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2006年6月

2006年6月28日 (水)

お通夜

昨日のブログ、『訃報』で書いたKさんのお通夜に行ってきた。

遺影の写真がKさんらしくて、とってもよかった。

お清めの会食場所に、Kさんの写真や遺作がいろいろ飾ってあった。

そうだ、そういえば、Kさんは発病前まではサッカーのプレイヤーでもあったんだ。

サッカー仲間の皆さんと写した写真と寄せ書きが飾ってあった。

その横に大変悲しいKさんの遺作がたくさん掲示されていた。

4月、最後の入院をしたとき、病院で書きためた絵手紙と句集。

4月といえば、わずか2ヶ月前である。

Kさんの気持ち・想いが表現された句をメモして帰った。

いくつか紹介したい。

  5日   このままか、明日も目覚めるか、あさっても

 11日   「介護」観て、病院の外で逝きたいな

 12日   散る桜、待ってくれない病窓(まど)の外

        今の内、動ける内に塀出たい

        多勢の励ましの中、生き続く

 13日   この生命、死んでたまるか、皆が居る

 18日   食欲なし、完食する人憎たらし

        はげしい入退院、我だけ残る寂しさよ

Kさんの心情を思うと。。。

合掌    

2006年6月27日 (火)

訃報

10月1日のブログ、『お見舞い』で、知り合いが入院し検査した結果、発見も治療も難しい

膵臓ガンであることが判明した、と書いた。 知り合いとは、テニス仲間のKさんだった。

Kさんの奥さんから、昨日午後、『頑張りましたが、主人は今朝9時55分に旅立ちました』

とのメールをいただいた。

ガン発見から9ヶ月足らず、厳しい闘病生活の末、Kさんは逝かれた。

お元気な間は数度のメールをやりとりし、一度病院からお電話もいただいた。

今年のお正月は、ご自宅で家族団らんの中、新年を迎えられたと聞いていた。

いただいたメールを読んで、奥さんにお電話をした。

『明後日の水曜日は、お通夜でバタバタしますが、明日は時間がありますので、

もしご無理が言えるようでれば、顔を見にお立ち寄りいただければ』と言われ、夕方

お宅にお邪魔した。

これまで奥さんにはお会いしたことはなかった。

Kさんの安置された部屋に通され、9ヶ月ぶりにKさんと対面した。

大変な闘病ぶりであったことを、容易にうかがわせるKさんの風貌であった。

一緒に過ごしたテニスコートでのKさんのいろいろなエピソードを、奥さんとふたりの

お嬢さんにお話した。

週2回集まる定年退職組の中では、Kさんが一番上手かったことは、全員の認める

ところである。

Kさんのエピソードは、いろいろ思い出す。

一昨年の年末、Kさんが、『ちょっとみんな集まってくれる。今日、今年の100回目記念

なんで、みんなで写真撮りたい』と言って、Kさんが撮った写真が手元に残っている。

Kさんは、ほぼ毎週2回通い、目標だった年間100回を達成したのだ。

たしか去年の春、『ビデオカメラを買ったので、皆さんのフォームを撮らせてもらうよ』と、

長い時間かけて、各自がプレーしているところを撮って、後日CDに焼き付けて、各自に

配布してくださった。 このCDは何度も見た。

テニスの月刊誌をたくさん持ってきて、『ざっと全部読んだので、好きなの持って行って』と

いただいたことも数度あった。

それともうひとつ、多くの仲間がお世話になったのは、研ぎ師Kさんの腕前だった。

定年後、Kさんは研ぎ師を養成する学校に通って技術を習得された。腕を活かして

シルバー人材センターでも仕事をされていた。 我々仲間は特別料金でやってもらった。

『京都 研ぎ陣』と書かれた名刺が手元に残っている。

ネアカで豪放磊落、誰もが好きになる人だった。

私より2歳年上、まだまだ若い。 

これからやりたいことが、いっぱいあったことだろう。

これからご夫婦で、人生をいっぱい楽しまれたことであろう。 

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

2006年6月25日 (日)

サイタ交流会

6月17日のブログ、『マイクロソフト訪問』で書いた、『シニアITアドバイザ(SITA:サイタ)

交流会sita.doc 』 を昨日開催した。

サイタはパソコン初心者を指導するシニアのスキルを審査し、認定する試験制度で

ある。

富士通の会議室を借りて、1時にスタート。    Sitakouryukai_1 

第1部は交流会、第2部は懇親会。

参加者55名。

遠くは新潟、群馬から参加。

男女比は、おおよそ、男性3:女性1。

懇親会が終わったのは7時半だった。

交流会では、来賓として関西のサイタ

グループのリーダの方にお出で

いただき、関西地区の状況をお話しいただいた。

基調講演は、マイクロソフトで企業市民活動・社会貢献活動を担当されている

市場開発部部長に『地域コミュニティを元気にするシニアのICT活用』とのテーマで、

大変興味深いお話をしていただいた。

マイクロソフトが、ITをツールとして、いかに地域のコミュニティ活性化に寄与して

いこうとしているかが熱く語られた。

今後中心的に支援していきたい組織は、NPO・中小企業・学校ということで、事例を

含め説明があった。

最後に、『地域でIT指導者として既にさまざまな活動をしているサイタの人たちとは、

きっとパートナーとして連携していくことができる』との、大変うれしい発言があり、

参加者一同大いに喜んだ。

パネルディスカッションでは、『SITAグループの関心事・課題』をテーマに、各地区で

活動されている5人のパネラーの皆さまから活動紹介があり課題や今後取り組みたい

テーマを中心に活発な議論が行われた。

パネルディスカッション後の参加者の皆さんとの討議も大いに盛り上がり、実のある

意見交換ができ、参加された皆さんは満足されたものと思う。

続いて行われた懇親会では、参加された多くの皆さんが本日の感想や平素の活動を

お話になった。

最後に、『この交流会はぜひ毎年続けていこう。今回はまだ2回目。10年後には

武道館を借りて、記念の全国大会をやろう』と、力強い締め挨拶があった。

終わったあと、今回の交流会の準備・運営をやっていただいた方々10数名で、場所を

かえて、お疲れさまの打ち上げをやり、心地よい疲れの中、長かった一日が終わった。

2006年6月23日 (金)

株主総会

去年に続き、今年も富士通の株主総会に出席した。(実は元勤めていた会社)

場所は去年と同じ新横浜プリンスホテル。

今年も議場いっぱいの出席者。 1500人以上の出席ではなかったのだろうか。

17年度の業績が良かったこともあり、黒川社長の説明には勢いと説得力があった。

3年前の平成14年度は、当期純利益が単独・連結とも1000億円を超える赤字で

あった。 それが今年度は、富士通単独で174億円、連結では685億円の黒字。

3つのビジネスユニットはいずれも好業績である。

去年もそうであったが、黒川社長の説明は人柄がそのまま出ていて、今年も参加者は

好感を持って説明を聞いていたようであった。 

質問の中で、社長の人柄に言及した趣旨の発言をした質問者が去年同様今年もいた。

会場から出た記憶に残る質問は、

 ・業績が好調な今、配当をもう少々上乗せしては。(今年度も年度で6円。企業全体の

  配当性向が上向いている中、もっともな指摘である)

 ・昨年11月の東京証券取引所のトラブルのその後は?

 ・世の中でしばしば取りざたされる富士通の成果主義の状況は?

厳しい質問はほとんどなく、成功裏に終わった株主総会であった。

実は黒川社長とは一時期職場が同じであった。 

偉ぶることなく、真摯な対応姿勢は昔とまったく変わっていない。

終了し会場を出たら、元副社長のMさんにばったりお会いした。

そのあと、現役役員のNさんとHさんにも会った。

Hさんは思わず手を差し出し握手し、『元気そうじゃないですか』

定年したら元気がなくなると思っているんだろうなぁと思いながら、『すこぶる元気ですよ』

と言っておいた。

元在籍していた会社の株主総会に出席し、良い話が聞けることは、大変うれしいことで

ある。

2006年6月22日 (木)

刑事裁判判決

6月6日のブログ、『刑事裁判傍聴』で書いた裁判の判決を聞くために、3回目の公判を

傍聴した。

前回の公判で、検察官は、加害者である被告の女に対して、4年を求刑した。

昨日の判決で、裁判官は3年6ヶ月の懲役を言い渡した。

刑事裁判の手続きは、先ず検察官が自らの考え方に基づき求刑し、裁判官が最終的に

量刑を決め、判決で刑を言い渡す。

量刑は求刑の7~8掛けで決まる、と一般的に言われている。

ということからすれば、今回裁判官は、まあ納得のゆく判決を出したと言える。

冒頭、裁判官が判決の主文を読み上げた。

 『被告は多量の酒を飲んだあと、仮眠後、足がふらつく状態で運転し、事故現場に

  差しかかった時には仮睡の状態にあり、制限速度を超え、反対車線にはみ出し、

  対抗してきた被害者の車両に衝突させ、被害者を死に至らしめた。酒が残っていた

  ことを認識した上で運転し、引き起こした重大事故であることから、被告は、厳罰に

  処されることから免れられない』

  『加えて、被告は事故後、一度も被害者の妻に弔意を示し、謝罪をすることなく

  今日に至っている。 結婚1ヵ月後に無念の死を遂げた被害者、遺された妻の

  心境たるや察するに余りある』

被告の女は今日もふてぶてしい態度で、結局、法廷では被害者の奥さんに対し、会釈

ひとつすることはなかった。

やり切れない思いで裁判所をあとにした。

2006年6月20日 (火)

絶好調

このところしばらくお会いしていなかった、フランチャイズパソコン教室、『キュリオ

ステーション』の石川社長に会うため、下北沢の本部を訪ねた。

今日もまた面白い話をたくさん聞いた。

パソコン教室は全国で53店舗となり、契約ベースだと73になったそうである。

フランチャイズに興味を示している組織・個人は700近くにのぼるとのこと。

05年度の売上げは前年度比、200%伸張。

ここまで拡大してきたパソコン教室(キュリオ・デジタル・ステーション)を核に新しい事業が

スゴイ勢いで伸びてきている。

以前ブログで紹介したことがある、4月に創刊されたホームページ誘導型無料情報誌

(フリーペーパ)@motteco(アットマーク・モッテコ)が、3ヶ月間で全国100万部配布される

予定である。

駅や店頭に置かれたり、宅配されるフリーペーパは、全国に4千以上あるそうだ。

その中で著名なフリーペーパは、Hot Pepper、リビング新聞、ぱど、R25など。

世の中に初めて登場したホームページ誘導型フリーペーパ@mottecoは、早い時期に

フリーペーパ上位に入って欲しいものである。

今後大変楽しみな事業は、@mottecoのエリア版代理店制度。

既にかなりの問合せがあるようで、大いに拡大が期待できる。

@mottecoのエリア版代理店制度は別の機会に紹介したい。

@mottecoの他にも、ITトップ企業とパソコン教室事業での連携、ハワイ・キャリアアップ

スクールの創設・・・・

そのような中、石川社長は、『原点を忘れないよう、第3クォーターは現場の見直しを

テーマに動いている』と言われ、勢いの中にも堅実なマネージメントを感じた。

話を聞いていて、最も夢をおぼえたのは、International Freepaper Associationの話で

あった。

フリーペーパは日本だけでなく、海外の日本人社会にも国版・地域版がたくさんある

そうだ。それらの国版・地域版フリーペーパーを結びつけてゆく、国際フリーペーパ協会を

作ることが、石川さんの夢。

『いいですねぇ、International Freepaper Associationが出来たときには、事務局員にでも

雇ってくださいよ』ということで、お昼を食べながらの楽しい話は終わった。

2006年6月19日 (月)

久しぶりに娘宅へ

『父の日なので食事に来ない』と娘から電話があり、昨日午後、久しぶりに横浜の娘宅に

1泊で行ってきた。              Nakamurataku_001

娘のダンナは、カゼで熱があるということで   

休暇を取っていた。

夜は娘の手料理をご馳走になった。

ゴハンは鹿児島の黒米。みな美味しい

言いながら食べていたが、どうも苦手だ。

我が家でも最近はカミサンが体に良いと 言って、

五穀米や玄米が多い。ゴハンはやっぱり白米がいい。

父の日のプレゼントは、ダンナからは鹿児島の無農薬ほうじ茶と富山の鹿の子餅、

娘からは神戸のクッキー。鹿の子餅は美味だった。

 Nakamurataku_005_1  Nakamurataku_009_1

今朝は孫娘のミサキを連れて裏の公園へ。

 Nakamurataku_011  Nakamurataku_016         

カミサンが持ってきたゴーヤの苗を娘とカミサンがベランダに植えた。

午後は梅雨の合間の夏を感じさせる陽気となり、ベランダからランドマークタワーほか

みなとみらいがバッチリ見えた。

結局夕食まで食べて、横須賀に帰ってきた。

 Nakamurataku_020  Nakamurataku_021

2006年6月18日 (日)

2年前の今日は。。。

2年前の6月18日は、39年間続いたサラリーマン生活最後の日だった。

結婚した日、子供が生まれた日、課長になった日、子供が結婚した日、孫が生まれた

・・・ これまでに人生の節目になった日はたくさんあった。その中で、私にとって最も

感慨深かった日は、と問われれば、2004年6月18日を挙げる。

毎年年末の最終日に会社で納会をし、納会が終わって帰宅するときはいつも、

『今年もこれで終わった。色々あったが、今年もがんばったなぁ』と、思いながら帰った

ものだ。

2004年6月18日、帰宅の途中持った思いは、とても年末の比ではなかった。

表現できないくらいの開放感に浸りながら、帰宅したことをよく覚えている。

勤務していた会社の規定では1~6月までの誕生日の者は6月20日が定年退職日

決められていた。従って、4月生まれの私は、6月20日退職組であった。

2年前の6月20日は日曜日であったため、2日繰り上げられて、18日の金曜日が

最終勤務日ということになった。

この日の朝は、もちろん特別な思いで通勤電車に乗った。最も思いが強かったのは

『もう来週からは、この時間に、この電車に乗ることはないんだ』ということであった。

お昼は仲のよかった仲間の部長がフランス料理をご馳走してくれた。

前日までバタバタしていたため、まったく机の上や引き出しの中が片付いていなく、

午後大急ぎで片付け、ダンボールに必要なものを詰めて自宅へ送る手配をした。

お世話になった社内・社外のたくさんの方々に退職の挨拶メールを送ったのも

午後だった。

就業後、みんなが集まってくれて挨拶する時間となった。

その時びっくりすることが起きた。Photo

会社の仲間からの花束とは別に      

大きなバラの花束を渡された。

誰からいただいたものかわからず、

付いていたカードを見た。

花束は松山から届いたものだった。

名前を見てすぐ、『あぁ、あの人だ』と

気がついた。

以前から知り合いの松山の女性のTさんが主宰したイベント『バリアフリーを目指した

情報社会を考える』で『シニアとIT』をテーマに講演を頼まれ、退職1週間前に松山に

行った。

そのときTさんに、『実は来週金曜日に定年退職します』と話したら、Tさんから

『何年勤めたんですか?』と聞かれ、『39年間です』と答えた。

Tさんから届いたバラは39本あった。

いただいたお花を持って、みんなで写真を撮って、定年退職の儀式は終わった。

『お花をどうしましょう? 箱が大きいので宅急便でお宅に送っておきましょうか』と

言われたが、送るのは申し訳なく思い、持って帰ることにした。

雑件がいろいろ残っていて、結局会社を出たのは10時過ぎていた。

こうして、人生で最も感慨深かった記念すべき定年退職の一日が終わった。

そして、翌日から、”定年バンザイ  \(^o^)/”の毎日がはじまった。

2006年6月17日 (土)

マイクロソフト訪問

何度かブログに書いたことがあるシニアITアドバイザ(SITA:サイタ)の交流会を、

6月24日に開催する予定で準備を進めている。

SITAは、パソコン初心者を指導するシニアのスキルを審査し、認定する試験制度である。

交流会で基調講演をマイクロソフトの企業市民活動を担当されているM部長にお願い

している。

M部長とはお会いしたことがなく、これまで担当の方とメールと電話でやりとりし、無理を

言って講演をお願いした手前、交流会前には挨拶と説明に行っておかなければと思い、

昨日、新宿本社にM部長を訪ねた。

初めてお会いした方たちだったが、話がばっちり合い、1時間以上お互いに、うなずき

あいながら「そうですよねぇ、特にこれからは・・」という感じで、大いに話が盛り上がった。

M部長が話されたポイントは、

 ・マイクロソフトは地域のコミュニティ活性化に寄与していきたい。

  その際、ITは道具として有効に活用できる。

 ・地域のコミュニティに日中いる人たちを支援し、一緒にやっていきたい。
  
  具体的には、シニア、主婦、商店、学校など。
 
 ・この人たちの多くはこれまでマイクロソフトのユーザではなかった。
 
  そのため、先ずは、パソコンの使える人たちを増やしてゆくために、さまざまな活動を
 
  やっている。
 
  具体的には、NPO支援、中小企業支援、文教分野の支援、人材育成等。
 
  マイクロソフトとして大きな青写真を描き、実践していく。

 ・これまで寄付・寄贈活動を中心に行ってきたが、今後は社会への投資との観点に

  立って活動を続けていく。

 ・このような思いから、4月の東京開催を皮切りに、福岡・大阪で”NPO Day”と呼ぶ

    イベントを開催した。会長のビル・ゲイツも来て講演した。

マイクロソフトの企業市民活動、社会貢献活動への意識の高さを終始感じながら、話を

聞いた。

すべて原点は、会長のビル・ゲイツの影響だと思う。

昨夜の夕刊を読んでビックリ!

ビル・ゲイツは2008年に一線を退き、奥さんと一緒につくった慈善団体の活動に重心を

移すとのこと。

あたらめて、なるほどなるほどと思った。

SITA交流会では、M部長はきっと興味のある講演をしてくださることだろう。

2006年6月16日 (金)

何にしたんだっけ?

しばらく前の朝日新聞の日曜版be on Sundayにパスワードのことが書いてあった。

興味深い記事だったので紹介する。

作家のなだいなださんが最近の自分の体験から、『トシをとると暗証番号社会はつらい』と

書いていた。 まったく同感!

記事には、『暗証番号、コンピュータのパスワードには「プロ」も苦労している』と書いて

あった。 

東京のIT企業に勤めるKさんは、『20や30なら記憶でできました。でも90日おきに

変更を強制する運用になってからはお手上げ。特別な管理ソフトのお世話になって

います』。 Kさんの職場ではざっと千のパスワードを管理しており、それを記録した

ファイルもまた、パスワードで『封印』しているとのこと。同社の鉄則は、『絶対印刷するな、

書くな、声に出すな』

記事は続く。

セキュリティーの専門家は、パスワードには、①最低8文字以上 ②意味のない言葉で

③大文字、小文字、記号や数字を組み合わせる、の要件が必要だという。

といわれても、意味のない言葉は覚えにくい、覚えやすけりゃバレやすい、とかく安全で

忘れないパスワード作りは難しい。

そこで、プロに聞いたコツを紹介する。

その一は、『自分の好きな言葉を2つ以上組み合わせて1つにする』

それも、好きな歌の一節と趣味にからんだ特殊な言葉など、互いに関係ない言葉を

組み合わせれば、他人からは推測しにくい。例えば、ペットが犬で趣味がゴルフなら、

犬+ゴルフ=doggolfとなる。

その二、『パソコンでは、アルファベットとひらがなの両方書かれたキーボードを活用、

日本語の言葉に対応する英文字を使う』 例えば、『みどり』は、『n』、『s、@』、『l』に

対応する。

その三、『母親の旧姓や幼児期のあだ名など、本人や家族しか知らない言葉を活用する』

これも有用なパスワード資源だ。

皆さん、ガードは大丈夫ですか?

2006年6月14日 (水)

沖縄の旅(その11:旅を終えて)

ステキな出会いに感激・感動し、面白い話をいっぱい聞かせてもらい、美しい沖縄の海に

魅せられ、美味しい沖縄料理を堪能し、娘夫婦&ミサキと一緒のすばらしい旅であった。

最後に、あちこちで見た美しい沖縄の花の中からとっておきのふたつを紹介し、今回の

沖縄の旅紀行を終えたい。 左:ブーゲンビリア、右:月桃(ゲットウ)

長い間、お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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2006年6月13日 (火)

一夜明けて

ワールドカップ、負けてあらためて気づかせられたのは、初戦がいかに大切だったか

ということ。

本当に開き直りができるかどうかが、とにかくカギ。

日本人は一般的にグジグジ考えるタイプで、開き直りは得意でない。

加えて、ついつい悪い方に考える、追い込まれたときの強さがない、これが一般的な

日本人の性向のような気がする。

クロアチア戦までの5日間、ゼッタイに勝たないと、とマスメディアが間違いなく、どなり

立てる。(もちろんそうではあるが)

そうなると、開き直れない日本人は萎縮して。。。というパターンに陥ってしまいそうな

気がする。

初戦に負けたことで、メンタル面で打ちのめされて、負けてしまうのではと危惧する。

日本人の性向を考えると、決勝リーグへ進める確立は30%くらいになってしまったのでは

ないかと、思ってしまうが。。。

と、書きながら思った。 この悲観的見方、まさに日本人!

とにかく、がんばれ日本!

ブラジルがいるグループFに入っているんだから・・・

ブラジルに勝ちまくってもらい、日本はクロアチアに勝って、突進して欲しい。

あのワールドベースボール・クラシックのミラクルを再び!

そして、1日でも長く、4年に1度の大イベントを楽しませてもらいたい。

2006年6月11日 (日)

沖縄の旅(その10:石垣島にて②)

石垣島でもきれいな海をあちこちで見た。

先ず、川平湾。 石垣島のガイドブックのトップに出てくる場所である。

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すばらしくきれいな海だった。

右上の写真に写っているグラスボートに乗って、サンゴ礁の海底をのぞいた。

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川平湾からの帰りに立ち寄った、クラブメッド20065_440_3

カビラから底地ビーチを望む景色も雄大で  

すばらしかった。

ただ、パノラマビューも海の色もうまく映し

出されてなく、残念である。

2日目はガイドブックに紹介されている石垣島最北端の平久保崎灯台までドライブした。            

眼下に東シナ海を望む雄大な景色に魅了され、去りがたかった。

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2006年6月10日 (土)

沖縄の旅(その9:石垣島にて①)

石垣島ではレンタカーを借りて、あちこち回った。

旅行ガイドに案内された観光地に行くと必ず「わ」ナンバーのレンタカーが停まっていた。

地元の人に勧められて先ず行ったのは、バンナ岳森林公園。

2500種以上の熱帯・亜熱帯植物が群生する森林公園。 とにかく広い。

人はほとんどいなく、出会ったのは、バスで来ていた養護学校の先生と子供たちくらい。

途中、カミサンとはぐれ、広い森林の中探すのが大変だった。

 20065_372  20065_369  

バンナ森林公園のあと、行きたいところが色々あったが、20065_391

カミサンがどうしてもやりたいというので、石垣焼の  

陶芸体験に行った。

石垣焼の独特のブルーカラーは、まさに沖縄の海の

マリンブルーである。

私はこのような類の体験なんてやったことがなく、出来上がりのイメージをつかむために

先ず体験者作品を見せてもらった。大きくは2種類。マリンブルーの陶器かシーサー。

 20065_384  20065_383 

カミサンは即座に、「わたしはシーサー」。

シーサーなんて、とても作れそうにないので、皿つくりに挑戦。

それぞれ1キロの粘土を渡され、作り方の説明を受けた。

 20065_385  20065_388 

カミサンは完全に、はまってしまい、おもしろいを連発しながら、結局2時間以上楽しんで

いた。なかなかファンキーなシーサーが出来上がった。

それに比べ、私の皿は早くできた。(右の写真の上部)

まあ、これだと小学生でもつくれる。

ただ、マリンブルーカラーで仕上がれば、きっとすばらしいお皿になることだろう。

『いくらやってもキリがないから。腹もへったし』と、やっとカミサンを終わらせる。

仕上がりが自宅に送られてくるのは2ヵ月後とのこと。 楽しみだ。

2006年6月 9日 (金)

株価乱高下

3~4月にあれだけ一本調子に上がった株価が、ここにきて完全に失速した。

特に今週は酷かった。日経平均株価は、昨日までの4日間で1300円弱下げた。

当然、上がれば下がるのが株価ではあるが。

株価は中長期では実体経済を反映するが、短期では人間の心理がそのまま乗り移って

いると感じることがよくある。

確かにこのところ、世界的な株安連鎖のスパイラルに入ってしまった感じではあるが、

デフレは脱却した感があり、企業の業績は好調であり、個人消費も上向いている中での

最近の株価下落である。

”弱気”の心理がどんどん昂進・加速している結果であることは間違いない。

昨日大きく下げたのを見て、中長期的には状況は悪くないのだから、ここは買いの

タイミングだと判断した。

今朝一番で、野村證券の担当のHさんに電話し相談した。

「買うとしたら有力株ではないでしょうか」とのHさんの意見で、自分でもそう思っていた

ので、ずっと目をつけていて買いたかった有力株を買った。

もちろん誰もが思うことだが、買うときは、有力株なのできっと元へ戻り、その先は

上がるはずであると。

今日の株価は、最近の不安定な状態をそのまま反映した感じで、乱高下した。

前場は、昨日までの急落に伴う自律反発狙いの買いが入り、上げ幅が190円を超える

場面もあったようであるが、積極的な買い材料に乏しく、買い一巡後は再び売りに

押されたようである。 結果、日経平均の午前の終値は前日比37円安。

後場は一段安となった後急速に下げ渋り、日経平均株価は反発。終値は前日比117円

高で、5営業日ぶりに上昇した。

1日を通し値動きの荒い展開で、上下に200円前後振れた。

デイトレーダでない限り、株価には一喜一憂する必要はないと常々思っている。

ただ、株はお金さえあれば買うのは易し、とにかく株の難しいのは売りである。

欲が前に出てしまい、売るタイミングを逸したことがこれまでにどれほどあったことか。

株は人間の業と性がもろに出る。

2006年6月 8日 (木)

沖縄の旅(その8:石垣島の宿)

竹富島から船で石垣島に戻って、石垣島で2泊した。

竹富島に比べ、石垣島は大きな街である。

竹富島に行くとき、石垣空港から港まで乗ったタクシーの運転手が、『石垣島の人口は

4万7千人、そのうち1万人は本土から来て住み着いた人間。税金は納めず居ついて

しまい、島民にとっては大変迷惑な話』と、憤慨していた。

たしかに、沖縄は旅行で来て、その魅力にはまってしまい、居つく人が少なくないので

あろう。

石垣島で泊まった宿は、ペンション『案山子の宿』。

娘が5年前にお世話になりとても良かった、ということで、今回石垣島の宿に選んだ。

案山子の宿のキャッチフレーズは、『来たる人に夢を、去る人に想い出を、再び訪れる

人に安らぎを・・・』

施設・環境、もてなし、料理、いずれも満足。 ☆☆☆☆☆

ゆったりくつろげる部屋、緑いっぱいの広い庭、その向うには海、申し分ない環境だった。

 20065_321  20065_308 

部屋の入り口にはハンモックがあり、着いてすぐ寝転んでウトウトまどろんだ。

庭にはいろいろな動物がいた。5匹の犬、おしゃべりが上手な九官鳥、黒いぶた、

驚いたのは、1メートルくらいある大きなカメがノソノソ庭を歩いていたこと。

   20065_325    20065_326 

食事は別棟にあるダイニングルームでとった。20065_346

毎回手の込んだ美味しい料理をいただいた。    

ダイニングルームにはジャズバンドが入っていた。

と言っても、おもちゃの人形。実に、精巧にできて

いて、6人の人形が精緻に動き、ジャズ

ミュージックを聞かせてくれた。

沖縄の旅(その4:ジョージさんのこと③)で書いた

『バニアンリゾート 今帰仁(ナキジン)』が、本日6月8日、めでたくプレオープンした。

2006年6月 6日 (火)

刑事裁判傍聴

2年前我が家の近所で交通事故があり、亡くなった男性の刑事裁判を傍聴したことを

5月12日のブログで書いた。

亡くなった男性は、結婚し1ヵ月の新婚ホヤホヤであった。その男性の奥さんと

事故後知り合った。

事故の加害者は35歳の女。 

酔っ払い・居眠り・対向車線はみ出し・スピード違反、なんと4悪を重ねた事故であった。

母親がやっているスナックで働いて、客とさんざん酒を飲み、仮眠後、家で待っている

ふたりの子供の面倒をみるため、翌朝、酔い気と眠気をおして車を運転し、結果起こした

事故であった。

今日はこの加害者の被告人の第3回目の公判であった。

裁判は、被害者の奥さんの意見陳述からはじまった。

奥さんは用意した陳述書を裁判官の前で読み始めたが、悲しみのあまり言葉につまって

しまう場面が何度もあった。

どれほどご主人を愛していたか、幸せな家庭を築いていくことをふたりでどれほど夢見て

いたか、ご主人のことが片時も脳裏から離れることなく、季節の変わり目すら気付くことが

なかったこと、何度も死のうと思ったこと等々が、切々と涙声で語られ、傍聴者の涙を

誘った。

被告人に対しては、激しい怒りと憎しみが語られた。

『事故から2年たったが、裁判所以外で被告人の顔を見たことはなく、また弔意を述べた

ことも謝罪したこともまったくなく、裁判所で会っても会釈ひとつしない。人と社会を

なめ切っている。再犯をさせないためにも、厳罰に処し、1日でも長く刑務所に入れて

欲しい』

被告人である加害者の女は、奥さんの後に座って聞いていた。

奥さんの意見陳述のあと、検察官が論告求刑を行った。

検察官からは、被告人の酷さ、被害者に対する心配りがまったくないこと、被害者が

結婚直後の夫を殺されたにもかかわらず被告人は再婚したこと、懲りることなく

相変わらず車の運転をしていること等が語られ、過失により起こした事故ではなく、

故意犯であると言わざるを得ないと、検察官は結び、懲役4年を求刑した。

最後に、被告人の弁護人(国選弁護士)が、被告人の犯した罪は認めたものの、

被告人にはふたりの幼子がいることを考慮に入れて処分を決めるよう、裁判官に

情状酌量を求めた。

判決は、6月21日に言い渡されることになった。

この女のように身勝手で、他人のことにはまったく思いをいたすことのない、その場

凌ぎのいい加減でだらしない生き方をしている人間は、最近は決して少なくないのでは

なかろうかと、傍聴しながら思った。

2006年6月 4日 (日)

カミサンに誘われて(2)

昨日朝、カミサンから、『今日もサードエイジ・フォーラムに行くけど、あなたどうする?』と、

聞かれた。

『2日間は行く気がしないなぁ』と言いながら、プログラムを見た。

2日目のフォーラムの全体テーマは、『青春』

基調講演は、星野仙一さんの『前へ ~これからの青春~』、パネルディスカッションの

テーマも、『青春 ~Youth~』

そうか、青春が今日のテーマなんだ、それじゃ行ってみるかという気になり、2日目も

行くことにした。

行ってよかった。

いやー、おもしろかった!

星野仙一さんって、思っていたよりずっと魅力があった。

慣れているんだろう、話が最高におもしろかった。

なんと3千人が入る会場。

基調講演は、7割くらいうまっていた。星野さんの話が終わったら帰る人が多く、

半分近くになった。

1時間15分の講演の中で、特に印象に残った星野さんの言葉は、

 『サードエイジの年代になると、人から見られているということを常に意識することが

 大切』

 『ときめく心、ドキドキする心をいつまでも持ち続けること』

基調講演のあと行われたワンダフル・サードエイジ2006の表彰式で、サミュエル・

ウルマンという人の『青春』という詩が何回も話題にのぼった。

これまで何度か聞いたことがある有名な詩で、共感をおぼえる、とてもいい詩である。

以下は紹介された詩の一部。

 『青春とは、人生のある時期を言うのではなく、心のありようを言うのだ』

 『青春は、若き肉体の中にあるのではなく、若き精神の中にあるのだ』

 『夢を失ったら、人は老いる』

パネルディスカッションも大変おもしろかった。

コーディネータの加藤 タキさんが、肩肘張らず淡々と進めながら、パネリストには

しっかり突っ込んで、なかなかうまかった。

パネリストは、ソニーの最高顧問の出井 伸之さん、芥川賞受賞作家で作詞作曲家・

写真家の新井 満さん、それにサードエイジ推進代表の山口 峻宏さん。

2時間近くの時間、まったく飽きさせなかった。

自信に満ちたかつての企業戦士の出井さんと、飄々とした新井さんの掛け合い、

それをうまく導いていた加藤さんという感じの役回りで、なかなかよかった。

『毎日の営みの中で、ワクワク・ドキドキできれば、もうそれだけで幸せ』、ということでは

全員意見が一致した。

出井さんの『サードエイジになると、若いとき見えなかったことが見えるようになる。

それにこれまでの経験を重ね合わせれば、何か新しいことができるのではなかろうか』

という言葉が印象的だった。

新井さんが『こだわりを捨てて、日々の生活の中でささやかな幸せを見つけてゆくことが

とても大切』と話し、江戸時代の女性(名前は失念)の短歌を紹介した。

  『楽しみは、朝起きて出て、きのうまでなかりし花の咲けるを見るとき』

そう、まったくそのとおりだと思わずうなずいた。

ということで、昨日は思わぬ拾い物をした1日であった。

カミサンに誘われて(1)

一昨日、カミサンに、『一緒に行かない?』と誘われて、横浜みなとみらいに

サードエイジ・フォーラム』というイベントを見に行った。

サードエイジとは、もともとアメリカで生まれたコトバで、概ね50歳以上のアクティブシニア

の呼称である。

サードエイジ・フォーラムは今年で10回目、これまでに4回参加した。

一昨日はあまり行く気がしなかったが、『(娘と)1時半ころ待ち合わせしてて、ミサキが

来るよ』と聞き、『それじゃ、行くよ』ということになった。

地下鉄みなとみらい駅で降りる。

いつも思うが、みなとみらい線の駅はホントにきれいですばらしい。

エスカレータで上がればクインーンズ・スクエア。案内板を見ると、店の名前はすべて

横文字。外国に来たのではと錯覚するくらい。

ちょうど、6月2日は横浜開港記念日。今年は開港150年目とのこと。

サードエイジ・フォーラムの開催はこれまでずっと東京だったが、今回初めて、開港祭に

合わせ、横浜で開催されることになったようだ。Thirdage_forum_048

久しぶりにきたパシフィコ横浜の展示ホールは、 

すばらしいイベント会場になっていた。

パシフィコができてしばらくは(もうだいぶ前の

話だが)大きな会場がひとつだけだったような

気がするが・・・

同時に『サードエイジ・フェア』が開催されていた。

サードエイジに向けたビジネスに力を入れている企業がブースを出展していた。

『こだわる大人の暮らしと遊び』をテーマにオープンスペースでいろいろなセミナーを

やっていた。 

カミサンのお目当ては、ケイ山田さんThirdage_forum_014

(私ははじめて聞く名前だったが結構著名な

人らしい)の『英国式ガーデンライフのすすめ』。

なかなか興味のある話が聞けた。

さあ、あとは娘と待ち合わせ。

孫娘のミサキと会えるので、ウキウキ。

小腹がすいたので軽く食べていたら、娘からケータイに連絡が入る。

しばらくして、来た来た、ミサキが。 会ってすぐは、ちょっと不機嫌。

娘が、『ワールドポータズの上にランチバイキングがあるので、そこへ行こう』

子供連れもOKなので人気があるようだ。しばらく待たされる。バイキングだから、

いやー、いっぱいある。 ミサキ含め全員おなかいっぱい。

食後は近くをブラブラ。

赤レンガ倉庫の手前にある草むらで、ミサキは大好きなハダシになって走り回っていた。

  Thirdage_forum_024_1      Thirdage_forum_030_1 

  Thirdage_forum_023  Thirdage_forum_041

赤レンガ倉庫の前に、『SAMURAI BLUE』の応援広場ができていた。

Thirdage_forum_047_1

ブラブラ歩いて、6時半ころ、娘に車で横浜駅まで   

送ってもらい帰った。

もう少し残っていれば開港祭の花火大会が

見えたのだが。

大活躍したミサキはぐっすり寝てしまった。

  

 

2006年6月 1日 (木)

沖縄の旅をひと休みして

5月15日のブログ、『昨日届いた2通のうれしいメール』で、4年くらい前に一緒に仕事を

していた女性のAさんのことを書いた。

Aさんは、英語・フランス語が堪能で、3年くらい前に会社を辞めて、愛知万博で

5ヶ国語のウエッブサイトの開発・維持管理および5ヶ国語のメーリングリストの運営に

携わった。万博終了後は、世界的に有名なスエーデンの家具メーカで、4月に船橋に

日本の第1号店をオープンしたことで話題となっているIKEA Japanに入った。

Aさんから、『相談したいことがあるので会いたい』との連絡があり、横浜で

食事をした。いろいろ面白い話をしてくれたので紹介する。

先ず、会ってすぐ、『最近すごいエキサイティングなことがあったので、先ず

それから聞いて!』

私は聞いたことがなかった人だが、大変著名なフランス人シェフのジョエル・ロブション

さんと知り合いになり、恵比寿のシャトーにあるロブションさんのレストランでご馳走に

なったそうだ。Aさんの話では、三国シェフ(この人の名前は知っているが)など、

ロブションさんの前では緊張してしゃべれなくなるくらい超カリスマシェフとのこと。

ロブションさんは年に2度くらいしか日本には来ないらしいが、Aさんはフランスにいろいろ

関わり合いを持っている関係で、ロブションさんとはフランス映画祭のプライベート

パーティで最初に出会ったそうである。フランスにいたときテレビの料理番組でロブション

さんをよく観ていたので、すぐわかって話しかけたそうだ。それが縁でロブションさんが

来日した先日恵比寿に招待されたとのこと。

ロブションさんは正式な料理をつくるときは、18種類の料理を用意するそうである。

恵比寿でも食前酒からはじまり、18種類の料理をいただき、大感激だったと大変興奮

しながら話してくれた。

いま勤めているIKEA Japanについても面白い話をいろいろしてくれた。

IKEAはスエーデンの家具のメーカで、世界33カ国に220店舗を持っているそうだ。

Aさんの話を聞いて、IKEAのお客の心理をつかんだビジネスの仕方に大変興味を

持った。

Aさんは選ばれた4人とともに、船橋店オープンのため、6週間アメリカでIKEAビジネスに

ついてみっちり研修を受けた。

ゴールデンウイーク直前にオープンした船橋店は、1日の売上が世界一を記録したそうだ

売り場面積は何と東京ドームひとつ分。その土地は全部自前で調達。

ゴールデンウイーク中は入店するのに2時間待ちだったそうだ。

1階は家の中に必要なあらゆるものが置いてある。しかも色・柄・形の種類は豊富。

2階には家具が部屋の様式と家族構成に合わせて置いてある。例えば、3人家族の

リビングルームとか子供がふたりいる家族のダイニングルームとか、この部屋の様式が

80種類(1部屋6畳程度の広さ)近く用意されている。

入店したお客さんは先ず2階に上がらせる。1階は単価が安いものが多く、お客が1階で

疲れてしまって2階に行かないとまずいので、先ずは2階へ。商品のバリエーションが

多すぎて、なかなか決まらない。そのうちお客さんはくたびれる。そこで、1階に降りる前の

場所にレストランがある。ここで食事しながら家族で話せば、多くのお客が決断する。

また、2階の家具を見たあと、1階の家庭用品を見れば、商品の値段が全て安く思える。

お客の心理にうまく働きかけ、巧みにマインドコントロールしている商法である。

商品は安く、クオリティは高いとのこと。家庭用品は中国・タイ・ベトナム・インドネシアの

3500のサプライヤが作っていて、それらをすべてIKEAブランドで供給している。

IKEAは高収益を上げていて、創設者のスエーデン人オーナーは世界の高額納税者の

トップ3~4位だそうだ。

Aさんはいま、9月にオープンする予定の2号店・横浜港北店の準備に関わっている。

職場のまわりはほとんどがスエーデン人。日本人は数人。会社の中はすべて英語。

AさんはIKEAには長居するつもりはなく、現在数人で準備を始めている新しいビジネスに

近いうちに移るだろうと話していた。この新ビジネスも大いに期待できそうである。

前回彼女に会ったのは、万博準備で多忙を極めていた1年少々前。

会うたびに人脈を広げ、その人脈を活かし次々に新しいことに挑戦し、器がどんどん

大きくなっているのを感じ、大変頼もしく、またうれしく思った。

6時から11時まで話していたが、あっという間の5時間だった。

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