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2005年10月

2005年10月31日 (月)

久しぶりの畑仕事

市から借りている市民農園に久しぶりに行った。

3週間前、それまで植えていた野菜を片付け、葉物を植えるため石灰をまき、そのままの

状態だった。

ウネを作り直し、葉物の苗と種を植えた。

    hatake2

右の畝にワケギ、左にミズナとレタスの苗とタネを植えた。

周りの畑を見て、ちょっと遅すぎたかなと思った。

市民農園の借用期間は年末までである。

今回植えた葉物の採り入れが終わるころであろう。

我が家は海を埋め立てた場所のため、庭があまり肥沃でない。

そのため今年初めて農園を借りた。

土つくり、植付け、施肥、水やり、草取り、収穫、追肥、・・・、私には初めての経験だった。

家から車で20分くらい距離にあり、頻繁に水をやり、草取りをしなければならない夏は

結構大変だった。作業をしてみて、農家の方のご苦労もよくわかった。

しばらくサボっていたら、キュウリはぶとくなっていて、トマトは鳥に食べられ、ということが

何度もあった。

いい経験はしたものの、来年も継続して農園を借りるかどうかは決めかねている。

2005年10月30日 (日)

今朝の朝日新聞から

朝日新聞のbe on Sundayに興味ある記事が出ていた。

体形の目安には、”BMI”という指標がよく使われるそうである。

BMIは、体重(キロ)を身長(メートル)で2度割って出す。

日本肥満学会は、年齢や性別に関係なく、望ましいBMIを22としている。

身長170センチなら63.58キロ。

心臓病や高血圧といった病気に最もなりにくい値としている。

福岡大学で福岡県の40~69歳の男女1万3千人を対象に、BMIと死亡リスクの関係を

調べたそうである。結果、男性で病死などの危険が最も低かったのは、BMI24~26の群

だったとのこと。女性では22~24。 

新聞の解説では、

 ・病的な肥満は別として、歳を重ねるにつれて少しずつ太ってゆくのは、むしろ健康的

  といえるかもしれない。

 ・男性で昔やせていた人は、歳を取って少しくらい太ってもあまり気にすることはない。

 ・BMIが25までで、高血糖などの問題がなければ、まずはそれ以上太らないこと。

 ・BMIが20未満の男女の死亡リスクは、26以上の人たちよりも高い(との調査結果あり)

わたしも早速計算してみた。

身長165センチ、体重60キロ、BMIは22、肥満度だけは問題なしと納得した。 

BMIの計算はこの↓サイトで。

http://www.banyu.co.jp/health/life/pa-4/pa-4a.html

テストコートで

初めて携帯からブログへ書き込み。
うまくゆけば使えそう。051030_1129.jpg

2005年10月29日 (土)

ロビンからの贈り物

現役時代、海外関連事業に20年以上携わった。

最も関わったのは自らも駐在したことのあるオーストラリアだった。

今も家族ぐるみで付き合いのあるオーストラリア人の仲間が4~5人いる。

そのひとりのCraig Batyの奥さんのRobynから娘夫婦に、孫娘の1歳の誕生日祝いが

送られてきた。娘の住所がわからないということで、我が家に届いた。

ダンナのCraigは、大変な頑張りやで夜間大学に通いながらMBA(Master of Business 

Administration)資格を取った。その後、世界的に著名なITの調査会社である、ガートナー

グループに移り、数年前アジア・パシフィック地区のNo2のポジションで、日本に2年間

駐在した。

奥さんのRobynは、とても優しい心配りのできる女性で、一緒にいると和める人である。

孫娘の誕生日を覚えてくれていて、心温まる手紙を添えて、プレゼントを贈ってくれた。

            misaki_002

  misaki_003   misaki_006

娘が礼状を出すということで、届いたものをそのまま娘に郵送した。

2005年10月28日 (金)

教育入院ってご存知ですか?

現役時代は、会社が、年1回会社の病院で健康診断を受けることを義務付けていた。

退職したら、当然のことながら健康管理は自己責任でやらざるを得ない。

今年3月、初めて横須賀市が行っている市民検診を受診した。

ここ数年会社の検診で毎回指摘されていた血糖値が高いことを指摘されたことに加えて

尿糖が+反応していると言われ、病院で検診を受けるようアドバイスされた。

これは何とかしなければと思い、すぐ横須賀市立うわまち病院へ行き、検診を受けた。

「血糖値判断のキィとなるヘモグロビンA1Cが少々高い。糖尿病予備軍で、経過観察要」

との、N医師の診断であった。

N医師から「定期的に検査しましょう。軽い糖尿病予防の薬をしばらく飲んでください」と

言われ、以来数ヶ月に1度のペースで検査を受けている。

今日は検査日だった。

血糖値、ヘモグロビンA1C、尿糖ほか検査を受け、特に心配な数値はないと言われた。

N医師は「教育入院というシステムがあります。糖尿病の検査ということで、3日間入院し

他の成人病検査が受けられます。教育入院は保険がききますので、30%負担で大丈夫

です。もし希望されるのであれば準備します」と言われた。

即、「よろしくお願いします」と返事し、来月の15日~17日の3日間入院することに

なった。

平日、曜日を気にすることなく、すぐ入院できる、これも定年退職者の特権である。

心電図、レントゲン等はもちろんのこと、頭部MRI、腹部CT等の検査と栄養指導が

受けられるそうである。

頭部MRI検査と聞き、最近カミサンが時々偏頭痛がすると言っていたため、N医師に

「女房も診ていただき教育入院することはできますか」と聞いたら、即座に「いいですよ」

との返事で、15日にN医師の診断を受けることになった。

N医師は丁寧で親切で信頼できる先生である。

良い医師に出会えてよかったと思っている。

今後、夫婦の主治医になっていただけそうである。

教育入院というシステムは、テニスコートの仲間からも聞いたことがある。

興味がある方がいらっしゃれば、格安人間ドックということで、近所の病院にお聞きに

なってはどうだろうか。

2005年10月27日 (木)

特番!北海道の旅(その4)

「特番!北海道の旅」最終回のその4では、旅行中に遭遇した動物と、北海道ならではの

珍しいものを紹介。

hokkaido_101 摩周湖に行く途中見たキツネ。

人と車に慣れていて平気で近づいてくる。

このあと道を渡り、お座りをした。人間の

扱いを十分に心得ている。カミサンに止める

ように言われたが、可愛くてお菓子を

投げてやった。食べ物を与えることは、彼ら

の自活を阻害することになりそうである。

hokkaido_010 

釧路湿原の遊歩道で見かけたシマリス。

歩いていたらあちこちで、カサカサとリスの

動く音がする。

hokkaido_142 

クリックし画面を大きくしたら真ん中に

鹿が見えます。

鹿は珍しくないくらいあちこちで見かけた。

hokkaido_002 

釧路郊外の丹頂鶴自然公園。

公園で誕生し飼育された鶴だけでなく

湿地帯で生まれた鶴も飛来してきて、飼育

されているそうである。

hokkaido_161 最後に、北海道ならではの珍しいものを。

ほとんどの道路にこのような矢印のポール

が立っている。吹雪が吹けばまったく前が

見えなくなり、ドライバーに道路の端を示す

とともに、除雪車もこの矢印を目印に除雪

作業をするそうである。

hokkaido_112 これもあちこちで見かけた。

吹雪対策とのことで、横になっている金属

板を吹雪の際には縦にして吹雪避けに

するそうである。

2枚の写真いずれも車が見えない。

どちらも国道であるが、ほとんど車が

通っていなかった。 屈斜路湖で泊まった

ペンションの前を通った車を見たのは、

2日間で1台だけだった。   

これで、「特番!北海道の旅」は終わりです。

お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

                     

 

特番!北海道の旅(その3)

その3では大好きな滝、湖、湿原、それに露天風呂を紹介。

hokkaido_051 ウトロ近郊のオシンコシンの滝。

80メートルの断崖を豪快に流れ落ちる

知床半島最大の滝。

hokkaido_093 知床半島巡りの遊覧船から見たカムイ

ワッカの滝。

温泉の湧き水が流れ落ち滝になっていて、

大自然の恵みを受けた秘湯の滝。

※写真をクリックすれば拡大します

hokkaido_084 津別峠からのぞむ屈斜路湖。

屈斜路湖を見るのは、美幌峠の方が著名

あるが、美幌峠の倍の高さにある

津別峠方がはるかに眺めはすばらしい。

島の左側の湖上の白いものは雲の陰影。

hokkaido_104 摩周湖の神秘さには感動した。

他にも行きたいところがあった中、摩周湖

には2度行った。この写真を撮った前日の

夕方行ったときは寒くて、うっすら霧の

かかった、まさに霧の摩周湖だった。

寒い中30分近く見ていた。

hokkaido_023 夕方摩周湖に行く途中見た幻想的な光の

オブジェ。

hokkaido_131 知床五湖の三湖。

知床五湖には少々失望した。

40年前大学のとき、3週間くらいかけて

北海道全域を貧乏旅行したことがある。

そのとき最も印象深かったのが知床五湖

だった。

hokkaido_135 熊ざさをかき分け進んでゆくと、突然目の

前に湖が見え、まさに秘境の知床五湖で

あった。今回行ってみると大型バスが

たくさん止まっていて、団体観光客がぞろ

ぞろ大声で歩いていて、40年前と比べる

ことはナンセンスではあるが、持っていた

知床五湖のイメージが大きく崩れた。

hokkaido_018 

釧路湿原も楽しみにしていた場所だった。

展望する場所が数箇所ある。この写真は

釧路市湿原展望台からである。ここよりは

細岡展望台の方が良いとあとから聞いた。

もう少々高台から俯瞰できればよかった。

hokkaido_158 羅臼の熊の湯温泉露天風呂。

珍しく男女別々の露天風呂でカミサンも

楽しみにしていたが、女風呂は熱くて入れ

なかったと残念がっていた。たしかに湯は

熱かったが、何度も出たり入ったりしながら

堪能した。

                 

特番!北海道の旅(その2)

その2では、美味しかった料理と珍しい食べ物を紹介。

先ず、美味しかった料理。

道東中心の旅だったため、美味しい海の幸をあちこちでいただいた。

hokkaido_153 

知床ウトロの花ホテルの夕食。

毛ガニは写真で見るほど大きくは

なかった。

hokkaido_118 

ウトロの荒磯料理 熊の家で食べた

ウニラーメン。

ウニをもう少々奮発してもいいのでは。

hokkaido_182

釧路のフィッシャーマンズワーフで買って

電車で食べた弁当。

左がツブ貝弁当、下があぶりシャケ・イクラ

弁当。

どちらもいい味だった。

hokkaido_184 

hokkaido_241 

新得の釣り堀でニジマスを釣り、焼いて

もらい、頬張って食べた。

ホタテとニジマスのお刺身を一緒に

ふるまっていただき、大感激!

hokkaido_244 

つなぎを入れないで打った十勝名産の

十割ソバ

hokkaido_258 

体が不自由な人や社会や学校になじめ

ない人たちが集う「共働学舎新得農場」

で作られたチーズ。

hokkaido_196 

新得で食べたもうひとつの美味。

農場ペンション YORKSHIRE farmの

夕食でいただいたラムステーキ。

hokkaido_167 釧路で食べた炉ばた焼きも美味しかった。

釧路は炉ばた焼き発祥の地とのことで、

炉ばた焼きのお店はたくさんあった。

その中でベストの店とホテルで聞いた

「炉ばた」で食べた。予約なしで行き、

並ばなく入れたのはラッキーだったそうだ。

hokkaido_169 

炉ばたで焼いて下さったおばあさんの

雰囲気がとても良かった。

 

                                                      

2005年10月26日 (水)

特番!北海道の旅(その1)

カミサンと1週間道東を旅した。

先ず、19日に釧路へ入り屈斜路湖畔で1泊、20日に知床のウトロに移動し2泊、22日

釧路に戻り1泊、23日に帯広で道央を回ってきた娘夫婦と合流し、帯広で2泊し、昨夜

帰宅した。

結婚35年目、これまでで最長の6泊7日の旅だった。

天候に恵まれ、寒くもなく、紅葉まっさかりの中、きれいな景色を見、美味しいものを食べ、

最高の旅だった。

旅のトピックスを何回かに分けて写真とともに紹介する。

その1では、先ず、泊まった宿から。

初日に泊まった宿は、屈斜路湖近くのペンション。

出発前にyahooで、屈斜路湖&ペンションで検索し見つけた宿で、大変満足ゆく5つ星と

言えるペンションだった。

レークサイドリゾート ペンション チャトランhttp://www8.plala.or.jp/CTRNhp/ctrntop.html

先ず、お城のような造りにびっくり!

         hokkaido_054

                       ※ 写真はクリックすれば拡大します

シーズンオフだったため、宿泊客は我々だけ。

ゆっくり落ち着けて、オーナーとのおしゃべりも大いに盛り上がった。

オーナーの白石さんはパソコンに詳しく、女房も含め3人でわいわいパソコン談義をした。

オーナー曰く、「田舎はインターネットが電気・水道・ガス同様にライフライン。ここはまだ

ADSLサービスが提供されてないため、ISDNで細々とやらざるを得ない。過疎地こそ

ネットが必須であることを機会ある毎に訴え、働きかけている」

夜パソコンを借りて使ったが、インターネットのレスポンスは悪く、おまけにぶつぶつ

切れて、まさにオーナーの言われる通り、と実感した。

ウトロと釧路の宿はホテルだったためスキップし、帯広で泊まった宿を紹介する。

帯広(正確には帯広から電車で30分の新得)では、娘のダンナが取ってくれた牧場

ペンション、YORKSHIRE Farm http://www.york.co.jp/index.htmlに2泊した。

オーナーの竹田さんが1988年に開設した牧場付きのペンションで、広い牧場に300頭の

羊が飼われている。

          hokkaido_220 

初日の夜は、孫娘の1歳の誕生日であったため、女房があらかじめペンションにメールし

お願いしていたBirthday cakeで誕生日を祝った。

Birthday cakeのことは、娘夫婦にはヒミツにしていた。

そのため、彼らにはBig surpriseであった。

ペンションの皆さんは、ライトを消してケーキを運んでくださって、Happy birthday songを

一緒に歌っていただき、Surpriseにご協力してくださった。

主役の孫娘は寝起きで、ボーっとしていた。

            hokkaido_187

いただいたラムのステーキは大変美味だった。

翌日は放牧している羊のエサやりを見せていただいた。

近くの紅葉のすばらしい道や川沿いを散策したり、マス釣りを楽しんだり、牧場生活を

ちょっぴり経験した2日間だった。

特番!北海道の旅(その2)では、美味しかった料理と珍しい食べ物を紹介する。

                              

2005年10月18日 (火)

久しぶりの上海からのメール

かつて一緒の職場にいて、今は上海にいる女性から久しぶりにメールが届いた。

彼女は5年前に新卒で入社し、2年半同じ職場にいた。

大学在学中に1ヶ月、語学留学した中国の魅力が忘れられず、中国政府の留学生試験

に合格したのを機に退職し、1年間上海の大学に留学し、卒業後は上海で就職した。

ときどき様子を知らせるメールが届き、公私ともども充実した毎日を過ごしていることは

知っていた。

2年前、女房と上海へ旅行した折には、流暢な中国語であちこち案内してもらった。

その彼女から久しぶりに、「先日、日本の記者の方からインタビューを受け、動画も一緒に

掲載されました。恥かしいですが見てください」とのメールが届いた。

彼女から、ブログに書いてもいいとのOKをもらったので紹介します。

2番目のブロードバンド テレビステーションでは、マドンナ新人女性議員や世界銀行の

総裁のインタビュー記事と並んで彼女の記事が掲載されていて、女房ともども、大感激!

http://blogs.yahoo.co.jp/blognews2005/13946964.html
http://www.channelj.co.jp/Japanese/jump.cgi?id=833

在職中、同じ時期にもうひとり頑張りやのスゴイ女性がいた。

彼女も辞めて、万博協会に就職し、愛知万博のホームページとメーリングリスト

(いずれも日本語+5ヶ国語)を立ち上げ、1年近く維持管理していた。

8月に万博協会を辞め、スエーデンの世界的に有名な家具メーカのIKEAが日本に

進出するということで声がかかり、IKEAに就職し、IKEAの日本での事業立ち上げに

頑張っている。

「IKEAは頑張れば好きな国にいける可能性がある会社のようで、私はバンクーバーか

トロント、モントリオールのIKEAに行くことを目指しています」と、メールに書いてあった。

若い女性がグローバルに活躍していることは大変うれしい。

上海から一時帰国したとき、3人で食事しようと2人にメールした。

その時は、きっと面白い話がいっぱい聞けそうだ。

やったなー、ロッテ!

昨夜のパリーグプレーオフ最終戦はメチャメチャ興奮した。

ロッテがスゴイ試合でソフトバンクをやっつけ、31年ぶりの優勝。

まさに、ロッテ満願V!

プレーオフの第2ステージ第5戦、1年の最後の最後の試合、しかもその8回に

逆転、こんなドラマはめったにあるものじゃない。

それにしても、あの3戦目の信じられない屈辱的な逆転負け、あれもすごい

壮絶なドラマだった。

第4戦も負け、勢いは完全にソフトバンクに、それをはねのけたロッテはホントに

スゴイ!

球史に残るプレーオフの5ゲームだった。

勢いづいたロッテは、日本シリーズでも一気呵成に行ってしまいそうな気がする。

バレンタイン監督って、人を掌握するすごい力を持っていて、魅力あるすばらしい

リーダなんだろうなぁ。

今回のプレーオフで聞いたこともなかったロッテの選手をいろいろ知った。

みんな活きがいい。

これでロッテがいっぺんに好きになった。

2005年10月16日 (日)

雨で中止

今朝はテニスのチーム対抗戦だった。

そのため、昨夜遅く雨の中、熱海から帰ってきた。

予報では天気は回復するとのことだったが、朝起きたら、今にも降りそうな空模様。

今日は中止だなと思っていたら、「予定通りやるからすぐ来て」と電話がかかってくる。

やはり、1ゲーム終わったところで、予想通り雨が降りだす。

1時間くらいワイワイ言いながら待ったが、いっこうに止む気配なく、11時過ぎに中止が

決定。せっかく30人近く集まったのに、大変残念。

待っている間、「このテニスコートはいつごろスタートしたか」とか、今はメンバーでない

昔一緒にプレーした人たちの話で盛り上がる。

スタートしたのは24年前とのこと。私がメンバーになったのは数年後で、22年くらい前か。

「へー、そんなに昔なのか。そんなに長い間やっているんだ。それにしちゃ、うまくならない

なぁ」ということで話は落ち着く。

20年以上付き合っている仲間なんだと、あらためて思う。

みんな、しっかり、おじさん、おばさんになるのは当たり前だ。

あと10年くらいは一緒にやりたいなぁ。

中止になった試合は、来週日曜日再開と決まる。

残念ながら、来週日曜日は出られない。

今週水曜日から、娘夫婦と北海道に行くことになっている。

娘のダンナが勤続15年の休みが取れて、一緒に北海道に行かないかと誘ってくれた。

行き先は、我々は釧路→屈斜路・摩周湖→知床の道東、彼らは富良野・美瑛の道中。

23日に帯広で合流し、みんなで孫娘の1歳の誕生日を祝おうと、イキなはからいを

してくれる。

紅葉まっさかり、楽しみな旅になりそうだ。

2005年10月15日 (土)

山田太一のドラマ

2時からTBSでやっていた山田太一の「いくつかの夜」というドラマを観た。

テレビでドラマを観ることなんてほとんどないだが、新聞の評が面白そうだったので、

ついつい。

孤独な初老の男(緒形 拳)と、謎めいた美しい女性(鶴田 真由)の大人向けの「おとぎ話」

のようなスト-リだった。

公務員を退職し妻と死別した緒形は、二世帯住宅で暮らす息子夫婦と折り合いが悪い。

ある夜、ふと入った漫画喫茶で自殺をはかった鶴田を偶然抱きかかえる。

数日後、緒形の家を鶴田が訪ねる。

昼食をつくり、掃除し、尽くしてくれる鶴田に、緒形は恋心を抱く。

そして、ぎっくり腰の緒形をいたわり、添い寝までしてくれる・・・・

最後があまりにも現実的な結末で、山田太一なんだから、もうちょっと何とかって感じ

だった。

観た人の多く(特に男)が、もっと夢を見続けたかったのに、と思ったことだろう。

前から思っていたが、鶴田 真由ってホントに美人だ。

湯河原

昨日午後、湯河原へ行った。

湯河原町は人口3万人弱のこじんまりした町だが、温泉、山、海があり、四季折々に

楽しめる、好きな街である。

南北に長く、北は奥湯河原と呼ばれ、風情ある隠れ家的な温泉宿も多くある。

3年前、娘夫婦の結婚記念に、真鶴岬が眼下に見える山の上にある湯河原町営の

植樹園に桜の木を2本植えた。遠いため最近はあまり行ってないが、きっと桜の木は

大きく育っていることだろう。

「こごめの湯」という町営の温泉施設へ行った。

http://www.asahi-net.or.jp/~ue3t-cb/spa/kogomenoyu/kogomenoyu.htm

湯がさらさらしていて湯上り、肌がスベスベする感じがした。 atami_005

休憩部屋が3つあり、サラリーマン風の若い人が

風呂上り、パソコンで仕事をしていた。会社の机で

やるよりは、ずっと仕事がはかどったことだろう。

帰り道、食事し、家に帰って孫娘と戯れる。

あの子が最近興味を持っていることは、タオルかけで

遊ぶこと。

    atami_022    atami_024 

タオルかけは軽いため、ひっくり返しながらさんざん遊んでいたが、遊び疲れ、ぐっすり

寝てしまった。

       atami_001                           

娘と孫娘は今日横浜に帰ってしまう。

犬のチェリーもいないし、また寂しくなる。            

2005年10月14日 (金)

秋晴れに誘われて

孫娘を連れてカミサン、娘とわいわいドライブ。

先ず、少々遠景だが富士山がきれいに見えるスポットへ。 atami_028               

空はみごとに晴れ上がっていたが、霞がかかっていて、

期待した富士山はぼんやり。残念。

富士山がくっきり見えるベストシーズンは、やはり冬か。

富士山スポットの近くにある函南の酪農施設

オラッチェへ移動。atami_008

ヤギ、羊、ロバ、ブタなどがいて、孫娘は初めて対面する

動物たちにドギマギ。  

お昼になり、三島へ移動。

女房がテレビで観て、ぜひ一度行こうと言っていた

回転鮨へ行く。

これが並みの回転鮨でなく、さすがテレビに出るだけ

のことはある。

お目当てはランチ。

      atami_015         

沼津港であがったネタをつかい、20カンの違ったスシが、アサリ味噌汁付きで、なんと

990円!

ランチサービスと言いながら、12時から17時まで。うれしいねぇ!

平日だけとのことで、これも定年バンザイ。

鮨やの名前は「沼津魚がし鮨」。 行ったお店は「回転鮨 三島店」

http://www.uogashizushi.co.jp/

お腹がイッパイになって、柿田川の湧水公園へ行く。     atami_020

http://ndm.2.pro.tok2.com/tabi2001/misima/misima.htm

富士山の湧き水を公園のあちこちで見ることができる。

三島は街の中をきれいな川や疎水が流れていて、いい

雰囲気の街である。

あちこち歩き回り、全員ぐったり疲れ、夜入った温泉が

最高だった。

2005年10月11日 (火)

孫娘とファービー

カミサンと娘、それにまもなく1歳になる孫娘の4人で、3週間ぶりに熱海に来た。

6~7年前に流行った「ファービー」という、しゃべるぬいぐるみの人形を覚えてますか?

我が家のファービーは、娘がニューヨークに行ったときに買ってきたもので、ずっと

こちらに置いていた。

3年くらい放っておいたため、もう動かないかと思いながら電池を入れたらちゃんと動く。

ただ、アメリカ製なのでしゃべることばは英語。子供向けの簡単なことばしかしゃべらない

(応答しない)ものの、機械がしゃべることばなので少々わかりにくい。

短縮したことばを発したり、応答する。

例えば、No fun. Big sound. I love you. Me like you........

そのほか、くすぐったらゲラゲラ声を出したり、機嫌がいい時は歌らしきものを歌ったり。

なかなか楽しめる。

うまくアプローチすれば、いろいろ新しいことばをしゃべる。

孫娘が興味を持って見ていたが、どうしてよいかわからず。

           Farby       

           ※携帯のカメラが調子悪く、スミマセン       

夕方、マンションのプールで泳いだ。

クロールがうまく泳げるようになりたくて、3月に横須賀市のシニア向けスイミングスクール

に10回通った。

おかげで、休みながらではあるが、クロール200M泳げるようになり、息も以前のように

上がらなくなった。

今夜はぐっすり眠れそう。

2005年10月 9日 (日)

生命(いのち)のメッセージ展

昨日群馬に行った。

朝7時、知り合いのご夫婦に我が家に寄っていただき、一緒に車で高崎→伊勢崎→桐生

と群馬を駆け巡った1日だった。

道中、ご主人のお仕事の探偵事務所の関係のいろいろ興味ある話を聞いた。

もちろん、しゃべっていい範囲の話を聞いただけなので、もっとスゴイ話がいっぱいある

のだろう。

時々、朝ラジオのニッポン放送でやっている「人生相談」を聞くことがある。まあ、世の中

いろんな人がいて、いろんなことがあるんだなあと思いながら毎回聞く。

探偵事務所が関わる話と人生相談で話題になる話は似たところがあるなあと思いながら、

話を聞いた。

さて、群馬に行った用件は、10年近く夫婦でお付き合いしている桐生の方が主宰し

昨日から高崎で3日間開催されている催し、「生命(いのち)のメッセージ展」にお邪魔する

ことであった。

「生命のメッセージ展」は、交通事故、犯罪等により理不尽・不条理に命を絶たれた

人たちのかけがえのない大切な命の証をたどり、いのちの重さを訴えることを趣旨に、

全国各地で展示活動が行われている。

活動は2001年にはじまり、今回の前橋が30ヶ所目の開催である。

過去、国会議事堂や早稲田大学でも開催され、小泉首相も展示をご覧になった。

私もこれまでに何度か参加した。

亡くなった方へのご家族の想いを読み、写真を見て、毎回涙する。

「生命のメッセージ展」の活動は今後もずっと続けられることであろう。

一度ホームページをご覧になってはと思う。 http://www.inochi-message.com/

2005年10月 6日 (木)

講演会参加

9月14日の「NPO月例会へ参加」で書いた「NPO法人アクティブSITA」の代表の菊池さん

から連絡をいただき、菊池さんの講演会に参加した。 kikuchisan  

町田市の公民館事業のひとつ、「つくし野地域市民講座」

で、菊池さんが4年半前に定年退職された後、地域で

実践してこられたことをお話になった。

演題は、「IT活用で地域ネットワーク作りを目指す!」

「定年後の人生設計」、「生涯現役と地域社会への参加・

貢献」が、テーマの中心であったが、意外に女性の参加者が多く、和やかな雰囲気の

講演会であった。

つくし野は東急田園都市線の沿線で、東急が35年以上前に造った街である。

15年くらい前、テレビの人気番組だった「金曜日の妻」の舞台として使われた街だそうだ。

35年以上前に造られた街が、あの「キンツマ」で使われるとは、さすが東急。

たしかに、ゆったりした駅前の雰囲気、成熟した街並み、桜並木、すばらしいハイソな

感じの街である。

現役時代には地域の活動に縁のなかった菊池さんが、定年退職を機に一念発起し、

若者が中心のPCスクールに入学され、パソコンのスキルアップに奮戦。

同じ時期にたまたま新聞で見つけた「シニアITアドバイザ(SITA:サイタ)」試験に挑戦。

http://www.knowledgewing.com/oc/sita/sita_top.html) 

9ヶ月かけて、みごと全級に合格。

その後、地元町田でNPOアクティブSITA(http://www.active-sita.com/)を立ち上げられ、

IT指導者として、さまざまな活動に取り組まれている様子を、自らのホームページ

「定年元年」(http://home.catv.ne.jp/nn/kikuchi/index.htm)をスクリーンに映写されながら

お話しされた。

「IT指導者として地元の方々のお役に立ちたい」という菊池さんの思いが、着々と実践

されている様子が参加者に伝わり、50名を超える参加された方々に大いに参考に

なったと思う。

講演会終了後、「アクティブSITA」の定例会、懇親会に参加した。

定例会では、会の宿願であった事務所ができることになったとの、大変うれしいニュースが

報告された。

会員の7名の女性たちが、新たなワーキンググループ、Women-WGをつくることになった

との報告もあった。

「女性の女性による女性とアクティブSITAのためのワーキンググループ」をキャッチ

フレーズに活動してゆくとのこと、大変いいことである。今後の「アクティブSITA」の活動に

彩がそえられることになるであろう。

今回の定例会のメインテーマであった「アクティブSITAの今後のあり方」について、前回に

引き続き、アンケートに書かれた会員の意見・提案をもとに、活発な議論が行われた。

2005年10月 2日 (日)

愛犬チェリーを送る

朝、横浜から娘が孫娘を連れて来てくれる。

10時、葬送をお願いした方に来ていただき、送りの準備をはじめる。

昨日チェリーを入れた紙製の柩にお花と寄せ書きを入れる。

          cheri_102

我が家から車で30分くらいのところにある、逗子の火葬場へ行く。

この火葬場は一部ペットの火葬もやっている珍しい火葬場である。

待っている間、3人でチェリーのことをいろいろ話す。

火葬が終わり、骨上げし、お骨になったチェリーを連れて帰る。

これで、あの子は大変だった闘病から開放され、天国に召されて行った。

かすがいだったあの子がいなくなり、 これからは夫婦ふたりの生活がはじまる。

2005年10月 1日 (土)

お見舞い

午後、気になっていた知り合いのお見舞いに行った。

ガンマ-GTPの値が異常に高くなり、肝臓に問題があり検査入院したと聞いていた。

ところが今朝検査の結果がわかり、膵臓ガンの疑いのあることが判明したとのこと。

血管が集中している場所に腫瘍ができたそうで、手術が難しいとのこと。

膵臓ガンは、一般的に発見が難しく、治療も難しいガンであると聞いている。

『最近は、患者がセカンドオピニオンを求めることを医者は拒まない傾向にあるので、

難しい治療が必要なのであれば、膵臓ガンの経験豊富な医者のいる病院を探すことも

合わせて考えてはどうなのでしょうか』 

『先日観たテレビで福島孝徳という脳外科医の世界的権威が「病気は患者が動かないと

ダメだ。全国探せば名医は必ずいる」と言っていました』 と、話した。

私より2歳上、まだまだ若い。

1日も早い快癒を心より祈念します。

とうとう。。。

昨夜7時、16年間飼っていた老犬チェリーが、とうとう力尽きて逝ってしまった。

娘が心配し、孫娘を連れて昨日朝から来てくれていたので、3人で看取ることができた。

あの子との楽しかった思い出をいろいろ話し、3人でずっと涙した。

16年間一緒にいてくれて、あの子も我々も、とっても幸せだった。

あの子も精一杯頑張ったし、我々もしっかり面倒をみることができたので、思い残す

ことはない。最後は、「チェリ-、もう頑張らなくていいよ。いっぱい頑張ったんだから」と

何度も何度も声をかけた。    

16歳だから、人間で言えば90歳近いのか、天寿を全うしたと思いたい。

思い起こせば、最初にお尻の異常に気がついたのは、5月中頃だった。

4ヶ月半の闘病だった。

このところ毎日近所の獣医に点滴液を注射してもらうために通ったが、日に日に悪くなり、

食べなくなり、立てなくなり、飲めなくなり、最期は息絶え絶えになり、逝ってしまった。

練馬の親戚から「かわいいワンチャンがいるんだけど飼わない」と声がかかり、チェリーは

生まれて数ヶ月で我が家にきた。高校生だった娘が犬用のケージに入れて電車で連れて

帰ってきた。駅からは自転車の前カゴに乗って我が家に来た。写真が残っている。

前カゴに入る大きさだったんだ。

チェリーと命名したのも娘だった。臆病なやさしい、賢い犬だった。

チェリーとの思い出はいっぱいある。

犬が泊まれる宿を探して軽井沢に行ったこと。大好きだった防衛大学のグラウンドを走り

まわったこと。食べた肉の骨が上あごの裏に張り付き、真夜中に獣医に飛び込んだこと。

花火と雷を異常に怖がったこと。散歩中逃げ出し、夕食も食べないで探し回ったが

見つからず、真夜中に開けていた扉から飛び込むように帰ってきたこと・・・・・・

「ああだったなぁ」「こうだったなぁ」と、いろいろ思い出していたら涙が止まらない。

昨夜、獣医に報告と今後のことを相談するために電話した。

ペットの葬送を専門にやっている会社を紹介してもらい、昨夜早速来てもらった。

明日日曜日10時に葬送の人が来て、火葬場へ行き、葬送することになった。

チェリー、長い間、我々家族を癒してくれて、ホントにありがとう。

  healthpet1    cheri_008 

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