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2006年3月

2006年3月31日 (金)

いらだつニュース

朝刊1面に、『粉飾決算3社に監査証明を出した、大手監査法人トーマツの公認会計士

7人を、金融庁が処分』とのニュースが出ている。

『書類や資金の流れの確認が不十分であった』と書かれているが、会計士は、不正を

知りつつ、見逃したのではないだろうか。

これらの会計士に対して、たった1~3ヶ月の業務停止処分とのこと。

処分があまりにも軽すぎる!

ライブドアを担当していた会計士も、不正を知りながら見逃し、粉飾された決算報告を

承認したとのこと。

カネボウでも同様の会計士の不正があった。

いずれも極めて由々しき犯罪行為である。

目を伏せ見逃すのだから、このような不正はやる気になれば、いとも簡単にできる。

結果、会社の業績・決算など、如何様にでも手が加えられる。

耐震強度偽装事件も、根っこは同じである。

建築士については、今国会で、罰金・懲役刑を厳しくした法案の成立を目指すとのこと

である。

罰金・懲罰刑の強化は言うに及ばず、何故、不正・不法を引き起こした者の資格を

すぐさま剥奪することを第一義に考え、規定をつくらないのであろうか。

公認会計士、建築士以外にも、常軌を外した行動をとった弁護士、医師等が報道される

ことは珍しくない。

公認会計士・建築士・弁護士・医師、いずれも資格を取得するには大変な努力と時間を

要する。

不正・不法行為を起こした場合資格を剥奪するとの取り決めを厳しく定める以外、

彼らの見識や倫理観に頼っていても、行為を抑制することはできないのではないかと

最近続く事件を見聞きし思った。

2006年3月30日 (木)

テニスコートの桜

足首が気になりながらも午前中テニスに行く。

病院でもらったサポーターでテーピングしているためか、月曜日ほど気にならない。

        Sakura2_6 

テニスコートにも桜が咲いている。                                

1本は仲間の清水さんがコートの脇に         

5年くらい前に植えてくれた、通称”清水ざくら”。

幹がずいぶん太くなり、今年も立派な花を咲かせた。

我が家も3年前、娘夫婦の結婚記念に、

湯河原町がちょうど桜の植樹を募集していて

2本記念植樹した。

真鶴岬が眼下に見える景色の良い場所ではあるが、

遠方のため、度々は行けず熱海に行ったついでに年数回成長を見に行っている。

ただ、”清水ざくら”に比べると、明らかに生育が遅い。 Sakura1

テニスコートからは、もう1本桜が見える。

木々の間にひっそり咲く枝垂れ桜で、毎年すばらしい

花を咲かせ、楽しませてくれる。

今日は、テニスコートであまりうれしくない話を聞いた。

昨年10月1日のブログに書いたテニス仲間の

Kさんの容態が芳しくないそうである。

仲間みんなで心ばかりのお見舞いを贈ったら

そのお返しが人づてに届いた。

Kさんは私より2歳年上で他人事とは思えず、早速お礼と励ましの手紙を書いた。

2006年3月28日 (火)

桜は見ごろ

午後、久しぶりに新しくできた裏の海沿いの散歩道をブラブラ歩いた。

1600メートルの遊歩道が完成し、正式には4月1日オープン。

すばらしい散歩道になった。

  Niigata_002    Niigata_005 

7~8年前、台風の波が裏の防波堤を乗り越え、10メートルくらい幅のある道路を越え、

30センチくらいの高さの海水が住宅街に流れ込んできたことが2度あった。

それを機に、護岸工事が行われ、長い間かかったが、このたび全長1600メートルの

遊歩道が完成した。

遊歩道の終端の先にある桜並木まで足をのばした。

水道局の施設で、我が家から一番近い桜の名所である。

200メートルくらいの道沿いの桜並木はすばらしい。

  Niigata_012    Niigata_019 

木により違いがあるものの、全体的には7~8分咲きの感じ。

天気予報だと数日間花冷えが続くそうで、週末しかお花見ができない人たちのために、

雨が降ることなく、週末ベストの状態になればいいがなあと思いながら花見を楽しんだ。

何か割り切れない

ハワイで夜食事した帰り、道路の水溜りで足を滑らせ、以来ずっと左足首が痛い。

3月1日のことだったので、もう1ヶ月近くになる。

2週間ほど前に近所の整骨院に行ってみてもらい、ちょっと良くなったかと思ったが、どうも

治りきっていない。

どうかなあと思いながら、昨日テニスに行った。

痛みが残っていて、どうしても足をかばいながらになり、足もうまく動かなかった。

これじゃまずいと思い、今朝、市立病院の整形外科に行った。

整形外科はお年寄りが多い。

受付は8時半。9時前に行ったのに、結局診てもらうまでに2時間かかった。

レントゲンをとり、診断は『骨にひびは入っていない。捻挫かもしれない』とのこと。

少しでも固定した方がよかろうということで、サポーターをもらい、それで終わり。

2時間待たされ、たったこれだけの診断で、処置料5000円、レントゲン2380円。

レントゲンはまあいいとして、処置料が何故こんなに高いんだろう。

内科に寄ってついでにやった採血・検尿料が4820円。

30%の負担で、支払いは4000円弱。

病院の支払いはあまりチェックしたことはないが、何か割り切れなさを感じた。

2006年3月26日 (日)

町内会会合

毎年この時期に行われる町内会の会合に出席した。

13軒がワンブロックで、住んで28年目になる。

同じ時期に子育てをし、その子供たちは独立し別に居をかまえ、孫ができ、子供と孫が

時々遊びに来るという、13軒が同じような家庭環境であることもあり、13軒の間では

結構交流がある。

今朝はカミサンが孫娘の面倒をみて、会合には私が参加した。

現役時代は出たことのない会合で、今日も参加者は、私ともうひとり以外は全員女性で

あった。

ただ、顔見知りの人たちばかりなので違和感はまったくない。

年1回の集まりなので、ご近所の皆さんと交流を深めるという意味で、来年以降も

参加してもいいなあと思った。

今年度管理をしていただいたお宅から、管理費の決算報告、共有地の樹木管理報告等

説明があった。

これまでの事情がよくわかっていないため、そもそもという質問をいくつかして、そうか、

そういう風にやられているのかと、初めていろいろ知った。

新年度の樹木管理の委託先を決め、共有地の掃除・夏場の水撒き、防犯対策などを

話し合い、和気藹々の中、会合は終わった。

いろいろ知ることができたので、数年先に回ってくる管理当番は問題なくやれそうである。

孫娘の実咲は、今日は午前中3時間寝てくれた。

そのため、午後、車で海辺公園に連れて行き遊ばせるだけでよかった。

娘は6時前に帰ってきて、『2日間ホントにお世話になりました』と言いながら、荷物を

まとめ車で帰っていった。

『孫が来れば2度うれしい』とよく言う。 来た時と帰る時である。

まさにその通り、寂しくはなったが、ヤレヤレというのが実感である。

2006年3月25日 (土)

孫娘来訪

体調が戻った娘から、『予約していたお菓子の講習会に行きたいので、実咲(孫娘)の

面倒を2日間みて欲しい』と言われ、娘は実咲を連れて昨日午後横須賀の我が家に来た。

ダンナが出張なので仕方ない。

朝、娘は実咲に簡単に食事をさせ、かつて通っていた代官山のお菓子の教室に行くため

7時に家を出た。

カミサンはカゼをひいて寝ていて、『ゴメン、朝はしばらく面倒をみて』

ということで、朝7時から実咲に付き合うことになる。

先ず、食事の残りを食べさせる。

食事が終わったあとは、部屋の中をかけ回り目が離せない。

目配りしながら、大慌てで食事を済ませる。

NHKテレビ『風のハルカ』は、毎朝観ているようで、珍しく一緒にじっと観ていた。

そのあと散歩に連れ出す。 迷ったがバギーを持たず歩かせることにする。

一度抱いたらずっと抱っこになることがわかっていたので、抱かないでずっと歩かせる。

海岸沿いの道から公園へ、距離にすると400メートル近く歩いたのではないだろうか。

1歳5ヶ月でまだまだヨチヨチ歩き、公園で遊んでいた時間含め1時間半くらい歩いた。

公園では桜が咲き始めていて、来週末あたりが見ごろという感じ。

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これだけ歩いたのだから、帰ったらすぐ寝てくれるだろうと思いながら帰る。

寝る前にオシメを替えた方がよいのではと思い、初めてオシメを替えようと思ったら、

さあ大変、ウンチをしている。モタモタしながら何とか処理する。

さあ、寝させよう、寝てくれれば手がかからなくなると思い、一緒に布団に入れようとするが

泣きじゃくってとても寝そうにない。

どうしようもなくなり、カミサンを起こす。

『ノドがかわいているんじゃない。この時間はオヤツをやっているようよ。最近は寝るのは

ママじゃないとダメみたい』 

カルピスを飲ませたら落ち着く。

カミサンが『今日ママはお勉強に行っているんだよ』と言ったら、母親を思い出したようで

悲しくなったのか、また泣きそうになる。ママという言葉は今日は禁句である。

2ヶ月前にも預かったが、その時は娘がいなくてもケロットしていたが、それだけ知恵が

ついてきたのであろう。

午後はカミサンと一緒に2度散歩に連れてゆき遊ばせ、帰ってからは食べさせたり、

飲ませたり。 とにかく片時も目と手が離せない。 ぐったり疲れた

娘は『お世話になりました』と言いながら、5時半に帰ってきた。 ホットする。

娘が『ホントに1日何にもできない』とよく言っている。

まったくその通り。

この状態が、24時間、365日続くのだから。

双子や多くの子供を育てているお母さんに敬服する。

育児って本当に大変だということが、よ~くわかった1日だった。

2006年3月24日 (金)

光セミナーに参加

娘の体調が戻ったので、昨日夕方横須賀に帰ってきた。

今朝は、NTT横須賀で行われた『@Nifty光セミナー』に参加した。

10日ほど前にニフティからセミナーの開催案内メールが届き、参加の申込みをした。

ハガキで送られてきた参加証に、手書きで『元同じ職場にいた藤田が担当しています。

ご参加お待ちしています』と書いてあった。

へー、そうか、そういえば藤田君はニフティに移ったと聞いていたなあと思い出し、

久しぶりに会えるのを楽しみに出かけた。

セミナー全体のリーダ役として立ち振る舞っている藤田君を見て、頼もしく思えた。

セミナーは、NTTと組んだニフティの光ファイバーサービス『@Nifty光 with フレッツ』の

説明が中心で、加えて、@Niftyのセキュリティサービスと@Niftyのブログサービスの

説明があった。

現在使っているADSLから、そろそろ光を考える時期かなあと思っていたこともあり、

セミナーはいいタイミングだった。

ADSLと比較した光のメリットと料金比較、付帯サービス、それに3月末までやっている

キャンペーンサービス等の説明を聞き、加えて、セミナー終了後藤田君とNTTの担当者に

いろいろ確認し、ADSLより光通信への移行、それに光電話を契約した。

我が家は夫婦ふたりだけなので電話の使用頻度は高くなく、光電話になると、電話の

月額基本料が安くなること、カミサンと娘用に現在払っている家族用のニフティIDが

無料になること、セキュリティソフト料金がわずかではあるが安くなること等を考え、

通信と電話を光にしても、おそらく現在支払っている料金とトントンくらいでおさまるだろうと

考え、光に移行することにした。

加えて、どのプロバイダもやっていることではあるが、キャンペーン期間中のため、

NTT工事費が無料、ニフティが設置時無料で出張設定サポートをしてくれること、それに

8ヶ月間月額費用が1500円割引とのキャンペーン特典にひかれ、移行を決めた。

藤田君に『ニフティはフレッツ光を他のプロバイダ以上に売ってるの?』と聞いたら、

『最近契約数はうなぎのぼりで、問合せの電話が鳴りっぱなしです。スゴイ調子がいい

ですよ』とのことだった。

元いた会社(正確には関連会社)が好調であることを聞くのは、もちろんとてもうれしい。

ということで、我が家も数週間後には光の環境が整うことになりそうである。

2006年3月22日 (水)

横浜の娘宅へ

熱海2日目の真夜中、横浜の娘から電話があった。

『腹痛が治まらず、明日はひとりなので心配だし、病院に行きたいので来てくれない』

とのことだった。

真夜中の12時に思い余って電話してくるのだから大変なのだろうと思い、急遽、昨日

熱海から横浜に来た。

今日は娘のダンナは出張のため、カミサンと孫娘と一緒に、朝娘を連れて横浜の病院に

行った。朝娘の痛みはだいぶ治まっているようだった。

内科と産婦人科で診察を受けるということで、娘を病院において、我々は病院の近くの

中華街をブラブラした。

ちょうど、今日は横浜中華学院の卒業式だった。

   0603chukagai_001   0603chukagai_003

横浜中華学院は中国人だけでなく、最近は日本人にも人気があるそうだ。

幼稚園部から高校まで、中華文化の一貫教育を実践していて、中国語・日本語・英語の

三ヶ国語教育を通して、児童・生徒に地球的視野の感性を育てるという教育方針が、

日本人の親に受けているようである。

そのあと、中華街の中にある2つの廟を見に行った。

左は商売の神様を祀った関帝廟、右は海の神様を祀った媽祖廟。

    0603chukagai_005   0603chukagai_009

右の媽祖廟は、先週17日に開廟したばかりで、すばらしい建造物であった。

娘から『診察が終わった』とのメールが携帯に入り、病院に戻った。

腹痛は、軽い胃潰瘍か十二指腸潰瘍ではとの診断で、しばらく薬を飲んで様子をみる

ということで、ホットした。

ちょうど昼時だったので、お昼を食べるため、もう一度中華街へ戻った。

カミサンも娘も中華街は詳しい。

ふたりで『XX飯店がいいのでは』とか、『XX楼に行ってみようか』とか言いながら、しばらく

歩き回り、やっと店が決まった。

歩きながらわかったが、中華街は夜と昼の値段はえらい違う。

ランチは大体700円少々で、どの店も美味しそうなメニューを用意している。

安くて美味しいランチが、日替わりで食べられる中華街の近くのサラリーマンは最高

なあと思いながら見て回った。

2006年3月21日 (火)

やったー!

日本の野球が世界を制覇した。

大変な快挙である。

あらためていろんな意味でイチローのすばらしさを感じた。

松井はどんな思いで今回のWBCをアメリカで観戦していただろう。

今回初めて開催されたWBCは、アメリカの発案で行われたそうである。

アメリカは今回の敗戦で、おそらく次回は自分たちでやるとは言わないのではなかろうか。

これで、間もなくはじまるプロ野球にもきっと弾みがつくことだろう。

さて、一昨日夜、1ヵ月半ぶりに熱海に来た。

昨日は春の到来を感じさせる絶好の陽気だった。

カミサンと海岸へ散歩に出かけた。

どこでお昼を食べようかとブラブラし、結局熱海後楽園ホテルで食べることにした。

18階のレストランですばらしいビュー、それにランチプライスで美味しい料理がいただけ、

大満足。

   0603atami_007    0603atami_002

食後、海岸をブラブラした。                   0603atami_010

釣をしていて、たまたま通りがかったところで       

形のいいメバルが釣れた。  

そのあと、海岸沿いの路上で七輪でアンコウ鍋を

つついている若者カップルに出会う。

いろいろ話していたら、『ぜひ一緒に食べてくださいよ』と0603atami_014

誘われ、食後だったが鍋をごちそうになる。

ふたりは、川崎と五反田から来たとのことで、彼が鍋に

入れる食材を準備し、熱海に来てアンコウを一匹買った

そうだ。

魚屋で600円で買い、しかもさばいてくれたとのこと。

『遅すぎるかもしれませんが、これから湯河原に行って梅を見て帰ります』

なかなか感じの良いカップルだった。

2006年3月19日 (日)

よーし、これで!

宿敵韓国とのワールドベースボール・クラッシックの準決勝戦を興奮しながら観た。

いささかオーバではあるが、これまでの人生の中、最もエキサイトして、勝ちを切望して

観た野球の試合であった。

結果は、7回の猛攻で、日本の一方的な勝ち試合となった。

押し気味に進めていたとは言うものの、6回まではイライラの連続だった。

7回のあの福留の一振りのホームラン、何回見ても胸がすく思い。

それにしても、あらためて誰もが感じただろうが、イチローはスゴイ!

もちろん上原の快投、それに多村の大ファインプレーと、広い球場の深い左中間に

打ち込んだホームラン。

横浜ファンとしては、今年も多村にはいい思いをさせてもらえそうだ。

韓国は、選手はもちろんのこと、応援団、それに日曜日の今日、韓国で応援していた

たくさんの人たち、大変なショックだったことであろう。

しかも、相手が韓国にとって、他のどのチームよりも絶対負けたくない日本。

7回、あの打たれたアンダースローのピッチャーを見ていて、思わずかわいそうになった。

きっと韓国では厳しく叩かれることであろう。

韓国は1次リーグ・2次リーグ通じてこれまで負けなしの6連勝、それが決勝を目前にし、

しかも憎き日本に敗退。

日本が韓国に負けた比では到底ない、大変な口惜しさが韓国国民に残ったことと思う。

決勝は明後日、キューバと。

大変うれしいことに、もう一度楽しませてもらえる。

先発は間違いなく松坂。

今日の勢いをそのまま持ち込んで、明後日は何としても世界制覇して欲しい。

2006年3月17日 (金)

ラッキーだった!

午後のトップニュースは、ワールドベースボール・クラッシックで、日本の準決勝進出が

決まったとの、うれしいニュース。

アメリカがメキシコに2失点で敗戦したら、日本は4強に残れるとの条件を、絵に描いた

ようにクリアし、まさに日本はタナボタの準決勝進出。

準決勝の相手は、またまた宿敵の韓国。

考えてみると、ここまで韓国は3勝0敗、日本は1勝2敗、もし準決勝で日本が韓国に

勝てば、当然日本が決勝に進出するわけだが、間違いなく韓国は激しく苛立つことだろう。

韓国は、直接対決で日本には1次・2次リーグで2勝、しかも2次リーグはこれまで無敗。

準決勝で日本に敗れたら決勝への道を絶たれてしまう韓国は、日本との準決勝戦は、

昨日の直接対決の比をはるかに超え、文字通り必死になって立ち向かってくることだろう。

日本が逆の立場であった場合を想定すれば、容易に考えられる。

今回のワールドベースボール・クラッシック2次リーグは、ハプニングが色々あった。

例のアメリカの球審のとんでもない判定、それに昨日の韓国戦8回のサード今江の落球。

ロッテの今江と言えば、昨年の日本シリーズで8連続安打のスゴイ快挙達成した選手で

あったが、昨日はバッティングにも精彩がなかった。

とにかく、明日(?)の韓国戦は、両チーム大変な気迫の入ったスゴイ試合になること、

間違いなし。大変楽しみである。

それにしても、野球・ゴルフ・サッカー、最近の韓国のスポーツ躍進ぶりはすごい。

毎朝の日課

昨夜は強い風と雨、まだストーブが必要で、なかなか本格的な春の到来にならない。

今朝のニュースで、昨夜の東京地方の風は瞬間最大風速32メートル、3月としては

観測史上初めてとのことであった。

一方で、東京港区の大きくなった桜のつぼみがを紹介されていて、いずれにしても

春はもうそんなに遠くない

毎朝の日課は、8時15分からはじまるNHKの連続テレビ小説『風のハルカ』を観ること。

たしか今130回目くらいで、話がだんだん収束してゆきそうな雰囲気である。

朝の連続テレビ小説なんて、現役時代はもちろん観ることができなかった。

定年3ヶ月後に、会社から頼まれて、JICA(国際協力機構)の仕事で2ヶ月間カンボジャに

出張した。連続テレビ小説は、カンボジャで観はじめた。

カンボジャで観た『わかば』からはじまり、『ファイト』、それに『風のハルカ』

毎朝の楽しみのひとつである。

7時のニュースに間に合うように起き、ニュースを観たあとパソコンをはじめ、それから

連続テレビ小説という流れだ。

いつも思うのだが、目覚まし時計をセットしないで寝られることは、無上のシワワセである。

一時は、『今ごろ毎日通勤電車だったんだなあ』と、思いながら朝のテレビを観ていたが、

最近はそれさえ思わなくなり、完全に定年退職者になってしまったようだ。

『風のハルカ』を観たあとは、月・木曜日と、時に土曜日は午前中テニス。

現役の人たちには叱られそうな時間の過ごし方である。

まあ、40年間ガンバッタんだから、許されてもいいのではと思いつつ。。。

2006年3月14日 (火)

ハワイ(その12:旅を振り返り)

9日朝10時ホノルルを発ち、10日午後2時成田に着いた。

2週間の旅は終わった。

行きは6時間半、帰りは8時間半。

貿易風(偏西風?)のせいであろうが、行き帰りで2時間も違うとは。

さすが、1歳4ヶ月の実咲には帰りのフライトはきつかった。

今回の旅を振り返ってみると、

 1.多くの方々に大変お世話になった。

   石川さんには、飛行場の出迎えからはじまり、メディアセンター in Hawaiiの新しい

   事務所を見せていただき、ご家族にお会いし、夕食を家族全員でご馳走になった。   

   ジョージさんには、前半の宿となったジョージハウスをお借りした。 

   ミカさんには、あちこち車で案内していただき、おかげで家族3人欲しかったものを
 
   買うことができた。自分たちだけでは、子供を連れてとても行けなかった。

   スーチャイさんには、是非訪ねたかったJAIMSを案内していただき、奥さんに

   お会いし、お昼をご馳走になった。バスで行こうと思っていた場所をあちこち案内

   していただき、大変助かった。

   皆さまのおかげで、旅が一層充実した楽しいものになった。

 2.1歳4ヶ月の子供を2週間連れ回すことには、当初戸惑いがあったが、実咲は元気で

   お荷物になることもなく、大変ありがたかった。

      実咲はこの2週間で明らかに成長した。2週間前にできなくて、今できるようになった

   ことが結構ある。連れ回した間にいろいろな刺激を受けたためであろう。

 3.宿泊場所にも大変恵まれた。

   前半は、すばらしいジョージハウスに泊めていただき、後半は、文句なしの

   ロケーションとすばらしいビューのコンドミニアムに泊まれ、大変ラッキーだった。

 4.食事も、カミサンと娘があらかじめ目をつけていた店がかなり制覇できたようで、

   いずれも美味しくいただいた。

    ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

旅紀行を終わるにあたり。。。

イリカイに泊まった日、朝早く目が覚め、歩いて10分くらいのワイキキビーチに

ひとりで散歩に行った

これからサーフボードで波乗りに出ようとしていた、私より明らかに年齢が上と思われる

男性に出会った。

とってもかっこうよかった。

彼はボードに腹ばいになり、手足で水をかきながらどんどん沖に出て行った。

姿はどんどん小さくなり、数100メートル沖の波に乗り始めた。

乗っては倒れ、倒れては乗りを何度も何度も繰り返した。

疲れるまで、とことん楽しんで浜に戻ってくるのであろう。

ボードひとつあれば、あとは何もいらない。

ただひたすら波に挑む。

なんとすばらしいシニアの生き様なんだろうと思いながら、30分以上砂浜に座り

見ていた。

この2週間、いろんな場面でいろんな人に出会い、いろんなことを再認識し、いろんな

ことを学んだ、大いに意義ある旅だった。

最後に、たくさん撮った写真の中で、ベストショットを。

ワイキキの浜で何度か見た、水平線に沈んでゆくゴージャスな夕陽。

        RIMG0023    

ブログ『ハワイの旅』は、これで終わらせていただきます。

長い間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

2006年3月13日 (月)

ハワイの旅(その11:食事あれこれ)

1歳4ヶ月の子が一緒だったのでいろいろ制約があったものの、あちこちでいろんなものを

食べた。どれも美味しかった。

また、アジア系を中心にさまざまなジャンク料理があり、お昼に気軽に食べられ助かった。

印象に残っている料理を挙げてみる。

 1 エビ料理 (アラモアナ BUBBA GUMP)

  海を眺めながらいただいた。サービスも良くお勧めできるレストランである。

  注文したものがちょっと多すぎたかなと思ったが、3人でペロリと食べた。

  特に、右のガーリック味のエビは最高だった。

  RIMG3236  RIMG3237  

 2 Korean弁当 (ハワイカイ Yummy Korean BBQ)

  着いた日の夜食べた持ち帰り弁当。特にカルビ弁当はYummy(美味しかった)

  また食べたくなり、お昼に別の店で食べた。

  korianBBQ 

 3 飲茶 (ワイアラエ HAPPY DAYS)

  飲茶は2回いただいた。このお店はスーチャイさんにご馳走になった。

  右はハワイ特産のタロイモを揚げたもの。

  haooy-yamucha4  happy-taro 

 4 リブステーキ (カハラ Tony Roma's)

     Tony Roma'sはリブステーキで有名なカジュアルレストラン。

  右はタマネギを揚げたもの。 

  RIMG3196  RIMG3193  

 5 シャブシャブ (ワイキキ SUNTORY 燦鳥)

  料理の写真がないため、ご招待いただいた石川さんファミリーの写真を。右は番外

  RIMG3104  2006 

 6 メキシコ料理 (カハラ Chili's)  

  料理の写真が残ってなくデザートと飲み物の写真だけ。

  デザートはその大きさにビックリ。温かいパイの上にアイスクリームがのっていた。

  飲み物はカクテルのマルガリータをあちこちで飲んだ。

  RIMG3018  RIMG3021 

 7 韓国料理 (アラモアナ KOREA HOUSE 高麗園)

  美味しいという評判を聞いて探した店。たしかに美味しかった。

  ただ料理を注文しすぎて食べられず箱に詰めて持ち帰り翌朝食べた。

  韓国料理ではキムチほか前菜がサービスで出てくることを忘れていた(一番左の写真)

  残ったものを詰めて持ち帰ることは常識。オーストラリアではDoggy bagと呼んでいた。

  アメリカでも同じ呼称ではないのだろうか。

 2006 2006 2006  

レストランのトリは帰国前夜に行ったお店。 

 8 中国料理 (アラモアナ PANDA CUISINE)

  石川さんお勧めのカフクエビをどうしても食べたいとのカミサンの希望で、ハワイ最後の

  夜に行った。ミカさんと一緒にお昼飲茶を食べに行った店でもある。

  最後の夜なので思い切ってロブスターを注文し、サシミ・春雨煮、カフクエビ、白身魚、

  貝柱をいただいた。どれも味は最高だった。 

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  2006  2006 

 デザートはサービスということで、タロイモのアイスクリーム 2006   

 タピオカ、マンゴプリンをいただいた。

 最後の夜にふさわしい食事であった。

       

ハワイの旅(その10:すばらしい出会い)

単独行動が2日続いたため、カミサンと娘が少々不機嫌。

『紀子を実咲から解放してやりたい。紀子に行きたいところに行かせてやりたいのに、

あなたはひとりで2日間勝手に行動し、私だけでは実咲の面倒をみる自信がなく、

紀子をひとりにしてやれなくて、カワイソウ』、これがカミサンの論理。

うん、たしかにそうではあるものの、もう1ヶ所どうしても行きたいところがある。

しかも、残された時間は今日と明日だけ。おまけに今日も絶好のハワイ陽気。

ここはなんとしても譲れない!

『それじゃ、カイルアビーチに一緒に行く?』と、合意点を探るが、『私たちは興味ない』と

折り合えず。

結局、3日続けての単独行を決行することにする。

行きたかった場所は、ガイドブックに、『全米ベストビーチのひとつ』と紹介されている

カイルアビーチ。

バスで行くには結構苦労しそうであることは調べてわかった。

マクドナルドでもらえると聞いて手に入れた数種類のバスの時刻表の中に、たまたま

カイルアに行ける57番のバスが出ていて、57番は歩いて15分くらいのアラモアナの

バス停から出ることを知った。

もたもたしていて、結局11時過ぎのバスに乗る。

時刻表によればカイルアまで40分。

途中、毎日見ている海の景色とは違う、山の中を抜けるフリーウエイを通る。

混んでいたバスはだんだん乗客が少なくなってきて、30分たったころ少々不安になり、

運転手に『カイルアはまだか?』と尋ねる。

『カイルアのどこに行くのか?』と聞かれ、『ビーチ』と答えたら、『わかった、着いたら

教える。ただ、ビーチだとこのバスを降りて、70番のバスに乗り換えるか、ビーチまで

1マイルくらい歩くことになる』

へー、そうか、このバスはビーチを通るのではないのか。70番のバスはすぐ来るかなぁ。

この暑い中、1マイル(1.6キロ)歩かなきゃダメかもしれないなぁ。

運転手に礼を言いバスを降りる。

バス停にベンチがあり、オバアチャンがひとり座っている。

オバアチャンに、『ビーチに行きたいんだけど、70番のバスは来るのかなあ?』と尋ねる。

オバアチャンは、『70番は1時間半に1本だけど、たぶん間もなく来るはず。私は10分

くらい前から待っているんだけど』

おいおい、ホントかな。 『どうして間もなく来るってわかるの』と聞きたかったが止める。

オバアチャンは、『あなたは日本から来たの?私のオバアチャンは新潟の人で、

オジイチャンはドイツ人』てな話を聞いていたら、オバアチャンの予感は見事にピッタリ。

1時間半に1本のバスが5分後くらいに来た。

バスに乗ってからも、『私はカイルアのとなりのラニカイに50年住んでいる』 

どおりで見事にカンがあたったのかな。

バスのお客は誰もいなく、オバアチャンだけ。

オバアチャンの話は続く。『私はいま76歳。息子が4人いるが、みんなここを出てゆき

メインランドに住んでいる。主人は20年間の闘病後、6ヶ月前にガンで亡くなった。私は

今はここにひとりで住んでいて、時々メインランドに息子や孫に会いに行くけど、飛行機を

乗り継ぎ、4ヶ所いずれも8時間以上かかり、もうこの歳では大変』

そのうち、オバアチャンは顔なじみなのか運転手に話しかけ、『日本からわざわざカイルア

まで来たみたいだから、どうせこのバスはカイルアとラニカイをぐるりと回るんだから、

乗せて回ってあげたら』と、オバアチャンは運転手に頼んでくれる。

この運転手がまたよかった。人の良さそうな田舎のオジサンの雰囲気で。

たしかに全米ベストビーチのひとつだけのことはある、窓から見える海はホントにみごと!

絶景のバス停でしばらく停まってくれる。

オバアチャンはそのうち、『私はここで降りる。美しい海をしっかり楽しんでおいで』と言って

バスを降りる。『いろいろご親切にありがとうございました』とお礼を言い別れる。

バスは海沿いの家の並んだ道をゆっくり走る。

運転手がバスを停めて、『家と家の間から見える海がきれいだろう』

ホントにきれいだ! コバルトブルーと言うのかなぁ。

残念だ、今日もデジカメはカミサンが持っている。

ここは降りて海に行った方がいいと思い始め、運転手に『降りて海に行ってみたいので

停めて欲しい』と頼む。

降り際に、『これを持ってゆけ』と言って、3時半までに乗ればタダで乗れる切符を1枚

くれた。たった2ドルの切符ではあるが、運転手のこの親切に胸がジーンときた。

降りて、家と家の間を通り抜け海に出た。

言葉では言い表せないないくらい、すばらしい海だった。

撮った写真がないため、よそのサイトから写真を無断拝借した。ゴメンナサイ。

 kailua1 

kailua2

kailua3

これら3枚の写真はいずれもカイルアビーチであるが、実はオバアチャンが住んでいる

ラニカイビーチはカイルアビーチよりもっと回りの雰囲気がよかった。

残念ながら写真がない。

暑いにもかかわらず、両ビーチとも泳いでいる人はほとんどいない。

折角あこがれのカイルアとラニカイに来たのだからと思い、いずれのビーチでも泳いだ。

行きのバスは大変順調だったが、帰りのバスは悲惨だった。

1時間半に1本なので仕方ないことではあるが、待てど暮らせど70番のバスが来ず

40分くらい待って業を煮やして1マイル歩いた。

道沿いにあったスーパで写真の代わりになると思い、絵葉書を買った。

来たとき57番のバスを降りたバス停まで歩き、57番バスを待ったがこれまた来ず。

結局イリカイに帰るのに3時間かかった。

帰ったら5時。カミサンと娘は当然のことながら不機嫌だった。

ただ、すばらしい出会いがあり、すばらしい海を見ることができ、最高の1日だった。

明日は最後の1日なので、しっかり家族に付き合わなければと少々反省した。

2006年3月12日 (日)

ハワイの旅(その9:Whale watching)

天気は昨日から好転、まさにハワイらしい暑い陽気になってきた。

今日は、是非行きたかったWhale watchingに行くことにした。

カミサンは以前来たとき行ったそうで、今日もまた単独行動。

街のあちこちに置いてある日本語のフリーペーパを見て、10時半にアロハタワーの

桟橋から出航するStar of Honoluluという船に乗ればいいということを知り、どこから

何番のバスに乗ればよいかを調べる。

イリカイを通りホノルル飛行場に行くバスがアロハタワーを通ることがわかった。

バスに乗るとき、『アロハタワーに行くか?』と運転手に聞いたら、陽気な運転手は、

『アロハタワー』ではなく、『ア- ロッハー  タワー』だと、何度か言い直しをさせられた。

うん、たしかに、『アロハ』は思い切り陽気に言った方がいい。

さて、バスに乗ったらいつもの通り、どれくらいかかるものかわからず、隣のおじさんに

聞く。これもいつもの通り、こちらの英語の理解度はお構いなく、ペラペラいっぱい

教えてくれた。

Star of Honoluluは結構大きな船で、桟橋の乗船場に切符を買いに行ったらビックリ、

待っているお客のほとんどは日本人、とりわけ若い女の子が多かった。大学生の卒業

記念旅行が多かったのかなぁ。

切符はランチ付きとランチなしがあり、お腹がいっぱいだったのでランチなしにした。

ありとなしで、船のフロアーが違った。

乗船客の8割くらいが日本人、ひとりで乗っている日本人の男なんてほとんどいない。

座っていたら、隣にやはりひとりで乗ってきたアメリカ人のオバアチャンが座った。

話しかけたらメインランドから来たとのこと。このオバアチャンは見事だった。

2時間半乗っていた間、大半の時間、持ってきた本を読んでいた。

クジラを見るのだから船は遠方に行くのかと思ったら、意外にそうではなかった。

沖から見るホノルルはすばらしかった。

あちこち車で連れて行ってもらったり、地図やガイドブックを見ていたおかげで、海から

見る地形がよくわかった。

ダイヤモンドヘッド、ココヘッド、ココクレイター、ワイキキビーチ、アラモアナビーチ、

カハラ、ハワイカイ・・・

今日もデジカメはカミサンが持って行ったので、残念ながら写真は撮れなかった。

頭の中にすばらしい景色をしっかり焼き付けた。

暑い日差しの中、デッキに出て、みごとな紺碧の海を見ながら、クジラの出現を待った。

結局クジラは見えなかった。

残念であったが、すばらしい海と景色が2時間半も堪能できたので不満はない。

クジラを見ることができなかった場合は、向こう1ヶ月間(?)何度でもタダで乗船できる

とのことであったが、あと3日の滞在なので諦めざるをえない。

日差しが強かったため、一気に日焼けした。

2006年3月11日 (土)

ハワイの旅(その8:初めての単独行動)

今日は初めてひとりで行動することにした。

10時ころワイキキでカミサンと娘・ミサキと別れて、バスに乗ってハナウマ湾に

シュノーケリングに行った。

ハナウマベイ行きのバスの停留所を探し、どちら方向行きのバスに乗ればいいのか、

何時に来るのかわからず、結構苦労した。

30~40分に1本のバスに何とか乗れて、ハナウマベイまで50分かかった。

朝天気がよさそうだったので、潜りに行くことを決めたのに、ハナウマに着いたら

小雨が降り出した。

ハナウマベイは自然保護地域になっていて、浅いサンゴ礁の海にさまざまな魚が

棲息している。

シュノーケルだけで、多くの種類の魚を見ることができる貴重な海岸である。

ハナウマベイは、今回の旅でどうしても行きたかった場所のひとつであった。

海に入るに先立ち、ハナウマの自然保護を説明したビデオを観なければならない。

天気は相変わらずさえなく、肌寒く、水も少々冷たかったが、そんなことはまったく気に

ならないほど、海の中はすばらしかった。

砂浜から50~60メートル泳げば多くの魚に出会える。

カミサンと別行動で、デジカメはカミサンが持っていったため、残念ながら、驚くほど

きれいだったハナウマベイの写真が撮れなかった。

そのため、ハナウマベイに行ったとき教わったサイトのURLを記すので、写真だけでも

見て欲しい。 http://www.friendsofhanaumabay.org/

1時間少々潜っていたが、その間に見た魚は20種類くらいだっただろう。

まさに南国の色鮮やかな魚ばかりで、50センチくらいあると思われた魚も何匹も見た。

名残惜しかったが、寒くなったのであがって、砂浜で薄日に当たりながらウトウトした。

調べていた帰りのバスの時間に合わせ引き上げ、ワイキキまでバスに乗って帰った。

ワイキキをぶらぶら歩き回りイリカイまで戻った。

歩いたおかげで、ワイキキ周辺の地図がかなり頭に入った。

ハワイの旅(その7:バス事情)

土地カンのまったくないところで左ハンドルのレンタカーを運転するのは怖く、移動は

ホノルルを知るためにも、できるだけバスを利用した。hawaii9

バスの停留所は短い間隔であるものの、停留所には  

名前がなく、時刻表はおろか、何番のバスのバス停かも

掲示されていない。

次のバスは何時に来るか聞いても、誰もわからない。

それでもみんなのんびり待っている。

運転手は大きな停留所の名前しか言わないため、自分で降りる場所を確認しながら

降車する停留所が来たら、天井から下がっているヒモを引っぱる。

バスの仕組みは、30年前のシドニーとまったく同じだ。

Sea Life Parkに行ったときは、行きは終点だったからよかったものの、帰りはかなり

神経を使いながら降りるバス停を待った。

幸い、降りる停留所は何度か歩いたカハラモールを通り過ぎていくつか目のバス停

だった。

ただ、心配が先立ち、結局ジョージハウスの近くのバス停の2つ手前で降りてしまい、

小雨の中を歩くハメになった。

バスはいろんな人たちが乗ってきて楽しい。

降りる場所を隣に座っている人に何度も聞いた。

みんな親切に教えてくれる。

『ここから約1マイル先(と言われてもわからない)』とか、『降りたら次の信号を渡り、

右に曲がってまっすぐ行ったところ』とか、『危ないからバスが止まってから立て』

こちらの英語の理解度にお構いなくベラベラ早口で喋るのもシドニーと同じだ。

車椅子の人の乗降に2度出会った。

車椅子が容易に乗れるよう、乗降ステップが上下し、車内にも車椅子用に定位置が

確保されている。

一度小雨の中、少々混んでいるバスに車椅子の人が手助けした人と一緒に乗ってきた。

車椅子の年配の男性は、手助けしてくれた年配の女性に礼を言うとともに、

『あなたの荷物を私の膝の上に置いたらどうか。私はあなたに助けてもらった。

私があなたを助けられるとしたら、それくらいしかできないので』という会話を聞いて、

ジーンときた。

ハワイの旅(その6:ジョージハウスをチェックアウト)

6日間お世話になったジョージハウスを、2日昼前にチェックアウトし、ワイキキのそばの

イリカイというところにあるコンドミニアムに移った。

午後はずっとジョージさんのスタッフのミカさんが車で付き合ってくださった。

アラモアナの百貨店や専門店で売れなかったり、時期はずれになった商品を集めて

割安で売っている店、Rossに案内してもらい、衣類、靴ほかを買い、遅い昼食に飲茶を

食べた。

そのあと、会員制のスーパマーケットのCostcoに連れて行ってもらった。

Costcoは最近日本でも出店している。

天井の高い倉庫のような店に、食料品含めたくさんの商品を陳列し、比較的安価に

販売している。

  RIMG3212   RIMG3214  

ミカさんには夕方まで付き合ってもらい、イリカイに送っていただく。

コンドミニアムの部屋は8階、窓の下がヨットハーバで、左にワイキキの海岸が見える。

ちょうど虹がかかっていてすばらしいビューが楽しめた。

  hawaii6   RIMG3253 

娘が足の便がよく、ビューもいいということでネットで探しRIMG3222

予約した。

オーナが日本人だけあって、部屋に置いてある調度品は 

立派で、手入れも行き届いている。

快適に1週間過ごせそうである。

ハワイの旅(その5)

昨日夕方ハワイから帰ってきた。

一晩ぐっすり寝たら、5時間の時差はふっとんだ感じだ。

お世話になったジョージハウスを3月2日にチェックアウトし、ワイキキのそばのイリカイと

いう場所にあるコンドミニアムに移った。

このコンドミニアムのオーナーは日本人で、足の便がよく、ビューもすばらしく、加えて

パソコンが使えるということで、娘がネットで探し予約した。

ただ、パソコンはTelecomとの調整が不十分で、結局いる間ネットはつながらなかった。

『これで、メールやブログを忘れてワイキキが楽しめるじゃない』と、カミサンと娘に

イヤミを言われた。

ということで、撮った写真を整理しながら、日を追って、今日・明日あたりでブログをアップ

してゆきたい。

先ずは3月1日から。

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いぜんとして、今日も曇天。

9時半にジョージハウスを出て、初めてバスに乗る。

40分かけて、イルカやアシカのショーが見れるSea life parkへ行った。

バスはどれだけ乗っても2ドル。

もし降りて2時間以内であれば、買った切符を使ってもう一度タダで乗れる。

ホノルル市営のものは、バス・動物園・ゴルフ場ほか、みんな安いそうだ。

地方税が高いのかもしれないが、日本も見習って欲しいものだ。

Sea life parkは、エイやたくさんの魚がゆうゆうと泳いでいる水族館、それに、イルカや

アシカのショーの違ったものを3回見た。どれもとても楽しかった。

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3時過ぎまで、5時間近くいた。

夜はハワイに来て初めてステーキを食べに出かけた。

カミサンと娘お勧めのTony Roma'sというカジュアルレストランで、料金も値ごろだった。

今夜もアメリカ人好みの甘いデザートを食べた。

ジョ-ジハウスに帰ったら、ビジネスでロスに行っていたジョージさんに同行して来ている

ミカさんが帰ってきていた。

ジョージハウスの運営する会社名は、International Success Collaboration(http://www.iscgh.com

と言い、メンバー会員向けにさまざまな事業をやっている。

今回ジョージさんがロスに行ったのは、4月中旬に沖縄でオープンするトレーラハウス

(トレラー車をホテルのスイートルーム的に改造した宿泊施設)の最終契約のためだった

そうだ。

トレーラハウスの写真を見せてもらいながら、いろいろ話を聞いた。

トレーラハウスには大変興味を持った。

2006年3月 3日 (金)

ハワイの旅(その4)

相変わらず、天気がさえない。

そのため、ハナウマベイにシュノーケリングに行こうとしていた予定を取りやめ、

ゆっくりゴロゴロし、11時ころ出て、ホノルル動物園に行く。

動物園なんて、いつ以来だろう。

子供が小さかった頃よく行った多摩動物園以来かな。それともシドニーのタロンガズー?

そんなに多くの動物がいたわけではないが、落ち着いた雰囲気の動物園だった。

実咲は最初は興奮気味だったが、途中遊び疲れて、バギーで昼寝。

 RIMG3034  RIMG3045

動物園から3時半ころ帰り、全員ぐったり。シャワーを浴び、またゴロゴロ。

5時過ぎ、パソコン教室キュリオステーションの石川社長がジョージハウスに来てくださる。

4月オープン予定のメディアセンターin Hawaiiの新しい事務所を見せていただく。

アラモアナの中心のパンナムビル6階、これまで別の場所にあったパソコン教室も

まもなくこの場所に移ってくるとのこと。RIMG3102

事務所を出て、石川さんご家族と一緒にシャブシャブを

食べに行く。

石川さんのご家族に初めて会う。

美人の奥さん、7歳のお嬢さん、5歳の息子さん。       

すばらしいご家族である。

許可をいただいてないが、あまりにもステキなご家族

なので、写真を掲載させていただく。

石川社長は、月のうち10日くらいがハワイで、あとは東京。

ちょうど明日朝、東京に戻られる予定で、最後の夜を我々にお付き合いいただき、

大変申し訳なかった。

おまけに、家族4人でご馳走になり、恐縮の極みである。   RIMG3109    

食事が終わり、車まで戻る途中、実咲は息子さんの

Tくんに手を引いてもらった。

5歳のTくんが『デイトみたい』と言い、みんなで笑った。

我々をジョージハウスまで車で送ってくださる別れ際、

7歳のお嬢さんのKちゃんが、『パパが欲しい!』と

泣き出した。

カワイソウだと思うと同時に、言い方が英語的だなあと思った。

ということで、石川さんご家族に感謝感謝の夜だった。

2006年3月 1日 (水)

ハワイの旅(その3)

2日間どんよりした曇り空、ときたま雨もぱらつく陽気。まったくハワイらしくない。

天気がさえないこともあり、全員、朝からベッドでゴロゴロ。

昼前、『近くをブラブラしてくる』と、カミサンとミサキを連れて娘は出かける。

私はパソコンやって、サウナに入りプールで泳ぐ。

娘から電話があり、『カハラモールに来て食事しているんだけど来ない』、即、行く行くと

返事。一緒に食べておかないとお昼を食いっぱぐれてしまう。

Panda Expressというチャイニーズのファミレス系の店で既に食べていた。

着くやいなや、『もらったクラッカーにオミクジみたいなものが入っていて、ミサキのはこれ。

これって、ミサキにぴったりだと思わない』

オミクジには『Your place in life is always in the drivers seat』、あなたは、常にリード役と

いう意味のようである。まさに今のあの子にぴったり。

1日の大半をミサキに引っぱられていること、まちがいなし!

食事をしたあと、カハラモールの中をブラブラ。結局3時間近くいたのではないか。

女って不思議だ。特別な買い物をするわけでなく、よくこんなに時間が過ごせるものだ。

今回の旅行中まだまだこういう場面は何度もありそうだ。

帰り道、大きなりっぱな家を多く見て、これは帰ってカメラを持ってもう一度こようと思う。

カハラはホノルルの中でも高級住宅地である。

ジョージハウスの近所の家を何軒か写した。

探せば、もっともっとスゴイ家はいっぱいあるはず。

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いずれの家もダイヤモンドヘッドが目の前に見え、人はもちろんのこと、車もほとんど

通っていない。

ほとんどすべての家にセキュリティシステムが設置済みとの標識が立てられていて、

大きな犬が庭で放し飼いにされている家も少なくなかった。

写真の一番右の家の入り口のスロープの上に見える白いものは新聞である。

30年前に駐在したオーストラリアのシドニーでもそうであったが、新聞屋は新聞をポストに

入れるのでなく、配達の車で走りながら庭に投げ込む。

歩きながら、シドニーの家並みと、これもあれも同じだなあと思うことがいろいろあった。

きれいに刈られた芝生、手入れの行き届いた庭木と草花、水撒きの噴水・・・

シドニーに住んでいたとき、ずぼらして芝刈りをしないでいたら、近所の家から文句を

言われたことが何度もあった。

そんなことも思い出しながら、ひとりでブラブラ夕方の散歩をした。

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