2016年12月11日 (日)

沖縄の娘宅へ ⑥

書こうと思っていた沖縄のブログを書いていないことに気がついた。

行ってすぐ娘からチラシを見せられ、「ちょうどいる間にやってるから、これ見に行ってきたら」

チラシを見たら、世界のウチナーチュ大会」(大会ダイジェスト動画コンテンツあり)

沖縄では沖縄人のことを「ウチナーチュ」と呼ぶ。本土の人間は「ヤマトンチュ」

大会は5年に1度開催。今年が6回目。

世界大会だから、沖縄から海外に移住した人たちが沖縄に戻ってきて、内外地の人たちが

一緒になってやるお祭り。

それを観ることができるのは、最高にラッキー scissors

10月26日の前夜祭からはじまり、30日にグランドフィナーレ。

27日にカミサンと行くことにした。

娘のアドバイスは「会場のひとつ先のモノレール駅のそばにあるイオンの駐車場に車を停めて、

モノレールで行くのがいいよ」

モノレールの駅を降りたら、いかにも会場に向かう人たちのシニア5人組に会った。

聞いてみると、ブラジルのサンパウロから来た、3世の人たちだった。

「5年に1度なので、どうしても来たかった。いる間に親戚を訪ねる予定」と話していた。

会場に入るとすぐあったのが、このブース。

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国籍さまざま。

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ブラジル、アメリカ、ペルー、アルゼンチン、ボリビア・・・各国の文字で書かれたそれぞれの

国の受付けテントが設けられていた。

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ハワイから来た人たちの行列。聞いてみるとハワイからだけでも1700人来ているとのこと。

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「どこの国から?」と聞いたら、ボリビア。

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暑くて疲れたので、屋台でかき氷と沖縄ぜんざいを食べた。

同じテーブルに座ったおじいさんと話が弾んだ。

歳を聞いてみると86歳。とても見えない。

悲惨な沖縄戦の話からはじまり、いろんな昔の沖縄の話をしてくださった。

若いころからずっと三線(さんしん)を弾いていていて、翌々日に地元の読谷まつりで三線を

奏でるとのことだった。

「ちょうど2日後に読谷方面に行く予定なので、お祭りに寄ります」と言い別れた。

ウチナーチュ祭りを見終えたあと、沖縄戦の悲惨さを体験者が描いた絵が会場の片隅に

ひっそり掲示してあった。

沖縄戦を記録した写真や文書は多く観たことがあるが、体験者が描いた絵を観たのは初めて。

これまでのどの記録よりも壮絶であった。

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大会終了翌日の新聞、沖縄新報の見出しは、

  「沖縄魂 熱く 継承 絆深め再会誓う」

  「1万5395人が集い閉幕」

  「県人の団結強く 世代超え発展へ」

運良く、5年に1度の世界のウチナーチュ大会を観ることができ、とてもラッキーだった。

2016年12月 5日 (月)

忘年会

土曜日、日曜日と忘年会だった。

どちらもかつての会社の仲間。

定年退職して12年経つのに、声がかかるのはうれしい。

土曜日の集まりは、オーストラリアを中心とした海外事業を一緒にやった仲間。

このグループは幹事のTくんが年数回アレンジしてくれて集まっている。

毎回場所は、新宿西口近くの決まったお店。

Tくん以外全員が定年退職していて、Tくんもあと2年で定年の歳になるそう。

この日は毎回に比べ、参加人数が少なく8人。

女性のIさんが参加してくれて華やいだ。

かつての所属は、ベーシックソフトウエアの開発部門、システムエンジニア部門、それに

海外営業部門とバランスが取れている。

ひとりは脊柱管狭窄症をおして横浜から参加。道中、電車の中で大変だったことだろう。

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毎度のことだが、昔話に花が咲いた。

特に、お互いが知っているかつての仲間の消息で話題は尽きず。

最近名前が出てきにくくなったボクもこの日は、名前だけでなくエピソードがどんどん出てきた。

ボクより先輩の人たちもスゴイ。

「あれは今あそこにいる」、「あれはこうだったよなぁ」、「彼は亡くなった」・・・

いや、みんな歳を重ねているが、記憶力はよく、頭脳明晰。

まだまだこの会続けられる、との印象を持った。

昨日の日曜日の集まり、こちらももう10年近く続いている。

参加したきっかけは、電車でばったりメンバーのひとりに会い、「こんなメンバーで年末

集まっているんだけど参加しない」と誘われて以来だから長い。

集まるのは年に1度、この時期。そのため「七夕会」とも呼んでいる。

平素はメールほかやりとりはまったくない。

メンバーは全員、かつてはSE(システムエンジニア)

今は、6人全員、いまだにガラケー happy01

定年退職した連中ばかりだから、1年経てば誰かがどこか体調をおかしくしているが

うれしいことに6人が欠けることなく毎年集まっている。

こちらも幹事は万年幹事でSさんがやってくれていて、集合場所は毎年同じ、横浜高島屋前。

1時半にはじまり、飲み会のあとは、これも定番のマックでお茶。

各自1年間の近況披露。

いやー、70歳前後が集まれば、それぞれからいろんな話が出てくる。

Uさんは神奈川フィルでテノールを担当していて合唱団活動を長く続けている。

年末のこの時期、あちこちの舞台に立っている。

一方で、趣味でやってたことを止めて道具を処分したとの話がHさんからあった。

何度も話を聞いたことがあった、そば打ち、ゴルフ。

TさんからはWOWOW、税込1ケ月2,484円で映画観放題とのこと。

ボクは映画は、映画館かTSUTAYA。

これからは、行ったり、借りたり、返したりする必要のないWOWOWにしようと思った。

かつては毎回話題になっていた海外旅行は話題にならず、代わりに川越とその近辺がとても

良いとの話が出て、ぜひ行こうと思った。

こちらでも病気の話が当然出た。

脊柱管狭窄症経験者、6人中ふたり。

それにひとりは不正脈が原因で「もうこれで終わりかと思ったことがあった」と話していた。

食事が終わったあとマックへ。

今年もまたひとりが株主優待券を持ってきてくれていて、みんなに振舞ってくれた。

実は、去年同じマックの店で、楽しい出会いがあった。

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去年も日曜日、マックは混んでいた。

やっと見つけた席は6人座れないので、となりに座っていた女性ふたりに席をずらして

もらった。

そのあと、このふたりの女性とワイワイ盛り上がった。

「来年はこの集まりにふたりを招待しよう」と決まり、ふたりからメールアドレスを聞いて

幹事がメールを送ることになった。

今年、「さあ、どうしよう、ふたりを誘うかどうか」と6人でメールをやりとりした結果、誘おうと

いう返事が少数派で、結局この話は流れた、というオチがついた今年の忘年会だった。

2016年12月 3日 (土)

犯罪被害者支援委員会

犯罪被害者支援を担当している神奈川県安全防災局から、犯罪被害者支援施策検討委員会の 

委員を依頼され、委員会に出席したことは何度かブログに書いた。 

昨日、今年最後の委員会があり出席した。 

委員会では、神奈川県が進める支援推進計画の進捗状況の検証を行っている。 

平成26年度、27年度の実施結果のレビュー及び今年度の実施状況の確認が昨日の 

テーマであった。 

あらかじめ、事務局から6人の委員に意見を求める質問が送られてきて、各委員が意見を 

述べた。 

ボクは以下2つについて意見と要望を述べた。 

 1.県と市町村の連携について、より具体的な手立てが必要。 

   これについては、これまで何度もその重要性を委員会で述べてきた。 

   前置きとして、あらためて以下述べ、来年1月に予定されている最終委員会では、県と 

   市町村の連携の具体的対応策をまとめ、3年間の成果としたいと要望した。 

   『神奈川県は全国的にみて、犯罪被害者支援は進んでいて、トップレベルの先進県である。 

   ただ、悪質犯罪、性犯罪、交通事犯等に遭った被害者が先ず飛び込むのは、地元の警察

   であり、相談するのは、地元の市役所ほか行政機関である。 

   県内の市町は県の組織・対応に比べれば、その多くが遅れている。 

   今後の県と市町の連携を最重要課題に取り上げ、先々の展開に結びつく具体的方策を

   次回の最終委員会でまとめ上げたい』 

 2.犯罪被害者を支援していくためには、各自治体が条例を制定し、行政の仕組みの 

   一環として、被害者支援に取り組むべきである。 

   ただ、まだまだ全国で条例を制定している地方自治体は少ないのが実情である。 

   そのような中、兵庫県明石市の条例はその模範になるものと考える。 

   明石市の条例を参考に、条例制定に動きだす自治体が出てくることを望む。

2016年12月 1日 (木)

沖縄の娘宅へ ⑤

しばらく間が空いた沖縄の話の続きを。

娘は公私ともども忙しい毎日を送っていて、はたから見ていても大変さがわかった。

そんな中、2日間付き合ってくれた。

孫たちが休みの週末、「さあ、どこへ行こうか」となかなか決まらず、結局、車で40分くらいの

北中城にあるイオンモールがいいと、孫たちが言い、沖縄道で北中城まで行った。

イオンモールは全国あちこちにある。

イオンモールに行くたびに思う。

「イオンモールは人の生活を豊かにするだけでなく、幸せにする」と。

まさに、ハローウイン一色。

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入口の大きな水槽には大きな魚たち。

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広いワンフロアーすべて食べ物の店で、好きな店で好きなものを買ってきてテーブルで食べる。

孫たちがおねだり、 「ジイジ、量り売りするステーキ屋があるの。そこで買いたいんだけど」

ということで、各自が好きなものを買ってきた。

孫たちは、それぞれステーキ150グラム。ぺろり。全然おすそわけなしgawk 

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もう一日別の日に娘が我々ふたりをドライブに連れて行ってくれた。

娘が「お昼は、うるまに行ってタコライス発祥の店があるから、そこで食べよう」

うるまも娘の家から車で40分くらい。

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外観、店の中、いかにも沖縄っぽい感じの店だったが、食べたタコライスは美味しかった。

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食事をしたあと、娘が連れて行ってくれたのは塩つくり工場。

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沖縄では塩のことをまーすと呼ぶ。

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そのあと、「絶景ポイント」だと言って、娘が塩つくり工場の裏の海に連れて行ってくれた。

たしかに最高の絶景。年賀状にしようかと思ったくらい。

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2016年11月25日 (金)

沖縄の娘宅へ ④

沖縄に10日間いた間、孫たちとの時間を十分に楽しんだ。

学校は家から歩いて5分かからない。出て行くのは7時半ころ。

毎日、学校近くまで一緒に行って、そのあと周辺を散歩した。

学校へは、となりの家の同級生のMちゃんを誘って行く。

ある日、行く道で捨てられた子猫を見つけた。

あの子猫はどうしただろうとずっと気になった。

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ふたりが、週1度通っている体操教室に、娘から「見に行ってきたら。連れて行ってくれたら

助かる」と言われ、「喜んで」と。

以前にも行ったことがある場所なので行くのは問題なかった。

この日は9人の子供たちが来ていた。6年生の姉孫は最年長。

熱血漢のシニアの先生で、とってもいい先生。

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マット運動、跳び箱、トランポリ、1時間半近く指導を受けた。

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初めてのことだが、滞在中娘が予約してくれて、母子3人と我々の5人でホテルに1泊した。

娘宅から車で北へ1時間弱のところにある、沖縄県民が割引で泊まれるホテル。

お世話になったお礼でボクが払うつもりだったが、「わたしのおごり」と言い、娘が払ってくれた。

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夜にはプールの周りに電飾が灯り、楽しんだ。

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子供たちが最も喜んだのは、ホテルの地下にあった、平素はやらせてもらえないゲーム

センターでのゲーム。

それぞれに渡した500円で、しばらく嬉々として遊んでいた。

翌日、チェックアウトしたあと、娘の発案で、ホテルのパターゴルフをみんなで楽しんだ。

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全員エンジョイした1泊2日の旅だった。

2016年11月23日 (水)

沖縄の娘宅へ ③

娘宅へ行ったのは、先月末のちょうどハローウインの時期だった。 

玄関にはハローウインの飾り付けがしてあった。 

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ハローウインは、娘の家を出て、10月31日に泊った北谷のホテル近くで楽しんだ。 

そのことはまた後日紹介。 

さて連日、庭作業を手伝っていて、借りたレンタカーで出かけるチャンスがなかったため、 

半日カミサンとドライブに出かけた。 

先ず、家の近くの通ったことのない農道を走っていたら「前川樋川(ひーじゃ)」の表示が見えた。 

沖縄の樋川は、丘陵の斜面にある湧き水の水場のこと。 

かつては集落の住民が生活用水として使っていた。 

ひーじゃは何カ所か訪ねたことがある。 

車を停めて、かつて村落の貴重な水源だった前川ひーじゃに寄った。 

カミサンは行きたくないと言うので、ひとりで急な坂道を滑らないよう気を付けて降りて行った。 

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ひーじゃを紹介する碑があった。昭和11年8月15日に竣工したとのこと。ちょうど80年前。

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この水のたまった場所で人々は水を汲んでいたのだろう。 

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沖縄戦のとき、岩をくりぬいて造られた防空壕があった。 

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沖縄戦で亡くなった人たちも葬られたお墓。 

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このあと那覇市内に移動し、以前にも行ったことがある識名園に寄った。  

識名園は9つある琉球王国のグスク(城跡)の関連施設。  

9つのグスクと関連施設はすべて世界遺産に登録されていて、我々は何度かに分けて9つ 

すべてを訪れた。

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識名園は18世紀末に造られた琉球王国最大の別邸。 

池のまわりを歩きながら景色の移り変わりを楽しむことができる廻遊式庭園。 

池に浮かぶ島にはあずまやの六角堂や大小のアーチ橋が設けられている、まさに琉球王家の別荘 

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識名園のあと、琉球王家の別邸識名園から首里城まで王家の人々が(馬車で?)通った道、

首里金城の石畳道を訪ねた。

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石畳道の途中にある金城村屋。さしずめ、かつての公民館か。
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金城石畳近くで、もうひとつ知られているのは、樹齢200年と推定される大アカギの樹。

沖縄戦の戦火を逃れ、今でも青々とした葉を青空に向かって広げていて、パワースポットに

なっている。

大きすぎて、とても写真に収まりきらない。

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2016年11月18日 (金)

沖縄の娘宅へ ②

先月訪ねた娘宅での出来事に話を戻して。

今回の沖縄行きのメインの目的は、娘から声をかけられた姉孫の誕生祝い参加だった。

着いた翌日、ダンナも休みを取り、誕生日祝いをみんなでやった。

娘がいろいろ手料理を準備。

みんなでハッピーバースデイを歌い、12歳の誕生日を祝った。

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バースデイケーキは、姉孫のたっての希望でアイスケーキ。アイスケーキ、初めて見た。

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食事がすんだあと、贈呈式。

シンガポール・マレーシア旅行に行く前、娘から今回の誕生日会は誘われていたので

マレーシアで家族にプレゼントを買ってきていて、その贈呈式を行った。

「贈呈式、まだー」と孫たちに催促され、娘夫婦と孫たちにプレゼントを渡した。

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孫たちには

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娘夫婦には、大好きなビールを飲む、ピューターのマグカップ。

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孫たちからお返しがあった。

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食事が終わったあと、姉孫が「重大発表があります」

「英検5級、受かりました!」

事前に結果をネットで調べていて、このときまで黙っていたのだ。

そのあと英検談義に。

先ず、姉孫が「1月に4級にチャレンジする!」と宣言。

英検が話題になれば、姉孫が娘から聞いていた話になる。

「ジイジはもうチャレンジしないの?」からはじまり、「1月に一緒に受けようよ」

あとはジイジの思い出したくない英検失敗談に。

ボクは1級を2度受けて、2度とも1次試験で落ちた。準1級も1度受け、あえなく敗退。

勢いで、「よーし、わかった、1月一緒にチャレンジする。準1級を受ける」と。

娘から「先ず2級じゃないの。1回受かることが大切」と。

2級を受かっている娘の手前、プライドから2級は・・・、と思い、準1級と言ってしまったが

結局2級受験に話は落ち着き、1月姉孫4級、ボクが2級にチャレンジすることで話は決着。

そんなオマケのついた誕生日祝い会だった。

2016年11月16日 (水)

高校同期会

昨日昼、高校の仲間の集まりが東京駅近くであった。

出身高校は倉敷青陵高校。

入学した年は1960年、56年前。半世紀以上も前。

ありがたいことに、毎回Hくんがメールで呼びかけてくれて、年に1度は集まっている。

アレンジしてくれる人がいなくなると、きっと自然消滅してしまうのでは。

昨日は12名が集まった。

久しぶりに女性のNさんが参加し、雰囲気が変わった。

先ずは、毎回のことながら各自の近況報告から。

まあ、こうして出てくる人は元気で、それぞれ日々やることがあり、という感じだった。

70年以上生きてきた12人が集まると、歩んできた道は違うものの、まさに12様の

人生があり、各人の話、それぞれ興味深く聴いた。

当時、倉敷青陵高校は、大学に進むなら青陵という感じで、倉敷唯一の普通科高校だった。

決して名門進学校ではなく、田舎の普通科高校だった。

だが、我々が卒業した年の卒業生の進学先は、それまでの卒業生に比べ、どういう訳か

良かった。

東大に10数名が合格したのは極めて異例であった。

昨日の会合にはそのうち3人が来ていた。

さて、会合で話題になり、興味を引いた近況をいくつか紹介。

多くがもう職とは無縁の中、長い間かけてロシア語を徹底的にマスターし会社を立ち上げ、 

ロシアとのビジネスをやっているFくん。 

唯一女性の参加者Nさんは、長い間やっていた弁護士業はほどほどに、今は成年後見の 

仕事を中心にしている。彼女は「もう争いに絡んだ仕事は結構という感じ」と言っていた。

Nさんがテレビで成年後見の話をするのを何度か聴いたことがある。 

Oくんの娘さん家族はオーストラリアに住んでいて、日本人のダンナがやはりオーストラリアで 

弁護士をやっているそうだ。

キャンベラにあるオーストラリア国立大学を優秀な成績で卒業すれば、優位な条件で

弁護士になれる、と話していた。

長い間自民党本部の要職についていて、衆議院選挙に立候補したものの当選は 

叶わなかったNくん、彼とは生年月日が同じで、小学校、中学校、高校、卒業したあとも、 

節目節目で付き合っている仲。 

今でも、Nのことは「よっちゃん、よっちゃん」と呼んでしまう。

弱かった青陵高校の野球部で、「青陵にエースEあり」と当時評判になったEくん。

今もシニア野球チームで投げているそうだ。

ヨーロッパに長い間駐在し、ドイツ語、英語が堪能で、毎回幹事をやってくれるHくん。

出席していない多くの仲間の話でも大いに盛り上がった。

食事が終わったあと、毎回のことだが、お茶を飲みながら、話しは尽きない。

1時にはじまった会が終わったのは結局5時。再会を期して散会に。

2016年11月15日 (火)

神奈川県犯罪被害者支援検討委員会

3年前、犯罪被害者支援を担当している神奈川県安全防災局から「犯罪被害者支援施策

検討委員会の委員になって欲しい」と依頼を受け、承諾する旨応えたら、県知事名で

委嘱状が送られてきた。

当委員会は半年で終了した。

その後、今年に入り、県安全防災局から改めて「委員会を再度開催し、支援策の最終検討を

行いたいので再度委員になって欲しい」との要請があり、承諾した。

昨日、今年度3回目の委員会が開催された。

これまでの6名の委員(弁護士、大学教授、産婦人科医会の医師、2市の課長)に加え、

被害者代表として参加した。

昨日は新たに2名の委員が加わった。

7月に神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」で起きた凄惨な事件に関係された方々。

福祉保健センター センター長、臨床心理士会被害者支援担当理事。

昨日は、津久井やまゆり園事件をもとに、犯罪被害者支援のあり方をあらためて考えることが

主テーマであった。

当委員会は、毎回発言録が速記で取られ、後日発言がそのまま神奈川県のホームページに 

掲載される。また、一般の方の会議傍聴も認められている。

今回に限り、津久井やまゆり園事件の発言記録のホームページへの掲載、また委員会傍聴も

認められなかった。

従って、津久井やまゆり園事件に関する事項は当ブログでの記載も差し控えます。

それ以外では、27年度の神奈川県での犯罪被害者支援の実施状況及び28年度の実施

予定について県のホームページに公表し、パブリックコメントで意見募集した結果、65件の

意見が寄せられた、と事務局から報告があり、議論した。

ボクが述べた意見・提案は、

「神奈川県は全国的にみても、犯罪被害者支援についてはトップレベルの先進県。

ただ、犯罪に遭った被害者が先ず飛び込むのは地元の警察であり、相談するのは市役所ほか

地元の行政機関。住んでいる横須賀市はじめ県内各市の対応は県の対応に比べれば、

その多くが遅れている。

今年度の委員会では是非とも、県と市町の連携を最重要課題に取り上げ、検討したい

津久井やまゆり園事件対応があるため、委員会は今年度あと3回開催されることになった。

2016年11月13日 (日)

沖縄の娘宅へ ①

先月、シンガポール・マレーシアに行く前、沖縄に住む娘から「23日、M(姉孫)の誕生日

なので、来たら」と招待を受けた。

我々が行けば、いろいろ手がかかるし、決まった生活リズムを乱されるため、あまり招待

されない。それが、今回珍しく来たらということで、即行くと返事した。

カミサンは「迷惑かけるので、出来るだけ短くして、今回は2泊くらいホテルを取ろう」と。

姉孫の誕生日の前日に出発し、娘宅には結局7泊した。

県民割引で安く泊まれるホテルがあると聞き、娘をねぎらう意味で孫たちが休みの土曜日、

そのホテルへみんなで泊り、そのあと我々だけで他のホテルに2泊した。

結局11日間の旅になった。

飛行機で那覇空港に着いたあと、いつものパターンでフェイスブック仲間のAさんに予め

メールしておいて、滞在中、軽自動車を借りた。

Aさんが経営する、とよみレンタカーは空港から近く、到着時間を連絡しておけば空港まで

出迎えにきてもらえ、料金もリーゾナブル。お勧めのレンタカー屋さん。

借りたレンタカーで娘宅まで。カーナビは入れたものの、だいたい道はわかる。

娘宅に着いたら、孫たちが、いつものように我々ふたりにハグしてくれた。

去年建てた家は、空港から車で30分くらい南、しばらく前までは大字だった、遠方に海が

見える田舎。

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家の前はさとうきびとバナナ畑。

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庭に咲いている花。白いハイビスカスの花が清楚できれいだった。

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今回いる間、娘の役に立つことをして帰ろうと思い、庭の芝生はダンナが最近刈っていたので

芝のエッジカットと裏の畑の雑草の刈り込みをやった。

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暑い中、最も厳しかった作業は、表の道のガードレールの下に生えていた、根が深く手ごわい

雑草を根っこから掘り起こして処分すること。

娘がひとりでやろうとしていて、加勢したので、これは点数が稼げた。

この根っこは7つあり、他の作業含め、すべての作業、結局4日間午前中を使いやった。

最後に、下の最も大きく、最もタフだった根っこを掘り起こしたとき、思わず「やったー!」と

声が出て、大いに達成感を味わった。

刈った草の処分は、刈った草の前の茂みに捨てればいいので、大変楽。

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庭には、妹孫が教えてくれたパパの誕生日プレゼントに小遣いで買ったお花が咲いていた。

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庭にはパパイヤが植えてあり、実がなっていた。

娘が、「ふたりが来るまでそのままにしておいたので、お父さん取ってもって帰って」と。

3個もらって帰り、カミサンがいろいろな料理で使った。

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今回、11日間いて、しっかり思い出に残ったのは、

  ① 孫娘の誕生日祝い

  ② 娘と孫たちとホテルに一泊したこと

  ③ 根っことの闘い含め、いくぶんかは娘の手助けができたこと

   ④ 5年に一度の沖縄の国際的な大イベントに参加できたこと

  ⑤ ハローウインを楽しんだこと

何度も行っている沖縄なので、今回も観光地巡りには無縁だった。

思い出に残ったことは、おいおい書いていきます。

2016年11月12日 (土)

水彩画二人展

今年も案内の葉書をいただき、会社の先輩ご夫妻が毎年開催されている絵画展を昨日 

観に行った。 

ギャラリーは毎年同じ吉祥寺駅近くの画廊。

斎藤潔&真佐子 水彩画二人展

ご夫妻、それぞれ先生について長い間描いておられ、「毎年個展を開くことを目標にし、

そのことが創作活動に大いに励みになっている」と以前話されていた。

ご夫妻の絵はいずれも、観ていてホッとするあたたかい絵ばかり。

特にボクが気に入った絵は下の4枚。

上2枚は奥さま、下2枚は斎藤さんの作品。 

奥さまの1枚目の絵は鑑賞にきた多くの人たちの一番人気とのこと。

3枚目、斎藤さんの絵は、大好きな近江八幡。

同じ趣味でご夫婦一緒に、それぞれが好きな題材を絵に描く、ホントにすばらしい。

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齊藤さんご夫妻、奥さまが指導を受けている先生。

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実は、画廊で驚く出会いがあった。

齊藤さんから「李義一さんが来たよ」と紹介された方を見て、びっくり。

李義一(イ・ウイイル)さんに初めて会ったのは1978年。もう38年も前。

李さんは当時富士通韓国のSE(システムエンジニア)部門の部長だった。

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当時IBMのユーザーだった韓国電力を富士通が奪取し、ボクは6人の仲間と富士通韓国の

SEと一緒に、2年以上かけて韓国電力の新しいシステムを作り上げるプロジェクトに

リーダーとして参加した。そのときの現地の部長が李義一さんだった。

李さんはボクよりひとつ上、ソウル大学を出た優秀な穏やかな人柄の方。

そのころ斎藤さんもポスコという韓国トップの製鉄会社のプロジェクトリーダーだった。

李さんは関わっている仕事で日本に出張し、その合間に斎藤さんのギャラリーを訪れていた。

こんな感激する出会いはもう終世ないのはないのではないかと思うほどの李義一さんとの

再会であった。

このあとカミサンと有楽町で会う約束にしていて、李さんに別れを告げ、有楽町に向かった。

用件が済んだあと、カミサンが株主の柿安の銀座店で、彼女が柿安からもらっていた招待券を

使い、しゃぶしゃぶを食べに行った。

ふたりで銀座で食事するなんていつ以来かと思いながら、三重県にある柿安の松阪牛の

しゃぶしゃぶをいただいた。

いかにも柿安らしいデザイン。96歳の方が描かれた絵とのこと。

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極上のお肉にうっとり。

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デザートも美味だった。

何故、器の右が上にと聞くと、右上がり、運気が上がるようにとのことだった。

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ということで、昨日はとても非日常の一日だった。

2016年11月 9日 (水)

晩秋 庭樹の剪定

朝晩、めっきり寒くなってきた。 

冬はもう、すぐそこまで来ている。 

一昨日、暖かさに誘われ、毎年この時期にやる庭樹の剪定をした。 

対象の樹は2本、さるすべりと月桂樹。 

いずれも植えて30年くらい。 

朝10過ぎスタート、お昼を食べて、終わったら4時。 

カミサンは昼前から参加し、暗くなるまでやっていた。 

毎年いい加減に切るのだが、今年はネットで「さるすべり剪定」「月桂樹剪定」で調べて着手。 

先ず、さるすべりから。 

植えて初めて、昨年は見事に咲いてくれ、長い間楽しませてくれたが、今年の花付きは 

イマイチだった。 

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そのため、ネットに書かれていることに従い、太い枝の枝元に近いところから切ろうと、

思いきり切り、さっぱりした。

切ったあと、また来年楽しませてね、と声をかけた。 

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次は、月桂樹。 

このローリエはこの家を買ったとき新築祝いにカミサンの母親が贈ってくれた記念樹。

毎年、1年間でどんどん枝が伸び、葉が茂る。 

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ローリエの剪定のポイントは、樹本体だけでなく、根元の回りに出て伸びている、ひこばえを

切ること。 

切り落とした枝から、きれいな葉をとって、カミサンが今年も料理に使うため保存した。 

剪定したあと、こんなにさっぱりした。 

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小さな庭で、たった2本の樹を剪定し、切り取った枝葉を処分するだけで、5時間近くかかった。 

たったこれだけの作業であったが、かなり疲れた。

農家の方の作業は本当に大変なんだろうなぁ、とあらためて思った。 

作業はイヤホンでラジオを聴きながら、何も考えることなく無心でできるので嫌いじゃない。 

最後に集めた枝葉は大きな袋に5つ。 

翌日は燃えるゴミの日だったのでゴミ置き場に持って行った。 

持って行っておけば、集荷してもらえる仕組みにも、あらためてありがたさを感じた。

2016年11月 5日 (土)

マレーシア ⑤ (クアラルンプール)

帰国したのは先月11日、3週間以上経ち、記憶がいくぶん薄れてきはじめた。 

今回の旅行の最後はクアラルンプールで2泊。 

泊ったホテルからのながめ。 

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クアラルンプール(KL)については、前もってほとんど調べてなかったため、ホテルの

コンシェルジュにお勧めを聞いた。 

勧められたのは、24時間使える市内循環バスに乗り、先ず1周回り、2周目は興味のある 

ところで降りて近くを観光すること、それにカミサンがKLではこれだけはやりたいと言っていた

ホタル鑑賞ツアーを予約した。 

先ず、市内循環の2階建てバスに乗った。 

運行中は、スピーカーで案内が流れる。それに大学生の集団が乗っていて、いろいろ 

アドバイスしてくれた。 

乗って間もなくすると、クアラルンプールと言えばこれというツインタワーが見えてきた。 

450メートルを超える88階建てビルで、マレーシアの国立石油会社ペトロナスが建てた。 

タワー1は日本、2は韓国、間をつなぐスカイブリッジはフランスの建築会社の施工とのこと。 

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2周目バスを降りたのは、いろいろありそうなセントラルマーケット。 

中華街が近くにあり、中華街もぶらぶら。 

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ホテルに戻り、疲れたので昼寝。 

約束の16時半、ホタルツアーに出発。 

お客は我々だけ。ドライバーで案内人のアズマンはとても良かった。 

ホタル鑑賞の前、数か所に寄った。 

先ずはKL市内で、どのツアーにもあるお土産屋へ。 

孫娘たちに南国風のドレスを買った。 

続いて、ヒンズー教寺院見学。 

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アズマンも入り写真を撮った。 

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続いて、これも観光ルート。サルの餌付け。 

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日が暮れはじめ、いよいよ舟に乗ってホタル観賞へ。 

小型舟であったが、観光客でほぼ満席。 

大きなホテルが乱舞するところが見えるのではと期待したが、甘かった。 

真暗の中、茂みの中を飛んでいるホタルはもちろん形は見えない。見えるのは放つ光だけ。 

フラッシュ不可で、撮れた写真はこんな感じ。 

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舟から上がって、アズマンが予約してくれていた店で食べた食事には大満足。 

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KL3日目は、帰国する夜の飛行機に乗るまで市内観光。 

まず、バスで国立モスクに行った。

さすがナショナルモスクと言われる雰囲気のモスクだった。 

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モスクからしばらく歩き、鳥の公園へ。 

南国らしい鳥をいろいろ見た。 

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このあとランの公園にも行きたかったが、暑くて疲れて、行くこと断念。

旅行中、あちこちで南国らしい花をたくさん見た。これもいかにも南国の花。 

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このあと電車でKLセントラルまで戻り、疲れて喉が渇いていて、駅で飲んだジュースが 

美味しかった。 

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ホテルに預けていた荷物をピックアップし、KL国際空港まで電車で行って、成田行き便に乗り、 

12日間の旅は終わった。 

長い旅行記にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

2016年11月 3日 (木)

マレーシア ④ (クチン2)

マレーシアで泊まったホテル4カ所すべてで、毎朝5時になるとイスラム教の祈りのコーランが

流れてきた。

毎日夕方にも同じ声が聞こえてきて、最初は「カラオケかなぁ」とカミサンと話していたが、

そのうち、コーランなんだと気がついた。コーランは20分くらい続く。

カミサンが「信者はメッカに向かって祈るので、部屋の隅にあるあの印が、きっとメッカの方向を

指しているんだろうねぇ」と言っていて、たしかにそうだろうと思った。

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クアラルンプールで頼んだ個人ツアーのドライバーの男性がムスリム(イスラム教徒)だった。

ツアーの途中、彼からイスラム、ムスリムにまつわる話をたくさん聞いた。

ムスリムでない女性がムスリムと結婚したら、女性本人、子供たち代々ムスリムになるとか、

最近日本でも2020年のオリンピックに向けて準備することが話題になりはじめた、ムスリムが

清められていると考え、これしか口にしない食材「ハラル」についても話題になった。

ムスリムは、世界の人口の5分の1、16億人いるとのこと。

彼に「聞きにくい質問だが、ISについてどう思う?」と聞いたら、カミサンから「聞くべきでない」

と言われたが、彼は自分の意見をしっかり答えてくれた。

さて、話をクチンに戻して。

2泊したクチンは小さな町。

多民族の町クチンは、中華街やインド人街があり、東南アジアの各地の趣を肌で感じ取る

ことができ、東洋のエキゾチックな雰囲気が漂う町。

町の中心部は30分もあれば歩ける。

3日目、地図を見ると博物館が4つあるので、午前中ひとりで博物館巡りすることにした。

先ずは、ホテルから一番近いところにある中国の華族歴史博物館へ。

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1800年代、中国からボルネオ島に渡ってきた中国人移民がいかに苦労して地歩を築いて

いったかが展示、説明されていた。

そのあと、サラワク博物館、テキスタイル博物館と回った。

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サラワク博物館は歴史が中心で、興味を引く話、展示物がたくさんあった。

最後に、東南アジアで最初のイスラム博物館、イスラミック・ヘリテージ博物館を訪ねた。

場所がわからず、近くにいた男性に聞いたら、わざわざ車で連れて行ってくれた。

イスラム諸国から取り寄せた武器、織物、陶磁器などが展示されていた。

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ホテルまで歩いて帰り、預けていた荷物をピックアップしてタクシーでクチン空港へ。

お腹がすいていて、カミサンが予めiPadで調べていたサラワクでしか食べられないサラワク

ラクサを空港で食べた。

カミサンは「ラクサはココナツスープの上にエビ・もやしがのっていて、このあとクアラルンプールに

行ったら、もう食べる機会がないので、どうしてもクチンで」と念願のラクサを楽しんでいた。

食べてみて「ラーメンじゃないの」とは言えなかった (笑)

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クチンからクアラルンプール(KL)空港までは1時間45分。

国内線だから到着はKLIA2。

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クアラルンプールには空港がふたつあり、最初はその区別がわからなかった。

国際線が第1ターミナルKLIAで、国内線とLCCがKLIA2であることが、空港からKLセントラルまで

乗った電車内に書いてあったこの表示を見てわかった。

このあと2泊したKLのホテルはKLセントラル駅のすぐ近くだったので楽だった。

2016年10月31日 (月)

マレーシア ③ (クチン1)

旅行7日目、ボルネオ島の北のコタキナバルから南のサラワク州の州都クチンに移動。 

今回の旅行では、シンガポール、マラッカ、コタキナバル、クチン、クアラルンプールと5都市を 

回ったが、夫婦ともクチンが一番気に入った。 

コタキナバルからクチンまでは飛行機で1時間半。今回も格安航空のエアーアジア。 

今回の旅ではエアーアジアを最大限に利用した。 

マラッカの旅行店で買ったエアーチケットは3経路。 

クアラルンプールからコタキナバル、コタキナバルからクチン、クチンからクアラルンプール、 

3経路、夫婦2人分で払った航空券代金は約3万円だった。 

格安航空会社はコスト削減のため、多くの搭乗手続き作業を搭乗客自らでやらなければならない。 

日本でもやっとお客の作業となった手荷物の計量とタグ付けはもちろんのこと、荷物の中身の 

チェックほか必要な手続きはすべて搭乗客がやることになる。 

最初戸惑っていたら、若い男性が手伝ってくれて、2回目以降は自分たちでやった。 

コタキナバルからクチンまでは1時間半。 

クチンの空港からホテルまではタクシー。 

ドライバーに日本人だと言ったら、アニメ漫画の話で盛り上がった。 

子供とテレビ番組の取り合いになると話していた。 

マレーシアの空港でのタクシー代の支払い方法も奇異だった。 

乗る前に空港でクーポン券を買わなければならない。 

行き先を言うとその料金に相当するクーポンの料金を告げられ購入する。 

仕組みをタクシードライバーに聞くと、空港だけのようだが、お客が払ったクーポン代のうち 

20%は国が税金として取るそうだ。 

税の徴収漏れをなくすこと、それにドライバーが不当に客に料金を請求しないためとのこと。 

泊ったホテルはサラワク川の河畔。 

両岸を渡舟が頻繁に行き来していた。 

夕方には学生たちが帰宅に使っていて、料金を聞いてみると10円くらいだった。 

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翌日、川を上り下りする舟に乗った。 

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1時間半くらいかけて船頭さんが案内してくれた。

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川沿いには王宮や金ピカの州の議会場や砦が見えた。 

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クチンは猫で有名な町。猫の像が町のあちこちにあった。

下の像は8匹の猫の表情と趣きがよく出ていた。

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クチンの続きは、次のクチン2で。

 

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