバスはお勧めである。

バスを降り、白鳥路という緑がいっぱいの道を通ってホテルへ戻った。

 Hokuriku_051  Hokuriku_050  

途中見かけた右の写真は金沢の3文豪。左から室生犀星、泉鏡花、徳田秋声。

3人の作品名を思い出そうとしたが、思い出せなかった。

このあと、ホテルに戻りタクシーで金沢駅まで行き、バスで小松空港へ。

今回の3泊4日の旅は、歴史・文化・伝統工芸にたくさん触れることができたすばらしい

旅であった。

2006年8月 2日 (水)

北陸の旅(5)

輪島から金沢に戻り、小松空港で借りたレンタカーを返車した。

さあ、夜はどこで食べようかということで、カミサンが金沢の郷土料理の鴨の治部煮

食べたいと言い、金沢駅内のレストラン街で夕食をとる。

金沢の宿は、金沢城公園の近くのKKRホテル金沢

カミサンがネットで探し予約したホテルであった。新しく、清潔で、従業員の接客が

とても良く、朝食も文句なく、各部屋にパソコンのLANケーブルが備えられていて、

おまけに兼六園ほか金沢の主要な見どころが近く、加えてリーゾナブルな値段で、

お勧めできるホテルである。

翌日はホテルの近くを歩いて回った。

先ず、金沢城公園をブラブラ通り抜け、兼六園へ。

2日の間、金沢城公園は何度も通ったが、広く、きれいで、手入れが行き届いていて、

前田藩の風格を感じさせる立派な公園であった。

      Hokuriku_067      Hokuriku_069

 Hokuriku_065  Hokuriku_068

もちろん兼六園もすばらしい。

深く濃い緑、樹齢を重ねた数々の松、池とお休み場・・・ 日本3大名園のすばらしさを

堪能した。

 Hokuriku_073  Hokuriku_075

 Hokuriku_040  Hokuriku_039

歩き疲れたので一度ホテルに戻り、少々休んだあと、是非行きたかった近江町市場へ。

歩いて市場に行く途中、高峰譲吉記念館にHokuriku_002

寄った。金沢の街には文豪をはじめこのような   

記念館があちこちにある。

高峰譲吉は久しぶりに聞く名前である。

タカジアスターゼを発見した人だとは記憶に

あったが、アドレナリンを見つけた人でもあった。

金沢は戦災に遭っていないため、

多くの古い屋敷や路地がそのまま残っている。

近江町市場には、地元の海の幸、山の幸を並べた店が軒を並べ、見て回るのはとても

楽しい。

 Hokuriku_003  Hokuriku_011

 Hokuriku_006  Hokuriku_010

左下の写真の紫色の葉野菜は金時草(キンジソウ)と言い、金沢地域特有の野菜で、

ゆでるとワカメのような感じになる栄養豊富な食物である。その下はズイキ。右下の

写真の上段左も太いズイキである。金時草もズイキも帰ってカミサンが料理してくれたが

両方ともとてもいい味だった。

夜は近江町市場の中にある近江町食堂と  Hokuriku_013

いう店で食べた。

こちらもカミサンがネットで探し、お客さんの

評価が高いということで行った。

案の定、行列ができていた。お客さんの

7割方は女性。金沢そのものの旅行客は

圧倒的に女性が多いようである。

ホテルの朝食で見かけたのは女性グループばかり、男性は出張者という感じだった。

近江町食堂は噂に違わず、食べたものすべてに満足した。

 

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