2018年1月17日 (水)

阪神淡路大震災から23年

大震災の起きた年、1995年は我が家にとっても大変な年であった。

7月、当時23歳だった息子を事故で亡くした。

1月17日には未曾有の大惨事、阪神淡路大震災が起き、オウム真理教が凶悪極まりない 

事件を起こしたのも、この年の初めであった。

今朝の朝日新聞1面に「阪神大震災23年 迫る炎 妻よ”堪忍な”」という記事が出ていた。

震源地だった神戸は大学時代専門過程を過ごした地。

もう50数年前になるが、仲間3人と震災で甚大な被害を受けた地区に1軒家を借りて

下宿していた。

1軒隣に住んでいた大家さんの奥さんには大変世話になった。

震災から2年後、下宿していた仲間3人でお見舞いに伺った。  

大家さん宅の数軒先のアパートに住んでいた3人の神戸大学の学生たちが、震災で

亡くなった様子を訪ねたとき、奥さんから詳しく聞いた。

聞いたその様がまさに今朝読んだ新聞の「迫る炎 妻よ”堪忍な”」であった。

3年前の1月17日に書いたブログはこちら

2018年1月14日 (日)

センター試験に挑戦

大学入試センター試験の2日目、今日は雪や交通機関の大きなトラブルはなかったようで

無事終了してよかった。 

センター試験が終わっても、受験生は志望校での本試験が待っており、風邪を引いて

体調を崩さないよう、受験勉強の仕上げに向けて、悔いが残らない最後のステップに

なるよう願うばかり。 

ボクも朝刊を見て、昨日あった英語の試験問題にチャレンジした。

3年ぶりか。このところ新聞に出ている問題の字が小さいため読むだけで疲れ、途中で

イヤになり、やめていた。

今年はガンバって、最後までと思い、昼前にはじめた。

昨日の本番の試験時間は1時間20分。

小さい字を読みながらのハンディを背負い、18歳の大学生と同じ時間で出来るわけが

ないと割り切り、倍の時間を覚悟の上ではじめた。

途中12時のニュースをラジオで聴いたり、昼を食べたり、小さな新聞の字にイライラ

しながら進めた。

途中で時間はどうでもいいと思いはじめ、晴れ渡った冬の青空に誘われ、裏の海岸

遊歩道を歩きたいとの誘惑に負け、30分くらい中断。

帰ってきて再スタート。

結局、終わったのは2時半過ぎていた。

新聞に出ていた回答を見て答え合わせ。

結果、200点満点中、95点。

ネットで昨年の平均点をみてみると、118.14点。

平均点は取れないかと思っていたが、及ばなかった。

大学入試試験なので、やはり難しい。

去年7月にかろうじて合格した英検2級に比べても難しい。

18歳が受ける試験を74歳が挑戦しようとするのだから無理はない。

語彙力、イディオム、表現力、読解力、理解力、加えて当然スピードが要求され、幅広い

力が問われる。、

ただ、これだけ幅広い英語力があれば、社会に出て十分に通用する。

英語のセンター試験は筆記以外にヒアリング試験もある。

こちらは自宅ではできないが、ヒアリング試験の方が高い点が取れるのではと思ったが、

どうだろう。

あわせて思ったのは、センター試験は英語は試験科目のひとつ、数国理社も英語同様

ハードルは低くないはず。

55年前に自らが受けた入試も英数国理社(社会2科目)だった。

大学受験って、ホントに大変だとあらためて思った。

受験生はセンター試験の結果で本試験の願書の提出先を決めるそうだ。

まだまだ1ヶ月半以上、越えなければならないハードルが待ち受けている。

受験生の皆さん、ガンバって punch

2018年1月12日 (金)

人生のリストラ

年が改まり、良いきっかけなので、残されたこの先の人生のことをあれこれ考えた。

4月には、75歳になる。

自分のことのみでなく、カミサンのこと、娘家族のことを考え、この先、続けていくこと、

止めていくこと、切っていくことを峻別しようと思うに至った。

性格的にはこういうさばきは苦手ではない。

こうしようと決めれば、やったあと後悔することは少ないタイプ。

年明けにちょうど良いテーマが見つかった。

6年間、週に3回、毎回15分間聴いているNHKの実践ビジネス英語のテーマから

思いついた。

ストーリーの舞台は、ニューヨークの健康・美容関連ビジネスをグローバルに展開する

企業の一部門。

登場人物は30歳代から45歳前後の6人が、仕事のみならず、各々の生活、日々感じる

こと、人生感を自由に議論する。毎回楽しみに聴いている。

今月のテーマは、「高齢者に優しい環境」

ストーリは登場人物のひとりの女性が週末、高齢の父親の車のキーを取り上げるという

辛い経験からはじまった。

他の仲間からも同様の経験をしたことがあると語られ、どの親からも「キーを取り上げ

ないで欲しい車がなくては生活できない」と懇願があったとのこと。

この話を聴いたのをきっかけに、以前から考えていた運転免許証を自主返納することを

決めた。

78歳になる3年後と時期も決めた。それまで無事故無違反を続け、心おきなく免許証を

返納したい。

そのことを年4回やっている大学の寮の仲間の懇親会で、先日みんなに話した。

参加者5人全員から「3年後に免許証返納、出来るの?」

免許証をとったのは18歳のとき。ということは3年後でちょうど60年になる。

大学の合格が決まり、親父に頼み金を出してもらい、1年生の夏休みに当時岡山県に

ひとつしかなかった教習所に通わせてもらった。

免許証を返納するにあたり、3年後に向けて、生活様式を変え、リストラしていくことを

決めた。

カミサンに話したら「いいんじゃない」

ボクの運転に懐疑的だった娘夫婦は間違いなく大賛成するはず。

沖縄に居住しているため「何かあったらすぐ行けないので大変」と常々言っている。

3年後だから、車のない生活に着地するにはまだ時間がある。

車、それに便利に使っているミニバイクがなくなれば、明らかに不便にはなるが、

いたしかたない。

車がなくなり、諦めなければならないと思っているのは、車で20分かけて週2回行って

いるテニス。

35年以上通っているテニスクラブなので、一緒にプレーする気のおけない仲間は

たくさんいるし足腰にも格好の運動になっている。

ただ、辞めても自転車で20分くらいの場所にテニスの打ちっぱなしができる場所ある

ので、そこへ行けば、対戦はできないものの運動は続けられる。

3年後、車とバイクがなくなれば、あとは自転車かウオーキング。このどちらかで対応

できる。

我が家の周りには、幸いなことに日々の生活に必要なところは至近にある。

最寄駅までは徒歩10分、10分圏内にスーパー2つ、コンビニ3つ、夫婦のかかりつけ

クリニックまでは5分、郵便局・銀行は10分、墓までは歩いて20分、市役所分室10分、 

電車3駅かバスに15分乗れば横須賀の中心街・・・ 

ここに住んで40年。隣近所とも懇意で良好な関係。

運転免許証の自主返納の話を書いたが、これ以外にも3年後をメドにいろいろ生活の

リストラ、身辺整理を考えている。

2年後の年末には長い間年賀状をやりとりしてきたすべての人に葉書を出して年賀状を

辞めることを伝える。

続けている近くでの活動、ネット上、それに仲間との交流も徐々にトーンを下げていく。

「3年後以降、ムリすることなく、やりたいことだけやるという生活スタイルに一層注力

していきたい強く思った年初めであった。

2018年1月 6日 (土)

闘将、逝く

夕刊のトップニュースで星野仙一さんが亡くなったことを知った。

プロ野球に興味のない人でも、星野仙一さんの名前は知っている人は多いことだろう。

「打倒巨人」を貫き通し、監督として、その意地を通し、中日、阪神の監督の立場で

巨人を打ち負かし、両チームをセリーグ優勝に導いた。

巨人を相手に戦う姿は、まさに「闘将」だった。

アンチ巨人のボクとしては、痛快極りないゲームがいくつもあったはずだ。

星野仙一さんはボクの故郷倉敷の出身。倉敷の偉大な郷土の誇り。

母一人、子一人の家庭だったと聞いていた。

ドラフトで指名されると思っていた巨人から声がかからず、じくじたる思いで中日へ。

生来の反骨精神に加え、ドラフトの屈辱を機に、星野仙一さんのプロ野球での生き方が

決まった。

後年、楽天イーグルスの監督に転じ、震災の2年後楽天を日本一に導いた。

優勝インタビューで「被災地の東北を勇気づけたい」とのメッセージはとても感動的だった。

ベンチで扇風機を蹴っ飛ばす姿もよく話題になった。

とにかく、稀有な熱血漢だった。

個人的には、20年以上前、当時勤務が東京田町だったころ、よく通っていたクリニックが

あり、そこのクリニックの先生が星野さんと懇意で、先生から、何度も星野さんの話を

聞いたことがあった。

細かくは覚えてないが、通説通りの星野さんを彷彿させる話ばかりだった。

同郷のひとりとして「お疲れさまでした。安らかにお休みください」と心から申し上げたい。

2018年1月 3日 (水)

お正月2日、3日恒例(2)

今朝の箱根大学駅伝は復路、芦ノ湖から東京大手町まで。

終わってみれば、青山学院大が4連覇を達成。

かつては、駅伝で名が挙がることの少なかった青山学院、4連覇とはスゴイことだ good

6区で東洋大を逆転。7区で差を広げるとその後は独走で大手町のゴールへ飛び込んだ。

2日間ずっと応援していた神奈川大学は残念ながら13位。

10位までに入れば、来年のシード権が確保できたが、2分43秒足りず来年もまた秋にある

予戦会から勝ち上がらないと本戦には出られない。この時間差、2分43秒は天地の差。

観ていて毎年思うが、タスキがもし自分で途切れたら・・・という不安で、どの選手にも

走る前、言葉では到底言い表せない大変なプレッシャーがあるはず。

そのプレッシャーをはねのけるのは、練習を重ねた末の自信しかないのであろう。

その意味で、駅伝は体育会系の最たる競技であり、それが観る人を引き付ける。

シード権を獲得できるかどうか以外にも、箱根駅伝には厳しいルールが色々ある。

繰り上げルールもそのひとつ。

決められた時間内に走り終えないと、一斉スタート、繰り上げ出走となる。

復路のスタート6区は往路で首位と10分以上差がついた17位大東大以下5校は一斉

スタートとなった。

繰り上げスタートはもっと厳しい。

7区、8区、9区で適用されたと思うが、決められた時間内に走者が到着しないと、母校の 

タスキをつなぐことができず、大会側が用意したタスキで走ることになる。

もっと悲惨なのは一定時間を経過したら、走者が到着しなくても次走者を走らせる。

そのため前の走者が到着したときには本来タスキを渡す選手がゴール地点にいない。

運営時間を守るという趣旨で設けられたルールであろう。

選手にとっては屈辱的な掟である。

翌年のシード権が確保できるかどうかのルールも厳しい。

毎年応援している神奈川大学は今年も予選会から勝ち上がり臨んだ本戦であったが、

来年もまた予戦会から挑戦することになる。

予選会の勝ち上がりも厳しい。

40校くらいが予選会に参加するそうだ。

特に今年は強豪校の駒沢大、順天堂、中央大、山梨学院大などがシード権を取れなかった

ため、今年の後半にある予選会を勝ち抜くことは並大抵なことではない。

走り終え、疲れ切った選手のうち何人かが走ってきた走路に向かって一礼したのを見て

とても好感が持てた。

各大学は来年に向けて、打倒青山学院大、明日からまた厳しいトレーニングをはじめる 

ことだろう。

2018年1月 2日 (火)

お正月2日、3日恒例(1)

年我が家で夫婦の年の初めの恒例は箱根大学駅伝観戦。

ボクは今日の往路はすべて観て、カミサンはちょこちょこ。

両日とも、レースは8時にスタートし、終わるのは2時近く、5時間半以上。

毎年2日間で11時間観ていることになる。

テレビ観戦だけでなく、夫婦で二宮と小田原の沿道に応援に行ったこともある。

応援する大学は地元の神奈川大学。

今年の下馬評では神奈川大学は有力校のひとつに上がっていて、例年以上に応援に

力が入った。

11月の全日本大学駅伝を20年ぶりに制した神奈川大学は箱根駅伝でも、20年ぶりの

優勝候補目されている。

特に1区、2区の両選手には期待がかかった。

二枚看板が貯金を作り、3区からの8人の総合力に託すというレースプランであった。

レース中盤までは、かなり自分たちのペースでゲーム展開ができた。

1区、2区の選手起用は当たり、2区が終ったところで、東洋、青山学院、神奈川、

トップ東洋からの遅れはわずか37秒。

3区が終わったところで、東洋、青学、早稲田、神奈川と順位を落としたものの、トップとの

差は2分40秒。

4区の終了時、順位は東洋、青学、神奈川。トップとの差、2分39秒。

まだ射程距離。

ところが、通称箱根の山登り、往路最後の5区で、思わぬ差がついた。

順位を一気に15位まで落し、トップとの差、9分38秒で芦ノ湖のゴールテープを切った。

厚い選手層を準備し、鍛え上げることがいかに大変であるかをあらためて知った今日の

往路であった。

明朝トップでスタートする東洋大学との差は、9分38秒。

明日の復路での追い上げを期待し、1つでも上位の順位にくらいついていくことを期待。

2018年1月 1日 (月)

晴れ晴れの元旦

2018年がスタート。

朝、お雑煮で新年を祝い、届いた年賀状に目を通し、新しい年がはじまった。

数年前までは寒い中、元旦の早朝は初日の出を見に行き、清々しい気持ちになっていたが

このところさぼっている。

午後、遅い出だしで近所の諏訪神社に参拝へ。

神社は入場を制限をしていて、参拝の行列に圧倒され、諦めた。

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代わりに近くの信誠寺へ。

こちらは参拝者はまったくいない。

当たり前のことではあるが、新年の参拝は誰もが神社。

信誠寺は坂本龍馬に縁があるお寺で、墓所には龍馬の奥さんのお龍さんの墓がある。

信誠寺にお参りしたあと、久しぶりに行こうと思っていた、我が家から歩いて20分くらいの

高台にある通称 展望台に登った。

対岸が一望できる。

下は横浜、川崎方面。

かろうじて我が家も認識できた。

東京湾唯一の島、猿島が臨める。

年末、年始の休みで工場が操業を抑えているためか、特に川崎方面がよく見えた。

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下は房総方面。

煙突が見えるのは君津の工業地帯か。

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寒くない好天の元日。

雪に埋もれた中、新年を迎えられた方々が全国にはたくさんいらっしゃる。

たまたま住んでる場所がここなので、恵まれていると思いながら散策した午後だった。

2017年12月31日 (日)

娘家族と

毎年恒例となった年末年始の娘親子の沖縄からの帰省。 

28日、孫たちの希望で横浜みなとみらいにある「カップヌードル ミュージアム」に

娘とふたりの孫たちの4人で出かけた。 

孫たちもボクも全員、ミュージアムは何度も行ったことがある。 

待ち合わせ場所は地下鉄みなとみらい駅そばのミスタードーナツ。 

合流し、ミュージアムに行く途中、びっくりする出会いがあった。

何と、娘が大学卒業後就職した会社で当時部長だったTさんにばったり annoy

20数年ぶり。

娘が先に気付き、びっくりした声でTさん!と声をかけたら、Tさんも娘だと気がついた。

ふたりはフェイスブックの仲間で、顔を見てすぐわかるというのもフェイスブックのおかげ。

しばらくお互いに「信じられない!」の連発で立ち話。

そのあと、姉孫の誘導でまっすぐカップヌードル ミュージアムへ。

ミュージアムに入ったところでパチリ。

写真を見て、中1の姉孫の背の伸び方に少々驚く。

靴のサイズが25.5だと言っていた。まだまだ伸びそう。

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事前に娘がネットで子供たちふたりを予約していて、そのまま3階のチキンラーメン

ファクトリーへ。

すごい人。予約していなかったら入れなかった。

それにしても、カップヌードル ミュージアムはスゴイ。

日清食品の創業者で59年前に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を、

46年前に「カップヌードル」を作り出したインスタントラーメンの父と言われる

安藤百福さんの開発の歴史と業績を紹介したフロアを今回もちょっと見学。

来る前から楽しみにしていた孫たちは嬉々として行列に並び、娘とボクはガラス越しに見学。

先ず、作業手順の説明を聞いて、準備作業。

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作業はふたりで相談しながら

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終わって出てきて、第一声、「面白かったぁ」

出来あがったマイ チキンラーメンは

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クリスマスプレゼントを用意する時間がなかったため、カップヌードル ミュージアムのあと

ブラブラ歩いて「好きなものを買っていいよ」とそれぞれに3千円渡し、楽しいショッピング。

妹孫はディズニーショップで買いたいものが決まったが、お姉ちゃんは決まらず。

地下鉄に乗る前、スターバックスで飲み物を飲んで一服し、この日のみなとみらいツアーは

終わり。

2017年12月30日 (土)

遅ればせながら、クリスマス

24日から28日まで、ウイルスに感染しパソコンが使えなくなり、明日は大みそかという

こんなタイミングでピントが外れているが、クリスマスイブのことを。

20年くらい前、仕事で助けていただいたEさんのご家族からクリスマスのご案内を

いただいた。

Eさんは99年にお亡くなりになったが、以降も年賀状のやりとりを続けさせていただいて

いるご縁でクリスマスの案内が届いた。

ご家族が所属されている新宿の教会のクリスマスイブにある賛美礼拝への招待。

当日10時半、新大久保にある淀橋教会へ。

都心にこんな大きなと思わせる、すばらしい立派な教会。

ご家族の顔がわかるかどうか自信がないため教会の入り口で声をかけていただきたい旨

事前にメールでお願いしておいた。

入り口で奥様とお嬢さまに迎えていただき、教会の礼拝堂へ。

厳かな雰囲気の中、賛美礼拝ははじまった。

正面にはHoly Christmas

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クリスマス・メサイア讃美、牧師様のお話とプログラムは進んだ。

まさに聖なるクリスマス。

教会でのクリスマスは初めての経験のため、とても厳かな気分に浸れた。

終わったあと会場を移し、準備された軽食をいただいた。

そのあと、お嬢さまの案内で説明を受けながら、教会の中を観せていただいた。

お嬢さまから、ご家族のお話、お仕事のお話などいろいろお聞きした。

とてもすばらしい経験をしたとの思いで、教会をあとにした。

2017年12月17日 (日)

こんなものが出てきた

探し物をしていたら、孫娘たちが我が家にきたとき書いたものが色々出てきた。 

今年春、中学生になった姉孫、小4の妹孫が、休みに沖縄から帰ってきて、それぞれが

書いたもの。 

先ず、姉孫の作(9年前) 

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妹孫の作。 

もうやることはないが、来たら必ずお店屋さんごっこをやっていて、お客はいつもボクだった。 

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カミサンが書いたメモも一緒に出てきた。いくつか紹介。 

姉孫2~3歳ころ 

  ・「おノリは湿っけやすいよね」(ママと同じ口調で言い、全員大笑い)  

   場面は折り紙にのりを付けしているとき。海苔と間違えている。  

  ・私がトイレに入るとついてきて、じっと観察。トイレットペーパを三角に折ると  

   「そうかー、さんかくにおるのかー!」  

 妹孫2~4歳ころ  

  ・「怪獣みたいな猫だとこわい猫だよね」(2歳)  

  ・ホームセンターのエレベーターのボタンを押す役をしてくれて、屋上の駐車場に 

   出たとき手袋をぬいで・・・「手に汗をにぎるだね」  

   汗をかいていた。ことわざを子ども新聞で覚えたころ(4歳) 

ついでに、ボクの部屋のベッド脇の壁に貼っているものを。 

2年前、春休みに来たとき、ちょうどボクの誕生日で娘、孫たち、カミサン4人で寄せ書きを

してくれた。 

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5年前にイギリスに旅行したとき、見てすぐ気に入り、田舎の町で買ったもの。 

曰く、「リタイア...車輪はいぜん回っているが、ハムスターはスローダウン」 

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こんな合格証書も 

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2017年12月 7日 (木)

恒例の忘年会

この時期集まってワイワイやる元会社の仲間5人。 

全員、定年退職し10年以上。 

平素はまったく音信なし。 

12月になると幹事のSさんからメールが届き、毎年同じ横浜高島屋前に集まる。 

今年は残念ながら、Sさんは体調を崩し欠席のため5人。 

ボクがこの集まりに初めて参加したのは7~8年前。 

メンバーのひとりのUさんに電車の中でばったり会い、たしか秋だった、「毎年忘年会 

やってるんだけど来ない」と誘われたのがきっかけ。 

集まるのは平日昼。 

今年も6人それぞれ予定があって、やっと全員OKということで、昨日に決まった。 

前もって店を予約するわけでもなく、ぶらぶら歩いて適当な店に入る。 

この日は横浜駅西口前ビルにある韓国レストランへ。 

1年経っても全員変わりなし。 

それぞれがやってること、共通の仲間の消息、「あいつはこうだった、ああだった」 

健康の話、家族のこと、それぞれが勝手にしゃべって、ワイワイ盛り上がる。 

年末なので、今年もUさんが所属する神奈川フィルハーモニー管弦楽団のコンサートの

話題が出た。

今年もベートーヴェン「第九」を歌うとのこと。 

3時間近くとめどもなく話し、笑い、という感じは毎年同じ。 

食事のあとは、いつものパターン、マックでお茶。 

今年も株主のHさんの株主優待券でごちそうになった。 

2年前、マックではこんなことがあった。 

混んでいて、やっと見つけた席は6人座れないので、となりに座っていた女性ふたりに 

席をずらしてもらった。 

そのあと、このふたりの女性とワイワイ盛り上がった。 

そのとき、みんなで撮った写真。 

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これでまた、全員1年、音信不通、ご無沙汰状態になることだろう。

 

2017年12月 4日 (月)

東京湾要塞跡見学ツアー

横須賀市の広報で見つけ、先月の里山歩きツアーに続き、土曜日、史跡東京湾要塞跡の

見学ツアーに参加した。 

史跡に精通した市の職員の方とシニアボランティアの皆さんの説明を聞きながら、

好天の中ツアーを楽しんだ。 

三浦半島と房総半島が入口となり、東京湾に通じる浦賀水道は最も狭いところでは

1400m、ここを一日500隻以上の船が湾内外を出入りしている。 

戦時、浦賀水道は国土防衛の要所であることから、東京湾に要塞が建設された。 

日清、日露戦争が勃発したのは1900年前後。 

見学した千代ケ崎砲台が造られたのは同時代。 

当時、外敵の侵入手段は艦船であり、防御線は千葉の富津岬と横須賀の観音埼で

あったことから、東京湾の入口に位置する横須賀には、千代ケ崎砲台のほか3つの

砲台が建造された。 

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2グループに分かれ、砲台内を見学。 

煉瓦、壁の作りは120年前に造られたとは思えないくらいすばらしいもの。 

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部屋の中央には井戸。

当時もちろん電気は通っておらず、ランプの灯りを頼りに動いていた。 

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弾薬庫 

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弾薬庫を上から見たところ。 

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階段を昇り、弾薬庫の上部にある砲座へ。 

大砲を打つ砲座は湾に入ってくる敵の艦船から見えないよう、たこつぼ状の場所に置かれ、

ここから浦賀水道に入ってくる敵艦めがけて大砲を打った。

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敵艦の位置がまったく見えないため、指令塔から敵艦の位置は聴導管と呼ばれる

下のような管を通して音声で伝えられた。

標的に当たらず、再試行が繰り返され、当然弾の無駄打ちも多かったことだろう。 

ボタンひとつ押せば一撃で終わる今の戦いと比べれば、なんともまあ、と思いながら

説明を聴いた。 

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見学したのは第一砲台。 

となりでは第三砲台の発掘が進んでいた。 

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きっと面白いと思って参加した見学会であった。予想した以上に興味深い話が聴けて満足。 

終わったあと近くにある燈明堂と呼ばれる三浦半島八景を見に行った。 

江戸の終わりから明治のはじめ、浦賀水道を出入りする舟の安全を守った灯台を復元

したもの。 

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2017年12月 1日 (金)

冬に向けて

今日から師走。

早いこと、早いこと1年が。

冬仕度のため、庭の剪定をした。

夏、花を楽しませてくれた、さるすべりの樹を今年もざっくり切った。

来年はもっときれいに咲いてくれるよう肥料を入れてやろう。

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月桂樹(ローリエ)もばっさりと枝葉を切った。

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我が家はテラスハウスと呼ばれ、上の写真のように隣とくっついている造り。

土地を効率的に使っていて、1軒とばしで中庭がある。我が家は中庭のあるタイプ。

中庭の樹も剪定した。

下の木は結婚25周年記念に植えたざくろ。

カミサンから、「切り過ぎじゃないの」と文句が出た。

大丈夫、来年また必ず木が茂り、花をつけてくれる。 

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ザクロは今年初めて実をつけて、6月ころにはきれいな花をしばらく楽しませてくれた。

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実が7つ収穫できた。

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この家を購入したのは1978年。

3年間のオーストラリア駐在から帰国した翌年、35歳のとき。

もちろん、人生で初めて持った自分の家。

週末はこの家を自分仕様にしたいという気持ちで色々手をかけるのが楽しみだった。

そのひとつは中庭。

最近まったく手入れしていないが、中庭にはこんなものもある。

今ではまわりの植木にかくれてしまっているが、どうしても作りたかったのは、つくばい。

地中にホースをはわせ、蛇口から水を引いて、ししおどしという水が流れてきたときに

下に落ちてという感じで、イメージとしては下のようなもの。

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ただ、場所の制約、それに不器用でもあり、夢は中途半端に終わった。

今では、夢はこのありさま。

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2017年11月23日 (木)

映画「ザ・サークル」

この映画も観たいと思ったが、横須賀ではやってなく、横浜まで観に行った。

映画のキャッチは、

 「エマ・ワトソンとトム・ハンクス、2大スター共演で、SNSでつながる社会の

   光と闇を描いた作品」

 「SNS 1000万人とつながった先に・・・」

 「監視し合う社会 倫理問題に警鐘」

 「フェイスブックの”いいね!”の数や、ツイッターやインスタグラムの反応に

  一喜一憂している人は、きっとこの映画をみてゾッとするはず」 

ネット社会の功罪を取り上げた、まさに今風の話。

さすがアメリカ人の作った映画、日本人ではちょっと難しいかなと思った。

最後の落としどころは??と思いながら、途中ずっと観た。

期待は外さなかった。

作品紹介はこちら 

2017年11月21日 (火)

この時期恒例

このところいろいろ続いて、ブログの書き込みが追いついていない。  

先々週の日曜日、毎年11月中旬に行われる防衛大学校(防大)の開校記念祭を 

今年も観に行った。  

防大は我が家からはバイクで行けば10分足らずの距離。  

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会場では恒例の応援出演のフェリス女子大のフラメンコ。  

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学舎の一部が毎年解放され、中を見て回ることができる。 

今年も親や女友だちを招待している学生が多く目についた。  

下は女子学生8人部屋の自習室。  

防大の学生数は2千人。うち女子学生は約1割とのこと。  

全寮制で、学生は4年間学費、寮費無料で学び、生活できる。 

送りだす親にとってはうれしい。  

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毎年、開校祭のフィナーレは棒倒し。多くの来場者が棒倒しを楽しみにしている。  

隊は1から4分隊まであり1年生から4年生が4分隊に分かれ勉学、生活を共にしている。  

そのため各分隊の結束は強い。  

中庭で第4分隊が棒倒しに向けて決起していた。  

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模擬店はすべて学生たちの主催。  

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講堂で行われていた留学生ブースを観に行った。これも毎年の楽しみ。  

アジア各国からの留学生は約120人。最も多いのはフィリピンとベトナムとのこと。  

卒業後、自国に戻り、国防の要を担う任務に就くことだろう。  

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このあと、棒倒し会場である中央グラウンドへ移動。 

棒倒しに先立ち、第一、第二、第三、第四隊が各隊の旗の元に集結。 

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闘いに先立ち、整列。 

4色のシャツを着た学生たちは攻撃隊、白シャツの学生たちは旗を守る防衛隊。 

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闘いの火ぶたが切られた。 

先ず、第二分隊と第四分隊の対戦。 

旗の柱が30度以下に傾くか、旗を取られたら負け。 

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優勝は第一分隊。 

決勝戦は比較的あっけなく33秒で勝負がついた。 

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棒倒し、今年も楽しんだ。

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