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2006年1月

2006年1月30日 (月)

NPO臨時総会

所属しているNPOシニアSOHO横浜・神奈川(SVYK)の臨時総会・新春交流会に参加した。

SVYKは2003年6月に設立され、設立時には役員のひとりとして立上げに参画した。

その後、あまり積極的に活動していなく、いくぶん心苦しい。

神奈川県、とりわけ横浜は、NPOや市民団体活動の激戦区である。

改革派の中田宏さんが市長になって、その動きに一層弾みがついた。

団体数、活動ジャンル、いずれも大変な数で、日本でも有数のNPO群雄割拠地区である。

その横浜市の中で注目される活動を続けてゆくことは、並大抵なことではない。

設立から2年半が経ったSVYKは、会員数105名、会員の居住地は神奈川県全域。

活動のベースとなるワーキンググループは、「学び」「援け」「癒し」の3つのジャンルに

分かれていて、全部で16のワーキンググループがそれぞれの分野で活動している。

『事業型NPO』を錦の御旗にしており、定年退職した男性、子育ての終わった女性が、

対価が得られる事業の実践を通し、会の活動の拡充、ならびに個々の会員の自己実現

意欲の充足を目指している。

NPO激戦地区であるため競争が厳しく、いまだ際だった独自色を出すには至らず、活動は

模索奮闘段階にある。

『団塊の世代が退職し、地元に戻ってくる数年先を見越し、思い切った事業の拡大と

組織の強化をはかってゆくためには、どうすればよいか』が、今回の臨時総会・交流会

での議論のポイントであった。

              SVYK

今年が正念場で分水嶺であるとの発言があった。

まさしくそうだと思う。

設立の想いである、

  シニアが主役となり、

    行政・市民団体・事業団体と協働し、

      地域のさまざまな課題に取り組み、 

        地域の活性化に貢献する。

ことを目指し、今年も活動を続けてゆこうということで散会した。

2006年1月28日 (土)

バレなきゃ。。。

最近、『バレなきゃいい』という事件が、どんどん表ざたになり、イヤになってくる。

直近では、東横インの二重図面の偽装工事。

建築確認がおりてからの改悪工事だから、ある面、耐震強度偽装以上にタチが悪い。

東横インの社長、あれは酷い! 開いた口がふさがらない。

誠実さはおろか、品位も見識も節操も何もない、儲け一辺倒の最低な人間に思える。

インタビューで不穏当な発言があったと、会社が謝罪していたが、とても謝罪するどころ

では済まされない、絶対に許せない発言をいとも簡単に軽々しくしていた。

東横インは既に全国に120あるそうだ。

以前たしかラジオで聞いたことがあるが、東横インという会社は、相続税対策で悩んでいる

全国各地の一等地に土地を持つ地主にアプローチし、「相続税を払う代わりにビジネス

ホテルを建てませんか」というトークで、地主に土地を拠出させ、地主に金を出させ、

地主の土地にビジネスホテルを自ら建て、その運営を引き受け、地主がかけた金を、

収益の一部から割賦で支払ってゆくとのビジネスモデルで商売をしている。

すべてが借り物で、運営だけを請け負う『土地建物賃借方式』で急速に伸びてきた

会社である。

このビジネスモデルの話を聞いたときは、スゴイと思ったが、徹底したえげつなさで業績を

伸ばしてきたのであろう。

それにしても、『バレなきゃあいい』という話が、最近どうしてこんなに多いのだろう。

もちろん最近だけではないだろうし、表ざたになったのはまったく氷山の一角で、潜在して

いる話は山のようにあるはずだ。

中でも、生命や財産や人の幸せを脅かすような、『バレなきゃいい』という話は、絶対に

許せない。

ついでに、最近のニュースで許せないと思うことは、決算の粉飾。

今まさにライブドア、しばらく前のカネボウ、西武グループ等々。

決算の粉飾もまた、『バレなきゃいい』で、潜在している話は、きっと山のようにある

ことだろう。

怒りを覚えるのは、粉飾と知りつつ、知らぬ存ぜぬを通す会計事務所と公認会計士の

態度と姿勢。

会計事務所の監査のやり方、監査する企業との癒着が問題になってきてはいるものの、

何故もっと素早く厳しくメスを入れ、適切な処置が取られないものかと不思議に思う。

ここにも政官財の腐った連鎖がきっとあるのだろうと、ついつい思ってしまう。

『バレなきゃいい』の意識の根源はすべて、社会モラルが地に落ちているためと思わざる

を得ない。

このような社会風潮が続けば、この国はどうなってゆくのだろう。

2006年1月27日 (金)

大学の仲間の集まり

半年振りに、有楽町にある大学のクラブで、仲間の集まりをやった。

1年先輩と1年後輩と我々3学年合同で、16人が集まった。

1962年(昭和37年)前後、我々は教養課程時代を姫路の寮で過ごした。

旧き良き時代の旧制高校の寮で、バンカラな環境の中、青春時代を一緒に過ごし、まさに

同じカマのメシを食った仲間たちである。

以来40数年が経ち、年々定年退職する者が増え、今では背広を着て参加する者は

マイナーになってきた。

1年後輩は今回が初めての参加であった。

メーリングリスト(35名登録)をつくっているので、連絡は楽である。

当時、寮は6寮まであった。その中で、我々は1寮の2階に住んでいた。

2階には6室~10室まで5つの部屋があった。

各部屋は14畳で、1部屋には7人が寝起きしていた。ひとり、たたみ2畳の勘定だった。

寮は大学の敷地内にあり、パジャマでつっかけ履きで授業に出ていたつわものもいた。

建屋は古く、風呂も便所も汚かった。食堂の食事もまずかった。

ただ、当時たしか食費は朝晩食べて1日100円だったと記憶している。

仕送りが少なくて助かると、母親が喜んでいたことを覚えている。

このような環境の中で一緒に過ごした仲間たちなので、結束は強い。

「XX君は○室だった。○室は14回生はXXとXXとXXだった」等々、いやー、みんな

40年以上前のことを、しかもたった1年半の寮生活のことを、よく覚えている。

全員にとって、あの1年半の寮生活は強烈な青春の思い出になっているからであろう。

40年以上経った今でも、年に数回みんなで集まり、形式的なことはまったくなく、  

毎回ワイワイ盛り上がる。                   sekisyunkai

今回は初参加の後輩3人がいたため、珍しく

各自が近況を話した。

中には大企業の副社長や役員をしている人も

いるが、この集まりでは、そんなことはまったく

関係ない。

今回は遠路からの参加者が2人いた。

ひとりはタイからの参加、もうひとりは退職を機に郷里に帰った仲間が岡山から参加。

4月にはみんなで神戸に集まり、久しぶりに関東・関西合同の1泊旅行をすることが

決まっている。今から楽しみである。

6時からはじまり、終わったら10時前。

あっと言う間に過ぎた4時間だった。

2006年1月25日 (水)

孫娘来訪

娘のダンナが出張のため、3ヶ月ぶりに娘と孫娘の実咲が、4泊5日で我が家に来た。

天気がよく、午前中は風もなく暖かだったので、実咲を連れて、我が家の裏の海岸沿いを

ブラブラ散歩した。

実咲は1歳3ヶ月になり、しっかり歩けるようになり、話しかけることが大分理解できる

ようになってきていて、おもしろいなってきた。恰好のオモチャである。

新しくできた海沿いの散歩道はほぼ完成し、海とデッキ調の歩道、それに植樹された

シュロ並木がマッチし、とてもすばらしい環境になってきた。

 misaki-ura misaki-ura2 

平日の午前中のため、散歩している人もまばらで、あたたかい日差しの中、実咲は

1時間以上遊んでいた。

右の写真の突き当たりにマンションが建っている。

携帯のカメラで撮った写真なので、うまく望遠で撮れていなく残念であるが、マンションの

右に冠雪した富士山がくっきり見えた。               umiu

岸からすぐ近くに海鵜が2羽いた(一番左の岩の上)          

海鵜以外にも色のきれいな鴨と思われる鳥もいた。

(鴨は海にもいるのかどうか?)

こういうゆったりした時間を楽しめるのも、まさに定年した

おかげである。

  

2006年1月24日 (火)

娘の誕生日

1週間ほど前、娘のダンナから、「22日に○○子さんの誕生パーティを我が家でやること

にしました。日曜日なのでいろいろ予定があることでしょうが、もし空いていたら来て

ください」との招待メールが届いた。

日曜日なのでと言われても、毎日が日曜日なので、即、「よろこんで参加させていただき

ます」と、返事した。

夕方、横浜の娘宅に着いて、孫娘にも数週間ぶりに会えた。

横浜市内は、前日降った雪でまだ真っ白だった。

食事は娘のリクエストで、鹿児島の地鶏の刺身専門の店から取り寄せた地鶏料理

今夜もダンナがすべて準備してくれ、ごちそうになった。

 ◆地鶏の刺身(こりこりのもも肉とさっぱりのむね肉)

 ◆地鶏とキノコのスープ

 ◆骨付きのもも肉(ハーブ風味と照り焼き味)

  sasimi  soup  chikin

美味しさに、一同満足。

ダンナは、『料理人が教える”包丁と魚のさばき方』という本を読んでいるくらいで、

料理・盛り付け・サーブの仕方、どれをとってもうまい。

彼に比べれば、私はまだまだ初心者。

ただ、最近は料理の勉強をしたい、レパートリーを広げたいと真面目に考えはじめた。

デザートは、ダンナが買ってきてくれたミルフィーユのケーキ。

みんなでハッピーバースデイを歌いながら、贈呈式をやり、娘は大感激。

 dinner4

2006年1月22日 (日)

イベント開催

昨日午後、大阪 高槻市の商工会議所の会議室を借りて、「シニアITアドバイザ関西

交流会「sita.doc」 」を行った。

シニアITアドバイザ(SITA:サイタ)制度とは、パソコン初心者を指導するシニアのスキルを

審査し、認定する試験制度である。

昨日のイベントは、関西地区のSITA有資格者があつまり、自分たちの活動を紹介すると

ともに、有資格者同士の交流・連携を深めてゆくことを趣旨に行った催しであった。

参加者は約70名、岡山からかけつけてくださった方もいらっしゃった。

          takatsuki                           

関西には7つのSITAグループがあり、各グループはそれぞれの地元で、公的機関や

プライベートなパソコン教室で指導活動を行っている。

会場の高槻商工会議所は大変きれいな施設で、会議室も広く、ゆったりした気分で

会議を進めることができ、1時から5時までぶっ続けで議論したものの、疲れは感じ

なかった。

知り合いのトレンドマイクロ社の方にお願いし、『インターネット時代の安全対策』との

演題で、時機を得た有益な講演をしていただき、参加者一同大いに勉強になった。

イベントのメインであった『SITAとして、いかに地域活動を推進するか』を議論するに

あたり、7グループそれぞれの代表が、自分たちの活動状況・課題・目指すところ等を

説明し、質疑応答を行った。

質疑応答は時間的に十分でなかったものの、ほとんどの参加者が初顔合わせであった

にもかかわらず、活発に議論が行われ、参加された皆さまは、有意義な時間を過ごされた

ことと思う。

最後に、主催者代表が閉め挨拶の中で、「今日の出会いをきっかけに、交流はまさに

今日からはじまったとの気持ちで、今後連携し合い、ひとりあるいはひとつのグループでは

難しいことに対し、みんなで一緒に取り組んでゆきたい。また、この交流会をぜひ続けて

ゆきたい」と話され、参加者全員の大きな拍手で、おひらきとなった。

いろいろ成果のあったすばらしい催しとなった。

2006年1月20日 (金)

思いがどんどん形に

私の予想に反し、昨日の日経平均株価は大きく反騰した。

今日の前場も100円近く値を上げた。

ライブドア問題で燃え上がった炎は、株価に関しては、ひとまず鎮火した感じである。

と言うか、最近の上昇基調の株価は、『ライブドア問題ごときでは、びくともしないぞ』

という証と言えそうだ。

今後いろいろ調整局面はあるだろうが、これでしばらくは株価の上昇気運は続くことが

担保されたという気がする。

さて、昨日午前、下北沢にあるパソコン教室”キュリオステーション”の本部を訪ね、

石川社長と打ち合わせをした。

昨日もまた、石川さんのバイタリティとスピードの速さにあらためて驚嘆した。

大企業にはない、今まさに話題を呼んでいる”六本木ヒルズ”の事業家を彷彿させる

感じすらした。

4月開校予定の「ハワイ キャリアアップ スクール」、同じく4月に開設予定の「ビジネス

メディアセンター」(ホノルル・シアトル・バンクーバ・上海)、既にプレ創刊号を発行し、

100万部発行を目指すホームページ誘導型無料情報誌「@MOTTECO」・・・・

いずれも、石川さんの思いと夢が着々と形になってきていることを、あらためて感じた。

昨日からカゼ気味である。

明日は午後、大阪 高槻市商工会議所で、「シニアITアドバイザ関西交流会」を行う。

今日はゆっくりし、明日に備えないと。

2006年1月18日 (水)

さあ、これからどうなるか

この数日間のトップニュースは、ライブドア問題。

それにしても、2日間で東証の日経平均が920円下がるとは。

夜のニュースで言っていたが、ライブドア問題で先ずアジア株が下がり、影響が欧州に

飛び火したとのこと。

このところ一本調子で上がって、いささか加熱気味だった株価を冷やすには、あまりにも

強烈な冷水だった。

今日は売りが売りを呼び、東証のシステム処理能力の限界に迫る勢いであったため、

東証は14時40分に全ての売買を強制的に停止させた。

前代未聞のことではなかろうか。

午後、野村證券の担当のHさんから電話があったとき、彼女が話していたのは、特に、

売りが殺到しているのは、株分割した企業で、ライブドア以外にもたくさんあるとのこと。

「一時的にはほとんどの株が下がり傾向に走るでしょうが、業績のいい会社の株は、

今が押し目買い(上げ基調の相場が少し下がったときに買い付けること)のチャンスでは

ないでしょうか」と、Hさんは言っていた。

たぶん明日も下げは止まらないであろう。

調整にはしばらく時間がかかるであろうが、企業の業績は好調だし、ファンダメンタルは

堅調なので、一過性の問題で終わり、間違いなく株価は戻り、再び上げに転じると、

多くの人が思っていることだろう。

となれば、もう少々下がることは覚悟の上で、やはりここは、好業績企業株の押し目買い

という気がする。

それにしても、ライブドアとホリエモンは、おそらくこれで沈んでしまうだろう。

ライブドアもホリエモンも刑事訴追されることであろう。

これまで米国流に金にあかしてやってきたファンドマネーも、市場モラルに押され、

しばらくの間は、少しは節操ある形になってゆくのではなかろうか。

2006年1月17日 (火)

納得、その通り

メーリングリストで流れてきた作家の三田誠広さんのホームページ日記を紹介する。

わりと見方が面白いので、時々のぞいている。

三田さんは1948年生まれとのことで、まさに団塊世代。

2004年に刊行した『団塊老人』(新潮新書)は、2007年から定年を迎え始める同世代

(団塊世代)へのメッセージとして話題を集めているそうである。

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■もうひとつの2007年問題 

 2006年の正月である。

 一般に2007年問題といわれている、その2007年が目の前に迫ってきた。

 そういう1年が始まろうとしている。

 2007年問題というのは、団塊世代の先陣(1947年生まれ)の人々が、60歳で定年を

 迎えるということだが、定年の規定は職場によって違うし、定年のない仕事もあるので、

 2007年に爆発的に何かが起こるわけではない。

 しかし2007年を出発点として、数年の間に、かなり多くの人々が定年を迎えることは

 確かなので、沖合にツナミの波頭が見えている、といったくらいのスリルはある。

 2007年は、定年だけの問題ではない。

 夫婦が離婚した場合、年金(厚生年金など)が分割できるようになるのもこの年が

 スタートである。

  こちらの方は、まさにツナミである。

  爆発的に熟年離婚が増える。

 その前に裁判や調停で、えらい騒ぎが各地で起こる。

 この2007年問題に備えるための秘策は、一つしかない。

 男は男としての魅力を失わず、女は女としての魅力を失わず、互いの魅力を評価し、

 尊敬し、愛し合って生きるということに尽きる。

 この場合、専業主婦は、少し前に更年期障害も子育てが終わった燃え尽き症候群も

 通過しているだろうから、問題は少ない。

 男は定年を迎えると同時に熟年離婚の危機が迫ってくる。

 男としての魅力を失わないとはどういうことか。

 20歳くらいの時のことを思い出せばいいのだ。

 団塊世代にはパワーがあった。社会の常識に反抗して、やりたいことをやった。

 あの時と同じように、もう一度、青春が始まると考えればいい。

 やりたいことをやる人間には、輝きがある。

 自分で会社を興すのもいいし、老人フリーターをやりながら趣味に生きるのもいい。

 明日に希望をもって、元気に生きる。

 夫に輝きがあれば、奥さんも必ずや、夫に惚れ直すことだろう。

2006年1月15日 (日)

テニスクラブ総会

例年この時期、テニスクラブの総会がテニスコートで行われる。

たまたま都合がつかなくて、この数年欠席続きで、今日は久しぶりに参加した。

今年は、クラブが出来て25年目とのこと。

「へー、もうそんなになるんだ」と思いながら聞いた。

わりと早い時期にメンバーになったので、もう20数年間通っていることになる。

多くの仲間とは、そんなに長い付き合いなのだ。

現在、会員数は115名、平均年齢は56歳とのこと。

メンバーになったころは30歳台だった自分も仲間も、みんな一緒に加齢してきた。

20年の間に、子供たちは学校を卒業、就職、結婚し、多くの家庭に孫が生まれた。

立派な設備や施設があるクラブではない。

ボランティアで維持管理しながら運営しているクラブである。

ただ、横須賀市の管理する菖蒲園がとなりにあり、周囲の環境は抜群である。

クラブのいいところは、和気藹々とした雰囲気で、プレイの合間の会話ではいつも冗談が

飛び交う。

総会後は、配達してもらった弁当と女性陣が用意してくださったトン汁やお惣菜、それに

お酒で今日も大いに盛り上がった。

クラブはメンバーみんなにとって、間違いなく和みと癒しの場になっている。

2006年1月14日 (土)

スパイウエア

メーリングリストの仲間から、「スパイウエアにやられたみたい」とのメールが入った。

状況としては、

 ・インターネットエキスプロラの立ち上がりが異常に遅い

 ・立ち上がっても登録しているホームページ(Yahoo Japan)の表示がこれも異常に遅い

 ・何もしていないのに別のホームページが自動的に立ち上がる

 ・消しても又別のホームページがたちあがる(アダルトものではない)

 ・やたらとポップアップが立ち上がる・・・・

最近自分のパソコンのスパイウエア退治に相当の時間を使い、スパイウエアにかなり

詳しくなってきているカミサンにいろいろ聞いた。

ふたつのサイトを紹介された。

 ①  http://plaza.rakuten.co.jp/yumewakusei/diary/200503060000/

 ②  http://www.casino-japan.info/casino_mail.htm

①は実際にスパイウエアに入り込まれた人のブログ。

   『”SPYBOT(スパイボット)”というソフトを買ってきて片っ端から検索をかけ、削除して

   回ったらやっとの事で発生が無くなった。

   本当に一筋縄ではいかないとはこの事だと痛感してしまった。

   現況のアンチ・ウイルスソフトではほとんど対応出来ていないので皆さんもご用心

   下さい。』

②のサイトには以下のように書いてある。

   『この頃ネット上では、スパイ ウエアーが横行しています。

   確かGoogle で日本語に対応した海外のポータルサイトで、ウインドウをシャットダウン

   しても、幾らでも POP UP が出現し、ブラウザクラッシュ・・ ログオフを余儀なくされた

   ページが有りました!恐ろしいページで、スパイウエアーを検出・・!

   くれぐれも気を付けて下さい・・!

   スパイウエアーは、ウイルスより遥かに悪さをします』

スパイウエアの多くは、ソフトウエアのダウンロード時に侵入してくる。

以下は、ニフティのセキュリティ24の説明からの引用である。

  ※スパイウェアがインストールされてしまう原因はいくつかありますが、ソフトウエアに

   含まれ、そのソフトウエア本体とともにインストールされる場合が多いようです。

   この場合、スパイウェアがソフトウエアと一緒にインストールされることが使用許諾

   契約書に記載されていることがあります。

   しかし、ソフトウエアのインストールの際には、ほとんどのユーザーが使用許諾契約書

   を読まずにまたは理解せずに同意してしまいます。

   そのため、ユーザーがスパイウェアのインストールに気づくことが少ないのです。

我が家は「ノートンアンチウイルス 2005 」と「セキュリティ24」を入れているので大丈夫かと

思っていたが、Spybotというソフトを入れるか、「ノートンアンチウイルス」を2006にアップ

グレードしなければならないかと思いはじめた。

嫌な世の中になってきた。困ったものだ。

2006年1月13日 (金)

久しぶりに

21日に大阪 高槻市の商工会議所を借りて行う「シニアITアドバイザ関西交流会」の

事前打ち合わせを行なうため、9ヶ月ぶりに元勤めていた会社に行ってきた。

我が家から会社まで電車で1時間20分。

往復3時間近くかけて、30年近くよく通ったものだと、あらためて思った。

所属していた部署はフロアを移っていたが、メンバーの大半は、辞めた時にいた

連中だった。

ちょこちょこメールが届き、部署の様子は大体わかっていた。

会社の状況、結婚・退職・転職・異動等、部員の近況をいろいろ話してくれた。

退職し1年半経った。

厳しさを卒業し、気ままに過している我が身のありがたさを、あらためて感じながら

話を聞いた。

2006年1月12日 (木)

大変うれしい話

今朝テニスコートでうれしい話を聞いた。

テニスの仲間で、ガン治療中のKさんのことだ。

Kさんは、月・木曜日集っている定年退職テニス仲間の中では一番うまく、いろいろ

アドバイスを受けることも珍しくなかった。

威勢がよく、何といってもネアカで、誰もが好きになる人である。

そのKさんのすい臓ガンが判明したのは10月だった。

疲れやすく体調が良くないということで9月の中ころ検査入院し、いろいろ調べた結果

すい臓ガンであることがわかった。

判明したのが10月1日、ちょうど私が初めてKさんを病院に見舞った日だった。

帰宅し、ネットですい臓ガンを調べたら、発見が難しく、処置も難しく、他のガンと比べ

症例も少ないことがわかった。

Kさんにメールし、「セカンドオピニオンを求め、すい臓ガンの経験豊富な他の病院でも

診てもらってはどうなのでしょうか」とお伝えした。

その後、大変気になりながらも、連絡することを憚った。

経過がどうしても気になり、11月中ころ、奥さんにメールで様子をお聞きした。

メールに対し、千葉の病院に入院中のKさんから直接お電話をいただき、びっくりすると

ともに、大変うれしかった。

「いま受けている放射線治療が終わり、正月は家で過せそうである。治療の効果がどうで

あったかを調べるため、1月20日ころ再度入院し、次の処置が決まることになっている」

とのことだった。

その後も経過が気になりつつも、連絡することを躊躇した。

そのような中、今朝テニスの仲間から「Kさんへ動画・音声付の年賀状を送ったら、うまく

音声が出ないのだがとの電話が元旦にあった。お元気そうで、娘さんたちご家族が

来られていたようで、とても賑やかだった」と聞き、大変うれしかった。

20日から予定通り再検査のため、千葉の病院に入院されるそうである。

今夜、久しぶりにKさんにメールを送り、ご無沙汰してしまったお詫びと、「すばらしい

お正月で良かったですね。復調され、コートでお会いできる日を楽しみに待っています」と

書いた。

2006年1月10日 (火)

2日続けてmixi

スミマセン、mixiつづきで。

マイミクシのひとり、ときーたん(息子と娘の共通の友だち)の日記は、とっても面白い。

読んで、ひとりで笑った。

そのうちのふたつを紹介する。

また、折をみて、ほかの面白いものも紹介したい。

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自転車を一度もこがずに大学から帰宅できるか、
知人が挑み続けている。実に男らしい。

私の考える“男らしさ”とは、
“アホなことについ挑みたくなる男の習性”のこと。
例えば「トンネルを無呼吸で走り抜けたくなる」、
「小便器内の芳香剤を尿で転がしたくなる」等々。

ところで便器内の芳香剤には、便器周りを清潔に保つ
目的もあるそうだ。あれ目がけて放尿したくなる
男性心理を利用し、尿こぼれを防ぐのである。
芳香剤の他にはハエやサッカーゴールのシールもあり、
清掃費の節約に多大な効果をあげているとか。
(『R25』より)

個人的には安上がりなシールより芳香剤を多用してほしい。
トイレは男らしさを保つための場でもあるのだから。

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行きつけのソバ屋が新装開店した。
平日の昼下がり、きれいになった店内に客は自分一人。
気持ちよくソバをすすっていると、突然灯りが消えた。
店員が慌てて調べるが、何しろ改装したてだから
勝手がわからない。
しまいに電器屋へ電話しようとするが、
電気が通ってないのだから、かけられるはずもない。

彼らのボケぶりを楽しみながら、悠然と食べ続ける私。
「お客さん、ホントすみません」
「いえいえ、ソバの味が変わるわけじゃありませんから」
我ながら格好いいことを言うと感心しつつ、
汁をグイッと飲み干した。
「ごちそうさま。早く原因がわかるといいッスね」
そう言って席を立ち、出口へと向かう。

しばらくして、動かぬ自動ドアの前にじっと立つ男が一人。
「お客さん、ホントすみません」
背後から、笑いをかみ殺す店員の声が聞こえた。

2006年1月 9日 (月)

ブログをはじめて4ヶ月

最近ブログのアクセス件数が増えて、うれしい。

特に3日、4日、5日は1日40件を超え、いろんな方にいろんなところで見ていただいて

いると思うと、書いていて励みになる。

40件を超えたのは、12月27日の「娘の友だちから」で書いたmixiを通じて新しく仲間に

なった方々のおかげだと思っている。

mixi(ミクシ)は、『友だちの友だちと友だちになろう』をキャッチフレーズに、最近急速に

伸びている簡易型ブログである。

ほとんど口コミで、1日に1万人近くが新しくmixiの会員になっているそうで、驚きである。

mixiには、マイミクシと呼ぶ仲間の輪がある。

ブログだから当然日記が書ける。

書いた日記は、マイミクシの仲間全員が読むことができ、日記を読んで、コメントが自由に

簡単に書ける。もちろん、コメントは全員が読める。

また、メンバーは自分のプロフィールが書け、同時に、プロフィールを書いた人を友だちの

立場で紹介することもできる。

あわせて、コミュニティをつくることもできる。

コミュニティでは、特定のテーマについてワイワイやりとりができる。

わたしはmixiをはじめて1ヶ月くらいであるが、マイミクシの仲間が15人になった。

そのうち半分くらいは、娘の友だちで、多くが子育て中のママである。

その中にまったく異質の定年退職者が入っているわけだが、疎外感を感じることもなく、

それなりにやりとりにのっているのでないかと思う。

mixiは子育て中のママの間では最高!

子育て疲れの癒し、発散になるし、困ったり、悩んだりをみんなに相談できるし。

また、子供のナイスショットをみんなに簡単に披露できる。

15人のうち、あとはパソコン教室関係の人が3人。その中のおひとりからmixiを紹介して

いただいた。

そのほか、2人の人は、最近mixiをはじめたとメールに書いたら、「実はわたしもmixiを

やっている」ということで、お互いのマイミクシ仲間になった。

ブログとともに、最近はmixiも毎日の愉しみになっている。

おまけに、そのブログもmixiもタダとは。。。

2006年1月 7日 (土)

またまた娘宅へ

年末に続き、また横浜の娘宅に来ている。

実は、カミサンはいぜん熱海で、ただいま別居中。

一昨日ひとりで横須賀に帰り、年賀状ほか整理し、やることが大体終わったので、娘に

電話したら、ダンナが出張とのことで、今日お昼からまたまた2泊3日で横浜へ。

たびたびお邪魔する罪滅ぼしのため、今夜はわたしが料理をつくることにした。

今朝起きてすぐ、「よし、今回は2回の夕食は自分でつくろう」と思いつき、来る前、

横須賀で2日分の食材の買出しをした。

夕食をつくろうと思ったのは、最近娘宅を訪ねるたびに、「お父さんは来て、実咲(孫娘)と

遊んで、パソコンやって、昼寝して帰るだけ」と、小言を言われてきたためである。

「よし、わかった。最近覚えたメニューと教わったメニューをつくって、失地回復してやろう」

と、決心。

今夜つくったメニューは、ryouri

 ・具いっぱいのケンチン汁                

 ・ほうれんそうのソテー バルサミコ酢かけ

 ・メンタイコとキュウリのサラダ

つくる前に、「バルサミコ酢ある?」と娘に聞いたら、

娘はビックリ! 「えー、どうしてバルサミコ酢なんか知ってるの」

いやー、これにはちょっとしたヒミツがあるんだよ。

3品とも初めてつくったものなのに、自分でも驚くくらい上出来。

ただ、ケンチン汁は買った材料が多すぎてつくり過ぎた。大きななべ2つになった。

材料の量と出来上がりの量の感じがつかめていない。まだまだ修行が必要だ。

「明日は、朝も昼もケンチン汁。実咲もおいしいケンチン汁が食べれるよ」で、おさめる。

なにかと厳しい娘からもハナマルがもらえた。

明日夜は、買ってきている「金目ダイの煮付け」と「アサリの味噌汁」にするつもり。

年明けいろいろあって、元旦から今日7日まで毎日ブログの書き込みをした。

1月のカレンダーの1行目がバッチリ埋まった。

やったぜー!

2006年1月 6日 (金)

いまころ出す年賀状は。。。

昨夜帰ってきて、今日からは横須賀。

9日間留守にしていたため、いろんなことがタマっていた。

年賀状の整理が夜になってしまった。

こちらから出さなかったのに、先方からいただいた人を拾い出し、出すと決めた人が10人。

10人分を書き上げ、もう来ないだろうから、今年の年賀状はこれで終わり。

あとはパソコンの住所録の更新をするだけ。

出すと決めたと書いたが、出さないと決めた人(=もう来年からは年賀状のやりとりは

やめたいと思う人)も数人いる。

退職したのだから、会社の人はできるだけ少なくしていこうと去年も考えたが、これが

難しい。

『1年に1度のご挨拶だから、もうしばらくは続けるか』ということになってしまい、大半の

人が住所録にそのまま残る。

いただいた年賀状でうれしかったものが2枚あった。

いずれも勤めていた会社の関係である。

1枚はかつて15年以上上司(と言ってもどんどん偉くなられて)いまは、会長になられた方

から、今年は早々に返信をいただいた。

私が送った年賀状は、10月に家族で行った北海道旅行で孫娘を入れて、夫婦で撮った

写真を貼り、近況を添え書きしたものである。

会長となれば、届く年賀状のほとんどが、きっと紋切り型で、近況の添え書きなどほとんど

ないだろう。

そういう中で、孫がヨロヨロ歩き、夫婦が並んでベンチに座り、歩いている孫を見ている

ような写真の付いた年賀状には、ほのぼのとしたものを感じられたのかもしれない。

現役時代であれば、出すことがなかった年賀状である。

ここ数年、1月10日ころポロリと返信をいただいていたが、今年は妙に早くいただき、

定年退職した私に返信を送ってくださることに対し、あらためて感激した。

うれしかったもう1枚の年賀状は、ご夫婦の大きな写真が付いた年賀状である。

こちらは、勤めていた会社の副社長まで務められた方からだった。

我が家の写真は年賀状で使うことを意識し、あえて遠景を撮り、夫婦の顔があまり鮮明に

見えないように工夫した。

いただいた年賀状は写真がハガキの半分くらいを占め、元副社長はすばらしい笑顔で、

当時恐かったイメージはまったくない。

とってもいい写真である。さすが、書かれている文章もすばらしい。

そうなんだ、もう現役じゃないんだから、いろいろ気にすることなく、来年はこの元副社長の

ような年賀状にしようかなあと思いながら、拝見した。

2006年1月 5日 (木)

またまたすごいシニア

その人はマンションの知り合いのHさん。

Hさんにお会いしたのは、5年ぶりくらい。

間もなく71歳になるそうだが、依然現役で活躍されている。

何度か電話で話す機会があったが、そのたびに『来年はリタイヤしようと思っている』と

聞いて、久しい。

著名な車のメーカの関係会社にお勤めで、海外に新たに工場を作る際、陣頭指揮を

取ることが、お仕事である。

用地確保からはじまり、現地法人の立ち上げ、工場設立、現地スタッフ採用、スタッフの

教育、生産開始・・・・

これまでに立ち上げられた工場は、タイ・ベトナム・中国・ブラジル、現在関わられている

国は、インドネシア・インドとのこと。

今は、月の半分はインドネシア・インドで、あと半分は日本で、毎日出勤されている

そうである。

『最近体力の衰えを感じるようになってきた。まる1日近くかかるブラジル出張では、

ニューヨークで飛行機を乗り継ぎ、サンパウロに着き、それからまた別の飛行機に乗り、

着いたら、最近はもうグッタリ』

当然ですよ、と返事した。

今回もまた、『いつまでお仕事は続けられるんですか?』と聞いた。

『来年3月には、今度こそ本当に辞めようと思っている。ただ、仕事が面白くて面白くて、

エキサイテイングで、ゼロからどんどん形にしてゆくことは最高』と、興奮しながら話され、

それぞれの国の面白い話を色々聞かせていただいた。

特に、インドがいかにスゴイ国か、日本人ではとても想像もできないことが、こんなことも、

あんなこともあると、大変興味深いエピソードをいっぱい聞いた。

『実は本当は辞める前に立ち上げたい国がある。それはロシア。大変興味がある国だが、

私はもうやれないだろう』と、残念そうに話されていた。

すごいスーパシニアである。

今朝は、熱海は小雪が舞っている。

年末に出て、横浜の娘宅に泊まり、熱海に移り、今日で9日間家を空けている。

年賀状も見ていないし、留守電・郵便物等、いろいろ気になることがある。

今夜は横須賀へ帰るつもり。

2006年1月 4日 (水)

今日からはじまり

今日から仕事はじめ。

と言っても、定年退職者には無縁の話。とは言え、やはり気になる。

年末年始の日巡りがよくなく、今年は休みが短く、帰省した人たちはあわただしい往復で

大変だったことだろう。

自分の現役時代を考えてみると、正月明けは休みが取りにくかった。

休暇を取ったあと出勤し、「あけましておめでとうございます」を言うのは、どうも気まず

かった。そのため、帰省しても初出の日に合わせ帰宅し、出勤したものだ。

かつては、初出日は着物姿の女性が多く、新年という感じがした。

仕事もお昼まで。午後は麻雀、これが初日のスタートだった。

そんな初出日は今は昔。今は先ずは、全員メール処理でスタートという初日であろう。

「あけましておめでとうございます」の挨拶と言えば、退職したら言う機会がなくなるという

ことに気がついた。

今年、三が日で、「あけましておめでとうございます」を言った人は、たった6人。

元旦の朝起きたときカミサンに言い、あとはマンションの知り合い5人に言っただけ。

考えてみると、新年の挨拶していたのは、ほとんど会社の人たちだったのだ。

今年の仕事はじめで思いつくのは、株価。

大発会の今日は、間違いなく大きく急騰することだろう。

暮れの30日の大納会で、日経平均株価は230円下げた。

この下げで、年末年始、機関投資家・個人投資家の”買いマグマ”は相当タマっている

はずである。

今日の大発会では、このマグマが一気に噴き出し、それにご祝儀相場が上乗せされ、

きっと今日は、間違いなく高値更新するものと予測する。

今日は朝一番で買いだと思うのだが。。。

2006年1月 3日 (火)

オオトラ退治

今夜マンションでハプニングがあった。

8時ころ、9階の宿泊客(居住者ではないよう)の女が、酒に酔って、館内のあちこちの

警報機を押し、全館に警報機を鳴らした上、あちこちで大声を出し騒ぎ、大変だった。

居住・宿泊している人たちは、この騒ぎに驚き、怖がり、ハプニングは1時間近く続いた。

警報機が鳴ったとき私は風呂に入っていて、何事が起きたのかと慌てて飛び出し、

管理人と話し、警察に電話した。

パトカーが来て、ギャアギャア騒ぐ40歳台と思われる女を警察が取り押さえ連行し、やっと

騒ぎは治まった。

管理人は警報機の事後処理に大変だった。

絶対許されない行為で、理事会に以下の2点を要望するため、投書箱に意見を入れた。

 ・この女を今後絶対に宿泊させないよう、部屋の所有者に強く警告すること。

 ・壊した警報機があれば、修理代を弁償させること。

やった行為を考えれば、この程度の制裁ではとても腹のムシが収まらないのだが。。。

箱根駅伝(復路)

昨日は小雨、5区の箱根は雪の中のレースで選手は大変だったが、今日は一転し好天。

箱根→小田原→平塚→戸塚→鶴見→大手町、テレビ中継に映るコースの中で、

「あっ、あそこだー」という場所があちこちある。

亜細亜大学が初優勝した。

亜細亜大の最後のランナー岡田は、終始まったく表情・走り方が変わることなく、最後は

うれしそうないい表情でゴールテープを切った。おめでとう!

2位になった山梨学院大学の最終ランナーも力があった。予選から勝ち上がっての

2位はスゴイ。

復路も8区でドラマがあった。

朝箱根の6区を1位で出発した順天堂大だったが、8区で3人に抜かれ4位に落ちた。

順天堂大の走者はキャプテンだった。

途中から足がスムースに運ばなくなりフラフラ、ゴール前は超スローペースになって

しまい、バタバタと抜かれた。

絶対にタスキをつないでゆかなければとの悲壮な姿、しかもキャプテン、辛かったこと

だろう。

順天堂大は8区の遅れを取り戻せず結局4位、5連覇を狙った駒澤大は10区で抜かれ

5位に終わった。

来年のシード権が取れる10位までと、11位以下とでは大変な差がある。

11位以下の学校は、来年は予選会から勝ち上がってゆかねばならない。

シード権争いも壮絶だった。

わずか10秒差で、11位の城西大はシード権が取れず。

神奈川県の学校ということで毎年応援している神奈川大学は、2年確保していた

シード権を失った。

2日間、12時間のドラマは終わった。

2006年1月 2日 (月)

箱根大学駅伝

正月2日、我が家の恒例になった箱根大学駅伝を観た。

2日の往路、3日の復路の中で、一番好きなのは、初日の往路5区の箱根山登り。

5区は今年から2キロ少々延び、アップダウンのある23キロとなり最も厳しい区間である。

今年の5区ではドラマがあった。

4区の小田原中継点を6位でスタートした順天堂大学の今井(去年同じ5区で区間新記録

達成)が、今年も力走し、5人抜いて順天堂大が往路を制した。

往復路の総合5連覇を狙う駒沢大学の村上は、小田原中継点を5位でスタートし、

3人抜いて、2位でゴールイン。

3位は中央大学、4位は小田原中継所でトップだった山梨学院大学。

5区、23キロの間で順位が大幅にかわったことになる。

1位の順天堂大から6位までの時間差が3分以内、加えて、順天堂大から2位の駒沢大の

時間差がわずか30秒。

明日の復路は、間違いなく、熾烈なたたかいになる。

とても楽しみだ。

駅伝には実業団・高校・女性と色々あるが、正月の箱根駅伝がダントツに面白い。

10人のランナーがひとりでも途中棄権したら、1年間大変なトレーニングを積んできた

全員の努力が無になる過酷さ、往復路総合10位までに入らないと、来年のシード権が

取れず、予選から勝ち抜かなければならない厳しさ等々、それぞれの選手に与えられた

責務とプレッシャーを思いながら、毎年観ている。

さて、そういう中で、明日の総合優勝は?

順天堂大が逃げ切れるか、駒沢大が5連覇を達成できるか、中央大・山梨学院大ほかが

復路で意地をみせるか?

新年早々おめでたいニュース

元旦の夜、かつて職場が一緒で、今は上海にいる女性のMさんから、うれしいメールが

届いた。

Mさんは5年前に入社し、2年半同じ職場にいた。

大変な頑張りやで、入社後も中国語をずっと勉強していて、3年前中国政府の留学生

試験に合格したのを機に退職。1年間上海の大学に留学し、卒業後は上海で日系企業に

就職した。

2年前、カミサンと上海へ旅行した折には、流暢な中国語であちこち案内してもらった。

そのMさんから、『実は、私、結婚することになりました』との、大変うれしい報せがあった。

お正月にピッタリのおめでたいニュースで、カミサンともども大喜び。

『相手は、直属の上司で、2年間ずっと仕事を通じて、お互い強い信頼関係と尊敬・尊重の

思いが築き上げられ、自然にそういう思いに発展しました。クリスマスイブにプロポーズ

されました』

すばらしい、いい話だ。

強い信頼関係と尊敬・尊重の思いを持って、結婚につながってゆくことは、理想的である。

Mさんは、まちがいなく、いい奥さんになることだろう。

おめでとう、Mさん!!

2006年1月 1日 (日)

2006年のはじまり

それぞれ新たな思いで新年をお迎えになったことでしょう。

我が家は、今年も夫婦だけで熱海で越年。kinomiya

朝はゆっくり起き、お雑煮で新年を祝い、午後、近所の  

来宮神社へお参り。本殿の裏にある鎮守の森と樹齢

2千年の楠木、我々は来宮さんと呼び、来宮神社は

今や我が家の氏神さま。

さすがお正月、境内で猿回しをやっていた。sarumawasi

従順なかわいいサルだった。

これも正月、見た人たちは、気前よく、祝儀をザルに入れていた。

お札も入っていて、縁起物とは言え、これは悪くない商売だ。

今年はカミサンの厄まわりがよくないということで、お祓いを

してもらった。                           

「これで今年は安泰」とホットするのだから単純なものだ。

あらためて男の大厄年齢を見たら、24歳・41歳・60歳oharai

なるほど、確かに節目の年だと納得。

そんなことで今年もはじまりました。

皆さまにとりまして、健やかなすばらしい1年になります

ように。

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