2012年5月25日 (金)

庭に鳩が巣をつくった

巣に気がついたのは4月20日。

外からは見えにくく、巣つくりには格好のこんもりした月桂樹の木に作った。

右はボクが寝起きしている部屋で、朝晩、雨戸を開閉する。

開閉の音にびっくりするだろうと思い、朝晩『ごめんね』と言いながら開け閉めした。

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巣をつくったあと、卵を産んで、ずっと巣から離れることなく抱卵をはじめた。

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ある日、卵が3つ、ちらりと見えた。

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四六時中、ずっと卵を抱き、巣を離れることはなかった。

あまりにも抱卵期間が長いので、ネットで調べてみた。

『ヒナの孵るのは抱卵から約18日。20日以上経って孵らなければ、親鳩は自然と

抱くのを止める』と書かれていた。

ゴールデンウイークに、巣の下に卵がひとつ落ちて割れているのを見つけた。

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20日間が過ぎても、じっと抱卵している様子だった。

ただ、下から巣を見ると、巣づくりの材料が明らかに足りなく、すけすけ状態。

これでは卵が落ちても仕方ない。

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何かエサを食べているのだろうかと、ずっと心配だった。

そのうち、あることに気がついた。

抱卵している鳩が鳴くと、家の前の電線にとまっているもう一羽の鳩が鳴き、

そのうち電線にとまったいた鳩が巣にきて、抱卵していた鳩と交代し、抱卵して

いた鳩は巣から飛び立って行く。

カミサンの『夫婦交代で卵を温めていて、交代しながらエサを取りに行ってるのよ』

という意見に納得。

ボクが熱海に行っていた間は、カミサンに様子を知らせてくれるよう頼んでおいた。

カミサンから『動かないようなので、死んだのでないか。怖いからよく見ることが

できないので、帰ってきて見て』と数度連絡があった。

帰ってきてすぐ見ると、まだ巣にはいるものの、ぐっとやせていた。

2日後、朝起きて巣を見ると、いなくなっていた。

1ヶ月以上、やきもき心配させた鳩だったが、どこかに飛んでいったのだろう。

元気であればいいが。

たまたま今日は佐渡でトキのひなの巣立ちが大きな話題になった。

2012年5月22日 (火)

全国交通事故遺族の会、閉会へ

会員になり16年半、全国交通事故遺族の会が幕を閉じることが決まった。

日曜日最後の総会があり出席した。マスメディアも来て取材していたので、メディアで

既にニュースを見た方も少なくないのでは。

7年近く続けてきたブログに今まで一度も書いたことがなかったが、我が家は17年前

平成7年7月、当時23歳だった息子を交通事故で喪った。

大学を出て3ヵ月後、仕事中運転していたバイクに、前方不注視の無謀運転のトラックが

ぶつかり、息子は亡くなった。

トラックの運転手のウソを暴くため、6年半かけて裁判をやり、それなりに満足のいく

結果は出た。

事故後、家族はみな茫然自失の大ピンチ。そのような中、めぐり合ったのが

全国交通事故遺族の会だった。

やはり無謀運転でお嬢さんを亡くした千葉のお医者さん、井手渉さん・政子さんが

はじめられた活動を事故の5ヶ月後に新聞で知り、即刻電話し、会に入れてもらう

とともに、活動に参加してきた。

会ができて21年、世の中にも会の中にもさまざまな変化があり、今年末で幕を閉じる

ことになった。

井手さんご夫妻が私財を投げ打ち、発起してくださった会に、我々家族は言葉では

到底言い表せないくらい助けてもらった。

同時に、助けてもらった恩返しをしないと、との思いで、我々のあと同様の悲劇に

遭遇した人たちに対し、出来る限りの支援をさせていただいてきた。

日曜日の総会には、130人を越える会員が全国から集まり、旧交をあたためた。

閉会を決議した総会は午前中で終わり、レストランを借り切り全員でお昼を食べ、

話は尽きず、お茶をしたあと居酒屋に流れ、わいわい盛り上がった。

井手さんご夫妻を中心に、これまで大変な苦労をしながら会を支えてきたことは

多くの会員が承知しているため、予想をはるかに上回る圧倒多数で、閉会の動議は

可決された。

諸般の事情を考えると閉会はやむなしと、多くの会員が考えた結果と言える。

とは言え、最近の連発する酷い事故を思うと、まだまだ事故防止、事故抑止には

課題が山積している。

総会の挨拶の最後で、井手さんご夫妻がお礼と感謝の言葉を述べられた。

その中で、『言い表せない苦渋の選択で会を閉じることになったが、交通事故防止

活動は続けていくことが必要である。この先、新しい芽が育っていくことを信じたい』

集まる場所はなくても、お金はなくても、少ないメンバーで、取り組むテーマをぐっと

絞って、この先、この指とまれ方式でやっていくことが必要なのではないかと思った。

2012年5月17日 (木)

映画「アーティスト」

アカデミー賞の作品賞、主演男優賞、監督賞など5部門を受賞した作品で、

Gooのポイントも80点、新聞広告にも「大ヒット!ありがとう」、と書いてあり、

期待して観にいった映画。

ちょっと期待外れだった。

作品のウリは、モノクロとサイレント。

これに重きを置いて、アカデミー賞の審査員は決めたわけではないだろうが、

この映画が作品賞にノミネートされたことは解せない。

年間、世界中でたくさんの作品が作られている中、他の受賞は良しとしても、

この映画が作品としてトップかと言われると、首を傾げざるを得ない作品だった。

映画が始まって間もなく、最初は奇異だったモノクロ、サイレントは気にならなくなった。

台詞は字幕に英語と日本語で出てくる。

しゃべっている長さに比べ、字幕の台詞が短いことは最初は気になったが、

出演者たちの表情や仕草を見ながら、会話の内容は理解できた。

ただ、最後の数分間、映像はモノクロのままで音声が入ったときはホッとした。

映画は、作品としての価値、優劣、出来不出来は偏に観る人の感性に左右される。

欧米の映画を観て、感性の違いにより、受け止め方は日本人とは違うなぁ、と思う

ことは珍しくない。

アカデミー賞に選ばれる視点は、日本人の評価尺度とは異なるものになることは

容易に理解できるし、やむ得ない。

「アーティスト」のあらすじはこちら

2012年5月14日 (月)

熱海でひどい交通事故

金曜日から、ひとりで熱海に来ている。

今日午後、マンションのロビーで会った知り合いから、『下の道路で大事故!』と聞き、

坂道を300mくらい下へ降りた交叉点へ行くと、多くの人が集まり物々しい雰囲気。

近くにいた人に聞くと、『トラックが坂道でブレーキがきかなくなり、走っていた車に

次々にぶつかりながら、信号の下のクリーニング店に飛び込んだ』

交叉点には、最初にぶつかった市内遊覧バスが前面を大破して停まっていた。

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坂のすぐ下には路線バスが

右側面を損傷して停まっていた。 120514_1703441

その先の信号を渡ると軽自動車が

右後部を大破し、停まっていた。

あとから聞くと、この軽自動車には

若い夫婦と2ヶ月の赤ちゃんが

乗っていて、3人はドクターヘリで

病院に搬送されたとのこと。

現場では赤ちゃんが心配停止

状態のようだ、と話していたが、

テレビのニュースで、幸い命は

とりとめたと聞き、ホッとした。

軽自動車のすぐ先には事故を起こした4トントラックが、左側の歩道に乗りあげ、

クリーニング店に突っ込んでいた。

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加害車輌のトラックは重機を積んだ熊谷ナンバー、しかもレンタカー。

ニュースによれば運転手は広島の人間。

結局、5台に衝突し、10人が重軽傷を負った。

死者が出なかったのが、何よりの幸い。

歩道に歩行者がいなかったこと、それにブレーキが利かないまま下ってきて

通過した信号が青だったのだろう、歩行者に被害がなかったことが、幸いだった。

すぐに京都の祇園の暴走事故を連想した。あの事故では歩行者側の信号が青で

暴走車は赤信号で歩行者をなぎ倒し、多くの方が亡くなった。

誰でも考えるのは、ブレーキが利かなかったのであれば、どうして道路に設けられた

ガードレールにぶつけて停めようとしなかったのか。

ガードレールにぶつけていれば、信号の手前で車は停められたはずである。

それに、重機を積んだ熊谷ナンバーの、しかもレンタカーが熱海まで何故重機を

運んできたのか、その上、土地勘がないと思われる広島の人間に運転させて。

事故現場では、久しぶりに地元の方ふたりに会い、しばらく立ち話をした。

温泉旅館経営のMさんと静岡県会議員の橋本かずみさん。

京都の祇園の事故以来、全国でとんでもない事故が多発している。

個人が起こす事故の防止に加え、行政が監査、立ち入り検査権を行使し、厳しい

対応を取っていかないと、悪質な事故は必ず繰り返し起きる。

2012年5月13日 (日)

ネットニュースから「脳の若さを保つ秘訣」

このニュースによれば、脳の若さを保つ秘訣は、夫婦愛にあるそうだ。

平素のカミサンの口癖。『ボケられたら、わたしが困る。ボケないようにXXXして、

XXXをやって』 ボクが先にボケるということが決まっているわけじゃないのに。

ボクの気に入っていることばは、『人生は性格なり』

であれば、脳の若さを保つポイントは、性格だと思うのだが。

以下、ネットニュース紹介。

老化現象は生きとし生けるものとして避けることはできません。

しかし、脳の老化は健やかな夫婦愛で防げる傾向にあることが研究で分かりました。

ジャーナル誌『セル・プレス』に寄せられた論文によると、若い脳を維持する秘訣は、

パートナーとの過し方にあるようです。

スウェーデンのウメア大学に属するラーズ・ニイベルグ博士によれば、「年齢を

重ねることで衰える記憶機能も確かにありますが、にもかかわらず若々しい脳を

維持している高齢者は大勢いる」といいます。

教育はおそらく脳を守る要因とはなり得ません。現に、博士号所持者は、老年期を

迎えてから記憶喪失となる割合が高いという研究報告があります。

また、仕事もあてにはなりません。難度の高い学問やきつい仕事をこなすことは、

現役時代はよいかもしれませんが、リタイア後のメリットには結びつかないのです。

では、一体、脳の若さを保つには、何が必要なのでしょう。

その答えは夫婦愛です。社会的に、精神的に、そして肉体的に強く刺激し合える

パートナー同士は、若々しい脳を維持することができ、認識能力も高いといいます。

「心身ともに寄り添って活動することが、脳へのメンテナンスとなることを立証する

実例があります」とニイベルグ博士。

この新しい理論は、サクセスフル・エイジング研究のフィールドにおいて、新風を

巻き起こすかもしれません。これまでの研究は、既に起こってしまった認知力低下に

対してどのように対処するか、またはどのようにそれを補うかを模索するのが主でした。

それに対し、ニイベルグ博士の研究チームは、それより先に加齢による脳変化を防ぐ

方法を探るべきだと主張します。もちろん遺伝的な要因もあるでしょう。

しかし、脳の老化は生き方の選択を含めた後天的な環境要因によって引き起こされる

部分が大きいのです。

高齢者は出会いや人の名前を忘れがちです。とはいえ、60歳前後から痴呆が始まる

人もいれば、中にはさらなる知識を蓄積し、それらを有効的に活用する高齢者が多い

のも事実です。

「人と何かを分かち合い、発見の幅を広げることは、脳の老化を防ぐ」と研究チーム。

「若者とほぼ同じ、もしくは全く変わらないほどの脳機能や認識能力を維持する

高齢者がいます。言い換えるならば、老化した脳をあとから補おうとするより、脳の

若さを維持することが記憶力をうまく保つ秘訣といえるかもしれません」

2012年5月10日 (木)

我が家の庭も春模様

庭に出たら、となりのジャスティンと

息子のクーパーが庭にいて、Cimg8845_2 

ジャスティンとしばらく立ち話。

クーパーは3歳になり、話しかけたら

反応しはじめた。

ただ、この歳の男の子はみんなシャイ。

ジャスティンが『クーパーが先週から

週に2回幼稚園に行きはじめた。

バスで送り迎えしてくれて、泣かないで行ってるのでホッとしている』

今は庭の花が一年で一番映える時期。

左のシンビジウムは今年も5つ芽をつけてくれた。ほとんど面倒みてないのに。

右のベルフラワーもこの時期の定番。

ムスカリは25年くらい前スペインに出張した折り、乗り継ぎしたアムステルダムの

スキポール空港で球根を買ったものが、いまだに毎年楽しませてくれる。

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左のテッセンが咲きはじめた。例年よりちょっと遅い気がする。

右の梅の実も少し大きくなってきた。

カミサン曰く、『集中してるところは自然に落ちていくよ』

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手入れをほとんどしていない

中庭はうっそうとしている。Cimg8820 

右の木はざくろ。

銀婚式記念で植えたので、

もう17年前。

この家に住みはじめて今年で

34年。住みはじめてすぐのころは

何もなかった中庭つくりに燃えた。

毎週末は庭造りに精出した。今や木に隠れて見えないが、右奥に水が竹の受け口

からちょろちょろ流れ出すつくばいを造った。

今は年に2度剪定し、草がのびたとき抜くくらいで、まったくの手抜き状態。

2012年5月 7日 (月)

朝日歌壇から

大震災関連はあえて外し、心に沁みてメモした歌。

  ※ 婚礼の案内出すをいかにせむもう半年も職無しと聞く

  ※ 抗がん剤やめれば死ぬるまたしてもそんな想いにもて玩ば(あそば)るる

  ※ 三食を食みて三度の茶を飲みて病妻(つま)ときずなの三度ある日々

  ※ このまんまどこへもいかずなにもせずまるまっていたいきみといっしょに

  ※ 反抗期同じ土俵に立つまいととんがる息子の眉を見つめる

  ※ 駅前のポストは知ってる私の報われなかった履歴書の数

  ※ 三万の自死の数字が胸を撃つだれかの”あなた”になれぬわたしの

  ※ 研究費打ち切りだよと久々に夕餉の息子幼さ消えて

  ※ 夜勤あけの靄の県道帰るとき電信柱の数だけ淋しい

  ※ チューハイでご苦労様と乾杯をした退職の夜は失業の夜

2012年5月 5日 (土)

ウオーキング

夫婦でお世話になっている主治医から、毎回診察のたびに、ふたりとも『とにかく毎日

歩くように。大また早足で、少々汗ばむくらいのペースで』と言われている。

我が家はふたりで歩くことはなく、それぞれが好きな時間に好きなルートを歩いている。

ボクのルートは4つあり、その日の気分でどれかを歩く。

ただ、コンスタントに一日1万歩は難しい。

大また早足もついつい忘れてダラダラ歩きになる。

今日はルートのひとつ、通称赤い道からお墓を通り、海岸遊歩道を歩いた。

赤い道は住宅街の真ん中を通っている遊歩道て、全長1200mくらいある。

道の周りは、盛りのつつじ、はなみずき、牡丹、菖蒲と、まさに春一色。

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遊歩道の終端からお墓へ。家から墓まではちょうど3千歩。

墓掃除をしたあと、お寺の近くの300mくらいあるトンネルを抜けたら海岸に出る。

海岸にも遊歩道がある。

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下の写真は猿島。東京湾唯一の島で無人島。

猿島の右方向には横浜みなとみらいのランドマークタワーが見える。

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海岸遊歩道は端から端まで1.6キロ。往復するとウオーキングにちょうどいい距離。

10m毎に表示があり、歩いている途中、軽く200m走り、それを4~5回繰り返す

ことにしている。

しっとり汗をかいたので、帰ってシャワーを浴びてさっぱりした。

今日は軽く1万歩クリア。

2012年5月 1日 (火)

民事裁判傍聴

暴走自転車に巻き込まれお母さんを亡くした知り合いの民事裁判を傍聴した。

このところ立て続けに、悪質極まりない運転で多くの尊い命が奪われた交通事故が

多発しており、怒りで言葉がない。

傍聴した裁判は、自転車に乗った被告の加害者が、青信号で横断歩道を渡っていた

被害者(知り合いの母親)にぶつかり、亡くなった事故である。

事故後、知り合いの原告の父親は突然妻を亡くしたショックと心労で、重度のうつ

状態に陥ってしまっている。

2回目である今回の法廷では、前回原告側が出した訴状に対し、被告側が答弁書を

出してきた。

当たり前のように、被告は出廷することなく、代理人の弁護士が対応した。

事故は、青信号の横断歩道を渡っていた被害者に暴走してきた自転車がぶつかり

起きた事故で、事故原因、過失割合について争う余地はないはずである。

しかしながら、被告側が出してきた答弁書たるや酷いものであった。

被告側の主なる主張は、

 ①被告が信号を見ていなかったのは認めるが、赤だったかどうかはわからない。

 ②ぶつかった時は時速5キロ以下(明らかに嘘)だったので衝突で殺したわけじゃない

 ③被害者が「病院なんていい」と配慮したことを、「しぶしぶ病院に行った」と表現。

 ④刑事処分では重過失に問われたが、刑事と民事は別と主張。

  「重大な過失とする点については強く争う」、「民事上の重過失概念には該当

  しない」と主張。

 ⑤父親の鬱病は「間接被害」だから認められないと切り捨て。

被告側が最初に提出してくる答弁書は、概ねこんな感じで言いたい放題を言って

くるものとは言え、ここまで事故原因が明白な事故なのに、亡くなった方に思いを

致すことなく、極めて身勝手な放言をしてくることに対し、第三者のボクですら怒り

心頭の思いであった。

閉廷後、原告の遺族と傍聴した人たちでお茶を飲みながら1時間以上話した。

『できるだけ多くの証言や陳述を集め、一人の命が奪われた事実の重さをあらためて

加害者側に突き付け、加害者を法廷の場に呼び出し、被告本人尋問をする方向で

動くべきではないか』とアドバイスした。

これからも傍聴を続け、裁判官が正義に則った裁きをすることを見守っていきたい。

2012年4月27日 (金)

映画「ひろしま」

わが街、横須賀には米海軍基地があり、4年前からふたつの原子炉を積む原子力

空母「ジョージ・ワシントン」が寄港地としている。

大地震、大津波に見舞われたとき、原子力空母は本当に大丈夫なのか、原子力

空母の母港化への反対運動は寄港が決まって以来ずっと続いている。

この運動を推進しているグループの方から案内をもらい、映画「ひろしま」を観てきた。

映画「ひろしま」は終戦から8年後の1953年に作られた。

当時、一般館での上映は許されず、広く国民が目にすることはなかった。

映画「ひろしま」を国内はもとより、世界中の人たちに観てもらおうと運動を進めて

いる団体の肝いりで今回の上映は決まった。

映画が終わったあと、当運動を進めている責任者の方が、「ひろしま」にまつわる

話をいろいろしてくださった。

映画は日本教職員組合が、全国の組合員からひとりあたり50円のカンパを募り、

2400万円を集めて作られたとのこと。

被爆者含め約9万人の一般市民が、手弁当のエキストラで参加し撮影は行われた。

「ひろしま」の原作は、手記「原爆の子~広島の少年少女のうったえ」。

「原爆の子」は、新藤兼人監督により映画化され、1952年に公開された。

「原爆の子」は小学生のとき、学校から観に行った記憶がかすかにある。

「ひろしま」の評には、原爆投下後の広島を描いた映画の中で、一番真実に近く、

迫真性に富んでいる、と書かれている。

目を覆いたくなるような場面が繰り返し繰り返しスクリーンに映し出された。

被爆者たちと9万人の市民が製作協力および出演して作られた、日本映画史上に

例のないこの作品は、核兵器廃絶と平和への強い希求と願いの発露である。

映画は当然白黒、画面も小さく、映像の状態は悪く、音のこもった感じも仕方ない。

現在日本には「ひろいま」のオリジナルプリントは2本しかないそうだ。

寄付を募ってデジタルマスター化する動きがあるとのこと。

福島原発事故で苦悩している我々日本人のみならず、核兵器廃絶に向けて前進

していくためにも、世界中の人たちに観てもらいたい映画である。

2012年4月25日 (水)

信じられない出会い

昨夜、沖縄の那覇に住む上間さんという方が書いてくださった下記のブログの

コメントを読んで、カミサンともどもビックリした。

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はじめまして。

偶然、このブログを拝見させて頂きました。

ブログの中で、上間のおじいさんとお会いしたそうですが

私のおじいちゃんです。

長い間、入院してましたが、5年前?くらいに亡くなりました。

ブログで、久しぶりにおじいちゃんを見れて感激しました。

今は、少し改装して民宿にしていますよ。

私達は、那覇住みで、予約が入った時のみ、民宿を開放しています。

良かったら、また、遊びに来てくださいね。

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こんなことってあるんだ、という気持ちでコメントを読んだ。

1999年、仕事で沖縄に行った。2度目の沖縄で、このときはカミサンを連れて行き、

仕事が終わったあと、休暇を取り延泊し、車で沖縄を回った。

本部(もとぶ)方面に行った折り、通った瀬底島の美しさに魅せられた。

定年退職したあと、2度娘夫婦と一緒に沖縄を旅行した。

今は沖縄に住む彼らが沖縄に移る前のことである。

先ず、6年5月、7年ぶりに沖縄に行った折り、どうしてももう一度あの美しかった

瀬底島を訪ねたく足を運んだ。

99年に瀬底島に行ったとき、ひとりの年配の男性にお会いし、色々お話した。

7年後の6年5月、瀬底島を再訪したとき、ひょっとしたらあのおじいさんに会える

かもしれないと思い、うろ覚えではあったが、そのお宅を訪ねた。ラッキーにも

そのおじいさんである上間さんに再会できた。

再会できたことは、6年5月のブログ「沖縄の旅(感激の出会い)」に書いた。

昨日ブログにコメントを書いてくださったのは、上間さんのお孫さんだったのだ。

実は、それから2年4ヵ月後の8年9月に、また娘夫婦たちと一緒に沖縄へ行った。

そのときもまた瀬底島に行き、上間さんのお宅を訪ねた。

お宅の表札は上間さんではなくなっていて、家の雰囲気も2年前とは違っていた。

2年前94歳だった上間さんは、お亡くなりになったのかもしれないと思った。

このときのことは8年9月のブログ「沖縄の旅(きれいな海に感激)」に書いた。

お孫さんが書かれている、上間さんが5年くらい前に亡くなられた、とも符合する。

このとき、もうひとつショックだったのは、あの自然豊かな美しい瀬底島に開発の

手が入り、ホテルが建設されつつあったことで、これには少々失望した。

2012年4月22日 (日)

テニスチーム対抗戦

今日日曜日、朝9時からテニスクラブで、春・秋恒例のチーム対抗戦があった。

クラブのメンバーは100名ちょっと。今日は1/3の33名(内女性12名)が参加した。

毎回世話役は前回最下位のチームと決まっている。

次回の世話役を免れたく、チームはみな一生懸命になる。

各自くじを引いて、世話役グループが作った組み合わせ表に従い試合は進められる。

毎回感心するが、今回も組み合わせ表が見事に作られていた。

参加者が33名という難しい数字で、男性・女性の数を考え、男子ダブルス、ミックス

ダブルスで、各自が4ゲーム参加できるよう、3つのコートをうまく使い、組み合わせが

作られていた。ボクにはとても考えられない。

試合の方は、チームにあまり貢献できる結果が残せなかった。

ただ、25年近く一緒にやってきた仲間も少なくなく、ワイワイ言いながら今日も楽しく

やった。

所属チームは5チーム中2位で、次回の世話役は今回も免れた。

全ゲームが終わったのは2時過ぎ。

心配した雨は途中ぱらついた程度で、全員最後までできた。

参加費500円で、お弁当がついて参加賞がもらえ、気の置けない仲間たちと5時間

遊べ、心地よい時間を過ごすことができ、ハピーな気持ちで帰宅した。

2012年4月21日 (土)

映画「マーガレット・サッチャー」 鉄の女の涙

上映がはじまったときから、ぜひ観たいと思っていた作品。

結局、観に行ったのは横須賀での最終日の最終回。あやうく観ないまま終わって

しまうところだった。

観たあとの感想は、『よかった!ぎりぎり間に合って』

定年後、たくさんの映画を観てきたが、その中で間違いなくベスト3に入る。

この作品で再度のアカデミー主演女優賞を取った主演のメリル・ストリープは

最高の演技だった。アメリカ女優のメリルは英国初の女性首相になりきった。

元首相のスピーチを音楽のように聴き続け、音色や抑揚を体に沁み込ませた

そうだ。

作品は「鉄の女」を生身の妻や母として描き、その苦悩に寄り添い、特に最愛の夫

デニスとのあふれる愛は感動的だった。

そのデニスは既に亡くなり、86歳の元首相は認知症を患う身。

最後に近い場面で、デニスの遺品を手に取り彼女は、『あなたは幸せだった?』

とつぶやく。ジーンときた。

ラストシーンも大変よかった。ラストシーンがすばらしいと思える映画は数多くない。

国民に愛され、同じくらい憎まれた人だった。英国病と呼ばれる衰退は止めたが

溝を深めた社会は荒れた。

サッチャー首相の在任期間は11年に及んだ。栄光と挫折の11年。

冷戦が終わる激動期とも重なる。

翻って、1年交代の日本の首相。ふんばりのなさに、情けなさを感じる。

作品のあらすじ・解説はこちら

白陵惜春会

「白陵惜春会」は大学の寮の仲間の集まりで、ブログにも何度か書いたことがある。

今週火曜日、今年2回目の会合・会食があった。

教養課程の1年半、姫路にあった寮で寝食をともにした仲間だから、もうちょうど

50年、半世紀前に出会った仲間たちである。

一緒に青春時代を謳歌し、みな40年間くらい働き、今はみんな定年退職した身。

旧制姫路高等学校の汚い寮で、一緒にバンカラ生活をしていた仲間たち。

寮の名称「白陵寮」の白陵と、寮歌の一節の「惜春」から「白陵惜春会」と命名し、

年に4回、有楽町の帝国劇場の地下にある大学の倶楽部に集まっている。

ボクは万年幹事。

今回は遠来の参加者2名(シカゴからT君、高松からM君)を交え、参加者は13名。

参加者の持ち回りで、テーマは発表者の随意で、毎回スピーチの時間を設けている。

今回のスピーカーはシカゴから参加してくれたT君。

テーマは、『霊は存在する~その具体例から実体を考える~』 

大変興味深い話だった。

「霊の存在」に触れる前段の話として、人間の体は電気で満ちていること、

地球も電気を持っていることから説きほぐし、健康のためには体はプラスに保つ

ことが大切であり(マイナスは免疫力を弱める)、Phを決める要因は食べ物、気分、

考え方などとのこと。

特に大切なことは「ポジティブ思考」、「プラスに考えること」

体の電気は死とともに体から抜け、これが霊となる。

霊は我々の周りに存在し、現実界と霊界の間に立ち、霊とやりとりができる能力の

ことを霊能といい、世の中には霊能を持った人がいる。

霊は寂しがり屋で、引っ張り込んで助けを求める。

話の締めは「何か感じたら、霊の影響ではないか、と考えてみては?」

多くの質問、意見が出て話は大いに盛り上がった。

その他の話題は、平成5年にNHKが制作・放映した番組、「白陵寮70周年記念祭

~旧制姫路高校 嗚呼白陵~」のビデオをSさんが持ってきてくれて、みんなで鑑賞。

1時間以上の番組で少々冗長なところがあったが、学舎に加え、教養課程で教わった

先生、旧制姫路高等学校の卒業生(竹村健一、浦山桐郎ほか)などが登場。
 
今回もまた旅行の話が出た。

次回の旅行は関西のグループにアレンジをお願いし、西方面に行けないもの

だろうかとの意見が出た。

霊の話を聞いたあとだったので、スピリチュアル関連ということで、例えば伊勢神宮

熊野古道が候補として挙がった。

次回の関西の会合で議論してもらうことをお願いすることにした。

最後に恒例となった写真を撮って、5時にはじまった会合は9時前にお開きになった。

2012年4月18日 (水)

フェイスブックがきっかけで

昨日、フェイスブックで再会した女性のMさんと新宿で会い、ランチをご一緒した。

街で通りすがりに会っても認識できるかどうか、というくらいの年月が経っていた。

会ってすぐ、『最後に会ったのは何年前だろう』という話になった。

お互い年数を繰ってみて、『たぶん11年ぶりだろう』ということになった。

Mさんは元々は九州の人。当時密に交流していたシニアネットワークを主宰していた

Kさんを通して知り合った。

当時の話を皮切りに、Mさんからその後の話、近況をいろいろ聞いた。

ボクの近況はブログを見てくれていて、話すまでもなくという感じだった。

Mさんの今の職場は、スマートフォンのアプリの開発をやっているUnited Books

という会社。

United Booksはもともと書籍出版事業からスタートした会社だったとのこと。

出版事業を取り巻く環境が極めて厳しいことは、しばしば話題になる。

United Booksは出版事業で培ってきたことをベースに、スマートフォンのアプリの

開発に軸足を移している。

出版業界の川上である出版社から川下である書店を取り巻く厳しい状況を聞き、

あらためて業界の厳しさを認識した。

ボクはスマートフォンを持っていないが、Mさんに画面を見せてもらいながら話を

聞き、論評はできた。

United Booksのサイトを見ていただけばわかるが、United Booksの制作した作品の

何点もが、アップルストアの上位にランク付けされている。

大変な数のアプリの中、総合ランキングで3位に入っている作品も2つある。

どの作品も通勤時間、待ち合わせ時間などスキマ時間に読むにはぴったりの

読み物である。

ただ、スマートフォンのアプリビジネスは利幅の薄いビジネスのようである。

ひとつのアプリの値段は85円、そのうち30%はアップルの取り分。

1000回ダウンロードされても、売上げは6万円弱。

今更ではあるが、薄利でも自然に周辺が集まってきて、彼らが代わって稼いで

くれるビジネスモデルを作り上げたアップルのスゴサに、ただただ感嘆。

Mさんが何度も、『ランクに一喜一憂する薄利多売の世界です』と話していた。

『その中で、楽しくやっています』とも言っていた。

楽しく仕事がやれることは何にも増していいことだ。

お昼を食べた天ぷら屋のテーブルを1時間半近くふたりで占拠し、これまで

まったく縁のなかった興味のある話が聞け、とても心地よい時間が過ごせた。

『新宿方面に出かけてきた時には、また会いましょう』と言い、別れた。

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