沖縄の旅(その7:大好きになった竹富島②)
コンビニは1軒もなかった。信号機もまったくなかった。
乗用車も1台も見かけなかった。
目についた店は、民宿、レンタル自転車ショップ、食事をする所
くらいだった。
島のあちこちに標識が立っていて、どの標識にも環境省の名前が
書いてあった。きっと島の財政ではとても無理なため、国から助成を受けて、観光整備を
行ったのであろう。
わずかな数の人しか住んでいない島のためか、
昔から島民が結束していたことを感じさせられた。
氏神様なのだろう島民が崇める神様があちこちに
祀られていた。このやしろの前の柱には出征する
兵士の武運長久を祈願する文字が、出征した
『なごみの塔』と呼ばれる、言わば、竹富島の
ランドマークタワーのような建造物を目にした。
名前がとてもいい。命名した人の想いが
しのばれる。
50年以上前に近隣の人たちがお金を拠出して
造ったもので、建造した石工の名前が
刻まれていた。
古くから、この塔の下でさまざまな島民の催しが行われてきたようである。
小学校と中学校がとなり通しで、同じ敷地内に
建っていた。入り口に大きなガジュマルの木があり
とても雰囲気のいい学校だった。
校門の裏に、学校の行っている各種活動が
文部省や県、新聞社から表彰されたことが
紹介されていた。
きっといい教育がなされているんだと感じさせる雰囲気のある学校だった。
たけとみ民芸館に立ち寄り、織物を織る様子を見せてもらった。
沖縄特有の織物である芭蕉布は最近はめっきり減ってきているようで、織られていた
水牛車に乗って説明を聞きながら島内を回る
ことが、竹富島の観光名物となっている。
サンシンを奏でながら唄う案内の人の声が
もの悲しくとても情緒があった。
のんびり過ごした竹富島の3日間だった。
仕事やプライベートで疲れた都会人が癒される保養の場としては、最高であると感じた
竹富島であった。
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