2017年2月22日 (水)

米海軍横須賀基地内ブリッジプログラム

横須賀市の広報紙で基地内にある「メリーランド大学アジア校」の説明会の開催を知り、

先週金曜日参加した。

参加者40名くらい、ほとんどが20~30歳台の人たちで、7割方が女性。

当プログラムは、横須賀市と米国メリーランド州のメリーランド大学カレッジアジア校が

2014年に結んだ合意書に基づき、横須賀基地内で行われる同大学の英語学習プログラムで、

市民が受講できるようになっている。名称はUMUCブリッジプログラム。

同様のプログラムは、沖縄や横田の米軍基地の町でもメリーランド大学アジア校が行って

いるとのこと。

当日の説明会の内容は、

 ・UMUC、ブリッジプログラムについて

 ・募集事項について

 ・ブリッジプログラム受講者による体験談

 ・質疑応答

大学の事務担当から20分くらい説明があり、最後に質疑応答。

さまざまな質問が出た。

口火を切って、ボクは「受講者の年齢の上限は?70歳以上でも大丈夫ですか?」と聞いた。

問題なしとの返事。

他の参加者から応募条件の中、英語資格について質問がいくつか出た。

TOEFLの必要得点、英検は2級以上、TOICは選考対象外。

以前のブログに書いたが、ボクはこれまで英検は1級、準1級を2度落ちていて、今年6月

準1級を再チャレンジすることにしていて、勉強をはじめたところ。

英検について参加者から質問が出た。

「2次試験の試験日が7月2日なので、UMUC応募申込み期限の7月3日の段階では

結果が出ていませんが、どうしたらいいでしょう?」

それに対して答えは「過去にも同じ例がありました。1次試験を受かっていれば応募して

ください」とのこと。

となると、ボクは考えていた英検準1級はやめて、今回は2級を受験して、何とか合格して

UMUCに応募申込みをしよう。

娘が準1級の対策テキストを送ってきてくれていて勉強をはじめたが、準1級は2級のあとに

受けることにする。

準1級のテキストを読んでいるが、かなりタフで、より安全な2級に合格して、ディベートや

グループ討議中心の魅力あるUMUCにチャレンジしたいと思うに至った。

4月にはUMUCの授業見学があるようなので見学に行くこと、それに英検2級の対策本を

買ってきて準備しよう。 

2017年2月18日 (土)

セミナー「2017年の米国経済、株式市場の見通し」

久しぶりに野村証券のセミナーを聴きに行った。

講師は投資顧問会社のインベストメント・ストラテジスト。

大変面白かった。知識の整理もできた。

証券会社が自らの商品を売り込む話とはまったく無縁で、今まさにトランプ風が吹く米国

経済の話であることから、多くのシニア層が集まった。

1時間半のセミナーをまとめるのは容易ではないが、出来る限りポイントを集約して。

先ず、米国経済の概括から。

このところ113~4円で推移している円ドル為替、半年近く前は100円くらいまで円高が

進んでいたのだ。一過性のことなので、半年で15%近く為替が円安に振れたことなど、

過ぎてしまえば忘れてしまう。

好調な米国経済の一番の要因は、雇用環境の改善。結果、個人消費が拡大していること。

米国経済の70%を個人消費が占めていて、残りは政府支出と設備投資が半々。

この数字は意外であったし、失業率の改善がもろに景気を左右するとの話も、そうなんだ

との思いで聴いた。

雇用増→個人消費拡大→設備投資→生産活動拡大→雇用増→賃金上昇→物価上昇。

このループに入ることが景気拡大路線につながっていく。

だから物価上昇→デフレ脱却、日銀・政府もこのループに入っていくことを目指しているのだ

ということが理解できた。

アメリカは既にこのループに入りつつあるため、企業利益がどんどん上昇し、結果、株価が

最高値を連日更新(昨日で7日連騰)、加えてトランプ大統領が打ち出している法人税、

所得税減税(議会が承認すれば、今月末の予算教書に入る)が追随し、米国の景気は

まだまだ拡大していく見通し。

それに加えて、インフラ整備投資に10年間で1兆ドル(110兆円超)、10年間で2500万人の

雇用創出をトランプ大統領は宣言している。

日本の年間国家予算が97兆円なので、とてつもない数字。

この先、世界はアメリカの独り勝ちが続きそうな様相。

インフラ整備投資含め、当然日本もその恩恵に与かれる。

先般の安倍総理の訪米でトランプ大統領との連携ができたことで、アメリカに追随しながら、

日本も一層の景気拡大、株価上昇が期待できそうである、と感じた今回のセミナーであった。

2017年2月17日 (金)

カミサンの誕生日

昨日はカミサンの誕生日だった。

沖縄の娘から「いろいろ入った荷物を送るね」。姉孫からは「お誕生日おめでとう」メール。

今朝、大きな箱がクール宅急便で届いた。

荷物は重く、沖縄便だから高いだろうなと、料金を見ると2270円。

頑張ってくれたなぁ、と思いながら箱を開けると、いろんなものがたくさん入っていた。

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娘と孫たちからの手紙。

庭でできた野菜。

パパが初収穫した玉ねぎは大きく立派。パパイヤ、セロリほか。

右は、つくった人の名前が入った沖縄地場野菜。

娘と子供たちが作ったクッキーも何種類か入っていて、「じいじも食べて」とメモがついていた。

まん中は我々も馴染みのある地元のお花。

お花は早速お墓に持って行った。

ついていた娘の手紙には、

「小さい頃、ななちゃん(カミサンの愛称)の誕生日に近所の金物屋さんで、植木鉢を買って

ました。今ではMとYが私たちの庭にお花を買ってプレゼントしてくれていて、時の流れを

感じています。今は新玉ねぎの時期なので、収獲したてを送りますネ。

暖かくなったら、また遊びに来てね。 PS ブラウニーはMより。チョコは私作です」

姉孫Mからは、

「ななちゃん、おたんじょう日、おめでとう!直接横すかに行って祝ってあげれなくてごめんね。

誕生日プレゼントネコのマスキングテープとお菓子だよ。お菓子はじいじの分もあるから、

いっしょにたべてね。お菓子はわたしが作ったよ!いつまでも元気でいてね!

大好きだよ(^v^)」

妹孫Yからは、

「ななちゃん、おたんじょう日おめでとうございます(^v^)中略 また、いっしょにどこかいこうね!」

我が家では、「バースデイランチを食べに、どこか行きたい店に行こう」と、何度も言っているが、

カミサンが決めないまま誕生日が過ぎた。

2017年2月12日 (日)

あしなが育英会

あしなが育英会のことは何度かブログに書いた。

年金生活者の身ではあるが、6年前から、あしなが育英会に毎年年末に一度、郵便局の

自動引き落としで、3万円づつ寄付させてもらっている。

以前は思いついたとき寄付していたが、会からときどき届く会誌を読んで、定期的に寄付

させてもらおうと思うようになった。

会誌には、生計の柱のお父さんを亡くし、お母さんが必死の思いで子供たちを育てている

家庭の話がときどき掲載される。特にお父さんを自死で亡くした家庭の悲惨さは涙を誘う。

平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子供の割合を示したものが

「子供の貧困率」 

「子供の貧困率」が16%を超え、6人にひとりが貧困状態にあると報じられて久しい。

母子家庭が増え、働く母親の多くが非正規雇用であることが影響している。 

特に「貧困の連鎖」という言葉を目にすると胸が痛む。

最近は善意の方の支援により運営されている「こども食堂」のことが話題にとりあげられる

機会も増えてきた。 

そのような中、あしなが育英会のモットーは「教育こそ百年の計」

育英会のメンバーの学生さんからときどきハガキが届く。

半年くらい前に届いたハガキは大阪府の高校2年生の女生徒からだった。

葉書を送ってくれた奨学生の住所はわからないので、返事はあしなが育英会気付で出して

育英会が本人に送ってくれる仕組みになっている。

ハガキには次のように書いてあった。

  「残暑お見舞い申し上げます。

   私は最近看護師になりたいという夢ができました。ずっと夢が見つからなかった私は、

   この夢を見つけてとてもうれしいです。だから嫌いな勉強も、あしながさんがくれた

   チャンスを活かして、頑張ろうと思います。この夢を叶えるため、精一杯努力しようと

   思います。あしながさんも体調に気を付けて、元気にお過ごし下さい。

     28年夏 淡路青少年交流の家にて」

返事をすぐ出した。

  「お葉書ありがとうございます。

  将来、看護士になるとの夢が見つかったとのこと、よかったですね!

  ぜひ悔いが残らないよう頑張って、夢が叶えられますこと、遠くより応援しています」

            あしなが育英会気付 大阪府 XXXX様(高2)

幸多からんことを願うばかりである。

あしなが育英会のサイトはこちら 

2017年2月 8日 (水)

沿線ぶらり旅

我が家の最寄り駅は京浜急行線 京急大津という駅。

京急大津駅から20分くらいのところに金沢八景と金沢文庫という駅がある。

両駅とも通勤に、また定年退職後も横浜、東京に行く際には通る駅であるが、下車した

ことはない。何千回も通った駅なのに。

先月届いたミニコミ紙に金沢文庫駅から歩いて15分のところに国指定の史跡 称名寺

それに神奈川県立 金沢文庫があると書いてあり、天気の良かった先週ぶらりと出かけた。

称名寺は1300年代の金沢北条氏一門の菩提寺。

赤門から石畳を歩いて行くと、正面に仁王門。

仁王門の両側には金剛力士像が。

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全体の簡単な俯瞰図が掲示されていた。

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浄土式庭園の称名寺は落ち着いた雰囲気のお寺。

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池には鴨と鯉。

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称名寺の脇に、神奈川県立 金沢文庫に通じるトンネルがあった。

金沢文庫は鎌倉時代のなかごろ、北条氏一族の北条実時が邸宅内に造った武家の文庫。

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あいにく、内部改装中で、残念ながら金沢文庫は観ることができなかった。

称名寺から金沢文庫に通じるトンネルの中に、歌川広重作の金沢八景図の模写8枚が

飾ってあった。

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その1枚、「称名 晩鐘」

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帰りは、称名寺正面の赤門から出て、金沢文庫駅まで歩いた。

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ちょうどお昼どき、駅の近くにあった日高屋でレバニラ定食を食べて帰った。

称名寺は桜がきれいとのこと。

桜のシーズンにもう一度行って、それまでには金沢文庫の改装が終わっていることだろうから

金沢文庫をぜひ観たい。

2017年2月 5日 (日)

映画「この世界の片隅に」

遅ればせではあったが、話題の映画「この世界の片隅に」を観に行った。

クラウドファンディングで、日本全国からの「この映画が見たい」という声に支えられ、

3千人以上のサポーターから3千万円を超す制作資金が集まり完成したアニメーション映画。

予想通りすばらしい作品だった。

舞台は、終戦直前の広島の呉。

絵を描くことが得意だった主人公すずが、嫁ぎ先で戦況の悪化で配給物資が次第に

不足していく中、小姑の小言に耐えつつ、ささやかな暮らしを不器用ながらも懸命に守っていく

姿が描かれている。

しかし軍港の街である呉は1945年に入ると、頻繁に空襲を受けるようになる・・・

以下、新聞に掲載されていた著名人の寸評をいくつか紹介。

 「なんでもない日、なんでもない人、なんでもない場所がほんとうに大切に描かれていた」

 「衝撃的なドラマでありながらも、全編から伝わってくる、戦争を懸命に生き抜いた

  ひとりの女性の物語。とても心魅かれた作品」

 「途中から泣けて仕方なかった映画は初めてかもしれない。主人公のすずの孤独と

  脳内でシンクロして余計に泣けた」

 「空の高さ、雲の大きさ。そして音の力。長く伝わっていくことになるだろう名作」

 「哀しくて重い世界のはずなのに、明るくて楽しい、軽やかな片隅がありました」

 「地味な、でも確実に生きる名もない人の姿を伝えて下さる作品を、高く評価してくれる

  人がいる日本を、本当に誇らしく思います」

ボクも映画の後半、涙が止まらなかった。

とともに、ゼッタイに2度と戦争は起こしてはならない!、と思い続けながらずっと観た。

孫たちは観ただろうか。ぜひ観て欲しい

「この世界の片隅に」の公式サイトはこちら

2017年2月 3日 (金)

英語検定試験

夕方、姉孫からメールが届き、「英検4級受かったよ。ユナは5級合格」
 
返事した。「やったねぇ!次は6月ジイジだ」
今年は我が家は英検づいている。
6年生の姉孫が4級合格、3年生の妹孫が5級合格。
で、ボクは1月の受験申し込みが間に合わず、6月受験の予定。
そんな中、今日娘から荷物が届いた。
開けてみたら、英検準1級対策本。2100円も奮発してくれたんだ。
対策本を買いに行こうと思っていた矢先だったのでありがたい。
先日娘からスマホにメールが届き、「準1級の模擬試験問題やってみたら問題の意味すら
わからないのがあった」
娘は大分前に2級を取っているので、ボクは娘と同じ級は、という気持ちがあるものの、
娘に「1級も準1級も過去落ちたんだから、先ずはひとつ受かることじゃないの。
そのためには2級が安全じゃないの」と言われていて、どうしようかと迷っていた。
娘が教えてくれた模擬試験問題、やってみたら、10問中8問正解。
「これで準1級に決めた」と娘にメールした。
そのため、娘が準1級の対策本を送ってきてくれたんだ。
対策本のタイトルは「はじめての準1級総合対策。新試験にチャレンジ」と書かれている。
娘の話では今年から英検はかなり変わってきているとのこと。
6月までに時間は十分ある。
しっかり対策本を読み込んで、今度こそクリアしよう。
でないと、孫たちにも顔向けできない wink

2017年1月31日 (火)

最近カミサンがはまっていること

年末からずっとカミサンがはまっていることがある。 

それはゲームソフトのファイナル ファンタジー。 

ずっとプレイステーションでやっている。 

我が家のプレイステーションは古いモデルのプレステ2。 

以前もやっていたファイナル ファンタジーだが、どういうわけかメモリーカードが見つからず 

暮れに買いに行くのに付き合った。 

ロールプレイゲームなので、途中の経過や結果をメモリーカードにセーブしておかないと 

続けてゲームができない。そのためメモリーカードは必須。 

先ず、ドンキホーテにメモリーカードを買いに行ったが、古いプレステ2のものはないと言われ 

「どこに行けばあるだろうか」と尋ねたら、「ハードオフに行けばあるかも」と。 

行く前にあるかどうかハードオフに電話して聞いたら、探してくれて「ひとつありますが、

使えるかどうかはわかりません」、との返事。 

電話したあと、電車に乗って教えられたハードオフの店へ行った。 

親切なお店で、500円くらいのものだったが、使えるかどうか確認してくれて、「大丈夫です」 

やっとの思いでメモリーカードを手に入れ、カミサンは大喜び。 

それ以来、年末年始も含め、ファイナル ファンタジー漬けの毎日。 

おそらく100時間以上やっているのでは。 

傍から見ていて、なにがそんなに面白いのかと思う。 

以前持っていたメモリーカードのときも相当時間をかけてやっていた。 

「前やっていたものが消えたから、最初からやらなければならない」と文句を言いながらも、

時折、息子の仲間のNくんから借りた攻略本を見ながら、まあよくやるものだと思って、

見ている。 

彼女は来月70歳 (歳をばらしてしかられそう bleah 

ゲームに、はまるタイプのようで、プレステだけでなく、ファミコン、スマホ、iPadでもゲームを  

やっている。ボクはぜんぜん興味がない。  

ゲームだけでなく、ネットにも強く、wifiの設定ほかすぐやってくれるし、スマホを買ったのも

早く、きっとはまると思い、結婚記念日にプレゼントしたiPadをマスターするのも早かった。 

ボクの方は、スマホをやっと先月のクリスマスに買った。

スマホについて聞けば、「自分で色々触ってやってみないと覚えないよ」と言いながらも 

渋々教えてくれる。 

ボクにはない探究心と執着心、取り組み姿勢には常々感服している。

2017年1月28日 (土)

感激した出会い

先日夕方外出の帰路、電車に乗るためホームに向かった。 

長くはないが待ち行列ができていて、そのひとつの列の先頭に白杖を持った40歳過ぎ 

くらいの目の不自由な男性が並んでいた。 

誰もサポートする人がいないようだったので、最近目の不自由な方のホームでの事故が 

続いたため、後にいた人に断わり、補佐させてもらうことにし、白杖を持った方にその旨 

声をかけた。 

この方の自宅はボクの帰り道と同じで、途中同じ方向の電車への乗り換えが必要だった。 

「お仕事の帰りですか?」と尋ねたら、そうですとの返事。 

それをきっかけに、車中で会話がはじまった。 

大学に勤めているとのことで、事務の関係かと思い尋ねたら、研究者とのことだった。 

学科を聞くと、物理学。 

「大学の物理学の知識はないですが、どのような分野ですか?」と尋ねたら、「超伝導って 

聞かれたことありますか?」と尋ねられ、「どのようなものかわかりませんが、言葉は知って 

います」と答えた。 

「昨年のノーベル物理学賞でアメリカの3人の学者がトポロジーをテーマに受賞しました」と。 

「覚えてません」と答えた。 

その方は「実はそのトポロジーを研究しているのです」と。 

トポロジーについて聞いても所詮は解るわけがないので、そのあとは、目が不自由な中、 

研究をしていく上でのご苦労をいろいろお聞きした。 

「開発途上国にも優秀な研究者はいますが、そのような人たちに比べれば、日本の研究者は

恵まれています。文献や資料をボランティアで点字にしてくださる人がいらっしゃいますし、

我々のような研究者だけでなく、目が不自由な中、医師や弁護士になっている人も珍しく

ありません」と、何を聞いても前向きな返事が返ってきた。 

乗り替え駅に着き、補佐させていただきながら、ボクも同じ線に乗り換えた。 

降りたホームの近くにエレベーターがあったので、「エレベーターで」と声をかけたら、 

「エレベ^ターには乗りません。この先の階段を下りて、そちらから乗ります」との返事。 

この方には決められたルーチンがあることがわかった。 

「この階段を降りたところで乗らないと、自宅の最寄り駅で降りたとき、どのように行けば 

よいかわからず、困るんです」とのこと。 

このようにも言われていた。 

「研究は点字にしていただいた本を読めばいいのですが、大変なのは通勤、特に途中駅での 

乗り換えです。週に2~3度大学に行っていますが、通勤には片道2時間かかります。 

大学の最寄り駅からはバスに乗ります。自宅の最寄り駅から家までは歩けば15分で 

帰れますが、途中自信がないためバスに乗っています」 

別れるとき思わず「スゴイ方にお会いできてよかったです。またお会いする機会があったら 

ぜひお声をかけさせていただきます」と言い、握手をして別れた。 

前向きに自分の目標に向かってポジティブに生きている方にお会いできてホントに良かった。

2017年1月25日 (水)

神奈川県犯罪被害者支援委員会(3)

当委員会にメンバーとして参加していることは何度かブログに書いた。

一番最初に神奈川県の安全防災局から声がかかったのは、13年6月。

既に3年半以上関わっていることになる。

検討は3期に分かれていて、1期目は、現行の問題と方策の洗い出し、2期目に方策の具体化、

最終3期目でその実践というステップで進めており、今回は2期目の最終第5回目の委員会

であった。

2期目の7名の委員の構成は、弁護士、産婦人科医会理事、大学教授2名、自治体課長

2名、それに被害者代表としてボク。

事務局は県の安全防災局の部課長及び神奈川県警幹部。

7名の委員の男女比は4対3、議論を引っ張る事務局の中心は女性課長という全体の

フォーメーションが大変良い。 

発言はすべて録音され、後日テープ起こしをして、県のホームページに掲載される。 

今回は第2期目の最後の委員会ということで、事務局のまとめた報告書案に委員が意見を言い

報告書をまとめあげることが目標であった。

報告書案は事務局から事前にメールで送られてきて、各委員はメールで意見を返し、それに

基づき、昨日は議論が進められた。

ボクは意見として以下を事務局に送り、昨日の委員会で意見を述べた。

  『報告書案、じっくり読ませていただきました。

  当委員会にお声をかけていただき初めて参加させていただいたのは13年6月でした。

  以来、委員の中唯一の被害者の立場で参加し、被害者の視点から様々な意見を

  述べさせていただきました。

  今回が成案を得る総括委員会ということで感慨深いものがあります。

  あらためて13年6月の委員会の資料を見て、回を重ねた議論ならびに事務局のご尽力で、

  さまざまな点で前進があり、大きな成果があったと感じております。

  そのような中、これまで申し上げたことと重複するものもありますが、以下意見を書かせて

  いただきます。

  1.今後の最重要課題であると何度も申し上げた県と市町の連携には是非とも一層の

    ご尽力をいただきたい。

    主要市が条例を制定することを後押しするとともに支援願いたい。

    条例制定では先進市である茅ケ崎の事例を参考にするよう主要市に働きかけて

    いただきたい。

    県と市の担当者主幹会議は是非とも実のある効果の上がるものにしていただきたい。

    実績を上げた市に対しては県が表彰する仕組みを作ってはいかがか。

  2.サポートステーション、ホットラインなど県の行っている支援、活動が県民にしっかり

    届くよう、アウトリーチ活動を一層工夫していただきたい。

    例えば、電車内のドアに連絡先を入れて、サポートステーション、ホットラインの 

    ステッカーを貼るのは効果があると考える。

  3.性犯罪、性被害については、経験された方、あるいはしかるべき方が主宰する

    参加者全員が女性の自助グループを作って、運用ルールをしっかり定め、被害者に

    広く門戸を開いた集まりを作ってはどうか。

  4.犯罪被害者条例の一環で、前回の委員会でご紹介した明石市の先進事例を研究

    されて、県が犯罪被害者から、加害者に対する損害賠償請求権を譲り受け、被害者に

    立替支援金を支給する「立替支援金制度」を是非ご検討いただきたい。

    裁判、示談等で損害賠償が決定しても、支払いを履行しない加害者が少なくない  

    ことから、求める施策である』

2017年1月21日 (土)

三島ぶらりひとり旅

1年前、静岡県三島市の富士山が望める場所に、日本最長の大吊橋ができたと聞き、

以前から行ってみたいと思っていた。

いくぶん曇り模様ではあったが、一昨日行ってきた。

三島駅から箱根湯本行のバスに乗り25分、三島大吊橋で下車。

大吊橋の通称は三島スカイウオーク。歩行者専用としては日本最長の吊り橋。

正面には富士山。

左遠方に広がる駿河湾は、残念ながら霞んでいた。

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全長400メートルの歩道橋を支えているのは、2つの橋脚。Img_0135
大吊橋を観たあと、バスで三島駅に戻る途中、新年なので、三嶋大社で下車し参拝。

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三嶋大社から駅までぶらぶら歩く。

三島は落ち着いた感じの大好きな街なので、何度も来たことがあり、土地勘はある。

特に、富士山の湧水が流れる疎水路が町中にあり、とても風情がある。

三嶋大社から駅までの疎水路が特に好き。

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小川にはいつもカモが泳いでいる。

スマフォが不慣れのため、右上隅に指が写っているのはご愛嬌。

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途中、瓢箪をつくっているお宅があり、年配の女性が門のところにいて、瓢箪つくりの話を

色々教えてくださった。

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「もしご興味があれば」と言われ、上の小さい千成り瓢箪の種をたくさんいただき、植え方、

受粉の仕方を教えてくださった。

千成り瓢箪の小さいものは1年、ひと回り大きいのは2年、下の大きな瓢箪は20年とのこと。

4月に植えればいいと教わり、ぜひ時期がきたら植えよう。楽しみ。

川沿いには、著名人の書いた文学碑がいくつも建てられている。

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いずれも三島の魅力を書いたもの。

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ついでにと思い、熱海で、今がちょうど時期の熱海桜を観てきた。まさに満開。

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2017年1月18日 (水)

阪神・淡路大震災 (続)

昨日の朝日新聞記事。

優秀ですばらしい、大学の後輩たちに思いをはせながら、何度も読み返し、そのたびに

涙が止まらなかった。

                 特集:阪神大震災22年

 公認会計士になる――。22歳の神戸大生の夢は、阪神・淡路大震災に砕かれた。

ひたむきに生きた22年。両親は、同じだけ齢(よわい)を重ねた今も息子を思い続ける。

友人たちは、咲かせられなかった夢の貴さを改めてかみしめている。

 1995年1月17日、津市の自宅で藤原宏美さん(76)は大きな揺れで目覚めた。

長男で神戸大経営学部4年の信宏さん(当時22)が神戸にいる。電話はつながらない。

翌18日朝に現地へ。行けるところまで列車に乗り、3時間ほど歩いて神戸市東灘区の

木造アパートにたどり着いた。

「なんだ、大丈夫じゃないか」。一見、形を残しているように見えたアパートは、

信宏さんの部屋がある1階が2階に押しつぶされていた。遺体が見つかったのは、

震災の2日後。胸を圧迫されていた。

 約3カ月前、難関の公認会計士試験合格の報告を電話で受けた。

「お父さん、通ったよ。就職も決まった」妻の美佐子さん(72)と喜んだばかりだった。

 優しく、おとなしかった信宏さん。エアコン、風呂なしのアパートにも文句を言わず、

通っていた公認会計士受験の予備校の費用はアルバイトで工面した。

妹の進学のことも考え、「常に家計を心配してくれていた」と美佐子さんは振り返る。

 地震発生の直前の大みそか。信宏さんが1泊だけ津市の自宅に帰省した。

宏美さんが車で駅に送ると、降りたロータリーで車を見送ってくれた。

宏美さんは「社会人になって2、3年は、旅行とか楽しく過ごす時間をあげたかった」

 なぜ難関の公認会計士を目指したのだろう、と考える。

「目標を目指して努力していたこと自体に充実感があった、と信じたい」

 宏美さんと美佐子さんはこの17日も、アパート跡地の駐車場で手をあわせる。

                  ◇   ◇   ◇   

 震災の数日後、崩れたアパートから、信宏さんの遺品を掘り出す若者たちがいた。

公認会計士受験の予備校に通う仲間3人だ。

 田島照久さん(45)は、信宏さんの机から、合格時に自分が送った祝電を見つけた。

「取っていてくれたんだ」。涙がこぼれた。吉形圭右(けいすけ)さん(45)は、がれきの

隙間に潜り、遺品をひっぱり出した。

 西口卓さん(44)は遺品の中に、卒業論文の制作用に信宏さんに貸したワープロが

あるのに気づいた。「卒論が入っている」と思い、その中のフロッピーディスクを宏美さん、

美佐子さん夫妻に届けた。予感は的中。夫妻はディスクから卒論を印刷。

神戸大に提出した。授与された卒業証書は夫妻宅に飾られている。

 4人は「勉強漬けの貧困学生」(吉形さん)のグループだった。

昼食の弁当はコメを持参し、予備校近くの喫茶店から厚意でおかずを分けてもらった。

信宏さんは飲み物代を浮かせようと水筒を持ち歩いた。

 3人はみな、公認会計士になる夢をかなえた。3月には他の仲間と一緒に信宏さんの

墓参りをする。「頑張っているよ」「天国から見ていてくれ」。そう語りかけるつもりだ。

 勉強漬けだったけれど、確かに青春があった、あの日々を思いながら。

2017年1月17日 (火)

阪神・淡路大震災

あれから今日で22年。

22年前の1995年1月17日、朝5時46分、あの大惨事、阪神淡路大震災は起きた。  

あの年、1995年は大変な年だった。

大震災のあと、オウム真理教事件、それに7月には、我が家では息子の事故、一生忘れる

ことのできない年となった。

大震災の起きた神戸は、大学時代を過ごした思い出の地。 

もう50年以上前のこと。  

姫路で教養課程を終え、神戸に移り専門課程、最初に下宿したのは、JR六甲道駅近くだった。  

姫路の寮で一緒だった仲間3人と2部屋の1軒屋を借りて住んだ。

1軒となりが大家のYさん宅だった。  

賄い付きの下宿で、朝晩食事をYさん宅に行って食べていた。  

4人とも不規則な怠惰な生活をしていて、おばさんにはホントにお世話になった。 

おばさんは文句ひとつ言わず、ずっとお世話してくださった。  

そのおばさんも亡くなって、もう6年になる。 

六甲道駅周辺は、震災で最も甚大な被害を受けた地区のひとつだった。  

Yさん宅も完全に崩壊したが、幸いなことに、ご家族は全員無事だった。  

震災から2年後、下宿していた仲間3人とお見舞いに伺った。  

かつての建て込んでいた家並みは跡形がまったくなく、あちこちに更地ができていた。  

Yさん宅の数軒隣のアパートに住んでいた3人の神戸大学の学生たちが震災で亡くなった 

ことを、訪ねたときおばさんから聞いた。  

「つぶれた家の下敷きになり、燃え盛る火の中、周りの人たちは手を出すことができず、 

ただ茫然と、目の前で亡くなっていく人たちを見取っていくことしかできなかった」 

と、おばさんは涙声で話してくださった。 

大変な数の命がこのような最期を遂げたのかと思うと、今でも激しく胸が痛む。 

震災後、読んだ新聞に書かれていた記事をメモしておいた。 

『震災を”6千人が死んだひとつの事件”と考えるのは死者を冒涜していないか。  

ひとりが死んだ事件が6千件あり、6千通りの死があるはずだ。ひとり一人の命を 

見つめるべきではないか』  

今朝テレビのニュースを観て、手を合わせ黙とうし、無念の中、尊い命を落とされた

6434名の皆様のご冥福に、あらためて深く祈りを捧げた。

2017年1月16日 (月)

全豪オープン、錦織勝利!

メルボルンで今日オープンした全豪オープン初戦で、、第5シードの錦織圭、世界ランキング

45位のロシアのクズネツォフを接戦の末、5―7、6―1、6―4、6―7、6―2で破った。

ランクに大きな開きがあり、ノーシードのクズネツォフには、楽勝するではと予想するメディアが

多かったが、以前一度ゲームを観たことがあるクズネツォフは、決して楽に勝たせてもらえる

相手ではないと思っていた。

第1セット、いきなり5-7で先取された。そのあとすぐ2セットを一方的に制し、これはやはり

実力の差が結果に出たかとな思い観ていた第4セット、ブレークに対しブレークバックの応酬、

ヤバイのでは、もしこのセット落とせば、2対2でタイブレークになるのではと、ヤキモキしながら

観ていたら、不安は的中。

6-7で第4セットを落とし、勝負はファイナルゲームの第5セットまでもつれ込んだ。

ファイナルゲームの第5セット タイブレークで、かろうじて仕留めた。

3時間半を超える熱戦であった。

暑い中で行われる全豪オープン、1回戦は先々の対戦のために出来る限り力を温存して

おきたいところであったが、そうはうまくいかなかった。

これで7年連続で全豪オープン初戦突破。

勝ってくれたので、この先も楽しめる。

2回戦の対戦相手は、世界ランク72位のフランスのシャルディー。

大会の会場は、今年もハイセンスアリーナ。

毎年思うが、とっても響きの良い名前の会場。

全仏オープン・ウィンブルドン・全米オープンと違い、時差なく楽しめる全豪オープン、

是非とも、この先しばらく、錦織の手に汗握る試合を期待したい。

2017年1月 9日 (月)

かなこちゃん ちかこちゃんをしのぶ会

多くの皆さんがきっと覚えておられることだろう。

1999年11月、東名高速自動車道で飲酒運転のトラックが普通乗用車に衝突し起きた

交通事故で、幼い姉妹ふたりが死亡した悲惨で悪質極りない、許せない出来事のことを。

事故はマスコミ等で大きく取り上げられ、それが危険運転致死傷罪の成立に大きく影響した。

亡くなった2人のお嬢さんの名前は、井上かなこちゃん(3歳)、ちかこちゃん(1歳)

今年も千葉で「かなこちゃん  ちかこちゃんをしのぶ会」が行われ、昨年に続き参加した。

会を催したのは、かなこちゃん、ちかこちゃんのご両親の井上保孝さん、郁美さん、それに

4人の子供さんたち。

井上さんご家族は昨年からオーストラリアのメルボルンに転勤されていて、一時帰国され

今年も催しが行われた。スイスに留学中の長女も一時帰国、ご家族全員で開催。

会合には50人くらいの人たちが全国から集まった。

メルボルンとスイスでの井上家の近況がパワーポイント画像で紹介されたあと、かなこちゃん

ちかこちゃんの可愛い写真がスクリーンに映し出され、母親の郁美さんがお話しされた。

時は流れ、事故時3歳だった、かなこちゃんは今年は成人式の年。

「成人したかなこ(奏子)ちゃんよりプレゼント」とのプログラムは感動的だった。

以下、今朝の郁美さんのフェイスブックの書き込みから無断で引用させていただいた。

 「13年前に言い渡された民事裁判の判決に基づいて、奏子の逸失利益(18歳から就労

  していたと仮定し得られていたはずのお給料から生活費分を差し引いたもの)の支払いが

  一昨年の命日に始まりました。生きていたのなら、こんなもんじゃない。もっともっと社会に

  貢献していた娘となっていたはず、と臆さず親バカになります。せめて奏子に代わって

  そのお給料を飲酒運転の撲滅のため、被害者遺族のために役立てたい、と私たちは思い   

  ました。その趣旨を理解してくだり、意義のある活動をされているいくつかの団体  

  (アスク、運転代行振興機構、ハートバンド、中野勉強会、など)に今日は、目録をお渡し

  しました」

このあと、井上家と他家族の子供たちによる恒例の劇。今年のお題は「ライオンとねずみ」

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そのあと、指名された参加者が近況ほか話し、なごやかな雰囲気で会は進行、最後に

井上さんご夫妻の挨拶でお開きとなった。

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