2009年7月 8日 (水)

ゼミの仲間の飲み会

月曜日、大学のゼミの仲間4人が集まり新橋で飲み会をやった。

うちふたりは寮の仲間で年数回会っている。もうひとりのMくんは卒業以来だから、

何と43年ぶり。もちろん面影はあるし、街で会ってもわかりそうな気がしたが…

みんなリタイアしているので、5時にスタート。

先ず、5月に手術したSくんの快気祝いの乾杯。

話題の皮切りはSくんの手術の話。

異常が見つかったのは定期健診。

『リタイア後の定期健診は自己責任』と、定期健診の重要性について全員意見が

一致した。

Oくんがゼミ旅行のセピア色の写真を3枚持ってきてくれた。

登呂遺跡で写した写真が1枚あったが、ボクは行ったことを思い出せない。

ゼミの仲間15人くらいの中、顔を覚えていたのは10人くらい。

『連絡先を調べて、近くに住んでいる仲間は次回呼ぼうか』という話になった。

近況、家族、趣味、仲間の消息、現役時代の仕事の話、海外駐在・・・

話題が途切れることはなかった。

『定期的にやろう』ということで、次回の日取りを決めて、8時過ぎにお開きになった。

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2009年7月 7日 (火)

この時期恒例の来客

土曜日昼過ぎ、横浜から娘が孫ふたりを連れてやって来た。

日曜日は亡くなった息子の14回目の命日で、今年も会社の同期の仲間たちが

我が家に寄ってくれた。

同期と言ってもたった3カ月一緒だっただけなのに、毎年この時期になると集まって

くれる。嬉しいかぎりである。

妹孫のユナは階段に興味がある。Rimg0095

上りは難なくできるようになったが

今回は果敢に下りに挑戦。

手を取ってやれば何とか出来る

ようになった。

何度も何度も付き合わされた。

姉孫のミサキより少々早いような気がする。

1歳3カ月のユナは「じぃじ」が言えるようになり、じぃじ大モテ。

今年はカミサンが紫イモを庭に植えている。孫たちが来たらイモ掘りをさせようと

楽しみにしていた。

ふたりに掘るためのシャモジを持たせ、古い靴下をはかせ、蚊よけのスキンガードを

つけて、イモ掘りスタート。出てくる、出てくる、ふたりは大喜び。

Rimg0103 Rimg0106

Rimg0110 Rimg0113

土曜日は、先ず4時過ぎにTくん一家が来てくれた。

孫たちへ雑誌「たのしい幼稚園」と「めばえ」の

プレゼント。  Rimg0115

そのあと女の子(37歳、子とは言えない

歳だが)と、男の子たち3人が来てくれた。

昔は食事はすべてカミサンと娘が用意

していたが、最近はお酒と寿司、それに

デザートは持ってきてくれる。

最初は硬かった子供たちは、だんだん

慣れてにぎやかに騒ぎはじめた。

Rimg0119 Rimg0116

話題は、Mくんが先日投票のあった横須賀市長選で初当選した吉田新市長(33歳)

の選対のキィマンだったことから、「雄人、雄人」と呼びながら、吉田新市長のこと、

選挙のことで、みんなで大いに盛り上がった。

また、厳しい状況にある会社のこともいろんな話が出た。37歳、みんなまさに中堅。

厳しさをもろに受ける年齢だ。

9時ころ、仕事を終えた娘の友だちのNさんが寄ってくれ、一層盛り上がった。

14年経って、かつては話題の中心だった息子のことはもうほとんど出なくなった。

みんなが帰ったのは11時半。

毎回2時ころまでワイワイやっていた昔に比べれば終わりは早くなった。

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2009年7月 5日 (日)

ヨーロッパの旅(16:美術館・博物館巡り②)

アムステルダムでカミサンと別行動をした日、ひとりで博物館巡りをした。

一番に行きたかったのはアムステルダム歴史博物館。

Rimg0337 Rimg0338

予想通り大変興味のある展示がたくさんあった。説明パネルが英語だったので

十分理解できた。

13世紀から現在までのアムステルダムの歴史について展示があり、中でも一番

興味を引いた時代は海運国オランダが隆盛を極めた17世紀。

この時代に国を治めていた人たち、それに一般の庶民がどのような生活をしていたか

たくさんの展示を使い説明されていた。

建物自体は17世紀に孤児院だったそうで、中庭もあり、すばらしい場所だった。

次にガイドブックに紹介されていたファンローン博物館を訪ねた。

地図がわかりにくく、しかも博物館風の建物ではなく、周りの住宅にとけ込んでいて

探すのに苦労した。

オランダの黄金時代の豪商だったファン・ローン家が住んでいた家。

家族の肖像画や陶器のコレクションなどのほか、家具、調度品も当時のままに展示

されていて、裕福な人々の生活が偲ばれた。庭もきれいに手入れされていた。

Rimg0341 Rimg0344

ベルギーで行った美術館はふたつ。

ひとつ目は、アントワープで観たベルギーの著名な画家ルーベンスの家。

Rimg0637 Rimg0643

ルーベンスが自ら設計し17世紀初めに建てられたバロック様式のアトリエ兼住まい。

現在は市立博物館として一般公開されている。邸内には家具や調度品ばかりでなく、

ルーベンスの代表作が数十点展示されていた。入ったときちょうどガイドツアーが

行われていた。オランダ語だと思われる説明だったため参加できず、絵と展示物を

観るだけで終わり、残念だった。

もうひとつはホテルからトラムに3駅ほど

乗って行ったオルタ美術館。     275pxhortaelwi_2

この場所も難しかった。何人かに聞いたが

はっきりせず、探すのに苦労した。

19世紀に活躍したベルギーの建築家

オルタの自邸兼アトリエを美術館として

公開したもので、周辺にあるオルタ設計の

邸宅3軒と合わせて世界遺産に登録

されている。

オルタはアール・ヌーヴォー様式を建築に

初めて取り入れた建築家。

内部は残念ながら写真撮影禁止だった。

美術館・博物館巡り③では、パリのオルセー美術館を紹介したい。

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2009年7月 3日 (金)

ヨーロッパの旅(15:美術館・博物館巡り①)

美術館・博物館巡り、これも今回の旅行目的のひとつだった。

オランダ、ベルギーにはたくさんの美術館・博物館がある。訪ねたのはそのごく一部。

オランダの偉大なアーティストはゴッホ、フェルメール、レンブラント。

アムステルダムには3アーティストの

作品が鑑賞できる美術館がある。Rimg0309 

最初に行ったのはホテルから

トラムで10分足らずのところに

あるヴァン・ゴッホ美術館

有名な「自画像」、「馬鈴薯を食べる

人達」、「ひまわり」などを観ることが

できた。また、ゴッホと親交のあった

ゴーギャンの作品も展示してあった。Rimg0313 

ヴァン・ゴッホ美術館のあと、近くにある

国立美術館に行った。美術館の名前は

オランダ語でRijks Museum。

Rijksはレイクスと読むそうだ。国立と

いう意味なのだろうか。

さすがオランダの数ある美術館の中で503_2

ナンバーワン。所蔵作品はすばらしいもの

ばかり。中でもレンブラントの最高傑作

「夜警」を観ることができ、感激した。

レンブラントの絵は「自画像」など

黒い背景色のものが多い。

フェルメールの作品は館の正面の壁に

描かれていた「牛乳を注ぐ女」など

4作品。 

日本でも人気のあるフェルメールは502

極度の寡作で、残っている絵は37点

しかないとのこと。

去年東京でフェルメール展があり

カミサンと『行こう、行こう』と言い

ながら結局行かずじまいだった。

ただ今年3月、上野国立西洋美術館

で開催されたルーヴル美術館展で

「レースを編む女」を観た。

それに先日ブログに書いたハーグの

マウリッツハイス美術館で観た2作品

「デルフトの眺望」と「真珠の耳飾りの女」。それと今回国立美術館の4作品。

フェルメール作品のうち5分の1近くを観たことになる。

続きは、美術館・博物館巡り②で。

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2009年7月 2日 (木)

映画「愛を読むひと」

評を読んで面白そうだったので観に行った映画。

予想通りの作品で、2時間息もつがせない感じで観た。

gooのポイント79点は外れていなかった。

ただ、昨日は水曜日、チケットを買うとき『席は一番前の列しか空いていません』と

言われてはじめて、女性が千円になるレディース・デイだと気がついた。帰って

カミサンに話したら『それだけでなく今日は1日、映画の日で誰でも千円だからよ』と

言われ、納得。一番前の席はさすが観づらかったが、時間とともに慣れてきた。

原作は世界的ベストセラー「朗読者("The Reader")」。

以下あらすじをネットより引用。

   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~   ~~~~~~

1958年のドイツ。15歳のマイケルは21歳年上のハンナとの初めての情事にのめり

込む。ハンナの部屋に足繁く通い、請われるままに始めた本の朗読によって、2人の

時間はいっそう濃密なものになるが、ある日、ハンナは忽然と姿を消す。

1966年、大学で法律を学ぶマイケルは傍聴した法廷の被告席にハンナを見つける。

裁判に通ううちに彼女が必死に隠し通してきた秘密にようやく気づき、衝撃を受けるの

だった。

与えられた職務を全うした1人の女性。決して許されない罪を犯したのだとしても、

彼女は彼女のなすべきことをしたのだ。本作の主題はホロコーストの追及や、禁断の

愛を描くことではない。そのとき、もしハンナあるいはマイケルの立場だったら何が

出来たかを、観る者ひとりひとりに問う人間性についての映画なのだ。

念願のアカデミー賞主演女優賞に輝いたケイト・ウインスレットによって、弁解を一切

しない孤高の女性ハンナの人物像が小説よりも明確に浮かび上がる。

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2009年6月30日 (火)

ジャカランダのその後

熱帯、亜熱帯に咲く世界3大花木のひとつで、藤紫色の花がとってもきれいな

ジャカランダのことはブログに何度か書いた。

ジャカランダの名前を聞いたことがある方はほとんどいないであろう。

我々夫婦はジャカランダが大好きで、最初にジャカランダを見たのは、1970年代

シドニーに駐在した時。

日本ではごく限られた場所でしか見ることができないジャカランダが我が家の近くの

神奈川歯科大のキャンパスにも植えられている。

去年3月、神奈川歯科大に行った折に、ジャカランダに詳しいW先生に偶然お会いし、

種をいただいたがうまく発芽しなかった。4ヶ月後の7月、発芽しなかったことを

W先生に報告に行ったら今度は種ではなく発芽した苗をふたつ下さったことを

ブログに書いた。

下の左は去年7月にいただいた苗。右は3ヶ月後の10月。

Jakaranda Rimg0068

先日W先生からお電話をいただき『今年も大学のジャカランダが咲いたので観にきて

ください』とお誘いを受けた。Rimg0089

夫婦で『大学のジャカランダを

観に行こう』と言ってた矢先

だったので、お邪魔することにした。

行く以上成長した我が家の

ジャカランダをW先生にぜひ観て

もらいたく2鉢持って行った。

上の右の写真から8カ月経ち、立派に成長した。先生も大変喜んでくださった。

大学のジャカランダはほぼ満開。少々散り始めていた。

Rimg0079 Rimg0080 

日本のジャカランダは花と葉っぱの

出方が海外のものとは違う。Rimg0356_2 

去年の5月行ったカルフォルニアで

観たジャカランダ、それに35年前駐在した

シドニーで観たジャカランダ、どちらもまさに

桜同様、花が葉っぱを覆う感じで紫一色

それはそれは見事だった。

右は去年の5月カルフォルニアで観た

ジャカランダ。

W先生育てられている苗も見せてもらった。

左の写真の1本は幹も太くなり、我が家のものより少々大きく育っている。

Rimg0087 Rimg0086 

ジャカランダは花だけでなく、葉っぱがとても涼やかな感じで、まさに夏にぴったり。

W先生から『ぼつぼつ一回り大きい鉢に植え替えた方がいいのでは』とアドバイスを

受けた。我が家でも話していたことなので早速やろう。

先生から『先日ジャカランダを観るために熱海まで行ってきました』と。

たしかに熱海には街路樹として20数本のジャカランダが植えられていて、年々

花の咲き具合が良くなってきている。ここしばらく熱海に行っていないので様子が

わからない。ネットで見てみると、1週間ちょっと前の様子が写真に出ていた。

大きな木になるジャカランダである。とても我が家の庭に2本は植えられない。

W先生に『人の背丈くらいまでに育ったら大学に移植させてもらいたい』とお願いした。

お昼は、夫婦で前から一度行こう

行こうと言いながら、毎回表を通ったらRimg0075

お客が行列をつくっていて入ったことの

なかったてんぷら屋”岩松に寄った。

表の看板に”早い””安い””うまい”と

書いてあった。

この店の特徴は丼にてんぷらをうず高く

盛るところがポイントで、注文したあなご丼、

海鮮丼、900円と700円とたしかに安く、十分愉しめた。

Rimg0077 Rimg0076

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2009年6月29日 (月)

市長選、残念な結果に終わった

横須賀市長選のこと、それに応援している呉東正彦さんのことは2度ブログに書いた。

投票は昨日行われ、即日開票の結果、呉東さんは他の2候補に届かず敗れ、極めて

残念である。

当選したのは、6年間務めた横須賀市議を辞職し挑戦した吉田雄人氏(33歳)。

68,000票獲得。

多くの市民がその市政運営を疑問視してきた前市長、蒲谷氏は4,500票差で

一期務めただけで敗退。

横須賀市長は36年間官僚の天下りポジションだった。ここ3代は自治省OBが続いた。

市民の関心が高く、雨天ではあったが投票率は45%。前回を5ポイント上回った。

呉東さんの獲得票数は23,000票。思いのほか大差がついた。

残念ながら呉東さんは結果を出すことが出来なかったが『天下り市長はもうたくさん!』

と訴え、”チェンジ”を旗印にして「人づくりの福祉環境の整備」を訴え選挙戦にのぞんだ

吉田氏は、よどんだ様々な慣例・慣習・悪弊の改革にきっと果敢に挑戦し風穴を開けて

くれることだろう。

呉東さんは市民が担ぎ出した人だった。

ボクは国政含め特定の党派にこだわっているわけではなく、国も地方も政治には

常に対抗軸が必要で、力を拮抗させながら切磋琢磨していかないと、世の中は変わら

ないし、良くならないと確信している。

ボクが呉東さんの話を初めて聞いたのは、勧められて参加した6月4日の集会

話を聞いて、この人は任せられると直感した。

6月11日に開催された大集会には1,000人を超す人たちが集まり、市民の大きな

ムーブメントを肌で感じた。

その後も出来る支援をしたいと思い、近くのコミュニティセンターで開催されたミニ

集会に参加し意見を述べたり、駅頭でのチラシ配りのお手伝い、出陣式への参加、

近所のポスティング、ささやかながらカンパもさせてもらった

呉東さんの問いかけ・訴え、施策はまさに今の時代必要なことばかりだった。それらを

市民と一緒になってマニフェストに作り上げていく過程も理想的なプロセスだった。

ただ残念なことは活動が始まった時期が少々遅すぎたのではないかということである。

吉田新市長が地道にやっていた活動は、数年前既に息子の仲間から聞いていた。

ただ、呉東さんと一緒にマニフェストを作ったたくさんの市民の期待と希望の多くは

吉田さん、ならびに吉田さんを応援した人たちと間違いなく共有できるはずである。

より大きな輪で吉田新市長を支え、市民が安全・安心、心豊かに暮らせる街を

是非ともつくって欲しい。

最後に呉東さん、それに呉東さんと一緒にマニフェストを作った多くの市民の皆さん、

ホントにお疲れさまでした。

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2009年6月28日 (日)

ヨーロッパの旅(14:アムステルダムから遠出②)

しばらく中断していたヨーロッパの旅の報告を再開。

アムステルダムから遠出①で書いた  Rimg0239

ハーグのあと、電車で15分、画家

フェルメールが生涯を過ごした街、

デルフトに行った。デルフトはぜひ

行きたかった街だった。

ここも立派な駅だった。街の中心部

へは駅から歩いて15分くらい。

細い運河が張り巡らされ、緑の多いしっとりしたたたずまいの街だった。

ゴシックやルネッサンス様式の家々が続き、絵になる景色が街角のあちこちで

見られた。心が癒される感じの街だった。

運河畔にランドマーク的な建物の教会があった。このとき既に4時前。

ぶらぶら歩きフェルメールセンター(写真右)にも寄った。

Rimg0242 Rimg0245

そのあとどうしても行きたかった場所があった。

デルフトに行く前に寄ったハーグのマウリッツハイス美術館で観たフェルメールの

「デルフトの眺望」(1660年頃)が描かれた場所と言われている東門に行きたかった。

地図でよくわからなかったため途中何人かに聞き、やっとたどり着いた。

東門は左で、実際の絵「デルフトの眺望」は右。

Rimg0250_3 Vermeer13

東門からデルフト駅まで戻り、電車に

乗って次の訪問地ロッテルダム駅  Rimg0251_3

までは15分。

ロッテルダムのことは(4:出会い③)

書いた。

ロッテルダムはオランダ第2の都市。

時間さえあれば、もっとあちこち行きた

かったのだが、ロッテルダムに着いとき

既に6時前。Rimg0262

出会ったおばさんに紹介してもらって

行った港の近くをぶらぶらしただけで、

駅に戻り、アムステルダムに帰る電車に

乗った。

ロッテルダムからアムステルダムまでは

1時間。

一日歩き疲れて電車に乗ると寝てしまった。

ホテルに戻り、万歩計を見ると、この日歩いた歩数は19,000歩だった。

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2009年6月27日 (土)

株主総会(その2)

木曜日、3年続けてJFEの株主総会に出席した。場所は今年も帝国ホテル。  

JFEは02年に川崎製鉄と日本鋼管が合併してできた会社。

今年も數土社長の明解で力強く、自信に満ちた説明を聞き、すばらしい会社である

との印象をあらためて強く持った。

合併前は川崎製鉄、日本鋼管ともに業績はあまり芳しくなく、財務状態も脆弱で無配の

続いた時期があった。その2企業がここまですばらしい業績の会社に生まれ変われる

ものかと思いながら今年も數土社長の話を聞いた。まれにみる合併の好例と言える。

不況の影響を受け20年度の業績は厳しいとはいうものの、売上は10%超の伸び、

純利益はほぼ2,000億円。製造業の中で有数の高収益企業である。

『企業の社会的責任(CSR)は、持続的成長を通し、納税と雇用の義務を果たすこと

である』との社長の話は、今更ながら、まさにその通りだと思った。

數土社長の話は続く。

リーマンショックをきっかけにふたつのシナリオを作った。①経済環境の低迷が続く

場合、②経済環境が好転する場合。いずれのシナリオも共通で最も重要な課題は

10年先を見据えた技術開発である。これからもオンリーワン、ナンバーワン製品の

開発に邁進していく。

対処すべき課題の説明のあと、会場からさまざまな質問が出た。

數土社長はひとつひとつの質問に対し、真摯に丁寧に、冗談も織り込みながら

答えられた。いくつかの回答に対しては会場からエールを送る拍手があった。

コーポレイト・ガバナンスにもすばらしさを感じた。

質問はおそらく20個を超えたことだろう。12時前になり、これで打ち切りかと思ったら

數土社長は『あとふたつお受けします』と言われ、最後まで丁寧に答えられた。

厳しい経済環境の中、昨日は株主総会のピーク日で、多くの総会が紛糾したと

新聞が報じていた。

そのような中、JFEの総会は出席者の多くが満足のいくものであった。

年1度の株主総会は、現場を離れて長いボクには大変いい刺激になる。

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2009年6月26日 (金)

久しぶりに娘宅へ

富士通の株主総会のあと、久しぶりに横浜の娘宅へ行き2泊した。

孫たちに会うのはゴールデンウイーク以来。

ちょうど姉孫のミサキが幼稚園から帰って   Rimg0053

きたところだった。

会うやいなや、ウチワをくれた。幼稚園で

父の日プレゼントの裏に、じいじ向けにも

書いてくれたウチワだった。

娘からは手作りのお菓子のマカロン。

娘はパティシエを目指して結婚前1年半Rimg0028

くらいお菓子教室に通っていた。

お友だちや知り合いからオーダーを

もらって家でお菓子つくりをしている。

最近マカロン50個の大型注文をもらい

この日ボクがもらったマカロンは

失敗作だったようだ。ただ味は文句なし。

娘からの父の日のプレゼントはこれだけではなかった。ミサキが袋を持ってきてくれて

開けたらステキなシャツのプレゼントが入っていた。

   Rimg0046   Rimg0045

久しぶりに会った妹孫のユナ(1歳3カ月)の成長が著しかった。

スタスタ歩けて、話しかけるとよく理解できるようになっていた。

また、言える言葉もずっと増えていた。パパ・ママはもちろんのことジイジ・バアバも

言えるようになっていた。「あった」、「おいしい」や「アンパン(マン)」・・・も喋っていた。

ミサキは通っているスイミングのクラスが、くらげからきんぎょになったと教えてくれた。

『きんぎょクラスはどんな形でもいいから5m泳がせる』と娘が話していた。

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ミサキが幼稚園と家で作った新しい作品を見せてくれた。

トイレに右の写真のような張り紙がしてあった。男女共通で使えるトイレのことらしい。

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2日目の夜は相鉄線の天王町駅近くにある、アリラン亭に韓国料理を食べに行った。

子供たちはサービスで付いたデザートの果物とアイスクリームに大喜び。

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2009年6月24日 (水)

株主総会

月曜日、今年もかつて勤めていた会社(富士通)の株主総会に出席した。(日経新聞に

よれば出席者は過去最多の1400名超とのこと)

定年前は行ったことがなかった株主総会だが、定年後は毎年出席しており、今年が

5回目。

昨日、一昨日とブログのアクセス件数がいつもの倍くらい。(ブログの先頭の数字に

マウスをあててもらうと1週間の検索数がグラフで表示される)

何故だろうと思い、検索ワードを調べてみると、トップは”富士通 株主総会”。

たしかにブログをはじめて以来、毎年06年07年08年株主総会に出た印象を

書いてきた。

検索エンジンまたはボクのブログにある「サイト内検索」から検索がかかったことと思う。

富士通は去年社長が交代した。野副社長になって初めての株主総会だった。

前社長の黒川さんとは同じ職場だった時期があったが、野副さんは一緒に仕事を

したことはない。ただ、野副さんも海外に関係していためもちろん知っていた。

野副さんの「対処すべき課題」への説明、それに会場からの質問への対応を聞き、

思っていた以上に好印象を受けた。質問への回答に対しては何度か拍手が起きた。

このご時世、業績は厳しい。20年度連結純利益は1,123億円の赤字。

事業形態が違うので、相対比較するようなものではないが、同業他社(日立、東芝、

ソニー、NEC)の赤字幅ははるかに大きい。

当然なことながら、野副さんの話の中心は、苦境を乗り越え、次なる展開に向けての

考え方、取り組んでいる施策についてであった。

 ※ 「選択と集中」のためにハードディスクビジネスから撤退、事業売却。半導体事業

   分社化・・・。富士通のビジネス構造をよりシンプルにし、より強い体質の会社に。

 ※ システムインテグレーション事業をビジネスの中心核に。そのためにITの提供を

   超えて、お客様の経営改善に結びつくシステムの構築をお客様と一体となって

   一層深耕していく。それを実行していくため、豊富な経験と実力を持つフィールド

   イノベーターの数を増やし質を向上させていくことに注力している。お客様の

   かけがえない真のビジネスパートナーになれるよう。このことはもちろん国内

   だけの話ではなく、同じ考え方でグローバルに展開している。プロダクトは当然

   その基本になる。

   この一元的な方向に向かって役員、社員がいかに集中できるかが成否のカギ。

   体質を強化し、2010年度の黒字化に向けて邁進する。

意見が明快で説明に自信を感じた。

ただ、去年の総会で説明のあった『平成19年6月から始まった新しい3ヵ年中期計画の

最終年度、平成21年度目標は、①営業利益率 5%超、②海外売上率40%』について

まったく言及がなかったことが不満だった。

株主総会は年に1度。話したこと、約束したことがどうなったか翌年の総会で総括する

ことが極めて重要。『100年に1度のハプニングであったため』では許されない。

今回具体的な数値はあまり示されなかったものの、来年の総会では去年話したことは

こうなった、こうなっているとの総括を是非とも期待する。

新しく社外取締役に選任された衆議院議員で三重県知事であった北川正恭さんが

経験を活かし、いかに力を発揮してくれるか大いに関心のあるところである。

終了し会場を出たところで昔職場が一緒でリタイアした女性のTさんにばったり会った。

待ち合わせしていたカミサンもほぼ同じタイミングで会場に着き、3人で食事に行った。

Tさんとカミサンは何度か会ったことがあり食事しながらお互いの近況、昔話、それに

Tさんとボクはかつての職場の仲間の近況など話し、1時間半近く3人でワイワイ盛り

上がった。

Tさんと別れ、我々は久しぶりに横浜の娘宅へ行った。

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2009年6月23日 (火)

ヨーロッパの旅(13:アムステルダムから遠出①)

エダムに行った翌日、アムステルダム中央駅から電車に乗って遠出した。

この日も行きたかった街は3ヶ所。

カミサンは前日夜、『疲れたので明日はお休み。ひとりで行ってきて。わたしは部屋で

ゆっくりして、この近くをブラブラするから』、と。『色々いいとこへ行くんで一緒に行った

方がいいと思うけど』と言ったが、カミサンの意思は変らず。

前日の反省からこの日は早めに10時Rimg0238_2 

ころホテルを出た。  

アムステルダム中央駅から電車で50分の

ハーグ(オランダ語ではデン・ハーグ)へ。

ハーグにはふたつ駅があり、乗った電車は

ハーグ中央駅には停まらず、次のハーグ

HS駅で降りた。

先ず行きたかったのは、フェルメールの絵が展示されているマウリッツハイス美術館。

駅の案内所で聞いたらトラムに乗ってXXX駅で降りるように言われたものの、降りる

駅の名前をメモしなかったため、結局いつものパターンでトラムの運転手に、『そばに

立っているのでマウリッツハイス美術館の最寄駅に着いたら教えて』と頼んだ。

駅を降りたあとは美術館が見つからない。聞いて見つけた美術館の入り口(写真左)

わかり難かった。ただあとで気がついたが、トラムの反対側から行けば右のような

感じですぐわかったはず。

Rimg0225 Rimg0232 

フェルメールとレンブラントの著名な作品が展示されていて、どうしても行きたかった

美術館だった。特にフェルメールの代表作”真珠の耳飾の少女”と”デルフトの眺望”を

見ることができ感激した。レンブラントの”自画像”や”デュルブ博士の解剖学講義”も

じっくり見ることができた。

美術館のあとは、となりにあった  Rimg0230 

ビネンホフと呼ばれる国会議事堂や

主要な中央官庁が入っている場所を

ちょっとのぞいてみた。

首都アムステルダムに対して、

ハーグは政治の中心地である。

ビネンホフのあと、これも行きたかった

国際司法裁判所へ行くことにした。

ガイドブックに書いてあるのはオランダ語だけ。Vredespaleis、読み方もわからない。

行き方を聞くのが大変だった。何とか

乗るトラムの番号がわかりたどり着いた。Rimg0235 

国際司法裁判所の所長はたしか今年の

初め、皇太子妃雅子さんのお父さんの

小和田さんが就任されたはずだと思い、

そのことを守衛の人に聞いてみた。

返事はつれなかった。『よくわからない。

知りたいのであればインターネットで

検索すればわかる』、と。『そんなことはわかってる』と言いたかったが、『ありがとう』と

返事した。

裁判所のあと、これも念願だったフェルメールが生涯を過ごした街、デルフトに行った。

これについては、”14:アムステルダムから遠出②)”で。

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2009年6月21日 (日)

ヨーロッパの旅(12:アムステルダム郊外)

旅行の前ガイドブックを見て、アムステルダム郊外で行ってみたいと思っていた場所が

何ヶ所かあった。

その内の1ヶ所、アムステルダムの Rimg0107

北にある3つの街にバスで行った。

3ヶ所に行くのだから早めに出れば

いいのに、この日も出たのは11時過ぎ。

アムステルダム中央駅からバスに乗り、

オランダらしい田園風景を走ること40分、

最初の街エダムに着いた。

エダムはチーズの街として知られている。エダムのチーズはエダマーと呼ばれ、

リンゴのようにゴロンとした形が特徴。

エダムはとってもきれいな小さな水郷の街(村?)だった。

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ブラブラ歩いていたらガイドブックに出ていたチーズ計量所を見つけた。今はチーズの

販売所になっている。

気さくな愛想のよい店主がいろいろ説明してくれた。『写真を撮らせて』と言ったら

即『あぁ、いいよ』。計量に使われた道具ほか店内には昔を偲ばせるものがいろいろ

飾ってあった。お土産と我が家用にいくつかチーズを買った。

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夫婦でエダムが気に入り、少々

長居をしてしまった。          Rimg0204

次の目的地のフォーレンダム行きの

バスに乗るためバス停に行ったら

もう4時。

フォーレンダムまではバスで10分少々。

フォーレンダムは大きな湖の側の港町。

漁港でシーフード、中でもウナギの燻製は

絶品とガイドブックに書いてあったので楽しみにしていたが遅すぎて店は閉まっていた。

もうひとつガイドブックに書いてあった Rimg0198

ファーレンダムからマルケンという

島に渡る観光船にも乗ろうと思っていた。

観光船の乗り場に行ったら、ちょうど

最終便が出るところで慌てて乗った。

ただ、最終便だったため、残念ながら

マルケン島(写真右)には降りられず、

そのまま船はファーレンダムに引き返した。

そのあとバスでアムステルダムに戻った。

この日の夜は、『チャイニーズが食べたい』ということで、ふたりの意見が一致し、

アムステルダム中央駅の近くにある中華街へ行った。有名な飾り窓地区のすぐそば

だった。

たくさんあった店の中で混んでいた   Rimg0324

店を選び、入った南記というこの店は

当たりだった。

特にふたりともお粥が気に入り、

数日後また行ってお粥を食べた

思い出深い店である。

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2009年6月18日 (木)

ヨーロッパの旅(11:アムステルダムぶらぶら)

アムステルダムでは毎日ホテルの近くの停留所からトラムに乗って市内をあちこち

回った。ただ、毎朝ホテルでゆっくりしていたので、出かける時間は大体11時。

アムステルダム中央駅まではトラムで20分。写真左の駅舎は工事中だった。

赤レンガの堂々たる駅舎は東京駅のモデルになったとのこと。

トラムに毎日乗っていると、この先を右に曲がるなんてだんだんわかってきた。

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ホテルの朝食はビュッフェスタイルなのでついつい多めに食べてしまう。そのため

2時ころまでお腹がすかない。お昼は駅の中の店やベンディグマシンを利用した。

写真左はマヨネーズたっぷりのポテトチップス、右はベンディングマシン。

これは安くて手軽に利用できた。

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花を見たくなり、運河のそばのシンゲルの花市を見に行った。

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球根は検疫済みの印を押してないと日本には持ち込めない。税関で取り上げられる

こと覚悟で球根を何個か買い持ち帰った。幸いなことに荷物チェックはひっかから

なかった。もちろんマズイことだが。

花屋の前に大変面白い店があった。Rimg0347

この時期クリスマスの飾り付けほか

さまざまなクリスマス商品を売っていた。

表に看板がかかっていた。

曰く『It's only 226days till Chiristmas

(クリスマスまであとたった226日)』

このあとアムステルダム中央駅まで戻り、

運河のクルージングボートに乗った。

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水上生活者が多く、アムステルダムで3,000人以上いるとのことだった。

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2009年6月17日 (水)

ヨーロッパの旅(10:泊まったホテル②)

6泊したアムステルダムのホテルでは、3日間、朝7時ころからひとりで近くを散歩した。

7~8分くらい歩いたところに大きなきれいな公園があった。鳥たちが遊ぶ池のそばを

さっそうと自転車に乗って通勤する人たちに会った。東京の通勤地獄と比べ、何と

うらやましいのだろうと思った。

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ギルドハウスと呼ばれる家が並んでいる通りがいくつもあった。上屋の模様が家紋の

ようでどの家にも特徴があった。壁の最上屋にはフックがついていた。スキポール

空港から乗ったホテル行きのシャトルバスの運転手が説明してくれた。このフックは

各家の階段が狭かったりラセン状になっているため、引越しのとき荷物を運び入れる

ことが難しく、外から家具や荷物を吊り上げるためのフックだそうだ。

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ホテルの南側も歩いた。20分くらいのところにアムステルダム南駅があり、途中の

並木も家々もすばらしかった。

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ブリュシェルで6泊したホテルは、アムステルダムと違いショッピング街の近くにある

ホテルだった。

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ホテルの前をトラムが通っていて、すぐ近くにはGODIVAとPAULの店があった。

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ホテルには朝食がついていて毎朝レストラン(写真下左)で食べた。アムステルダムの

レストランよりメニューが豊富で楽しめた。ただ、朝も昼もパンを食べていたら飽きて

きたため、夜近くの桂林というチャイニーズレストラン(下右)に行き、中華料理を食べ

ホッとした。

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このホテルにはパソコンが使えるビジネスセンターがあった。マイクロソフトの機能を

使って日本語が入力できる設定をやろうとしたがフロントがやらせてくれなかった。

またキィボードのとおりに文字が出てこなくて困った。QとAやWとZが逆だったり

アルファベット以外も文字配列通りに文字が出なくて苦労した。お客の航空会社の

パイロットが来たので聞いたら『ここのパソコンはいつもおかしい。きっと使った人が

キーボードの配列をフランス語設定にしているのではないか』と言っていた。

ただ、何はともあれ、無料でパソコンが使えたのはよかった。

ブリュシェルのあとはパリに

移動して4泊した。このホテルはCimg1721_2

パリの土地勘がまったくない中、

ネットで取った。結果的には静かな

場所にあり、フロントは英語が通じ、

文句なかった。帰国したあとメールで

アンケートが送られてきたので

満足したと回答しておいた。

フロントの係は毎日のように替わった。そのうちひとりの女性がKyokoさんという

我々夫婦の共通の知り合いに雰囲気が似ていて、そのことを話し「Kyoko san」と

呼ぶようにしたら喜んでいた。

ホテルの前からエッフェル塔が見えた。歩けば20分少々で行けるとのことだったが

メトロに乗って行った。歩いて行けばよかったかな。

ホテルの前の道はあまり人通りがなく、メトロの駅も3分くらいと近く、落ち着ける場所

でよかった。

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聞いていたようにパリのホテルのエレベーターは小さい。スーツケースをひとつ

積んでひとり乗ったらいっぱい。

このホテルでもレストランの朝食がついていた。

Cimg1719 Cimg1722_3  

部屋で持参したパソコンをWiFiネットに接続しようと試みた。120分12ユーロを

ネットでクレジットカードで払おうとしたら、「スキミングされる危険性がある」との

メッセージが出てきたためやめた。

3ヶ国で3ヶ所のホテルに泊まり、それぞれ特徴があり楽しめた。

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