2022年12月24日 (土)

ここに来て、312日目

3月24日、横須賀の自宅から移ってきてお世話になっている
高齢者が多い、この東京の施設、カーサプラチナ。
昨日の日記に、311日目と書いている。
あらためて、そんなにいるんだと。

1階下のダイニングに行けば、朝昼夜食べられ、
食べたあとは親しい仲間の女性Sさんとトランプ占いをやり、
部屋の近くには、各種器具が置いてある運動のできる施設があり
指導者が来て週2回、ここで30分体を動かし、近くには
散歩コースがいくつもあり、体を動かすには事欠かない。
今年は間違いなく、ここで越年。

ここから娘宅までは車で20分くらい。
娘はときどき寄ってくれるが、孫娘たちに会いたい。
高3、中3なので、来春はふたりとも受験。
暇人には付き合えない、仕方ない(泣)

カミさん、ニコニコしながら、テレビを観ていて
年が明けても、しばらくは横須賀に帰ろうと言いそうにない。
新年は、ここでお雑煮をいただき、年始のお参りも今年はこちらで。

とは言え、年が明けたら横須賀に帰ってこよう。
お寺に行き墓参り、年賀状のチェック・・・
今年年初送った年賀状に「賀状のやりとりは今年を最後に」と書いたので

知り合い、仲間からは届いていないはず。

そのため、今年は親戚と極内輪に送るだけでいい。
数を数えて、明日散歩の途中、郵便局に寄って必要な枚数を買ってこよう。

来年4月、80歳。
人生さまざまなリストラしていこう。

2022年12月 3日 (土)

娘の来訪

アップするのを忘れていたブログ。

世話になっている施設へ、車で20分くらいのところに住む娘が

自作のケーキを持って寄ってくれた。

高齢者が多い東京のこの施設に来たのは3月24日。

夏、秋を過ごし、初冬、昨日の日記を見たら285日目と書いている。

先日は娘たち夫婦の20年目の結婚記念日。
陶磁器婚記念日と言うらしい。

娘夫婦は、それぞれの友だちの結婚式の受付けをやったのが出会い。
あれから20年。
来春、孫娘たちふたり、大学と高校受験。

娘に話そう。
前にも話したかなあ。
「合格したら5人で3年間住んでたシドニーに行こう。
住んでた家二軒を訪ね、あなたたちが通った幼稚園、学校に行こう。
ハーバークルージング、ブルーマウンテン、、、」

間違いなく、最後のシドニー行きになる。
楽しみ〜

 

 

2022年9月14日 (水)

昨日のこと

東京にある高齢者の多いこの施設、カーサプラチナに来て、今日で210日。
えー、もう、そんなにいるんだぁ。

3食いただけ、部屋のそれぞれのベッドで寝られ、
カミサン、しばらく横須賀に帰ろうと言いそうにない。
今もそばのベッドでスマフォをやってる。
きっとゲームやってるんだろう。

とはいえ、家がいろいろ気になる。
きっと庭のビワは鈴なり。
郵便物はここに転送してもらうよう郵便局に届けているが
ほとんど転送されてきてないのも気になる。
今週どこかで帰って諸々チェックし、家の換気をして、墓参りしてこよう。

今日は、いいや。
近くを歩こう。
上のコースか、下の海岸に行く道か、玄関を出たところで決めればいいや。

ここまで書いて、思い出した。
昨日娘が施設に来てくれ、一緒に散歩したとき教えてくれたこと。
「高3の姉孫が塾で特待生に選ばれ、2ヶ月塾が無料になる」

下の孫、中3、来春、ふたり、大学、高校受験。
話してる。
「うまくいったら、5人でシドニー行こうね。行ったら
ママが住んでたおうち2軒、通っていた幼稚園にも行こうね」

「ミイちゃんの結婚式、ジイジにスピーチさせて。
ミイちゃんが産まれた日のこと英語でみんなに話したい」

産まれたのを聞いたのは、定年した1カ月後、年金の話を聴くために行ってた

ハローワークの横須賀事務所。あのときの感激は一生忘れない」

英語でピーチできるかな、そもそも間に合うかな(笑)

さあ、そろそろカミさん起こして、下の食堂にお昼食べに行こう。

2022年9月 9日 (金)

シニアが多い東京のこの施設に来たのは、3月24日

春が終わり、夏が過ぎ、秋、もう205日いるんだ。

下の食堂に行き、3食いただき、部屋から20m先には運動のできる施設がある。

器具がいろいろあり、ほとんどの時間、誰も使ってなく、週2回リハビリと称する

運動ができる時間以外にも、体を動かしたくなったら、いつでも行ける。

体を動かしたいときは、施設の上にも下にも歩ける場所がたくさんあり、上に行けば

アップダウンの道、下に10分少々歩けば海岸もあるという好環境の立地。

食事のあとは仲良しの女性たちと一緒にわいわいトランプのカードゲームと占い。

占い ソリストは、会社から夜遅く帰ったあと、寝る前に毎晩のようにやっていた。

テレビ大好きなカミサンは、そばでご機嫌にテレビのクイズ番組を観ながら、

当たったら「わたしスゴイ!天才的!」と言いながら、騒いでいる。

まもなく9時。

「テレビの音落として」と言い、いつもより早いが9時半前には寝よう。

78と74の老夫婦、日々気ままに、ご機嫌に過ごせて、感謝、感謝。

おやすみなさい。

2022年9月 3日 (土)

英語との関わり

定年直後からだから、NHKラジオのビジネス英語を聴き始めてもう17年になる。

月~金曜日、朝だけでなく昼・夜も再放送してくれるので、できるだけ、毎回15分

1日3回聴くようにしている。

78歳、この歳になっても、英語は大好き!

月~金15分間放送されるNHKラジオのビジネス英語講座、ケータイのタイマーをセットし、

再放送2回含め、できる限り一日3回聴くようにしている。

2度落ちた英検準一級一次試験、今年も再度チャレンジするつもり。

英語に初めて接したのは、中学1年生のとき。

学校で習いはじめるとともに、母親が倉敷の実家の近くの林 和子先生の塾に入れたのが

英語に接し、興味を持ったきっかけだった。

弟も林塾に通わせ、お金のなかった我が家だったが、母親は男の子たちふたりの教育には

ことさら熱心だった。

「行かせて欲しい」と名乗り出て、74~77年、富士通オーストラリアへ出向させてもらった。

それをきっかけに定年退職するまで長い間海外事業に関わった。

来年春、孫娘たち、大学と高校受験。

ふたりに言っている。

「合格したら、ゼッタイ行こうね、オーストラリア!」

「シドニーに行って、住んでた家2軒、ママが通っていた幼稚園にも行こう!」

「ジイジは英語しゃべらない。あなたちふたりに任せる」

おそらく、最後のオーストラリア行き。

楽しみ~~

 

 

 

 

 

 

 

2022年8月29日 (月)

東京 中馬込にあるこの施設に来て

194日目と昨日の日記に書いている。

「半年以上、へー、もうそんなにいるんだ」

3食いただけ、自分のベッドで寝られ、部屋から20m離れた場所で週2回指導者が来て、

1時間以上器具を使った運動ができる。

この場所を使う人は少なく、その気になればいつでも運動できる。

施設の周りにはウオーキングできる場所もたくさんある。

カミさんは食事をつくる必要がなく、しばらく横須賀に帰ろうと言いそうにない。

娘家族は、車であれば30分圏内の場所に住むが、なかなか来ない。

孫娘たちに会いたいが、来春は高校、大学受験。

それどころじゃない。

「進級したら、5人でシドニー行こうね!」と何度も言っている。

食事は3食、1階のダイニング。

間もなくだ。

いつもやっていたトランプ占い、仲の良かった女性のSさんが子供さん宅に越したということで

会えなくなって寂しい。

毎朝、置いてある新聞数紙に目を通す。

食事をいただくとき「いただきます」を言ったあと毎回思い出すのは、子供のころ倉敷で聞いた

「お大師さんのお祭りができます」

おとなの自転車に乗れるようになり、旭町の家から倉敷駅まで10分少々の道を会社帰りの

オヤジを迎えに行く途中、浜田町の道端に座ったお乞食さんが恵みをもらうたびに、頭を下げて、

言っていたのが「お大師さんのお祭りができます」

駅まで行き、オヤジに自転車の後ろに乗せてもらい帰るのが、当時少なかった楽しみのひとつだった。

これで一日が終わり、寝るのは毎晩8時過ぎ。

宿題はほとんどなかったし、勉強は学校の教室でやるものだと思っていた。

戦後間もない、何もエキサイティングなことがなく、毎日変わらなかった日々を久しぶりに

思い出した。

なかなか最近はないが、郷里倉敷に帰ったら、当時住んでた旭町755の家を見て

思い出にひたりながら、近くをずっと歩こう。

通っていた幼稚園、小学校、毎日近所の子たちと遊んでいた、あの三つ角の道・・・

行く機会は、もう何度もない。

しっかり、感慨に耽ってこよう。

2022年8月23日 (火)

去年の8月13日に書いてアップしてなかったブログ

他にも下書きしたままアップしてないブログがいろいろ見つかった。

先ず、1年前に書いて下書きに残っていたこれから。

タイトル「ベッドの横に飾ってあるもの」

「ベッドの右には、かつて娘が弾いていたピアノが。

ピアノの上にものを置くことは良くないのは承知の上で、

軽いものをいろいろ置いている。

両親の写真、家族が集まったとき撮った写真、孫たちの写真・・・

父が亡くなったのは1998年、母が亡くなったのは2014年。

花房の家族・親戚、カミさんの家族・親戚、すべての人たちの没年月日は

忘れないよう、紙に書いてパソコン机の前のガラス戸に貼っている。

下の両親の写真、家族全員の写真が、いつ撮られたものかはわからない。

Img_4045

下のボクの絵、2002年10月25日との記載がある。

たしか、この絵、倉敷に帰省した折り、美観地区と呼ばれる大原美術館の前を流れる川沿いで

有料で絵を描いていた人がいて、頼んで描いてもらったもの。

ボクのことだから、高いお金は払ってなく、2千円くらいだったのでは。

20年近く前、さすがプロ、特徴をよくとらえている。

Img_4041

ピアノの上のその右に立てかけているのは、これ。

Img_4042-1_20210813180801

富士通を定年退職したのは2004年、61歳のとき。

最後にいた職場は、IT教育を主業務とする富士通の子会社、富士通ラーニングメディア。

退職する前、辞めたあと会社に何かを残して終わりたいとの強い思いがあった。

社長に「やらせて欲しい」と言い、お金は極力使わないことを条件に

「シニアITアドバイザ(SITA)」という試験制度をはじめた。

覚えている、社長が「君、間もなく定年退職するけど、試験を受けると思う?

年寄りがチャレンジすると思わないよ」と言われる中「お金は極力使わないことを条件に、

退職したあとボクも必ず受けます。SITAの名前を知ってもらうため、新聞、雑誌に売り込み

記事に書いてもらいます」で社長を納得させ、はじめたSITA。

先ず、世の中の人たちに知ってもらわなければならない。

新聞社、雑誌社を回り、熱く思いを語った。

「シニアが受けて資格をとり、全国の各地で初心者の指導にあたる」

この語り口には結構乗ってくるメディアが多かった。

特に覚えているのは朝日新聞が結構大きく取り上げてくれ、この反応には驚いた。

頻繁に電話が鳴るため、お昼は弁当を頼み、ひとりでかかってくる電話に対応した。

反響は3日以上続いた。

受験対策講座も作った。これはIT教育が最後の職場の主担務だったため、お手の物。

かかってきた電話には対策講座の受講もPRした。

新聞社、雑誌社以外、説明、PRに回ったのは官庁。

中でも、当時はまだ通産省、文部省と言われていた中央官庁、東京の区役所、近隣の

市役所、金のかからないPRを足を使って丹念にやった。

SITAの試験は、1級、2級、3級とクラスが3つある。

自らも当然受験しなければと思い、もちろん受けた。

1級はペーパテスト以外に、与えられたテーマを要領よくまとめて説明する課題がある。

テーマはたしか3つあり、そのうちどれが出るかわからない。

そのうちのひとつが「ごみ箱」だったのを覚えている。

家でカミさんに説明を聞いてもらったが「言ってることがよくわからない」と

言われたのを思い出す。

苦労したものの、1級のペーパーテスト、そのあと受けた課題発表、

定年退職した前年に何とか合格した。

冒頭の認定証書はそのとき、もらったもの。

退職した17年前、1級・2級・3級の延べ受験者数は3千人を超えていた。

その後、どの程度情熱を持って後輩がビジネスを進めてくれたのかはわからないし

今でもSITA試験があるのかどうかもわからない。

資格を取ったあと、いろんなことがあった。

2022年8月19日 (金)

両親の写真

大正2年生まれの親父 花房 豊が亡くなったのは、2008年8月。

亡くなって14年になるんだ。

生年月日は2月4日、ニニンガシと覚えていた。

ボクのベッドのとなりには、若いころカミさんが弾いていたピアノがある。

今ではピアノは鎮座していて、ときどき訪ねてくる娘や孫たちが弾くくらい。

ピアノの上には、タイトル「幸せは ここに」の家族アルバムが。

母 花房 清子 米寿記念アルバムということで、弟の奥さんが創ってくれた

大変良い記念、思い出が満載。

1ページ目は「阿知文庫」の前で。

「阿知文庫」は幼いころ、両親が倉敷でやっていた貸本屋。

阿知は近くにあった阿知神社から命名したもの。

ボクと1歳下の弟。母 清子もめちゃめちゃ若い。

倉敷の思い出、ブログに書こう。

2022年8月14日 (日)

久しぶりに

ほぼ4カ月前、4月24日「はるかはるか昔の思い出」という投稿をしたあと

ブログを書いてないことに気がついた。

その気になれば書けるネタいろいろあったのに、と思いながら、久しぶりにアップ。

直近では、いまお世話になっている高齢者が多いこの施設、カーサプラチナから

車で30分足らずの娘の家から、一昨日娘がひとりで来てくれたことから。

来たのは、一緒に中古の投資用ワンルームマンションの契約に行くため。

マンションの場所は門前仲町の隅田川沿いの8階。

購入目的は、人に貸し、月々の収入を得、高くなったら売却、という、かつて

ボクが京浜急行線沿線の大森海岸に持っていたワンルームマンションと同じ。

ここは2戸を10年以上持っていて、好条件で売却した。

一時期、横須賀から東京への通勤が大変ということで、しばらく娘が住んでいた。

マンションの管理組合の理事長を数年間やり、これも面白かった。

一連の経緯を知っている娘から「どう、観に行かない」と誘いがあった。

部屋を観たかったが、入居者がいると言うことで観ることはできなかった。

8階から眼下に墨田川が臨める部屋なので、中を観なくても問題ない。

入居者がいるということは、当面家賃収入はあるし、眺望のいいあの部屋だと

入居者が退去したあとも大丈夫だと確信し、翌日契約した。

先々ここは、ふたりいる孫娘たちのどちらかが嫁に行くとき名義を変更し渡し

もうひとつ同じようなワンルームを購入し譲渡し、若い世帯の収入になればとの思い。

娘が良さそうな物件を見つけたら、また一緒に観に行くつもり。

大森海岸のマンションを知ったきっかけは、当時勤めていた富士通の管理職住所録が

外部に流れ、それを見て知った営業マンからの電話であった。

時は流れ、一本の電話から縁のできたワンルームマンション、縁は孫につながっていく。

2022年4月24日 (日)

はるかはるか昔の思い出

今朝のトップニュース

「北海道・知床半島沖で遊覧船が浸水した事故、船は知床岬灯台の南西約14キロの

海上で浸水。船や乗客の発見には至っていない」

この場所には思い出がある。
大学2年生のときだから、もう60年近く前のこと。
当時、姫路にあった大学の寮にいた。
1年半だったが、この寮生活にはたくさんの思い出がある。
別の機会にブログに書きたい。
昨夜なにを食べたか思い出せない昨今、人間の頭って、不思議。

話を、知床半島沖で遊覧船が浸水した事故に戻して。
2年生の夏休み、倉敷に帰省する前、行きたいと思っていた北海道行きを決行。
金はない、大胆にも独りでヒッチハイクで行くことを決めた。

覚えている。
スタートは姫路の国道2号線までバスで行きヒッチハイク。
最初に乗せてもらった車はトラックだった。
途中で何度か降りては乗せてもらい、大阪からは和歌山方面に行く車に
乗せてもらった。
で、最初の夜、野宿したのは、忘れもしない和歌山市駅の駅のベンチ。

その後も、ゼッタイ汽車には乗らないと、北海道までヒッチハイクで行くとの
強い信念のもと旅を続けた。

あちこちの駅のベンチで寝て、なんとか北海道までたどり着き、北海道で
最初に泊めてもらったのは函館の大学の寮だった。

若いからできた気ままな旅。
お金を持たないまま、金がなくなったら車に乗せてもらい帰ればいいや、

親に言ったら間違いなく「やめろ」と言われると、何とかなるとの思いでやった、

今から思えば大胆極まりないひとり旅だった。

今朝のニュースで観た知床岬、60年経った今も色んな場面が頭に浮かんでくる。
行ってよかったと改めて思った。

2022年3月20日 (日)

近くを散歩

歩かない日はないくらい、雨が降らない日は、午後近くを散歩する。

定年退職者の金のかからない趣味。

一昨日も午後歩いた。

出ると、斜め前の家の奥さんのケビンが声をかけてきた。

しばらくおしゃべり。

近くの信号を渡り、裏の海岸遊歩道からスタート。

海風公園まで歩く途中、海沿いにあるパチンコ屋へ寄る。

大学時代、はまったパチンコ、今はやっているのを見てもやる気にはならない。

その先、海釣り公園までまっすぐ。

あまり釣れていない。

その手前の公園の一角にあるテニスボールの打ちっぱなしのできる場所にもよく行っていた。

公園でしばらく休み、そうだ、カミさんから帰りに吉野家で牛丼弁当を買ってくるようにと

頼まれていたのを思い出し、ユーターン。

吉野家は最後でいい、その前にPCデポをのぞいてみようと。

特別買い物なし。

行ったら毎回、置いてある

 

2022年3月18日 (金)

昨日朝のこと

かかりつけ医のいまにしクリニックに毎日服用している薬がなくなったため行ってきた。
夫婦で、20年以上お世話になっている今西先生。
行く途中、春遠からずを感じさせる、近くの遊歩道で見た花たち。
残念ながら、写真、ディスク容量不足で取り込みできないため、アップできず。
PCデポに行ってこなければ!!
今西先生に前回診察を受けたとき、東京の娘宅の近くのケアホームに
夫婦で3カ月お世話になる旨伝えておいたため、先生は施設の近くの
在宅クリニックの先生に宛てた「診療情報提供書在中」と書かれた封書を
準備して下さっていて、ありがたく受け取った。
これで、ボクの症状、服用している薬ほかの情報があらたに受診するクリニックの
先生に伝わり、同じ処置、服用薬を継続して対応していただけそうで大変ありがたい。
施設では3カ月、久しぶりに夫婦同室。
きっと施設では新しい発見が色々あることだろう。
またブログに書きます。
何といってもうれしいのは、施設が娘の家の近くであること。
時どき、孫たちが寄ってくれることだろう。
楽しみ~

2022年3月17日 (木)

娘、来訪


昼前、東京から娘がひとりで来てくれ、3人で横須賀中央へ。
お昼は回転ずし。

孫たちの話がいっぱい聴けてハピー😄

孫たちふたり、来年は大学、高校受験の年
あらためて、「えー、もう、そんな!」

まさに光陰矢の如し

来年、ジイジ、80歳

さもありなん。

提案した。
進級したら、また、みんなでオーストラリアへ行こう😃!

特にいろいろ思い出深いアデレードは外せない。

ボクはしゃべらないで、英語はあの子たちふたりに任せよう。


強い希望「ふたりの結婚式に出たい!」

何度も孫たちに言っている。

姉孫には、あわせて言っている。

「ミーちゃんの結婚式ではお祝いのスピーチさせて。
英語でやりたい、産まれた日のことをみんなに話したい。
ユウちゃんに通訳してもらいたい」

忘れもしないあの子の誕生を聞いた日のこと。

場所は、カンボジャのプノンペンのホテル。
カミさんからの電話で。

カンボジャの事務所、通っていたプノンペンの現地の通産省の仲間みんなに
「産まれたよ~!初めての孫が!」

2004年のこと。

ときは流れ、あれから18年。

その孫が、間もなく大学生。
感慨ひとしお。

頑張って、まだまだ、この先を見届けないと!

2022年3月 2日 (水)

今朝のこと


水曜日の朝、紙ゴミの日だ。

9時半、遅れたかと思い、20m先のゴミ置き場を見に行った。

 

遅かった、ゴミ残ってない。

ダメだろうと思いながら、近くの2カ所を見に行ったが、残っていない。

仕方ない、1週間、玄関の隅に置いておこう。

 

カミさん、何曜日何ゴミか、たぶん知らない。

というか、我関せず。

 

「えっ、今日何曜日だっけ?」

「運動の日?」

 

カレンダー見ると、2日水曜日。

運動は、月・金。

今日はない。

 

水曜日か、12時25分からNHKラジオビジネス英語だ。

朝、9時15分は失念していたが、ケータイのタイマー鳴ったはず。
気が付かなかった。

 

大丈夫大丈夫、タイマーに気が付けば、23時20分にも同一放送が聴ける。

とても覚えられないので、再放送含め、水・木・金・土、朝・昼・夜の
放送時間を書いた紙を机の前のガラス戸に貼っているが、そもそも見ない。

 

そろそろ準備をはじめよう、6月ある英検準一級試験。

買っている対策テキスト使って、となりの息子の部屋にこもって準備しよう。

「三度目の正直!」今度こそゼッタイ受かる、一次試験!

孫たちが三級、四級受かって、追っかけてきている(笑)

「ジイジ、やったねぇ!」と言わせなければ。

2022年2月16日 (水)

娘来訪

昼前、東京に住む娘がひとりで久しぶりに来てくれた。

「買ってきたので一緒に食べよう。今日はお母さんのお誕生日なので奮発」

美味しかった、黒毛和牛すき焼重。

「来る前、お兄ちゃんのとこに寄ってきた」

きっとひとりでしんみりお兄ちゃんと話したかったのだろう。

食べながら話題は専ら高2、中2(両方とも合ってるかな)の孫娘たちのこと。

孫娘たちの話を聞きながら食べるすき焼き重、最高に楽しい時間だった。

プラス、来月半ばから夫婦で3カ月入居予定の娘宅近くのケアホームへ移る準備の話も。

ここに移れば、孫たちがちょこちょこ寄ってくれるだろう。楽しみ~

娘は少々前コロナにかかり、独り隔離のため熱海の我が家のマンションに3日間行って

いたそうで、その間に時間をかけて部屋を掃除してくれたとのこと。

きっと、きれいになってることだろう。

「ここに来る前お兄ちゃんところに寄ってきた」

「ケアホームに移る前やらなきゃダメなこと、まとめてメールする」

助かる~、いろいろ。

夕方散歩のあと息子の墓に寄り「朝、紀子が来てくれたよね」

墓には娘が持ってきてくれた立派なお花が入っていた。

息子は間違いなく、妹ひとりでの来訪を喜んだことだろう。

平素行き来は最近余りないものの、頼りになる存在、この上なくうれしい。

これからもよろしく、紀子。

«久しぶりに思い出した、はるか昔の話

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