2012年1月29日 (日)

フェルメール展

渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムにカミサンと、「フェルメールからのラブレター展」を

観に行った。

フェルメールは17世紀のオランダの画家。我が家は夫婦とも大好きな画家。

43歳で亡くなるまでに描いた作品の数が30数点と少なく、作品はすべて欧米に

点在している。

Cimg8990

今回展示されたのは、ダブリン、アムステルダム、ワシントンの美術館に所蔵された

3作品。

Cimg8427

上の作品は「手紙を書く女と召使」。展示されていた他2作品も手紙にまつわる絵。

手紙を読み、書き、受け取る女性の絵は、フェルメールの得意としたところで、

30数作品のうち約1/5が手紙にまつわる絵とのこと。

フェルメールの作品は今回の3作を入れて7作品観たことになる。

7作品は東京で開催された絵画展で2回、それにアムステルダム、パリ、ニューヨーク

の美術館で観た。

寡作であるが故かもしれないが日本人のみならず世界中にフェルメールファンはいる。

フェルメール以外の展示は、同時期17世紀のオランダ画家の作品だった。

音声ガイドを借りたので、時代背景、それぞれの絵と作者についてよく理解できた。

渋谷に行く前、以前からカミサンと一度行こうと言っていた品川のレストランに寄った。

品川駅中にある「グランドセントラル・オイスターバー

ニューヨークのグランドセントラルステーション構内に100年近く前からある老舗

レストランの出店。一度、元いた会社の仲間と飲み会をやり、気に入った店。

店内はグランドセントラルステーションに模してつくられている。

オイスター専門の店で、この日は生がき、かきフライ、パスタをいただいた。

どれも美味しく、カミサンはスパークリングワインを飲みながら愉しんでいた。

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2012年1月26日 (木)

民事裁判控訴審判決

7年前、交通事故で息子さんを亡くした知り合いのMさんの控訴審裁判の判決が

昨日東京高裁で言い渡された。

Mさんの裁判は一審からずっと傍聴していて、昨日は7回目の傍聴支援だった。

事故を扱った警察の初動捜査が極めて杜撰で、結果作成された実況見分調書は

いい加減極まりなく、Mさんは大変な時間とエネルギーと費用をかけて、科学的な

検証を続け、事故原因の解明に取り組んできた。

客観的に見て、どう考えてもMさんの導き出した論理が正しいと思える主張を

一審の裁判官は認めず、杜撰な捜査で作成された実況見分調書を追認し、

息子さんにも非があったと認定した。

当然、判決を不服とするMさんは高裁に控訴した。

Mさんは控訴審に向けて、より深く事故原因を調べ、より強固な論理立てをし、

実況見分調書の矛盾、誤りを克明に糾した。

昨日はその控訴審の判決法廷であった。

結果は、控訴棄却。

裁判長の発言は、実質10秒。

『控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。内容は判決文を読んで

ください』

高裁の裁判長も実況見聞調書に異をとなえることなく受け入れ、正当性を追認した。

残ったのは、ただただ怒りだけ。

裁判の判決は問答無用である。

判決を受け入れざるを得ない悔しさは、いろんな知り合いの裁判を傍聴して、

どれだけ味わってきたことか。

この日は午後1時15分から、何とひとりの裁判官が12の裁判の判決をすべて

言い渡すという、常識ではとても考えられない裁判の進行であった。

Mさんの判決は二番目。

一番目は、遺族が労災補償を申し立てた国家賠償訴訟であった。

法廷がいっぱいになる数の傍聴者がいたが、この判決も控訴棄却。

こちらの判決言い渡しも瞬時で終わり。

まったくやり切れない。

まるで『一丁あがり』、ひとりの裁判官が12の判決を同じ時間帯に言い渡す、

本当にひとつひとつの訴えに真摯に向き合ってきた結果なのだろうかと思わざるを

得ない。

12の控訴審裁判のすべての控訴人が身魂をなげうち、全身全霊を傾け、この日の

この時間に臨んだことを、裁判官たちは少しでも理解しようとしたのであろうか。

Mさんの判決言い渡しが終わったあと、弁護士も交え、Mさんと傍聴者で議論した。

Mさんは『到底受け入れることはできない。最高裁に上告する。一度作成された

実況見分調書が間違っているといくら主張しても見直そうとしない、裁判所の

権威主義を追求していく』

これからもぜひ応援を続けたいとの気持ちを強く持った。

2012年1月22日 (日)

朝日歌壇

いずれの歌も、数年前朝日新聞に投稿され、選ばれた作。

 ※ 寒き日と言ふほかに無しただ独り畑の大根抜き続けをり

 ※ 元旦は雑煮と屠蘇で籠りゐる気付けば君に父の面影

 ※ 仕事なし金なし男なしラララ・・・ないないづくし極楽トンボ

 ※ あき家増え高齢化の波押し寄せれど水飲み飯食べ山見て生きん

 ※ 秘密裡に生徒色紙を回しをり退職迎ふる担任のため

 ※ 老人は妻の遺骨を納め終えみなこうなると孫を見て言う

 ※ 田畑(でんばた)を家畜を家を売り払い食えぬ農あり小雪ちらつく

 ※ 少しだけ覚えているほうが苦しんだね母を知らない弟が答う

2012年1月19日 (木)

大学の寮仲間の飲み会

大学時代、同じ寮で過ごした仲間が定期的に集まって飲み会をやっていることは、

何度かブログに書いた。

あらためて考えてみると、仲間と最初に出会ったのはちょうど50年前、半世紀前だ。

当時寮があったのは姫路で、かつての旧制高校の汚い寮だった。教養課程の1年半、

まさに寝食をともにし、一緒に青春を謳歌した気の置けない仲間たちである。

現役時代はそれぞれ忙しく集まって旧交を暖める機会はほとんどなかった。

今は年に4回、有楽町の帝劇地下の大学のクラブに集まって、親交を深めている。

会の名前は白陵(寮)惜春会。ボクは万年幹事。

一昨日火曜日は今年最初の惜春会。参加者は同期仲間と1年先輩と1年後輩の10名。

冒頭、年末に肺がんで急逝した同期仲間のWくんをみんなで偲んだ。

Wくんは豪放磊落な人で、長い間クラブの世話役をやってくれていた。

Wくんのこともあり、また惜春会のメンバーの中にも、色々な病気を経験した人が

いることから、各自の病気の経験を披瀝する機会を持ってはどうかとの提案があった。

今回のメインはSさんのスピーチ。

数年前から毎回、持ち回りでスピーカーを決め、スピーカーがテーマを自由に選び、

スピーチをやっている。

Sさんのスピーチのテーマは『歌は世に連れ~外国から来た歌の変容~』

大変興味深い愉しい話で、全員大いに盛り上がり、楽しんだ。

18世紀、19世紀に欧米で誕生した歌が変遷を経て、いかなる形で語り継がれ、

日本の歌に変容したかをテーマに、持参したCDを流しながら説明。

変容のトップは日本からアメリカに流れていった歌の紹介で、「上を向いて歩こう」と

Diana Kingが歌った「SUKIYAKI」の対比だった。

「SUKIYAKI」が完全に愛の歌であること、歌の中に坂本九の元歌の日本語のワン

フレーズが入っていることなど、とても興味深い話だった。

その他、

 ① 米国の独立戦争時代に英兵が米兵を からかう歌として生まれ、日本に来て

   変容し 「アルプス一万尺」になったこと。

 ② 南北戦争時代の北軍の行進曲で、黒人の救済に力を尽くし、最期は絞首刑に

      処された白人の「John Brownの亡骸」という歌が変遷を経て、「おたまじゃくしは

      かえるの子」、「ごんべさんの赤ちゃん」になり、その後、テレビでもおなじみの

      「ヨドバシカメラの歌」になったこと。

とにかく話は面白かった。

Sさんは『調べようと思えばネットで調べられるし、CDは図書館で借りてきた』

と言われていたが、これだけ調べるには相当な時間が必要だったことは間違いない。

『惜春会で10人が聞くだけではもったいない話なので、広く告知することはできない

だろうか。例えばNHKに売り込むとか、高齢者施設で講演するとか』など意見が出た。

スピーチが終わったあと、今年あと3回ある惜春会のスピーカーも決まった。

また、今回も旅行が話題となり、関西在の仲間にアレンジをお願いし、関西方面が

どうだろうかとの意見も出た。

メンバー全員がリタイアしたので、去年から開始を1時間早め、5時スタートにしたが、

今回は大いに盛り上がり、終わったのは以前と同じ9時だった。

最後に恒例となった写真を撮ってお開きとなった。

2012年1月18日 (水)

熱海から横須賀へ

月曜日夕方、11日間いた熱海から帰ってきた。

独りでこれだけ長く熱海にいたのは初めて。

思っていたほど退屈はしなかった。

食事はマンションの知り合いと数回、外食数回、あとはほとんど自分で作った。

鍋は一度作れば、具を足していけば3度は食べられる。

ただ、レシピのレパートリーはいぜん乏しい。

カミサンが作ってくれる、家庭の味的料理はまだまだダメ。

ただ、スーパーに行けば、すぐ食べられるもの含め、食材は何でも買える。

洗濯は洗濯機がやってくれるので、3回やったがまったく問題ない。

掃除は帰る日の前日、掃除機をかけ、炊事場とトイレを入念にみがいた。

これをやらないで帰るとカミサンがご立腹。ただ、これも30分ちょっとですべて終わる。

あとはパソコンをやり、持ってきた書類や本を読み、時々テレビを観て、という感じで

平素と変わりない。

独りで部屋にいると独り言が出てくる。

『これどうするかなぁ』、『あれはどこにあるんだろう』、『何かおかしいなぁ』・・・

困ったらカミサンにケータイメールして聞くが、今回は一度もなかった。

お互いの行動は相手のブログを見て知る。

毎日の日課はロビーに行って新聞を読むこと。

新聞を読んでいると、誰や彼や知り合いが通り、立ち話。

2ヶ月ぶりだったので、みんなが最近の出来事を話してくれた。

特にこのところ色々問題があったため、あれこれ聞かされた。

今回は「(先々の)自立」を意識して、長めにいようと思った。

我が家はカミサンは4歳年下。男と女の平均寿命の差は概ね6歳。

単純に考えると、カミサンの方が寿命は10年長い。

とは言え、3人に1人がガンで亡くなるご時勢だし、寿命をまっとうする前に介護が

必要な状態になるだろうし、お互い何があるか分からない。

そのため、『独りになっても、やっていける』という修練をある程度積んでおくことが

必要であると、最近思いはじめた。

短い期間ではあったが、今回の独り生活は、その予備の予備という意識が

いくぶんあった。

2012年1月14日 (土)

ぶらり旅(2)

昨日も天気が良く暖かだったので、三島に出かけた。

三島は来宮から熱海へ行き、Cimg8390 

熱海から東海道線で二つ目。

三島は富士山の湧水が柿田川に

流れ込み市中を潤し、とてもいい

感じの街。

三島駅は三嶋大社を模した形に

なっている。

駅前の観光案内所に寄ると、自転車の貸し出しをしていて、自転車で回ることにした。

先ず、久しぶりに行きたかった柿田川湧水公園。駅から20分の国道1号線沿い。

湧水量は1日100万トン。

熱海含め35万人の飲料水の源。熱海の水が美味しいのは富士山湧水のおかげ。

Cimg8407 

公園はほとんど人がいなく、鳥の声を聞きながら、しばらくボーっと湧水を眺めていた。

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Cimg8400 

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街中でも柿田川が流れ、家の横の水路では鴨が泳いでいた。

Cimg8419

市内あちこちから富士山が見える。

この時期の富士山の冠雪は、例年こんなものなんだろうか。

Cimg8414

三嶋大社にお参りしたあと、電車に乗って帰った。

半日のゆっくり、ぶらり旅だった。

Cimg8417 

2012年1月11日 (水)

ぶらり旅(1)

マンションの最寄り駅、来宮から電車に乗り、ぶらり旅へ。

行き先は根府川と二宮。

先ず、小田原の根府川へ。

根府川駅は相模湾を望む高台にあり、ホームから見る景色が大好き。

Pic20

駅を降りて、周りに何もない道を15分くらい歩き、以前から一度行きたかった、

からみもちの鈴樹に行き、お雑煮を食べた。

Pic21 Pic23 

根府川駅に戻り、上り電車に乗り、小田原の先の二宮駅で降りる。

目的地は二宮町の吾妻山。

吾妻山は2度目。2年前の正月に二宮に住むOさんに案内してもらった。

正面に見える見事な富士山とCimg8370

菜の花畑に感動した。

二宮駅前にある町の観光協会に

寄り、確認のために登り口を聞いた。

300段の階段がある登り口から

昇ることにした。

山頂の展望台までは700m。

登る道沿いの水仙が、ちょうどシーズンで楽しめた。

Cimg8375

展望台に到着。

昨日は曇天で、残念なことに富士山はまったく見えず。

菜の花はほぼ満開。

Cimg8380

下は、2年前に撮った富士山。

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左方向には相模湾。三浦半島、その先に房総半島がかすかに臨めた。

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菜の花のあとは、桜、つつじ、あじさい、コスモスと四季を通じて、時期折々の花が

楽しめるとのこと。

二宮に住むOさんは、『吾妻山には年間400回くらい登る』とメールに書いていたが

わかるような気がする。

心地よい小旅行だった。

2012年1月 9日 (月)

NTTの価格設定に不満

熱海のマンションのネット環境をADSLから光に切り替えることは一昨日のブログに

書いた。

昨日、切り替え契約のため、NTT西日本の営業担当者に来てもらった。

電話の基本料金がこれまでの1,680円から525円に下がることはもちろんハピー。

しかし、他の料金構成をいろいろ聞いて、これはおかしいと思ったことがある。

ADSL関連はこれまで静岡県のTOKAIというネット業者と契約して5年以上使ってきた。

TOKAIへの払いは月額約3,800円。

NTTの光で計算すると、月額約4,800円。

電話の基本料金の下がった分はネット通信料の上がる分でほとんど相殺される。

営業担当者に聞くと、『ネット通信料の中にはNTTが提供するセキュリティソフトが

含まれています。無償で使っていただけます』

『セキュリティソフトは長い間使っているものがあるので不要。使わなければ、当然

その分料金が安くなるよね』と言うと、曰く、『申し訳ないですが、セキュリティソフトは

組み込まれていて、使っても使わなくても同じ料金です』

『おかしい、当然オプションとすべき。今の時代、心配で、ほとんどの人がセキュリティ

ソフトを入れている。何故、NTTは希望する人にだけにセキュリティソフトをオプション

として別売りにしないのか』

彼曰く、『セキュリティソフトを組み込んで値付けしていることはおかしいとお客様から

言われることがあります。本部には現場の声として上げているのですが、なかなか

動いてくれません』

営業担当者にこれ以上言っても仕方ないと思い、釈然としない思いで契約をした。

『お客の声としてNTTに上げたい。どこに言えばいいのだろう』と聞くと、『お客様窓口に

ぜひ意見として上げてください』と。

たしかに電話だけだと、光にする方がお得。基本料金が下がる上に、通話料は全国一律

3分間、8円40銭。(ADSLはたしか、3分間30円)

しかし、ネット通信を含めるとADSLと変わらない料金構成にしている。しかも多くの人が

不要なセキュリティソフトをバンドルして。

NTTは形の上では民間企業だが、純民間の事業者はこんな価格構成にはしないだろう。

NTTはいぜんとして官の体質が残った殿様商売をしているのではと思ってしまう。

2012年1月 7日 (土)

2ヶ月ぶりの熱海

年末年始、ずっとカミサンと一緒にいて、お互い少々煮詰ってきた。

『お互いそれぞれ好きなことをやろう』と言い、一昨日からボクは熱海に来ている。

家を出るときカミサンが、『あちこち出かけよう。楽しみ。あなたも楽しんできて』

来てみたらぶら下がっていたカレンダーは11月。前回マンションの総会に出席して

以来だ。

郵便受けには沖縄の姉孫から初めての年賀状が届いていた。ケータイメールで

ひながなの「ありがとうメール」を送った。

外気温は横須賀と変わらないが、マンションのため気密性が高く、うれしいことは

いつでも温泉に入れること。

食料もいろいろ持ってきたし、読みたい本も持ってきたし、マンションの古い仲間と

食事に行ったり、知り合いを訪ねたり、山や海岸を散策したり、来たらいつもすぐ

帰る熱海だが、今回はしばらくいようと思ってる。

昨日、NTT西日本に電話し、ネットをADSLからフレッツ光に替えることにした。

熱海は光のサービスが遅れていて、やっと去年あたりから提供されるようになった。

NTTがマンションの管理組合に売り込み、光設備の導入が決まった。

横須賀ではADSLからフレッツ光に移行して3年以上になる。電話料金がグッと安く

なった。ほとんど使うことのない熱海の電話の基本料金が安くなることはうれしい。

今朝は熱海は出初式だった。

ネットで見たら10時からはじまるということで海岸まで見に行った。

消防の式典が延々と続き、退屈した。ただ、天気がよく暖かだったので最後までいて

終わったあと、ビーチのそばのテラスデッキで行われた放水式を見た。

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2012年1月 3日 (火)

三が日恒例

箱根大学駅伝は三が日の楽しみ。初詣に行かなくても大学駅伝は観る。

2年前、二宮に住む夫婦共通の友だちOさん宅にお邪魔し、以前からぜひ一度

観たいと思っていた沿道での観戦も経験した。

今年は往路、復路、総合すべてで大会新記録を出した東洋大学の圧勝で終わった。

昨年、わずか21秒差で早稲田に敗れた東洋大が、見事に去年の屈辱を果たした。

何と言っても、今年も箱根山登り5区の東洋大の柏原の走りが圧巻だった。

柏原は福島いわき市出身。彼の力走には福島の多くの人たちが勇気をもらった

ことだろう。

柏原は最終年の4年生でキャプテン。大変なプレッシャーの中、しかも日本中が

注目する中、今年も見事にやり遂げた。

自分の記録を毎年のように塗り替え、5区の区間新を3度達成した。

すごいのひと言。卒業後は実業団でマラソンに転向し、世界のトップに立って欲しい。

今年は途中棄権はなかったが、9区と10区でタイムオーバーで、3校のたすきが

つながらなく、残念だった。

往路、最終位の東京農業大の走者はジョギング並みのスピードになり、『大丈夫か、

もうダメか』と途中棄権を心配したが、無事完走し、芦ノ湖のゴールに到達。

たすきがつながり、これはうれしかった。

10区、最終ゴール寸前の城西大、順天堂大、中央大の争いは熾烈だった。

最後の力を振り絞り、文字通りのラストスパートに賭けた中央大のランナーが

最後2校に振り切られた場面はジーンときた。

毎年応援する神奈川大の9区のランナーはゴール寸前、精根尽き果てたのだろう、

数度転倒したが、何とかゴールに到達し、たすきがつながった。

最終的に神奈川大学は15位。今年もシード権が取れなかった。

10位以内に入らないと翌年のシード権が取れず、予選会から勝ち上がらなければ

ならない。予選会の勝ち上がりも厳しい。今回の予選会出場校は40校だったそうだ。

常連校の日大、法政大、亜細亜大などが予選会を勝ち上がれず、本選に参加する

ことが叶わなかった。

2年生の有力選手がいる東洋大学が来年も連覇する可能性はありそうだ。

打倒東洋を目指し、他のチームはまた1年間、精進に励むことになる。

2012年1月 1日 (日)

新しい年を迎え

新年のご挨拶を申し上げます。

震災で被災された方々のことを思い、格別な気持ちで新年を迎えた。

平成24年、年号が平成に代わり、既に4半世紀。

世の中が大騒ぎした「2000年問題」からも12年、干支が一巡りした。

時の流れの早さに驚くばかり。まさに光陰矢の如し。

馬齢を重ねるばかり。

無為に過ごす日々、人のお役に立てることをやりたい、と年のはじめにあらためて

思った。

去年は犯罪被害者支援活動に時間を費やした。今年も続けたい。

再度東北に行ってボランティア活動にも参加したい。

それにやりたいと密かに考えている活動もはじめたい。

「やれる人が」、「やれるときに」、「やれるだけやる」のがボランティア活動だと

思っている。

さて、正月といっても、夫婦ふたりだけなので、平素と変わることはない。

かつてのようにこの時期恒例だった帰省も、年始のお客さんも、もちろん仕事始めも

すべて無縁。

雑煮を食べて、年賀状を整理し、届いたメールを処理し、一日が終わった。

ここ10年くらいは毎年熱海で年末年始を過ごしていたが、今年はカミサンが

風邪気味のため、三が日は静かに横須賀で。

震災復興、原発被害の沈静化、経済の立ち直り、それに、ていたらくな政治が

いくぶんかでも、よいと思われる方向に向かうことを願うばかり。

多くの人たちが、『去年より良くなった』と実感できる年に、ぜひともなって欲しい。

2011年12月31日 (土)

大晦日

未曾有の惨劇の年、2011年が終わる。

誰もが絶対忘れることのない、2011年。

7月末、3泊4日で心のケアボランティアで行った陸前高田で見た、あの惨状

ありありと目に浮かぶ。樹齢300年を超える海沿いの高田松原の7万本の松のうち

奇跡的に1本だけ残った松も立ち枯れすることが確定的となった。

お会いしたたくさんの人たち、寒さがつのる中、どうされているだろうか・・・

暖かい日差しに恵まれ、安穏と日々過ごしていることに対し、依然として申し訳ない

という気持ちになる。

震災後、とても書く気にならなくて、5年半続けてきたブログは止めようと思い、

更新を中止した。

その後、多くの方からメールやブログのコメントで、『ブログを再開しては』との

呼びかけをいただき、6月に再開した

震災後、多くの人たちが「家族」の大切さを一層深く思うようになった。

我が家もまさに同じ思い。沖縄に住む娘家族、郷里の倉敷に住む91歳になった母親

弟家族、妹家族、カミサンの家族・・・ますます大切に思う気持ちが深まってきた。

弟夫婦に長い間面倒をみてもらったオフクロは、4月から有料老人ホームにお世話に

なることになった。3度会いに行き、その間に手紙を出し、今のところ問題なく過ごして

いるようでホッとしている。

家族で年に3度海外旅行に行ったのは今年が初めてだった。

娘と孫たちふたりを連れて行ったオーストラリア、ひとりで行った米国アリゾナ・西海岸、

夫婦で行った韓国。

夫婦ふたりとも元気だから出来たことだった。

知り合い、仲間の訃報が珍しくない歳になった中、今年も一年元気に過ごせたことに、

何にも増して感謝している。

今年も一年ブログにお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

皆さまにとりまして新しい年が実り多い、すばらしい一年になりますことを祈念いたします。

2011年12月29日 (木)

映画「サラの鍵」

観たい映画だったが、神奈川では横浜と川崎の2館でしか上映していなく、桜木町まで

観に行った(gooポイント82)

原題は「彼女の名前はサラ」。 こちらのタイトルの方が当たっているような気がした。

1942年、ナチス占領下のパリで起きたユダヤ人迫害事件。ナチに迫害された家族の

ヨーロッパとアメリカを舞台にした物語。

作品では、両親とともに収容所へ送られたサラ、現代のパリで暮らすアメリカ人記者

ジュリアの2人を交互に描き出していく。

サラが収容所に入れられるまでは、とても重く、心が痛む映像が続くが、時々現代に

スイッチすることで、戦争当時と現代がいいバランスになっていた。

ラストのワンシーンが感動的で、予想に違わない映画だった。

以下、ネットから引用した作品あらすじ。

 --------------------------------

夫と娘とパリで暮らすアメリカ人女性記者ジュリアは、45歳で待望の妊娠をはたす。

が、報告した夫から返って来たのは、思いもよらぬ反対だった。そんな人生の岐路に

立った彼女は、ある取材で衝撃的な事実に出会う。

夫の祖父母から譲り受けて住んでいるアパートは、かつて1942年のパリのユダヤ人

迫害事件でアウシュビッツに送られたユダヤ人家族が住んでいたというのだ。

さらに、その一家の長女で10歳の少女サラが収容所から逃亡したことを知る。

一斉検挙の朝、サラは弟を納戸に隠して鍵をかけた。すぐに戻れると信じて……。

果たして、サラは弟を助けることができたのか?2人は今も生きているのか?

事件を紐解き、サラの足跡を辿る中、次々と明かされてゆく秘密。そこに隠された

事実がジュリアを揺さぶり、人生さえも変えていく。すべてが明かされた時、サラの

痛切な悲しみを全身で受け止めた彼女が見出した一筋の光とは……?

2011年12月28日 (水)

娘、超多忙

土曜日に沖縄から帰省した娘は、毎日お友だちに会いに出かけ、超多忙。

中学校、高校、同期入社の仲間、それに以前住んでた横浜のマンションのママ友。

月曜日だけは子どもたちを置いて、ひとりで出かけた。

暖かさに誘われ、カミサンと一緒に孫たちふたりを連れて、クリスマスプレゼントに

届いたキックボード、フリスピーほか持って、車で海沿いの子ども公園へ。

先ず、ふたりの孫たちは丘すべり。

Cimg8329 Cimg8325 

キックボードは姉孫はさすがうまい。妹孫がもらったプレゼントだが、しばらくは

姉孫のものになりそう。

Cimg8322 Cimg8333 

そのうちふたりは、『おなかがすいた』と言いはじめ、近くのマックへ。

Cimg8339

マックのあとは、カミサンが服と靴を買ってやりたいと、近くのユニクロとABCマートへ。

そのあとボクは、パソコン教室キュリオステーション横須賀校の取材を神奈川新聞が

やってくれるということで教室へ。

費用のかからない新聞はPR媒体としては最高。神奈川新聞の取材は今回が2度目。

取材のあと、本部から来てくれた営業部長のWさんとお茶して、最近のキュリオ

ステーション全体の状況をいろいろ聞き、意見交換をした。

娘たちは今日水曜日、出張から帰ってきたダンナと一緒にお昼のフライトで沖縄に

帰った。

Cimg8342 Cimg8343 

車で羽田まで送り、バイバイpaperairplane 展望デッキで出発機を見送った。

5日間楽しませてくれた孫たちがいなくなり、また夫婦ふたりの生活に戻った。

2011年12月25日 (日)

サンタさんが来た

昨夕、予定通り娘が子どもふたりを連れて、沖縄から横須賀の我が家に来た。

孫たちに会うのは8月以来。

姉孫は小学校1年生、妹孫はCimg8318

3歳9ヶ月で幼稚園の年中。

女3人、暖かい沖縄からブーツを

履いてやって来た。

4ヶ月間会わない間に、妹孫ユナが

成長しており驚いた。

まあ、よくしゃべるようになっている。

娘の表現だと、おしゃべりユナと知的なミサキとのこと。たしかに、姉孫ミサキは

以前と違い、はしゃがなくなり落ち着いてきた。本が好きで着いたらすぐ家にあった

本を読みはじめた。

昨夜はクリスマスイヴではあったが、特別な料理はなく5人でワイワイ食事。

『サンタさん来てくれるかなぁ』と言いながら、ふたりは心配そうにふとんに入った。

『サンタさんに、今年は横須賀に来てね、とお手紙を出しておいたので、きっと来て

くれるよ』と言ったら、ふたりは安心して寝た。

寝たのを見計らって、娘がネットで我が家に送ってきたプレゼントを枕元へ。

今朝は5時半に起こされた。『サンタさん来てくれたよ!見て見て!』と言いながら。

姉孫は今年もリカちゃん人形。ヘアカラーが変えられ、ヘアメイクできるリカちゃん。

妹孫はキックボードというスケーター。

Cimg8321 Cimg8319

姉孫がふたりの欲しいものを細かく書いて、サンタさんに手紙を出したそうだ。

例えば、キックボードはふたりが乗れるように高さの調節ができることなど。

娘が手紙を見せてよ、と何度も言ったそうだが、結局見せてくれず、娘は

これだろうと思うものをネットで買ったとのこと。

姉孫はサンタさんに直接コンタクトしたかったようだ。

それにしても書いた手紙はどうしたんだろう。今日聞いたが、教えてくれなかった。

今朝は、娘が子どもたちを連れて、横浜のお友だちの家に出かけた。

娘の帰省を機に、同期入社の子たちが4人、それぞれの子どもたちを連れて集まる

女子会へ。15人くらいが集まったそうで、帰ってきたのは7時。

親子ともども、『楽しかったぁ』

明日からも連日お友だちに会うようで、我が家はホテルみたいなもの。

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