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2006年6月27日 (火)

訃報

10月1日のブログ、『お見舞い』で、知り合いが入院し検査した結果、発見も治療も難しい

膵臓ガンであることが判明した、と書いた。 知り合いとは、テニス仲間のKさんだった。

Kさんの奥さんから、昨日午後、『頑張りましたが、主人は今朝9時55分に旅立ちました』

とのメールをいただいた。

ガン発見から9ヶ月足らず、厳しい闘病生活の末、Kさんは逝かれた。

お元気な間は数度のメールをやりとりし、一度病院からお電話もいただいた。

今年のお正月は、ご自宅で家族団らんの中、新年を迎えられたと聞いていた。

いただいたメールを読んで、奥さんにお電話をした。

『明後日の水曜日は、お通夜でバタバタしますが、明日は時間がありますので、

もしご無理が言えるようでれば、顔を見にお立ち寄りいただければ』と言われ、夕方

お宅にお邪魔した。

これまで奥さんにはお会いしたことはなかった。

Kさんの安置された部屋に通され、9ヶ月ぶりにKさんと対面した。

大変な闘病ぶりであったことを、容易にうかがわせるKさんの風貌であった。

一緒に過ごしたテニスコートでのKさんのいろいろなエピソードを、奥さんとふたりの

お嬢さんにお話した。

週2回集まる定年退職組の中では、Kさんが一番上手かったことは、全員の認める

ところである。

Kさんのエピソードは、いろいろ思い出す。

一昨年の年末、Kさんが、『ちょっとみんな集まってくれる。今日、今年の100回目記念

なんで、みんなで写真撮りたい』と言って、Kさんが撮った写真が手元に残っている。

Kさんは、ほぼ毎週2回通い、目標だった年間100回を達成したのだ。

たしか去年の春、『ビデオカメラを買ったので、皆さんのフォームを撮らせてもらうよ』と、

長い時間かけて、各自がプレーしているところを撮って、後日CDに焼き付けて、各自に

配布してくださった。 このCDは何度も見た。

テニスの月刊誌をたくさん持ってきて、『ざっと全部読んだので、好きなの持って行って』と

いただいたことも数度あった。

それともうひとつ、多くの仲間がお世話になったのは、研ぎ師Kさんの腕前だった。

定年後、Kさんは研ぎ師を養成する学校に通って技術を習得された。腕を活かして

シルバー人材センターでも仕事をされていた。 我々仲間は特別料金でやってもらった。

『京都 研ぎ陣』と書かれた名刺が手元に残っている。

ネアカで豪放磊落、誰もが好きになる人だった。

私より2歳年上、まだまだ若い。 

これからやりたいことが、いっぱいあったことだろう。

これからご夫婦で、人生をいっぱい楽しまれたことであろう。 

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント

すい臓ガンと聞くと、昔になりますが母のいとこが、まだ20歳くらいの若さで亡くなりました。わかりにくい箇所だと聞きました。今の森公子さんみたいにちょっとふっくらして明るく陽気な人でした。たった一人の希望の星の娘さんだったので大叔父夫婦は本当に気の毒でした。

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