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2006年4月20日 (木)

大学時代の寮の仲間の集まり(その3)

午後、宿泊した保養所を仲間4人と出て、六甲山の  Himeji5_2

ケーブルカーに乗り、六甲道駅まで戻った。

ケーブルカーは出来て74年目とのこと。

写真では傾斜がうまく撮れていないが、眼下に見える海上に

最近開港したばかりの神戸空港がかすんで見えた。

専門課程になってからは、姫路から神戸の学舎に移った。

神戸で最初に下宿していたのが、六甲道だった。

仲間4人と2部屋の1軒屋を借りて住んでいた。1軒となりが大家さんのYさん宅だった。

賄い付きの下宿で、朝晩食事をYさん宅に行って食べていた。

4人とも不規則な生活をしていて、おばさんにはホントにいろいろお世話になった。

六甲道駅周辺は、震災で大変な打撃を受けた。

Yさん宅も崩壊したが、幸いなことに、ご家族は全員無事だった。

震災から2年後にお見舞いに伺ったが、かつての建て込んでいた家並みは跡形もなく、

あちこちに更地ができていた。

Yさんから昨年末、賀状欠礼の挨拶状をいただいた。

ご主人が10月に旅行先の高知で亡くなったとのことであった。

そのため、今回どうしてもお線香をあげたく、下宿していた仲間ひとりと一緒に

お邪魔した。

ちょうど2人の娘さんが実家に帰って来ていて、ラッキーなことに娘さんたちにも会えた。

下宿していた当時、娘さんたちは、小学校低学年と幼稚園。

当たり前のことではあるが、今や50歳と48歳と聞き、ビックリ!

おふたりとも大学生の子供さんたちがいて、当時の我々とほぼ同じ年齢。

昔話に大いに盛り上がった。

ご主人は、震災の復興のため地元のリーダとして大変ご尽力された。

『神戸 風の郷公園』という公園を造ることが夢であったそうだ。

その『神戸 風の郷公園』は、4月2日に開園したとのことで、開園を見ることなく

亡くなられたとお話を聞き、胸が痛んだ。

名残を惜しみながらYさん宅を後にした。

『神戸 風の郷公園』を通って駅に行き、墓参りのために郷里の倉敷に帰ってきた。

今回の旅行は、仲間と旧交があたためられ、満開の桜があちこちで観られ、姫路では

書写山にも行け、下宿先のご家族にも会え、大変楽しい旅となった。

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