2022年8月14日 (日)

久しぶりに

ほぼ4カ月前、4月24日「はるかはるか昔の思い出」という投稿をしたあと

ブログを書いてないことに気がついた。

その気になれば書けるネタいろいろあったのに、と思いながら、久しぶりにアップ。

直近では、いまお世話になっている高齢者が多いこの施設、カーサプラチナから

車で30分足らずの娘の家から、一昨日娘がひとりで来てくれたことから。

来たのは、一緒に中古の投資用ワンルームマンションの契約に行くため。

マンションの場所は門前仲町の隅田川沿いの8階。

購入目的は、人に貸し、月々の収入を得、高くなったら売却、という、かつて

ボクが京浜急行線沿線の大森海岸に持っていたワンルームマンションと同じ。

ここは2戸を10年以上持っていて、好条件で売却した。

一時期、横須賀から東京への通勤が大変ということで、しばらく娘が住んでいた。

マンションの管理組合の理事長を数年間やり、これも面白かった。

一連の経緯を知っている娘から「どう、観に行かない」と誘いがあった。

部屋を観たかったが、入居者がいると言うことで観ることはできなかった。

8階から眼下に墨田川が臨める部屋なので、中を観なくても問題ない。

入居者がいるということは、当面家賃収入はあるし、眺望のいいあの部屋だと

入居者が退去したあとも大丈夫だと確信し、翌日契約した。

先々ここは、ふたりいる孫娘たちのどちらかが嫁に行くとき名義を変更し渡し

もうひとつ同じようなワンルームを購入し譲渡し、若い世帯の収入になればとの思い。

娘が良さそうな物件を見つけたら、また一緒に観に行くつもり。

大森海岸のマンションを知ったきっかけは、当時勤めていた富士通の管理職住所録が

外部に流れ、それを見て知った営業マンからの電話であった。

時は流れ、一本の電話から縁のできたワンルームマンション、縁は孫につながっていく。

2022年4月24日 (日)

はるかはるか昔の思い出

今朝のトップニュース

「北海道・知床半島沖で遊覧船が浸水した事故、船は知床岬灯台の南西約14キロの

海上で浸水。船や乗客の発見には至っていない」

この場所には思い出がある。
大学2年生のときだから、もう60年近く前のこと。
当時、姫路にあった大学の寮にいた。
1年半だったが、この寮生活にはたくさんの思い出がある。
別の機会にブログに書きたい。
昨夜なにを食べたか思い出せない昨今、人間の頭って、不思議。

話を、知床半島沖で遊覧船が浸水した事故に戻して。
2年生の夏休み、倉敷に帰省する前、行きたいと思っていた北海道行きを決行。
金はない、大胆にも独りでヒッチハイクで行くことを決めた。

覚えている。
スタートは姫路の国道2号線までバスで行きヒッチハイク。
最初に乗せてもらった車はトラックだった。
途中で何度か降りては乗せてもらい、大阪からは和歌山方面に行く車に
乗せてもらった。
で、最初の夜、野宿したのは、忘れもしない和歌山市駅の駅のベンチ。

その後も、ゼッタイ汽車には乗らないと、北海道までヒッチハイクで行くとの
強い信念のもと旅を続けた。

あちこちの駅のベンチで寝て、なんとか北海道までたどり着き、北海道で
最初に泊めてもらったのは函館の大学の寮だった。

若いからできた気ままな旅。
お金を持たないまま、金がなくなったら車に乗せてもらい帰ればいいや、

親に言ったら間違いなく「やめろ」と言われると、何とかなるとの思いでやった、

今から思えば大胆極まりないひとり旅だった。

今朝のニュースで観た知床岬、60年経った今も色んな場面が頭に浮かんでくる。
行ってよかったと改めて思った。

2022年3月20日 (日)

近くを散歩

歩かない日はないくらい、雨が降らない日は、午後近くを散歩する。

定年退職者の金のかからない趣味。

一昨日も午後歩いた。

出ると、斜め前の家の奥さんのケビンが声をかけてきた。

しばらくおしゃべり。

近くの信号を渡り、裏の海岸遊歩道からスタート。

海風公園まで歩く途中、海沿いにあるパチンコ屋へ寄る。

大学時代、はまったパチンコ、今はやっているのを見てもやる気にはならない。

その先、海釣り公園までまっすぐ。

あまり釣れていない。

その手前の公園の一角にあるテニスボールの打ちっぱなしのできる場所にもよく行っていた。

公園でしばらく休み、そうだ、カミさんから帰りに吉野家で牛丼弁当を買ってくるようにと

頼まれていたのを思い出し、ユーターン。

吉野家は最後でいい、その前にPCデポをのぞいてみようと。

特別買い物なし。

行ったら毎回、置いてある

 

2022年3月18日 (金)

昨日朝のこと

かかりつけ医のいまにしクリニックに毎日服用している薬がなくなったため行ってきた。
夫婦で、20年以上お世話になっている今西先生。
行く途中、春遠からずを感じさせる、近くの遊歩道で見た花たち。
残念ながら、写真、ディスク容量不足で取り込みできないため、アップできず。
PCデポに行ってこなければ!!
今西先生に前回診察を受けたとき、東京の娘宅の近くのケアホームに
夫婦で3カ月お世話になる旨伝えておいたため、先生は施設の近くの
在宅クリニックの先生に宛てた「診療情報提供書在中」と書かれた封書を
準備して下さっていて、ありがたく受け取った。
これで、ボクの症状、服用している薬ほかの情報があらたに受診するクリニックの
先生に伝わり、同じ処置、服用薬を継続して対応していただけそうで大変ありがたい。
施設では3カ月、久しぶりに夫婦同室。
きっと施設では新しい発見が色々あることだろう。
またブログに書きます。
何といってもうれしいのは、施設が娘の家の近くであること。
時どき、孫たちが寄ってくれることだろう。
楽しみ~

2022年3月17日 (木)

娘、来訪


昼前、東京から娘がひとりで来てくれ、3人で横須賀中央へ。
お昼は回転ずし。

孫たちの話がいっぱい聴けてハピー😄

孫たちふたり、来年は大学、高校受験の年
あらためて、「えー、もう、そんな!」

まさに光陰矢の如し

来年、ジイジ、80歳

さもありなん。

提案した。
進級したら、また、みんなでオーストラリアへ行こう😃!

特にいろいろ思い出深いアデレードは外せない。

ボクはしゃべらないで、英語はあの子たちふたりに任せよう。


強い希望「ふたりの結婚式に出たい!」

何度も孫たちに言っている。

姉孫には、あわせて言っている。

「ミーちゃんの結婚式ではお祝いのスピーチさせて。
英語でやりたい、産まれた日のことをみんなに話したい。
ユウちゃんに通訳してもらいたい」

忘れもしないあの子の誕生を聞いた日のこと。

場所は、カンボジャのプノンペンのホテル。
カミさんからの電話で。

カンボジャの事務所、通っていたプノンペンの現地の通産省の仲間みんなに
「産まれたよ~!初めての孫が!」

2004年のこと。

ときは流れ、あれから18年。

その孫が、間もなく大学生。
感慨ひとしお。

頑張って、まだまだ、この先を見届けないと!

2022年3月 2日 (水)

今朝のこと


水曜日の朝、紙ゴミの日だ。

9時半、遅れたかと思い、20m先のゴミ置き場を見に行った。

 

遅かった、ゴミ残ってない。

ダメだろうと思いながら、近くの2カ所を見に行ったが、残っていない。

仕方ない、1週間、玄関の隅に置いておこう。

 

カミさん、何曜日何ゴミか、たぶん知らない。

というか、我関せず。

 

「えっ、今日何曜日だっけ?」

「運動の日?」

 

カレンダー見ると、2日水曜日。

運動は、月・金。

今日はない。

 

水曜日か、12時25分からNHKラジオビジネス英語だ。

朝、9時15分は失念していたが、ケータイのタイマー鳴ったはず。
気が付かなかった。

 

大丈夫大丈夫、タイマーに気が付けば、23時20分にも同一放送が聴ける。

とても覚えられないので、再放送含め、水・木・金・土、朝・昼・夜の
放送時間を書いた紙を机の前のガラス戸に貼っているが、そもそも見ない。

 

そろそろ準備をはじめよう、6月ある英検準一級試験。

買っている対策テキスト使って、となりの息子の部屋にこもって準備しよう。

「三度目の正直!」今度こそゼッタイ受かる、一次試験!

孫たちが三級、四級受かって、追っかけてきている(笑)

「ジイジ、やったねぇ!」と言わせなければ。

2022年2月16日 (水)

娘来訪

昼前、東京に住む娘がひとりで久しぶりに来てくれた。

「買ってきたので一緒に食べよう。今日はお母さんのお誕生日なので奮発」

美味しかった、黒毛和牛すき焼重。

「来る前、お兄ちゃんのとこに寄ってきた」

きっとひとりでしんみりお兄ちゃんと話したかったのだろう。

食べながら話題は専ら高2、中2(両方とも合ってるかな)の孫娘たちのこと。

孫娘たちの話を聞きながら食べるすき焼き重、最高に楽しい時間だった。

プラス、来月半ばから夫婦で3カ月入居予定の娘宅近くのケアホームへ移る準備の話も。

ここに移れば、孫たちがちょこちょこ寄ってくれるだろう。楽しみ~

娘は少々前コロナにかかり、独り隔離のため熱海の我が家のマンションに3日間行って

いたそうで、その間に時間をかけて部屋を掃除してくれたとのこと。

きっと、きれいになってることだろう。

「ここに来る前お兄ちゃんところに寄ってきた」

「ケアホームに移る前やらなきゃダメなこと、まとめてメールする」

助かる~、いろいろ。

夕方散歩のあと息子の墓に寄り「朝、紀子が来てくれたよね」

墓には娘が持ってきてくれた立派なお花が入っていた。

息子は間違いなく、妹ひとりでの来訪を喜んだことだろう。

平素行き来は最近余りないものの、頼りになる存在、この上なくうれしい。

これからもよろしく、紀子。

2022年2月14日 (月)

久しぶりに思い出した、はるか昔の話

月・金午後は3時間、近くの施設へ運動に通っている。

今日も行き、休憩時間にふっと思い出した、運動とはまったく関係ない大昔の話。

何故だかわからないが、当時のイメージとともに見事に頭に浮かんできた。

1975年ころのことなので、50年近く前の話。

浮かんできたのは、当時駐在していたシドニーでよく行っていたピザパイの店。

何故、突然、あのクローズネストにあったピザパイの店が!

生まれて初めてピザパイを食べたのは、忘れもしないあの店。

世の中にこんな美味いものがあるんだと思った。

会社の昼休み、仲間ともよく行った、あの店。

車があれば、今でも問題なく行ける。

日本にはまだピザパイ屋が珍しかった時代だった。

昼休み、この店で買って、持って、仲間と一緒にビーチに行って何度も食べた。

家族にも食べさせたくて、休みの日によく買いに行ったし、食べにも行った。

当時、ピザパイは我が家にとっては大変なご馳走だった。

数々のシドニーの古き良き思い出、霧散してしまわないうちにブログに書こう。

ネタはいっぱいある。

2022年2月12日 (土)

再々挑戦、今度こそ~!!


定年して間もなくだから、もう15年以上聴いているNHKラジオ ビジネス英語講座。

朝のほか、再放送が午後と夜の2回あり、できるだけ3回聴くようにしている。

テキストがたまり、箱いっぱいになった。

 

1次試験を2度落ちた英語検定試験 準1級、今年も6月に受験する。

80歳までにゼッタイ受かる!つもりと気力だけはあるが、どうなることか。

あと2年。

準1級合格したら英検はバイバイ。

 

孫たちが、たしか3級、4級に合格していて、追っかけてきている。

ジイジは意地でも、6月には結果を出すぞー(笑)

 

6月に向けて、そろそろ、となりの息子の使っていた部屋で準備をはじめよう。

受験対策テキストはいっぱいある。
アンダーラインを引いたラジオビジネス英語講座のテキストもいっぱいある。

時間もいっぱいある。

あとは、やる気だけ!

3度目の準1級チャレンジ、今度こそゼッタイ受かる~!!

2回受けた受験会場、周りには孫たちくらいの子たちが多くいた。
負けられない!!

 

ベッドの横には「2級合格証明書」を貼っている。

この横に「合格証明書準1級」が貼れるよう、頑張るぞー!!

2022年2月 9日 (水)

久しぶりに思い出した、小林さんのこと

ドンキホーテに買い物に行き、帰りに信号を渡るところで久しぶりに思い出した。

定年して間もなくだから、もう15年以上前のこと。

買い物に出ていたカミサンから夕方電話があった。

「すぐ来てー、裏の道を左に出て信号のあるところ!」

珍しい、こんな調子で電話がかかってくるのは。

指示された熱いお茶と食卓の上にあったお菓子を持って即家を出た。

時期はちょうど寒いこの時期の夕刻。

行くと、倒れていたバイクの傍に年配のおじいさんが。

会話はできる状態。

「鴨居の市営住宅に住んでいる。この先のスーパーに買い物に来た帰り道、

バイクがすべって転倒した」とのこと。

大丈夫であることは確認できた。

「息子家族が静岡に住んでいる」と言い、電話番号を書いたメモを渡された。

ボク「救急車を呼びます」

小林さん「いいです。病院に行けばお金がかかるから」

ボク「病院に行かなきゃダメです。バイクは我が家で預かっておきます」と言い、

呼んだ救急車はすぐ来て、小林さんは病院へ。

別れ際、我が家の住所と電話番号を書いたメモを渡した。

それとともに、帰ってすぐ息子さんに電話してバイクを預かっていることを伝えた。

翌日、息子さんが我が家にお礼に来られた。

入った病院と病室を聞き、翌日お見舞いに行った。

病院は横須賀市民病院。

奇しくも息子が交通事故に遭ったとき、運び込まれた病院。

小林さんの病室は最上階だった。

何度かお見舞いに行ったので病室から見た景色が頭に浮かんでくる。

それからどれくらい経ったころだったろう、息子さんから電話があり

「その節はお世話になりました。父は亡くなりました」

尋ねた「お墓はどちらでしょうか。お参りさせていただきたいのですが」

教えられたのは「横須賀市営墓地。墓所は入ってすぐの左の一番手前」

ちょうどテニスコートに行き帰りしていたときに通っていた道で、コートの帰りに

何度かお参りさせていただいた。

あとで知ったことだが、奥さんは自殺されていて、このお墓は小林さんが奥さんのために

建てられたお墓とのこと。

改めて思った、人にはさまざまな人生、生き様があるのだと。

15年以上経った今もなお、あの日の夕刻の出来事はまざまざと頭に浮かんでくる。

あらためて、小林さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

2022年2月 6日 (日)

年末書いてアップするのを忘れていたブログ

タイトル「熱海で年越し」

手帳見たら、たしかに12月28日「熱海移動」と書いているが、行った記憶?

1ヶ月少々前のこと、おいおいって感じ。

    -----------------------------------------------------------------

夜、2ヵ月ぶりに、カミさんとふたりで熱海へ来ている。

ボクがひとりで来るときは、家の近くのバス停からバスで横須賀駅まで行き

普通電車で熱海まで来るが、昨日は奮発してふたりで横浜駅から新幹線で。

手帳を見ると、ボクはここに来るのは10月以来。

前回は知り合いの女性Sさんのミセスジャパン静岡大会の決勝大会を観に

みしまプラザホテルへ行った。

彼女に初めて会ったのは、三島で起きた交通事故でお父さんを亡くされたことを知り

連絡を取り合って、事故現場に出向き、お会いしたのが最初。

もう2年以上前のこと。

信号機のある交差点、お父さんはバイクで仕事帰り、右方向から来た車にはねられた。

三島の裁判所であった刑事裁判も傍聴させていただいた。

ご家族、どうされているだろう。

朝、下の温泉に入って、気持ち良かった。

ここに来たら、朝・昼・夜、毎日3度風呂に入る。

この時期、温泉、最高。

12時過ぎたが、カミさん、まだ起きてこない。

ベランダの前の庭のツバキほか樹々が、陽光に照らされ、いい感じ。

***写真、ケータイのディスク容量不足で、アップできず***

昼、軽く食べて、もう1度風呂入ってこよう。

今日は木曜日、4時から1時間、掃除のはず。

明日は大晦日、今年も1年、あっという間だった。

お節は、JALの搭乗ポイントとJALカードで買ったポイントでネット購入したものが

届いているので、特別買い物してこなくても間に合いそう。

新聞は下のフロントフロアに行けば読める。

近くの山と海をゆっくり散策し、年始は歩いて10分足らずの来宮神社で参拝。

年末年始1週間、問題なく過ごせそう。

2022年1月25日 (火)

甥とのメールのやり取り

岡山に住む妹の息子はフェイスブックの仲間。

以下、彼、タケちゃんとの最近のやりとり。

おじさん、岡山弁で『ふーがわりー』わかりますか?風変わりではなく」

「武ちゃん もちろん、わかるよ~。かっこうが悪い。これわかるかなぁ。

「おしょを、いちめい、ちょおでぇー」どこの場所での会話か含めて。

歳の差、60歳の武ちゃんGive up

以下、武ちゃんへ返事。

『「おしょ」は「おとな」のこと。おとなの切符、1枚ください。駅の窓口での会話。

70年近く前、岡山の東山のおばあちゃんところへひとりで行くとき、倉敷駅で切符を

買う時のやりとり』

煙をはく汽車に乗って、中庄、庭瀬、岡山、岡山駅でチンチン電車に乗り替え、

終点の東山で降り、歩いて20分以上、やっとおばあちゃんとこへ。

小学生2,3年のころ。よく親がひとりで行かせていたと思う。

行けば数週間置いてもらい、近くの同じような年ごろの子たちと毎日遊んでいた。

家は水源地のそばだった。

飼い犬、ナナの裏山の散歩が日課だった。

今度帰省したとき、武ちゃんに付き合ってもらい、思い出深いあの家、あの場所

見に行きたい。

見たらめちゃめちゃ懐かしく、感激すること間違いない。

たぶん、これが東山に行く最後になると思う。

ボクは子供3人の長男、下に1歳違いの弟、4歳違いの妹がいる。

子ども3人、夏休みはじめ長い休み、親は大変で、小さいころ毎年、子供のいない

父の兄の住んでた岡山の家にボクひとり行かされていた。

あの家、近くの山、水源地、遊んでいた同じ年ごろの子たち、70年近く経った今も

しっかり覚えている。

2022年1月10日 (月)

今日が年明け初めて

もう6~7年になるかな、近くの施設に週2回通い、毎回3時間やっている運動。

きっかけは我が家の担当をして下さっているケアマネージャのCさんの勧め。

Cさんには大感謝。

定年退職して17年、数少ないルーチンワークになっていることのひとつ。

毎週2回楽しみに通っている。

特に、40年以上通ったテニスコートを年末で辞めたいま、運動のできる貴重な時間。

体をめいっぱい動かせる上に、好きな女性、Sさんに会えるのも楽しみ。

今日はルーチンになっている運動ではなく、3カ月1度の効果測定の日だった。

自転車漕ぎ、マット運動、平行棒、機器を使った運動、しっかり体を動かした。

仲良しの女性とも色々おしゃべりできて、3時間があっという間に終わり

車で送ってもらい帰ってきた。

効果測定の結果は3ヵ月前とほぼ変わらず、これもうれしかった。

うちから歩いて10分かからないところだが、全員車での送迎が義務付けられている。

寒い時期なので寝る直前に風呂に入れば、今日は終わり。

行っているとき東京の娘からケータイにメールが届いた。

「お母さんの体調がすぐれないようですが、体調がいいとき、横浜か品川でゴハン食べませんか」

帰ってきて返事した。

「了解。寒いけど、風邪もひかず、ふたり頑張っています。4月になると高3と中3かな。

大切な受験目前の年。希望する結果が出ますこと、心より念じ、願っています。

結果が出たらお祝いしようね。今年もどうぞよろしくお願いします」

予定通りいけば来年は大学生と高校生。

で、いずれは結婚して所帯を。

以前からふたりに言っている。

「結婚式でスピーチさせてね。昔の思い出をみんなに話したい」

やらせてくれるかどうか?、そもそもその場に参席できるかどうか?

「いいよ」の返事はもらっていないが、思いはまた伝えておこう。

もっと欲を言えば「ひ孫の顔を見たい」

これは望みすぎだと思いつつ(笑)

2021年12月19日 (日)

退会届を出した

退会届を出したのは、仲山テニスクラブ。

入会したのは、横須賀のこの家に住んで間もなくの1979年。

ということは、40年以上通ったんだ。

住んで間もなく、週末近くに住む女性たちが中心にはじめたテニス、

市営コートに一緒に通いプレーしたのが、テニスにかかわったはじまりだった。

仲間の中には、ボクより少々年上で近くに住む内海さん、中井さん、松島さんの3人がいた。

残念ながら、3人とも亡くなられた。

町内会が時々会館でやってくれる映画会に先月行った折り、映画が終わったあと

「花房さん」と声をかけられ、見たら、内海さんの奥さん。

「うちに寄ってよ」と言われ「久しぶりにお線香上げに」と、お宅にお邪魔した。

車で通っていたテニスコートには、免許証を返納し、車は東京に住む娘が持って

行ったため、電車とバスを乗り継いで、そのあと坂道を20分以上歩いてのため、

厳しく、今年いっぱいで、やむなくテニスクラブを辞めることにした。

クラブに行くため最寄り駅までの道は、毎回必ず内海さんの家の前を通り

「内海さん、仲山に行ってきます」と挨拶してきた。

自分の中では、長い歴史のある、その仲山テニスクラブを退会することを決めた。

最後に行くときには、内海さんの家の前を通り「今日で仲山辞めます」と

内海さんに報告し、コートで仲間のみんなにお礼の挨拶をし、最後のプレーをして

終わりにしようと思っている。

そのあと、コートのとなりのしょうぶ園へ寄るつもり。

テニスのあと何度も行った、しょうぶえん、これもきっと最後。

辞めたあとボールを打ちたくなったら、自転車で15分くらいのところにある

壁打ちができるところに行こう。

40年以上楽しみにやってきたテニス、たくさんの仲間と別れるのは寂しいが仕方ない。

テニスが出来なくなっても、我が家の近くには歩くところは、海、山たくさんある。

これからもしっかり歩いて、体を動かすことに努めていこう。

2021年12月14日 (火)

ついに!!

午後、開催中の横須賀市議会の傍聴に行ってきた。

思いは「犯罪被害者支援条例」の制定を見届けるため。

条例は、全議員賛成のもと、制定が決まった。

思い起こせば、40万都市 横須賀でゼッタイに「犯罪被害者支援条例」は

必要であるとの信念のもと動きはじめたのは、ほぼ4年前。

自ら議会で請願を行ったが、当時議員の反応はほとんどなかった。

今でも神奈川県で条例を制定しているのは横浜市含め数市のみ。

やっと宿願の「犯罪被害者支援条例」が、当市横須賀で制定されることが決った!!

今日12月14日はボクにとって大変喜ばしい、記念すべき、忘れられない日になった。

応援しているF市議からフェイスブックで以下の連絡があり、今朝市議会議場にかけつけた。

全身全霊を傾けて作ってきた『犯罪被害者等基本条例』案が本会議に提出されます。

全会一致で可決される見込みです。傍聴していただきご確認ください。

どうかこれによって、犯罪被害に遭った方々が直面しておられる心身のダメージや

あらゆる困難に少しでも寄与できますように。。。」

思い起こせば、長い道のりであった。

最も記憶に残るのは、3年前に議会で請願の機会をもらい、行った請願。

議員からはほとんど反応がなく、大変失望したのが始まりであった。

そのため、感慨の深さはハンパじゃない。

この条例により、多くの犯罪被害者に目が向けられることを切に切に願う。

犯罪被害者は、殺人はじめ凶悪犯罪から性犯罪、交通事犯、知能犯罪・・幅広い。

被害を受け、救済されない被害者は、数えられないくらいたくさんいる。

40万人都市、ここ横須賀でも、もちろん。

そのため、条例ができた暁には是非やりたいと、ずっと考えていることがある。

それは「犯罪被害者支援連絡協議会(仮称)」

私案をつくり、近々F議員と打ち合わせしたいと思っている。

その旨、今夜F議員にメールしよう。

«町内映画会

2022年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
フォト